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2015年12月 7日 (月)

別所沼公園にヒアシンスハウスを訪ねて

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浦和の別所沼公園を散策し、立原道造のヒアシンスハウスを見学しました。
別所沼公園は、志木駅から浦和駅西口行の国際興業バスに乗り、約25分ほどで、公園前の停留所に到着します。
公園内は沼周りのメタセコイヤの木が赤く染まり、園内の散策路もイチョウなどの紅葉が綺麗でした。
この公園を訪ねた目的は、建物の存在は知っていましたが、まだ内部を見たことの無かった「ヒアシンスハウス」の見学です。
ヒアシンスハウスとは、24歳の若さで世を去った詩人、建築家の立原道造が自分の別荘として別所沼のほとりに計画し、図面も残しながらその早すぎる死により実現を見なかった設計案でした。
この建物は、立原道造の思いを実現させるべく、地元の建築家や文芸家が、全国からの寄付によって2004年に立原道造の図面をもとに実現したのです。
中に入ると、図面で想像したとおりの、狭いひと部屋ながら、なにか男なら誰しも憧れる隠れ部屋のような気持ちの良い空間がありました。ボランテイアのハウスガイドの女性が、いろいろと説明してくれる話を聞きながら、僕も憧れながら果たせなかった、小さな小屋の実現に向けて努力した若き建築家の思いを感じ取ることができたのです。
この小屋を見ながら、北軽井沢の一匡邑の創建当時の小さな別荘、そして西丸震哉氏の著書「山小屋を造ろうヨ」に出てくる最小単位の山小屋のイラストを思い出していました。
日曜の午後、別所沼公園の紅葉と、なにか心が温かくなる小さな建物を見て幸せな時間が持てました。
http://jonaden.jp/dull/20131120002254.htlm 参考になるヒヤシンスハウスの解説
http://haus-hyazinth.org/page00-menu.htm ヒヤシンスハウスHP
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person11.html#sakuhin_list_1 青空文庫 立原道造

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Dsc00078_1024詩集「暁と夕の詩」より 
       立原道造
小譚詩
一人はあかりをつけることが出来た
そのそばで 本をよむのは別の人だつた
しづかな部屋だから 低い声が
それが隅の方にまで よく聞えた(みんなはきいてゐた)

一人はあかりを消すことが出来た
そのそばで 眠るのは別の人だつた
糸紡ぎの女が子守の唄をうたつてきかせた
それが窓の外にまで よく聞えた(みんなはきいてゐた幾夜も幾夜もおんなじやうに過ぎて行つた……
風が叫んで 塔の上で 雄鶏が知らせた
――兵士ジアツクは旗を持て 驢馬は鈴を掻き鳴らせ!

それから 朝が来た ほんとうの朝が来た
また夜が来た また あたらしい夜が来た
その部屋は からつぽに のこされたままだつた

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コメント

昨日はさいたま市中央区の娘宅へ行き、
帰りに別所沼公園に立ち寄りました
なぜなら、こちらの記事を拝見していたので
行ってみようと思ったのです
イチョウの黄色とメタセコイアの赤の絨毯でした
あの地にあんなに水があふれる沼がある事に驚きです
また、ヒアシンスハウスですが
解放日ではありませんから 中は見る事が出来ませんでしたが
改めて、こちらで写真拝見して
男の人の夢のような可愛い部屋ですね
ここで過ごすことが出来なくて 立原道造はとても残念だったでしょう

投稿: マジョ | 2015年12月11日 (金) 08時27分

>マジョさま
忙しいご活動の合間に、少し安らぐ時間が取れてよかったですね。立原道造にはヒアシンスハウスで建築を考え、詩作に耽る時間を持たせてあげたかったとしみじみ思います。樋口一葉、石川啄木、正岡子規など若くして無くなった作家には、悲しみが残ります。

投稿: Souroku | 2015年12月11日 (金) 16時15分

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