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2011年9月25日 (日)

千葉県旧血清研究所跡地の「赤レンガ建造物」の見学をしました

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2011年9月24日(土)
千葉県市川市国府台にある千葉県旧血清研究所跡地に建っている「赤レンガ建造物」の見学会に参加し、普段見ることが出来ない貴重な建物を見学する事が出来ました。

見学会はこの赤レンガ建造物を保存し、平和・芸術文化・環境の活動拠点にする運動を進めている「赤レンガをいかす会」の主催によるものです。
http://ichibun.net/akarenga/ 赤レンガをいかす会ホームページ

僕が存在すら知らなかった、この明治期の赤レンガの建造物を見学できたのは、この会で活動している友人の建築家T氏から、敷地内に入れるめったに無いチャンスだと誘われたからです。

T氏の説明で、建物内外を見学して驚いたのは、かなり老朽化していると想像していたこの赤レンガの建物のとても良い保存状態でした。
1階窓周りなどに損傷しているところも見られますが、赤レンガの色や風合いなど建築後110年近い年月の経過を思わせない重厚なたたずまいに圧倒させられました。
2階内部のレンガ壁や屋根の木造トラスの状態の良さなど、驚くべきものです。この建物の保存を求める要望が強いことが納得できる価値の高い建築と思いました。

明治期の陸軍下士官養成機関であった陸軍教導団から始まり、野砲兵部隊など終戦まで陸軍関連の施設として使われ、戦後は千葉県立血清研究所の建物として10年程前まで使われていたことも保存の良さにつながったのかもしれません。
興味深いのは、明治37年(1904)頃と思われてきた建造年が、説明によればもう少し早い明治初期の可能性もありうるとの事で、今後の会による調査の進展も待たれます。
それには、この建物の保存こそが重要です。
僕も千葉県に残る最も古い赤レンガ建築物となるかもしれない、この建物の保存活動に取り組む友人を応援していきたいと思います。
いろいろの資料や写真も頂き、説明も聞きましたのでそれらについては、機会があれば後日また書くとして、今日のところは保存に真剣に取り組んでいる「赤レンガをいかす会」と建物概要について書かせていただきました。
なお、市川市の戦争遺跡に関しては、とても精通され詳しく書かれたブログを読ませていただいたので、紹介させていただきます。http://blog.goo.ne.jp/mercury_mori/c/ce4a826e57ac17a96aa8dda322a71942

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(写真1~3枚目、赤レンガ建物の外観と2階内部は、見学会場で購入したプリント写真からコピーしました)

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Dscn6717_320 (写真4枚目、窓は外側に観音開きと思われる雨戸?の丁番跡が残っている。その内側には鉄の格子がレンガに埋め込むように取り付けられている。いちばん内側の建具枠は一本溝の敷居に、ガラス格子と亀甲網の戸がついている。敷居の状態から建造初期から取り付けられたものか?
透明板ガラスは、外の景色を見てもゆがみが無いので、明治期製造ではないかもしれないが、ところどころに気泡が見られた。亀甲網とともに建具の取り付け年代の手がかりにはなりそうである)

Dscn6703_320 (写真5枚目、この建物はレンガ組積造でフランス積みと呼ばれる積み方で建てられている。保存状態がとても良い。陸軍では明治後期にはイギリス積みが主流になったとの事だが、一般ではフランス積みもまだ見られた。レンガ造建築は関東大震災での倒壊で失われたものがが多かったのは残念である)

Dscn6699_320 (写真6枚目、見学会は百数十名の参加があったほどの盛況で、4班ほどに分かれて説明を聞く状況でした)

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