2017年4月18日 (火)

旧石川組製糸西洋館(入間市)へ

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2017年4月16日(日)

埼玉県入間市にある国登録有形文化財「旧石川組製糸西洋館」の見学に行ってきました。
以前にも紹介したことのある建築物ガイドボック「埼玉たてものトラベル」にも掲載されているので、一度は訪れたいと思っていた建物です。
東京新聞で、この建物の特別公開があるとの記事を読み、週末2日間の公開日に合わせて訪れてみました。
 我家から、建物がある西武池袋線の入間市駅までは、1時間ほどで行ける距離ながら、今まで、なんとなく見学に出向かなかったのは、ガイドブックの建物外観が、それほど魅せられる感じを与えてくれなかったことも一因でした。
さて、見学当日、入間市駅北口から住宅街を抜けて、約7分ほどのところに、この木造2階建化粧煉瓦張りの建物はありました。
駅から来ると敷地の裏口から入ることになるので、細い路地からその外観は目立たず、通り過ぎそうになって、見学会のお知らせ看板で気が付いたほどでした。
それでも、裏庭から表に出てみると、国道16号線に面して、なかなか堂々たる建物であることがわかりました。(写真上と下1枚目)
大正時代に、全国でも有数の製糸会社だった石川製糸の迎賓館として建造されましたが、見たところ、西洋館といってもどちらかと言えば、控えめな外観です。
 しかし、建物内に入ると、印象はがらりと変わります。
落ち着いた色調の木部と、そこに施された宮大工の手になるという繊細な装飾が目につきます。建物と調和のとれた家具も置かれ、全体に迎賓館らしい重厚感もあります。
1階の食堂、寝室、応接室、2階の大広間などの各室は、床の寄木の模様張りや天井の意匠などがそれぞれ異なり、部屋に入るとその違いに驚かされます。
2階の見学は、整理券が発行され、20分ごとに入れ替わりで、解説者に案内されての見学なので、ちょっと急ぎ足になりました。そのなかで、興味深かったのは、大広間のステンドグラスで、和風調の落ち着いたデザインが、部屋の装飾とよく合っていました。(写真、いちばん下)
一時間ほどの見学でしたが、それほど来館者の数も多くなかったので、階段、照明、腰壁の装飾、家具などじっくりと見て廻ることができました。
階段の手摺は、一本の木から削り出されていて、川越祭りの山車を制作したことがあるという宮大工の仕事ぶりに感心しました。(写真下から二枚目)
西洋館を見た後、徒歩で10分ほど離れた、同じように特別公開されている旧黒須銀行に廻って、明治時代の銀行の雰囲気を味わってから帰宅しました。

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2017年4月 8日 (土)

2017年 柳瀬川の桜開花状況その5 ---満開です

2017年4月8日(土)

今、柳瀬川堤の桜は満開です。
今週末、晴れたら絶好のお花見が出来たのに、あいにくの天気で残念です。
それでも今日の午後6時ごろの柳瀬川堤は、お花見を楽しむ人たちがまだ、たくさんいました。土手を歩く人達の足元には、花びらが舞い落ちていました。
今年の桜も、終わりが近づいているようです。
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2017年3月30日 (木)

2017年 柳瀬川の桜開花状況その3 ---一気に3~5分咲きです

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2017年3月30日(木)
今日の暖かさで、柳瀬川沿いの桜は、一気に開花が進みました。午後3時ごろ見に行きましたが、3分咲きから5分咲き程度です。
週末の天候が悪そうなのが残念です。
隣接する志木ニュータウン内では、ユキヤナギ、レンギョウ、ボケ、などがきれいに咲いています。源平枝垂れという桃の花も咲きました。長い冬を抜けて、やっと春がやって来たようです。
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2017年3月29日 (水)

2017年 柳瀬川の桜開花状況その2---2分咲きです

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2017年3月29日(水)「柳瀬川の桜開花状況」その2をお届けします。

Dsc01968_1024標準木NO.11を見ました。まだ、2分咲きといったところでしょうか。(写真左上)
ただ、柳瀬川駅寄りの屋台が出ているあたりの花は、すでに3分から5分咲きになっている木もあります。
屋台もほとんど店開きしていて、今日は早くもお花見をする家族連れやグループが見られました。写真上)
今週末の天気が心配ですが、5分から7分咲きの桜の花のもと、良いお花見ができると思います。
柳瀬川駅より下流方向、富士見橋から約1km先の高橋までの間は、ぼんぼりが吊るされ、夜桜も楽しめます(写真左下)
さあ、柳瀬川堤でお花見を楽しみましょう。Dsc01966_1024

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2017年3月28日 (火)

