2019年10月10日 (木)

紅葉の栗駒山へ

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10月6日(日)

親子三代、5人で栗駒山に登ってきました。このブログの最初の頃から、何度か登場し、今や成人になったあのチビスケ1号が一緒なのです。前日は、皆で登山口のいわかがみ平に近い、「ハイルザーム栗駒」のコテージ棟に宿泊しました。
 夜間に雨が降り出し、滅多にない孫との登山が中止とならないよう、祈るような気持ちで朝を迎えました。天気予報は、決して芳しくなかったのに、なんと願いが通じ、午前8時頃には雨も止み、空が明るくなってきました。
朝食後、9時に宿のマイクロバスでいわかがみ平まで送ってもらいました。
栗駒山は、新幹線のくりこま高原駅からのバス便は、紅葉時期の週末のみ、それも朝1便、帰りの午後1便しかないのです。紅葉時期の週末と言っても、9月21日(土)から10月14日(休日)の間の10日間だけです。
前に行った安達太良山も鉄道下車駅の二本松駅からのバス便は無く、タクシーでしか登山口まで行けません。だいたい、鉄道利用の登山者など、ほとんどいなかったのです。
宿から15分ほどで、いわかがみ平の駐車場に到着しました。ここの駐車場は早朝から満車で、多くの車はかなり麓側の駐車場に止めるようでした。そこから、送迎のマイクロバスが運行されているのです。
ツアー登山らしい団体もいて、混雑するレストハウス横から、石畳の登山道が伸びています。今日登るのは、この比較的楽な中央コースと決めています。
石畳と言っても、石が敷き詰められている神社の参拝路を想像しているとがっかりさせられます。
どちらかと言えば、石がゴロゴロと置かれている感じで、常に足元を見ながら登らなければなりません。この道は、下山の際に、とても長く感じられ結構苦労させられました。
登山道の勾配は緩く、親子、孫5人で、きれいな山の空気を味わいながらゆっくりと登ります。
次々と登ってくる登山者の多さに驚きます。小中学生の姿も見られます。さすが紅葉の栗駒山、それも日曜日だと改めて納得しました。
高度を上げるにつれ、山肌の紅葉が一段と美しく展開して、なんども立ち止まって見入ってしまいました。
途中で石ころだらけの道も終わり、緩やかな登山道が、見上げる頂上に伸びています。
時々、日が陰り霧が巻いたりしますが、絶好の登山日和です。
もう、頂上や東栗駒コースの稜線を歩く登山者の姿がよく見えるようになりました。あたりの紅葉はいちだんと美しさをまして、登りの疲れを忘れさせます。
東栗駒コースと合して、階段状の最後の登りを詰めると、そこが頂上でした。
日本二百名山、花の百名山、栗駒山1627m山頂に到着です。
360度の眺望で、遠くまで見通せます。周りの山々はどこも黄色と赤色に染まっています。北側は岩手県になり、宮城県との県境に位置します。山頂から須川方向に降りる登山道があります。
頂上には、百人以上はいるでしょうか、驚くほどの登山者で混雑しています。
頂上標識の前には、記念写真を撮ろうと、順番待ちが出来ていました。
それでも、なんとか頂上の片隅にシートを広げ、お弁当を食べました。ここのところ、僕は単独行が多かったので、久しぶりに賑やかで楽しい昼食となりました。
下山も同じ中央コースを選びました。下りは、目の前いっぱいに紅葉の山が広がり、きれいだねを連発しました。
しかし石ころ道は、歩き難くて、登り以上に長く感じられ、同行者には不評でした。
1時間半ほどで、いわかがみ平に戻り、2時の迎えのマイクロバスで、宿のハイルザーム栗駒に戻り、ゆっくりと温泉で汗を流しました。帰りは予約しておいたタクシーでくりこま高原駅に戻り、紅葉の栗駒山登山を終えました。
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2019年9月 7日 (土)

