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2016年8月28日 (日)

台風10号の進路予測

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(8月28日18時の気象庁発表の台風10号進路予測)

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(JTWCホームページに発表された進路予測)
(画像はクリックすると拡大します)
気象庁は、台風10号の予想進路について、関東地方上陸の可能性もあるとしてきましたが、最新情報では、もう少し北上し、東北地方上陸の進路を取るだろうと修正しています。
JTWC(米軍合同台風警報センター)でも、台風情報を発表していますが、こちらは当初から東北地方の牡鹿半島付近を台風上陸地点としてきました。
JTWCの予報と、気象庁の最新情報と比較すると、どうやらほとんど同じ進路を取るようです。
実は過去の台風進路予測を見ても、JTWCの進路予測は、かなり正確なのです。
JTWCの観測体制、情報収集等については、よくわかりませんが、迷走台風などの場合、気象庁予測と比べるてみると、役立ちます。
台風10号は、香港提案のLIONROCK(ライオンロック)という名がつけられています。香港の山の名前だそうです。いかにも強そうな名前ですが、悪いことに福島原発直撃の可能性もあります。
〇先の台風9号で、東京電力は次のような発表をしております。
「東京電力は22日、台風9号による降雨の影響で、福島第1原発の護岸に設置された井戸から汚染地下水が地上にあふれ、港湾内に流出する恐れがあると発表した」
地下水があふれ出ないよう、東電は護岸に設置された五つの井戸「地下水ドレンなどから、断続的に地下水をくみ上げている。東電によると、22日午後4時50分現在、海抜約4メートルの護岸地上に対し、観測用井戸で測定された地下水位は約3メートル50で余裕は約50センチしかなかった。

東電が国費350億円を使った、凍土壁工事による地下水流入阻止は、事実上失敗に終わりました。
凍結しなかった幅約20m~25m
の土壌から、通常でも集中的に地下水が流入しています。その量は凍土壁工事以前と変わらないと東電から発表されています。すなわち、周りの地下水が、弱い部分に集中しています。それが台風による雨量増大で、地下水は一気に増して、原発建物地下部分に流入するでしょう。
海寄りの護岸部分では、上記の台風9号以上に、汚染地下水が港湾内に流出することでしょう。港湾内と発表されますが、福島原発港湾内の海水は、常に外洋と入れ替わっているのです。すなわち汚染水が概要に流れ出す量が、格段に増大するということです。
福島原発では、台風10号に備えて、懸命の対策が行われているようですが、現場では、もう、打つ手がないと悲壮感が漂っているとも、建設会社担当者から漏れ伝わってきます。
ライオンが暴れないことを、祈るばかりです。

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2016年8月27日 (土)

「三陸沖、宮城県沖地震」の続き

 8月22日のブログで、8月20日〜22日にかけて、東北地方の三陸沖、宮城県沖でマグニチュード5以上の地震が連続して発生していることを書きました。
この地震が今後も続くようであれば、危険な前兆ではないかとの思いで、発生している地震の気象庁発表記録を時系列で掲載しました。
幸いなことに、記録の最後に発生した
2016年8月22日(月)  15時11分頃   宮城県沖 M5.2   最大震度 3 以後は、24日、25日にそれぞれ一回の地震が発生されただけで、この連続地震は一応、収束したかのようにみえます。
2016年8月25日 10時1分頃 宮城県沖 M3.8  最大震度1
2016年8月24日 5時35分頃 宮城県沖 M3.8  最大震度1

なぜ、今回のマグニチュード5以上の地震の連続発生を心配したかというと、東方地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生した2011年(平成23年)3月11日14時46分以前の二日間に、前震と思われる大きな地震が連続発生していました。
後から検証すれば、明らかに異常事態と思われる現象だったのですが、気象庁からは何の注意喚起も行われませんでした。
そういったことが論議出来る体制も組まれていませんでしたし、社会的不安を煽るといったことから、公的な地震予見はタブーとされてきたのです。
東日本大震災発生直前までに発生した地震

