2018年1月18日 (木)

落ち葉が問題---でも、枝を切るのにも限度が

Dsc03319_1024僕の住む志木ニュータウンは、街区名に、中央の森、東の森、南の森などとつけられているように樹木、植栽の多い団地として知られています。
その分、落葉の季節ともなれば、大量の落ち葉が舞い落ちて、清掃の人達を悩ませます。毎日、毎日落ち葉掃きとその処理に追われるのです。
もう、清掃の限界となれば、解決策は枝を切って、落ち葉の量を少なくすること。
これしかない、こう結論付けて、枝を伐採すると、こういう風景を見ることになります。
実施したのはニュータウンの一部の街区ですが、明日の我が街区の姿になるかもしれません。
伐採により、日当たりが良くなる住居からは、喜ばれているかもしれませんが、しかし、それにしても、これはやりすぎではないかと思う伐採です。大げさに言うと丸坊主。電柱のようにされた木がかわいそう。樹木のこんな姿は見たくありません。
雪がふれば、住民から雪かき隊を募るように、落ち葉の季節は落ち葉除去隊を編成する。そして落ち葉掃除機の購入も検討する。30万円ほどで、リヤカータイプの掃除機がありますから、労働力の軽減を考えれば、高い買い物ではないと思うのです。
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2018年1月15日 (月)

グアムの美しいアウトリガーカヌー

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(グアム島の夕暮れ。一艘のアウトリガーカヌーが鏡のような海面を走っていた。絵のような光景だった)(写真は全てクリックすると拡大します)

Dscn0276_1024日本カヌー連盟が、ライバル選手間の薬物混入で揺れています。カヌー競技の知名度が、前代未聞の事件で上がってしまった事は残念なことです。
カヌーで、思い出すのは、昨年いったグアム島で、美しい風景と流麗なアウトリガーカヌーを見たことです。
フロートの付いたカヌーを間近に見たのは初めてでしたが、白、青、赤、緑と鮮やかな塗装と、その美しい船体に見とれてしまいました。

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パセオ公園の美しいカヌーに見とれてしまいましたが、この場所を訪ねたのは、別の目的がありました。
旧日本軍のトーチカがまだ、残っていると案内書に書かれていたからです。地図に示された場所を探して海岸線を辿ってゆくと、草に埋もれるように崩壊しそうなコンクリートの塊がありました。
海に向かって建てられたトーチカの残骸でした。
1944年、旧日本軍のグアム守備隊の9割以上、2万人余が戦死した戦争の傷跡が、目の前に現れたのでした。観光客で賑わう島に、ひっそりと残るトーチカ跡。このトーチカにこもった兵隊は、どうなったのだろう。平和な島に遊んでも、悲しい戦争の事を忘れてはいけないと思うのでした。


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2018年1月14日 (日)

草加松原の松並木---おくのほそ道の風景地を訪ねて

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上の写真は、1962年(昭和37年)の草加松原の松並木の写真です。
松並木の中を、東京方面への車道が走り、自動車の列が続いています。江戸時代には旧日光街道沿いに千数百本の松並木が続いていたと記録されていますが、その後交通量の増加などにより一時は六十数本まで激減したそうです。
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現在の松並木の様子です。
松並木は600本以上にまで補植され、日光街道の名所、千本松原と云われた往時の面影を偲ばせてくれます。よくぞここまで復元したと、感動します。並々ならぬ努力が必要だったことでしょう。
千葉県市川市の外環道に、クロマツ並木を復活したいと活動している友人と、近いうちに会う機会があるので、その前に一度、草加松原の松並木を見ておかねばと思い出かけました。
東武スカイツリーラインの獨協大学前駅(元松原団地駅)から、約500メートルほど東に向かうと百代橋のある交差点に出ます。そこがもう旧日光街道の松並木で、旧街道沿いに南北約1.5kmの間が、国指定名勝「おくのほそ道の風景地」として保存されていました。

見事な松並木の下の石畳の道を歩くと、松尾芭蕉が旅した頃の時代にタイムスリップした気持ちになりました。(写真下1枚目、百代橋から南に矢立橋方向を見る)
(写真下2枚目、百代橋は、構造は鉄骨の横断橋だが、木製の装飾がされた太鼓橋である。他に同じ作りの松原大橋、矢立橋がある)

