2017年10月 9日 (月)

グアム島へ---その前にちょっと、9月30日の続きを

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10月始めに、前からの予定でバリ島に行くつもりでしたが、島の火山、アグン山(3142m)に噴火の恐れが報じられ、15万人もの島民が避難する事態になってしまいました。
そこで泣く泣く旅行をキャンセルして、行く先を急遽グアム島に変更し、
海辺のリゾートで、過ごしてきました。
このグアム島の事を書きたいのですが、その前にちょっと、9月30日のブログの続きを。
写真のように、きれいなグアムの海で遊んでいた間、国内の政情は驚くやら、あきれるやらの一週間だったようで、新党設立では立憲民主党が生まれ、小池都知事のやり方に不満の都民ファーストの都議二人の離党など、出発前のブログに書いたような展開を見せてきました。
小池一派からの離別、三下り半、大いにやってください。
都議会、都民ファーストの会からも、離党者がまだ続くでしょう。
小池新党「希望の党」は、選挙後に必ず内紛で割れます。ともかく、安倍政権に痛撃を与えて、自民党の混乱の中、自分の志は、小池一派とは、どうしても相容れないと思う旧民進党の当選議員の皆さん、立憲民主党に行くも良し、無所属会派で活動するもよし、僕は離党を支持します。
安倍政権を倒す目的は達しても、自民党とその補完勢力だけに、日本の政治を動かされてたまるかの気概で、おおいに活躍してください。
日本の政治を操る「日本会議」に対抗する姿勢を凛と見せるなら、それを国民はちゃんと見ています。

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2017年9月30日 (土)

魑魅魍魎の世界、女狐をだまそう---当選してから離党しなさい

民進党の前職議員さん、立候補予定で、いま、党から何の連絡も無く途方に暮れる議員候補さん、もうこうなれば破れかぶれです。
タヌキと呼ばれようと、鵺(ぬえ)と蔑まれようと、妖怪の世界観で、衆院選に勝ち残りましょう。
所詮政界は、魑魅魍魎の跋扈する世界。
あなた方が打倒を目指す安倍首相は、かの「昭和の妖怪」と言われた男の孫で、この妖怪を限りなく尊敬して、その意志を継ごうと、もがいている「妖怪もどき」なのですから。

「希望の党」から出馬しなさい。
踏絵は踏んで、転んで、通り抜けなさい。先ず選挙に勝つことです。
目指す議員になったらこっちのもの。一抜けた、二抜けたと次々と離党して、志を同じくするもので新党、会派を作りなさい。政界渡り鳥の異名を持つ、離党、支持者裏切りなど屁とも思わぬ女狐が、「希望の党」党首さまですから、心配する必要はありません。
共闘の民進党に裏切られ、4野党での共通政策を踏みにじられた日本共産党も、今、混乱の選挙戦を勝ち抜いて、30議席獲得を目指しているそうです。
希望の党に組することを、良しとしない前職議員が無所属出馬で国会に戻ってくることもあるでしょう。ことによるとリベラル派の新党立ち上げもあるかもしれません。社民、その他のリベラル議員等と併せて、100議席以上を梁山泊に集結させましょう。そして今、国民が最も望んでいること、それを実現するために、嘘や隠し事の無い本物の政治家の姿を見せなさい。
希望の党の狙いは、国会からリベラル派を一掃すれば、憲法改正はやり易くなる。自民党と根は繋がっているのです。
日本会議の狙う、国会からリベラル派を追い出す画策は、しいては国民にも襲い掛かってくるということです。
我々の血税である民進党の巨額の
政党助成金を使って、要は人のふんどしで相撲を取ろうと画策する癖に、やけに態度のでかい、厚化粧の「女狐とその一派」に、一泡吹かせなさい。
それはちょっとですって!国民から見れば、今、女狐一派に首を差し出す行列に並ぶあなた方のほうが、それはちょっと!なのですよ。
息をつくように嘘をつく首相や、東大話法、違った、美しい国の言語とは思えぬ日本語をあやつる「菅話法」で逃げまわる幹事長をみれば、こんな嘘、どうということありませんよ。
あなた方の尊敬できる姿を最後に見せてもらえるならね。

それにしても、この政党助成金たるもの、何とも怪しい制度であることが、今度の事でよりはっきりしました。
政党助成金があるから、議員どもが、こそこそ、右往左往して醜態をさらすのです。政党助成金に異議を唱え、国民の血税を使わないと、一銭たりとも受け取っていない日本共産党は正しいのです。

