2018年5月31日 (木)

天空のポピー---秩父高原牧場へ

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2018年5月28日(月)
秩父高原牧場の「天空のポピー」を見てきました。
「ポピー2018」の鑑賞期間(5/28~6/8)の土日は、秩父鉄道の皆野駅からのみ無料のシャトルバスが運行されています。しかし嬉しいことに花の最盛期の平日5日間だけ、東武東上線の小川町駅からポピー会場まで、乗り継ぎのバスが運行されるのです。
28日はその初日、これに合わせて、年金者組合のハイキングを計画しました。
小川町駅前からのバスで和紙の里まで行き、そこからシャトルバスに乗り継いでポピー会場まで約40分程の乗車でした。イーグルバスの乗車賃は現金のみですが、乗り継ぎ割引があり500円でした。
今日は平日なので、それほどの道路混雑はありませんでしたが、それでも戻る頃には、会場の駐車場に入る車の列が道路に長く続いていました。
週末の土曜、日曜は、皆野町や、小川町側からの道路は大渋滞で、到着まで数時間要したとの事です。
僕は2016年にも来た事がありますが、その少し前から天空のポピーと話題になり、メディアにも取り上げられて、毎年来場者が増えているようなのです。
   https://www.tenku-poppy.jp/   天空のポピー公式ホームページ

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ポピー畑のある秩父高原牧場は、標高270mから767mの高原に355haもの広さを持つ埼玉県営の大放牧場です。355haとは、東京ドーム75個分の広さですから、その広大さがわかります。
その草地の斜面5haを利用してポピーの種を巻き、花の咲く5月末に観光客に公開していて、花の数は1500万本と発表されています。
平地と違い、牧場の斜面いっぱいに山と青空をバックに咲く赤いポピーの大群落には、初めての方は、ほとんどが驚きの声をあげます。
ハイキングの仲間たちも、想像以上の広さと美しさに、ポピー畑を周遊しながら大感激でした。
ポピー畑からの帰路は、二本木峠に廻るハイキングコースを取りました。
計画では稜線の牧場入口までは、きつい傾斜の車道を歩くことになるので、和紙の里に戻るシャトルバスを待つことにしていたのです。しかし道路混雑が始まり、運行が大幅に遅れるとのことで、それならと歩くことにしました。幸いなことに強い陽射しが無かったので、汗もかかず約20分ほどで、牧場入口のバス停まで登ることが出来ました。牧場入口から彩の国ふれあい牧場は、すぐそばです。ふれあい牧場は定休日でしたが、モーモーハウスの売店は開業していました。ここのアイスクリームは美味しいのです。
僕たちは牧場内の展望台に入り、秩父方面の山並みを見ながらテーブル付のベンチで昼食をとりました。
晴天なら、ここから東京スカイツリーも見えるのですが、残念ながら薄い雲が空いっぱいに広がり、遠くまで見通せませんでした。
昼食後、また車道の続きを歩くこと、約25分ほどで二本木峠に到着。
ここから皇鈴山まで登ろうと計画していたのですが、帰りのバス時刻のこともあり、途中の愛宕山(654m)まで登りそこから引き返しました。
階段状の登山道に東京スカイツリーと同じ高さを示す634mの標識が立っていました。愛宕山頂上直下にある、ドーム屋根を持つ小さな天文台は使われているのでしょうか。
二本木峠から愛宕山に到るこのあたり一帯は、五月の連休に登ってきて、山つつじの群落の中を歩いた場所でした。
二本木峠から、内出バス停までの登山道、約60分の下りは、最後のほうで一部急な降りもあり、足ががくがくするよの声もあがりましたが、全員11名が無事下山、白石車庫からの15時49分のイーグルバスに乗り込み、無事今日のハイキングを終わりました。
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(写真上)赤いポピーの群落の中に、間違えたように白い花が咲いていて、目立ちました。

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2018年5月 4日 (金)