2011年3月11日 14時46分ごろ  三陸沖 9.0 最大震度7(東日本大震災)
2011年3月11日  7時44分頃  三陸沖 M4.8
2011年3月11日  6時50分頃  三陸沖 M4.5
2011年3月11日  3時14分頃  宮城県北部 M3.5
2011年3月11日  1時55分頃  三陸沖 M5.3
2011年3月10日 20時30分頃 三陸沖 M4.5
2011年3月10日 20時21分頃 三陸沖 M5.1
2011年3月10日 18時02分頃 三陸沖 M5.2
2011年3月10日 17時59分頃 三陸沖 M4.7
2011年3月10日 17時08分頃 三陸沖 M5.7
2011年3月10日 10時20分頃 三陸沖 M4.7
2011年3月10日  8時58分頃  三陸沖 M4.8
2011年3月10日  8時37分頃  三陸沖 M5.1
2011年3月10日  6時24分頃  三陸沖 M6.6
2011年3月10日  6時01分頃  三陸沖 M4.8
2011年3月10日  3時45分頃  三陸沖 M6.1
2011年3月10日  3時16分頃  三陸沖 M6.2
2011年3月10日  1時59分頃  三陸沖 M4.7
2011年3月 9日 23時24分頃  三陸沖 M4.6
2011年3月 9日 21時03分頃  三陸沖 M4.6
2011年3月 9日 20時28分頃  三陸沖 M5.2
2011年3月 9日 19時13分頃  三陸沖 M4.7
2011年3月 9日 17時55分頃  三陸沖 M4.6
2011年3月 9日 17時02分頃  三陸沖 M5.2
2011年3月 9日 16時56分頃  三陸沖 M5.0
2011年3月 9日 16時14分頃  三陸沖 M4.8
2011年3月 9日 15時25分頃  三陸沖 M5.1
2011年3月 9日 15時14分頃  三陸沖 M4.7
2011年3月 9日 15時12分頃  三陸沖 M4.6
2011年3月 9日 13時46分頃  三陸沖 M5.1
2011年3月 9日 13時37分頃  三陸沖 M6.1
2011年3月 9日 13時32分頃  三陸沖 M5.1
2011年3月 9日 13時06分頃  三陸沖 M5.5
2011年3月 9日 12時19分頃  三陸沖 M5.3
2011年3月 9日 12時08分頃  三陸沖 M5.9
2011年3月 9日 12時02分頃  三陸沖 M5.2
2011年3月 9日 11時57分頃  三陸沖 M6.3
2011年3月 9日 11時45分頃  三陸沖 M7.2 最大震度 5弱

しかしです。
政府、気象庁、地方自治体は、これだけの群発地震が発生している状況を、なんらかの方法で危険信号として国民に知らしめる方策を取れなかったのか。注意喚起ができなかったのか。
そして大津波の可能性を広報出来なかったのか。
地震発生後の津波警報の予想津波高さと、実際に襲ってきた津波のあまりの大きさの差が、多くの人命を奪った現実を見るにつけ、残念でなりません。
そんななか、退任した河野太郎国務大臣(防災担当)が、自身が進めてきた防災4.0を語る中で、地震の予見に対して積極的な姿勢が見られることで、今後の展望に少し明るさも見えるのではないかと思ったりしています。

河野太郎議員は次のように述べています。
防災4.0を受けて、全世界を対象に、地震予見コンテストというのをやろうということを考えておりました。

地震の予見ができれば、賞金総額1億円ぐらい出してもいいのではないか。

まだスポンサーを探しているところで、発表するには至りませんでしたが、と言いながら今言っていますが、是非、今までの専門家と違う視点で地震の予見というのができれば、我が国の防災には非常に資するのではないか。

 

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2016年8月22日 (月)

