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2015年2月27日 (金)

スノーシューで子浅間山に登る

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2015年2月23日(月)
友人5人と、スノーシューで子浅間山(1655m)に登ってきました。
昨日は、友人が手配してくれた東急ハーベスト軽井沢高原に宿泊し、スノーパークのスキー場付近の林間を歩きました。
今日の天気は曇り空だった昨日より良くなり、青空も見える絶好の雪山歩き日和です。

浅間山には側火山(寄生火山)と呼ばれる離山、石尊山、子浅間山の3つの山があります。そのうちの一つ、子浅間山は浅間山の東側の国道146号沿いの山腹にコブのようについているので、アプローチも良く無雪期にはよく登られている山です。
朝、宿を出て東大火山観測所前の駐車場に車を止めて、そこからスノーシューを付けました。
トレースのある雪道は一見締っているように見えますが、スノーシューをつけないと腰近くまで沈みます。
観測所の建物横を抜け、緩やかな林間コースを動物の足跡などを見つけながらゆっくり登ります。
途中で、友人がニホンカモシカを見つけました。木の間から、こちらを見つめているようでした。最近山で、以前よりニホンカモシカに出会えることが多くなりました。絶滅も心配された国の天然記念物ですが、最近増えているのかもしれません。
昔、冬の山登りには尻皮を付けるのが普通でした。狩猟が禁止されていたニホンカモシカの毛皮が最上と言われ、高価な品でしたので、金もない若い僕たちは馬皮で作られた尻皮を使ったものでした。
ニホンカモシカといえば、北アルプスの燕岳から槍ヶ岳へのコースに喜作新道の名を残す小林喜作を思います。カモシカを追う名猟師であった喜作の、狩猟中の死にまつわるミステリーなど、若い頃興味深く読んだものです。
さて、浅間山の山腹が大きく見えるようになると、雪原状になった馬返しに到着です。ここまで約50分ほどかかりました。
Dsc02327_1024林間のコースではほとんど感じられなかった風が一気に強くなりました。左側(西方向)には雄大な浅間山の山腹、右手(東側)には、子浅間山の山頂が見えます。浅間山方向には少し先に登山禁止の大きな標識が立っていました。
子浅間山の登りは、雪が飛ばされて砂礫が表れているので、雪のある部分を選んで登ります。今までよりずっと傾斜がきつくなります。二つの峰がありますが、本当の山頂は東の奥のほうです。15分ほどで山頂の標識が見えましたが、一帯は強風で雪が完全に飛ばされ、夏山と変わらない山頂です。東方向には雄大な浅間山の裾野が一望されます。体が浮き上るほどの風が息つく間もなく吹き付けるので、早々に下山しました。
帰りはスノーシューの運びも滑らかに、下り一方の道、40分ほどで火山観測所まで戻ることができました。
Dsc02336_1024子浅間山登山、林間から雪原から雄大な浅間山を見ながら、変化にとんだ楽しいスノーシュートレッキングができて大満足でした。

ところで、雪を纏った浅間山(写真一番上)は、今はあまりスキー登山の対象にされないようです。
しかし日本初の女性グループのスキー雪崩遭難は昭和9年にこの浅間山で発生したとの記録があります。
この遭難は、大井正一氏の著作に次のように書かれています。

「昭和9年1月21日、9時鉄道大臣官房川崎、工作局三雲、保健課会田、経理局吉田の4氏とYWCA山岳部三田姉妹(好子、正子)は峰の茶屋から浅間山に向い消息を断った。
23日小浅間の南方600mの沢の中に、長さ700m、巾70mの雪崩跡を発見、27日遺体の発掘を行った。
遭難は13時頃と推定され、沢を下ったためといわれる。」

 

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