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2016年11月29日 (火)

釜山、慶州へ その2

Dsc01557_102411月15日
「海雲台、海東龍宮寺そして機張へ」
今日は先ず海雲台(ヘウンデ)を目指して、ホテルから地下鉄西面駅に向かいます。
昨日歩いているので迷うことはありません。高層のロッテホテルが目の前に聳え立っています。
歩いていて気付いたのは、若い人たちの足元が、特に女性では服装にかかわらず、ほとんどと言ってよいくらいスニーカーを履いていることです。これは昨日の空港からの地下鉄車内でもそうでした。そのためでしょうか、日本の若者と比べると歩く姿勢が良いなと感じました。

地下鉄には、昨日コンビニで購入したT-moneyカードを使用します。日本のSuicaと同じように現金をチャージして使う交通カードです。(写真上)
コンビニで購入する際にカード代約250円が必要です。使用終了後チャージの残金があれば、コンビニで払い戻してくれます。この際、手数料が約50円かかります。使用済みカードは購入者が持ち帰れます。このカードについては下記のページに詳しく書かれています。
http://www.konest.com/contents/traffic_info_detail.html?id=1259
地下鉄の改札で、日本と異なるのは、回転する3本の金属バーを押し下げて通過することで、最初はT-moneyカードのパネルタッチとのタイミングが合わず、ぎこちなかったのですが、すぐに慣れることが出来ました。
それより釜山で一番困ったのが、駅やバス停などの案内表示がほとんどハングル文字で書かれていて、漢字、英文表記が少ないことでした。これには電車の行く先など、ホームではかなり迷わされました。
地下鉄駅入口には、「Shelter」と書かれた表示があり、駅構内の通路の壁に埋め込まれたガラス箱の中に、防毒マスクが入っているのが見えました。Shelter(応急避難所)やガスマスクから、北朝鮮といまだ休戦状態のままである韓国の置かれた立場を思い知らされました。

西面駅から、地下鉄1号線に乗り釜山駅まで行き、駅前広場のアリランホテル前から「シティツアーバスレッドライン」に乗る予定です。
シテイツアーバスは、主要観光地を巡る観光客向けのバスで、レッドライン、ブルーライン、グリーンラインの3路線があります。チケットを購入すると、乗り降り自由で観光地を回ることができます。下記のページに詳しく書かれています
http://www.pusannavi.com/miru/1204/   

さほど混むことなく、釜山駅停留所発9時30分の、2階建てのオープントップバスに乗ることが出来て、海雲台に向けて出発です。2階の座席はほぼ満席の状態でした。(写真左1枚目)
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バスは釜山大橋、釜山港大橋と二つの巨大橋を渡り、釜山港の海沿いを走り、高層ビルの間を抜けて行きます。(小さい写真3枚)
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35分ほどの乗車で、海雲台海水浴場停留所に到着。
海雲台海水浴場は、韓国を代表する人気のビーチリゾートで、夏は砂浜いっぱいにビーチパラソルの花が咲いたような光景が出現します。世界一パラソルの多い海水浴場として、ギネスにも登録されているそうです。
さすがに11月半ばですから、砂浜に人影も少なく、全長2kmもあるという静かな白い砂浜がどこまでも続いています。砂浜のはるか向こうには、高層ビル群が聳えて、日本の海水浴場では見られない光景です。(写真左2枚目)
Dsc01375_1024写真を撮った海岸横でも、高さ400mという高層ビル3棟の建設が始まっていました。