山つつじ咲く二本木峠へ

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4月29日(土)
秩父の二本木峠に、山ツツジを見に行ってきました。
ツツジの咲く季節、峠には、車で来る方も多いのですが、ここは秩父七峰縦走のコース中にあり、皇鈴山から登谷山方面に登るハイキングコースとして、四季を通じて人気のエリアでもあるのです。
 東武東上線の柳瀬川駅を8.01の電車に乗ると、小川町からのバスに乗り継いで、約25分、9時半頃には、登山口である内P_20180429_141656_1024出バス停に到着します。
小川町では、バス1台が増発されるほどの登山者でしたが、堂平山、大霧山などに分散されて、二本木峠に向かう人たちは十数名ほどでした。
峠へ至るルートは、バス停から30mほど先にある登山口の標識から登り始めます。バス停近くにはトイレもありまP_20180429_141719_hdr_1024す。
奥武蔵の杉林の多い登山道と違い、明るい広葉樹林の中を登ること、60分ほどで、二本木峠に着きました。
途中、もう散り始めてはいましたが、フジの花が随所に見られ、道端には、シャラの花がたくさん咲いていました。
 峠一帯は山つつじが満開で、どこを見てもあたりは朱色に包まれていました。
峠までの登山道ではほとんど見られないのに、突然目の前に展開する大群落には感動します。(写真5枚)
ここから、愛宕山を経て皇鈴山(679m)への登山道を見ると、まるで朱色のトンネルを抜けるようです。
 実は、今日は5月末に予定している年金者組合のハイキングの下見を兼ねて登ってきたのです。
ハイキングは「天空のポピーを訪ねる」と題して、ポピーの大群落を見た後、彩の国ふれあい牧場経由で、皇鈴山に登り、二本木峠から内出バス停へ下るコースを企画しました。
このコースのうち、ポピー畑から二本木峠までの状況を確かめたかったのです。
二本木峠からふれあい牧場までは、車道を歩きました。緩い下り道です。牧場は、小さな子供たちを連れた家族連れで賑わい、駐車場もいっぱいのようでした。
牧場の売店で、人気のソフトクリームを食べて待つというかみさんを残して天空のポピー会場まで、急ぎ下ります。登山道は無く、ここも車道歩きになります。
Dsc03880_1024秩父七峰縦走コース42kmは、結構車道歩き部分も多いのです。
大霧山方面への縦走コースから外れ、皆野方面に右折して、歩くこと約20分ほどで見たことのあるポピー畑の斜面を確認しました。(写真一番下)
まだ、花は見えず緑の斜面が広がっています。
よし、わかった。ここで、引き返します。登りの車道は、結構きつく、ふれあい牧場まで、約25分ほどかかりました。
牧場から、二本木峠までも車道歩きなので、この50分は、企画するハイキングコースとしてはつまらないな、どうしたものかと考えてしまいます。
以前は、牧場附近から二本木峠に到る尾根道があったような気がするのですが、牧場売店の人に聞いても、残念ながら車道歩きしかないとのことでした。
 今日はポーピー畑の下見の後、牧場のベンチで、ゆっくり昼食にして、眺望を楽しむことが出来ましたが、以前、七峰縦走をした時は、この辺ではかなりばてていて、先を急ぐあまり、コースの事をよく覚えていないのです。
 昼食後、来た車道をまた二本木峠に戻りました。ポピー畑への下見で時間を取られたので、皇鈴山は諦め、山つつじを鑑賞しながら、愛宕山で引き返し、内出バス停へ向けて登山道を下りました。
白石車庫からのバスは、満員でやっと乗り込むことが出来ましたが、和紙の里では、乗り切れない乗客が出てしまいました。一時間に一本のバスですが、休日は増発を考えても良いのではないでしょうか。
小川町駅へのバスを、「パトリアおがわ」で途中下車しました。パトリアおがわは町営施設で、高齢者は300円で大浴場に入れますから、山の帰りなど汗を流すのには良い場所です。入浴後、タクシーで小川町駅に戻り、帰宅しました。二本木峠の山つつじ、初めてでしたが、見ごたえのあるものでした。

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2018年3月17日 (土)

扇山へ

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3月13日(火)
扇山へ
広場のような1,138mの山頂には、誰もいませんでした。たった一人の山です
丸太のベンチが幾つか置かれています。その一つにザックを下しました。(写真上2枚)
扇山は山梨百名山の一峰で、中央線の車窓から、扇の形をした姿が良く見える山です。山頂からの眺望を期待した富士山は、南面に白く堂々と聳えていますが、残念ながら霞がかかったようにぼやけています。風もなく、温かい春の日差しが心地よく降り注ぎます。
冬の間に、衰えた脚力を見極めようと、急に思い立って扇山に登りにきました。
柳瀬川駅を6.02の東上線に乗り、北朝霞、西国分寺、立川経由で、鳥沢駅に7.41に到着しました。
列車からホームに降りた登山客は、僕一人でした。
自宅から2時間弱で、鳥沢駅に到着できるのは、都内を経由せず、JR武蔵野線で、八王子方面に抜けられるからで、中央線沿線の山に登るには、とても便利です。
扇山の登山口にあたる鳥沢駅については、中央線の車掌として、新宿、松本間を4000回乗務し、中央線沿線の山々を愛して「車窓の山旅、中央線から見える山」を書いた山村正光氏が、こんな面白いことを書いています。

「この山は、戦前からハイキング・コースとして知られていた。今でも人気があり、日曜日の朝など、ハイカーがどっとくりだす。これらのお客さん、帰りは東京までのキップをなかなか買ってくれない。ソメカワ一枚とか、チクカワ一枚とか。そんな駅があったかしらん。実は隣の駅「梁川(ヤナガワ)」である。(今では金券式の自動販売機)、そして都内に入れば定期券で改札口を抜ける)」

 登山者にはちょっと耳の痛い話です。早朝の土合駅(谷川岳登山口)、駅員達の必死の制止をかいくぐり、無賃乗車でチリジリに駅から逃げる登山者たち。暗闇の中、鳴り響くホイッスルの音、今でも耳に残ります。でも、逃げたのは僕ではありませんよ。