宝幢寺のしだれ桜が見頃です

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志木市の真言宗智山派の古刹、法幢寺。我家から徒歩20分くらいのところにある寺です。
今、ここのしだれ桜が見事に咲いているS通信員が写真を撮ってきてくれました。
境内にしだれ桜は、二本あります。
S通信員は片方が花の付も悪く、色が白っぽい感じだと話してくれました。(写真左)
しかし、写真を見ると、確かに花のついた枝こそ少ないですが、古木の風格があって、捨てがたい風情を見せてくれます。
写真を見て、よし、明日僕も見に行こうと思いました。

「追記」3月29日(水)

今日の午前中、公園で太極拳を終わらせた後、見に行きました。美しく花咲いたしだれ桜の周りには、写真を撮る人たちが入れ替わり訪れていました。写真を追加します。
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2017年3月25日 (土)

公立保育園の民営化(埼玉県志木市の場合)

 最近の民間認定保育園を巡るニュースです。
 ○兵庫県姫路市私立認定こども園「わんずまざー保育園」は定員を大きく超過して園児を受け入れた上、ずさんな保育状態次々に明るみになり、こんな保育園が存在したのかと、大きな社会問題になっています。
同園にたいする姫路市の認定が取り消されることは必至で、園児たちは市内の幼稚園や保育園、認定こども園への転園が決まりつつあると報道されています。

 ○また、三重県津市の私立認定こども園「さつき保育園」は、2017年3月末で突然閉演することが発表され、津市は4月以降も保育が必要な園児らに対する受け入れ施設の調整などの作業を急いでいますが、保護者らは困惑していると報道されました。
閉鎖を発表した、さつき保育園の運営母体の社会福祉法人ライト(愛知県岡崎市)は、閉園の理由を経営の悪化によるものと説明しているようです。

 実は僕の住む志木市では、市立幼稚園の民営化が問題になっています。
志木市では、以前、市立保育園が6か所ありましたが、現在は4か所に減っています。

 1.志木市立いろは保育園
 2.志木市立北美保育園
 3.志木市立西原保育園
 4.志木市立館保育園
 廃止(志木市立ばんば保育園)
 廃止(志木市立三ツ木保育園)
残る4か所の保育園のうち、志木ニュータウンにある館保育園もまた、廃止が囁かれる中、市は2016年9月に「館保育園の方向性を定める基本方針(素案)」をまとめました。
この中で、市は廃止を含め、多様な運営形態の検討を進めてきたが、結果として館保育園は「民営化により継続する」と発表したのです。

「館保育園は、近隣に緑や公園が多く、また近くには小中学校や図書館などが立地し、保育環境、子育て環境にも恵まれている。この環境を生かし民間のノウハウを活用し、特色ある保育園を設置する」と謳っていますが、民営化しなければならない理由は見つかりません。
また、民営化による期待できる効果として、次のように民間保育園の特色ある運営をあげています。
「民間保育園は各園の運営母体により、様々な方針があり、それぞれ園としての特色を生かした保育サービスの充実などが期待できる。また、運営面全体にわたって、保護者のニーズに柔軟な対応が可能である」

市はこの素案に対して、市民からの意見を公募しました。これに対し僕は、市は「民営化によるノウハウの活用が」望めるとしますが、公立保育園は、保育の面から運営の安定性、職員の勤務状態と継続性、現場経験の蓄積、専門性の向上などで、営利目的の民営と比べて優れている。
また、市の将来の保育行政の展望がまったく見られないなか、民間丸投げのような、保育行政に市場原理、財政対策を持ち込む事は押さえて、全国的にも評価の高い少人数学級に見られる、市独自の小学校教育と市立保育園の連携、接続教育の一貫性など、多様な展開を見せることを考えるべきだ。
それが、市の望む高齢化が進むなか、子育て世代の流入促進に結びつくのではないかとして、
下記のような意見を市に提出しました。
しかし、48通もの意見が提出され、回答者の全員が館保育園の継続を求めるものであったにもかかわらず、市は「経費削減」を優先し、民営化は既定路線となってしまったのです。おそらく次には残る3つの保育園も、同じ路線が敷かれることでしょう。


 そして意見公募から半年、最初に挙げた、二つの認可保育園の事例は、氷山の一角とも報道されるように、民営化の負の面にも目を向けて、志木市の保育行政の民営化路線の再考を促したいものです。

「館保育園の方向性を求める基本方針(素案)」に対する私の意見(意見公募に提出)

 志木市の公立保育園「館」「いろは」「北美保」「西原」の維持、さらにこれら保育園は、市内の私立保育園を含めた保育行政の総合的発展の中核を為す存在として必要であると考え、公立(志木市立)保育園の民営化に反対の立場で書きます。