砂浜沿いの遊歩道を海を見ながらゆっくり歩き、調べておいた足湯にも入ることが出来ました。
昼食は、海岸から少し歩いて、牛焼肉の店「ソムンナンアムソカルビチッ」でカルビを食べました。1964年創業だという釜山の有名店でもあるこの店は、古い両班の邸宅を改装した作りで、立派な長屋門を持ち風格があります。(写真左3枚目)客は、靴を脱いで個室に上がります。炭火で焼いてくれるカルビは、柔らかく美味でした。
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釜山旅行で食事した店の従業員の接客態度を見ると、気持ちよく客をもてなそうという感じはなく、概して荒っぽいと思ったほうがよさそうです。
高級店と言われるこの店でも、他の卓の客には付けさせているエプロンを出さなかったり、給仕全体もかなり乱暴で、日本では考えられない応対ぶりでした。
でも、日本と比べるからで、これが普通なのだと思えば、そう気になる事ではありません。しいて言うなら、他の飲食店でも感じたこの応対の粗さ、そっけなさが、客が日本人だからなのか、そのあたりは、店により差もあり、短い滞在ではわかりませんでした。ちなみに、ホテル、案内所、交通機関、博物館などのスタッフの対応は、親切で気持ちの良いものでしたから。
食事後、店からバス停まで歩いてシティツアーバスのブルーラインに乗り、約約30分程で、「水産科学館・海東龍宮寺」停留所に着きました。
http://www.konest.com/contents/spot_mise_detail.html?id=2239
停留所近くにある水産科学館には寄らずに。竜宮寺の参拝と見学を行いました。
龍宮寺については、上のページに詳しく書かれているので、省略します。
海沿いの寺というのも珍しく、景色も良いので多くの観光客が来ていましたが、観音信仰の聖地として信仰の対象にもなっているようです。(写真左4枚目、5枚目)
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龍宮寺にお参りしてから、タクシーで20分ほどの機張に行きました。目的はかに料理を食べることです。
道路にはカニの専門店がずらりと並び、店頭のガラスケースには、カニが折り重なるように入っています。一軒の店で、生きた大きなタラバガニを選んで値段交渉し、店に入って席に着くと、しばらくして蒸されたカニが皿いっぱいに盛られて出てきました。ともかく大きい。味は淡泊ながら、当分、カニはいいねと思うくらい、実に食べごたえがありました。
料理する前に写真を撮っておけばよかったのですが、気付いたのは食べ終わってからでした。
カニを堪能して、今日の予定をすべて終わり、電車の東海南部線、機張駅まで行きましたが、なんと次の電車は2時間後しかありません。

Dsc01389_1024それではバスにしようかと思いましたが、バス停がよくわかりません。
駅前の案内書で聞いたバス停も工事中で、停留所名はおろか、行く先表示など一切付けられていません。海雲台方面に行くバスはいくら待っても来ないので、やむを得ずタクシーで地下鉄海雲台駅まで戻りました。タクシーで点から点を結ぶような移動をしてしまうと、旅の楽しさが半減してしまうので、なるべくタクシーは使わないようにしています。

タクシーで40分ほどかかりましたが、代金はなんと1500円。信じられないほど、韓国のタクシー料金は安いのです。海雲台駅から地下鉄2号線で西面駅に戻り今日の旅を終りました。Dscn0151_1024

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2016年11月24日 (木)

ニュータウン秋色そして冬景色へ

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秋も深まり、ニュータウンの紅葉が見頃だとお伝えしようと、昨日、自宅周辺で写真を撮りました。
一夜明けたら、なんと冬の景色に変わってしまいました。(上の写真2枚、自宅ベランダから)
(下の写真2枚、自宅横の大銀杏)

我が家の外部寒暖計は、午前11時で氷点下2度を指しています。
庭にきれいに咲いていた菊の花が、雪の重みで枝が垂れてしまい、中には折れてしまったものもあります。雪を払い、支柱に結んで花を助ける作業をしました。

Dsc01528_1024_311月の都内の初雪は54年ぶりとか。54年前とは、1962年(昭和37年)です。
11月の22日、この日、雪は積もらなかったそうで、まったく記憶にありません。
1962年をちょっと調べてみると、ケネディ大統領のキューバ危機回避、堀江謙一さんのヨットによる世界初単独太平洋横断、この冬は、あの38年豪雪になり、東北で孤立する集落が続出しました。
歌謡曲のヒットランキングは1位 いつでも夢を 橋幸夫・吉永小百合
2位 琵琶湖周航の歌 ペギー葉山
3位 山男の歌 ダーク・ダックス
となっています。
うーん、やはり、遠い昔の事ですね。

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この秋、初めて氷点下を指した寒暖計。

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2016年11月22日 (火)

韓国釜山、慶州へ

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2016年11月14日~18日

韓国の釜山、慶州に旅行しました。(上写真は龍頭山公園の釜山タワーからみた釜山市内。高層建築の多いのには驚きました)
隣国の韓国は、「近くて遠い国」と言われます。地図を見れば確かに近い国です。
そう、2万年以上前には、朝鮮半島とは陸続きだった時代もあったのです。
 成田からエアープサンの13時55分発 DX111便に乗り、16時15分には釜山の金海国際空港に到着しました。
エアープサンはLCCながら、2時間ちょっとの短い飛行時間でも機内で軽食(ピラフ)が出ました。
それを食べ終わったら、もう到着といった感じでしたが、それでも僕にとっては、今まで訪れたことのない遠い隣国でした。
 おりしも、朴槿恵大統領の友人による国政介入疑惑で揺れ動いている韓国ですが、報道されているソウル市の100万人デモに見られるような状況は、旅行中の釜山、慶州では全く見られませんでした。
ホテルで見るテレビ、新聞では連日、大きく報道されていましたが、街中での抗議活動らしい光景は、慶州駅で高校生らしいグループが、地下鉄の西面駅頭では女性たちが署名活動をしていたのを見たのが唯一のもので、町に政治色は感じられませんでした。
 海外への旅行先として、一度は訪れたいと思っていた韓国ですが、躊躇していたのはやはり韓国が日本の植民地であった時代に生まれた者として、韓国の人達に対して、のんびり観光旅行をする後ろめたさがあったからです。
この思いは、アジアの旅では常に付きまといます。
シンガポール、台湾、タイ、マレーシア、訪れたそれぞれの国で、戦前、戦中の日本軍による統治が国民に与えた苦痛を思い知らされる施設、展示を目にすることは少なくありません。
しかし、年齢的にも海外へ出られる機会は少なくなるだろうとの思いから、一度は訪れておくべき場所として、家族での韓国への旅行を決めました。

Dsc01365_1024到着した金海国際空港の国際線建物は10年程前に新たに建設されたそうで、韓国第二の都市の空港として想像していたより規模は小さいながら、コンパクトで機能的に設計された美しい空港でした。入国審査カウンターは空いていて、何の問題もなく、簡単にパスできました。
 空港から、宿泊する西面のアーバンホテルまで行くには、シャトルバス利用が便利なのですが、あえて電車、地下鉄を使うことにしました。僕たちはバスより電車に乗るのが好きなのです。
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釜山金海軽電鉄(写真右)
で金海空港駅から8分程の乗車で、沙上駅まで行き、地下鉄1号線に乗り換えて西面駅に到着です。約25分程かかりました。
釜山金海軽電鉄は、2011年の9月に開通した沙上駅から加那大学駅間22.6kmを走る電車です。2両編成で、一見モノレールのように見えます。無人の自動運転です。この鉄道が出来たおかげで、それまでバス便かタクシーしか無かった空港へのアクセスが便利になりました。でも、乗り換えなどの手間を嫌うのか、空港駅からの乗客は数えるほどで、2両しかない車内はガラガラでした。
 西面駅から徒歩7分程の場所にあるアーバンホテルは、繁華街の中心にある地の利の良いホテルです。
チェックイン後、夕食はホテル付近の屋台を廻って食べようと夜の街に出てみました。
西面は、南浦洞に次ぐ釜山第二の繁華街です。さすがに人出も多く、賑わい、活気に溢れた街です。初めての韓国の街を歩き、路地裏の屋台を巡りました。
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まず、おでんコロッケなるものを食べてみました。(写真左1枚目)
揚げ色、形は日本のコロッケのように見えますが、味、食感はさつま揚げに似た感じで、この中に6種類の違った具が詰まっている、先ず今までに食べたことは無い味でした。でも、なかなかの美味でした。
そのあと、別の屋台で、トッポギ、チジミ、もちおでんなどを食べ、十分満足してホテルに戻り、韓国での旅の初日を終えました。
今夜の屋台から、韓国の食べ物は総じて、辛いことがよくわかりました。
明日は、海雲台から龍宮寺そして機張に行きます。

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(写真左5枚目)これもホテルに戻る途中、別の屋台で買った韓国風海苔巻き「キンパッ」。残念ながら、日本の海苔巻きに比べたら旨くなかった。ビールは、韓国のOBビール。ハイトビールと共に、韓国二大ビールメーカーの一つ。コンビニでは、日本製のビールも同じくらいの量が陳列されている。ただ、韓国ビールが安い。

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2016年11月14日 (月)

私たちの誓い---曹洞宗寺院にて

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親族の13回忌供養が、曹洞宗の寺院でおこなわれました。参列し帰り際に控室の壁を見ると、写真のような張り紙がありました。
文は曹洞宗の信仰の誓いの一部を易しく書かれたもののようです。僕は曹洞宗徒ではありませんが、住職の講話の後でもあり、心に響く文章でした。

一、私たちは みほとけの とも生きの教えを自覚し いじめや差別のない社会をめざして 人権の擁護と確立に努めます

二、私たちは ひとりびとりの命の尊さを自覚し 戦争のない平和な世界の実現に努めます

三、私たちは 大自然のなかに生かされていることを自覚し すべてのものにやさしさを持って生きることに努めます

誓いの文章を読み返しながら、米国の大統領選挙で当選が確定したトランプ氏に対するドイツのメルケル首相の記者会見での呼びかけの言葉を思い出していました。

「ドイツと米国は民主主義や自由、出身や肌の色とは関係ない人間の尊厳という価値を共有している。こうした価値に基づき、緊密に協力していきたい」

一方、安倍首相の談話と言えば。
「トランプ候補が次期米国大統領に選出されたことに、心からお祝いを申し上げます。日米同盟は普遍的価値で結ばれた揺るぎない同盟です。その絆をさらに強固なものにしていきたいと思います」

安倍首相は17日には渡米して、トランプ氏との会談するとか。
トランプ氏の選挙中の発言を受けて、日米間の関係を見直す良い機会にしたいなどと伝えることは決してないでしょう。
内容は多分こんなことでしょう。
日本にとって米軍の撤退などはあり得ないことを強調し、改めて日米同盟の前進と、米国に対する軍事協力を伝え、予算面でも日本側の負担増大に含みを持たせるような話し合いになるだろうと想定します。

Dsc00059_1024日本とドイツを思うとき、以前一人で訪ねたミュンヘン大学の「白バラ記念館」の小さな部屋の事を思い出します。
「ナチス」に対する白バラ抵抗運動により、断頭台に散った若い学生たち。
彼らが裁かれた法律的解釈などの議論を越えて、僕は当日、同じ時間に記念館を訪れていた人達から、学生たちへの尊敬と共感を感じ取ることが出来ました。
この大学構内にある記念館には、学生に限らず今でも多くの人達が訪れるのです。

かたや日本では、戦時中、軍部に反対して投獄され、虐殺された人たちに対して、白バラ記念館と同じ反権力への抵抗を、共感できる場所があるのだろうかと考えてしまうのです。
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2016年11月 7日 (月)

ふくしまの土津神社の紅葉

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土津(はにつ)神社

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西吾妻山に登った翌日、友人が案内してくれた「ふくしまの隠れ紅葉」の神社です。
土津と書いてハニツと読むそうです。僕は読めませんでした。
会津藩主松平氏の祖である保科正之公が祭られています。
土津神社は、神殿、回廊など奥日光、または東北の日光といわれるほど荘厳壮麗でしたが、明治の戊辰の兵火で、神殿はことごとく焼失したそうです。現在の社殿は明治13年7月に造営されたと書かれていました。
紅葉には少し早かったようですが、それでも境内の木々が淡い朱色に染まっていました。観光客は少なかったのですが、それでも福島の隠れ紅葉8か所を巡るというバスツアーの人達が紅葉狩りを楽しんでいました。

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2016年11月 6日 (日)

西吾妻山へ---紅葉と初冠雪の山々

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11月2日(水)
福島県の西吾妻山(2035m)に登ってきました。
天候に恵まれ、友人二人との初冠雪の景色も見られた素晴らしい山行ができました。
(写真上--西大巓(にしだいてん)から、西吾妻山を目指す友人二人。前方の針葉樹林帯が白く冠雪している)(写真は全てクリックすると拡大します)
この山は日本百名山の一峰ですが、東北地方の名だたる他の百名山に比べると、あまり知られた山ではありません。
深田久弥氏の著書「日本百名山」の20番
吾妻山」には、次のように書かれています。

「一口に吾妻山と呼んでも、これほど茫漠としてつかみどころのない山もあるまい。
福島と山形の両県にまたがる大きな山群で、人はよく吾妻山に行ってきたというが、それは大ていこの山群のほんの一部に過ぎない。この山群には一頭地を抜いた代表的な峰がない。それでいて、東北では貴重な 千九百米以上の高さを持つ峰が、十座近くも群がっている。
しかもそれらの峰がいずれもずんぐりとした形で、顕著な目じるしがないので、遠くからこの山群を望んで、どれがどの峰かにわかに識別しがたいほどである。(途中略)
総称の吾妻山は非常に広範囲で、その最高峰は
西吾妻山である。山群中唯一の二千米峰であるが、近隣の峰々がそれに近い高度を持っているので、飛び抜けて主峰という感じはしない。」

この記述から、深田氏は最高峰は西吾妻山としても、百名山に選んだのは
「吾妻連峰群」を指しているのです。本の挿入写真には、大きな噴火口のある吾妻小富士が選ばれています。
吾妻小富士(1,707m)は、磐梯吾妻スカイラインの浄土平駐車場から、観光客も楽に登れる道がついているので、バス旅行で登った人も多いでしょう。

