« 普天間基地と横田基地 | トップページ | 「中学歴史教科書に見るポッダム宣言」その2 »

2015年5月22日 (金)

「中学歴史教科書にみるポッダム宣言」その1

Dsc00181_1024
(写真上、最近購入した育鵬社と東京書籍の中学校歴史教科書)
いつも利用している柳瀬川図書館には、小中学校の教科書コーナがあり、出版全社ではありませんが、それでも4社ほどの出版社の各教科の教科書が自由に閲覧出来ます。
実は、以前から教科書問題を調べる際にはこのコーナーで教科書閲覧をしていたのですが、最近は沖縄県石垣市の平成28年度から使用の中学校歴史教科書選定が気になり始めていました。
ご存知のとおり、沖縄県石垣市では、八重山列島の竹富町、与那国町の三市町村でつくる教科書採択地区の協議会を主導し、平成24年度から4年間使用の中学校の「社会・公民」教科書に保守的な育鵬社版を導入し、これに異を唱えた竹富町が独自の東京書籍版を選定し、様々な圧力に抗して教科書の無料配布まで勝ち取ったことは全国的に知られています。

同じ選択地区の社会の歴史教科書については、竹富町も含めて今は帝国書院版が選定されていますが、今までの教科書選定の経過から見て、石垣市では平成28年度からは、これを育鵬社版に変えたいという思いが強いのではないかと感じます。
さて、調べ始めた問題の育鵬社版の歴史教科書、それと我が志木市で使用している東京書籍版が実はこのコーナーに無かったのです。
志木市の使用教科書くらい、市立図書館で揃えて欲しいと思うのですが、図書館の係りの方に聞いても、あのコーナーの教科書は寄付された図書を展示したもので、特に志木市の教科書が入っているか確認もしていないという、ちょっと情けない回答でした。
仕方なく市内の教科書取扱店であるみやかわ書店に注文し、この2冊の中学歴史教科書を購入し、合計6社の沖縄戦に関係する記述等を、各出版社ごとに纒め始めていたところだったのです。
そんな中、安倍首相と共産党志位委員長の党首討論で、ポッダム宣言の解釈が討論されニュースになりました。
これについては、「きっこのブログ」が興味深く読めましたので、お知らせさせていただきます。英文と外務省の翻訳も見ることができます。
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2015/05/post-018b.html  「きっこのブログ」

そんなことから、ついでといえばなんですが、沖縄戦の記述に関しては後に回し、急遽6社の中学校歴史教科書のポッダム宣言をまとめてみることにしました。

1、先ず、志木市でも採用している東京書籍版。新しい社会「歴史」 213頁と226頁に記載があります。
213頁「日本の降伏」
1945年7月、連合国はポッダム宣言を発表し、日本に無条件降伏を求めました。しかし、日本は、すぐにそれを受け入れませんでした。
アメリカは、原子爆弾を8月6日に広島、9日に長崎に投下しました。また、ソ連が、アメリカ・イギリス両国とのヤルタ会談での秘密協定にもとづき、8月8日に日ソ中立条約を破って参戦し、満洲や朝鮮に侵攻してきました。
 ようやく日本は、ポッダム宣言を受け入れて降伏することを決め、8月15日、昭和天皇がラジオ放送(玉音放送)で国民に知らせました。こうして、第二次世界大戦が終わりました。

226頁「敗戦後の日本」
敗戦後の日本の領土は、ポッダム宣言にもとづいて、北海道、本州、四国、九州とその周辺の島々に限られました。日本は、占領地から軍隊を撤退させただけでなく、朝鮮や台湾など日清戦争以後に獲得した植民地をすべて失ったのです。
日本の固有の」領土であっても、沖縄と奄美群島、小笠原諸島は、本土から切りはなされ、アメリカ軍の直接統治のもとに置かれました。また、北方領土は、ソ連によって占拠されました。

2、清水書院版。新中学校「歴史」日本の歴史と世界 243頁と248頁に記載があります。
243頁「日本のポッダム宣言受諾」
1945年7月、アメリカ・イギリス・中国は日本に無条件降伏をよびかけるぽっダム宣言を発表した。しかし、戦争続行を主張する軍人の力をおさえることはむずかしく、政府はぽっダム宣言に明確な反応を示さなかった。
(略)原爆投下、ソ連参戦などの記述
こうした事態を受けて、日本政府は8月14日にポッダム宣言を受諾し、翌15日、昭和天皇はラジオ放送を通じて」国民にこれを発表した。

3、自由社。中学社会 新しい歴史教科書
236頁、237頁、258頁に記載があります。
連合軍がベルリンに侵攻するとヒトラーは自殺し、ドイツ政府は崩壊した。5月、ドイツ軍は無条件降伏した。
7月、ベルリン郊外のポッダムに、米英ソ3国の首脳が集まり、26日、日本に対する戦争終結の条件を示したポッダム宣言を米英中3国の名で発表した。

ポッダム宣言が発表されると、鈴木貫太郎首相や主要な閣僚は、条件付きの降伏要求であることに着目し、これを受諾する方向に傾いた。しかし、陸軍は反対し本土決戦を主張してゆずらなかった。政府はしばらくソ連の仲介の返答をまつこととした。

8月9日深夜、昭和天皇の臨席のもと、御前会議が開かれた。ポッダム宣言受諾について、意見は賛否同数となった。
10日午前2時、鈴木首相が天皇の前に進み出て聖断をあおいだ。天皇はポッダム宣言の即時受諾による日本の降伏を決断した。

上記の東京書籍、清水書院、自由社の三社には、ポッダム宣言の条文の記載はありませんが、以下、帝国書院、教育出版、育鵬社には、部分的ながら条文の記載が見られます。
 ★中学歴史教科書に見るポッダム宣言」その2に続く

|

« 普天間基地と横田基地 | トップページ | 「中学歴史教科書に見るポッダム宣言」その2 »

コメント

ポツダム宣言の内容にに触れることは政権戦略遂行に邪魔、だから敢えて「よく知らない・・・」で誤魔化しておいた方が得策と考えたのかも。。。

投稿: トックリヤシ | 2015年5月23日 (土) 09時24分

>トックリヤシさま
戦争の勝利者である連合国からの、敗者であるにっくき日本国に対する通達ですから、かなり厳しく威圧的な内容になっていますね。
トックリヤシさまが言われるとおり、記憶が刷り込まれる中学校教科書には、なるべく隠しておきたいという政府の本音に、悪しき検定と教科書発行会社の自主規制が多分に働いていると思われます。

投稿: Souroku | 2015年5月25日 (月) 09時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 普天間基地と横田基地 | トップページ | 「中学歴史教科書に見るポッダム宣言」その2 »