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2017年9月28日 (木)

小池百合子一派は、野党と認められない

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保守二大政党制など、私にはあり得ない!。
「市民と野党の共闘で、安倍政治をチェンジしよう!」と活動してきたが、小池百合子氏の「希望の党」は、この野党の範疇に入らない。
市民の力を結集して、お互いの違いを認め、尊敬しあえる党どうしの協力を求めて模索を続けてきた。
安倍政権に変わる、魅力ある受け皿を作らねばならない、自民党に対抗できる勢力を作らねばならないとの思いは同じでも、実際には、民進党組織の動きはいたって悪く、何を考えているんだ、本当に野党4党の共通政策を守って活動する気があるのかとの疑問は最近大きくなるばかりだった。

今国民が望んでいるのは、野党共闘で政権を取る事ではなく、安倍政権の目に余る暴走を止めて欲しい、国民の思いに耳を傾ける政治をして欲しい、
そのための、勢力を作って欲しいとの思いである。
なんとしても、どんな手を使っても安倍政権を倒したいと、小池百合子一派との共闘で何かを得ることが出来ても、その先に、私は荒野しか見えない。

保守二大政党など、私にはあり得ない!
私は小池百合子という政治家は、嫌いである。大嫌いに近い。
都知事選挙に立候補する過程、都知事になってから活動への疑問、公約の不履行、ただ横文字と形容詞の連発による中身の見えない発言、都民ファーストの会を利用した国政への野望などなど。しらっとした顔つきではぐらかす不誠実さには辟易するばかりである。
希望の党と民進党との合流で政権をだと!こんな一派の政権など望んでいない。皆、国会議員という美味しい職業を失いたくないという輩たちばかりではないか。自分の立ち位置は失わないで新しい組織で活動できるなどという、欺瞞で自分をごまかし、国民を欺くのもいい加減にしてもらいたい。私は怒っている。

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2017年9月25日 (月)

素晴らしき消防車

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Ca390049先週、お彼岸の墓参に行ったついでに、「スタッツ消防ポンプ車」を見てきました。
四谷三丁目交差点の角に立つ消防博物館に常設展示されている消防車の中で、僕はこの車のプロポーションが好きなのです。消防車の名車中の名車だと思います。(写真上は、ウィキペディアよりコピー)

「消防博物館は、江戸時代に描かれた絵巻、錦絵から大正時代の消防クラシックカー、さらには最新の消防隊の装備まで消防に関するものがずらりと展示されています」(消防博物館パンフレットより)


地下鉄丸ノ内線の四谷三丁目駅は、現在工事中で新宿方面からの電車のホームから、地上に上がると、消防博物館の前の交差点角に出ることになります。もうそこが、博物館入口というわけです。
今まで何度も入館しているので、行く先は地下一階のクラシック消防車の展示スペースだけです。ちなみに、入館料は無料で、僕の知る限り、いつも空いています。
地下一階の展示スペースは、「消防自動車の変遷」として、ここには大正から平成にかけて活躍した名車が展示されているのです。アーレン・フォックス消防車、マキシム消防車、ベンツメッツ梯子車などがピカピカに磨かれて置かれていて中でも、米国ノーザン・ポンプ社製スタッツ消防ポンプ自動車は、スタイル抜群です。
火事はいやですが、こんな消防自動車が街中を走り抜けていったら、見とれてしまうことでしょう。
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僕のコレクションの中にも、メルセデスベンツの消防梯子車LP-813があります。

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柳瀬川の彼岸花2017

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Dsc02790_1024昨日、柳瀬川の彼岸花を見に行きました。
残念、少し行くのが遅かったようで、
「志木大橋」から、オリンピックのある「ふれあい橋」間の、土手の群落は、すでに花が終わっていました。(写真左)

それでも、志木大橋側の高層マンション横では、きれいに咲きそろった群落がみられました。以前は、この場所には、こんなに彼岸花が無かったように思うのですが、いつの間にか増えたようです。どなたかが、植えたのでしょうか。(写真上)

なんどか書いている事ですが、柳瀬川土手に咲く彼岸花は、近くの新座団地にお住まいの水野さん、古田さんたちが、10数年年以上前から水野さんを中心に数人で数万株の球根を植え続けたものなのです。
水野さんの田舎の、群馬県の休耕田に咲いていたものや、栃木県などの親類、知人を頼って球根を集め、運んできては、土を掘り起こし、球根を植えたそうです。
その途中で、市の土木工事で土を盛られてしまったり、盗掘に遇ってごっそり持って行かれたことが何度もあったようです。
しかし、その苦労は報われました。毎年、きれいに咲き揃って土手を歩く人たちを楽しませてくれます。市に依頼して金属の説明板も立ててもらいました。
自分たちの住む町に、きれいな花を咲かせようと努力した人達がいたことを、僕は忘れません。
昨日、見た感じでは、新座団地付近の土手は、花の数が減ったり、雑草に埋もれたりしているようでした。雨などで、球根が斜面を流れたのか、土手下に群落がみられる所もありました。自然のままに、毎年きれいに花を咲かせることは難しいことだと思いました。

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2017年9月16日 (土)

東京都埋蔵文化財センターで敷石住居を見ました

9月14日(木)
太極拳のグループで、東京都埋蔵文化財センターを訪ねました。
文化財センターは、多摩ニュータウン開発の40年間の開発に伴う、膨大な量の出土品を収蔵しており、その一部を展示していて、隣接して遺跡庭園「縄文の村」があります。
https://www.tef.or.jp/maibun/   (東京都埋蔵文化財センター)

北朝霞駅からJR武蔵野線、中央線と乗り換え、立川駅からモノレールで、多摩センター駅に向かいました。
約20年前、1998年の11月開業のこのモノレールですが、僕は初めて乗りました。
高架のモノレール車両は、地上面よりかなり高いところを走行するので、車窓から沿線の景観を良く見ることが出来ます。傾斜地にひな壇のように立ち並ぶ住宅から、一帯が丘陵地であることが実感できます。僕の住む志木市付近では、この景観は見られません。
 多摩センター駅から歩いて10分弱の距離にある埋蔵文化財センターでは、係員の説明で館内の展示ホールと外部の遺跡公園を見ることが出来ました。展示ホールは、思ったより狭く、常設展示は膨大な量の収蔵の割には、展示品の数も限られているように感じました。ただ、旧石器から縄文、弥生と続く歴史の移りが良く理解できる展示は見ごたえがあります。
展示室に隣接する体験コーナーが充実しており、このセンターが、見るだけでなく、さわる、感じる、使うを重視していることがわかります。小中学生にとっては、とてもよい勉強の場が提供されていると思いました。

企画展示として、「東京発掘 江戸っ子のくらしと文化」の展示もありましたが、僕の興味は旧石器、縄文時代なので、もっぱら石器、土器の展示を見ていました。Dsc02695_1024


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遺跡庭園「縄文の村」で、僕は一度見たいと思っていた敷石住居の実物に出会うことが出来ました。今日の見学の最大の収穫です。今まで、かなりの数の復元された縄文時代の竪穴式住居を見てきましたが、敷石が床一面に敷かれた敷石住居は、実は初めて見るのです。
縄文中期に流行したとされる敷石住居の石畳を見ると、たたき土間との使い勝手の差は、どうだったのかと考えます。Tamaplaza130_2
短い時間でしたが、多摩丘陵の旧石器から近世に至る歴史の理解を深めることが出来た見学になりました。


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2017年9月13日 (水)

赤唐辛子の収穫

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今年の春、苗を一本購入して、植木鉢で育てた、赤トウガラシがたくさんの実をつけました。
9月も半ば、実が赤くなってから、だいぶ経ちました。
果たしてこの時期で良いのか、迷いもあるのですが、思い切って収穫することにしました。
実は赤トウガラシの収穫、そして乾燥について、ネットで調べてみたのですが、実に様々な書き込みがあり、どれが正しいのか判断に迷いました。
市民農園を借りていた時期に、収穫後、カビを生やして捨てざるをえなかった経験があります。
その上今回は、赤くなった実の脇に、また新たな白い花が咲き、新しい実も付け始めてきたのです。これはいかん、ひとまず、赤く熟した実を採ろうと決めました。

枝ごと切って乾燥させるのが一般的のようですが、実の一つ一つを採って、乾燥させることにしました。
乾燥ネットに入れて、数日間乾燥し、それから冷凍保存をしてみようと考えています。なにしろ、植木鉢での栽培で、こんなに多量に収穫できるとは思っていなかったのです。「鷹の爪」として、とても使いきれない量なのです。Dsc02687_1024

