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2013年2月27日 (水)

温暖化と寒冷化のせめぎ合い?---太陽に異変!

一昨日(2月25日)の朝の我家の庭の寒暖計は氷点下4度を指していました。これだけの低温はあまり記憶にありません。
青森県酸ヶ湯温泉の5.61mの積雪を始め北日本の豪雪がニュースになっていますが、今日の朝刊のスキー場の積雪情報でも3m以上では驚かず、六日町八海山5.00m、GALA湯沢が4.70m、赤倉温泉4.00m、白馬コルチナ4.40m、谷川岳天神平4.45mなど4mを越えているところが幾つもあります。
上越のスキー場など、リフトの下を塹壕のように掘り込んでいる事でしょう。昔、石打丸山ゲレンデで、リフトの椅子の高さが周りの雪面より低い状態を体験しました。
大雪はそう珍しいことではありませんが、今冬の特徴は気温が低いことです
酸ヶ湯温泉でも積雪量は例年並みだが、気温が低いので雪が溶けないことが、積雪新記録の原因だということです。
今、太陽にまれにみる異変が起きているそうです。太陽活動の低下傾向です。
太陽活動の活発さを現す太陽の黒点の数は長期の観測結果から11年周期で増減しているとされています。本来ならば活動のピークに向けて今年の秋には黒点の数が100以上は観測されるべきなのですがまだ、やっと半分ほど、ことによるとここで折り返して不活動期に向かう恐れもありそうです。
周期そのものも延びる傾向にあります。
その異常さに伴うように、太陽表面に現れる磁場もバランスが崩れているとのことです。この詳細はネット上でも多数報告されていますので省略して、今心配なのが300年前の太陽活動極小期の再来があるのではないかとの恐れです。地球が冷えて小氷河期とも言われました。日本でも良く知られている1783年~1788年にかけて奥州より全国に及んだ天明の大飢饉の時期と合致します。
このところの世界的な異常気象現象も、短期的に増大してきた地球温暖化と、長期的寒冷化傾向とのせめぎ合いだとの説もあります。
はたして、地球は温暖化傾向のまま進むのか、人為的なそれを押さえ込むほどの太陽活動低下と関連した地球寒冷化が再現されるのか、今、世界のそして日本の気温変動に眼が離せません。

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2013年2月24日 (日)

汚染された場所の放射線量は減らない

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(上の記事はクリックすると拡大して読みやすくなります)

作家の津島佑子氏が、東京新聞で都内の友人宅の放射能汚染と、その除染に努力しても放射線量の下がらない状況を伝え、そこから、「人情」という正体不明の「空気」が放射能汚染を軽視し、本当の責任を問うべき対象を見失わせることになると書かれています(上の記事参照)

確かに、最近は放射能汚染について語っても反応が得られにくいと感じることが多くなっています。しかし福島第一原発事故による放射線物質による汚染は今も継続されています。
上写真2枚目は同じ東京新聞記事の福島第一原発上空からのレポート記事です。びっしりと並んだ汚染水タンクの写真にも驚かされますが、それ以上に原発南3キロの地点の上空500m付近でヘリコプター内部でも毎時2.5マイクロシーベルトの放射線量を測定したと報告していることです。もちろん原発から発せられる放射線を直接測ったわけではなく、確実に放射線物質が上空を南方向に飛散しているのです。
事実、福島第一原発1~3号機からは、毎日2億4000万ベクレルもの放射線量が漏洩していると発表されています。
我が志木市でも市役所が毎月市内の小中学校など25地点での放射線量を計測して、市役所HPで公表しています。http://www.city.shiki.lg.jp/51,0,270,1156.html
今年2月の放射線量は一年前とほとんど変わりません。減ってなどいないのです。
市議会議員の高浦やすひこ氏が独自に、館地域の6カ所の定点放射線量を計測して毎月発表していますが、この数値も減る気配は見られません。
我家の庭など、冬の北風による土ぼこりの飛散で放射線量は高くなっています。
自転車に掛けてあるシートの上などでは、毎時0.3マイクロシーベルトを計測することもあります。室内もしかりです。毎日掃除していても、持ち込まれた放射線物質が定着してしまったのか、放射線量は高止まりで、0.1マイクロシーベルトを下ることがありません。
室内の放射線量は外部計測値の0.4倍とする計算式など正確ではありません。放射線測定器をお持ちの方は、ぜひ最近の室内の放射線量を測定してみてください。あれ、こんなに高いのかと驚かされることがあると思います。