扇山登山口の一つである、梨の木平までは、4月からは鳥沢駅前から朝9時発のハイキングバスが運行されるのですが、今の時期は歩くしかありません。GPSの電源をONにして出発します。
駅前から、登山口まで「扇山」と書かれた案内板が各所にあり、迷うことはありません。舗装道路を歩くこと、約1時間で梨の木平到着(写真左1枚目)。トイレがありました。
Dsc03553_1024ここから、登山道になります。小休止の後9.20に出発しました。
最初は、緩い登りですが、やがて傾斜がまして、九十九折の道が続きます。周りは杉林ばかりで、眺望は無く残念ながら単調でつまらない登山道です。(写真2枚目)
登山口から扇山山頂までのコースタイムは、90分です。
出来たら休みなしで登ろうと思いました。
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しかし、久しぶりの登山で、なかなかリズムがつかめません。何度か、立ち止まって息を整えることになりました。
傾斜のきつい山道は、両ストックが有効です。ストックというより、今や老体を支える杖ですが。
それでも、10.05には水場を過ぎて山の神に到着。(写真3枚目)このあたり、少し眺望がよくなります。急登は続きますが10.35につつじ群落の分岐標識がある場所に来ました。ここから右手方向、約10分でつつじの群落があるようですが、まだ季節が早すぎます。
標識に山頂までは40分と書かれています。よし、もうひと登りだと気合をいれます。(写真4枚目)
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10.57に百蔵山との分岐にあたる大久保のコルに到着。このあたりは、明るく開けた尾根道が続き、暗い杉林の中を歩いてくると、開放感にほっとします。(写真5,6枚目)
尾根を東方向に向かいます。ここからは、登山道も広くなり、10分ほどであっけなく山頂に着きました。11.05でした。
結局、登山口から1時間45分で登りきることが出来ました。まあ、コースタイムの2割増しくらいなので、良しとしなければなりません。やけに時間を気にするのは、脚力がどの程度の状況かを、確かめたかったのです。
先週、志木市体育館で足の筋力の測定の機会がありました。足指力、膝間力とも、昨年より一割ほど落ちていました。
僕の場合、平地でのトレーニングは、登山ではあまり有効ではないのです。
夏には、最後の北アルプスになるかもしれない鹿島槍ヶ岳などに行きたいと思っています。それほど、間隔をあけずに山に登り続ける事、それが必要だと改めて思いました。
山頂で昼食を食べていると、5,6人の登山者が登ってきて少しにぎやかになりました。
さあ、犬目集落まで下ろう。犬目からのバスの時間が気になります。
11.45山頂発
山頂からは、北方向に権現山への道、南東方向に犬目への道があり、百蔵山とは逆方向の犬目へ向かいます。犬目まで約1時間強の下山距離です。
尾根道ですが、かなり急坂です。登りと違い、杉林は少なく、落葉樹林帯で明るい登山道が続きます。
12.03鳥沢駅90分の標識が立つ分岐。12.15犬目集落への分岐。(写真7枚目)
順調に下山路を歩きます。

12.36大滝不動への分岐。以前は、ここには君恋温泉への標識があったようですが、すでに閉館したとの情報があります。
ロマンチックな名の一軒宿で入浴も出来たので、ちょっと残念です。
大滝不動には向かわず、直進して犬目集落を目指しました。(写真8枚目)
12.50 旧甲州街道に出て、犬目集落着。(写真9枚目)
宿場町だった名残の残る街道をしばらく歩くと、犬目と書かれたバスの停留所標識がありました。
ここから、13.28発の四方津駅行きのバスがあるはずだったのですが、バスの時刻表を見て愕然。午前9.02と午後16.44の一日2便しかないのです。一日5便はあったはず、しまった、古い時刻表を見てきてしまったのかと、嘆いても後の祭り。
最近は、これが多いのです。登山道に通ずる山里行きのバスが、次々に消えていくのです。守屋山へのバス便も消えました。
誰かに聞いてみようと街道を歩くのですが、道の両側の人家に人の気配もなく、歩く人影もありません。
結局、バス停二つ目の安達野まで下りてきてしまいました。ここの停留所の時刻表でも、一日2便が間違いのないことを確認して、仕方ない四方津駅まで歩くことを決めました。
約1時間20分程かかるはずです。途中の大野貯水池は桜の時期でもないし、車の通るアスファルト舗装路をてくてく歩くのは、あまり嬉しくありません。
ところがここで、幸運が!。安達野バス停前の人家から、高齢の女性が出てきて車に荷物を積んでいます。第一村人発見です。
バスの時刻表が変わったのかとお尋ねすると、停留所の時刻表を見に来てくれて、あれ、2便しかないんだ、初めて知ったと驚くのです。人もいなくなり、みんな車を使うから、バスには乗る人がいないんだよねとの事。そして駅の近くまで行くから、よかったら乗ってゆきなさいと言っていただいたのです。ありがたや。
車中で村の過疎化の話などしながら、20分ほどで四方津駅に到着しました。
おかげで、予定より一本早い電車に乗ることが出来て、今日の登山を無事終了したのでした。

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2017年12月17日 (日)

