2012年5月26日 (土)

草津川の渡し---草津追分にて

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は広重描く「木曽海道六拾九次之内 草津追分」の図です。
「草津宿」は東海道と中山道の合流点でした。その中山道の草津宿に入る手前にある草津川の渡しの図なのですが、旅人が渡っている橋がなぜこんな小さな橋なのか、以前から思っていた疑問が解けるかと思ったのですが!。はたして?
4月の奈良旅行の際に、草津のホテルに宿泊し、広重描く「草津追分宿」の現地を訪ねてみました。
下の写真は、再現された橋の横に建っていた説明板です。クリックすると拡大します)
草津川は、昔から周辺の地盤より川床が高くなってしまった天井側であることは、わかるのですが、川の渡しについては、右の説明板にこう書かれていました。
「通常水なしで徒歩(かち)渡り。水高により三~三十二文の橋銭を払っていた」

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この説明文、あまりに簡略すぎてよく理解できません
「通常水なしで徒歩(かち)渡り」
とありますが、現在は治水工事で廃川になっているので、川の流れが無いのはわかるのですが、江戸時代には少ないとはいえ、川には水流があったのではないでしょうか。
砂川とも呼ばれ普段は水が流れていなかったという説や、流れはあったとの資料もあります。
どちらにしろ、この川を渡るためには、歩いて渡るより方法がなかったことは間違いないようです。
江戸から、あるいは京都方面から来た旅人は、川床の高い川の土手を登り、河原に下りて川を渡った。水の少ない時期であれば、そのまま川に入って渡渉した。少しでも流れがあれば冬など寒かったことでしょう。
川の渡渉ですが、川越人足に手伝ってもらって渡ったという資料もあります。
他の川でも見られたような手を引いてもらう、肩車してもらう、蓮台に乗せてもらうなどの方法があり、川の水量によっても渡し賃が違った。
それが「水高により三~三十二文の橋銭を払っていた」という事だと思います。
しかし、人足の手を借りないで渡る人と、人足の手を借りる人の割合や川の状況、女、子どもの場合はどうだったのかなどが良くわかりません。また払ったという橋銭というのもわかりません。橋銭は一般的には有料の橋の渡り賃です。人足に渡してもらうなら、川越人足賃料でしょう。
この広重の絵がそのあたりの状況をまた解り難くしています。小さな橋を女性が渡っています。この橋が左側の説明板にあるように、現地に再現されています。(写真下の上)
確かに、長さ3メートルほどの広重の絵の橋の再現です。
広重の絵は、橋が川の流れと平行になっていたり、宿場町の建物の位置関係もおかしいのですが、浮世絵の風景は正確な写実ではありませんから、これは良しとしましょう。
ただ、絵に描かれ、再現もされている橋があまりに小さいので、草津川の流れは、本当に通常こんな程度だっのかという思いは残りました。
橋が出来たのは江戸時代も後期とのことですが、橋のできる以前は徒歩渡りといっても、足首が濡れる程度のものだったのでしょうか。
ただ、かなりの暴れ川で、土手の高さが積みあがって天井川になったという事や、橋銭?が
三~三十二文とかなりの値段差があることなどから、水かさが増す場合も多かったのでしょう。
ことによると、この小さな橋を渡るのに、
橋銭なるものがが最低の三文必要で、それ以上の値段は水かさによる渡し賃、すなわち人足賃料だとしたら、まとめて橋銭とした事もわかるような気がします。
すると増水時には、この小さな橋はどうなったのだろうという疑問は、現地でも解決されませんでした。もう少し文献などを調べると、当然わかることなのでしょうが、それは少し先のことにします。


Dscn7423_320(写真左上、広重の絵に描かれた橋が再現されたもの。橋というより溝を渡る踏み板のような大きさである)Dscn7426_320
 

(写真左下、川床の中に小さく見えるのが橋。川幅に比べてその小ささが良くわかる。右側に説明板2枚が建っている

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2012年4月27日 (金)

比叡山坂本ケーブルと京阪石山坂本線のガンダム電車

2012年4月11日
比叡山延暦寺に参詣しました。
京阪石山坂本線を終点坂本駅で降りて徒歩でケーブル乗り場に向います。
ケーブルカーは山麓の坂本駅と山上延暦寺間の2.025kmを11分で結ぶ日本で一番長いケーブルカーだそうです。
http://www.sakamoto-cable.jp/cable/charm.html 長さも眺めも日本一。比叡山坂本ケーブル
Dscn7404_320 85年前の1927年(昭和2年)に敷設された古い歴史を持ちますが、目にしたのは「縁号」「福号」と名づけられたヨーロッパ調の雰囲気をもつおしゃれな車両です。あれ、どこかで見たような?

