« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月26日 (水)

北海道のジャガイモとトウモロコシ---シチューのCMを思う

Dscn7763_320 北海道の親戚が、ジャガイモとトウモロコシを沢山送ってくれました。
おお!秋の味覚。いつもながら、感謝、感激です。
早速、ジャガバターを作りました。作りましたというほどの料理では無いですね。栗かサツマイモとも思える蒸かしたばかりの黄金色のキタアカリにバターを乗せるだけですから。
これがなんとも「美味い」。
昼間からビール缶をプッシュします。「うちのハイボールは角だから」もいけるぞ。
トウモロコシも茹でたばかりを、かじります。「これも柔らかくて美味い」
どうして、北海道のジャガイモとトウモロコシはこんなに美味いのだろう。
親戚の住む北海道の広い大地のイメージが膨らんで、ハウス食品の北海道シチューのCMとの連想が美味さを倍増するのかもしれません。
緒方直人さん、田中麗奈さん出演のCM、いかにも北海道といった感じが、とても良いです。
はい、写真で皆さんにおすそ分け。すみません、ジャガバターは、あまりに美味そうだったのでかぶりついてしまい、写真に撮るのも忘れてしまいました。
http://www.youtube.com/watch?v=kGjEyT7IRMo&feature=player_detailpage 
ハウス食品「北海道シチューコーンクリーム編」 田中麗奈

http://housefoods.jp/products/tvcm/tvcm_onair120901_02_l.html
ハウス食品「北海道シチュークリーム秋編」 田中麗奈

| | コメント (0)

2012年9月23日 (日)

お墓参り---新義真言宗の小冊子「ともしび」より

昨日はお彼岸の中日。四谷の東福院へ墓参に行き、小冊子「ともしび」平成24年秋 第23号を頂きました。
いつものようにこのパンフレットから、お墓参り」と生活のなかの仏教語「退屈」をご紹介します。
あくまで、自分が書き写すことで、理解を深めることが目的ですが、もし、お読みいただければ幸いです。

「お墓参り」

皆さん最後にお墓参りをしたのはいつでしたか?
夏のお盆にはお墓参りをしましたよね?
まもなく秋のお彼岸がやってきます。祥月命日にお墓参りされている方、毎年、必ずお参りされている方はもちろん、あまりお墓参りされていない方も、このお彼岸を機にお墓参りに出向いてはいかがでしょうか。
本来、お墓参りというものは、家族や友人、そしてご先祖さまの回向をするとともに、自分の近況報告をしたり、お墓参りに集まった親族や友人とお互いの無事を確認し合うという大切な意味をもちます。
これは法事やお通夜、お葬式にもいえることです。
お通夜、お葬式は故人との別れを偲ぶ悲しい日であると同時に、普段、会うことの少ない親族や友人の無事を確認できる日でもあります。
年回の法事にいたっては、故人を偲ぶとともに、席を設け集まった皆の無事を喜びながら食時をいただくという、明るい行事としての側面をもちます。
このような、お墓参り、法事、お通夜、お葬式で互いの無事を確認できるのは、すべて仏さまになった家族、友人、ご先祖さまたちが結んでくれたご縁によるものです。
このご縁を「仏縁」といいます。
皆さんもこのありがたい仏縁をかみしめながら、この秋のお彼岸にお墓参りをしてみてください。
きっと仏さまに喜んでいただけて、集まった親族友人との再会を感謝できると思います。
その際には忘れずお寺の住職に一声かけた、ご本尊様にお手を合わせてくださいね。

生活のなかの仏教語
「退屈」
「やることがなくて退屈だな」「暇で退屈だ」などと、ときどき耳にする言葉ですね。
今では、何もすることがなく暇をもてあます状態を「退屈」というのが、一般的ですよね。
本来の意味は、仏道の修行が厳しく苦難に疲れ果て、それに耐えられずに気持ちが後退し、精進の気力が屈すること、つまり挫折することを意味する仏教の言葉です。
それが転じて、疲れて嫌になることを意味するようになりました。
何もしなくなると、暇をもてあましたり、つまらなくなったりすることから、時間をもてあますことや物事に飽きる場合に使われるようになりました。
仏道の修行にかぎらず、何事も途中で退屈してしまっては成就できません。
どんな苦難にも屈するとこなくがんばりとおす忍耐が大切ですよね。

| | コメント (0)

