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2017年12月 4日 (月)

地下鉄開通90周年、懐かしき赤坂見附駅

171027_metro_event今年(2017)12月30日、東洋初の地下鉄として、上野ー浅草間が開通してから90周年を迎えることを記念る各種のイベントが行われています。 
興味深いのは、日本での運行を終えてから、アルゼンチンのブエノスアイレスの地下鉄に譲渡され、現地で使われていた丸ノ内線の車両が、20年ぶりに里帰りしてお披露目されるとのニュースです。
車両は丸ノ内線の旧500型(写真)の4両で、内3両が登場時やブエノスアイレス時代の車両に復元されるとのことです。
 60数年前、僕は通学の為、営団地下鉄銀座線で渋谷から赤坂見附までの区間を利用していました。
当時は、運賃は均一制で確か20円、学生定期券が1ヵ月360円でした。
均一制ですから、乗車するときは、改札口で係員に切符を見せますが、下車駅では、箱の中に入れるだけでした。一駅でも、20円、渋谷から浅草まで乗っても20円でした。ちなみに当時の都電料金は13円でした。
今度里帰りした丸ノ内線500型が、赤坂見附駅に登場したときのことは良く覚えています。
丸の内線が池袋まで延長され、赤坂見附駅の同じホームの両側の線路に、銀座線の黄色い車両と、丸ノ内線の赤い車両が並んで見られるようになったのです。
均一制の料金が、終わるまでの短い期間でしたが、銀座線、丸ノ内線は20円でどこでも行けました。360円の学生定期券で、丸ノ内線にも乗れるので、嬉しくて用もないのに乗ったりしていました。
 当時の銀座線の車両は、駅に到着する直前に、室内灯が消え、代わりにドア近くの壁に付いていたバッテリー電源の非常灯が点灯しました。
一瞬車内が暗くなり、扇風機まで止まるなど、今では考えられないことが起きていたのです。たしか、丸ノ内線には、壁にガラスカバーの付いた非常灯は
あっても、銀座線のような室内灯の点滅は無く、さすが新しい車両はいいなと実感した記憶があります。
丸ノ内線500型の復元のニュースから、今は消えてしまった、赤坂見附駅付近の、立ち並ぶ黒板塀の料亭や、道路にずらりと駐車していた黒いハイヤー、そして芸者さんを乗せた人力車の風景など、懐かしい思い出がよみがえります。
 500型の、登場時の復元車両やブエノスアイレス地下鉄の内装状況など、ぜひ見たいものだと思っています。

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コメント

1ヶ月360円は、安いと思います。この値段だったら毎日乗りたくなる。

投稿: 坊主 | 2017年12月 5日 (火) 16時39分

>坊主さま
確かに、嬉しい値段でした。世の中が学生に優しかったのです。旧国鉄(JR)の乗車運賃も学割は半額でしたし。少しでも安く乗ろうと、小海線の甲斐大泉に行くのに、行きは上野から小諸経由で、帰りは小淵沢経由で新宿に戻る通し切符を買い、途中下車で山に登りました。これだと運賃は600円くらいでした。良き時代でした。山に行く余裕はありますか?

投稿: Souroku | 2017年12月 5日 (火) 22時16分

そんな旅をしてみたいものです。今は無理だけど、いつか世界一周していろいろな電車に乗る夢があります。

投稿: 坊主 | 2017年12月 6日 (水) 18時13分

>坊主さま
素敵な夢ですね。きっとかないますよ。きっと楽しいことだろうなと想像してしまいます。

投稿: Souroku | 2017年12月 6日 (水) 23時00分

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