(写真下3枚目、百代橋から北方向を見る)
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2018年1月 9日 (火)

2018年の始めに

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明けましておめでとうございます。
元旦に来客があり、我家の今年の初詣は2日になりました。
例年詣でる地元の館氷川神社は、参拝客も少なく、元旦のような長い行列は在りません。(写真上)
二年程前、なにゆえか、鬱蒼とした高木を全て伐採してしまった境内は、本殿だけがぽつんと建っていて、以前の神社らしい趣は感じられないのは寂しい限りです。本殿横のお稲荷さんが、きれいに整備されて、朱色の鳥居が鮮やかでした。僕はこのお稲荷さんに御利益を頂いたことがあり、ありがたく思い大切にしています。
社務所でいつものように破魔矢を買求め、おみくじを引いて帰路につきました。
実は家を出るとき、かみさんと、賭けをしました。今日の初詣中に着物姿の女性に会えるかというものです。
僕は、2日とはいえ正月なので、2名と。かみさんは0人でした。掛け金は35億。うそ。
結果は、かみさんの勝。着物姿はおろか、晴れ着らしい装いの方にも出会いませんでした。
本当に正月らしい風景は見られなくなりました。門松などまず見当りません。各戸のしめ飾りはというと、玄関扉に飾ってある家は、歩きながら数えてみると約半数程度。
かっては、町ゆく乗用車にもお飾りが飾ってあった事もあるのです。
正月ならではの風景が見られなくなった町ですが、ここ数年で市内から、呉服屋、履物屋、和菓子屋、布団店が殆んど姿を消しました。日本の伝統的な品々を扱う店が閉店に追い込まれて行く中で、商店街も寂しくなっています。数千戸の大団地である、新座団地の商店街も、かっての賑わいが嘘のようにさびしくなりましたし、志木ニュータウンのペアモール商店街も、店舗の閉店が相次ぎ、シャッター通りになりました。人通りが無くなった分、店舗跡に保育園が幾つか出来て、近所のおばさん曰く、「小さな子供たちがちょろちょろして、賑やかだね」チビちゃんたちでは、商店街の活性にはなりません。
全国の地方都市で見られることが、わが街でも現実に起きているのです。

Dsc03274_320我家では、ささやかながら、季節の行事は大事にして祝い、飾るようにしています。

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2017年12月21日 (木)

東京駅丸の内広場を見る

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12月7日に全面供用された、東京駅丸の内広場を見てきました。(写真上)
この写真は、丸ビル5階の展望デッキから撮ったものですが、実は中央広場の中心あたりで、何枚かの写真を撮ったのです。
駅舎に当たる光の陰影も良く、広場を歩く適度な数の歩行者、樹形の良いケヤキの列植、我ながら良い写真が撮れたと喜んでいたのです。それが、なんと帰宅後のカメラからすべて消えていたのです。中央広場から東京駅舎を狙ったものだけです。
勿論、自動保存ですから、この数枚の写真だけを撮影後の保存に失敗することはあり得ません。
このミステリー、どう考えたものか?駅舎設計者の辰野金吾先生に嫌われたか!

まあ、残念ながら写真の事は、謎のままとして、東京駅丸の内広場について。
上品な御影石貼りの歩行者通路の両側に、緑の芝生、そしてケヤキの列植と3灯式のポール照明だけの実にすっきりとした気持ちの良い広場が出来ました。中央広場を挟むように設けられた二つの交通広場の解放感と相まって、正面の壁のようなレンガ造の駅舎を引き立たせてくれます。
余計なものが無いシンプルな広場に立って、この赤煉瓦の東京駅に相対すると、よくぞこの建物を復元し残してくれたものと、関係者に感謝したい思いが湧くのです。

Dsc03254_320久々に娘と孫と待ち合わせして、丸ビル内のレストランでのランチの後、散歩がてら三菱一号館に向かうと、美術館前広場に球形を重ねた素敵なオブジェがありました。クリスマス装飾でしょう。