さよならの山、南アルプス鳳凰三山へ-----308歳登山隊が行く その2

Dsc05988_1024薬師岳に向かう途中で、夜が明け始めた。山頂付近に雲がかかる富士山が大きく見えた。

(南御室小屋にて)
小屋の夕食は、ビーフシチュー。これが実に美味でした。僕は単独行の場合は、山中でのアルコールは控えるのですが、今回は、仲間が3人。それなら飲むぞ。よく冷えた缶ビールが喉に染みました。
夕食が済むと、山小屋の常で、あとは寝るだけ。
今夜の宿泊は我々4人だけなので、大きな声で話しても周りに迷惑はかけません。
広河原への入山、北岳バットレス、冬の地蔵岳遭難救助の話など、昔の登攀話にしばし盛り上がりましたが、それでも20時前には布団に入りました。
僕は、普段は12時頃まで起きているので、この時間では、いつもなかなか寝付けないのです。浅い眠りを繰り返していると、弟がもう出発しようと騒ぎ始めます。
8月22日(木)
めっぽう朝に強い男がいたのが不運、なんのかんのと、6時出発の予定が、4時前に小屋を後にすることになりました。単独行の僕は、時間に追われない限り、朝は明るくなってから行動します。夜の闇は道迷いしやすいし、危険も伴うからです。
でも、今日はヘッドランプを付けて南御室小屋を後にして、薬師岳を目指します。小屋横から樹林帯に入ります。
ライトに照らされた登山道は急登なうえ、雨でえぐられたのか、小さな塹壕の中を登るようで、歩き難い事この上なし。4人、黙々と登ります。
4時半頃、空が明るくなり森林限界を越えました。目の前に白い砂で覆われた稜線が続いています。頂上に雲がかかった富士山が大きく見えます。
観音岳付近までは富士山の撮影スポットのようです。天候は曇り、北岳方向は雲に隠れています。稜線上は時々霧が湧きますが、明るく見通せます。
しかし今日の午後は雨の予報がでています。巨岩の立ち並ぶ砂払岳に5時20分着。岩峰の薬師岳から観音岳への稜線が連なります。
ここから20分程の下りで、5時40分、薬師岳小屋に到着しました。
経営は南御室小屋と一緒ですが、一昨年に建て直された真新しい小屋です。
登山者は誰も見当たらず、小屋前のベンチで朝食の弁当を食べました。小屋の人から、天候が悪化すると、地蔵岳からは迷いやすいので、危ないと思ったら戻ってくるようにとの注意を受けました。老人登山隊を見て、心配したのでしょう。さて6時20分出発です。ハイマツの中を登り、この稜線特有のザレ場を登ると、あっけないくらいに、道標のある薬師岳山頂でした。二つの大きな岩塔のある広い山頂です。
この頃から、時々小雨が降り、ガスがまいて岩稜を隠すようになりました。右側に青木鉱泉に至る中道コースが分岐します。次の観音岳までは、上り下りの少ない山稜歩きとなりましたが、ガスが濃くなり先を急いで、観音岳山頂はいつの間にか通り過ぎてしまいました。
鳳凰小屋30分の標識の立つ岩稜を過ぎて、小さな嶺を越して、ひと登りすると赤抜沢ノ頭でした。9時15分到着。
このあたりまで、ほとんど他の登山者と会うことはありませんでした。オベリスクのある地蔵岳まで往復しようとザックを置いて歩き始めた頃から、雨がやや強く降り出し、オベリスク登りはあきらめました。高齢登山者、どこそこの何某、オベリスクで転落などと報道されると、友人たちを嬉しがらせることになりますから。
これで鳳凰三山(薬師岳2780m、観音岳2840m、地蔵岳2764m)登り終え、後は広河原への下山です。もう、再びこの山稜に来ることは無いかと思うと、ちょっと感傷的になります。
白鳳峠に到る、途中の高嶺(2778m)越えは登り下りともハイマツ帯の急登です。高嶺着11時20分。
途中で、大きなザックを背負った、大学生のパーティが、急な岩稜を大分疲れたように登ってきました。後から考えれば、白鳳峠までの急傾斜の難路を登ってきたばかりだったのです。
白鳳峠着12時20分。下降路は、一見緩傾斜の歩きやすそうな道に見えます。あたりはシラビソの林が綺麗です。
しかし、それも入り口部分の僅かな距離だけ、ここからが、話には聞いていましたが、歩きにくいガレ場と樹林帯の急こう配の下りが嫌と言うほど続きます。僕の膝が悲鳴をあげます。
最新の山と高原地図では、この下りを2時間半から2時間に改めていますが、これは無理です。地図から登山道荒廃の文字が消えましたが、実際は結構道も荒れていて、僕らは3時間以上かかりました。
最後まで、これでもかという急傾斜に、へとへとになって、3時30分、やっと林道にたどり着き、僕ら308歳登山隊は無事、鳳凰三山縦走を終える事ができました。僕以外の3人は、それほど疲れた様子はありません。強いご老人たちです
登山口から林道を20分ほど歩くと、広河原に到着。北岳は雲に隠れて、バットレスや山頂を見ることは出来ませんでした。
広河原から、乗り合いタクシーで、夜叉神峠の駐車場まで戻り、4人の登山を終了しました。 Dsc05993_1024 Dsc05991_1024_20190907214901 Dsc06015_1024 Dsc05998_1024 Dsc06020_1024 Dsc06015_1024 Dsc06044_1024 Dsc06049_1024 Dsc06036_1024

 

 

 

 

 

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2019年8月31日 (土)

さよならの山、南アルプス鳳凰三山へ-----308歳登山隊が行く

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山行二日目、鳳凰三山最後の山、地蔵岳に到着です。
中央高速道からもそれとわかる屹立した岩峰、オベリスクです。(写真上)
この岩峰を間近に見たさに、長い山稜を歩いてきたのです。そして今回の山行で嬉しかったのは、南アルプス特産種のタカネビランジが沢山見られたことでした。少し時期は遅いかと思ったのですが、稜線上の岩陰のあちこちに、ピンク、白と色違いのタカネビランジが咲いて、縦走の疲れをいやしてくれたのでした。(写真下)
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 もう再び来ることはないだろう、「さよならの山」、昨年秋には、北アの鹿島槍にお別れしてきましたが、今回、南アルプスは、鳳凰三山を選びました。
いつもの単独行のつもりで計画したのですが、弟とその友人二人が、一緒に登ってくれることになりました。皆、登山歴60年以上の猛者です。
僕にとっては、久しぶりのグループ登山です。