1.志木市の公立保育園に対する総合的な展望が説明不足のまま、館保育園の方向性云々で、民営化により保育事業の継続とされても納得出来ません

2.市の保育のあり方の視点として「保育事業の継続は必須」としながら、公共施設のマネジメント戦略に組み込まれての、館保育園閉鎖なる短絡性も疑問です。

3.意見公募閲覧用資料の「2. 充実した保育環境の活用」に書かれているような、恵まれた保育環境を持つ館保育園は、環境面において確かに市立、民営での違いは少ないでしょう。
しかし、これを「生かし民間のノウハウを活用し」以下はいただけません。
多世代交流---、高齢化が進む館地区への子育て世代の流入促進---なる文章は、特色ある民間の保育園の設置ではなく、志木市としての保育行政の今後を占う真価を問われる問題で、館地区の二つの小学校(2小、4小)の存続、統廃合を含めて総合的な地域の活性化には、市立保育園での展開こそ、行政の手腕が発揮できるでしょう

4.民営化による期待できる効果が挙げられていますが、民営化による負の面がまったく説明されていません。一方的です。
民営による保育所運営の安定性の問題、例えば志木市でも過去に例があった、業績悪化による突然の閉鎖など、事業の継続性が危惧されます。
また、保育所職員の勤務状態と継続性、現場経験の蓄積、専門性の向上なども、民営が有利とは言えません。 

5.少人数教育などに見られる志木市独自の教育方針が全国的にも注目されるなか、何故、小、中学校と同じように、就学前児童の保護、教育に行政が直接関与しようとせず、保育事業の継続には財政面だけに力点が置かれるのか。

6.公共施設マネジメントの視点からだけでは、保育の行政、役割を放棄するに等しいものです。行政の責任は、もっと重いのです。
 保育行政に市場原理、財政対策を持ち込む事は、危険です。ある意味で、子供達、そして日本の将来にも影響を及ぼします。新たな視点からの展開で、全国的にも注目されるような志木市独自の保育行政をするぞとの気概をもっていただきたい。

7.館保育園は、私が志木ニュータウン入居以来33年間存在し、環境、利便性、信頼性など住民から評価されてきました。
子供、孫までお世話になった住民もおります。この館保育園の民営化に反対し、「館保育園の方向性を定める基本方針(素案)」に対する意見とさせていただきます。 
                                                 以上

 

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2017年3月24日 (金)

2017年 柳瀬川の桜開花状況その1---開花しました!

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毎年恒例、「柳瀬川の桜開花状況」その1をお届けします。
毎年の桜開花の目安にしている開花標準木、NO.11の状況を、今朝見てきました。
標準木といっても、あくまで僕が勝手に決めて、毎年の開花宣言をしている桜です。
柳瀬川駅から志木大橋に向かう右岸にある、枝ぶりの良い桜です。
なんと、幾つもの花びらが強い北風に揺れて咲いていました。(写真上)
標準木以外では、花が咲いている枝も見られたのですが、昨日まで標準木は、まだ蕾だったのです。
5輪以上の花を確認しましたので、ここに2017年 志木市柳瀬川土手の桜の開花宣言をします。昨年は3月21日でしたから、3日遅れです。
ちなみに一昨年とその前年は3月25日でした。大体、例年3月20日から25日の間に開花するようです。
今週末は、お花見には早いと思いますが、土手には露天商の屋台が、数軒準備をしていました。2分咲でもいいやと思われる方は、どうぞ柳瀬川土手にいらしてください。
それでは、見頃は、多分、たぶんですが満開は来週末頃だろうと思います。
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(写真左、標準木NO.11)

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(写真下、今日は営業していませんでしたが、明日は店開きするだろう露店屋台)

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2017年3月21日 (火)

嗚呼、石原慎太郎

百条委員会での石原慎太郎元都知事の映像を見た。卑怯であり、老残である。
「果し合いに出かける侍の気分」
「座して死を待つつもりは無い」
「天気晴朗なれど波高し」

記者団を前にして、そんな言葉が最も似合わない男が、戦いの前の潔さを語る虚しさ。老いてなお、虚栄を張らざるを得ない小心な政治家の姿を見る。
2009年1月に廃刊となった「月間現代最終号」に、佐野眞一氏が、老いた偶像の末路として石原慎太郎「落葉の季節」書いている。
その文を、今、改めて読み返している。

<慎太郎は帝都の絶対君主のように我儘放題にふるまっている。
しかし、大物感はまったくなく、父・潔と弟・裕次郎の豪気さを却って浮き彫りにさせている。
慎太郎の悲劇は、それが内面のコンプレックスと焦燥感をなお募らせ、苦境に陥ると、相変わらず目をしばたかせていることである。
「太陽の季節」で華々しくデビューを飾った男は、退場の花道さえ失い、自分で自分に落とし前もつけられないまま、強弁だけを残し、無残な「落葉の季節」に入ろうとしている。>