西吾妻山への登山路は、幾つかあります。
もっとも楽に登れるのは、山形県側
の天元台スキー場のリフトを乗り継いで行くルートですが、今回は福島県側のグランデコスキー場のゴンドラリフトを利用して、最高峰2035mを目指しました
ところで、深田氏の「日本百名山」では、「吾妻山」は標高は2,024mとされています。現在、国土地理院の地図では最高峰は2,035mなので、この違いはなんだろうと調べてみたのですが、残念ながら資料が見つからず、わかりませんでした。

朝8時30分から運行を開始したグランデコリゾートのパノラマゴンドラに乗り、約15分で山頂駅へ。ゴンドラから見えるカラマツの黄葉が見事です。
ゴンドラ山頂駅付近に広がるデコ平湿原は、多くの高山植物が見られるところで、驚異の2000km飛翔をするアサギマダラの生息地としても知られています。小さな蝶がここから石垣島や、遠く台湾にまで飛んでゆくのです。
山頂駅を出て、スキー場の広い斜面をジグザグに少し登ると、右方向に
西大巓登山道の茶色の標識がありました。このあたりもカラマツ林が黄色く染まっています。
9時40分、スキー場から登山道に入りました。
ゴンドラ利用が出来る登山路として、少し安易に考えていましたが、このコース、道の整備がほとんどされておらず、木の根とゴロゴロした岩の間の登りが連続します。
道を迷うことはないのですが、一般登山道としては
難路といったほうがよい急坂が続きます。ただ、ひたすら、原生林の中を西大巓を目指します。
大きな霜柱と、うっすらと積もった雪で、道はぬかるんでいます。登り続けて約1時間半ほどで西大巓山頂近くに到りました。
付近の木々には雪が積もり、崖状の斜面からは、大きなつららが下がって冬景色のようです。
このあたりから、眺望が望めるようになりました。西大巓から西吾妻山方面、そして振り返ると檜原湖、秋元湖、そして磐梯山が大きく見えます。
11時25分、最後の急な登りで西大巓山頂に飛び出しました。そこには青空のもと、大眺望が待っていました。
目の前には、最高峰の西吾妻山に到る登山道がはっきり見えます。鞍部に向けて一度下り、そこから緩やかな登り道が山頂方向に向かっています。ここから、約一時間ほどの登りで山頂です。
明るく開けた稜線は、西大巓までより、ずっと歩きやすい登山道になりました。稜線より少し下の山腹を巻くように進むので、北風も防いでくれます。
せっかく登ったのに下るのかと、友人が嘆きます。それでも素晴らしい雪景色を眺めながら鞍部まで下り、見た目よりかなりきつい登りを終え平坦な道を少し歩くと、12時50分、西吾妻小屋がある分岐に出ました。小屋に寄り、扉を開けて中を覗くと、1,2階で数十人は宿泊できそうな立派な避難小屋でした。
この分岐の少し先に、白布温泉への登山道があります。
さあ、山頂まであと15分、あたりの針葉樹に雪が付き、樹氷のようになっています。このあたり、冬は樹氷原になる場所です。
青空とのコントラストが美しく、友人たちと登ってきた甲斐があったと喜び合います。
また、樹林帯の登りで、13時5分、これが山頂かと驚く場所にでました。
広さ6畳ほどの空間が樹林の中にあって、山頂を示す道標以外何も無く、また、木々に囲まれて展望も望めません。深田氏は、山頂は背の低いオオシラビソが生えていたと書いていますが、あたりは木々が成長して眺望がきかなくなったのでしょうか。
苦労して山頂に立っても、まったく眺望の望めない山は結構あります。
日本200名山に選ばれている奥秩父の白石山(和名倉山)や、静岡県の大無限山なども、長時間のきつい登りの末にたどり着いたのは、樹林の中の空地のような場所でした。

さあ、写真を撮ったら、眺望の全くない山頂に別れを告げて、往路を戻ります。
ゴンドラの運行は16時で終わります。それまでに戻らないと、スキー場のゲレンデ横の道を歩いて下山しなければなりません。
西大巓からは、滑りやすい木の根と、沢のような岩だらけの登山道の急な下りに、疲れがどっと出る感じでしたが、なんとか、15時30分、ゴンドラ山頂駅に戻ることが出来て、無事6時間の行程で西吾妻山登山を終わらせました。
山で出会った登山者は、二組4人だけでした。ザックに付けた熊よけ鈴のチリーンと響く音だけが聞こえる静かな山行が出来ました。
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