2019年12月11日 (水)

オートバイの流れ、さながら奔流のごとし---ベトナムその2

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ベトナム旅行その2
ホーチミン市で驚いたのは、道路を埋め尽くすオートバイの数、数、数。
台湾でも、タイでも、数多くのオートバイが走る光景は目にしていましたが、ホーチミン市はそれとは全く違うのです。
早朝から夜まで、道路をさながら奔流の如く走るオートバイ。その列が途切れる時間が無いのです。
二人乗りは当たり前、3人、いや4人乗りもいました。ただ、ヘルメットは、ほとんどの人達が着用していました。事故が多くて、着用が義務付けられたそうです。バンコクでは、皆ノーヘルメットでしたが。
 上の写真を見てください。これは夜ですが、この光景、朝から晩まで続くのです。
この道路だけでなく、ほとんどの道路に、オートバイがあふれています。
 この人達は、いったい何処へ、何の目的で走っているのだろう。
ただ、道路を埋め尽くして走ることに意味を感じているのではないだろうかと思ってしまうほどでした。
その上、道路には信号がほとんどありません。
この、オートバイの車列に、強引に割り込んでいかないと道路の向こう側に行けないのです。
そうこうしている内に、歩道まで強引に走るオートバイが体の横をすり抜けていきます。まさに道路を渡るのは命がけです。
乗ったタクシーの運転手に、オートバイがこれだけ多い訳を聞いてみました。
彼は、ベトナムは企業が二交代制で操業しているので、通勤時間帯がバラバラだから、こんな状態になるのだと語ってくれましたが、僕の見たところ、どうもそれだけではなさそうです。
ホーチミン市に散歩、散策と言う言葉はありません。
道路を渡ることに集中して、のんびりと歩いてなんかいられないのです。
のんびり歩くと書きましたが、道路は穴だらけ、舗装は捲れ、下を見て注意して歩かなければ、転倒必至です。
車イスなど先ず無理でしょう。排気ガスが、町中に充満しているといった感じです。経済発展は著しいベトナムですが、インフラ整備が追い付かないのです。今、ホーチミン市で、日本の住友商事なども参加して最初の地下鉄の建設工事が進んでいますが、資金難で、竣工が遅れそうだと聞きました。
国民の平均年齢が29歳、高齢国家である日本の47歳と比べれば、若さあふれる社会主義国ベトナムですが、その前途は多難です。


 

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2019年12月 2日 (月)