2012年9月21日 (金)

我家の電力使用量20パーセント減達成---電力会社は原発維持が不可能だと思い知るようになる

今年の夏の我家の電力使用量は、昨年同期に比べて20パーセント減を達成しました。
友人にこの話をしたら、俺のところは24パーセント減だよと言われてしまいました。上には上があるもの。
我家で電力使用量減に最も貢献したのは、出来る限りクーラーを使用しなかったこと。
夜も防犯には注意して、窓を完全開放です。
風が抜けるし扇風機との併用で、慣れてくると結構過ごせる事を実感しました。
照明をLEDに変え、電気釜は故障を機会にガス炊飯器に変え、夜も深夜まで起きていないようにしました。給湯システムのTESを止め、追炊き機能も外したので、大きなモーターが無くなったことも影響したと思います。
これからも、名残惜しいが残る白熱電球は諦めて、全ての照明のLED化、そして省エネタイプの冷蔵庫に変える、掃除機を上手に使うなど、まだまだ工夫の余地はあります。
前に、ソーラーライトを廊下常夜灯に使っていると書きましたが、これは節電効果より、ささやかな抵抗です
僕も、そして多分友人も、怪しげな節電要請に協力したのではありません。政官財と結託した電力会社の不当利益への抵抗です。
料金を10%値上げなら、こちらは20パーセント使用量減とする
そもそも、僕は今のままの電力会社は、先が無いと思っています。
一般家庭向けの電力供給で利益の90パーセントを得ているとしたら、今後の確実な人口減少と高齢化、発電の多様化、LED照明への変更、省エネ家電の普及など家庭での省力化は進み、確実に電力需要は減るでしょう。
原発が無くても電力不足は解消されつつあります。
収入が減ったから、消費者への値上げで対応するなどは、今後は許される状況では無いでしょう。
国民の声を無視して政官財あげて原発依存を進めても、電力会社自身が原発維持が不可能と思うようになる事態が迫っています。
途方も無い金額の廃炉による原発処理費用の負担が、電力会社の経営に重く圧し掛かってきます。絶対に増える事が見込めない需要減に伴う収入減に、かたや使用済み核燃料の処理費用による負担増、構造不況を絵に描いたような状況がみえます。
株主も黙ってはいられないでしょうし、銀行も今までのような手厚い庇護は出来にくいでしょう。

使用済み核燃料の処理以前に、数年先にはその保管場所が無くなる危機が迫っています。
電力会社は、今までのように長期展望無き原発稼動が不可能になります。
いろいろ理由を付け、経済界なども雇用減、経済への打撃などの懸念を発信していますが、原発の稼動無しには電力会社の経営が成り立たない為と看過されています。
脱原発イコール債務超過に陥り、不良債権化する電力会社の、短期的展望だけの原発新設、再稼動なのです。
政府の原発政策の及び腰と、次期自民党政権に活路ありと見た電力会社は、今、強気なのですが、止めるも地獄、進むも地獄のシナリオを書き直す算段はありません。
これをいかに乗り切り、将来への展望につなげるかが、これが今政府に求められているのに、ただ、米国を筆頭に政官財、連合まで、そして学者、マスコミの圧力の前に脱原発がずるずると後退しています。
どうして、この状況を無視して、原発維持を進めるのか。
は強大であり、エネルギー革命にしっかりとしたビジョンと実行力を持ち、国民が電力会社選択権を持つドイツと違い、日本国民に電力会社選択の自由はありません。しかし、電力使用の鍵だけはこちらが握っているのです。

やはり原発再稼動反対、新設許すまじ、ゼロ政策促進を叫びつつ、賛同してくれる多くの方々と共に、先ずは我家の電力使用量を減らして抵抗します。
         「省エネでも豊かな社会」を目指そう
家庭の電力消費は半減可能との運動を呼びかけている団体もあります。「一般社団法人 Forward to 1985 energy life」
http://to1985.net/

そう、我家も、この冬も確実に20パーセント減の方策が出来ています。実は昨年実行済みなのです。この事はまた書きましょう。

| | コメント (0)

2012年9月17日 (月)

マロニエ通りで、木から落ちたばかりのトチの実を拾った

Dscn7754_320志木ニュータウン内のマロニエ通りは、車道脇に、どちらも広い自転車道、歩道が分離されている市内一の素晴らしい道路です。
今、このマロニエ(西洋トチの木)の街路樹には実が沢山ついています。トチの実です。
実はこのトチの実、いつ通っても殻は沢山落ちているのに、肝心の実を見つけることがほとんどありません。
拾っている人を見かけた事もありません。いったい、いつトチの実は拾われているのか不思議に思っています。
ところが昨日、図書館からの帰り道で、珍しいことにまさに今落ちたばかりの実を拾う事が出来ました。
めったに無いこと、これはついていると拾って家に帰り、机の上に置いておいたら、今朝、ぱっくりと割れていました。
つやつやと光る栗色の実は、目鼻を書いてしまいたくなるような顔のDscn7756_320形に似ています。
 

(写真上、マロニエ通り。車道脇に自転車道、植栽を挟んで外側が広い歩道。こんな道路ばかりだと良いなと思う)

(写真中、沢山落ちているトチの実の殻。実を拾うチャンスはめったに無い)

(写真下、運良く拾えたトチの実。ぱっくり割れて栗のような実が出てきた)

Dscn7759_320

| | コメント (0)

2012年9月14日 (金)

2万年前の土器発見に驚くその2---志木市埋蔵文化財保管センターにて

中国での2万年前の土器発見に対し、日本の最古の土器片は、青森県外ヶ浜町にある大平山元Ⅰ遺跡(おおだいやまもといちいせき)で1998年に発見されたものです。
放射性炭素C14による測定で約1万6千年前のものと認められ、一時は、世界最古の土器発見であったことは前回書きました。
250px1

(左写真、大平山元Ⅰ遺跡で発掘された1万6千年前のものとされた土器片。
全て土器片ばかりで形を復元できるものは発見されなかった。
文様は無く
「無文土器、かなり厚手の土器である)

日本国内最古の土器が、現在のところ1万6千年前とすると、我が志木市で発見されたものはどのくらい前のものだろうか。
急に知りたくなって
志木市埋蔵文化財保管センターを訪ねることにしました。
事前に電話で開館されていることを確認してから行きました。我家から自転車で約15Ca390001_320分の距離です。
実はこの埋蔵文化財保管センターの存在は知らなかったので、先ず郷土資料館に行こうとしてネットで調べたらこの施設の存在を知り急遽行先変更をしたのです。

(写真左、柏町にある埋蔵文化財保管センター。2年ほど前に竣工したようだ。正直なところ想像したより立派な建物だったので驚いた。左側の建物が展示スペースになっている)

Ca390003
この埋蔵文化財の保管センターは、収集した石器、土器などの保管と整理、復元や調査報告書の作成業務などを行っているのですが、施設の一部に発掘品の展示もされています。
応対してくれた市役所の生涯学習課の担当者は次のように話してくれました。
現在、一般開放しているとはいえ、資料館のようにいつでも見学できるのではなく、9時~16時ぐらいの間に、職員が在席している時に見学が出来るそうです。
ただ、最近の市内のマンション建設や宅地造成、建物
新設が急増している事により、発掘調査に手一杯で見学に対応しきれないところもあると、申し訳なさそうに話されました。