8月21日
 天候は曇り。朝9時10分、夜叉神峠登山口の駐車場に車を止め、夜叉神峠を目指しました。駐車場は空いていました。
メンバー4人の総年齢が308歳、老人登山隊の出発です。しかし、僕以外の3人は、先週、静岡県の田子の浦から富士山頂まで、標高差3776mを登ってきたと、けろっと言う凄い人たち。
 ゆっくり登ろうねと言われ、なんとかついて行けるだろうと思って、後に続きました。
確かに登るスピードは遅い。一人で登ることが多い僕は、どうしても標準コースタイムを頭に、休憩を加える登り方をしますが、この3人、そんなことは全くお構いなし。望遠レンズ付きのカメラで花の写真など撮りながら、一定時間登ると休憩し、歩いてさえいればいつか着くよと、のんびりしたものです。
 しかし、教えられました。僕は今回の縦走で、一度も息切れすることが無かったのです。呼吸が乱れず楽に登れたのです。
そうか、僕は年を考えずに、急ぎすぎていたのか。セオリーどおりと言えばその通りですが、こんな登り方があったんだと、改めて気づかされたのです。
よく整備された樹林帯の中の道を登って10時30分夜叉神峠に到着。
 空は明るいのですが、残念ながら、北岳、間ノ岳方面は、雲に覆われて折角の眺望もかないませんでした。夜叉神峠小屋は営業していました。
ここから、北方向に向けて三山縦走が始まります。
樹林帯の単調な道を歩いて、杖立峠13時、苺平に15時に到着。
苺平から千頭星山経由で甘利山への分岐があります。あまり歩かれてはいない登山道です。
苺平からは、明るい樹林帯を下ること、30分ほどで南御室小屋に到着しました。
小屋前の広場には、冷たい水がパイプから流れ出していて、思わずがぶ飲みしてしましました。
小屋横のテント場には、小さな天幕二張と、11人で来たという大学のサークルグループが、大型天幕を張っていました。
こんな大きなテントを良く担ぎ上げたねと聞くと、分解して運べるとの事、こんな天幕初めて見ました。
今夜はこの南御室小屋に泊まります。
宿泊の登山者は、僕ら4人だけ、管理人には悪いけど、ゆっくり寝られるなとにんまりしました。
(---続く)

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2019年8月10日 (土)

至仏山へ

8月9日 「長崎原爆の日」 核廃絶を心から願います。そして政府に核兵器禁止条約の署名、批准を求めます。
 今日も35度越えの気温です。ともかく暑い!
来年の今日は、予定通り進行していればオリンピック閉会式の日です。
評論家の誰だったか、東京の暑さをDeath Weekと呼んでいましたが、気象庁が「命に危険を及ぼす暑さ」と注意を促すほどですから、あながち外れてはいないと思います。
 何度も書いて、しつっこいようですが、オリンピック招致の際の立候補ファイルのアピールを思い出します。
(7月24日~8月9日)「この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」
いくらオリンピック開催の招致期間が、7月、8月に限定されているとしても、こんな文章、中学生だって書かないのに、いったい誰が書いたのでしょう。石原慎太郎さんかな。
東京で7月、8月のオリンピック開催は、無理だと判断できる人材がいなかったのでしょうか。
ともかく、猪突猛進!後で振り返れば、なぜこんな事を推し進めたのかと、疑問に感じた時には、もうどうにもならないところに来てしまっている。
超入門「失敗の本質」でも書かれるように、日本人の戦略性の欠如、俯瞰的視点から最終への道筋を作れない弱点が、こんなところにも表れます。
問題は、この事態を招いた責任者が誰なのか、それが判らなくなるのが、これまた日本の悪いところなのだと思います。ああするより、こうするより仕方なかったのだと言う擁護論ばかりが幅を利かせます。
 過去10回くらい、1980年代からの開催都市の気温を調べても、8月の最高、最低気温の平均で、日本が
ダントツ1位です。
特に平均以上の気温が連続するのが、オリンピック期間中なのです。
観客の暑さ対策も心配されていますが、選手村に入る選手たちは、暑さを乗り切って、体調管理ができるのでしょうか。心配です。
さて、熱い話はこのくらいにして、思い立って尾瀬の至仏山に登ってきましたので、そのことを書きます。
Dsc05931_1024至仏山山頂)