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2013年2月19日 (火)

深雪の蓼科高原でスノーシューハイク

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2月17日(日)、今年もスノーシューハイクを楽しもうと友人達7人とやって来た蓼科高原は深い雪に覆われていました。幸い東急タウン内の道路は除雪されていて上部の東駐車場まで車で入ることができました。
晴天に恵まれ風もなく絶好の雪山ハイク日和でしたが、今年の蓼科はスノーシューを付けても膝上までもぐる深雪です。
途中から戻ってきたと言う単独の先行登山者がラッセルしてトレースを付けてくれていましたが、尾根への急登はスノーシューの爪もきかず滑りやすいので、両手のストックをきかせて頑張ります。
さすがに7人が歩くと雪上に塹壕のような道ができます。話し声しか聞こえない静寂の森の中で、時々木の枝に積もった雪が飛んで、粉雪のように舞い落ちます。新雪のためか、せっかく覚えてきたカモシカ、ホンドシカ、ノウサギ、キツネの足跡が見当たりません。森の中の陽だまりの広場で、持ってきた「おでん」を温め嬉しい昼食。風があるとこうはゆきません。
目の前には山頂が帽子ように白い蓼科山、左手に赤岳、阿弥陀岳がひときわそびえたつ八ヶ岳、中央に美しい姿の甲斐駒ヶ岳と北岳、仙丈ヶ岳の南アルプス、右手には遠く北アルプスの山々が白く輝いています。いつもながら素晴らしい山岳展望を楽しみます。
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そこから上部、右手にヒュッテ・アルビレオが見える尾根上は全くトレースなし。先頭はルートを求め厳しいラッセルが続きます。
時間も遅くなったので八子ガ峰山頂まで行かずに、来た道を戻ることにしました。急な尾根道はお尻で滑り降ります。
ちょっときつかったけど、誰もいない深い新雪のスノーシューハイクを楽しんだ一日でした。



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(左から、天狗岳、硫黄岳、横岳、赤岳、阿弥陀岳、権現岳、編笠山、西岳と八ヶ岳南峰が連なる)

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(まさに塹壕のようなトレース跡)

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翌、18日(月)は朝から降り積もる雪(左写真)で行動をあきらめ、下山することにしました。温泉にものんびり入って、仲間たちとリフレッシュできた2日間でした

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(東急ハーヴェストクラブ蓼科の窓には、巨大なツララが幾本も下がっている)

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2013年2月13日 (水)

柳瀬川「冬の野鳥観察会」へ

Dsc00515_3202012年2月10日(日) 柳瀬川の「冬の野鳥観察会」に参加しました。この観察会は(財)埼玉県生態系保護協会志木支部とNPO法人エコシティ志木が主催の恒例行事なのです。
僕は毎年参加して野鳥に親しもうとしているのですが、悲しいかな覚えた野鳥の名前をすぐに忘れてしまうのは、高山植物の場合と同じです。
当日は好天にも恵まれ、主催者も驚く30名以上の参加者とともに、富士見橋から高橋まで柳瀬川土手と水谷田んぼを歩き、約2時間の野鳥観察会を楽しむことができました。

観察できた野鳥は、カワウ、アオサギ、ダイサギ、イカルチドリ、イソシギ、キジ、キジバト、コゲラ、キセキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、ツグミ、カシラダカ、など約30種類。普段は気にしないのですが、しっかり探鳥するとこんなにも多くの鳥たちに会えるのです。
鋭い目で獲物を狙うノスリを見ることができたのは幸運でした。
まだまだ、教わりたいところでしたが、あっという間に2時間が過ぎて、最後に志木市役所付近でリーダと参加者が今日の観察成果である「鳥合せ」をして散会しました。
主催者の皆様、ありがとうございました。
埼玉県生態系保護協会   http://www.eco-saitama.or.jp/
NPO法人エコシティ志木   http://kappa-no.net/eco-shiki/

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(写真左2枚目、コサギ4羽と土手上の少し大きな鳥がダイサギ)

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(写真左3枚目、富士見橋下流のヒドリカモたち)
今年の柳瀬川(志木市)のガンカモ調査は1月13日に行われ、最も数の多いヒドリガモなど合計238羽が確認されたようです。
この数はここ6年ほど殆ど変っていません。10年前の1995年には約1300羽を数えたのですから、ずいぶん少なくなりました。

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2013年2月 7日 (木)

航空記念発祥館で零戦を見る

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所沢市の航空記念発祥記念館に行き、「零戦61-120」を見てきました。
零戦の機体は今までにも何度か見たことがありますが、現在展示中の機体は、日本で製造された当時のエンジン(栄21型)が搭載されているほか、他の部品もオリジナルの物が多いという世界で唯一の機体として、米国のプレーンズ・オブ・フェーム航空博物館で保存されているものを借りたものです。この零戦は78年に桶川飛行場、95年に茨城県の龍ケ崎飛行場で実際に飛行し、今回が3度目の来日だそうです。
第二次大戦末期、サイパン島の日本軍飛行場(アスリート飛行場)で米軍海兵隊により無傷で捕獲された13機の零戦があり、米軍によりで徹底的に調べられた後、戦後民間博物館が購入して保存された機体です。同時に捕獲された61-131号機は米国スミソニアン航空宇宙博物館に展示されています。
なお、零戦が米軍に捕獲され、その弱点など、性能を看過されることになったのは、1942年にアリューシャン列島のアクタン島に不時着し捕獲された零戦21型が最初とされているようです。
展示されている61-120号機は、1943年5月に当時の中島飛行機小泉製作所(群馬県)で製造された機体で、同年第261航空隊へ配属された記録が残っています。61-120の61という数字は第261航空隊の下2桁の数字です。
なぜ、サイパン島の日本軍飛行場で、13機もの零戦が無傷で米軍に捕獲されてしまったのか、気になるので、調べて追記できればと思っています。
今日は入館者も少なく、ゆっくりと機体の周りを歩き、見学することができました。保存状態が極めて良いのには驚きました。戦闘機としての空力設計性能や機体美などでは、零戦より優れている機種はありますが、僕は零戦のいかにも手作りといったバランスのとれた形が、子供のころ描いた飛行機の絵そのものであり、何度見ても懐かしくおもえてしまうのです。
展示された零戦のエンジン始動見学会のことなど詳しいことは、ネット上で多くの方が書かれていますので省略して、見学者も少ない中で撮った写真のみを掲載することにします。
尚、入館料500円と大型映像を見るための500円は65才以上は無料になりますが、特別展示の為、零戦見学は500円の入場料が必要です。
「2月23日追記」
昨年12月に行われ、2日間で2万人もの人たちが訪れたエンジン始動見学会が、展示会の終了する3月に再度行われます。
エンジン始動見学会&解体見学会」
エンジン始動見学会3月28日~31日
解体見学会 4月1日

エンジン始動見学会は一日3回、各550人。参加費大人1000円(65歳以上500円)。
解体見学会は11時~16時。200人。参加費3000円。
応募は往復はがきで、3月3日必着。

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2013年2月 4日 (月)

梅一輪が開花

Dsc00456_800今日は立春。そしてこの日我家の庭の梅が一輪開花しました。写真左)
昨年の記憶がないのですが、たぶん今年のほうが早いと思います。毎日寒い日が続iいていますが、それでもいつものように春は確実に近づいています。