さて、それでは
志木市最古の土器の調査結果はどうなったか。
僕の疑問は解決したでしょうか。
応対してくれた生涯学習課の担当者は実に丁寧に教えてくれました。
最古と思われる土器片は、平成4年(1992)に
城山遺跡第16地点から出土した縄文草創期爪形文系土器(写真上)約1万2千年前後、平成6年(1994)に同じ城山遺跡第21地点から出土した多縄文系土器(写真上)約1万1千年前後のものと思われるとの事です
なんと志木市でも約3万年ほど前から人々が活動し、1万2千年前の縄文土器が発見されていたのです。

参考までに
日本の縄文時代は次のように分類されます。(年代は目安)
草創期(1万65
00年~11500年前)縄文文化的な形式の変遷が定着するのは草創期後半から---ウイキペディアより」
早期(11500年~7200年前)
前期(7200年~5500年前)
中期(5500年~4700年前)
後期(4700年~3400年前)
晩期(3400年~2950年前)

それでは
草創期の土器様式の編年は、現在のところどのようになっているかと言うと。
1.無文土器(大平山元Ⅰ遺跡など)
2.豆粒文土器(長崎県泉福寺洞穴など)
 隆起線文系土器群
3.爪型文系土器群(現在まで志木市最古の土器と思われる城山遺跡の第16地点の土器片はこれに当たる)
4.多縄文系土器群(城山遺跡第21地点の土器片はこれに当たる)
    (1)押圧縄文系土器群
    (2)回転縄文系土器群

志木市最古の土器が発見された城山遺跡など、志木市の遺跡は、どのくらいあるか調べてみました。(志木市の文化財第45集-志木市遺跡群19から転載)

以下転載
志木市内遺跡の大部分は、柳瀬川・新河岸川右岸流域の台地縁辺部に帯状に分布している。史跡は柳瀬川上流から順に、
西原大塚遺跡
新邸(あらやしき)遺跡
中道遺跡

城山遺跡
中野遺跡
市場裏遺跡
田子山遺跡
富士前遺跡
大原遺跡
と名付けられている。また、荒川・新河岸川が形成した沖積低地でも、馬場(ばんば)遺跡、宿遺跡、関根兵庫館跡のように自然堤防上に存在する遺跡も明らかにされつつあり、
将来的には新たな遺跡が相次いで発見される可能性がある。なお、現在市内の遺跡総数は、前述した12遺跡に塚の山古墳、城山貝塚を加えた14遺跡である。
*2012年(平成24年)9月19日追記 2遺跡が追加されているようです。
1.市場遺跡
2.氷川前遺跡



ここに書かれているように、志木市でも今後の遺跡発掘により、多くのあらたな埋蔵文化財が発見されると嬉しいですね。
3万年前の石器が発掘されているのですから、土器も1万2千年前を超えてより古い土器が見つかる可能性もあるでしょうから。
実は、僕が縄文式土器に興味を持ち、少し勉強などをしたのは40年前以上前になります。
あらためて今度ブログを書くにあたり、調べてみると新事実の多い事驚くばかり、はっきり言って知らない事ばかりなのです。まさに浦島太郎の心境です。確実に学問は進歩していたのです。
それでも、
この最古の縄文式土器については、どのようにして、また、どこから日本に定着するようになったか(藤森栄一著書より)については、いまだ解明されていないことが多いようで、まだまだこれからの研究を待つことになりそうです。

僕が尊敬している考古学者の故藤森栄一さんが、やはり今から40年ほど前に書かれ、当時の僕の教科書でもあった
「縄文式土器」の一部を転載して、こんどの中国での2万年前の土器発掘の驚きを締めくくることにします。

