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2015年4月23日 (木)

原発より交通事故が危険?---村上春樹さんの脱原発を訴える回答

著名な作家の村上春樹さんが、ネット上で読者の質問に答えるサイト「村上さんのところ」で「原発NO!に疑問を持っています」という質問に対し、原発事故の影響の大きさと脱原発の必要性を回答しました。
これに対して重箱の隅を楊枝でほじくるようなあら探し的な反論が多いのに驚きました。日本を代表する小説家に脱原発を唱えられると困る。その影響の大きさを危惧したような攻撃です。
 質問自体が僕には首をかしげるようなもので、それに対し丁寧に脱原発の必要性を訴えている村上春樹さんの回答は、それほど難しい事を言っているわけではありません。
僕はこの著名な小説家の訴えに素直に耳を傾け、論旨に賛成したいと思います。

原発事故と交通事故の身に迫る危険性の比較を論じる質問を見て、僕はアスベスト被害のあることを思いました。
福島原発事故の放射線の影響による健康被害の矮小化と同じ論理でまとめられているアスベストの安全性に関する論文です。
その論文とは、石綿の危険性を、交通事故などより少ないと論じる1987年頃にアスベスト建材を生産している業界団体の「石綿スレート協会」が発行した石綿スレートの安全性を広報した「石綿スレートと健康」と題した小冊子です。
細かく比較分析すると長くなりますので、まずはこの小冊子に書かれていた一部を紹介します。
この小冊子発行から約30年、その後の我国のアスベスト被害はご承知のとおりです。
高濃度の職場環境などではなく、一般環境でも被害者は発生し、アスベスト被害による中皮腫、肺がん等による死亡者数は年間数千名にも及び、今後ますます増加する傾向です。
僕の友人、知人でもアスベストによる中皮腫、肺がんで3名が亡くなり、今も発病の危険性のある者が数名います。皆、30年から40年の潜伏期間の後、発病するという悲しい事態でした。
ちなみに、この小冊子が発行されていた頃、もう欧米先進国では、石綿の危険性を日本より問題視して対策に取り組み始めていました。
駐留米軍のアスベスト建材使用箇所の除去工事の厳重な安全管理と比較しても、およそかけ離れたところにあった日本の建築業界のずさんな状況については、このブログで以前少し詳しく書いたことがあります。

以下、小冊子よりの抜粋

Q10. それでは一般の人々に僅かにせよ危険はあるということですか?

A. 、がんのメカニズムが未だに十分に解明されていない以上、一般大気に含まれている極微量の石綿について、全く危険が無いことを立証することは不可能であります。
この意味に於いて極めて僅かながら危険があると云えるかもしれません
一方我々の日常生活の中にも僅かづつではありますが、危険の要素は沢山あります。
例えばタバコによる肺がんの恐れや
自動車等の交通事故、航空機事故、飲酒による健康障害等は誰直ちに思いつく危険ですが、その他にもスポーツやレクリエーションによる事故死、日光浴による皮膚がんの危険、レントゲン検査、サッカリン、魚や肉の焼きこげによるがんの危険等思わぬところにも危険の要素がひそんでいます。
これ等の我々が日常生活に於いて遭遇する危険性と一般大気中の石綿の危険性について英国の著名な環境、公害問題の専門家のコミンズ博士は、主として米国の諸統計をもとにいろいろな因子による生涯の危険の度合いを計算し表-3のようにまとめています。(表-3省略)
これによりますと、
石綿による危険はタバコや交通事故の危険は云うに及ばず日常生活の中で起こり得るいろいろな危険に比べてもはるかに低いレベルにあります。
そして、この生涯危険率1/100,000というレベルは世界保健機構」(WHO)の1984年飲料水の発がん性の認定に於いて示した「許容できる危険」のレベルでもありあります。

小冊子の「あとがき」
がんの実態は未だ解明されていません。世界中の科学者たちがその正体を明らかにすべく凡ゆる角度からアプローチしていますが、石綿とがんとの関連についても多の人が研究を続けています。然しこれ迄調査研究は、そのほとんどが過去の高濃度の職業上の石綿ばく露を長期間受けた人々についてでありました。
従って現在の整備された作業環境で働く労働者、更にそれよりも格段に低濃度の一般環境にあっては、石綿とがんとの関係は全くないと云うのが私共の考えです
然し中には「石綿に被曝する度合いが少なければすくない程がんの危険性は減少するが、いかに低濃度であっても危険性はゼロになることはない」と主張する科学者もあります。
然しこの考えを認めたとしても、これによる危険は、前に述べました如く我々が日常生活に於いて遭遇するいろいろな危険に比べてもはるかに小さく、云わば「許容される危険」の範疇に入るものではないでしょうか。

一方石綿スレートは重要な建設資材としてあらゆる方面に数多くっ使用され、特に代表的な不燃建材として毎年多くの人命、財産火災から守ることに大きく貢献していることはご承知の通りであります。
消防白書によりますと昭和59年の全国の建物の出火件数は38,254件で、これにより1,354人の尊い人命が失われておりますが、この内950人(70.2%)が木造建物で亡くなられた方々でありました。
若しこの木造建築物に不燃建材がもっと使用されていたならばこの内何割かの人命を失わずに済んだかと思はずにはいられません。
以上いろいろ申し述べましたが、石綿スレートの安全性について皆様の十分なご理解を得られたものと確信いたします。
(抜粋終わり)

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コメント

これからの、日本の事を考えて真面目に投稿します。世の中は様々な危険があり、何が危険か分からない事が沢山あります。ここで思う事は反原発に関してです。確かに危険性が有ることは先の地震により、国民皆が知る事となりました。決して原発推進派ではありませんが、ただただ「反原発」だけを言っているだけでは何もならないかと。原発の変わりになるなるエネルギー迄考え、討論をしなければならないと思います。今後の日本を生きていく子供逹など良く考えなければと、思っています。反対だけを言っている方々は、次の事を本当に考えているのか?又皆が電気を少なからず必要となった現代。長文になり、また私自身このような事は、投稿するのは本位ではありませんが、つい息子の一言でどの様に返答すれば良いか考えさせられましたので、是非とも教えて下さい。

投稿: モリサチ | 2015年4月23日 (木) 17時26分

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