親族の収集していた記念切手シートの整理を手伝っていたことは書きましたが、それもようやく終わらせることができました。
シートでの収集でしたが、切手の枚数で言えば2万枚いやそれ以上あったでしょうか。殆ど売却処分しました。
額面金額以下での処分とはいえ、その総価値が中国の「梅蘭芳小型切手シート」1枚Dsc00457_800
も及ばなかったという現実に驚かされました。
日本ではかって数万円で売買されていた人気切手の代表のひとつ「見返り美人」が、いまや2千円を割ってネット取引されている事を思うと中国バブル恐るべしです。
この日本と中国の記念切手については、別の機会に書いてみたいと思っています。
しかし日本国内の家庭に死蔵されている記念切手の額面が数千億円、事によると一兆円を超えるのではないかとの説もネット上で見ました。
今度のことで、世界有数の記念切手発行国である日本の記念切手商法の不可思議さについても考えさせられました。
やっと時間もとれるようになったので2月は少し動いてみようと思います。
2月9日、10日に志木市の「西原大塚遺跡」の展示が柳瀬川図書館で行われます。かなり見ごたえのある装飾縄文土器も展示されるようで楽しみです。
同じ2月10日日には、NPO法人エコシティ志木による恒例の「冬の野鳥観察会」が柳瀬川駅周辺で行われます。参加してその際、今年の埼玉県ガンカモ調査の結果もお聞きしたいなと思っています。毎年のように減り続けている柳瀬川のガンカモの飛来数ですが、今年は一段と少ないように思えます。
それと所沢の航空公園にある航空博物館に、製造時の状態で飛行できる唯一のゼロ戦が展示されているとの事なので、これも見たいと思っています。トム・クルーズの最新作も見たいし、月中には、友人たちとのスノーシュー山行も計画しています。その他いろいろと。ちょっと忙しくなりそうな2月です。

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2013年2月 1日 (金)

SONYがMDプレイヤー事業から撤退

「SONYがMDプレイヤー事業から撤退」
次のように報道されています

ソニーは31日、音楽記録媒体「MD(ミニディスク)」に対応したステレオコンポ「CMT―M35WM」の出荷を3月で終了すると発表した。MDに対応した携帯音楽プレーヤー「MDウォークマン」は2011年9月に出荷を打ち切っており、ソニーはMDプレーヤー事業から完全に撤退する。
MD自体の販売は当面継続する。MDはソニーが1992年に発売した音楽記憶媒体で、カセットテープに代わる記憶媒体として大ヒットした。しかし、米アップルの「iPod(アイポッド)」に代表される内蔵メモリータイプの音楽プレーヤーやスマートフォン(多機能携帯電話)で音楽を楽しむ人が増え、需要が落ち込んでいた。

 僕はMDプレイヤーは使用したことはありませんが、これも時の流れでしょうか。しかし愛好者には寂しいニュースでしょう。

SONYが製造販売しているもう一つのディスクにMOディスクがあります。
以前はパソコンデーターの保存で広く普及していた「MOディスクドライブ」も、生産各社が相次いで撤退し、現在製品を販売しているのは、ロジテック一社のみとなっていて、それも確か在庫限りのようです。
このMOディスクを生産販売してくれているのがやはり
SONYだけなのです
 
MDの販売は当面継続すると発表していますが、このMOディスクもいつまで販売が続くのかが危ぶまれます。
僕が現在もデーター保存に使っているMOディスクを、最初に使い始めたのは1994年、今から19年前のことです。
パソコンのHD自体の容量が120MBという今から思えば嘘のようなパソコンに
「FAST CAD」というソフトを入れて建築図面を書き始めた頃、作成したCAD図面のデーター保存用に購入したのがオリンパス光学製のMOディスクドライブ、今はほとんど使われないインターフェースのSCSIでの起動でした。
それ以後、現在使用中のものが3代目。これも最近動作が不安定で、もし壊れたらどうしたらよいものかと頭を痛めているのです。今さら結構値のはるロジテック社製の新品を買うのも躊躇ってしまいます。Dsc00453_320

(写真左上、使用中のアイ・オー・データ社のMOドライブ。これが故障するとMOディスクに保存された過去データーがすべて読めなくなる。急遽購入したSONYの外付けHDに大事なデーターだけは移している。)

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(写真下、最も使用している、SONY製の640MBのMOディスク)

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