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2017年12月21日 (木)

東京駅丸の内広場を見る

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12月7日に全面供用された、東京駅丸の内広場を見てきました。(写真上)
この写真は、丸ビル5階の展望デッキから撮ったものですが、実は中央広場の中心あたりで、何枚かの写真を撮ったのです。
駅舎に当たる光の陰影も良く、広場を歩く適度な数の歩行者、樹形の良いケヤキの列植、我ながら良い写真が撮れたと喜んでいたのです。それが、なんと帰宅後のカメラからすべて消えていたのです。中央広場から東京駅舎を狙ったものだけです。
勿論、自動保存ですから、この数枚の写真だけを撮影後の保存に失敗することはあり得ません。
このミステリー、どう考えたものか?駅舎設計者の辰野金吾先生に嫌われたか!

まあ、残念ながら写真の事は、謎のままとして、東京駅丸の内広場について。
上品な御影石貼りの歩行者通路の両側に、緑の芝生、そしてケヤキの列植と3灯式のポール照明だけの実にすっきりとした気持ちの良い広場が出来ました。中央広場を挟むように設けられた二つの交通広場の解放感と相まって、正面の壁のようなレンガ造の駅舎を引き立たせてくれます。
余計なものが無いシンプルな広場に立って、この赤煉瓦の東京駅に相対すると、よくぞこの建物を復元し残してくれたものと、関係者に感謝したい思いが湧くのです。

Dsc03254_320久々に娘と孫と待ち合わせして、丸ビル内のレストランでのランチの後、散歩がてら三菱一号館に向かうと、美術館前広場に球形を重ねた素敵なオブジェがありました。クリスマス装飾でしょう。

食後のコーヒーをと、美術館Cafe1894に着くと、ちょうど14時からのコーヒタイムになっていて、僕は初めてこの古い装飾の部屋を体験することが出来ました。
1894(明治27年)の三菱一号館竣工当時の銀行営業室を忠実に復元した空間で飲むコーヒーの味は、また格別でした。

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2017年12月17日 (日)

大高取山・桂木観音コースとゆず狩り

12月6日(水)
かみさんの低山ハイキング仲間との、越生の大高取山から桂木観音へのハイキングに誘われました。ゆず狩りとセットの毎年の恒例行事だそうです。
外秩父ハイキングのコースとして知られた、大高取山ですが、まだ登ったことがなく、ゆず狩りも体験したことがなかった僕は、喜んで参加させてもらいました。
ゆず狩りと言っても、木から実を取るのではなく、桂木観音近くのゆず園に寄り、庭で弁当を広げ、ゆずを買ってくるのんびりハイキングです。
越生町のHPによると、越生町は古くから梅の産地として有名ですが、ゆずの栽培も盛んで、収穫量、出荷量はともに関東一(栽培面積25ヘクタール、年間生産量約100トン)を誇っていると書かれています。Dsc03218_1024

ゆず農家で収穫中のゆず畑を見せてもらいました。山の斜面にゆずの木が、葉が重なり合うように植えられていて、大きなゆずが鈴なりになっていました。収穫作業中の農家の方から、頭に気をつけてくださいと注意されましたが、鋭いとげが枝にびっしりと生えているのです。
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倉庫には、ゆずが入った、コンテナボックスが積まれていました。

収穫したばかりの大きなゆず(写真下)を、知人にも配ろうと、多めに購入しました。
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さて、ハイキングは越生駅から法恩寺経由で世界無名戦士の墓へ、そこから大高取山に登り、桂木観音に下山し、越生駅まで戻る周回コースで、アップダウンはあるものの、長い急な登りは有りません。
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途中の大観山に立つ、世界無名戦士の墓の建物屋上は、眺望が良く、居合わせた町役場の方が、いろいろと説明してくれました。青空のもと、はるか彼方に東京スカイツリーも見えました。
そこから、樹林帯の登りで、ここがやや急登でしたが、登山道脇には野イチゴが群生する、杉林の気持ちの良い尾根道でした。
最後の急な登りを過ぎると、大高取分岐で、そこから越生梅林方面に向かって5分程登ると、そこが大高取山山頂でした。

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三等三角点の石柱がある頂上の一角は樹木が伐採されて、そこだけ見晴らしが良くなっています。ここまで、一時間半ほどの歩行程でした。
頂上は弁当を食べるのに、良い場所でしたが、僕たちはゆず園のある桂木観音に向けて、下山を急ぎました。
先ほどの大高取分岐に戻り、そこから桂木観音への下りです。緩やかな、明るい尾根道で、最後にやや傾斜がきついところもありましたが、30分弱で桂木観音に到着しましDsc03202_1024た。立派なお堂が立っています。お参りしてから、車道に出ると、展望広場が出来ていて、そのすぐ近くに目指すゆず園農家がありました。このあたり一帯、桂木ゆずで知られたゆず畑が、広がっています。
ゆず園農家の庭先で、弁当を広げ、ゆずも購入し、虚空蔵尊経由で越生駅に戻って、今日のハイキングを終わりました。Dsc03207_1024_3

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(大高取山山頂)


(桂木観音堂)

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2017年12月11日 (月)

勝浦松部漁港で釣り

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12月7日、8日
友人たちとの忘年会で、千葉の勝浦に行きました。僕は勝浦は初めての場所です。(上写真は、勝浦松部漁港)
例年の忘年会は、神奈川県、真鶴の「福浦漁港」の岸壁でのんびりと釣りをした後、近くの「きどぐち旅館」で忘年会というパターンで続けてきました。
ところが、その「きどぐち旅館」が今年廃業してしまったのです。漁港にも近く魚料理の旨い割烹旅館だったので、残念です。
そこで今年、友人が選んでくれたのが、勝浦の民宿「くろえむ荘」。
http://kuroemu.net/
地元で水揚げされた金目鯛と漁師料理で評判の宿とのことです。
電車で到着した勝浦駅から、先ず軽く釣ってみようと、宿近くの松部漁港にタクシーで向かいました。餌は途中の釣具店で買いました。
晴れた青空のもと、釣り半分と言っても、魚影がまったくなく、釣れるのはエサ取りのフグばかりという有様でしたが、そのぶん、アウトドアー宴会で盛り上がり、皆で今年一年を振り返り楽しく過ごしたのでした。
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岸壁で珍しいものを見ました。何やら黒い海草を干しているので、干し広げている方に聞いたところ、ホンダワラで、正月の飾り物に使うとのことでした。船で採りに行くのだが、近頃はあまり採る人も少なくなったとも話してくれました。(写真横)

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写真でもわかるように、ホンダワラには実がついています。
その実が米俵の形をしているので「穂俵(ほだわら)」の名がつき変化して「ほんだわら」になったそうです。稲穂と米俵になぞらえて豊作祈願の意が込められているそうです。

「当たりまったくなし」「水温は高いね」「一投ごとに餌の取り換えだよ」「フグもかわいそうだ」早めに竿を収めて、歩いて宿に向かいました。
宿での夕食は、まさに魚づくし。特に大きな金目鯛の煮付けは、評判通りでした。金目の旬は5,6月頃で、脂がのって特に美味しいので、来年ぜひ味わってくださいとの女将の話に、また来るかと、心が動いたのでした。(写真下)
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翌日は、勝浦漁港で釣ってみましたが、ここもまったくあたり無しで、釣りに関しては、今回の勝浦は空振りでした。魚はどこに行ってしまったのだろう。
それでも暖かい日和に恵まれ、海辺で友と楽しく遊び、飲んだ二日間でした。

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2017年12月 4日 (月)

地下鉄開通90周年、懐かしき赤坂見附駅

171027_metro_event今年(2017)12月30日、東洋初の地下鉄として、上野ー浅草間が開通してから90周年を迎えることを記念る各種のイベントが行われています。 
興味深いのは、日本での運行を終えてから、アルゼンチンのブエノスアイレスの地下鉄に譲渡され、現地で使われていた丸ノ内線の車両が、20年ぶりに里帰りしてお披露目されるとのニュースです。
車両は丸ノ内線の旧500型(写真)の4両で、内3両が登場時やブエノスアイレス時代の車両に復元されるとのことです。
 60数年前、僕は通学の為、営団地下鉄銀座線で渋谷から赤坂見附までの区間を利用していました。
当時は、運賃は均一制で確か20円、学生定期券が1ヵ月360円でした。
均一制ですから、乗車するときは、改札口で係員に切符を見せますが、下車駅では、箱の中に入れるだけでした。一駅でも、20円、渋谷から浅草まで乗っても20円でした。ちなみに当時の都電料金は13円でした。
今度里帰りした丸ノ内線500型が、赤坂見附駅に登場したときのことは良く覚えています。
丸の内線が池袋まで延長され、赤坂見附駅の同じホームの両側の線路に、銀座線の黄色い車両と、丸ノ内線の赤い車両が並んで見られるようになったのです。
均一制の料金が、終わるまでの短い期間でしたが、銀座線、丸ノ内線は20円でどこでも行けました。360円の学生定期券で、丸ノ内線にも乗れるので、嬉しくて用もないのに乗ったりしていました。
 当時の銀座線の車両は、駅に到着する直前に、室内灯が消え、代わりにドア近くの壁に付いていたバッテリー電源の非常灯が点灯しました。
一瞬車内が暗くなり、扇風機まで止まるなど、今では考えられないことが起きていたのです。たしか、丸ノ内線には、壁にガラスカバーの付いた非常灯は
あっても、銀座線のような室内灯の点滅は無く、さすが新しい車両はいいなと実感した記憶があります。
丸ノ内線500型の復元のニュースから、今は消えてしまった、赤坂見附駅付近の、立ち並ぶ黒板塀の料亭や、道路にずらりと駐車していた黒いハイヤー、そして芸者さんを乗せた人力車の風景など、懐かしい思い出がよみがえります。
 500型の、登場時の復元車両やブエノスアイレス地下鉄の内装状況など、ぜひ見たいものだと思っています。

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