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2018年2月15日 (木)

東大構内で、軍都市川(国府台)を思う

Dsc03416_1024太極拳グループの、「本郷界隈と東大構内」の散策に参加しました。

 地下鉄本郷三丁目駅から、文京ふるさと歴史館-見返り坂-胸突き坂-啄木赤心館跡-東大正門-安田講堂-三四郎池-東大総合博物館-赤門前-金魚屋-本郷薬師-十一面観音座像などを巡り、昼食はホテル機山館でビーフカレーを食べました。
 初めて訪れた文京ふるさと歴史館に展示されている文京区の歴史や文学、文人の豊富な資料は見ごたえがあり、ここはまたゆっくり見に来ても良いなと思いました。
そこから文学浪漫コースと名のつけられた、坂道の多い古い情緒ある街並みを巡り歩いて、本郷通りに達し、東大を目指しました。

久しぶりに訪れた東京大学構内では、正門から入り、安田講堂を見て三四郎池から、東大総合博物館に廻り、赤門から外に出ました。
古いレンガ造の校舎を見ながら歩いていると、留学生らしい学生を多く見かけました。東大には外国人留学生は、現在3300余人も在学しており、そのうちアジア系の学生が80%以上を占めているそうです。
日本の大学で一番長い歴史のある東大は、1877年(明治10年)に東京開成学校と東京医学校が合併して、誕生しました。
実は東京大学は、ここ本郷の地ではなく、当初市川市の国府台に建てられる計画があったそうです。
正確には、明治政府は、高等教育機関として国府台大学校を計画し、国府台に広大な敷地を入手していました。開成学校と医学校を合併し、将来の大学にしたいという構想も含めて、日本の高等教育機関設立への過程があったのです。しかし、最終的には国府台大学計画は頓挫して、本郷に東京大学が生まれたのです。
大学が出来なかった国府台の敷地は、陸軍の教導団の移設から始まる、後の軍都市川としての歴史が生まれるのです。
 Dsc00040_1024僕は東大の発祥時のこれらの経緯を、国府台の陸軍用地跡に、現在も残る赤レンガ武器庫(写真左上)の保存活動を続ける友人から詳しく教えてもらいました。貴重な建築遺産としての赤レンガ倉庫については、いままで何度か書いたことがあります。
もし、国府台に帝国大学が出来ていたとしたら、この本郷はそして東大はどうどうなっていたのだろうと考えてしまいます。

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三四郎池

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赤門

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