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2011年3月13日 (日)

東日本大地震・福島原発事故を感ずるままに書く---その1(3月13日)、

テーマのある、まとまったブログ記事を書く心境になく、また刻々変化する状況に対応するため、ツイッターふうに「柳瀬川のほとり--つぶやき編」でしばらくブログを書くことにします。
拙いブログをお読み頂き感謝します。
日に何度か更新する事もありますし、書けない事や、途中で書きかけの状態になる事もあると思いますが、よろしくお願いいたします。

当分の間、今いちばん気になる福島原発事故が主題になるかと思うのですが、前から書いているように僕は原子力発電所関連の「政府」「東京電力」及び「通産省原子力安全・保安機構」の発表や解説、関係者の談話などは信用するに値しないという思いがあります。
そんなわけで、やや偏向記事と捉えられるかも知れませが、情報収集に努め柳瀬川通信:報道部記者一同とも協力して、真実を追求していきたいと思います。

2011年3月11日(金)午後2時46分大地震発生時、僕は自室でパソコンに向い、今から考えると、実に能天気な「キンカン酒を作る」なるブログ記事を楽しみながら書いていました。
突然、強い横揺れが始まり、そのまま収まるかと思っていると、ますます揺れがひどくなりました。
これはかなり大きな地震だ。ただ、この横揺れは僕が恐れている東京直下型ではない、それでは房総沖か。
そんな考えが頭をよぎる中、家具類が共振するように音を立て始めました。
我家で転倒する可能性が強い家具類は居間の大型液晶テレビしかないと思い、すぐに部屋を出て居間に入り、テレビの置いてある収納台の横に立ち、テレビを押さえるように地震の収まるのを待ちました。
我家の家具類は、以前ブログで紹介しましたが、全て「転倒防止ポール」、「ふんばりくんZ」、「特殊支持金具」などで補強してあり、このくらいの揺れでは転倒の恐れはありません。

その間、揺れは強弱を繰り返すように長く続きます。恐れていた突き上げるようなたて揺れに変わらないまま、最大の強い横揺れを感じたとき、これはやや遠い「三陸沖」だと直感しました。

被害甚大、凄まじい惨状の地震被害が発生した後で、今、地震予知を語るのは問題も多いので、詳しくは書けません。
ただ僕が入手していた地震予報を解釈して、----書きかけ続く

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