以下、
藤森栄一著「縄文式土器」より転載

「そこで、問題となるのは、そうした最古の土器群が、どのようにして、またどこから日本に定着するようになったかということである。
南の九州では、古い隆帯文土器や細隆線文土器、さらに爪形文土器までが、細石器を伴っていることから、福井洞穴第三層下部の隆帯文土器を最古として、アジア大陸からの伝播と考える説が有力のようである。
隆帯文土器にしろ細隆線文土器にしろ、一見、始源の土器とは思いにくい成形、焼成上の完璧さが気になる。
そのことは、さらに古い母型の土器が、大陸の未調査のどこかに秘められているとも考えられる。
先史考古学の緻密さにおいて、日本はかならずしも大陸の学会におくれてはいない。
むしろ、日本からこうした古い土器が見出されて、暫時、これにならって大陸の研究が進むということも十分あり得ることで、事実そうした意味から、日本の縄文土器とその年代は世界の考古学会の注目をあびているといっていい。」

以上転載終わり

Ca390002_320

写真左上、埋蔵文化財保管センター入口)
(写真左中、展示室の一部、発掘された沢山の土器が復元されて、資料棚に陳列されている)
(写真左下、入口ホールに飾られていた、見事の造形の土器。西大塚遺跡108号住居跡から発掘されたもの。展示してあるが、まだ未整理、未発表との事)
Ca390004_320

Ca390007_320

| | コメント (0)

2012年9月10日 (月)

2万年前の土器発見に驚く

少し前ですが、世界最古となる約2万年前の土器片が発見されたと報道されました。
場所は中国・江西省の洞窟遺跡で、北京大学や米国のボストン大学、ハーバート大学、ドイツのエーベルハルト・カール大学などの研究チームが6月29日の米国科学誌サイエンスに発表しました。
洞窟からは280個以上の土器の破片が出土し、チームは破片が見つかった地層を詳しく調べ、地層に含まれる動物の骨や炭などの炭素を解析して古い地層は氷河期とされる1万9千~2万年前と結論付けたようです。
破片は土器の縁の部分などとみられ、厚さ0・7~1・2センチ程度。表面を滑らかに整えたり、筋で模様を付けたりした破片もありました。

今日の表題に「2万年前の土器発見に驚く」としましたが、実は3年前に中国湖南省の洞窟遺跡で、同じ北京大学と米国などの研究チームにより世界最古となる約1万8000年前の土器が発見されたと報じられ、遂に日本で発見されていた最古の土器より古いものが中国で発見されたか、それって確かなもの、年代測定は正確だろうかと思ったりしたからです。
今回の発見は土器が含まれる地層を細かく分けて測定し、埋没状況もわかる写真が公開されており、信頼できる発表と思えるので、2万年前が遂に出たかと驚いた次第です。
日本でも最古の土器とされる発見は、青森県の大平山元Ⅰ遺跡から1998年に出土した土器片で、放射性炭素C14による測定で約1万6千年前のものと認められ、一時は、世界最古の土器発見かとされたものです。

しかし、2万年前の土器とは!。
僕が小学生の頃の学校で学ぶ日本の歴史では、土器を伴わない石器の発見は無いので、旧石器は存在しないとされていましたし、土器でさえ、5千年から古くても8千年前のものという学説が主流だったと思います。
それが、岩宿遺跡の発見で旧石器が確認され、土器も最初はそんな古いものは無いと、嘲笑されたりもしましたが、C14の測定や穀物、骨など同時発見物の複合的判断なども加味され9000年前、それよりさかのぼる土器などが次々に発見されたり、再判定されるなど、その存在が認められるようになりました。
石器は、見つかった地層からその年代を確認する方法がとられている以上、そこに捏造などというあるべからざる事件が起きたり、発表論文への疑惑がついて廻ったりする要素があります。
しかし土器については、今後も科学的年代測定の精度があがることにより、地層分布などを含めた総合的検証によりよりより確実な年代判定が出来ることでしょう。
中国で2万年前の土器片が発見されたなら、日本でも1万6千年前より古いものが見つかる可能性もあるのではと思いますし、今後の発見と研究にに期待したいと思うのです。
僕の住む志木市は古くから人々が居住したことを示す遺跡も多くあり、土器などは今でも畑、道路工事現場などで、表面採集が可能です。Dscn7753_320