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2017年9月10日 (日)

逃げる場所が無ければ、動物園にいらっしゃい

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上野動物園の「ツイッター」公式アカウントで発信したメッセージに、共感の輪が広がっていると、東京新聞が伝えています。(2017.9.1朝刊 写真上、クリックすると拡大します)
「アメリカバクは敵から逃げる時は、一目散に水の中へ飛び込みます。
逃げる時に誰かの許可はいりません。脇目も振らず逃げてください」

このツイッター記事から、最近読んだ本の中に、同じことを語っている著名な登山家の事を思いました。
本は、写真家・作家の小林紀晴さんの書かれた「だからこそ、自分にフェアでなければならない」
プロ登山家・竹内洋岳のルールです。
竹内洋岳氏は、日本人初のヒマラヤ8000m峰全14座登頂者です。世界の登山家でもまだ28人しか達成していない記録です。14座のうち、11座は酸素ボンベを使わない無酸素での登頂です。簡単に無酸素登頂と言いますが、人間の生存限界を超える8000mという高所に、人間がなぜ酸素ボンベ無しで到達できるかは、実のところまだ良く解明されていないのです。超人のなせる技としか言いようがありません。
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この本の83頁「社会や学校は8000メートルみたいなもの。適応できなかったら逃げろ、生きるために。」

短い章なので、書き写してみました。

竹内がテレビ番組でいじめについて語る姿を、私は画面を通して見た。どんなことを語るか気になった。困難に立ち向かうとか、負けないとか、ひるまないとか、状況を見て冷静な判断を下すとか、どこか精神的な関わりの中で問題を解決するべきというようなことを語るのではと勝手ながら考えていた。
そんなふうに思ったのは、困難なものに立ち向かうことに喜びを見いだし、チャレンジするプロ登山家・竹内の姿をそのまま投影したからだ。しかし竹内は真逆なことを言った。
「逃げろ」
その言葉に、肩の力が抜けるような感覚を持った。強靭な男の口から出ただけに、説得力を持って響いた。
「いじめは雪崩と同じだと思う」と続けた。だから、雪崩が今にも起きそうだと「感知」した斜面で竹内は即座に立ち去ったのだ。つまり、生きるために、逃げたのだ。
(注:以下、本の中の竹内岳洋の言葉)

 いじめに正直いって解決策は無いと思っています。3分間、いじめについてメッセージを発するという内容だったのでお引き受けしたんです。そのタイトルが「いじめ、いま君に伝えたい」でした。そこで、私のメッセージは「逃げろ」でした。
いじめには立ち向かわなくていい、逃げろと言いました。
 
 いじめは、雪崩と同じだと考えています。一人で立ち向かっていったって止められもしないし、流れも変えられない。だから、もう、逃げろ、逃げてしまえと。私はそれしかないと思います。誰かに助けてもらうとか、誰かが何かしてくれるの待ってたって、解決なんかしないし、その間に飲み込まれちゃつたらどうなっちゃうかわからないから、とにかく逃げろ、逃げろ。
 
 世の中、逃げろじゃなくて、逆に頑張れとかいうことが多いかもしれない。でも、逃げてしまえ、どこまでも逃げてしまえ、家からも逃げてしまえ、その行動が必要だと私は言いました。
野生動物じゃないですけど、脱兎のごとく逃げていくっていうのは、ある意味、正しいと思うんです。
 要は、社会とか学校とかって、たとえてみれば8000メートルみたいなもので、その環境に適応できるものだけがそこで生き延びていくんだと思うんです。ある人には苦でないことが、ある人には、恐ろしく順応できないことだったりする。その差は生まれ持ったものだと思いますよ。

 私は、子供が二人いるんですけど、一人目のときには気がつかなかったんです。二人になって気がついたんです。上の子は一歳前に歩き始めた。10ヶ月ぐらいで歩き始めた。そのときに妻が、やっぱり母親としては手を握って、よちよち歩いている方向に支えて歩かせようとするわけです。
すると、母親の手をぐっと振りちぎって歩いていくわけです。べちっと倒れて妻が、大丈夫?って言っても、それを振り払って歩いていこうとするわけです。でも、二人目の子は、同じではなかった。