ホーチミンからの手紙----ベトナムその1

Dsc06295_102411月中旬にベトナムのホーチミン市に行きました。
現在は「ホーチミン市」ですが、ベトナム戦争が終結し、ベトナムが統一される1975年までは、南ベトナム首都の「サイゴン」でした。現在人口は約800万人、ベトナム最大の商業都市として発展し続けています。
 今回のベトナム訪問は僕にとって、社会主義国への初めての旅となりました。
フランス、米国と戦い勝利した国ベトナム。この国への旅の事は少しずつ書いてゆきたいと思いますが、今日はホ-チミン中央郵便局と、そこから日本に送った絵葉書の事です。
 中央郵便局は市の中心部にあって、フランス統治時代の1891年に建てらたコロニアルスタイルの美しい建物で、ホーチミン市の建築文化財としても貴重な建物です。道路の反対側には、二つの尖塔を持つ赤煉瓦造りのサイゴン大教会(聖母マリア教会)があります。
もちろん、現在も郵便局の通常業務が行なわれています。
ホーチミン市に5日滞在し、市内に残る古い建物を見て歩きましたが、ここサイゴンがベトナム戦争時の市街戦から免れ、プチパリとも呼ばれる美しい街並みが残されたことは本当に良かったと思うのでした。
 郵便局の建物内部はアーチ形の鉄骨による天井のトップライトや、側面の窓から入る光により、照明なしでも十分な明るさに満ちています。(写真上)
そう、この鉄骨設計は、パリのエッフェル塔の設計者のギュスターヴ・エッフェルが手がけたもので、パリのオルセー美術館をモデルにしたとのことです。
現役の郵便局ながら、ホーチミン市の代表的観光名所として、また広いホールの中央部と両側にみやげ物売り場もある事からも、多くの観光客が訪れています。
写真でもわかりますが、ホールの外周は、カウンターのある業務室で、郵便、通信、金融などの仕事に就く職員が働いています。
僕は、ベトナムに来る前から、ここのカウンター席に座って日本の友人やチビスケ1号、2号、そして、いつも手紙を書いてくれるウミガメが縁で知り合えた小さなガールフレンドに、絵ハガキを書きたいと思っていました。
絵ハガキは、中央のみやげ物売り場で選びました。最近は、どこの国に行っても、売っている絵ハガキが少なく選ぶのに苦労します。
それでも幾枚かを選び、カウンターに座って、今、中央郵便局にいるよなどと書いている僕の周りにも、絵ハガキを書いている欧米系外国人観光客が何人もいます。
こんな光景は、かっては観光地で普通に見られた光景でしたが、スマホで写真が送られる現在は、ほとんど見られなくなったのでした。
 隣では、地方に荷物を送るのでしょうか、親子連れの方が、段ボールに荷物をぎっしりと詰めています。
書き終えた絵ハガキは、入口右側の1番のカウンターに持って行き、切手を買って貼ります。
大きな切手で、宛名の文字にかかってしまい、切手を横向きに貼るようになりました。
日本への切手代は、一枚15000ドンでした。(地球の歩き方には、16000ドンと書かれていますので、僕の記憶違いだったかもしれません)切手一枚が15000ドン!。そう、このベトナムの貨幣単位の大きさには、旅行中、だいぶ悩まされました。
物価が安いとはいえレストランの会計で100万ドンと言われると、一瞬たじろぐのです。
実際は、100万ベトナムドンは5000円くらいなのですが。
硬貨が無いので、マーケットの売り子さんは、お釣りのぶ厚い札束を握りしめています。
1万ドン札と10万ドン札が似ているので、慣れないうちは、しっかり0を数えてしまいます。
財布は、両替した紙幣で分厚くなり、お金持ちになった気分が味わえます。
さて、切手を貼った絵ハガキは、そばにあるポストにも出せますが、係員がカウンターに置かれたこの箱に入れなさいと教えてくれました。
見ると小さな段ボールの中は、これから世界各地へ送られるであろう絵葉書がいっぱいで、ちょっと嬉しくなりました。
さて、ベトナムの郵便事情はあまり良くないと書かれていましたが、日本へはどのくらいの日数がかかったでしょうか。
なんと、帰国して数日たって、友人からハガキを貰ったとラインをもらいました。
一週間かからずに日本で配達されたのです。今までの外国からの郵便の最短時間です。
中央郵便局で出した事を差し引いても、社会主義国ベトナムの、郵便事情は〇でした。

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(写真左上、中央郵便局外観。黄色い外壁は最近塗り替えられたらしい。)
(写真左中、正面の壁には、大きなホーチミンの絵が飾られている)
(写真左下、外国郵便を受け付ける1番カウンター)

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2019年2月 2日 (土)

海の露天風呂に入る----黒根岩風呂(北川温泉)

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Kuro1今週初め、かみさんの兄妹旅行にお供して伊豆北川温泉に行ってきました。
北川温泉には以前一度泊まったことがあり、その時に入った海際の露天風呂がとても良かったので、今回も楽しみにしていました。露天風呂の名は「黒根岩風呂」
泊まった宿の前に在り、海岸に建つ夏の海の家といった感じで、板塀に囲まれた中に湯量豊富な、厳選かけ流しの露天風呂があります。(写真上2枚目)
建物も少し改築されていて、以前は混浴だったものが、男女別になり、脱衣場もかなり整備されていました。
晴天の空と青い海の広がりの中、目の前に迫る白波を見ながら、のんびりと湯に浸かる気分は最高です。
 でも、この露天風呂から見る最上の風景は、なんといっても相模湾に昇る朝日でしょう。
相模湾と書きましたが、実際にはご来光は伊豆大島の三原山から昇ります。
この日は、大島に少し雲がかかっていましたが、それでも少しずつ明るさを増す空に、黄金色の太陽が三原山山頂から現れる瞬間は、海に映る光の輝きと相まって、山で見慣れたご来光とはまた違った美しさでした。(写真上、露天風呂にカメラは持ち込めなかったので、義兄が宿の3階の窓から撮った写真です)
 今度の北川温泉行で見た伊豆大島は、今まで数え切れないほどの伊豆からの大島眺望の中で、最もくっきりと見えたのです。
大げさに言えば、泳いでも行かれそう、元町港の建物はもちろん、走る車も見えたと錯覚するほどの近さなのです。
 この距離感なら、太古の縄文人が、丸木舟で渡ろうとした気持ちもわかろうというものです。なにしろ、伊豆諸島の神津島の黒曜石は、3万年以上も前から、多分大島などを経由して、日本各地に運ばれていたのです。(関東はもちろん、三重県や能登半島の遺跡からも発見されています)、
なんと3万年ですよ、いったい、どんな運搬手段で、この海を渡ってきたのだろうなどと、昇る朝日を見ながら、旧石器、縄文の人達の壮大な海の運搬路の浪漫に思いを馳せたのでした。

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2018年12月25日 (火)

美しい木造大架構アーチ---セブ国際空港

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 11月末のセブ島行きで、竣工したばかりの、マクタン・セブ国際空港第2ターミナルを見ることが出来ました。
この木造の巨大なアーチ屋根を持つ空港ターミナルビルは、今年の7月にオープンしたばかりだったのです。
木造による大型建築物は、カナダ、フィンランド、オーストリア、スイス、スペインなど世界的にみても建設が盛んであり、遅れているとはいえ、日本でも大架構や高層ビルの建設計画など研究が進んでいます。
しかし、このビルのように、建物の構造を実にわかり易い形で見せてくれ、集成材によるアーチ梁を露出させている建物は、他には見られないでしょう。調べてはいないのですが集成材を主要構造材として使った建物としては、世界初と言われています。
欧米では、木造と言っても、木の持つ質感、素材感にこだわらない傾向もあるのです。木材を構造材としての価値観で捉えているようで、木材のもつ美しさを尊重する日本とは異なる表現の建築も生まれます。もちろん、これは、すべての建物に当てはまるわけではありません。ただ、美しい木造建築の多いフィンランドなどは、日本に共通する木造のもつ温かみのある建物も多く建設されています。

設計のコンセプトは世界初の「リゾートエアポート」とか、海と波をイメージした波型の屋根が、フィリッピンを代表するリゾート地であるセブ島にふさわしい明るく柔らかな雰囲気の空港ビルに仕上がっています。
いや、ビルと言うより、大きな体育館を幾つもつなぎ合わせたような開放的な空間に、用途別の施設を配置したといった方が適切でしょう。いつでもたやすく配置換えが出来そうです。
設計は香港と東京に拠点を置インテグレーティッド・デザイン・アソシエイツ(I.D.A.)で、このターミナルビルは香港事務所の担当です。セブ島行きのおまけとして、実に良い建築に巡り合えたのはラッキーでした。
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2018年12月 4日 (火)

クマノミに会えました---セブ島

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2018年11月25~30日

 家族でフィリッピンのセブ島に行きました。正確にはセブのマクタン島になります。
この島の中央にセブへの玄関口にあたるセブ国際空港があり、セブ島とは二本の橋で結ばれています。
 宿泊したのは、東海岸の大型ホテルが集中する場所に建つ、長い名前の「シャングリ・ラ・マクタン・リゾート&スパ」
ホテルの前に広いプライベートビーチがあり、よく管理された安全な海で泳ぐことが出来ます。
透明な海に入ると、足首あたりの深さから、まとわりつくように寄ってくるたくさんの魚を見る事が出来ました。
しかし僕らのお目当ては、一つ。「クマノミ」です。

広い海の中、どこにいるのかと監視区域内の浮きブイとロープで囲われた範囲を探しまわりました。
そしてついに見つけたのです。いや、出会えたのです。(写真上2枚)
Dsc04905_1024 沖合50メートルほどのところ、右側の浮きデッキの横あたりで、水深は2.5m程度だと思います。
写真で見慣れた白い横線の魚。ハマ、二クマ、三カクレとダイバーが呼ぶそうですから、これは線が二本ある。すると二クマの「クマノミ」でしょうか。
縄張りを荒らすなと、威嚇するように向かってきますが、強面とはとても言えない顔は、怒ってもかわいいくらい。常に二匹一緒に行動します。
逃げないので、海面を漂いながら、ゆっくりと観察できました。常に海に潜っている人たちには、珍しい魚ではないでしょうが、少し長めの休みで年に一度、シュノーケルを楽しむ僕らには、嬉しいチャンス到来でした。
Dsc04896_1024ホテルのプライベートビーチで、クマノミと遊べるとは、マクタン島は素晴らしい海です。
常にホテルの複数のライフセーバーが見張ってくれるビーチは、ガラガラと言えるほど空いていました。(小さい写真3枚)
僕らは海に入ったり、浜辺のデッキチアーに寝そべって終日過ごしました。

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2018年6月11日 (月)

北陸へ

6月3日からの3日間、アウトドア―遊びの仲間たちと、石川県方面へ行ってきました。
石川県能美市の辰口温泉近くに移住した友人宅を訪ねようと、これも長野県伊那市に移住した友人も交えて、高速道路をひた走った旅でした。
辰口温泉と翌日は金沢に宿泊しましたが、辰口温泉の「たがわ龍泉閣」の大露天風呂「田んぼの湯」は、まさに田んぼの中で、カエルの鳴き声を聞きながら温泉に浸かる趣の湯でした。(写真下)

Y336503272ちなみに北陸方面最大級と云われるこの露天風呂、混浴なのです。
 友人は自宅の風呂には入らず、毎日温泉に入るという何ともうらやましい生活ぶりでした。
旅の3日間とも、好天に恵まれ、滑川漁港、氷見漁港などでは岸壁でのんびりと釣りをしました。
今回、友人に教えられて、太鼓リールでの落とし込み釣りに挑戦し、指先に直に伝わる当たりの面白さを体験しました。
釣り用具もそろえたので、これからも続けようと思いますので、この釣りの事、また書くことにします。
旅の良さはなんといっても地元の食材や料理を食べられることです。旬のホタルイカ、白エビ、のどぐろの刺身や料理は新鮮で実に旨かったです。
氷見漁港では、強いこしと餅のような食感で知られる、名物氷見うどん白エビのかき揚げを載せました。これも美味でした。
二日目の金沢の夜は、近江町市場の店に入り、北陸の銘酒を飲みつつ尽きない話題で盛り上がりました。友人宅でも、珍しい地元の銘酒を御馳走になりましたが、やはり北陸の旅には日本酒が似合います。
飲んで食べてばかりでしたが、普段会えない友人との交流は貴重で何事にも代えがたい楽しい旅になりました。
 今回の旅で、僕は戦時中に祖母に連れられ、弟と共に疎開していた寺井町が辰口町の隣町だったことを知りました。寺井町は合併されて今はありません。
幼い頃だったので、軒まで届く深い雪と、下駄を作っていた店の作業場、蔵のような建物の2階の暗い部屋にいた事、ホタルがたくさん飛んでいたことなど断片的な記憶しかありません。富山大空襲の時だったのでしょうか、暗い土間で祖母が僕に草鞋のひもを結んでくれながら、山まで逃げるよと言った言葉を覚えています。
友人宅は辰口町にあります。70年以上前に、この近くに住んでいたかと思うと、ちょっと感慨深いものがありました。
遠い親戚宅だったと聞いたことがありましたが、東京から来た祖母と幼い僕ら兄弟を受け入れてくれた、あの大きな家は、その後どうなったのだろうと思うのでした。

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2017年11月 5日 (日)

グアム島---潜水艦で海底50mへ

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(写真上、潜水艦アトランティスⅤ号。真っ白な美しい船体。全長約20m、重量80トン、乗客定員48名)(写真は全てクリックすると拡大します)

 2017年10月5日 グアム4日目
潜水艦に乗って、アプラ湾の海底50mまで潜水する、アトランティスサブマリーンツアーに参加しました。
本物の潜水艦に乗れるめったに無い機会なので、グアムでは、ぜひ体験してみたかったのです。「地球の歩き方グアム」には、こういった観光潜水艇は世界でも数か所しかないと書かれています。ハワイにはありますね。
乗艦は予約制なので、出国前にネットで予約し、グアムについてから電話で最終確認をしました。
当日朝、約束の時間にホテルまでスタッフがワゴン車で迎えに来てくれました。タモンベイセンターで、バスに乗り換え、他のホテルから来た参加者と合流し、シャトルボートの出るアクアマリンワールドに向かいました。
帰りは、桟橋からこのタモンベイセンターまで送ってくれて解散です。
タモンベイセンターはショッピングアーケードのタモン・サンズ・プラザの向かい側にある建物で、赤いシャトルバス、レアレアトロリーの停留所があります。
http://www.atlantis-guam.com/
ツアーの詳細は、上のアトランティス・サブマリン・グアムのHPに詳しいので、ここでは省略します。
ともかく、体験してよかったと思える楽しめるツアーでした。
桟橋から潜水艦のダイブポイントまでの、シャトルボートの20分間も快適でしたし、潜水艦に移乗してからは、シュノーケルでは絶対に見られない海中の様子に見とれました。
潜水艦の分厚い強化プラスチック製の丸窓は、やや透明感に欠けましたが、それでもサンゴ礁の広がるなか、泳ぎ回る魚たちも良く見えました。
サンゴ礁の海からより深く潜水し、艦内のデジタル表示される深度計の数字が50mを指したときは、大げさでなく、人生初めての体験だと感激しました。
現代の潜水艦は、深度600m以上も潜りますが、旧日本海軍の潜水艦は、安全潜航深度が60mから80mだったことを考えると、この50mという深度、すこし考え深いものがありました。
約40分ほどの、海中探索でしたが、あっという間に過ぎてしまったのです。

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桟橋のシャトルボート。
このボートで潜水艦のまつダイブポイントまで行く。

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目指す潜水艦まで、約20分ほど。白い航跡を残してかなりの高速で進む。

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潜水艦のハッチ。ここからタラップを降りて乗艦する。

潜水艦内部。この日は20人弱のツアー客だった。
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深度計が48mと表示された。海中は暗くなる。
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ホテルに戻ると、テラスから美しいグアムの夕景色が眺められ、海面を水スマシのように進むカヌーが見えた。
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2017年10月13日 (金)

グアム島---美しい海イパオビーチ

2017年10月4日
グアム島3日目、タモン湾のイパオビーチに向かいました。
宿泊しているオンワード・ビーチ・リゾート前からグアムヒルトンまで、HISの運行しているレアレアトロリーを使いました。15分程の乗車です。
グアム滞在中は、ほとんど、このレアレアトロリーを使って移動しました。ホテルルートは10分間隔での運行ですが、実際には、かなり待たされることもありましたが、それでも便利に使えました。
イパオビーチは「グアムヒルトン」「パシフィック アイランド クラブ グアム(PIC)」の間に広がるグアム最大のビーチです。
バスを降りて、ヒルトンホテルに入り、中を抜けて海岸に出ると、コンクリート造のビーチレンタルのショップがありました。ここでは、ヒルトンホテル宿泊者以外でも、体験ダイビングやシュノーケルツアーなどの受付とシュノーケル用具や浮き輪など各種ビーチ用品のレンタルをしてくれます。
http://hilton.tbhguam.com/ext1.html
シュノーケルセットは、一日15ドルでしたが、僕たちはライフジャケットだけ必要だと伝えると、7ドルでレンタルしてくれました。
ここから海岸伝いに、岩場と砂地を歩いてPIC方向に向かうと、もうそこがイパオビーチです。
他の方のブログに「透明、綺麗、ゆっくり、広々」と書かれていましたが、まさにそのとおりの風景と海が広がっていました。
PIC方向のはるか向こうに恋人岬の断崖が見えます。
海岸に沿ってビーチパークの芝生の広場が広がり、屋根付のベンチやバーベキューハウス、トイレ、シャワー設備もあります。
ライフガードの方が見張るタワーもあり、シュノーケル中も安心感があります。このタワーがイパオビーチの中心部になります。
何より驚いたのが、人が少ないこと。泳いだり、シュノーケルをしている人たちが数えられるほどしか見当たりません。本当にゆっくり、広々なのです。僕たちだけの海です。
波打ち際の海水の透明感にも驚きました。こんな海、僕は今まで見たことがありません。波打ち際と書きましたが、実際はサンゴ礁のはるか沖に白波が見えます。ここには波は届きません。(写真下、遠くに白波とシュノーケルをしている人たちが見える)

