« ユガテから顔振峠へ | トップページ | 5月7日--西原斜面林の植物その1 »

2016年5月 2日 (月)

ホフマン輪窯へ---失われたレンガ刻印の記憶を求めて

Dsc00508_1024

2016年4月29日(金)
深谷の「日本煉瓦史料館」に行きました。http://www.city.fukaya.saitama.jp/shibusawa_eiichi/bunkaisan/1425344387985.html
4月30日から5月1日までの3日間、年に一度か二度しか見ることのできないホフマン輪窯(写真上)の公開日だったのです。このホフマン輪窯は国の重要文化財に指定されていいて、勿論、僕も初見学です。(見学の様子は別途書きます)
明治期の日本のレンガ製造に欠かせない存在だったホフマン輪窯は、そのほとんどが失われ、現存するのは国内で4基のみです。
今日訪ねた、現在史料館になっている、ここ埼玉県深谷市の旧日本煉瓦製造以外には、下記3施設のみなのです。
2.栃木県下都賀郡野木町 旧下野煉化製造会社(シモレン) 重要文化財
3.滋賀県近江八幡市 旧中川煉瓦製造所 登録有形文化財
4.京都府舞鶴市 旧神崎煉瓦 登録有形文化財


実は史料館を訪ねたのは、ホフマン輪窯を見ることもあったのですが、もう一つ確認したい事があったのです。
Dsc00040_1024友人たちが、千葉県市川市国府台にある旧陸軍の武器庫として使われていた赤レンガ建築物(写真左)の保存に尽力しています。
明治20年前後の建築物と思われ、フランス積みの貴重な文化遺産なのです。

建築年代が分かっていないこの赤レンガの武器庫が、いつ頃建てられたかを探るなかで、使用材料の一つであるレンガが、どこでいつ製造されたかもぜひ知りたい情報なのです。
友人たちの調査で、レンガの製造元は小菅集治監(盛煉社)あるいは下野煉瓦、ことによると横須賀猿島要塞に使用された東洋組(愛知県刈谷)の可能性も浮かんでいます。
昨年、屋根棟瓦の製造元が判明するなど、少しずつながら前進しているのですが、なかなか確定にはいたらず、そんな中で、レンガに残された刻印から、なにか手がかりが得られないかと探っているのです。
Dsc00055_1280

武器庫のレンガに残る「ホ」の刻印(写真左2枚)写真はクリックすると拡大します。

今日訪ねた日本煉瓦資料館では、収穫はありませんでしたが、刻印調査は始まったばかりです。
赤レンガ建築物の保存運動の継続のなかで、失われたレンガ刻印の記憶を求める旅は続きます。
「もし、なにか手がかりとなる情報をお持ちの方がおられましたら、コメントいただければ嬉しいかぎりです」

 レンガ刻印については、調査されている方も多く、ネット上に参考になる資料も多いのですが、このあたりの事を書き出すと長くなりますので、今日はこのへんにして、深谷駅から徒歩で訪ねた「日本煉瓦史料館」のことを、今日の続きとして別途書くことにします。
駅から4.2kmにも及ぶ素晴らしい遊歩道(引き込み線レール跡)、途中に残る備前渠鉄橋(重要文化財)、福川鉄橋、そしてどちらも国の重要文化財に指定されている日本煉瓦製造の事務所棟と旧変電室のことなど、興味深い史跡を目にすることができましたので。
Dsc00057_1280_3

|

« ユガテから顔振峠へ | トップページ | 5月7日--西原斜面林の植物その1 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ユガテから顔振峠へ | トップページ | 5月7日--西原斜面林の植物その1 »