大高取山・桂木観音コースとゆず狩り

12月6日(水)
かみさんの低山ハイキング仲間との、越生の大高取山から桂木観音へのハイキングに誘われました。ゆず狩りとセットの毎年の恒例行事だそうです。
外秩父ハイキングのコースとして知られた、大高取山ですが、まだ登ったことがなく、ゆず狩りも体験したことがなかった僕は、喜んで参加させてもらいました。
ゆず狩りと言っても、木から実を取るのではなく、桂木観音近くのゆず園に寄り、庭で弁当を広げ、ゆずを買ってくるのんびりハイキングです。
越生町のHPによると、越生町は古くから梅の産地として有名ですが、ゆずの栽培も盛んで、収穫量、出荷量はともに関東一(栽培面積25ヘクタール、年間生産量約100トン)を誇っていると書かれています。Dsc03218_1024

ゆず農家で収穫中のゆず畑を見せてもらいました。山の斜面にゆずの木が、葉が重なり合うように植えられていて、大きなゆずが鈴なりになっていました。収穫作業中の農家の方から、頭に気をつけてくださいと注意されましたが、鋭いとげが枝にびっしりと生えているのです。
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倉庫には、ゆずが入った、コンテナボックスが積まれていました。

収穫したばかりの大きなゆず(写真下)を、知人にも配ろうと、多めに購入しました。
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さて、ハイキングは越生駅から法恩寺経由で世界無名戦士の墓へ、そこから大高取山に登り、桂木観音に下山し、越生駅まで戻る周回コースで、アップダウンはあるものの、長い急な登りは有りません。
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途中の大観山に立つ、世界無名戦士の墓の建物屋上は、眺望が良く、居合わせた町役場の方が、いろいろと説明してくれました。青空のもと、はるか彼方に東京スカイツリーも見えました。
そこから、樹林帯の登りで、ここがやや急登でしたが、登山道脇には野イチゴが群生する、杉林の気持ちの良い尾根道でした。
最後の急な登りを過ぎると、大高取分岐で、そこから越生梅林方面に向かって5分程登ると、そこが大高取山山頂でした。

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三等三角点の石柱がある頂上の一角は樹木が伐採されて、そこだけ見晴らしが良くなっています。ここまで、一時間半ほどの歩行程でした。
頂上は弁当を食べるのに、良い場所でしたが、僕たちはゆず園のある桂木観音に向けて、下山を急ぎました。
先ほどの大高取分岐に戻り、そこから桂木観音への下りです。緩やかな、明るい尾根道で、最後にやや傾斜がきついところもありましたが、30分弱で桂木観音に到着しましDsc03202_1024た。立派なお堂が立っています。お参りしてから、車道に出ると、展望広場が出来ていて、そのすぐ近くに目指すゆず園農家がありました。このあたり一帯、桂木ゆずで知られたゆず畑が、広がっています。
ゆず園農家の庭先で、弁当を広げ、ゆずも購入し、虚空蔵尊経由で越生駅に戻って、今日のハイキングを終わりました。Dsc03207_1024_3

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(大高取山山頂)


(桂木観音堂)

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2017年9月23日 (土)

60年ぶりに陣馬山へ

9月19日(火)

高尾山などと並んで、東京近郊のハイキングの人気の山として知られる陣馬山(855m)に登ってきました。
僕が加入している年金者組合の行事の中に、春と秋のハイキングがあり、今年の秋は僕がコース選びを担当することになりました。
組合のハイキングは、参加者の脚力に大きな差があり、コース選定が難しいのです。皆さん、高齢ですから。ちなみに、春は丹沢の大山登山でしたが、厳しかった、辛かったとの声も聞こえました。
そこで秋のハイキングに選んだ候補の一つが、比較的楽に登れそうな陣馬山でした。今日はその下見ということで、一人で出かけました。(写真下、眺望の良い陣馬山山頂)
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陣馬山の名前の由来は、ウイキペディアによると、北条氏の滝山城を攻めた武田氏が陣を張った「陣場」説、カヤ刈場であったことから「茅(チガヤ)場」から音が変化したとの説、馬の陣を張ったことから「陣馬」の文字が使われた説とがあると書かれています。
僕は武田氏の陣場説を支持したいなと思っています。

さて、陣馬山の登山コースは、幾つもありますが、裏道にあたる「陣馬高原下バス停」~「陣馬山」のコースを歩いてみようと思いました。
ここは朝のバス便が比較的多いのです。陣馬山に限らず、最近の登山口までのバス便の減少には、困っています。人気の陣馬登山口バス停からのコースも、藤野駅からのバスがとても少ないのです。
あまり早朝出発の計画はできないので、柳瀬川駅を8.15の電車に乗り、9.21に高尾駅に着きました。
バスは9.34発に乗れます。幸い一時間に1本程度出ているのです。
37分の乗車で10.11に陣馬高原下バス停に着きました。バス料金は560円です。
高尾駅では、混んでいた車内も、終点の陣馬高原下に着くころには、登山者10数人だけになっていました。
皆が登山口に向かった後、ゆっくりと歩き始めました。和田峠に向かう舗装された車道を25分程歩くと、左手に新ハイキングコースと書かれた登山道入口が現れます。(写真左1枚目Dsc02743_1024_2






10.50、舗装路と別れて、ここから山歩きが始まります。しばらく沢沿いの道を歩きますが、その先で沢から離れて尾根に上がると、木の根のゴロゴロした思った以上の急坂で、これが結構厳しい登りになりました。Dsc02745_1024


