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2019年8月31日 (土)

さよならの山、南アルプス鳳凰三山へ-----308歳登山隊が行く

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山行二日目、鳳凰三山最後の山、地蔵岳に到着です。
中央高速道からもそれとわかる屹立した岩峰、オベリスクです。(写真上)
この岩峰を間近に見たさに、長い山稜を歩いてきたのです。そして今回の山行で嬉しかったのは、南アルプス特産種のタカネビランジが沢山見られたことでした。少し時期は遅いかと思ったのですが、稜線上の岩陰のあちこちに、ピンク、白と色違いのタカネビランジが咲いて、縦走の疲れをいやしてくれたのでした。(写真下)
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 もう再び来ることはないだろう、「さよならの山」、昨年秋には、北アの鹿島槍にお別れしてきましたが、今回、南アルプスは、鳳凰三山を選びました。
いつもの単独行のつもりで計画したのですが、弟とその友人二人が、一緒に登ってくれることになりました。皆、登山歴60年以上の猛者です。
僕にとっては、久しぶりのグループ登山です。

8月21日
 天候は曇り。朝9時10分、夜叉神峠登山口の駐車場に車を止め、夜叉神峠を目指しました。駐車場は空いていました。
メンバー4人の総年齢が308歳、老人登山隊の出発です。しかし、僕以外の3人は、先週、静岡県の田子の浦から富士山頂まで、標高差3776mを登ってきたと、けろっと言う凄い人たち。
 ゆっくり登ろうねと言われ、なんとかついて行けるだろうと思って、後に続きました。
確かに登るスピードは遅い。一人で登ることが多い僕は、どうしても標準コースタイムを頭に、休憩を加える登り方をしますが、この3人、そんなことは全くお構いなし。望遠レンズ付きのカメラで花の写真など撮りながら、一定時間登ると休憩し、歩いてさえいればいつか着くよと、のんびりしたものです。
 しかし、教えられました。僕は今回の縦走で、一度も息切れすることが無かったのです。呼吸が乱れず楽に登れたのです。
そうか、僕は年を考えずに、急ぎすぎていたのか。セオリーどおりと言えばその通りですが、こんな登り方があったんだと、改めて気づかされたのです。
よく整備された樹林帯の中の道を登って10時30分夜叉神峠に到着。
 空は明るいのですが、残念ながら、北岳、間ノ岳方面は、雲に覆われて折角の眺望もかないませんでした。夜叉神峠小屋は営業していました。
ここから、北方向に向けて三山縦走が始まります。
樹林帯の単調な道を歩いて、杖立峠13時、苺平に15時に到着。
苺平から千頭星山経由で甘利山への分岐があります。あまり歩かれてはいない登山道です。
苺平からは、明るい樹林帯を下ること、30分ほどで南御室小屋に到着しました。
小屋前の広場には、冷たい水がパイプから流れ出していて、思わずがぶ飲みしてしましました。
小屋横のテント場には、小さな天幕二張と、11人で来たという大学のサークルグループが、大型天幕を張っていました。
こんな大きなテントを良く担ぎ上げたねと聞くと、分解して運べるとの事、こんな天幕初めて見ました。
今夜はこの南御室小屋に泊まります。
宿泊の登山者は、僕ら4人だけ、管理人には悪いけど、ゆっくり寝られるなとにんまりしました。
(---続く)

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2019年8月15日 (木)

8月の柳瀬川探鳥会

Img_0091_1024 8月11日(日)
6月、7月と雨天で中止になっていた柳瀬川探鳥会に参加しました。
いつもどおり、富士見橋に午前9時集合、6名の参加者です。
皆、生態系保護協会志木支部のベテランの方ばかり。教えられることの多い探鳥会です。
柳瀬川右岸を下流方向に、植物なども観察しながら、野鳥を探しました。
カルガモ艦隊発見。後ろに続くのは、子供たちかな。すぐに岸辺の草の影に隠れてしまいました。この時期に見られてラッキーでした。(写真一枚目)
朝から、日差しも強く、暑い日なので、野鳥も少ないと思っていました。
しかし、カルガモ親子の幸運に続き、水際をチョコチョコ歩くイカルチドリや、腰を上下に振って歩くイソシギ、ハクセキレイ、キセキレイ、オナガ、アオサギ、ダイサギなど、かなりの数の野鳥を見ることができました。
僕はまだ、イカルチドリとコチドリの見分けが苦手です。
でも、今日、イカルチドリをじっくり観察できたので、少しわかるようになった気がしてきました。
Img_0093_1024-1そうだ、写真に撮れなかったのですが、イカルチドリの幼鳥を見ました。初めてでした。

 

 

 

 

 

 


イカルチドリ

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イソシギ


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アオサギ

 

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イカルチドリとイソシギが一緒に

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水谷たんぼで残念な光景を見ました。除草剤で

枯れた田んぼ跡です。野鳥にとって良くない環境に
なりました。

 

 

 

 

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2019年8月10日 (土)

至仏山へ

8月9日 「長崎原爆の日」 核廃絶を心から願います。そして政府に核兵器禁止条約の署名、批准を求めます。
 今日も35度越えの気温です。ともかく暑い!
来年の今日は、予定通り進行していればオリンピック閉会式の日です。
評論家の誰だったか、東京の暑さをDeath Weekと呼んでいましたが、気象庁が「命に危険を及ぼす暑さ」と注意を促すほどですから、あながち外れてはいないと思います。
 何度も書いて、しつっこいようですが、オリンピック招致の際の立候補ファイルのアピールを思い出します。
(7月24日~8月9日)「この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」
いくらオリンピック開催の招致期間が、7月、8月に限定されているとしても、こんな文章、中学生だって書かないのに、いったい誰が書いたのでしょう。石原慎太郎さんかな。
東京で7月、8月のオリンピック開催は、無理だと判断できる人材がいなかったのでしょうか。
ともかく、猪突猛進!後で振り返れば、なぜこんな事を推し進めたのかと、疑問に感じた時には、もうどうにもならないところに来てしまっている。
超入門「失敗の本質」でも書かれるように、日本人の戦略性の欠如、俯瞰的視点から最終への道筋を作れない弱点が、こんなところにも表れます。
問題は、この事態を招いた責任者が誰なのか、それが判らなくなるのが、これまた日本の悪いところなのだと思います。ああするより、こうするより仕方なかったのだと言う擁護論ばかりが幅を利かせます。
 過去10回くらい、1980年代からの開催都市の気温を調べても、8月の最高、最低気温の平均で、日本が
ダントツ1位です。
特に平均以上の気温が連続するのが、オリンピック期間中なのです。
観客の暑さ対策も心配されていますが、選手村に入る選手たちは、暑さを乗り切って、体調管理ができるのでしょうか。心配です。
さて、熱い話はこのくらいにして、思い立って尾瀬の至仏山に登ってきましたので、そのことを書きます。
Dsc05931_1024至仏山山頂)

尾瀬には季節を変えて何度も行きましたが、至仏山(2228m)は、なんとなくいつでも行けると思いながらも、登る機会がなかったのです。
北アルプス、中央アルプス、白山など、多分これが最後の山行きだと、ここ数年「さよならの山」を続けてきましたが、尾瀬編は多分この至仏山になるでしょう。
そうだ、残る南アルプスは、来週登る予定の鳳凰三山に決めています。最後の三千メートル峰になるかもしれません。ご老体頑張ります。