尾瀬には季節を変えて何度も行きましたが、至仏山(2228m)は、なんとなくいつでも行けると思いながらも、登る機会がなかったのです。
北アルプス、中央アルプス、白山など、多分これが最後の山行きだと、ここ数年「さよならの山」を続けてきましたが、尾瀬編は多分この至仏山になるでしょう。
そうだ、残る南アルプスは、来週登る予定の鳳凰三山に決めています。最後の三千メートル峰になるかもしれません。ご老体頑張ります。

さて、東武鉄道のパンフレットで、川越駅西口から鳩待峠に行くバスが出ていることを知り、夜行バスを利用しての至仏山登山を急遽計画しました。
 チケットは東武トップツアーズの志木支店で事前予約しました。
川越駅西口から23時35分に出発の40人乗り夜行バスは、乗客が思ったより少ない20人程で、後ろの座席を心配することなく、シートを倒してゆっくり寝ることが出来ました。4列シートのバスでも、このくらい余裕があると、夜行でも楽です
往路のコースが変わったらしく、大清水周りで戸倉に着いたのが3時50分。ここからマイクロバスに乗り換え、鳩待峠には5時20分頃には到着しました。
戸倉での乗り換えの待ち時間が面倒ですが、ともかく、川越駅前から楽々と登山口に到着できる便利さは嬉しい限りです。
ちなみに、帰りもこのバス便を利用しましたが、なんと乗客は3人と、バス運行会社に申し訳ない状況でした。
 鳩待峠から山ノ鼻までは、通いなれた道です。よく整備された道を45分程で下れて快調でしたが、それもここまででした。
至仏山荘近くのポストに登山届を提出して、尾瀬ヶ原への道と別れました。
至仏山を眼前にしながら、爽やかな風が吹き抜ける木道を気分よく歩いたまでは良かったのですが、登りにかかると、寝不足と暑さ、それに予想以上の急登に老体が悲鳴をあげます。山ノ鼻1400m、至仏山2228m、高度差828mの登りです。
それでも、登山道脇に咲く様々な高山植物に慰められて高度を上げました。
1時間ほどの登りで、森林限界を過ぎると、尾瀬ヶ原が一望できます。見たかった風景です。
湿原の中に、山ノ鼻から竜宮、見晴に続く木道が白く見えます。
補修の手がまわらないのか、だいぶ損傷が激しく、傾いてしまった木道と、滑りやすく登り難い蛇紋岩の岩場に時間を取られ、念願の至仏山山頂到着は10時半ごろになってしまいました。
山の鼻の至仏山荘発が7時でしたから、登りに3時間30分かかりました。ともかく暑かった。たっぷり用意した水に救われました。
標準コースタイムの2時間30分は、老登山者には、かなりきついですね。
晴天に恵まれ、山頂は360度の大眺望。目の前の燧岳はもちろん、かって登った越後の山々が連なります。
岩のごつごつしたあまり広くない頂上は、鳩待峠から登ってきた登山者も交えて、十数人の登山者で賑わっていました。(写真上)
鳩待峠からの往復は可能ですが、山の鼻からは登り専用で、山頂からは鳩待峠に行くことしかできないのです。
 尾瀬に初めて登ったのは、60年以上も前で、奥日光の湯元から丸沼を抜けて、大清水から三平峠を越えて入りました。
まだ、尾瀬沼には、長蔵小屋裏から沼尻までの渡船が運行されていて、燧岳登山には便利でした。
小屋近くのキャンプサイトは、薪が燃やせましたが、ガソリンストーブなど持っていなかった高校生の僕たちは、雨の日の食事作りには泣かされました。
 尾瀬沼から尾瀬ヶ原を抜けての帰路は、現在の鳩待峠ではなく、富士見峠経由で富士見下までのルートがメインでした。
まだ、あやめ平が、登山者に踏み荒らされて丸坊主にされる前で、広々とした湿原の向こうに燧岳が凛々しく聳え、天上の楽園と呼ばれた美しさを見せてくれた時期です。
 日本100名山の著者の深田久弥さんが、初めて至仏山に登ったのが1924年(大正15年)の秋、上越線が開通前で、藤原から利根川を遡り、狩小屋沢から至仏山に至ったと書かれています。
狩小屋沢は沢登りルートとして、今でも至仏山への登頂に使っている登山記録も見ますが、僕の古い山友達から、湯の小屋から狩小屋沢沿いの杣道を登ったと聞いた事がありますから、今は無い狩小屋沢登山道はある時期まで、廃道寸前ながら残っていたのでしょう。
 下山バスの時刻が気になり、山頂では20分程過ごし、下山にかかりました。登りもそうでしたが、至仏山の登山道は整備された北アルプスの登山道などより、かなり難路と言えるでしょう。岩稜帯の岩は滑りやすく、道も厳しいのです。ストックが役立ちません。
下る事40分程で小至仏山に到着しました。ここから振り返ると岩稜と灌木の緑のコントラストが美しい至仏山山頂が大きく見えます。
まだまだ続く岩稜帯をどんどん下り、湿原の中に木道が伸びるオヤマ沢田代を経由して、バス発車時間に追われるように、13時10分に鳩待峠に戻りました。至仏山山頂より2時間20分かかりました。
登山道の両側には、こちらも高山植物が沢山見られました。
途中、鳩待峠まで多分2.5kmほどの地点で、渋川市の小中学校で英語の教師をされているという米国の女性登山者に会い、これから頂上に行くなら、少し遅い時間なので、気を付けるように話しました。
しかし5分ほど下った地点で、あの米国人はことによると、道を間違えているのではないかと心配になり、急いで駆け戻りました。
やはり、至仏山に登るのではなく、先に尾瀬に入った友人と合流すべく鳩待峠から登山道に入ったが、携帯で連絡がつかず困っていたとの事でした。山ノ鼻か富士見峠に行くつもりだったと思われるので、道が違うことを教え、一緒に下山することになるハプニングがあったのです。
 鳩待峠を13時40分が定刻の乗車指定のバスだったのですが、バスでも乗り合いタクシーでも可能なチケットだったので、発車寸前の乗り合いタクシーで、早めに戸倉に到着。他の乗客は皆、自家用車組で第二駐車場で下りてしまいました。
 誰もいない高速バス乗り場で、ぽつんと一人バスを待ち、14時30分発のの乗客3人の高速バスに乗り込み、17時20分、川越駅前に戻りました。
2000m級の山に登ったにしては、かなり早い時間に戻れました。直行バスの強みでしょう。
 夜行日帰りと忙しい登山でしたが、多くの高山植物に出会えた至仏山登山でした。
尾瀬行きには、朝発の尾瀬号もありますので、利用価値のある登山バスだと思います。
ちなみに、料金は柳瀬川駅から川越までの乗車券もついて、往復7,300円です。戸倉から鳩待峠までのマイクロバス料金、往復1,960円は含まれません。
(新ココログブログの操作性が悪く、というより、まあ、僕の使用法も悪いのでしょうが、写真、画像の挿入がうまくできず、順不同、説明なしですみません。時間があれば、写真の入れ替えと説明を加えるつもりです)