落葉の季節を終えた8年後、倒木となって尚、保身に走り、強がりを隠さない男に、「君ら教養が無いから分らないだろう」と云われたとあれば、僕はあなたに顔も心も似た東郷平八郎ならぬ、二人の男の姿を教えよう。
旧日本軍の富永恭爾中将。「諸君の後に私も続く」と勇ましく軍刀を振りかざして、陸軍航空隊の特高機を送り出しながら、真っ先に戦線離脱して逃亡罪まで疑われた、小心の軍人。写真で見る、病気だと、わざとらしく首に巻いた包帯に、石原氏の首の湿布を連想する。
○薬害エイズ裁判の帝京大学A教授。謝罪、反省の二文字を嫌うこの人もまた、老残の身をさらしながら、病に逃げ込み、最後まで自己保身にだけ強弁した男。

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2017年3月 2日 (木)

武蔵丘陵森林公園の梅が見事です

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昨日(3月1日)は「国営武蔵丘陵森林公園」の梅の花を見に行きました。(写真はクリックすると拡大します)
 毎年、訪ねていますが梅の花を見るなら、ここ森林公園が最高の場所だろうと思います。
 熱海、湯河原、越生、京王百草園、水戸偕楽園、湯島天満宮などの有名観光梅園と違い、平日であれば観光客も少なく静かでゆったりと梅の花が観賞できます。
 歩くごとに視点の変わる丘陵の緩やかな勾配と、梅の木のほどよい間隔がとても良く、その中に品種の多さでは日本有数といわれる120種600本の梅があります。
 土日祝日には東武東上線の森林公園駅前から、梅林に一番近い森林公園南口行きのバスが運行されています。約10分弱の乗車です。
 平日であれば、立正大学行きに乗り、滑川中学校で下車すれば徒歩5分で公園南口入口です。
歩いても駅前から歩行者専用の緑道があり、約3kmを40分ほどで到着しますので、これもお勧めです。
昨日は、時々薄日も漏れる天気でしたが、きれいに咲きそろっている梅の花の下には福寿草もきれいに咲いていました。

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梅の枝に止まるルリビタキジョウビタキ(メス)と思われる小鳥を見つけました。(写真一番下)

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2017年2月22日 (水)

共謀罪からテロ等準備罪へ---治安維持法と俳壇

「平和安全法制」、そして「特定機密保護法」、成立を急ぐ「テロ等準備罪」で安倍政権の願った三部作の完成間近です。
名と実が伴わない不可解な名がつけられた平和安全法制。運用が危惧される特定機密保護法。治安維持法が共謀罪、そして拡大解釈必至のテロ等準備罪に名が変わり、オリンピック開催の必須要件と説明されると国民の44パーセントが賛成(朝日新聞)する摩訶不思議。
共謀罪は、どんな罪にでも拡大解釈するように巧妙に作られる。それでなくては、安倍政権は作る意味がないと思っているからだ。

昨年12月2日の東京新聞夕刊に掲載された、弾圧受けた若手俳人の句集「日本レジスタンス俳句撰」の切り抜きを改めて読んでいます。(写真下クリックすると拡大されます
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<記事より>
同書によると、1940年(昭和15)から43年にかけて、特高警察が全国で主に二、三十代の俳人計44人を治安維持法違反の疑いで検挙した。
皮切りとなった40年の「京大俳句事件」では、「戦争が廊下の奥に立ってゐた」の句が有名な渡辺白泉をはじめ、俳誌『京大俳句』に参加していた学生ら15人が検挙された。
最終的には尋問や拷問の末に計13人が懲役刑を宣告され、消息不明となった俳人もいる。

 治安維持法による知識人、文壇、作家、出版界への厳しい弾圧がありました。俳句、俳壇にしても、これしかり。
自身も検挙され、激しい拷問にあった、岩波書店会長だった小林茂氏は、こう語ってくれたことがあります。
「治安維持法は、悪の根源である国家によって作られ、小者たちが限りなく拡大解釈して実行するんだ」
著書である「一本の道」でもこう書いています。
「昭和20年私が横浜に拘引されたのは、いわゆる「横浜事件」の一環と考えられている。即ち改造社、中央公論に続いて岩波書店を取り潰そうとする陰謀であった。
「横浜事件」では拷問によって二人も死んだ。戦争の終るまで拘置されていた二十余人の「被疑者」たちは、警察で拷問した特高たちを起訴した。私にもその仲間に入れという勧誘があった。しかし私はそれを断った。
拷問は確かにひどかった。けれども彼ら特高などは、拳骨のようなものであって、拷問させたのは誰だ。治安維持法を作ったのは誰だ。その根源を退治しなくては拳骨をなぐり返して見ても意味がない」

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