三陸沖、宮城県沖の地震が多い

 「追記」23時40分
また、鳥島近海で地震が発生したようです。
2016年8月22日(月) 18時33分頃  鳥島近海 M5.7   最大震度 1
追記終わり

このところ、テレビでリオデジャネイロオリンピック競技を見続けてしまいました。
リオの地球の裏側、東京はまさに猛暑と台風襲来の季節。
ここ志木市でも、ブログを書いている今、防災無線で洪水の避難勧告が解除されたと伝えています。洪水、そう東京は暑さと、台風だけでなく、荒川氾濫の危険性まであるのです。
はたして2020年の東京でのオリンピック開催は、この悪条件をどう克服できるでしょうか。天運にすがるしかないのでしょうか。
そして、当初予算の5倍にも6倍にも膨れ上がりそうなオリンピック開催費用。
閉会式での小池都知事のオリンピック旗を振る嬉しそうな顔と、土管の中からマリオの衣装で現れた安倍総理の満足そうな顔。おいおい、あなたたち大丈夫かよと思わずつぶやいてしまう僕でした。

ところで、オリンピックの過熱報道の影で、あまり報道されませんがこのところ、不気味な地震が発生しています。
一昨日から今日まで、東北地方の三陸沖、宮城県沖でマグニチュード5を超える不気味な地震が連続して発生していたのです。
始まりは20日(土)の14時14分頃   三陸沖 M5.3でした。それから今日の15時11分頃   宮城県沖 M5.2まで、 8回の地震が発生しています。
最近、東北地方の地盤が南東方向に大きく変位しているようで、合わせて、伊豆諸島、小笠原諸島の変位も大きいと伝えられています。
この地震、明日以降も続くようだと、不気味です。その場合、僕は警戒態勢に入ります。
「発生している地震」
2016年8月22日(月)  15時11分頃   宮城県沖 M5.2   最大震度 3
2016年8月22日 (月) 13時48分頃  千葉県東方沖 M3.4        1
2016年8月22日(月)  13時48分頃   三陸沖 M5.2            2
2016年8月21日(日)  21時49分頃   三陸沖 M5.1                          2
2016年8月21日(日)  21時46分頃   父島近海 M5.0                       1
2016年8月21日(日)    1時28分頃    三陸沖 M5.2                          1
2016年8月21日(日)    1時10分頃    三陸沖 M5.5                          2
2016年8月21日(日)    0時58分頃    三陸沖 M5.9                           3
2016年8月20日(土)  18時  1分頃   三陸沖 M6.0                          3
2016年8月20日(土)    14時14分頃    三陸沖 M5.3                       3

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2016年8月15日 (月)

ハイイロチョッキリにどんぐりが枝ごと切り落とされていた---西原斜面林

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 8月14日(日)
エコシテイ志木による西原斜面林の手入れ作業に参加しました。
いつもの公園の清掃、樹木の手入れなどに、昨日はボランティア活動として志木二中、宗岡中の中学生4人が参加してくれました。
若い人たちが加わると、賑やかで楽しく作業が進みます。
さて、作業の合間に教わったのが、ハイイロチョッキリに切り落とされたどんぐりのついた枝についてです。
コナラの木の下に、自然に落下したとは思えない、何本もの小さな枝が落ちていました。どの枝にもどんぐりが付いていて、枝の切り口は刃物で切ったようにすっぱりと切り落とされていました。
犯人は「ハイイロチョッキリ」というゾウムシの仲間だそうです。ハイイロチョッキリは、長い口の先に丈夫なあごを持ち、このあごでドングリに穴を開けます。
開けた小さな穴に卵を産みつけます。産卵が終わると、今度は枝を切り落としにかかります。枝を切り落とすのは、木の成長を止め、卵にとって良い環境を作るとのことです。動画を見ると、かなり大変な作業のようです。
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どんぐりを二つに割ると、卵らしきものが確認できました。


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2016年8月12日 (金)

三上智恵さんの沖縄撮影日記を見ています

上の動画は、7月27日にUPされた、「第57回高江大弾~臨界点を超えた政府の暴力」

三上智恵の沖縄撮影日記」

本土のマスメディアにはほとんど取り上げられませんが、今、沖縄県、辺野古、高江で何が行われているかを知る事ができる、貴重な情報元です。

折しも、こんなこと、すなわち沖縄県民に対する嫌がらせ人事としか考えられないことを、平気で実行しようとする政府が、糾弾されることは自明のことです。
「鶴保沖縄相は9日、7月の参院選で落選した島尻安伊子・前沖縄相を大臣補佐官に起用する方針を固めた。」

