« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »

2016年12月28日 (水)

カジノ法案---スロットマシンを考える

6e3d3478576cd99e_s2韓国の釜山では、宿泊したホテルの近くに、西面地区のシンボル的な高層建物、ロッテホテルがあり、ここにはカジノのがあります。釜山に2か所あるというカジノの一つです。
韓国旅行の初日、旅行中の経費の両替の必要もあり、夜の8時頃カジノの見学がてら覘いてみました。
ホテル2階にあるカジノの入口で、カウンターに立つ、女性係員にパスポートを見せて中に入ります。
韓国にある17ヵ所あるカジノは、江原ランド(カンウォンランド)1か所を除き、他はすべて外国人専用なので、身分証明にパスポートが必要なのです。
中に入り、驚いた事には広い店内に置かれた多数のカードやルーレットテーブルには、全くと言っていいほど客の姿はありません。
これがこの日だけの状況だったのかはわかりませんが。
一台だけカードゲームらしきものをしている台が開いていましたが、何かトラブルが生じてもめていました。
アジア系らしい外人女性グループが、同じテーブルに座る関西弁を話す日本人たちの態度が悪いので、ゲームを続けられないと抗議しているようでした。
閑散とした店内でしたが、入り口横に並んだスロットマシンの前だけには、かなりの数の人達が座っていました。
スロットは、日本でもパチンコ店に置かれ、多くの人が利用していますが、カジノでもカードゲーム以上に人気が高いとのことです。
 日本のパチンコ店のスロットは、パチンコと同じように現金をメダルに変えてゲームし、得たメダルを特殊景品に変え、それを外部の景品換金所で現金に変えるシステムです。
カジノのスロットの場合は、原則、紙幣やコインなどの現金決済で、得た金額ポイントも内部で他のカードゲーム、ルーレットと同じように両替換金まで出来てしまいます。
日本のパチンコ店のような薄暗い路地にある換金所で、何となく後ろめたいような気持ちで換金するのとは違います。ポイントが即金額なので、現金がより身近に感じられるのです。
現金といえば、ずっと昔の事、まだ栂池スキー場に栂池東急山荘があった頃のことです。
ホールに確か2台ほどのスロットマシンが置かれ、なんとメダルではなく硬貨がそのまま使えたのです。後にも先にも、日本でこんなスロットは見たことが有りません。
スキーを終えてくつろぐ夜の時間に、皆が熱中しましたが、10円硬貨がジャラジャラと出てくる興奮度は、メダルの比ではありませんでした。
 さて、カジノ内の両替所で、ややレート良く両替を済ませ、フリードリンクのペプシコーラを飲んでから、ゲームをすることなく、スロットマシンを横目に外に出ました。
ホテルに帰り、考えたのは、日本のカジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備推進法のことです。
政府は施行から1年以内をメドにカジノ解禁に伴う法規制などを定めた実施法案を策定するとしています。
韓国では、韓国人の出入りできる唯一のカジノである江原ランドだけで、他の16ヵ所のカジノの合計入場者数の2倍の入場者数があり、その99パーセントが韓国人で占められているとのことです。
カジノの経済効果と共に、負の面である多くのカジノ依存症になる人たちの事が大きな社会問題になっています。先日、江原ランドカジノ前にずらりと立ち並ぶ質店の映像がテレビで報道されているのを見ました。
日本の場合、どこに何か所くらいカジノが作られ、使用できるのは外国人専用なのか、日本人も入場できるのかなどについては、まだわかりません。
しかし、世論に押されるように依存症対策などを検討するということは、韓国とは異なり、最初から日本人を目的としたカジノ運営を目指しているとしか思えません。
日本には、殊にパチンコと共存する形で、スロットマシンが存在し、年間20兆円以上の売り上げがあります。この金額は売上高で、もちろん返金もありますので、実際には3〜5兆円の市場規模が正しい数字だといわれています。このあたりの事、実はあまり調べておりません。
韓国のカジノの全体の市場規模は3000億円程度なので、斜陽といわれながらも日本のパチスロ業界が、いかに巨額の金を得ているかがわかります。
減少傾向にあると言われながらも、今なお1000万人もの潜在的パチスロ人口の何割程度が、カジノに参加するのかはわかりません。しかし、韓国のカジノや、日本のパチスロ店でスロットマシンに熱中する人達をみると、外国カジノのただ、ボタンを押すだけでつまらないと言われるスロットより、現在のパチスロに近い遊戯性のある、かつ賭博性の強いスロットマシンを置くだろう日本のカジノの解禁を心配せざるを得ません。
カジノ法施行による依存症対策など、なにを今更といった感じで、現在のパチスロでさえ、その依存症が大きな社会問題であるのに、賭博性ではパチスロとは比較にならないカジノスロットが、日本のパチスロ愛好者をターゲットにしていること自体、依存症患者を取り込むことに他ならないのです。

| | コメント (2)

2016年12月14日 (水)

沖縄のオスプレイは不時着ではなく墜落が正しい

730x420415f3fcc00abc051220e335396fd


「沖縄でオスプレイが不時着」
今朝のNHKニュース映像を見て、これは「不時着」ではなく、「墜落」だと思いました。
NHKニュース制作スタッフは、間違っています。確信犯的に誤訳?しています。
Iwj2bsjxwzcqgupjnolcrq9uqkydyasymkw
航空機の墜落は、Crash 不時着は、Forced landing です。