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2019年5月13日 (月)

八王子城山に登る

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2019年4月17日 (水)

山里の春

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4月9日(火)
 所属する年金者組合の春のハイキングの下見に、奥武蔵の破風山(はっぷさん)へ登ってきました。
破風山には、一昨年の5月の連休に登り、標高626mの低山ながら、山ツツジが美しい眺望の良い山だったので、僕が組合のハイキング計画に提案したことによる、下見です。
東武東上線を小川町駅で乗り換えて寄居駅まで行き、そこから秩父線に乗り換えて皆野駅に到着しました。約2時間ほどの乗車です。
駅前からタクシーで桜ケ丘集落まで入りました。寄居駅前には、以前2軒のタクシー営業所がありましたが、秩父丸通タクシーだけになっていました。
桜ヶ丘集落から、つつじの咲く花と香りの森まで、集団登山で、皆をどう案内しようかなどと思案しながら、集落内の道を歩きました。
Dsc05390_1024 桜が満開で、菜の花の黄色、ヤマモモの朱色など、実にきれいな風景が広がり、春の山里の美しさについ時間を過ごしてしまいました。
 破風山への登りについては、本番の際に書くことにして、今日は、皆野町の山里の風景をお届けします。
 登山中は、誰にも会わず、ひとり静かな山行を楽しんできました。山つつじの花は、やっと咲き始めという感じでした。山頂から、予定しているコースの風戸(ふっと)集落を経て、秩父温泉満願の湯に入ってから、バスで皆野駅に戻り、無事下見登山を終えました。
本番の25日頃には、桜や花モモは散っているでしょうが、きっとピンクや朱色のつつじが迎えてくれることでしょう。Dsc05380_1024_2 晴天の中、参加の皆さんが喜んでくれる登山が出来ると良いなと思っています。(648006)

 

 

 

 

 

 

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2019年3月16日 (土)

スノーシューで入笠山へ

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(写真上、誰もいない、雪の入笠山山頂。北ア方面にやや雲がかかるが、360度のパノラマ大眺望が待っていた。写真は全てクリックすると拡大します)

 3月8日(金)、かみさんと長野県の入笠山(1955m)に登ってきました。
今冬は雪が少なく、登山道もアイスバーン化して、スノーシューが使えない状態が続いていたのですが、3月に入って思いがけないほどの降雪がありました。冬季も営業している中腹の山小屋、マナスル山荘本館のHPから積雪情報を得て、スノーシューが楽しめそうだと急遽登ってみることにしました。
新宿の都庁駐車場を朝8時発の富士見パノラマリゾート行きのバスに乗り、10時40分頃、スキー場に到着しました。オリオンツアーが運行するこのバス、予約が必要ですが入笠山登山にはとても便利です。バスを降り、すぐにゴンドラで山頂駅を目指しました。帰りのバス出発は午後5時で、あまり時間が無いのです。
山頂駅でゴンドラを下りると、辺りの木々の枝には、一昨日から降った雪が積もり、3月とは思えない冬山の景色です。快晴で眺望も開けて絶好の登山日和に恵まれました。