  三上智恵の沖縄撮影日記
http://www.magazine9.jp/category/article/mikami/

「ヘリパッド建設やオスプレイ強行配備に反対する沖縄本島北部・東村高江の住民たちの闘いを描いた『標的の村』、そして美しい海を埋め立てて巨大な軍港を備えた新基地が造られようとしている辺野古での人々の戦いを描いた『戦場ぬ止み』など、ドキュメンタリー映画を通じて、沖縄の現状を伝えてきた映画監督三上智恵さん。今も現場でカメラを回し続けている三上さんが、本土メディアが伝えない「今、何が沖縄で起こっているのか」をレポートしてくれる連載コラムです。不定期連載でお届けします。」

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2016年8月11日 (木)

孫(チビスケ)と爺のハワイ旅その3---マノアの滝へ

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Dsc00898_10247月22日(ハワイ時間)
今日のチビスケ旅行社の計画は、午前中にサイクリングで、ダイヤモンドヘッド方面へ。午後に、熱帯植物の茂るマノア・フォールズ・トレイルコースを歩いてマノアの滝へ(写真上)(全ての写真はクリックすると拡大します)
戻ってから、ハワイ料理の有名店「グーフィン・カフェ&ダイン」で夕食。
そして夜はヒルトンハワイアンビレッジで、打上げ花火を見ようという盛り沢山の計画です。
 サイクリングには、ハワイまで来て自転車から落ちて怪我をしたりしてはいけないと云う僕らを残して、娘とチビスケだけで出発。自転車を借りるため、近くのレンタサイクル店へ向かいました。
帰ってからチビスケに聞くと、市内を出るまでは、車が多くて、時々自転車を押して歩いたりしたけれど、後は海沿いの道を、ダイヤモンドヘッド近くまで行けた、とても良かったよとご機嫌でした。借りた自転車も乗りやすかったそうです。
自転車と言えば、上の写真は、ワイキキ市内でよく見かける自転車の簡易駐輪所です。
一見、自転車が2台あるように見えますが、この赤色の自転車型鉄パイプに自転車のワイヤー鍵を結んでロックします。なかなか洒落たデザインです。
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僕らは、チビスケたちの出発後、ホテル近くの郵便局に行ったり、買い物などをして過ごしました。
アイナハウ・トライアングルという公園を歩いていると、地元の高校生くらいのグループが、ハワイアンの練習をしているのに出会い、しばし見学させてもらいました。(写真2枚目)
この公園、広い芝生広場に大きな木が点在し、ホテル街の喧騒を離れて、散歩するのには絶好の場所です。トランプホテルが良い目印になります。写真3枚目)
後、チビスケと合流すると、タクシーでマノアの滝に向かいました。
Dsc00904_1024か25分ほどの乗車で、ワイキキ市内とはまるで別世界に思える場所、熱帯雨林のようなジャングルの広がるマノア・フォールズ・トレイルの入口に到着します
(写真4枚目)
 スコールが30分ほど続き、入口近くのレストランの軒下で雨が止むのを待ちました。強く降ったり、止んだりとさすがにワイキキ市内とは桁違いに雨量が多い場所であることを実感します。ずぶ濡れになった人たちが、滝から戻ってきます。足元が泥で汚れているのを見て、道の悪さを僕たちも覚悟します。
強く吹いていた風も収まると、雨も止み、一部に青空ものぞきました。よし、登ろうよ、ハワイは海だけじゃない、山も楽しいのだとチビスケは大張り切りです。
ちなみに、チビスケは、マノアの滝から戻ってから、なんと海で少し泳ぎ、これで山歩き、自転車と水泳をやったぞ、今日はトライアスロンだったと自慢しました。全く羨ましい若さです。中学で部活などで鍛えられ、弱かった小学生の頃とは比べ物にならないくらい元気になりました。
僕も10代の終わり頃、葉山の海で一日泳ぎ、その日の夜行列車で八ヶ岳の赤岳沢に向かったことを思い出します。小海線の清里駅から地獄谷本谷を詰めて赤岳沢に入り、最後の稜線へ這い上がるルートで、難場に入り込み、きわどいバランスでの登攀を強いられる中、おびただしいブヨに襲われ、為すすべもなく刺されてしまったことがあります。結局、日帰り山行はならず、赤岳頂上小屋で素泊まりして、翌朝、遭難騒ぎになるのを恐れて、県界尾根を駆け下りました。遠い昔の夏の日のことです。

Dsc00906_1024さて、話をマヌアのトレイルに戻します。
映画「ジェラシックパーク」やテレビの「ロスト」の撮影場所に選ばれたことも頷ける、熱帯雨林のような森の道が続きます。
それほど傾斜もきつくないし、難しい場所もありません。雨上がりの道は、かなりぬかるんでいますが、慎重に行けば、それほど泥足になることはありません。
今まで、経験したことがないジャングルの中を進むと、珍しい形の樹木や木の根、初めて見る花が現れます。
なかなか変化に富んだ面白いトレイルコースです(写真5枚目)
子供連れの家族も見られます。ハワイまで来て、山道歩きは好まれないのか、この日は、日本人は見かけませんでした。
ダイヤモンドヘッドでは、ウオーキングシューズやトレッキングシューズを履いた人たちばかりでしたが、このトレイルコースは、けっこう足拵えが悪い人たちが多く、滑りやすい登山道に、難儀しているようでした。
ビーチサンダルは、滑って使い物にならないようで、脱いで裸足で降りてくる人たちも見かけました。赤土の泥は落ちにくいからと、捨てても良いようなグリップ力が弱い靴を履いてくるのでしょうが、僕らの経験では、スコール後でも、うまく歩けばそれほど泥足になる事は避けられます。
40分ほど歩いて、最後の急坂を登ると、そこがマヌアの滝でした。雨の後だからでしょう、かなりの水量が50メートルほどの落差の岸壁を落下します。
日本でいえば、それほどDsc00910_1024の滝ではないでしょうが、南国の樹林帯を歩き、到着したハワイの滝は、滝好きの僕には嬉しい風景でした。

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2016年8月 6日 (土)

志木二小の6本の桜を誰が、何のために、ここまで伐ったのか!

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今日(8月6日)、サロンの行事の一つである、「太極拳」に参加しようと志木第二小学校に行ってみると、そこには驚くべき光景がありました。
なんと、いつも太極拳を行う場所の脇に立ち並ぶ桜の木6本が、見るも無残に伐採されていたのです。(上写真、枝をほとんど残さず、伐採された桜の木)
樹齢約50年の桜は、毎年見事な花を咲かせて、道行く人やサロンに集う人たちを楽しませてくれました。
その伸びた枝は大きな日陰を作ってくれて、夏でも涼しく太極拳をすることが出来たのです。
しかし、今日のこの場所には真夏の太陽が照り付け、とても太極拳が出来るような状況ではありません。参加者の皆さん、唖然、茫然です。

ちなみに主催行事の一つに太極拳がある「サロン」とは志木市が運営する高齢者の社会参加を促す憩いの場です。高齢者間の連帯やコミュニケーションを深め、いきがいのある生活を支援する場所で、志木第二小学校に併設されています。


一体、この桜の木は、何のために、誰が伐採指示したのでしょう。
志木二小の敷地内にある桜ですが、学校運営に支障をきたす桜だったとはとても思えないのです。今まで、老木で、倒れる恐れがあるとか、病害虫にやられたなどの話を聞いた事がありません。
伸びた枝の伐採などというものではなく、いかなる理由があったとせよ、ここまで丸坊主にされた桜が哀れです。
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2016年8月 3日 (水)

新都知事---案じられる日本会議の影

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Koike1024x576_720新都知事が決まった。
一昨日の東京新聞朝刊に、選挙投票の出口調査で10代の49.1%、20代の44.6%が、小池百合子候補に投票したと報じられていた。
「悩んで投票」との見出しもつけられていたが、今度の都知事選、確かにそうだったかもしれない。
しかしである。選挙は終わったのだという諦観とともに、なんとも言えない心のモヤモヤが晴れない。埼玉県人としてもである。
僕の初めての選挙投票は20才の誕生日後の衆議院選挙だった。
都知事選は、まだ選挙権の無かった、その前年の1959年に有り、無所属で出馬(後に自民党支持)した東竜太郎氏が日本社会党の有田八郎氏に約17万票の僅差で競り勝っていた。当時は日本社会党が元気だった。
20歳の年、1960年の衆院選は、安保闘争の余韻冷めやらぬ選挙だったが、結果は安保闘争は反映されず、自民党の勝利に終わった。
僕は投票には悩まなかった。
国会前の安保反対デモに参加し、法案成立前夜に体験した地鳴りのような群衆の足音がいつまでも頭を離れず、岸信介首相を退陣に追い込んだとは言え、軍備増強、右傾化するきな臭い自民党に投票しようとなどとは、これっぽっちも思わなかった。
僕の周りの初の選挙権を得た友人たちも、国の未来を案じて、皆同じ思いだった。

こんどの都知事選、日本最大の超右翼政治組織「日本会議」国会議員懇談会の副会長である小池百合子に投票し、新都知事に選ぶという10代の選択は、僕が考えるほどには「悩んで投票」の範疇にはなかったのだろう。
いや、投票したほとんどが、小池百合子が日本会議の主要メンバーであり、これまでの数々の言動が示すように、核武装も辞さないという右派思想の持ち主であることさえ知らなかったと言えるのだろう。
何しろ、今や安倍晋三首相以下、閣僚の大半が日本会議国会議員団に所属しており、日本の政治は、日本会議に牛耳られていることさえ、知らない若い人たちが多いといわれるのだから。
小池百合子は「見たこともない都政を進める」と云う。イデオロギーを超えた、都民のための新しい都政に手腕を発揮すると思うのは早計だ。
この人の言行不一致は、よく知られている。
事に就任早々、選挙中の勇ましい発言を、悪びれる風もなく、言い換えている。この人のしれっとした物言いに、なんど不快な思いをしてきたことか。
新都知事、小池百合子に投票した10代、20代の諸君、支持し投票した責任として、新知事としての小池百合子が、選挙中に約束した言葉をどこまで実現していくのか、しっかりと監視してほしい。
そして、選挙中は隠された日本会議の主要メンバーとしての言動が、都政にどんな影響を与えてくるのかも見守って欲しい。
首都の首長を押さえたと喜ぶ日本会議の意向が、さっそく現れてきているのだから。

日本会議の推薦で、小池都知事が、自らの政策実現に向けて、最初に選んだのがこの人。政務担当特別秘書になった野田 数(かずさ)氏。
この人もまた、日本会議メンバーである。
4年前、維新の会に所属していた都議会議員時代、日本会議の活動家として、都議会本会議で、現行憲法を無効とし、戦前の「大日本帝国憲法」の復活を求める時代錯誤の請願に賛成している。
その前の自民党都議だった2010年12月の都議会本会議でも、戦前の「教育勅語」について「日本人の芯となる価値が存在している」と賛美した。
東京都立高校で平成24年度(2012年度)から必修科目となった「日本史」教科書「江戸から東京へ」における「南京事件」の記述を削除し、ダグラス・マッカーサーの「日本の戦争は自衛戦争である」との誤って広められた発言を掲載するよう求めたりもした。右派教科書育鵬社版を支持し、東京書籍版の排斥を論じたりもしている。
こんな人物が、新都知事の都政のブレーンの一人として、登場してきたこと自体、小池都知事の都政に危うさを感じざるを得ない。東京都の教育施策に、介入してくること必至である。日本会議恐るべし。

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