Eh9iiwpxwzbef6jpdwtrvvcmp0cr6ypl4px

左の2枚の写真を見て、これをオスプレィMV22B(一番上の写真)の不時着と思う日本人はいないでしょう。
墜落!機体大破、残骸散乱と見出しをつけてもおかしくない状況です。
英文ニュースサイトでは、
米軍準機関紙STARS AND STRIPES(星条旗新聞)や、保守系メディアも含めて、どこもはっきりCrasheだと報道しています。
米軍はオスプレィに関して、極端に墜落と報道されるのを嫌い、過去、オスプレィの事故を不時着と発表することが多いにも関わらずです。
同じ時間帯のニュースで、安倍首相とロシア大統領との会談について、あの桜井よしこさん似の政治部解説委員の岩田明子さんが、政府広報官のような解説をしていましたが、いつもの安倍さんよいしょのお話だと思えば、それが今のNHKだからと、諦めもつきますが、オスプレイの墜落報道はいけません。
これは、意識的に誤った報道をしていて、小学生が見たらこれを不時着と呼ぶのだと思ってしまいます。
報道側の目で見て、状況を正しく判断してください。
戦闘を衝突、戦争を事変、敗走を転進、全滅を玉砕と報道してはいけません。「政府が右というものを左と言うわけにはいかない」とのたまう、あなた方のボスは間もなく任を解かれて去ります。少し、自由な報道姿勢に戻りなさい。
参考までに英文ニュースの一部を、コピーしておきます。もう少し知りたいと思う方はOsprey Crasheと検索してみてください。報道がたくさんあります。どこも見出しはCrasheと
つけています。
尚、墜落したオスプレィMV22Bは、沖縄の第3海兵遠征軍所属、第1海兵航空団の第36海兵航空部の航空機です。胴体横に竜06と書かれていますが、横田基地にも飛来したことがある、ドラゴン06機(機体番号8027)と見られます。
搭乗員5名は沖縄のキャンプ・フォスター海軍病院に収容され、うち2名は負傷しているが3名は軽傷と報道されています。負傷と報道された2名のうち、1名は足の骨折、他の一命は全身打撲によるダメージが大きいようで、こちらのほうが重傷です。
Osprey crashes near Okinawa, crew members rescued

By: Jeff Schogol,  December 13, 2016 (Photo Credit: Lance Cpl. Jorge A. Rosales/Marine Corps)

An MV-22B Osprey crashed in shallow water off Okinawa, Japan, on Tuesday, the latest in a series of Marine aviation mishaps.

All five crew members aboard the Osprey were rescued by the Air Force’s 33 rd Rescue Squadron at Kadena Air Base, Okinawa, III Marine Expeditionary Force announced.

The crew members were being treated at the United States Naval Hospital at Camp Foster, according to a III MEF news release, which did not specify the severity of their injuries. They are with Marine Aircraft Group 36, 1 st Marine Aircraft Wing.

| | コメント (2)

2016年12月 3日 (土)

東京ステーションギャラリーの階段---高倉 健追悼特別展にて

Dsc01565_1024
Dsc01572_1024

Dsc01558_1024東京駅北口の「東京ステーションギャラリー」で開催されている「高倉 健追悼特別展」に、高倉 健のファンであるかみさんに誘われて行ってきました。
この展示会は俳優、高倉健の三回忌を迎えるのを期に計画されたようで、彼が生涯に出演した映画全205本からの抜粋映像(動画)と、台本、スチール写真、ポスター、小道具などが展示されています。
ともかく展示会場に入ると、幾つもの部屋の周囲すべての壁に、合計30台もの大型モニター、プロジェクターが設置され、これでもかとばかり高倉健のスクリーン姿が写しだされています。
健さんの出演シーンの抜粋映像ですから、部屋中、どちらを向いても、健さん、健さんです。共演の俳優さんたちの懐かしい、あの顔、この顔も映し出されます。
映像は彼の初出演作から、晩年の作品まで、時代ごとに、「東映時代初期」・「東映時代中期」・「東映時代後期」・「独立時代前期」・「独立時代中期」・「独立時代後期」と分類され、説明文と共に、それぞれの時代の出演作品が、次々とモニターに登場します。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201611_takakuraken.html
会場には、全ての映像を見るには、約2時間必要と書かれているとおり、205本という膨大な出演作品の多さに改めて驚かされます。
一度にこれだけの映像を見る機会を与えられた高倉健ファンの方には、たまらない展示会でしょうし、また、古いフィルムをデジタル修復したりして、作品展示にこぎつけたスタッフの並々ならぬ努力にも敬服させられる展示会です。
かみさんほどには、高倉健さんに思い入れが無い僕は、さすがにこの映像展示に飽きて、横尾忠則さんのポスター作品などを見た後、ステーションギャラリーの廻り階段をじっくりと見て回りました。
訪れる機会がなかったステーションギャラリーなので、今まで写真でしか見たことがなかったこの古い煉瓦構造を生かした階段部分を是非見たかったのです。
東京駅が竣工したのが1914年(大正3年)です。鉄筋煉瓦造作りの構造体に使用された煉瓦は、深谷の「日本煉瓦製造」のホフマン窯で焼かれました。
その創建当時の煉瓦が、この八角形の階段の壁に残されています。煉瓦は白い漆喰で上塗りされていましたが、それを落として煉瓦表面が現れています。ところどころに木れんがが使われていましたが、戦災で黒く焼け焦げた状態のままを見ることができます。木製床とガラスの手すり壁が古い煉瓦壁と調和した、美しい階段です。
いつもの癖で、日本煉瓦製造製を示す煉瓦の刻印を探しましたが、残念ながら見つけることが出来ませんでした。

Dsc01566_1024

Dsc01563_1024

Dsc01564_1024

Dsc01574_1024_2

| | コメント (0)

« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »