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2017年5月25日 (木)

国立金海博物館で見た子供たち

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韓国文化財庁が、5月16日に、5世紀前後の韓国・新羅時代の王宮の基礎部分から人柱とみられる人骨2体が見つかったと発表しました。
http://www.asahi.com/articles/ASK5K339JK5KUHBI00H.html

発表では、韓国で人柱を考古学的に発見した初めての事例としています。
 人骨が見つかったのは、韓国南東部、慶尚北道慶州(キョンサンプクトキョンジュ)の王宮遺跡である月城(ウォルソン)史跡です。
5世紀前後の、盛り土で造られた西側の城壁の基礎部分に、寄り添うように横たわっていました。人骨は一人は男性、他の一人の性別は確認中とのことです。
 韓国では建物や堤防を造る際に人柱が供されたという言い伝えがありましたが、実際に確認されたのは初めてとのことです。

このニュースに興味を引かれたのは、昨年秋、韓国釜山を旅行した際、慶州歴史地区を訪ねたからです。史上初めて朝鮮半島を統一した新羅の都として発展を遂げたのが慶州で、多くの遺跡が保存されています。
この新羅の歴史に触れたいと、一日、レンタサイクルで歴史地区内を廻り、なかに今回人骨が発見されたという、月城もあったのです。多くの古墳群のある一帯がよく整備された公園になっていて、現在も公園の一部では周囲に囲いを巡らせて発掘が進められていました。

さて、博物館で石器展示を見つめる子供たちの写真(上)は、この新羅の事ではありません。(全ての写真は、クリックすると拡大します)
別の日に訪ねた韓国国立金海博物館でのスナップです。釜山の沙上駅と金海空港駅を経由して加那駅を結ぶ釜山ー金海軽電鉄に乗り、博物館前駅で下車すると行けます。
この国立金海博物館は、朝鮮古代国家の一つとして知られる伽耶文化遺産を集めて展示してあります。
新羅と同時代に存在した事もあった「伽耶」については、説明すると長くなるし、この時代の朝鮮の歴史は複雑で理解しにくいのです。
伽耶の歴史自体も、他の古代国家に比べて歴史記録が残されてなく、伽耶の実体の大部分は、発掘調査などの考古学的方法で発掘した遺跡と遺物を通じて修復したものが多いと書かれています。このようなことから、国内12番目の博物館として、1998年に開館された国立金海博物館は他の国立博物館と違い考古学中心の専門博物館とした特色を持っている博物館になっています。

写真の子供たち、クラスごとなのでしょうか、幾組もの小学校低学年らしいグループが先生に引率されて次々に展示ブースの前に立ちます。
この写真の場所の展示は旧石器です。韓国語で話されているので、わからないのですが、先生の説明が上手なのか、どのグループも皆、じつに熱心に展示品を興味深げに見つめていました。
なにか、ほほえましくも、羨ましいと思いました。小さな子供たちに、こんな環境の場が与えられるなんて。日本ではどうだろうかと考えてしまいました。担任の先生が古代史、考古学展示について、こんなに熱心に長く話せるでしょうか。
そして、この博物館の収蔵物は実にわかり易く展示されているのです。他のたくさんの展示品の中から、石器の展示写真をお見せしましょう。石器が、実際にどのように使われたかが、イラストや模型でで説明されていて、よく理解出来ます。今でこそ、日本でも使用状況がわかる展示が多くなりましたが、僕の子供の頃には、年代重視で石器だけが並べられていても、どんな道具に使われたかを知ることは困難でした。小さな石鏃など、本当に理解不能だったのです。
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博物館全景と正面入口

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