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山頂駅の前のスキー場上部から、楽しげに斜面に飛び込んでゆくスキーヤーを横目に、僕たちはスノーシューを履き、入笠湿原を目指します。
登山道にはトレースがついていて、これを辿る限りスノーシュー無しでも歩けますが、新雪の樹林に踏み込めるのは、スノーシューならではの楽しみです。
 湿原の木道階段も雪が積もり、若干歩き難い所もありましたが、難なく通過できました。
木の枝からの落雪を気にしながらも、木漏れ日の樹林帯を、雪山歩きを満喫しつつ気分良くスノーシュを滑らせました。
林の中に小動物の足跡を探しましたが、新雪で見つけることが出来ませんでした。

Dsc05240_1024広い雪原になっている湿原を抜け、夏道のコースを歩いて40分程でマナスル山荘本館に到着しました。
 ちょうど正午、ここで昼食です。
お目当ては、旨いと評判のビーフシチューです。
運よくまだオーダーできるとの事で、今日はついているぞとすぐに注文しました。
 熱々のビーフシチュー、雪山でこれほどの旨い料理に会えるとは幸せでした。
昼食に時間をかけて、午後1時をまわってしまったので、急いで山頂を目指すことにしました。ここからが傾斜もきつくなる登山道です。
 樹林帯の中を、スノーシューの爪を雪に食いこませて高度をあげます。トレース以外に踏み込むと、膝上まで沈む雪があります。
下山してくる何人かの登山者と道を譲りあいながら登ります。
頂上には、もう誰もいませんよとの声をかけてもらい、最後の急斜面を登ると、そこが山頂でした。冬の入笠山山頂は初めてです。
 歓声をあげたくなる素晴らしい絶景が待っていました。360度の大パノラマの眺望です。八ヶ岳、中ア、南ア、北ア、を始め御嶽山、美ヶ原など、いつまでも眺めていたい雪山と、遠く白い稜線が眼前に広がります。
富士山もくっきりと姿を見せてくれました。
登山者で雪が踏み固められた頂上には、今は僕たち二人以外は誰もいません。風もなく静かです。
帰りのバスは5時には、出発です。
 名残惜しい山頂を後にして、来た道を戻ることにします。下山路では、登るときに気づかなかった八ヶ岳の赤岳、阿弥陀岳、権現岳の美しい姿が樹林の間から望まれました。
マナスル山荘、湿原帯をぬけて、ゴンドラ山頂駅には4時頃到着し、静かな雪山を満喫した今日の登山を無事終えることが出来ました。

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2018年10月15日 (月)

天空の島---さよならの山番外編(八方尾根)

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2018年10月14日(日)
まるで、「天空の島」
昨日、北アルプス八方尾根の八方池で撮りました。八方池のある場所は、標高2,060m、雪に押し流された土砂の堆積で出来た池で、雪解け水や雨水が溜まったものです。
風のない日の鏡のような湖面には、白馬三山が映り込む神秘的な光景が見られます。そして、写真の様な不思議な景色も。
 鹿島槍ヶ岳の登山記の続きを書く前に、「さよならの山番外編」です。
週末の土日を利用して、かみさん、息子と3人で、栂池自然園、そして八方尾根に行ってきました。
 紅葉と星空を見に行こうと、前から計画し、息子には、足元おぼつかない高齢登山者二人の付添として来てもらいました。
満天の星空に、帯となって光る天の川の本当の姿を見たことが無いと息子は言うのです。
 それなら、栂池の夜に見られるかなという気持ちもあり、星降る高原の小さなホテルのキャッチフレーズを持つ「ホテル白馬ベルグハウス」に宿を取りました。
 このホテルは、ランプの山小屋として登山者に人気のある北アルプスの舟窪小屋と同じ経営系列です。夜には、星空観察会も開いてくれるのです。
 長野からの特急バスを栂池バスターミナルで降りて、そのまま、ゴンドラ駅に駆けつけました。下りゴンドラの最終時間は、午後4時40分、それほどゆっくりしてはいられないのです。
 幸いゴンドラは待つことなく乗ることが出来て、栂の森駅でのロープウェイ乗り継ぎも順調にゆき、30分ほどで自然園駅に着くことが出来ました。
 自然園と言っても、白馬乗鞍岳の火山活動によって出来た、平坦な湿原地帯を周遊するトレッキングコースがついている自然保護地帯なのです。
 3時間ほど歩いて、一周した栂池自然園は、もう紅葉は終わりかけていましたが、自然園までの、ゴンドラリフトから見た山肌は、黄色く染まっていました。
自然園最高地点、登りついた標高2,020mの展望台からの眺望は、雲に隠されてなにも見ることが出来ませんでした。
残念、最高地点ならではの絶景が見られる場所なのです。それでも、白馬大雪渓だけは、白い帯が山に突きあげる姿をあらわしてくれていました。
 期待していた白馬三山の大眺望を見ることが出来なかったまま下山後、楽しみにしていたホテルの夜の星空観察会も、曇り空で中止になってしまい、天の川を見ることはかないませんでした。
 2日目、朝の天気予報はぱっとしませんでした。下山し、しばらくぶりの長野市街散策も考えたのですが、思い切って八方尾根からの大眺望にかけてみることにしました。  
 栂池バスターミナルから無料循環バスで、白馬に移動し、八方池山荘のある第一ケルンまではゴンドラとリフトで楽々到着しました。
 そこから、八方尾根自然観察路と名のついたトレッキングコースを八方池まで登ってみることにしました。
 時折、雲の合間から、白馬鑓の姿が見えるので、白馬三山の眺望の期待も持てたのです。ここは夏の高山植物観察やスキーシーズンには、幾度もスキーを担ぎ上げたおなじみのコースです。
そして、10日前の鹿島槍と同じく、山は微笑んでくれたのです。
 八方池山荘から登る事約90分、八方池についてしばらくすると、雲が切れ、白馬、杓子、白馬鑓、そして不帰の岩峰が目の前に展開したのです。
 見慣れた風景とはいえ、短時間の登りでこれだけの絶景を見ることが出来るのは、八方尾根ならではでしょう。
 さよならの山、番外編、またしても、素晴らしい山々の姿を目に焼き付けてきました。
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2018年10月12日 (金)

