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2015年7月 9日 (木)

イチョウの盆栽もどき

Dsc00223_1024一年前のこと
チビスケ2号が言います。
「じいちゃん、盆栽は松でしょう」
「チビスケよ。そんな固定観念はいかんぞ。
イチョウでも盆栽になる」
このイチョウの木、我家の前の街路樹のイチョウから落ちた銀杏を、果肉を落とそうと庭に埋めて置いたのですが、それを忘れていたら小さな芽が出てきてしまいました。
小さな庭で大木になられたらかなわんと、それをあり合わせの植木鉢に移している時に、最初のチビスケとの会話になったのです。

それから、一年、じいちゃんのイチョウ3本は、こんなに立派な姿になりました。
「どうだチビスケ。立派なものだろう」
「なんか、イチョウの木らしくないな」
「生意気を言いおって。まあ、たしかに上が細くなるイチョウの樹形のイメージには欠けるな。
まてよ、新宿の文化服装学院のそばの甲州街道沿いに箒銀杏という有名な木があったな。箒を逆さに立てたような珍しい樹形のイチョウの木だ。それよりはこのイチョウのほうがが美しいぞ。だがな、盆栽にするにはイチョウの葉は大きすぎて、バランスが悪い。それだけでも苦労するのだ」
「そういえば、前より葉っぱが小さいね」
「そこに気がついてくれれば、たいしたものだ」
「じいちゃん、そうとう木をいじめているな」
「チビスケよ。人聞きの悪いことを言ってはいかんぞ。大きな葉を落とすとき、木に言い聞かせているのじゃ。」
「なんて?」
「大きな葉になったら切り落とすぞ!」
「脅しじゃん」
「違う。思念のようなものじゃ。するとあら不思議、木の大きさに合わせるように、葉が皆小さくなった」
「手品じゃないの」
「葉が成長しなくなったと言えば良いかな。念ずれば通ずじゃよ」
「ふーん。でもほんとにイチョウの盆栽ってあるの」
「それじゃ。参考になるものはないかと、大宮の盆栽博物館にいったのじゃ」
「大宮か--。あったの?」
「残念ながら、松以外にも、いろいろな木があるが、イチョウの盆栽はなかった。まあ、なんというか、何十万、何百万円もするような立派な盆栽ばかりだった。外人さんも見に来てたぞ。こんど一緒に行くか?」
「大宮なら、僕は鉄道博物館がいいよ。大人になったら行ってあげてもいいけど」
「チビスケよ。それまで、じいちゃんは待てないぞ。それよりこの盆栽あげようか。将来高く売れるぞ」
「手入れも大変そうだし。だいいち、僕は脅しは苦手だよ。今、おこずかいもらったほうがいいな」
「脅してないって」

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コメント

イチョウの盆栽、いいですね~。
最近イチョウのことを「銀杏」と現すのを良く見ますが
イチョウはやっぱりイチョウですよ。その実が銀杏なのですよね。^^

投稿: トックリヤシ | 2015年7月10日 (金) 08時53分

>トックリヤシさま
イチョウを文字変換しても銀杏、ぎんなんも銀杏。確かに
ややこしいですね。

投稿: Souroku | 2015年7月10日 (金) 22時54分

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