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2012年5月26日 (土)

草津川の渡し---草津追分にて

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は広重描く「木曽海道六拾九次之内 草津追分」の図です。
「草津宿」は東海道と中山道の合流点でした。その中山道の草津宿に入る手前にある草津川の渡しの図なのですが、旅人が渡っている橋がなぜこんな小さな橋なのか、以前から思っていた疑問が解けるかと思ったのですが!。はたして?
4月の奈良旅行の際に、草津のホテルに宿泊し、広重描く「草津追分宿」の現地を訪ねてみました。
下の写真は、再現された橋の横に建っていた説明板です。クリックすると拡大します)
草津川は、昔から周辺の地盤より川床が高くなってしまった天井側であることは、わかるのですが、川の渡しについては、右の説明板にこう書かれていました。
「通常水なしで徒歩(かち)渡り。水高により三~三十二文の橋銭を払っていた」

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この説明文、あまりに簡略すぎてよく理解できません
「通常水なしで徒歩(かち)渡り」
とありますが、現在は治水工事で廃川になっているので、川の流れが無いのはわかるのですが、江戸時代には少ないとはいえ、川には水流があったのではないでしょうか。
砂川とも呼ばれ普段は水が流れていなかったという説や、流れはあったとの資料もあります。
どちらにしろ、この川を渡るためには、歩いて渡るより方法がなかったことは間違いないようです。
江戸から、あるいは京都方面から来た旅人は、川床の高い川の土手を登り、河原に下りて川を渡った。水の少ない時期であれば、そのまま川に入って渡渉した。少しでも流れがあれば冬など寒かったことでしょう。
川の渡渉ですが、川越人足に手伝ってもらって渡ったという資料もあります。
他の川でも見られたような手を引いてもらう、肩車してもらう、蓮台に乗せてもらうなどの方法があり、川の水量によっても渡し賃が違った。
それが「水高により三~三十二文の橋銭を払っていた」という事だと思います。
しかし、人足の手を借りないで渡る人と、人足の手を借りる人の割合や川の状況、女、子どもの場合はどうだったのかなどが良くわかりません。また払ったという橋銭というのもわかりません。橋銭は一般的には有料の橋の渡り賃です。人足に渡してもらうなら、川越人足賃料でしょう。
この広重の絵がそのあたりの状況をまた解り難くしています。小さな橋を女性が渡っています。この橋が左側の説明板にあるように、現地に再現されています。(写真下の上)
確かに、長さ3メートルほどの広重の絵の橋の再現です。
広重の絵は、橋が川の流れと平行になっていたり、宿場町の建物の位置関係もおかしいのですが、浮世絵の風景は正確な写実ではありませんから、これは良しとしましょう。
ただ、絵に描かれ、再現もされている橋があまりに小さいので、草津川の流れは、本当に通常こんな程度だっのかという思いは残りました。
橋が出来たのは江戸時代も後期とのことですが、橋のできる以前は徒歩渡りといっても、足首が濡れる程度のものだったのでしょうか。
ただ、かなりの暴れ川で、土手の高さが積みあがって天井川になったという事や、橋銭?が
三~三十二文とかなりの値段差があることなどから、水かさが増す場合も多かったのでしょう。
ことによると、この小さな橋を渡るのに、
橋銭なるものがが最低の三文必要で、それ以上の値段は水かさによる渡し賃、すなわち人足賃料だとしたら、まとめて橋銭とした事もわかるような気がします。
すると増水時には、この小さな橋はどうなったのだろうという疑問は、現地でも解決されませんでした。もう少し文献などを調べると、当然わかることなのでしょうが、それは少し先のことにします。


Dscn7423_320(写真左上、広重の絵に描かれた橋が再現されたもの。橋というより溝を渡る踏み板のような大きさである)Dscn7426_320
 

(写真左下、川床の中に小さく見えるのが橋。川幅に比べてその小ささが良くわかる。右側に説明板2枚が建っている

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