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急傾斜を登る事、約40分、尾根上から離れて、山腹を巻くように進むと和田峠からの道が合流しました。(写真5枚目)

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このあたりから山頂まで、今までの急坂が嘘のように緩やかな登りで、「陣馬山の家」跡地の広場を過ぎ、しばらくやや傾斜の増した道を登ると、山頂の小屋の屋根が見えてきました。
登山道入口から、約1時間20分、12.10に陣馬山山頂に到着です。

僕が陣馬山に登ったのたった一回、60年ほど前、どこからのコースだったか、覚えてないのですが、確か山岳部の歩荷訓練で、明王峠から景信山に縦走し、夕やみ迫る頃、相模湖を下に見ながら疲れ切って下山した記憶だけがあります。それ以後、多くの山行を共にした仲間もいたと思うのですが、陣馬山では、誰がいたのか、顔も思い出せません。
広々とした高原のような山頂、360度の展望を見ても、当時の事はまったく忘れています。それほど苦しい、歩荷登山だったのでしょう。勿論、白馬の像は無かった頃です。
山頂のベンチでは、かなりの数の登山者が、弁当を食べていました。平日なので、頂上の茶店では、清水茶屋さんだけが営業していました。
下山する人たちが、ほとんど明王峠方面に向かいます。
栃谷尾根か奈良子尾根を下る人もいるでしょうが、ほとんどの人達は、景信山へ向かうのではないでしょうか。
僕は、ゆっくり休憩して弁当を食べてから、13.10、少し長いが傾斜の緩やかな一ノ尾尾根を下る事にしました。確かに陣馬登山口からのコースと比べると、緩やかな登山道が続きます。和田への分岐を二つ分けて、14.40、1時間半ほどで陣馬登山口バス停に到着しました。
後は、一時間に一本の14.58の藤野駅行きのバスを待つだけです。
さて、陣馬山、下見しての結論は、このコース、登りがきついし、バス便が少ないなど、高齢者の集団登山にちょっと無理かなと思いました。
別な場所を見つけなくては。

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2017年8月 1日 (火)

白山へ---その2(下山)

 30分程過ごした白山主峰山頂に別れを告げ、登ってくる大勢の登山者とすれ違いながら、石畳、階段などで良く整備された登山道を、30分程で室堂へ戻りました。
室堂も登山者がいっぱいです。今日は7月15日(土)、そうです、金沢駅から別当出会間迄の登山バスが運行されたのです。
僕も午後15時30分の、別当出会発のバスに乗り金沢駅に戻らねばなりません。夜行高速バスが予約してあるのです。
時間は充分と思いながらも、もし足でも傷めたら、別当出会に宿泊施設は有りません。
頂上からの翠ヶ池巡りなども考えたのですが、下山を急ぐことにしました。好天に恵まれて、白山に登れたことだけでも感謝しなくては。
室堂発10時40分。
砂防新道と観光新道との分岐になる、黒ボコ岩を目指します。
すぐに室堂に至る最後の登り、五葉坂です。10分程でこれを下り、エコーラインとの分岐を左に見て、弥陀ヶ原になります。低木と高山植物が草原状に広がり、明るく開けた眺めの良い場所です。背後に水屋尻雪渓、その先に登ってきた白山主峰、御前峰がくっきりと見えます。雪渓横に、下ってきたきた登山道が、一本の線となって見えます。
都会に暮らすと、自分が歩いてきた道の軌跡を、振り返って見られることなど、まずないでしょう。それが山の稜線歩きでは、普通の事のように見えてしまいます。はるばる来たなと、感慨にふける道もあります。山登りの醍醐味の一つです。(写真下2枚)
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弥陀ヶ原から黒ボコ岩までは、短い距離です。(写真左2、3枚目)
黒ボコ岩には、大勢の登山者が休んでいました。ここが、室堂からの二つの登山道、砂防新道と観光新道の合流地点なのです。
実は、室堂で再開したMさんから、観光新道を下ることを勧められていたのですが、霧が湧き、眺望も望めないと自分に言い訳して、急坂の少ない、楽な砂防新道を下ることにしました。少し疲れが出てきていました。
実は南竜山荘で朝起きたら、左手の薬指の第一関節から先が、だらりと下がったままでした。動かそうと思ってもまったく自分の意志では動きません。痛みなどはありません。なんだかよくわからない症状ですが、腱が切れたようです。そんなことも、弱気になる原因でした。
黒ボコ岩を過ぎたあたりでは、登山道脇に高山植物がたくさん見られました。
十二曲りの急坂も、下りは楽です。登ってく
Dsc02588_1024る大勢の登山者とのすれ違いで、何度も待たされます。
今日も暑く、登りは辛そうです。明日から海の日の連休になるので、小屋は超満員だと聞かされました。
大型のザックを背負った高校山岳部のグループが、喘ぎながら登ってきます。どこまで行くのか。今日の午後から天気は崩れる予報なので、かなり厳しい登山となるでしょう。30kgの荷を背負って縦走した若き日を思い出します。一緒に登った友の何人もが、もう会うことが出来ない世界にいます。
右手の稜線に、観光新道を歩く登山者の姿が小さく見えます。やはり、あちらの方が、眺望は良さそうだなと、ちらっと後悔もしました。観光新道という名とは裏腹に、実は1000年以上も続く越前禅定道の一部だと、ガイドブックに書かれていました。砂防新道は工事用の道路を利用した、谷筋の登山道なのです。
山腹を巻くようにつけられた登山道を下ります。高山植物がたくさん咲いています。(写真4枚目)
水場のある沢、雪渓の残る沢(写真5枚目)などを横切り、相変わらず大勢の登山者とすれ違いながら、狭い登山道を下ります。(写真6枚目)やがて見覚えのある南竜分岐です。昨日、雨の中、ここで砂防新道と分かれて右に折れて、南竜山荘を目指したので
Dsc02589_1024す。
ここから先は、昨日登ってきた道です。15分程で甚之助避難小屋に到着しました。室堂から1時間半ほどで下りましたので、疲れている割には、まあ順調なペースです。
広場のベンチで、しばらく休みました。甚之助避難小屋は、水場もトイレもあるきれいな小屋です。
ここからは、約1時間強の最後の下り、かなりの急坂もあります。中飯場(写真一番下)で小休止して、別当出会には、14時30分に到着しました。着替えたりして、時間を過ごし、15時30分の最終バスに乗り込みました。補助席を使うほどの混雑でしたが、ほとんどの乗客は、15分程の乗車で、駐車場のある市ノ瀬で降りてしまい、金沢駅までの乗車は僅か8人、そのうち4人は、米国人らしい若者たちでした。
2時間半の乗車で、午後6時、バスは観光客で賑わう金沢駅に到着しました。山行の汗を流すべく、電車で金沢駅の隣駅の東金沢駅まで行き、駅近くの日帰り温泉施設「和おんの湯」で露天風呂に浸かり、白山登山を無事終わらせることが出来ました。後は、市内に戻りゆっくり食事をして、夜行高速バスで新宿バスタに戻るだけです。

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2017年7月31日 (月)

白山へ

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(壊れたパソコンは、中古品を購入した同機種の別パソコンに、ハードディスクを移し替えることで、完全復活しました。白山の写真も無事でした。ブログ再開します)

7月15日(土)
9時40分。登山者が行き交う室堂のベンチ横にザックを置き、空身になって登る事約40分。青石や高天原を通って一等三角点のある、標高2,702mの白山山頂に到着しました。空身は楽です。僕はいつも荷物が重すぎます。
山頂標識、そして大きな石製の山名方位盤もあります。
岩の積み重なった頂上部分はかなりの広さがあり、多くの登山者が写真を撮りあったりしています。(写真上)

雲が次々と湧き、遠く北アルプスなどの眺望は望めませんでしたが、それでも上空は薄い雲の間から青空の見える好天に恵まれました。目の前には大きな山容を見せる別山、そこから延びる岐阜、福井の山々がよく見えます。
やっと白山山頂に立つことが出来た。
北、南、中央アルプス、そして八ヶ岳などから、遠くに白く輝く白山を何度眺めたことか、僕にとっては長い間、遠い山だったのです。
仕事とは、とても両立できないと、岩登りが主体だった登山を20代で止めました。再び山に戻ったのは、60歳に手が届く年になってからです。本多勝一さんの著書「五十歳から再開した山登り」に影響されたような気がします。本多さんが再開登山の最初に選んだのが東駒ケ岳(甲斐駒ケ岳)でした。僕も真似て北沢峠で幕営し、甲斐駒と仙丈岳に登りました。
その当時、「200名山登山」の最終段階に入っていた、古い山友達に誘われて、高妻山、皇海山などに登り、以後南ア縦走、栂海新道などを経て、毎年山行を重ねるようになりました。
鋸岳、白砂山、佐武流山、和名倉山、大無限山などの200名山中の難山と、昔に比べて驚くほど整備された北アの登山道とのギャップにも驚かされました。若い頃は同じ山域に入る事が多く、登頂した山の数は少なかったので、この20年間に、踏破した山の数はずいぶん多くなりました。

今年、喜寿の年を迎えた誕生日の後、再び訪れることは多分ないだろう
「さよならの山」をどこにするか迷いましたが、やはりこの山しかないだろうと選んだのが、白山でした。
日本三名山、すなわち富士山、立山そして僕がまだ登っていなかったのが白山だったのです。喜寿の記念登山にふさわしい山だと思いました。
深田久弥さんの日本百名山には、次のように書かれています。ちなみに深田さんの生地は、石川県大聖寺町です。

「私のふるさとの山は白山であった。白山は生家の二階からも、小学校の門からも、鮒釣りの川辺からも、泳ぎに行く海岸の砂丘からも、つまり私の故郷の町のどこからでも見えた、真正面に気高く美しく見えた。それは名の通り一年の半分は白い山であった。」
僕は太平洋戦争末期、東京の空襲から逃れて、祖母と幼い弟と一緒に、石川県の寺井町(現、能美市)に疎開し、2年弱を過ごしました。
覚えているのは、住んでいた古い蔵と急な階段、そして2階にまで迫る深い雪くらいなのですが、近くの丘陵に連れられて行ったとき、白い大きな山が見えたような記憶があるのです。あれは白山だったのでしょうか。

今朝、5時過ぎに宿泊した南竜山荘を出ました。あたりは霧に包まれています。(写真下1枚目)

昨日は金沢駅から北陸本線で小松駅まで行き、小松空港からの乗り合いタクシーに乗せてもらい、登山口の別当出会に11時前に到着しました。
登山バスが平日に出ていないことを知らなかった失敗は、前に書きましたが、この小松タクシーの宮森さんという運転手は、たった一人の予約客である僕を、駅に出迎え、ワゴン車で登山口まで、気持ちよく送ってくれたのです。
バスの発着所でもある休憩所で準備を整えてから、観光新道分岐を左に見て、長い吊り橋を渡り、砂防新道コースを登りました。
実によく整備された登山道が続きます。中飯場から、眼前に別当谷、甚之助谷、万才谷のすさまじい大崩壊を見ながら別当覗きを過ぎ、甚之助避難小屋に到着。
登山道のすごい暑さと、高速夜行バス利用で金沢に着いた昨日、猛暑の中を金沢市内の観光で、一日中歩きまわったのがたたり、かなりへばりました。登りのペースが掴めません。荷も重すぎました。
この頃から、雨が降り始め、小屋前で雨具を付け、南竜道分岐を経て南竜山荘には15時20分頃到着しました。約4時間の登りでした。
小屋は空いていましたが、室堂まで足を延ばせなかった予定外のツアー登山グループが入ったとかで、広い部屋の両側が二段になった片側の上段に入れられました。
それでも15人ほどのスペースに3人ですから、楽々です。
別山・市ノ瀬道のチブリ尾根を登り、縦走してきたという単独のMさんが隣になり、いろいろと山の話をしました。先週もエコーラインを登ったとかで、白山の登山者は、この山に何度も登られている方が多いようです。消灯は8時、時々、目覚めながらも、長い夜を快適に過ごしました。
朝、4時半に目覚めると、Mさんたち二人の登山者は、もういませんでした。まだ寝ている他の登山者の迷惑にならないような、静かな出立はさすがです。僕も下に寝るツアー登山グループを起こさないよう、梯子をゆっくりと降りて廊下に出ました。出発します。

Dsc02545_1024山荘を出て、天幕場への橋の手前を、別山への分岐を左にとって、展望歩道コースを登りました。案内書に眺望の良いコースだと書かれていますが、登山道は霧に包まれています。このコースは、白山の登山道情報で、残雪があり注意と書かれていましたので、登山者は少ないはずです。
割と平坦な道を50分ほど登ると、急な傾斜の雪渓が道をふさいでいます。実は、山荘を出るとき、軽アイゼンを持たないので、この雪渓から引き返して、砂防新道を登るというMさんに出会っていたのです。霧が湧いて先方が見通せません。
急峻な雪渓は、横断が難しい。Dsc02553_1024
まして、単独行での事故は起こせません。6本爪の軽アイゼンを付け、ストックの先のゴムカバーを外して慎重に渡りきりました。渡ってみれば、距離は短い小沢でしたが落ちれば、かなり下まで飛ばされます。(写真横2枚目)
渡りきった先に柳谷の標識が立っていました。この沢を指すのでしょうか。
ここから、急な登りを少し続けると、前方がぱっと開け、石の山名盤があるアルプス展望台に到着しました。(写真下3枚目)
晴れてはいますが、残念ながら眺望は悪く、山名を指さすことはできません。
ここで、山荘で用意してくれた朝食のお握りをゆっくり食べました。下から、別山から縦走し、昨夜南竜山荘で幕営したという若者が登ってきました。
今日、初めて会う登山者です。昨日、四国から徹夜で車を飛ばし、Mさんと同じ、市ノ瀬から別山のルートを登ったということです。若くなDsc02561_1024くてはできないことです。お握りを一つ食べてくれないかと差し上げると、旨いと食べてくれました。
ここから、高山植物が咲く、気持ちの良い道を登り、大倉山に続く平瀬道と合流しました。他に誰もいない静かな山、白山独り占めの気分です。(写真下4枚目)
しかし、この先の雪渓で、今回の登山での最大の失敗をしてしまいました。一瞬、霧がかかっていたこともあり、対岸の登山道を見つけられず、雪渓上の靴跡をたどり、上へと登ってしまったのです。登りながら左手にあるはずの登山道取付地点を探したのですが、見つかりません。雪渓上に幾つもの靴底跡が交錯するのは、やはり迷った人もいたのでしょう。(写真下5枚目)
後から考えれば、地図上に雪渓(谷筋)を上に登るようなルートは無く、単に横に横断すればよかったのです。後で見たGPSにも、雪渓地点を迷走台風のように動き回る奇跡がはっきり残っていました。
仕方がない、最初の地点に下ろうと思ったとき、下の方に室堂方面から下ってきた登山者が雪渓を渡ろうとしているのが見えました。なんだ、あそこだったんだとわかりました。左岸の登山道のほとんど真横に右岸の登山道を示す、倒れかけたロープ支柱があるのが見えます。判断と注意力のお粗末さに、自分に腹が立ちました。何年登山をやっているんだ、この思いは、室堂到着まで残りました。
だいぶ時間をロスしてしまいました。そこから、しばらく気持ちの良いなだらかな道を登ると、もう室堂の建物の赤い屋根が見えてきました。(写真下6枚目)
室堂到着8時15分、南竜山荘から、3時間強かかってしまいました。室堂には、700名も収容できる大きな宿泊施設、そして白山比め神社があります。
白山開山1300年と大きく書かれています。717年、越前の僧、泰澄により初登頂され開山してから、2017年、今年で1300年になるのです。信仰に守られた山の長い歴史があるのです。良い年に登れたと、神社でお札を購入して、山旅の無事を感謝しました。

Dsc02564_1024下山は、明日書きます。

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2017年7月19日 (水)

白山は、やはり美しい山でした

念願だった白山に登ってきました。
喜寿を祝われる年になってしまいましたが、さて記念の山をどこにしようかと、迷ったのです。
白山は僕にとっては、遠い山でした。
<注>
「白山」から戻り、ブログを書こうとしてしていた矢先、突然の停電があり、それが原因かパソコンが壊れてしまったのです。写真も取り込んで、カメラからは削除してしまったばかりでした。今回に限り、即削除などなぜしてしまったのだろうと悔やまれるのですが、後の祭りです。
そんなわけで、パソコンの復旧に望みをつないでいるのですが、かなりの重故障のようで、修理するより、新規購入した方が良さそうでもあり、しばらく、対策を講じて様子を見てから、ブログを書こうと思っています。
「二日目の登頂日には、好天に恵まれ、深田久弥さんが書かれているように、白山はやはり美しい山でした。」

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2017年7月10日 (月)

僕の失敗----バスが出ない!白山登山計画その2

白山登山口に行くバス便が7月15日の土曜日まで無い!
今回は最悪、キャンセルも考えたのですが、何か策は無いものか。
そうだ、山梨県の大弛峠に行くような、乗り合いタクシーを探してみようと、ネットで調べるとなんと、あったのです。
地元の小松タクシーが「白山登山エクスプレス」という登山口までの乗り合いタクシーを小松空港から毎日運行していることがわかりました。
小松空港の次にJR北陸本線小松駅でも乗降することが可能でした。
http://komatsutaxi.com/sightseeing/index.html#sno  「小松タクシー」
それなら、予備日を入れ替えて、7月15日(土)に下山すれば、帰りは登山バスが運行されています。
行きだけ、乗り合いタクシーを利用する。そのためには登山日の朝、金沢駅から小松駅まで列車に乗ればよいわけです。早速、電話を入れると、一人でも運行してくれるとのこと。これで問題解決です。
登山口の別当出会に着くのが11時とやや遅いのですが、料金が3,400円と嬉しい値段ですから、贅沢は言えません。その日のうちに、竜山荘まで入れば、白山登山は問題ありません。
こんなわけで、白山登山計画のお粗末が、一件落着です。
後は好天を望むだけです。運が良いのか、悪いのか、長期予報は日程を1日ずらしたほうが、晴れる確率が高いようです。災い転じて福となす。白山に登ってきます。

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2017年7月 9日 (日)

僕の失敗----バスが出ない!白山登山計画

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東京新聞に、エッセイストの飛島圭介さんが、山での体力の衰えの事を書かれていました。悲しいほどにまったく同感です。(記事はクリックすると拡大して読みやすくなります)
でも飛島さんは、まだ69歳、ツアー登山の年齢制限をとうに超えた僕よりはるかに若いのです。
僕は山歩きの早さを競うことなど、もう望むべくもありませんが、とくに下りでの衰えがひどいのです。
なんというか、海賊フック船長のように、足が棒になっていて、バネがないというか、車で言うならショックアブソーバーがへたった状態だと感じています。
いつまで、登れるのか、どこか故障したら、ジ・エンド。再起不能をわかっています。
それでも、最後の頑張りで、再び訪れる事は無いだろう、さよならの山巡りを続けています。
今年も、白山に行きたいな、岩稜の鹿島槍、五竜は歩いておきたい、尾瀬の燧岳には三度も登ったのに、至仏山は登っていないし、八海山も計画したいと山への思いは巡ります。
先ずはと、7月の白山を計画しました。
夏山シーズンで混むだろう7月半ば過ぎを避けて、7月12日(水)からの予定を組み、往復の高速バスの手配も済ませました。
さて、金沢から、登山口である別当出会までのバス便を調べなおして、愕然。なんとバス便が無い!
マイカー規制で、市瀬から別当出会いまではシャトル便が出る事がわかっていたので、この規制日に目を取られ、7月15日(土)までの平日は、バスが運行されていないことを見落としていたのです。白山ほどの人気の山で、山開きも終わっているのに、週末しかバス便が無いとは。
バス運行会社のホームページの分り難いことなど、細かく書くと長くなりますが、要は僕の失敗で、金沢駅からの足が無いということが判明したのです。
勿論、タクシーを使えば登山口まで行けるのですが、一人で利用するには、バスで2時間半の距離は、あまりに料金が高すぎます。
バスのチケットのキャンセル料なども頭をよぎりましたが、なにか負担も少ない解決策は無いかいろいろと調べたのです。
ありました、解決策が!
続きは明日書きます。

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