マンションに共同浴場がついた
都市部で共同浴場つきのマンションが建設されて、良い販売実績を挙げているとのことです。
自宅の小さなユニットバスに比べたら、確かに広い風呂は気持ちが良いし、だいいち風呂を掃除しなくてすみます。
現在、販売されている共同浴場付きのマンションは、高齢者対象ではなく、大きな風呂の快適さと住民のコミニケーションがはかれることが、人気なのでしょう。
戸数がある程度多くないと駄目ですが、年間1500万円ほどの維持費も、月に2000円ほどを戸割りの管理費に加えるとまかなえるようです。
さまざまなニーズにこたえる施設を組み入れたマンションが増えていますが、遂に共同浴場に至ったかの感があります。
しかし最近は集合住宅の居住者で、スポーツクラブの浴場に、入浴だけの利用をする高齢者が増えているそうです。
大手建設会社に勤務する友人も、最近のスポーツクラブの建設には、高齢者向けに浴場を充実させることが重要なのだと話してくれました。
志木ニュータウンでも、近くのスポーツクラブの浴場を利用するので、自宅の風呂は物置になっていると語る人を何人も知っています。
「一人暮らしでは、毎日、風呂を洗うのが面倒だし、最近はスポーツクラブの会費が、依然と比べたらうんと安いから、経済的」
「前は泳いでいたけれど、最近はお風呂だけ」
スポーツクラブが、昔の公衆浴場の役割を果たしているようです。ただし、この場合、自宅から近いことが条件ですね。
集合住宅の共同浴場といえば、思い出すのが代官山の同潤会アパートです。
今は取り壊されてしまいましたが、約6千坪の敷地に、二階建て、三階建ての棟が36棟程あり、総戸数737戸の集合住宅団地でした。
仕事場が渋谷にあったので、昼休みの散歩にこの古いアパート群の中を歩くのも一つの散歩コースとなっていました。今から40年以上も前の事です。
敷地内に入ると、記憶が曖昧なのですが、たしかアーチ門のような入口をくぐると広場があり、そこに銭湯がありました。
同潤会アパートの居住者のための共同浴場でもあり、近所の人も利用できる施設でした。ボイラーは薪を使っていて、柱や梁などの建築廃材が積まれていた覚えがあります。
銭湯の横には、ガラスの引き戸の食堂もあって、独身居住者に利用されていました。
今から思えば、この銭湯も食堂も一度も利用してみなかったのが残念です。
代官山の銭湯と共に思い出すのが、やはり50年以上も前の北軽井沢の一匡邑の共同浴場です。
一匡邑については、このブログでも何度か書いていますが、広い林の中の敷地に、区割りすることなく、小さな別荘があちこちに立っていました。
今では一匡邑設立当初の建物は、ほとんど立て替えられ、いかにも別荘という感じの建物が多いですが、当時は設立当時の山小屋と言った風情の建物がほとんどでした。
各小屋に風呂は無く、そう確か水道も無かったのです。
皆、夕方になると管理人Mさんの家の横の、小さな共同浴場に交代で入りに行きました。
共同浴場の横の小さな広場で大人たちは話し込み、子供たちは花火などをして遊んでいた記憶があります。
広場横の小川で、顔を洗い、歯を磨くことができた良き時代の思い出です。
(写真は千葉県佐倉市のビオ・ウイング ユーカリが丘の共同浴場:パンフレットより)
保存工事も終了し、昨年(平成18年)の11月29日に、文化庁から有形登録文化財に指定された、
休暇村鹿沢高原の朝は、隣接する鹿沢インフォメーションセンターのスタッフによる自然観察散歩で始まりました。朝食前の7時から休暇村周辺の自然や植物を、丁寧に説明しながら、一緒に歩いてくれます。参加者は4名でしたが、いろいろ質問するものですから、30分の予定を大分オーバーしてしまいましたが、とても有意義な時間でした。休暇村では、この他ににも湯の丸山や、池の平ツアーなどの催しを開催して、宿泊者に喜ばれているようです。

北軽井沢の「一匡邑」の検索から、このブログを訪ねてくれる方も多いのです。
このブログに、北軽井沢の
敷地全体が共有で登記されており、建物数もそれほど増えていません。わかり易く云えば、大きなキャンプ場の中に、テントならぬ小屋が立っているという感じです。

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