 以前読んだ本にこういうことが書いてありました。江戸時代の朱子学に関してです。強力な理論体系ときわめて合理的な朱子学的な発想から、「人間はかくあるべし」とし、やればできるんだ、聖人になれるんだという教育があったそうです。けれど、幕府の正学となった荻生徂徠という人がそれを批判するんです。
 朱子学では、とにかくトレーニングすることで人は優れた人間になれるんだっていうのです。だけど荻生徂徠は人間っていうのは、もともと持って生まれた特性がある。米は米だ。豆と米とどっちがいいかではなくて、米は米としての役割があって、豆は豆としての役割があって、それを周りのものが、これは米として成長させよう、これは豆として成長させようとしていくことこそが、やっぱり人間が本当に成長していくことなのだと。
 全員を米にするとか、全員を豆にするというような朱子学全盛のときに彼が言うわけですよね。私もそうなんじゃないかと思うんです。

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2017年9月 7日 (木)

大芝高原と岡谷のウナギ

Dsc02669_10249月6日、7日
友人たちとの集まりで、伊那市に行きました。
毎年恒例の行事で、大芝高原で、コテージに泊まり、散策やバーベキュー、マレットゴルフなどを楽しみ、温泉に入ろうという気楽な集まりです。
長野県の伊那郡にある大芝高原は、宿泊施設やオートキャンプ場、マレットゴルフ、温泉などがあるレジャー施設です。
http://oshiba.jp/  大芝高原HP

赤松の林の中に点在する大小のログハウスコテージは、厨房、浴室、冷蔵庫、掃除機、寝具などが完備しており、部屋も清潔で快適な森の生活を楽しめます。
コテージ近くには大芝の湯があり、大きな露天風呂に入れます。
久しぶりに会う友人もいるので、外の東屋で夜遅くまで、バーベキューをしながら、語り飲み続けます。定番の大きなブロック肉を回転させながら、炭火でじっくりと焼き、ナイフで薄く削いで食べます。肉のこれほど旨い食べ方を他に知りません。
翌日、二日酔いながら、マレットゴルフで遊んだあと、これも定番の伊那のソースかつ丼有名店に行き、かつ丼談義に花を咲かせつつ、旨いなーと食べて解散し、次は忘年会で会おうと約束し、楽しい集まりを終えるのです。
毎年、大芝高原に向かう途中に、守屋山、日向山などに登ることもあるのですが、今回は山は中止して、岡谷でウナギを食ることにしました。
岡谷市はウナギの町として、知られています。諏訪湖の天竜川水門近くの「あら川」という店にはいり、うな重を注文しました。(写真左中)
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こちらのウナギは、東京で食べるウナギと違い、蒸しておらず、よく焼かれていて、だいぶ黒い焼き焦げもある仕上がりです。僕はこんなうな重初めて食べました。
歯触りも良く、旨いと思いましたが、僕の好みとしては、とろけるような柔らかい触感の、蒸したうな重に軍配を上げたいです。
岡谷のウナギと伊那のソースかつ丼、今回も普段食べない味を楽しめた旅でした。

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(コテージの2枚の写真、友人のスバルとホンダ車です。濃淡のグリーン系の色が森のコテージに実によく似合う車で、絵になります)

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2017年9月 2日 (土)

柳瀬川濁流と化す

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8月30日(木)
近くの公民館での集会に参加していた午後2時頃、激しい雷鳴と共に雨が降り始めました。強くなる一方の豪雨に、見る見るうちに公民館前の道路が冠水してゆきます。
その頃、近くの柳瀬川では釣り人二人が、増える水嵩に進退極まっていたと思われます。
4時頃には、雨も止み、公民館前の冠水も引き始めたので、道路の冠水箇所を避けながら回り道をして帰路につきました。
家に入る前に柳瀬川の状況を覗こうと、50mほど離れた土手に上がると、そこには信じられないくらいの濁流と、普段の流れの10倍ほどに広がった川の姿がありました。(写真上。写真で見る以上に実際の川は奔流でした)Dsc02666_1024
(写真横、翌日8月31日朝の同じ場所。昨日の濁流が嘘のようです)
台風時などには、水嵩が増えることもありますが、僅か2時間ほどで、これだけ水量が増えた柳瀬川を初めてみました。
所沢で午後3時までの1時間に73mmの雨を観測したと報じられましたので、一気に増水する川の恐ろしさを目の当たりにした感じです。瞬間的には100mmを越える豪雨だったのでしょう。
ヘリコプターが数機、上空を飛びまわるので、何事かとテレビをつけると、柳瀬川の濁流の中、必死に樹木に捉まる人の救助活動が放映中でした。殊に一人は、濁流に呑まれたと報じられていました。(後に遺体が9km下流で発見されたとの事ですから、如何に濁流の勢いが強かったかがわかります)
ヘリコプターからの消防隊員による救助が成功し、吊り上げられる人の姿がテレビ画面に大きく写され、良かった助けられたとほっとしたのでした。

テレビ画面から、我家から1.5km程上流の「ふれあい橋」付近での事故だとすぐにわかりましたが、日頃のウォーキングコースでもあり、なにか他人ごとではありませんでした。
救助された釣り人が、お前の姿に似ていたので心配したとのメールも幾つか頂きました。いつも柳瀬川付近をうろついているので、どうも御心配おかけして申し訳ありません。
さて、普段10mにも満たない川幅の柳瀬川で、釣り人がなぜ避難できなかったのか。
救助された方が、状況を語る日が来るかもしれませんが、川を良く知る僕なりに考えてみました。自戒を込めて。
テレビにも写されていた「ふれあい橋」下流で、釣りをしていた二人は、突然降ってきた雷雨に、落雷の危険も感じつつ、雨宿りのつもりで橋下に逃げ込んだのではと思います。
テレビ、ラジオでは中州に取り残されたと釣り人と報じられていましたが、ここには中州などはありません。(写真下の川幅をご覧ください)
かように、水流のある部分の川幅は狭いのです。
初めの5分程は小降りだった雨が、突然豪雨に変わり、見る見る川は増水してゆきます。
増水する一方の水流が、二段になっている護岸の、下の段を越える勢いになっても、すさまじい雷鳴と豪雨に、もうしばらく様子を見ようと考えても不思議ではありません。
何しろ、橋下から本堤防まで20m、10秒ほども走れば護岸のコンクリート斜面に登れるからです。
橋の対岸には、細い枝川が流れ込んでいます。そこからの水流も、水嵩を増す原因になったのではと思います。
そして、この判断が二人を危険な状況にさらすことになりました。一気に足元を襲う急流に、退路を振り返って見れば、護岸付近は、いつの間にか、より激しい濁流と化していました。
二人がなぜ、樹木に捉まろうとしたか、このあたりは良くわかりませんが、護岸にたどり着くよりは、流れの中を木まで行ったほうが楽だったのかとも思います。
体が流されないように、樹木上流側に見える灌木を掴んで、樹木までたどり着いたのかもしれません。
二人がなすすべもなく、木まで流されてしまったとは思えないのです。
この間、二人のうちの一人がどこで、濁流に呑まれたか、掴まっていた木から手が離れたのか、その辺はわかりません。それ以後は、テレビで中継された救出劇の通りです。
渓流釣りや、登山でも、川は数分で驚くほど増水するのを知っています。釣具を片付ける間もなく、流されたり、一時間前には、石伝いに渡れた小川が激流になっていることもあります。百名山、二百名山でも、退路を断たれる恐れがある山は幾つもあります。
僕も柳瀬川のこれほどの急激な増水は経験がありませんので、状況を想像するしかない二人の釣り人を責めることはできません。
しかし、最近屋久島の宮之浦岳や北海道の幌尻岳などで、登山中に増水した沢での遭難が続き、徒渉の判断の難しさが問われています。
ちなみに6月の屋久島の宮之浦岳から、縦走中の鹿児島県のメンバー7人は、道を誤り沢筋を下って遭難しました。
沢を横切って対岸に移ろうと、徒渉中に激流に流されて死亡した二人は、翌日捜索隊により発見されたました。
なんと一人(流された一人を救助しようとしたリーダー)は水流の無くなった沢の中間で、体に巻きつけたスリングとカラビナでロープに繋がったまま発見されたのです。急激な増水の恐ろしさを教えてくれます。
ともかく、増水したら、川からは即逃げ道を探す。沢では、死なない判断を如何に下すか。これを改めて考えさせられる、柳瀬川の水難事故でした。
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(写真1枚目、嘘のように水が引いた事故翌日の「ふれあい橋」)

(写真2枚目、ふれあい橋から見た、釣り人の一人が掴まっていた木)

(写真3枚目、橋上の対岸位置から見た木)

(写真4枚目、行方不明の一人を捜索する消防隊員たち。遺体はここから9kmも流された場所で発見された)

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