(写真左、数年前に幸町の「塚の山古墳」脇の道路工事の残土から表面採集した縄文式土器の一部。
近くが広い面積に分布する西原大塚遺跡なので、縄文中期(4000年から5500年前)のものと思う。土器にはさまざまな文様がついており、年代差も大きいのかも知れない)

| | コメント (0)

2012年9月 6日 (木)

森本敏防衛相の原発抑止力発言に対する河野太郎議員のブログ発信

森本敏防衛相(下、顔写真)の原発抑止力発言に対して、自民党の河野太郎衆議院議員が、自身のメールマガジン「ごまめの歯ぎしり」で意見を述べられています。
共感しますので、全文掲載のみ転載が許されていますから、全文を転載します。

その前に森本防衛省の発言内容を、東京新聞9月6日朝刊より転載しておきます。(記事写真はクリックすると拡大します)
森本氏は以前から的外れな発言が多いので、いつも本心なのかあるいは国民に啓蒙するための策略なのかわかり難いのですが、この発言要旨を読むとどうも本心のようです。
それにしても防衛相に就任する方が、いかに就任前の発言とはいえ、北朝鮮が日本海側にある韓国、日本の数十基の原発の一部を標的にしている事など知っているはずなのに、原発は抑止力と一面だけを強調した思考停止のような発言をする事には驚きです。

消費増税については殊に道筋ができた、TPPもなんとかなると読んでいる次期自民党政権にとって、最大の課題は憲法改正です。
最近の尖閣諸島問題での対中国、、竹島問題での対韓国、そして日韓米の協力関係を進める米国の動きとオスプレイ配備、経済界と労働側の異例の共同提言、自民党の谷垣総裁降ろし(憲法改正にやや遠い方なので)、石波、安倍氏の怪しげな動きなど国民啓蒙の布石が着々と打たれていることを感じます。
Sp06001_2
Morimoto_320
以下、河野太郎「ごまめの歯ぎしり」全文転載

「2012年9月5日号 原発と抑止力」
共同通信で、次のようなニュースが流れた。

原発維持「周辺国へ抑止的機能」 就任前に防衛相が講演

森本敏防衛相が就任前の今年1月、電力関係の講演会で日本の原発
維持を主張し「単にエネルギーの問題だけではない」「周りの国か
ら見て非常に大事な抑止的機能を果たしている」と発言していたことが5日分かった。

原発の維持が周辺国に核兵器開発の潜在的能力を意識させ、それが日本の国防上のメリットにつながるとの考えだ。

森本氏は共同通信の取材に対し「政府の一員となった現在は(非核三原則を堅持する政権の方針に従う」とする一方、自らの考えについては「できれば現実の政策の中に生かしたい」とも強調した。(共同)

時々、こういう発言をする政治家が与党にも野党にもいるが、まさか森本大臣まで、こんな意味不明の発言をするとは思わなかった。

原子炉と使用済み核燃料プールは、テロリストに狙われたり、ミサイルで狙われたりと潜在的な弱点である。

大飯再稼働にあたっても、この弱点は解消されていない。

福島第一原発に津波は来ないことになっていたのと同じように、日本の原発にはテロリストは来ない、ことになっている。

大飯の再稼働にあたっても、これにかわりはない。

「原発の維持が周辺国に核兵器開発の潜在能力を意識させ」とあるが、これからの日本で原発を維持することと核開発の潜在能力は、つながらない。

核兵器をつくるためには濃縮ウランか、プルトニウムが必要だ。原発は、ウランを燃やしてしまうから、濃縮ウランで核兵器をつくるためには必要がない。イランのようにどこかでこっそりウランを濃縮すればよい。

もう一つ、北朝鮮のように、ウランを燃やして使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出して核兵器をつくるという方法があるが、日本の場合、すでにプルトニウムを45トンも取り出していて、そのうち10トンは国内にある。

プリンストン大学のフォン・ヒッペル教授によれば、アメリカの核兵器に積んであるプルトニウム総量は38トンということだから、日本が持っているプルトニウムの量はそれと比べてもかなり多い。

8kgのプルトニウムがあれば核爆弾を一つ作れるのだから、すでに日本国内にあるプルトニウムだけで、数百発の核爆弾を作ることができる。もし、本当にその気になればだが。

だから、日本が今後、原発を維持するかどうかは、核兵器開発の潜在能力とは既に関係がない。

もしプルトニウム爆弾を作って核実験をやれば、NPT違反になるのだから、外国からの原発のウラン燃料の供給は止まる。だから、もし万が一、日本が核開発をやろうというならば、原子力への依存度をあらかじめ下げておく必要がある。

森本防衛大臣は、自民党が民主党政権に送り込んだトロイの木馬だという噂があるが...。
「転載終わり」

| | コメント (0)

2012年9月 5日 (水)

男を磨く10カ条

雑誌「GQ」10月号に、男を磨く10ヶ条なる特集記事が掲載されています。
その10カ条とは、次の10章。
1.カラダを磨く
2.ホームパーティの腕を磨く
3.世のため人のための心を忘れない
4.得意技を磨く
5.内面を磨く
6.男の遊びを磨く
7.旅の達人になる
8.会話力を磨く
9.モノを見る目を磨く
10.女性に対するマナーを磨く

男を磨く事に興味のある方は、記事を読んでいただくとして、その第1章「カラダを磨く」には、レーシング・ザ・プラネットに挑み続ける34歳 森 照昌さんが紹介されています。
森さんは語ります。
レーシング・ザ・プラネットとは、「アタカマ、ゴビ、サハラといった砂漠や南極などがステージとなり、食料や寝具、鍋釜まで背負って、総距離250km近くを走破します」

「毎日、ただ歩くか走る。それだけのレースです。だからつまらなくなった時のためにiPodをもっていく。だけど、一度も使ったことはありません。風、土、空、空気、木、草、動物、虫----それに自分の鼓動と足音。いろんな音が聞こえて飽きないんです。」
 
大自然に放り出されると、日常生活の人間関係やビジネスのトラブルなんかが、とっても矮小でつまらないことだと思えてくる。生きる、歩く、呼吸するというシンプルなことが、とっても偉大なことだと気づくそうです。
「かっこいい表現をすると、砂漠の果てにゴールがあるんじゃなくて、自分の中にあるんですよね。きっと」
過酷なレースに挑む男は、カラダを磨きながら心も磨いているんですね。
「男のカラダを磨く」の章の最初にレーシング・ザ・プラネット森 照昌さんが選ばれたことが嬉しい。
Sp03020_1024

カラダを磨くというなら、このニュースも凄い。
「トレイルランニング」の国際大会「ピレーネ大耐久レース」で日本人が初めて優勝しました。
詳細は、上に新聞コピー(クリックすると拡大します)をつけますが、優勝者の山本さんはトレイルランナーとして日本トップクラスの方で、驚くことにトレーニングで甲斐駒ケ岳の黒戸尾根の登山ルートを頂上まで2時間半で登るという天狗さまも顔負けの方。
黒戸尾根については、山に登る方はご存知と思いますが、登山口より頂上まで、ガイドブックの休憩無しでのタイムが約9時間半という長大な尾根登りです。
それを2時間半とは、まさに超人です。
往復のコースタイムが15時間10分、もちろん休憩時間は含みません。これを3時間50分でやってしまうのです。
新聞記事に書かれていますが、ピレネー160km耐久レースは参加ランナー約760人の半数近くがリタイヤした過酷なレースです。
走れなくなると言うより、途中のチェックポイントの時間切れが多いとは思うのですが。
だが、山本さんは笑顔を絶やさずに360度の雄大なパノラマを楽しみ、夜は足元を照らすヘッドランプを消し、満点の星空を見上げて走った。

東日本大震災でのボランティア経験からの言葉「レース中にはつらいこともあるが頑張ればゴールが見える。こういう人間を見てもらい、ほんの少しでも力になれたらうれしい」
ここでもカラダを鍛える超人は、やはり心も鍛えておられるようです。

| | コメント (0)

« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »