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2010年12月16日 (木)

「絶滅」クニマス発見----秋田魁新報の記事が面白い

柳瀬川通信:報道部 担当 農園寺記者

Kunimasu_320 秋田県の田沢湖にのみ生息し、70年ほど前に絶滅したとされていた日本固有の淡水魚「クニマス」が、山梨県の西湖で確認されたという、嬉しいニュースが日本中を飛び交いました。
インターネットでも関心が高いようで、時間帯によってはクニマス関連で検索してもアクセス集中で見ることが出来ないサイトまであります。

なぜ田沢湖にだけ生息していたクニマスは絶滅したかについては、1940年、下流の水力発電所に供給する湖水を補充するため、近くの玉川の強酸性の川水を湖に引き込んだことが原因だそうです。

なぜ、そんな事が起きたのか、誰も止める事が出来なかったのかと、もう少し詳しい事情を知りたいと記者が調べたら、「秋田魁新報」の今年の2月の紙面に掲載されたクニマスについての詳しい記事が見つかりました。
その記事が嬉しい事に同紙のネット版でも見る事ができます。実に読み応えのある記事です。

その記事を読む前に、まず田沢湖に命を育む会の「幻の魚クニマス」を読んでください。クニマスの事がよくわかります。

もちろん、今回、西湖で発見される前の記述ですから、絶滅してしまったと書かれています。
しかし次の記述を読むと、山梨県の本栖湖と西湖に受精卵が送られたことが書かれおり、発見の一歩手前まで迫ったのではと思われます。
「クロマス」という別の名前に生まれ変わっていたとは。そのあたりの事は、次の転載記事を読むとよく分かります。
東京新聞12月17日朝刊記事から転載追記します。

以下、転載

なぜ長年、クニマスと分からなかったのか。西湖観光協会の三浦喜保副会長は「川を遡上するサケと同じように、産卵期になると婚姻色といって体色が変化する。ヒメマスも銀色から黒っぽく変わるので、誰もがクロマスとヒメマスは同じだと信じていた」と驚く。

 「釣り客が変な魚を持ってきても、それはヒメマスと説明してきた。ヒメマスの産卵期は九月末から十一月中旬頃。
クニマスは一月から三月ごろらしいが、黒っぽい魚を見ても、婚期が遅いヒメマスもいるなと思っていた」と振り返る。
 転載終わり
 

しかし今回西湖で見つかったという事は、本栖湖にも生存の可能性があるのではと思わせます。本栖湖観光協会さん、是非、調査をして欲しいです。

以下、田沢湖に命を育む会「幻の魚クニマス」の一部転載

では、わが国近海のマスのどの種類が田沢湖に陸封されたのでしょうか。
大島博士は「このような稚魚の特色を持つマスはどこにも見当たらないのでその点を明らかにするのは難しい」と言い、そして「他の例のない種であり、系統学的にも貴重な資料」だとし、「天然記念物に指定しておくべきだと思う」と述べたのです。

 そして、田沢湖からクニマスの姿が途絶えて数十年が経ちました。
田沢湖町観光協会は、平成7年から3年間、このクニマス復活への一部の望みをかけて、懸賞金500万円をかけた『クニマス探しキャンペーン』を行って、その行方を探したのです。

古い記録では、昭和十年に山梨県の本栖湖と西湖にクニマスの受精卵十万粒が送られ、ふ化放流されたということから、もしかしたら奇跡的に他の湖で生き残っているのではないかということを願っての企画でしたが、残念ながらクニマスを探し当てることはできませんでした。

 また、標本が数体残っていることからDNAによる復活が期待され、大学の研究室に持ち込んで分類・調査の全てを行ってみました。
しかし、ホルマリンによって
DNAそのものが切断されていて、クニマスの復活は、残念ながら絶望的です。

  以上、転載終わり

http://www.tatsuko.net/tazawako/kunimasu/kunimasu.html 幻の魚クニマス - 田沢湖に生命を育む会---ここから読んでください。上のクニマスのホルマリン漬けの写真もコピーさせていただきました。

*以下「さきがけon the Web」「どっぷり雄物川紀行 厳寒編」の中の田沢湖とクニマスについてです。じつに読み応えのある記事です。

http://www.sakigake.jp/p/special/10/omonogawa/article2_04.jsp (4)[毒水流入]景観一変、「死の湖」に(2010/02/13)

http://www.sakigake.jp/p/special/10/omonogawa/article2_05.jsp (5)[クニマス絶滅]「国策」にあらがえず(2010/02/14)

http://www.sakigake.jp/p/special/10/omonogawa/article2_06.jsp (6)[絶滅から70年]生態は謎、証言も細る(2010/02/15)

http://www.sakigake.jp/p/special/10/omonogawa/article2_07.jsp (7)[語り部の遺志]湖の史実、記録に残す(2010/02/16)
 
http://www.sakigake.jp/p/special/10/omonogawa/article2_08.jsp (8・完)[田沢湖再生]壊した自然、取り戻せ(2010/02/17)

最後にひとつ謎として残るのは、7)[語り部の遺志]湖の史実、記録に残す(2010/02/16)に次のような記述がある点です。

「田沢湖以外でクニマスは生き残っていないか―。
三浦家には、1935(昭和10)年に山梨県の本栖湖と西湖に受精卵各10万粒が送られた移出記録が残る。
久兵衛さんはいちるの望みをかけ、私費を投じて何度も両湖に足を運び、刺し網で捕獲を試みた。クニマスとの再会はかなわなかったが、妻キヨさん(86)は「満足するまでやらせてあげたかった」と語る。

 「クニマス百科」の著者杉山秀樹さん(59)は「本栖湖や西湖で網を入れはしたものの、『(捕獲は)無理だべな』と言っていた。
それでもあきらめ切れなかったのは、滅ぼしたことに対するいたたまれない気持ちがあったからだった」と振り返る。」

三浦久兵衛さんは、私費を投じて何度も本栖湖と西湖で刺し網を使い、クニマスの捕獲を試みたが、果たせなかったとのことです。
刺し網漁の際、西湖の観光協会との接点はなかったのでしょうか。
本当に刺し網で1匹もクニマス(西湖の場合はクロマス)が、捕獲できなかったのでしょうか。
もし、西湖のヒメマスの婚姻色と思われた魚(クロマス)が捕獲されていたなら、三浦さんの記憶に残るクニマスとは、何か違いがあったのでしょうか。
今回の発見につながったさかなクン、中坊京都大学教授の西湖調査では、割と簡単に刺し網にかかったと伝えられていますので、三浦さんがなぜ、捕獲できなかったのかちょっと疑問に思えるのです。
勿論、今回発見されたクニマスは中坊教授の研究チームにより、DNA解析をはじめ、慎重に詳細な分析が重ねられての鑑定結果ですから、疑義をはさむ余地はないのですが。
クニマス発見の話題が大きくなっている状況から、また、なにか新しい事実が見つかるかもしれません。記者も期待しています.。

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