Dscn7398_320 なんと、坂本駅まで乗車した京阪線の2両連結の車両も、ケーブルカーと同じデザインの車両だったのです。こちらのほうがケーブルカーに合わせて塗装したようです。
前の車両が「福号」

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後ろの車両が「縁号」でした。どちらも比叡山参詣のお客さんにとっては、ご利益のありそうな嬉しい名前です。

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ところが帰りに坂本駅のホームで見たのは、写真のようなガンダム電車。
「福号」「縁号」とのあまりの違いように、ちょっとびっくりしました。
往路がこの電車だったら、比叡山延暦寺参詣とのギャップに途惑ったかもしれません。

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Dscn7411_320 坂本ケーブル山麓駅の駅舎は、山上駅ともども、大正末期に建設され、今も当時の原型が内外ともに良く保存されている建築物として、国の登録有形文化財に指定されたクラシックな建物。

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かたや、比叡山延暦寺の坂本ケーブルへ向う降車駅、京阪石山坂本線の坂本駅は、軽快なデザインの現代建築。この対照も面白かったです。

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2012年4月19日 (木)

「ひこにゃん」に癒される---彦根城天主

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16日(月)に飛鳥を巡ったことを書きましたが、こんどの4日間の旅の主目的は「飛鳥高松塚古墳と周辺探訪」、それに「比叡山」、「三井寺」、最後に京都の「東寺」を訪ねたいと計画しました。
そしておまけが、今日書くこの「彦根城」というわけです。
新幹線で京都に向う途中、米原で途中下車してまで彦根城に向ったのは、有名な桜のお花見をしたかったのです。
しかし、ことによると五分咲きくらいと期待した彦根城は、まだ蕾の状態で城内1300本の桜の開花を見る事は出来ませんでした。
でも、写真でしか見たことが無かった天守閣は、切妻破風、唐破風が組みあいながらも調和も取れてかつ重厚、さすが国宝天守4城のひとつ、見ごたえのある城郭でした。
日本に現存している天守閣は次の12天主です。
1.弘前城 2.松本城 3.丸岡城 4.犬山城 5.彦根城 6.姫路城 7.松江城 8.備中松山城
9.丸亀城 10.松山城 11.宇和島城 12.高知城

このうち国宝に指定されているのは、ここ彦根城のほかに松本城、犬山城、姫路城の四つで「国宝四城」と呼ばれています。
どこの城でも天主閣に登るのは急な階段ですが、彦根城もまた階段と言うより、梯子と呼んだほうがよいような急勾配で、息を切らして這い登りました。
天主閣の他に天秤櫓、太鼓門櫓、西の丸三重櫓、彦根城博物館等を、約3時間ほどで見て周りました。

こんどの奈良、京都、琵琶湖周辺の旅行では、多くの外国人観光客を見ました。
とくに京都駅では大きなザックを背負ったり、旅行バックをもった欧米系旅行者がたくさん行き来していました。
日本列島は今、通常の5倍以上の地震が発生している危険な地殻変動が起きています。関西電力大飯原発の再稼動により、万一放射能漏れなどの事故が起こったなら、日本が誇る多くの貴重な歴史遺産を持つ関西の観光地は壊滅します。琵琶湖の汚染の影響も重大でしょう。
第二次大戦で、かろうじて戦火から守られた奈良、京都の街を原発の放射能汚染で失う事があってはなりません。
観光被害だけをとっても、政府、関西電力は大飯原発再稼動のリスクを過小に考えています。
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(今や全国的に有名になった「ひこにゃん」が城内で出迎えてくれました。
はにかみやのひこにゃん、特に演技をするわけでは無いのですが、シャイなしぐさがとても可愛く、観光客の人気の的でした。
なんとも心癒される愛すべき姿に、普段キャラクターグッズなど買わないのですが、このひこにゃんにはやられました。つい、チビスケたちのお土産に数点買ってしまいました)

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(彦根駅から彦根城に向う道の街並み。名産品やみやげ物店が並ぶきれいな街中を徒歩15分くらいで城入口の大手門口に到着する)

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(彦根城中掘り。石垣が美しい。桜が残念)

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(越前の石工が築いたといわれる牛蒡積みの石垣。荒い印象だが、切石積みとは違った力強さが感じられる)

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(4代藩主井伊直興が1677年に中国湖南省の瀟湘八景や近江八景を取り入れて造営したと伝わる大名庭園「幻宮園」から天主を見る。)

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2012年4月16日 (月)

自転車で春の飛鳥を巡る

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(写真上、高松塚古墳全景。国営飛鳥歴史公園の中に整備されている。思っていたより小さな古墳だ。古い写真を見ると畑の中にある崩れかけた小さな盛り土だ
 奈良、京都へは何度か旅しているのですが、飛鳥はまだ訪ねた事がありませんでした。
一度、高松塚古墳や石舞台を巡ってみたいと思っていたのですが、先週やっと夢が叶いました。(2012年4月10日:晴れ)
京都駅から近鉄で飛鳥駅に降りました。飛鳥駅の小さなホームは満開の桜に囲まれています。
調べておいた駅前のレンタサイクル店で自転車を借りていざ、出発です。
その前に、駅前の総合案内所で、観光地図と観光名所の説明と割引券がついた「ミステリーロマン飛鳥王国」というパスポートを購入しました。
観光施設の割引券の利用だけでもかなり得をするので、飛鳥巡りには、100円という値段からも購入したほうが良いと思いました。
自転車のレンタル料金は1日900円で飛鳥めぐりの後、200円の追加で近鉄橿原神宮前駅で乗り捨てることにしました。
案内所に書かれているコースをなぞってまわることにしましたので、コースは次のように決めました。
乗り捨て自転車は4時半までに返却なので約6時間ほどのサイクリングツアーです。ゆっくり廻ると一日でも足りないくらいですが、それでも飛鳥巡りは自転車がお奨めです
近鉄吉野線飛鳥駅ーー高松塚古墳・壁画館ーー鬼の雪隠・俎ーー亀石ーー橘寺ーー石舞台古墳ーー農村レストラン夢市茶屋で昼食ーー伝飛鳥板蓋宮跡ーー飛鳥寺ーー亀型石造物・酒船石ーー水落遺跡ーー近鉄橿原神宮前駅(自転車返却)
Dscn7355_320 (飛鳥駅のまわりは、桜が満開)

Dscn7358_320 (のどかな田園風景の中を高松塚古墳をめざす。駅から自転車で10分ほどですが、周りの田園風景に見とれて大分時間がかかってしまいました。)

Dscn7359_320(飛鳥歴史公園内で休憩)

Dscn7364_320 (高松塚壁画館。石槨(せきかく)内部の模型と壁画の忠実な模写・模造を展示してある。古墳発掘の経過を写真パネルを使って説明した 特別展を開催中だった。原寸の石槨が写真などで理解していたものより、ずっと小さいのに驚いた。内部は人が立てる大きさだとばかり思っていた。幅1.03m、長さ2.655m、高さ1.134mは、棺を納めるだけの広さで、この狭い空間で壁画を描くのには苦労したと思う)

Dscn7368_320 (鬼の雪隠)

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(鬼の俎)

Dscn7372_320(亀石)

Dscn7373_320 (畑の中のサイクリングロードを橘寺目指して進む。橘寺は聖徳太子生誕の地に、太子自らが建立したと伝わる。観光客はとても少ない。どこも満開の桜だ!)

Dscn7382_320 (石舞台。昼食は近くの農村レストラン夢市茶屋で「古代米御膳」を食べた。これはうまかった)

Dscn7384_320(石舞台古墳内部への入口)

Dscn7386_320( 伝飛鳥板蓋宮跡。復元された井戸。
丁度、日本テレビ系列の旅番組「遠くへ行きたい」のロケをしていて、宮本亜門さんが出演していた。放送日を調べてみよう)

Dscn7387_320 (飛鳥寺前にある大化の改新で討たれた蘇我入鹿の首塚)

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(亀型石造物。ここから少し坂道を登った東方の竹林の中に酒船石もある)

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2011年10月25日 (火)

ワット・チャイワッタナーラームの水没---タイのアユタヤー

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「外務省は24日、洪水被害が続くタイの首都バンコクの危険情報を「十分注意」から「渡航の是非を検討」に1段階引き上げた。
危険度で4段階のうち、上から3番目で、外務省は渡航を極力控えるよう呼びかけている。」

「参考」
*レベル1  注意喚起 十分注意してください。
*レベル2 
渡航の是非を検討してください。
*レベル3 
渡航の延期をお勧めします。
*レベル4 
退避を勧告します。渡航は延期してください。

上の写真(クリックすると拡大します)はタイの洪水で水没した観光地アユタヤーのワット・チャイワッタナーラーム(寺院)の写真です。(2011年10月)。驚きました。これでは観光客は近寄れません。
タイには4年前(2007年)の10月に行きました。
旅行中は去年、今年の長雨による洪水など嘘のように晴れた天気が続きました。

このワット・チャイワッタナーラームはアユタヤーの町の中心部からは、少し離れているのですが、町を1日案内してもらったトゥクトゥク(三輪タクシー)の若い女性運転手は頼むと快く連れて行ってくれました。
ここはアユタヤでは、是非行ってみたい場所のひとつだったのです。
高いところにはすぐ登りたくなる僕は、中央にそびえるクメール様式で建てられたと言う仏塔の長い階段をひとり登りました。
上部からは、今度の洪水でその名が報道されているチャオプラヤー川(ここは支流かも知れません)がすぐ背後に流れているのが見えました。
この川の増水がワット・チャイワッタナーラーム水没の原因です。
Dscn1890_320 (写真左1枚目、川側から見たワット・チャイワッタナーラーム全景。水没写真に見える中央の仏塔の長い階段の位置が分かる。訪ねた日、他に観光客はほとんどいなかった)

(写真左2枚目、仏塔の急傾斜の長い階段を登り最上部から川側を見たもの。建物は水没写真の仏塔の対面にある塔。一面水没した事がよく分かる)

写真左3枚目、バンコクのフアランポーン駅からドアも故障して閉まらないような列車で約1時間半。そのかわり3等車の運賃は20バーツ、約90円と嘘みたいな値段。
アユタヤ駅から市内には渡し船で入る。遠回りになるが、勿論橋もある。この町が川の中州にある事を実感する)


Dscn1889_320(写真左4枚目、昼食も川に浮かんだボートハウスで食べた。このレストラン、今頃どうなっているのだろう)

(写真左5枚目、アユタヤ駅のバンコク方面のホーム。跨線橋など無い。列車が入ってくると、目の前に迫ってくるのでちょっと怖い。
この粗末な駅と、有名な観光地にしては寂しすぎる町から感じた「アユタヤー」と、洪水騒ぎで報道された多くの日本企業が集まる「アユタヤー県」の工業団地の映像のギャップに驚いた。
タイには友人が駐在していたので、ソニー工場の存在は知っていたが、これほどまでの日本企業が進出していたとは、恥ずかしながら今度初めて知った)

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2011年10月10日 (月)

ミース・ファン・デル・ローエ記念館とバルセロナチェアー

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「2011年6月22日に見学」
今日、パソコンで建築の写真を整理していたら、まだ訪れてから4ヶ月ほどしかたっていないのに、なにかとあわただしく、ずいぶん前の事のように思えるバルセロナのこの写真
「ミース・ファン・デル・ローエ記念館です。スペインでは是非見たかった建物です。

ミースの代表作の一つとして建築史上有名な建築ですが、やはり実物を見ての感動は、とても80年前に設計された建築とは思えない軽やかな美しいデザインの外観です。
実際には、再建されたものですが、元の建物は、1929年のバルセロナ万国博覧会のドイツ館として建てられたされバルセロナ・パヴィリオンです。
博覧会終了後に取り壊されましたが、1986年に同じ場所に復元され、現在「ミース・ファン・デル・ローエ記念館」となっています。
訪れた時は数人のデザイン系らしい若者が入館していただけで、静かな雰囲気でした。チケット売り場などなく、入口階段横に陽気な青年が立っていて、彼からひとり4.6ユーロのチケットを購入しました。
かなり充実した売店がある以外は、内部の展示はなく、まさに建物を見るだけです。いや、忘れてならない展示品が一つありました。
ミースの家具デザインの傑作「バルセロナチェアー」が置かれています。
このパヴィリオンの為に設計されたこの椅子は、80年を経て現在も販売されており、何度も見たことはありますが、ここに置かれた白い2脚の椅子ほど、建物としっくりと取り合っていた例はなく、この記念館を訪ねてよかったと思えた瞬間でした。
Dscn6520_320 Dscn6519_320 Barcelona_mies_v_d_rohe_pavillon_we Dscn6521_320 Dscn6522_320

(好天が続きそうなので、急に山に登りたくなり、数日出かけることにします。ブログを少し休みます。
戻りましたら紅葉の山の様子などを書くことにします。
と書いていたら外はかなり強く雨が降り始めました。えっ、支度しちゃったよ。天気予報どうだった?)

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2011年9月15日 (木)

ピカソのゲルニカに福島原発を思う

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Dscn6392_320 2011年6月18日、スペイン入国の翌朝、僕はマドリッドの「ソフィア王妃芸術センター」「ゲルニカ」の前にいました。
ひとしきり、解説員の声と、感想を語り合うグループに占拠された絵の前も、彼らが去った後は、急にしんとした室内が広く感じられました。そうか、「ゲルニカ」こんな大きな絵だったのか。
何度も写真で見てきた絵と、実物のもつ圧倒的迫力との違いを感じた絵画作品は、このゲルニカをおいてありません。
この絵については、僕がいまさら語ることもありませんが、「ゲルニカ」の前は、静かに絵を鑑賞するという事とは次元の違う感覚に包まれてしまった空間であったことは確かです。

3月11日から3ヶ月たち、放射能汚染から逃げるように日本を離れて、遠いヨーロッパで最初に訪ねた美術館で見たものは、人間の愚かな過ち、原発事故を強く意識させられる、怒りと悲しみの叫びを発する人々が描かれた絵だったのです。
もがき苦しむ人々と動物の上部に描かれた電球は、まるで原子力発電所を思わせて、僕をギクリとさせたのです。
1937年、ピカソがゲルニカの無差別爆撃を描いたこの作品から8年後に、人類初の原爆攻撃を受け、今なお多くの人々が被曝障害に苦しめられている日本で、また同じ惨禍に見舞われる過ちを犯しながら、ゲルニカの叫びに聞く耳を持たない人々がいる事を見逃す事は出来ません。

                 「原発にさようなら集会」

   
日時……2011年9月19日 13:30~
     場所……東京・明治公園
          集会規模……5万人(集会後、パレードがあります)
*「自戒」
警察の過剰警備を心配します。
暴動は何の益にもなりません。警察官、公安の挑発にはのらないようにします。
昔、わざと押し込んできて自分で足をもつれさせて倒れ、公務執行妨害を叫んだ公安たちに、60年、70年安保の恨みなど晴らしません。
我々は老骨枯れずとも、彼らは多分もう歩けません。その子ども達の時代ですから。
彼らは、現場の状況が自分たちに優位である時、攻撃をかけてきます。危険を察知するアンテナを立てて、引く時は引く、逃げるが勝ちです。
普天間への波及を恐れて、防衛省筋もぴりぴりしてきています。
過剰警備、挑発には60年代には出来なかった、写真、動画を撮って対抗します。
写真を撮る公安には、こちらからも写真をも撮ります。

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2011年8月20日 (土)

スペイン---モンジュイックの噴水ショー(バルセロナ)(2011年6月)

スペインへの旅行計画を練っていた時、ネット上で調べても、わかり難いイベントや交通アクセス、施設の入場予約、チケット入手などがありました。現地では実際どうだったのか、数回に分けて書いてみます。
今日は、その1「カルモナへのバス停」、その2「サグラダ・ファミリア聖堂の予約入場とエレベーターについて」に続いてその3「モンジュイックの噴水ショー」についてです。

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観光案内書にも、バルセロナで意外と知られていない見所が、スペイン広場近くにある「マジカ噴水の噴水ショー」と書かれています。http://www.totteokiinfo.com/turismo/detalle.php?id_turismo=32
Fuente Magica de Montjuic   モンジュイックの噴水ショー 

幸い宿泊したホテル(Ayre Hotel Gran Via)が、スペイン広場近くだった事もあり、2011年6月23日(木)の夜、ホテルのフロントで実施の確認をしてから、歩いて見物に出かけました。
スペイン広場から、カタルーニャ美術館に向って広い大通りを行くと、大きなマジカ噴水があります。
もう目の前の正面がカタルーニャ美術館の堂々とした建物です。写真下の一番上)
噴水ショーは、夜9時から11時までの30分ごとに行われるとの事で、少し早めの8時半頃に到着しましたが、すでに大通りも、噴水前も、カタルーニャ美術館前も沢山の人達が集まっていました。子供たちもいます。
スペイン広場近くの道路脇には大型観光バスが何台も停車していましたが、皆外国人観光客です。
夜9時という時間と、市民や観光客で混雑するうえ、治安の問題も有ると伝えられているので、日本からのツアーには組み込まれ難いのかもしれません
9時きっかりに、マジカ噴水と美術館前の階段状の噴水が、いっせいに水を噴き上げ始めました。
夜9時といっても、あたりはまだ日が落ちてなく明るいので、音楽と水の饗宴です。
想像以上に噴水が高く低く変化して、大きな水煙に包まれます。僕はこれほどの噴水ショーを見るのは初めてです。
あたりが夕闇に包まれてくると青、赤、オレンジの照明に映えて噴水が色鮮やかに輝き、音楽にあわせるように躍動します。まさに水と光と音楽による幻想的な豪華ショーです。
これは思いがけず、スペイン旅行で忘れられない感動の場面となりました。

ご存知でしょうが、スペインでは、夕食が遅く、レストランは8時か8時半にならないと開店しませんし、スペイン広場やモンジュイックの丘付近にはレストランが少ないので、噴水ショー見物には、夕食をどうするかでちょっと悩むところかもしれません。
噴水ショーは、5月から9月までは、毎週木、金、土、日の夜9時から11時まで、30分ごとに行われるとされています
確かに30分ワンクールのようで音楽も変わるのですが、実際には、ショーは11時までの2時間連続して行われ、あたりが暗くなったほうが見事ですから、10時ごろがいちばん盛り上がるかもしれません。
見物客も30分見て帰る人はほとんどいません。僕も見ごたえある美しさに、1時間半ほど見物してしまいました。
「モンジュイックの噴水ショー」、一見の価値あり、お奨めです。勿論、無料です。

このショー見物の治安については、人出が多く危険を指摘する声もありますが、僕の体験ではほとんど問題ありませんでした。
雰囲気は日本の花火大会の見物を想像すれば良く、スリに気をつけなければいけないのは、他の場所と同じです。
これはスペイン旅行の行動中の全てに云えますが、バックの蓋やファスナーは、すぐに開けられないような工夫(僕はザックやトラベルバックにはナスカンを使ってチャックがすぐに開けられないようにをしています)をして、狙われやすい隙を見せなければ恐れる事はなにもありません。
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2011年8月 2日 (火)

スペイン----サグラダ・ファミリア聖堂の予約入場とエレベーター(2011年6月)

スペインへの旅行計画を練っていた時、ネット上で調べても、わかり難い交通アクセスや施設の入場予約、チケット入手などがありました。現地では実際どうだったのか、数回に分けて書いてみます。
今日は、前回の「カルモナへのバス停」に続いてその2。
「サグラダ・ファミリア聖堂の予約入場とエレベーターについてです。」

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写真上、前日に訪れたガウディの建築物である「カサミラ」の屋上から見たサグラダ・ファミリア。初めてサグラダ・ファミリアを見た瞬間。圧倒的存在感で迫ってきた。タワークレーンが林立して大型工事現場のようだ)
http://www.servicaixa.com/nav/es/mucho_mas/index.html?CODIUSU=servicaixa
(アルハンブラ宮殿、サグラダ・ファミリア入場チケット予約購入サイト)

「サグラダ・ファミリア聖堂」は、バルセロナを代表する観光スポットとして多くの観光客が訪れるので、チケット売り場前には常に長い行列が出来ており、入場までに時間がかかる場所として知られています。
でも、ここのチケットは事前にインターネットで1時間間隔の時間指定(例えば9.00~10.00)で購入できますので、出来れば購入されて行かれるほうが良いと思います。

チケット購入は、アルハンブラ宮殿のチケット予約と同じ上記のサイトで可能です。
予約サイトの画面への申し込みは、そう難しくないと思います。
ただ、アルハンブラ宮殿の予約でも、多くの方が書かれているように、決済の為の銀行系のVISAカードなどが認識されないトラブルがとても多いので、入手できない場合もあるかと思います。
決済画面ででカード情報を入力すると、このカードは認識できないとはじかれてしまいます。何度試みても同じですから、その場合はこのカードでは無理とあきらめたほうが、精神衛生上よろしいかと思っています。
別にカード自体はスペイン現地での支払いに使用する分にはなんら問題ないのですから。

僕の場合も、アルハンブラ宮殿予約もそうでしたが、手持ちのVISA、JCB等が家族分を含めて全てはじかれてしまい、最後に試みた家内の東武カード(VISAであっけなく認識されたのです。
どうも、日本の銀行系カードとは相性が良くないようです。これは、スペイン鉄道のチケット購入にも当てはまるようです。
銀行系以外のカードでうまくいったという事は多くの方がブログ、旅行情報等に書かれています。
入場料は2011年6月23日現在で12.5ユーロ、それに手数料1.30ユーロが加算されて、合計一人13.80ユーロです。
チケットは、まず予約完了確認メールが、続いて(数分後)にチケット添付メールが届きますので(2011年6月現在)そこに添付されているPDFファイルを開けて印刷します。チケット添付メールは全てスペイン語で書かれていますが、PDFファイルを開けるだけですから問題ないでしょう。
チケットは入場日時が記入された同じチケットですが、申し込み人数分がついています。
現地では、このチケットでそのまま入場できますので、必ずプリントアウトして持参しましょう。
尚、予約チケットでは、エレベーターの利用券の同時購入が出来ないのは、エレベーターのメンテナンス、悪天候などにより運転の確実性が無いので、事前購入が出来ないとの事です。

それでは、予約チケットではエレベーターに乗ることが出来ないのか?、エレベータ乗車券を購入する方法は?。
この疑問を解決しましたので、書いてみます。


さて、「9時から10時」までの時間が指定されたネット購入のプリントアウトしたA4版のチケットを持って、朝の9時10分ごろサグラダ・ファミリア前に到着しました。
皆さん出足が早い。チケット売り場には、早くも100メートル以上の長い行列が出来ていました。
入口の「受難の門」側で、事前にいちばん右側にあるらしいと調べていた、「予約チケットによる入場口」がどこかと探したのですが、それらしい入場口はありません。(これは、日時の違いにより、一般入場口と異なる入口が開けられる事もあるのかもしれません。不明です。)

仕方なく、列を誘導している女性係員(写真に写っている係員)にチケットを示して聞いたところ、誘導ロープを上げて、チケット売り場からの入場者と同じ入口を指してここから入場しなさいとの指示
その際、このチケットはエレベーターのチケットはついていないよと言われましたが、混雑のなか、先ずは入場しようと「了解」と伝えて、長い行列の人達の不審げな視線を浴びながら、中に入りました。

入口傍にある受難の門エレベーター乗り場には、まだ行列は無く、これならすぐに乗れそうだと、近くにいた係員に「予約チケットで入場」したがエレベータチケットは、どこで買えるかと聞くと、入場券売り場ブースの裏側の窓に案内してくれ、ここで買うようにと教えてくれたました。
窓を叩いて、なんだか裏口から買うような感じでしたが、チケット売り場内には日本語を上手に話す係員もいて、問題なくエレベーター入場券を手に入れる事が出来ました。
以前は、エレベーターの料金は、チケット売り場ではなく、入場後エレベーターの係員に直接支払ったのですが、現在は売り場でチケット購入の際に、エレベーターを利用するかの選択をするようでした。即ち入場だけなら12.5ユーロ、エレベーターへも乗るなら15ユーロだと思います。
そんなわけで、入場後だった僕の支払った料金は一人2.5ユーロで、チケットには「9時10分から20分」の間が有効と印刷されています。
もう9時20分を過ぎているじゃないかと、あわてて10人ほどが並んでいた後についてエレベーターに乗り込んだと言うわけです。

後で落ち着いて考えてみると、ロープをくぐりなさいと指示してくれた係員に、エレベータチケットが欲しいと伝えれば、チケット売り場に案内してくれたのかもしれません。
ただ、入場する人の列を反対方向に向って進み、チケットを買う行列に割り込むようにエレベーターチケットを買うのが、正しかったのか、今もわかりません。


乗り込んだエレベーターは正面入口側の「受難の門側のエレベーター」で、上部で降りてから少し階段を下ったところに、下りの入口があり、階段を下らずにエレベーターで降りてくる事が出来るようになっていました。
受難の門側のエレベーターは、下りも利用できるのです。
ただ、僕が登った時は、エレベーターに乗らずに階段を降りる人がほとんどでした。
しかし、この階段、急で幅が狭く、中心側に手すりが無く、はるか下まで見える穴あき状態です。
危険と言うほどの事はありませんが、小学生などを連れた場合は、エレベーターで降りたほうが無難とみました。
階段途中には、ところどころにバルコニーつきの開口部があり、そこに建つと建設中の塔の様子が見られます。
ただ、バルコニーに立つには、ちょっと勇気がいりますが。
高所恐怖症の人は無理かも。
階段を無事降りてきてから、さて、もう一つのエレベーターはどうかなと「生誕の門側」にまわると、こちらのエレベータは、いくらか利用者が少ないようでした。
やはり入場してきて、すぐのエレベーターに並んでしまうのでしょう。
ただ、この「生誕の門側エレベーター」は下りは使えませんので、階段を下りてくるしかありません。よく、写真でみるきれいな螺旋階段は、この塔の階段です。
初めから階段を下るつもりなら、受難の門側より、この生誕の門側のエレベーター利用が良いかと思います。確実に空いていますし。しかし、両エレベーターとも、階段を登ってゆく事は禁止されていますので、ご注意ください。
(8月8日追記)
Dscn6563_320エレベーターチケットで、受難の門、生誕の門のどちらのエレベーターでも乗れるように書いてしましました。
僕もチケット売り場では、特に何も聞かれなかったので、両方に通用すると思っていたのですが、帰国後チケットをみたら「PASSIO」と書かれていました。
「PASSION」とのスペルの違いが良くわからないのですが、これは「受難の門エレベーター」を意味するものと思います。
すなわち、エレベーターチケットは、購入時にどちらかを選択できるようです。
こちらが何も言わなければ、通常の場合、下りもエレベーターで降りられる「受難の門」側エレベーターを発券してくれるのだと思われます。

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現地でエレベータチケット購入の際には、是非聞いてからどちらかのエレベーターを選んで購入してください。

(写真左1枚目、入場チケット売り場。ここに到着するまでに、1時間またはそれ以上並

ぶ事が多い)

(写真左2枚目、チケット購入後、この入口から中に入る。予約入場券を見せたら写真の女性係員が、ロープを外して入れてくれた)

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(写真左3枚目、受難の門側のエレベーター乗り場)

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(写真左4枚目、受難の門側エレベーターの案内板。下る事も出来る表示がある)

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(写真左、5枚目、生誕の門側エレベーター乗り場。こちらのほうが空いている)

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(写真左6枚目、生誕の門側エレベーターの案内板。下りは階段のみと表示されている)

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(写真左以下、階段を下りながら見ると、まさにサグラダ・ファミリアは工事現場である事が良くわかる)

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2011年7月 7日 (木)

スペイン----カルモナへのバス停とコインロッカー(2011年6月)

スペインへの旅行計画を練っていた時、ネット上で調べても、わかり難い交通アクセスや施設の入場予約、チケット入手などがありました。現地では実際どうだったのか、数回に分けて書いてみます。

今日は、セービーリャから行く白い村(地球の歩き方、見出し)カルモナへのバス停と荷物預かり所についてです。
ここは、ネット上でも皆さんがわかり難い場所として「Q&A」にたびたび登場している場所です。

Dscn6451_320 カルモナ行きのバス、「プラド・デ・サン・セバスティアン・バスターミナル」からは発着していません。ここではチケットも売っていません。

バスターミナルの黄色い建物を出て、前のカルロスV通りを渡ると、プラド・デ・サン・セバスティアン庭園の鋼製の門があります。(写真一番上)
この門を入って庭園内をまっすぐ約250メートルほど進むと、反対側の門に出ます。
この門を出たところにバス停留場があります。(写真2枚目、右奥に見えるのが門)
バスターミナルから徒歩5分弱ほどでしょうか。
バス停前の道路(Av.de.portugal)の反対側は、もうスペイン広場です。バス待ちの時間に余裕があったら、30分もあればひとまわりして来れます。
バス停留場の名前は、紛らわしいですがDscn6430_320 、ここも「PRADO SAN SEBASTIAN」となっています。
M-124系統のバスがカルモナ行きです。

荷物は、車体横から荷物入れに収納できるバスですが、僕の場合は行きは、ほとんど乗客がいなかった事もあるのでしょうが、特に運転手からの指示は無く、荷物を車内に持ち込めました。
カルモナからの帰りは、荷物入れの扉を開けてくれたので、乗客は大きな荷物はそこに入れました。
切符は、乗車時に運転手から購入します。料金は2011年6月19日現在で、セビーリャから2.35ユーロです。5ユーロ札でお釣りもくれます。
所要時間は路線バスのため、乗降客のいるバス停には止まっていくので、行き帰りとも約50分くらいかかります。バスの車窓からは、広大なひまわり畑が良く見えます。
でもスペインのバス運賃は安いですね。
バス停までの徒歩ルートは、ネット上でいろいろ書かれていますが庭園を抜けることを理解しておくと、わかりやすく迷うことはありません。
バスターミナルのインフォメーションでも教えてくれますが、スペイン語でわかり難いです。
Dscn6454_320 セビーリャ駅から、タクシーで行く先を告げる場合、カルモナ行きのバス停ではわかり難いと思いますので、バスターミナルまでを指示したほうが無難だと思います。

もう一つ、「プラド・デ・サン・セバスティアン・バスターミナル」には、僕が聞いたり調べたりした限り、コインロッカーはありません
しかし、バス発着所(写真3枚目)の一番突き当たり奥の建物の待合室(SALA DE ESPERA)の右横に、荷物預かり所があります。
窓が閉まっていてわかり難いのですが、上にCONSIGNA(コンシグナ)と書かれているのでわかります(写真4枚目)
預かり料は3ユーロでした。
営業時間(HORARIO DE)は9.00~21.00と表示されていました。営業中は「ABIERTO]の小さな表示板がぶら下がっています。
ちなみに、この場所にはありませんでしたが、コインロッカーは、コンシグナ オウトマチカ(CONSIGNA AOUTOMATICA)が正しい名称のようです

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Jn29_004_320 (写真一番下、カルモナ行きのバス停の場所)

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