さよならの山---鹿島槍ヶ岳へ(僕の北アルプス)

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(鹿島槍ヶ岳(2889m)山頂)

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(鹿島槍ヶ岳北峰、左にキレットを越えて五竜岳へ)

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(岩の殿堂、剣岳。雪渓は三ノ窓と小窓雪渓。チンネと北方稜線も見える)

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布引岳から、爺ヶ岳。拡大すると冷池山荘と種池山荘が見える。遠くに槍ヶ岳と穂高連峰)
 10月3日、朝8時。快晴、無風、360度の大眺望。
鹿島槍ヶ岳の南峰に立ちました。
座り込んでじっと剣岳方面を眺める、先行した登山者がひとりいるだけの静かな山頂です。
弧を描く吊尾根の先に、北峰が目の前にあります。南峰と北峰、どこから見てもそれとわかる美しい双耳峰の鹿島槍ヶ岳です。
連なる北アルプスの山々、そして雲海の向こうに、富士山、南ア、中ア、八ヶ岳、火打、妙高などなど、今日は中部山岳の山々が全て見えているかと思う絶景です。
僕は鹿島槍ヶ岳に登るのは、初めてです。
20代後半で、岩登り主体だった山から遠ざかり、60歳近くになって、200名山の最終段階に差し掛かっていた山仲間の旧友に誘われて、山登りを再開しました。
僕は、北アルプスでは穂高岳、そして上越の谷川岳に偏った山歴で、広く山を登っていないのです。
旧友が登り残していた200名山は、大無限山、杁差岳、佐武流山、鋸岳、白砂山、白石山など、かなり厄介な山ばかりで、トレーニング不足の僕には、きつい山行となりましたが、おかげでだいぶ強くなれたのです。
78歳になった今年、鹿島槍ヶ岳を最後の北アルプス高峰登山と決めました。さよならの北アの山は、いつでも登れると思いつつ、登り残してしまった鹿島槍ヶ岳です。
 山頂からゆっくりと、山々を見渡します。
剣岳が圧倒的迫力で聳えています。
三の窓雪渓と小窓雪渓、八ッ峰に隠されてわずかに見える長次郎谷の上部に、懐かしい熊岩が確認できます。チンネの岩峰も見えます。横の尖塔はクレオパトラニードルでしょうか。
 若き夏の日、部の剣沢での合宿を終えたあと、僕は仲間3人と熊岩に天幕を担ぎ上げ、数日間八つ峰、チンネを登り、早月尾根から馬場島に下りました。記憶に残る充実した山行でした。
 昨日越えてきた爺ヶ岳の三つの峰の方向、はるかに槍ヶ岳の穂先が見えます。その先には、季節を変えて幾度となく通った穂高連峰も。
僕の初めての北アルプスは16歳の夏、高校山岳部の燕から槍ヶ岳への縦走でした。
床に座り込んだまま、ほとんど眠れなかった夜行列車、重い天幕を担いでの中房温泉からの急登、もう山岳部は止めようと思いながら、それでも這い登った稜線で見た、全山燃えるような夕焼けの景色は忘れられないものになりました。
 槍ヶ岳には、その後何度か登りました。夏の槍平集中合宿で、30kgのキスリングを担いで北鎌尾根を登り、槍平からは滝谷の出会いから、雄滝を登り稜線まで詰めました。正月に烈風の北鎌尾根から見た槍の穂先も忘れられない景色です。ちなみに当時の僕は体重53kgのひ弱な体でした。
冬の唐松岳や遠見尾根。燕山荘冬季小屋で、二日間吹雪に閉じ込められ、槍まで行けずに、日程に追われるように下った悪絶の一ノ俣谷。
 山を存分に楽しめた、5月と夏の涸沢合宿。しかし、その後後輩たちが5月の滝谷で、部員3人を失う事故もありました。
これが、最後の北アルプスかとも思った、一昨年の双六岳から黒部五郎岳では、まだ少し登れる力が残っていることを知りました。
 登る機会はありながら、なかなか登れなかった鹿島槍ヶ岳の山頂に立ち、思い出が走馬灯のように巡り、ちょっぴり感傷的になります。
北アルプスでは、他にも忘れがたい山行として、旧友との200名山巡りで、徳本峠から霞沢岳、そしてそのまま、大滝山、蝶ガ岳へ廻った山行、涸沢に足しげく通いながら、この山域も初めてでした。
 また、栂池から、白馬岳、朝日岳を越えて、日本海の親不知の海までの栂海新道縦走、ここには、200名山の雪倉岳がありました。
さようなら北アルプスの山々、目の前の五竜岳。さようなら。
もう鹿島槍山頂に思い残すことはなにも無い。さあ、昨日来た布引岳、爺ヶ岳を越えて麓に帰ろう。
(今日はここまでとします。山行の続きをまた書きます。)

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2018年5月31日 (木)

天空のポピー---秩父高原牧場へ

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2018年5月28日(月)
秩父高原牧場の「天空のポピー」を見てきました。
「ポピー2018」の鑑賞期間(5/28~6/8)の土日は、秩父鉄道の皆野駅からのみ無料のシャトルバスが運行されています。しかし嬉しいことに花の最盛期の平日5日間だけ、東武東上線の小川町駅からポピー会場まで、乗り継ぎのバスが運行されるのです。
28日はその初日、これに合わせて、年金者組合のハイキングを計画しました。
小川町駅前からのバスで和紙の里まで行き、そこからシャトルバスに乗り継いでポピー会場まで約40分程の乗車でした。イーグルバスの乗車賃は現金のみですが、乗り継ぎ割引があり500円でした。
今日は平日なので、それほどの道路混雑はありませんでしたが、それでも戻る頃には、会場の駐車場に入る車の列が道路に長く続いていました。
週末の土曜、日曜は、皆野町や、小川町側からの道路は大渋滞で、到着まで数時間要したとの事です。
僕は2016年にも来た事がありますが、その少し前から天空のポピーと話題になり、メディアにも取り上げられて、毎年来場者が増えているようなのです。
   https://www.tenku-poppy.jp/   天空のポピー公式ホームページ

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ポピー畑のある秩父高原牧場は、標高270mから767mの高原に355haもの広さを持つ埼玉県営の大放牧場です。355haとは、東京ドーム75個分の広さですから、その広大さがわかります。
その草地の斜面5haを利用してポピーの種を巻き、花の咲く5月末に観光客に公開していて、花の数は1500万本と発表されています。
平地と違い、牧場の斜面いっぱいに山と青空をバックに咲く赤いポピーの大群落には、初めての方は、ほとんどが驚きの声をあげます。
ハイキングの仲間たちも、想像以上の広さと美しさに、ポピー畑を周遊しながら大感激でした。
ポピー畑からの帰路は、二本木峠に廻るハイキングコースを取りました。
計画では稜線の牧場入口までは、きつい傾斜の車道を歩くことになるので、和紙の里に戻るシャトルバスを待つことにしていたのです。しかし道路混雑が始まり、運行が大幅に遅れるとのことで、それならと歩くことにしました。幸いなことに強い陽射しが無かったので、汗もかかず約20分ほどで、牧場入口のバス停まで登ることが出来ました。牧場入口から彩の国ふれあい牧場は、すぐそばです。ふれあい牧場は定休日でしたが、モーモーハウスの売店は開業していました。ここのアイスクリームは美味しいのです。
僕たちは牧場内の展望台に入り、秩父方面の山並みを見ながらテーブル付のベンチで昼食をとりました。
晴天なら、ここから東京スカイツリーも見えるのですが、残念ながら薄い雲が空いっぱいに広がり、遠くまで見通せませんでした。
昼食後、また車道の続きを歩くこと、約25分ほどで二本木峠に到着。
ここから皇鈴山まで登ろうと計画していたのですが、帰りのバス時刻のこともあり、途中の愛宕山(654m)まで登りそこから引き返しました。
階段状の登山道に東京スカイツリーと同じ高さを示す634mの標識が立っていました。愛宕山頂上直下にある、ドーム屋根を持つ小さな天文台は使われているのでしょうか。
二本木峠から愛宕山に到るこのあたり一帯は、五月の連休に登ってきて、山つつじの群落の中を歩いた場所でした。
二本木峠から、内出バス停までの登山道、約60分の下りは、最後のほうで一部急な降りもあり、足ががくがくするよの声もあがりましたが、全員11名が無事下山、白石車庫からの15時49分のイーグルバスに乗り込み、無事今日のハイキングを終わりました。
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(写真上)赤いポピーの群落の中に、間違えたように白い花が咲いていて、目立ちました。

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