さて、東武鉄道のパンフレットで、川越駅西口から鳩待峠に行くバスが出ていることを知り、夜行バスを利用しての至仏山登山を急遽計画しました。
 チケットは東武トップツアーズの志木支店で事前予約しました。
川越駅西口から23時35分に出発の40人乗り夜行バスは、乗客が思ったより少ない20人程で、後ろの座席を心配することなく、シートを倒してゆっくり寝ることが出来ました。4列シートのバスでも、このくらい余裕があると、夜行でも楽です
往路のコースが変わったらしく、大清水周りで戸倉に着いたのが3時50分。ここからマイクロバスに乗り換え、鳩待峠には5時20分頃には到着しました。
戸倉での乗り換えの待ち時間が面倒ですが、ともかく、川越駅前から楽々と登山口に到着できる便利さは嬉しい限りです。
ちなみに、帰りもこのバス便を利用しましたが、なんと乗客は3人と、バス運行会社に申し訳ない状況でした。
 鳩待峠から山ノ鼻までは、通いなれた道です。よく整備された道を45分程で下れて快調でしたが、それもここまででした。
至仏山荘近くのポストに登山届を提出して、尾瀬ヶ原への道と別れました。
至仏山を眼前にしながら、爽やかな風が吹き抜ける木道を気分よく歩いたまでは良かったのですが、登りにかかると、寝不足と暑さ、それに予想以上の急登に老体が悲鳴をあげます。山ノ鼻1400m、至仏山2228m、高度差828mの登りです。
それでも、登山道脇に咲く様々な高山植物に慰められて高度を上げました。
1時間ほどの登りで、森林限界を過ぎると、尾瀬ヶ原が一望できます。見たかった風景です。
湿原の中に、山ノ鼻から竜宮、見晴に続く木道が白く見えます。
補修の手がまわらないのか、だいぶ損傷が激しく、傾いてしまった木道と、滑りやすく登り難い蛇紋岩の岩場に時間を取られ、念願の至仏山山頂到着は10時半ごろになってしまいました。
山の鼻の至仏山荘発が7時でしたから、登りに3時間30分かかりました。ともかく暑かった。たっぷり用意した水に救われました。
標準コースタイムの2時間30分は、老登山者には、かなりきついですね。
晴天に恵まれ、山頂は360度の大眺望。目の前の燧岳はもちろん、かって登った越後の山々が連なります。
岩のごつごつしたあまり広くない頂上は、鳩待峠から登ってきた登山者も交えて、十数人の登山者で賑わっていました。(写真上)
鳩待峠からの往復は可能ですが、山の鼻からは登り専用で、山頂からは鳩待峠に行くことしかできないのです。
 尾瀬に初めて登ったのは、60年以上も前で、奥日光の湯元から丸沼を抜けて、大清水から三平峠を越えて入りました。
まだ、尾瀬沼には、長蔵小屋裏から沼尻までの渡船が運行されていて、燧岳登山には便利でした。
小屋近くのキャンプサイトは、薪が燃やせましたが、ガソリンストーブなど持っていなかった高校生の僕たちは、雨の日の食事作りには泣かされました。
 尾瀬沼から尾瀬ヶ原を抜けての帰路は、現在の鳩待峠ではなく、富士見峠経由で富士見下までのルートがメインでした。
まだ、あやめ平が、登山者に踏み荒らされて丸坊主にされる前で、広々とした湿原の向こうに燧岳が凛々しく聳え、天上の楽園と呼ばれた美しさを見せてくれた時期です。
 日本100名山の著者の深田久弥さんが、初めて至仏山に登ったのが1924年(大正15年)の秋、上越線が開通前で、藤原から利根川を遡り、狩小屋沢から至仏山に至ったと書かれています。
狩小屋沢は沢登りルートとして、今でも至仏山への登頂に使っている登山記録も見ますが、僕の古い山友達から、湯の小屋から狩小屋沢沿いの杣道を登ったと聞いた事がありますから、今は無い狩小屋沢登山道はある時期まで、廃道寸前ながら残っていたのでしょう。
 下山バスの時刻が気になり、山頂では20分程過ごし、下山にかかりました。登りもそうでしたが、至仏山の登山道は整備された北アルプスの登山道などより、かなり難路と言えるでしょう。岩稜帯の岩は滑りやすく、道も厳しいのです。ストックが役立ちません。
下る事40分程で小至仏山に到着しました。ここから振り返ると岩稜と灌木の緑のコントラストが美しい至仏山山頂が大きく見えます。
まだまだ続く岩稜帯をどんどん下り、湿原の中に木道が伸びるオヤマ沢田代を経由して、バス発車時間に追われるように、13時10分に鳩待峠に戻りました。至仏山山頂より2時間20分かかりました。
登山道の両側には、こちらも高山植物が沢山見られました。
途中、鳩待峠まで多分2.5kmほどの地点で、渋川市の小中学校で英語の教師をされているという米国の女性登山者に会い、これから頂上に行くなら、少し遅い時間なので、気を付けるように話しました。
しかし5分ほど下った地点で、あの米国人はことによると、道を間違えているのではないかと心配になり、急いで駆け戻りました。
やはり、至仏山に登るのではなく、先に尾瀬に入った友人と合流すべく鳩待峠から登山道に入ったが、携帯で連絡がつかず困っていたとの事でした。山ノ鼻か富士見峠に行くつもりだったと思われるので、道が違うことを教え、一緒に下山することになるハプニングがあったのです。
 鳩待峠を13時40分が定刻の乗車指定のバスだったのですが、バスでも乗り合いタクシーでも可能なチケットだったので、発車寸前の乗り合いタクシーで、早めに戸倉に到着。他の乗客は皆、自家用車組で第二駐車場で下りてしまいました。
 誰もいない高速バス乗り場で、ぽつんと一人バスを待ち、14時30分発のの乗客3人の高速バスに乗り込み、17時20分、川越駅前に戻りました。
2000m級の山に登ったにしては、かなり早い時間に戻れました。直行バスの強みでしょう。
 夜行日帰りと忙しい登山でしたが、多くの高山植物に出会えた至仏山登山でした。
尾瀬行きには、朝発の尾瀬号もありますので、利用価値のある登山バスだと思います。
ちなみに、料金は柳瀬川駅から川越までの乗車券もついて、往復7,300円です。戸倉から鳩待峠までのマイクロバス料金、往復1,960円は含まれません。
(新ココログブログの操作性が悪く、というより、まあ、僕の使用法も悪いのでしょうが、写真、画像の挿入がうまくできず、順不同、説明なしですみません。時間があれば、写真の入れ替えと説明を加えるつもりです)

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