食後のコーヒーをと、美術館Cafe1894に着くと、ちょうど14時からのコーヒタイムになっていて、僕は初めてこの古い装飾の部屋を体験することが出来ました。
1894(明治27年)の三菱一号館竣工当時の銀行営業室を忠実に復元した空間で飲むコーヒーの味は、また格別でした。

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2017年12月11日 (月)

勝浦松部漁港で釣り

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12月7日、8日
友人たちとの忘年会で、千葉の勝浦に行きました。僕は勝浦は初めての場所です。(上写真は、勝浦松部漁港)
例年の忘年会は、神奈川県、真鶴の「福浦漁港」の岸壁でのんびりと釣りをした後、近くの「きどぐち旅館」で忘年会というパターンで続けてきました。
ところが、その「きどぐち旅館」が今年廃業してしまったのです。漁港にも近く魚料理の旨い割烹旅館だったので、残念です。
そこで今年、友人が選んでくれたのが、勝浦の民宿「くろえむ荘」。
http://kuroemu.net/
地元で水揚げされた金目鯛と漁師料理で評判の宿とのことです。
電車で到着した勝浦駅から、先ず軽く釣ってみようと、宿近くの松部漁港にタクシーで向かいました。餌は途中の釣具店で買いました。
晴れた青空のもと、釣り半分と言っても、魚影がまったくなく、釣れるのはエサ取りのフグばかりという有様でしたが、そのぶん、アウトドアー宴会で盛り上がり、皆で今年一年を振り返り楽しく過ごしたのでした。
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岸壁で珍しいものを見ました。何やら黒い海草を干しているので、干し広げている方に聞いたところ、ホンダワラで、正月の飾り物に使うとのことでした。船で採りに行くのだが、近頃はあまり採る人も少なくなったとも話してくれました。(写真横)

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写真でもわかるように、ホンダワラには実がついています。
その実が米俵の形をしているので「穂俵(ほだわら)」の名がつき変化して「ほんだわら」になったそうです。稲穂と米俵になぞらえて豊作祈願の意が込められているそうです。

「当たりまったくなし」「水温は高いね」「一投ごとに餌の取り換えだよ」「フグもかわいそうだ」早めに竿を収めて、歩いて宿に向かいました。
宿での夕食は、まさに魚づくし。特に大きな金目鯛の煮付けは、評判通りでした。金目の旬は5,6月頃で、脂がのって特に美味しいので、来年ぜひ味わってくださいとの女将の話に、また来るかと、心が動いたのでした。(写真下)
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翌日は、勝浦漁港で釣ってみましたが、ここもまったくあたり無しで、釣りに関しては、今回の勝浦は空振りでした。魚はどこに行ってしまったのだろう。
それでも暖かい日和に恵まれ、海辺で友と楽しく遊び、飲んだ二日間でした。

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2017年12月 4日 (月)

地下鉄開通90周年、懐かしき赤坂見附駅

171027_metro_event今年(2017)12月30日、東洋初の地下鉄として、上野ー浅草間が開通してから90周年を迎えることを記念る各種のイベントが行われています。 
興味深いのは、日本での運行を終えてから、アルゼンチンのブエノスアイレスの地下鉄に譲渡され、現地で使われていた丸ノ内線の車両が、20年ぶりに里帰りしてお披露目されるとのニュースです。
車両は丸ノ内線の旧500型(写真)の4両で、内3両が登場時やブエノスアイレス時代の車両に復元されるとのことです。
 60数年前、僕は通学の為、営団地下鉄銀座線で渋谷から赤坂見附までの区間を利用していました。
当時は、運賃は均一制で確か20円、学生定期券が1ヵ月360円でした。
均一制ですから、乗車するときは、改札口で係員に切符を見せますが、下車駅では、箱の中に入れるだけでした。一駅でも、20円、渋谷から浅草まで乗っても20円でした。ちなみに当時の都電料金は13円でした。
今度里帰りした丸ノ内線500型が、赤坂見附駅に登場したときのことは良く覚えています。
丸の内線が池袋まで延長され、赤坂見附駅の同じホームの両側の線路に、銀座線の黄色い車両と、丸ノ内線の赤い車両が並んで見られるようになったのです。
均一制の料金が、終わるまでの短い期間でしたが、銀座線、丸ノ内線は20円でどこでも行けました。360円の学生定期券で、丸ノ内線にも乗れるので、嬉しくて用もないのに乗ったりしていました。
 当時の銀座線の車両は、駅に到着する直前に、室内灯が消え、代わりにドア近くの壁に付いていたバッテリー電源の非常灯が点灯しました。
一瞬車内が暗くなり、扇風機まで止まるなど、今では考えられないことが起きていたのです。たしか、丸ノ内線には、壁にガラスカバーの付いた非常灯は
あっても、銀座線のような室内灯の点滅は無く、さすが新しい車両はいいなと実感した記憶があります。
丸ノ内線500型の復元のニュースから、今は消えてしまった、赤坂見附駅付近の、立ち並ぶ黒板塀の料亭や、道路にずらりと駐車していた黒いハイヤー、そして芸者さんを乗せた人力車の風景など、懐かしい思い出がよみがえります。
 500型の、登場時の復元車両やブエノスアイレス地下鉄の内装状況など、ぜひ見たいものだと思っています。