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美しい海に入ると、この海が、聞きしに勝るシュノーケルポイントだと、すぐわかりました。ライフガードタワーのある正面、その左手方向のサンゴ礁に潜ってみると、目の前には魚がいっぱいです。
サンゴ礁に体が擦れそうな浅い海で、これほど多くの魚に会えるとは、グアムの海は素晴らしいと思いました。
魚たちを追いかけて楽しんでいると、ライフガードから雷が発生して危険なので、海から上がるように指示があり、みな海岸に戻りました。
広いビーチに、拡声器があるわけでもなく、ただライフガードが歩き廻って注意するだけなので、なかなか伝わりません。遊泳注意の赤旗に変わるわけでもなく、なにかのんびりしているな、これがグアム流なのかと変に感心しました。幸い大した雷雲もやってこず、また海に戻ることが出来、シュノーケリングを満喫した一日となりました。(写真はクリックすると拡大されます)

「10月14日追記」
少し書き足します。
シュノーケルをするために水着に着替えなくてはなりません。
僕たちは宿泊のホテルから、水着の上に街着を来てバスに乗り、ビーチに向かいました。
ヒルトンのビーチショップで、用具をレンタルすると、荷物を預かってくれるという情報もあるようですが、僕たちは確認しませんでしたので、確かなことはわかりません。
ロッカーなどは見当たりませんでした。
貴重品などの事を考えると、一番安全なのは、ヒルトンのプール使用のチケットを購入し、そのロッカーなどを使うことだと思いますが、シュノーケルの為だけにはもったいないなと思います。
 僕たちは、ライフガードの常駐するタワー脇の砂地にシートを敷いて荷物を置きました。
荷物と言っても、靴とわずかな衣類だけなので、盗難などの危険は感じませんでした。周りでは、何組かのグループも同じようにしていました。
僕はシュノーケルマスクを付けての息継ぎが苦手なので、海に潜っているより、ビーチでシートに座り、ぼんやり荷物番している時間が長かったのです。
退屈しません。海を眺め、空を見ているのは大好きです。
シュノーケルに、ラッシュガードとアクアシューズは必需品だと思いますが、イパオビーチは、浅瀬の多いサンゴ礁なので、出来れば足首までのレギンスを付けた方が良かったなと思いました。
足ひれを使っている人は、少ないです。
トイレは、すぐそばの公園にあり、中にオープンではありますが、着替えできるだけのスペースはあります。
シャワー設備は蛇口が4か所着いた、シャワータワーが数か所あります。ともかくビーチに人が少ないので、いつでも自由に使えました。
イパオビーチでのシュノーケリング、子供たちにとっても、楽しく熱帯魚を観察出来る絶好の場所だと思います。


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2017年5月31日 (水)

厳島神社の大鳥居

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2泊3日で広島・宮島へ旅行しました。僕は国内で行ったことのない地方も多く、ここも訪れるのは初めなのです。
前日、広島で一泊し、翌日訪れた宮島厳島神社では、鳥居が水中に立つ午前中の満潮時と、弥山から降りてきて、鳥居に触れることが出来た午後の干潮時、そして夜の船上からと、三様の景色を見ることが出来ました。

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水中に立つ大鳥居は、想像していたより小さく感じましたが、砂浜を歩いて鳥居の下に立つと、さすがに高さ、16.6mを実感する大きさでした。
この大鳥居は、仁安3年(1168)、平清盛によって建立されて以来、傷みにより何度か建て替えられています。現在の鳥居は、8代目。明治8年(1875)の再建です。
2本の柱は、樹齢500年以上のクスノキで、昭和25年(1950)に、両方とも海中に沈む痛んだ部分を取り換える根継ぎをしています。
木造の大型建造物の柱や梁などに使用される木材には、それに見合う巨木が必要で、その入手は昔から困難だったのです。
世界最大の木造建築である東大寺大仏殿も、鎌倉時代の再建時に、殊に巨木を求めて全国を探し歩かねばならなかったと記録されています。
再建の指揮をとった僧、重源が大仏様という新しい工法を選び、構造を簡素化したことも、構造材調達の難しさと関連づけられると考えます。
大鳥居の明治8年の建て替えの際も、巨木探しに20年もかかったと伝わっていますので、今後この大鳥居を再建するための巨木を見つけることは、かなり難しく、ことによると、集成材柱ということもあり得ない話ではないと思います。

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2016年11月29日 (火)

釜山、慶州へ その2

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「海雲台、海東龍宮寺そして機張へ」
今日は先ず海雲台(ヘウンデ)を目指して、ホテルから地下鉄西面駅に向かいます。
昨日歩いているので迷うことはありません。高層のロッテホテルが目の前に聳え立っています。
歩いていて気付いたのは、若い人たちの足元が、特に女性では服装にかかわらず、ほとんどと言ってよいくらいスニーカーを履いていることです。これは昨日の空港からの地下鉄車内でもそうでした。そのためでしょうか、日本の若者と比べると歩く姿勢が良いなと感じました。

地下鉄には、昨日コンビニで購入したT-moneyカードを使用します。日本のSuicaと同じように現金をチャージして使う交通カードです。(写真上)
コンビニで購入する際にカード代約250円が必要です。使用終了後チャージの残金があれば、コンビニで払い戻してくれます。この際、手数料が約50円かかります。使用済みカードは購入者が持ち帰れます。このカードについては下記のページに詳しく書かれています。
http://www.konest.com/contents/traffic_info_detail.html?id=1259
地下鉄の改札で、日本と異なるのは、回転する3本の金属バーを押し下げて通過することで、最初はT-moneyカードのパネルタッチとのタイミングが合わず、ぎこちなかったのですが、すぐに慣れることが出来ました。
それより釜山で一番困ったのが、駅やバス停などの案内表示がほとんどハングル文字で書かれていて、漢字、英文表記が少ないことでした。これには電車の行く先など、ホームではかなり迷わされました。
地下鉄駅入口には、「Shelter」と書かれた表示があり、駅構内の通路の壁に埋め込まれたガラス箱の中に、防毒マスクが入っているのが見えました。Shelter(応急避難所)やガスマスクから、北朝鮮といまだ休戦状態のままである韓国の置かれた立場を思い知らされました。

西面駅から、地下鉄1号線に乗り釜山駅まで行き、駅前広場のアリランホテル前から「シティツアーバスレッドライン」に乗る予定です。
シテイツアーバスは、主要観光地を巡る観光客向けのバスで、レッドライン、ブルーライン、グリーンラインの3路線があります。チケットを購入すると、乗り降り自由で観光地を回ることができます。下記のページに詳しく書かれています
http://www.pusannavi.com/miru/1204/   

さほど混むことなく、釜山駅停留所発9時30分の、2階建てのオープントップバスに乗ることが出来て、海雲台に向けて出発です。2階の座席はほぼ満席の状態でした。(写真左1枚目)
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バスは釜山大橋、釜山港大橋と二つの巨大橋を渡り、釜山港の海沿いを走り、高層ビルの間を抜けて行きます。(小さい写真3枚)
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35分ほどの乗車で、海雲台海水浴場停留所に到着。
海雲台海水浴場は、韓国を代表する人気のビーチリゾートで、夏は砂浜いっぱいにビーチパラソルの花が咲いたような光景が出現します。世界一パラソルの多い海水浴場として、ギネスにも登録されているそうです。
さすがに11月半ばですから、砂浜に人影も少なく、全長2kmもあるという静かな白い砂浜がどこまでも続いています。砂浜のはるか向こうには、高層ビル群が聳えて、日本の海水浴場では見られない光景です。(写真左2枚目)
Dsc01375_1024写真を撮った海岸横でも、高さ400mという高層ビル3棟の建設が始まっていました。


砂浜沿いの遊歩道を海を見ながらゆっくり歩き、調べておいた足湯にも入ることが出来ました。
昼食は、海岸から少し歩いて、牛焼肉の店「ソムンナンアムソカルビチッ」でカルビを食べました。1964年創業だという釜山の有名店でもあるこの店は、古い両班の邸宅を改装した作りで、立派な長屋門を持ち風格があります。(写真左3枚目)客は、靴を脱いで個室に上がります。炭火で焼いてくれるカルビは、柔らかく美味でした。
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釜山旅行で食事した店の従業員の接客態度を見ると、気持ちよく客をもてなそうという感じはなく、概して荒っぽいと思ったほうがよさそうです。
高級店と言われるこの店でも、他の卓の客には付けさせているエプロンを出さなかったり、給仕全体もかなり乱暴で、日本では考えられない応対ぶりでした。
でも、日本と比べるからで、これが普通なのだと思えば、そう気になる事ではありません。しいて言うなら、他の飲食店でも感じたこの応対の粗さ、そっけなさが、客が日本人だからなのか、そのあたりは、店により差もあり、短い滞在ではわかりませんでした。ちなみに、ホテル、案内所、交通機関、博物館などのスタッフの対応は、親切で気持ちの良いものでしたから。
食事後、店からバス停まで歩いてシティツアーバスのブルーラインに乗り、約約30分程で、「水産科学館・海東龍宮寺」停留所に着きました。
http://www.konest.com/contents/spot_mise_detail.html?id=2239
停留所近くにある水産科学館には寄らずに。竜宮寺の参拝と見学を行いました。
龍宮寺については、上のページに詳しく書かれているので、省略します。
海沿いの寺というのも珍しく、景色も良いので多くの観光客が来ていましたが、観音信仰の聖地として信仰の対象にもなっているようです。(写真左4枚目、5枚目)
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龍宮寺にお参りしてから、タクシーで20分ほどの機張に行きました。目的はかに料理を食べることです。
道路にはカニの専門店がずらりと並び、店頭のガラスケースには、カニが折り重なるように入っています。一軒の店で、生きた大きなタラバガニを選んで値段交渉し、店に入って席に着くと、しばらくして蒸されたカニが皿いっぱいに盛られて出てきました。ともかく大きい。味は淡泊ながら、当分、カニはいいねと思うくらい、実に食べごたえがありました。
料理する前に写真を撮っておけばよかったのですが、気付いたのは食べ終わってからでした。
カニを堪能して、今日の予定をすべて終わり、電車の東海南部線、機張駅まで行きましたが、なんと次の電車は2時間後しかありません。

Dsc01389_1024それではバスにしようかと思いましたが、バス停がよくわかりません。
駅前の案内書で聞いたバス停も工事中で、停留所名はおろか、行く先表示など一切付けられていません。海雲台方面に行くバスはいくら待っても来ないので、やむを得ずタクシーで地下鉄海雲台駅まで戻りました。タクシーで点から点を結ぶような移動をしてしまうと、旅の楽しさが半減してしまうので、なるべくタクシーは使わないようにしています。

タクシーで40分ほどかかりましたが、代金はなんと1500円。信じられないほど、韓国のタクシー料金は安いのです。海雲台駅から地下鉄2号線で西面駅に戻り今日の旅を終りました。Dscn0151_1024

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