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2017年11月29日 (水)

志木ニュータウンの紅葉

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志木ニュータウンは、銀杏、ケヤキ、さくら、ブナなどの落葉樹が多く、見事な紅葉の景色を見せてくれます。散歩していると、ときどき外部から写真を撮りに来る方も見かけます。
11月も明日でおわり。今年の紅葉も、ここ数日が見頃でしょう。
写真は広いニュータウン内の一部、中央の森弐、参番街で撮ったものです。(クリックすると拡大します)

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2017年11月26日 (日)

太極拳と中国語

Dsc03082_1024志木ニュータウン内の館近隣公園(中央公園)で行っている太極拳も、11月から冬バージョンに変わりました。
毎週水曜日と金曜日の朝9時から約45分ほど、皆で太極拳を楽しんでいます。
青空のもと、紅葉した木々に囲まれて、実に爽快です。
練習は練功十八法、八段錦、楊名時太極拳の順に行われ、その最初と最後に、全員で中国語で挨拶をします。練習の初めの、こんにちはは」「ニーハオ」
練習の終わりの、ありがとうございましたは「シィエシィエ」
またお会いしましょうは「ザイジェン」です。

 中国語といえば、NHK Eテレの番組「テレビで中国語」のほっと一息のコーナーでは、テキストには出ていませんが、太極拳の形の名前を、イーランさんが中国語で紹介しています。勉強になりますし、イーランさんの流れるような太極拳も素敵です。

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2017年11月20日 (月)

深まる秋

Dsc03072_1024テレビに、北海道、東北など各地の雪の映像が流れています。
我家も、今朝7時の外気温は2度、真冬並みの気温でした。(写真左)
志木ニュータウン周りの紅葉も進んでいます。
公園で遊ぶ幼稚園児の周りは、枯葉を敷き詰めたようです。
木の下には、どんぐりがたくさん落ちています。子供たちはどんぐり拾いが大好きです。
以前、友人と二人で霧積温泉から晩秋の鼻曲山に登ったことがあります。
眼前に広がる浅間山の雄大な景色を眺めたかったのですが、山は深い霧に覆われていました。誰もいない樹林帯の登山道には、歩くとバリバリと音がするくらい、落ちたどんぐりが積もっていました。
秋から冬への今頃の時期、雪の来た山稜から、葉の落ちた樹林帯を歩いた、幾つもの下山の景色を思い出します。
雪化粧した八ヶ岳を縦走し、権現岳から、編笠山を巻いて小淵沢駅までの長い山麓歩き。林の中でリスを追い回していた今は亡き友の事を思い出します。
今日は、どんぐりの工作に使う、丸いどんぐりを探して、西原斜面林などを歩きました。小学校の道路脇に捨て去られた「小池百合子来る」立て看板に、後片付けも出来ない、惨敗した政党の秋色を見ました。
そして、こちらは見事な秋色、会津の「みしらず柿」を頂きました。
漢字で書くと「身不知柿」。渋柿の渋を抜いて食べる、とても美味な柿だそうで、僕は、名前を知ったのも、食べるのも初めてです。
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