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2010年11月28日 (日)

新宿サザンテラスのイルミネーション

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昨夜は所用の帰りにザンテラスのイルミネーションを見てきました。新宿駅の南口です。
週末とあって、大勢の人達が見物に訪れ、写真を撮っていました。
駅南口から歩道橋を渡って入って行くと、いつのまに開店していたのか右手に北海道のアンテナショップがありました。
前からある宮崎県ショップの手前です。どちらの店内も賑わっていました。
それと、いつも長い行列が見られる「クリスピークリームドーナツ」の店の前にもやはり人の列が。
数年前、香港のこの店を探して訪ねたら、日本では人気店なのに、既に閉店していて驚いた事がありましたが、新宿南口の店はいつも盛況ですね。

混み合う線路の陸橋を越えて東急ハンズに入ると、クリスマスグッズが沢山並んでいました。
この前寄った時はハロウィン商品だったのに。早いもので、もうクリスマス一色なのです。
僕もチビスケ1号、2号に送るカードは、先日、日本フィルの定期演奏会でサントリーホールの売店で購入済みです。
ドイツ、スイスではクリスマス用品の専門店が、一年中開いてよく商売になるなと感心したものです。商店街の中でもひときわ華やかな店構えなのですぐわかります。

さて、今日は注目の沖縄県知事選の投票日です。応援している伊波さんの当選を願っています。
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2010年11月26日 (金)

消えた二つのニュース---海賊に拉致された貨物船「IZUMI」とテロ攻撃された大型原油タンカー「エム・スター」(M・STAR)その-2

   柳瀬川通信:報道部 担当作山記者
なんどか書いてきましたが、海賊に拉致された日之出郵船の貨物船「IZUMI」(正確には「RO/ROランプウェイ装備多目的重量物船」)とテロ攻撃?を受け損傷した商船三井の大型原油タンカー「エム・スター」(M・STAR)の続報が入りません。

*商船三井の大型原油タンカー「エム・スター」(M・STAR)---謎が深まる損傷原因。そして犯行組織と実行犯は実在しなかった?

7月28日の午前零時にホルムズ海峡で、何らかの爆発により船体に損傷を受けた商船三井の原油タンカー「M・STAR」ですが、当初の報道ぶりが嘘のように、その後の情報がが消えてしまいました。
最も新しいニュースでは、
国交省の報告として次のような発表がなされています。

「中東で損傷したタンカー、付着物に火薬なし 国交省報告へ」 
中東のホルムズ海峡で商船三井の大型原油タンカーが損傷した問題で、損傷部分(船体外部)の付着物を警察庁で分析した結果、
火薬などの成分は検出されなかったとみられることが10月27日、分かった。

国土交通省によると、損傷部分の形状や大きさをレーザーで計測、力の加わり方などからも損傷の原因を分析したところ、外部で何かが爆発した可能性が高いとの結果が出たという。

国交省は11月にも報告書をまとめる方針だが、爆発物による爆発と断定できない可能性が出てきた。
付着物の分析は警察庁の科学警察研究所に依頼していた。 ---記事以上


もうひとつのニュースは、事件後の8月4日に、アルカイダ系の「アブドゥラ・アザム旅団」を名乗ってウェブサイト上に投稿された犯行声明は、どうやら捏造だったとの情報です。
「アブドゥラ・アザム旅団」なる組織は実在するようですが、ボートごと自爆したとされる
アイユーブ・アル・タイシャンなる人物は組織に実在せず、この組織による犯行は行われなかったとの事です。
「資源を収奪する非イスラム勢力による世界秩序を乱すため」などとされた犯行声明文がウェブサイトに発表された事についても、声明文作成への関与を否定したとされています。
日本円で170万円相当を受領して犯行声明に係わったとされていますが、深夜の現場状況やタンカーの軽い損傷などが大きく報道されて腰が引けたとのことです。

「タンカー損傷の真の原因はなにか。」
10月9日の当ブログでも、
「救命ボート内に仕掛けられた手製時限爆弾の爆発と救命ボートの落下」との仮説を書きましたが国交省が11月中にもまとめる方針との報告書では、果たしてどんな報告がなされるのでしょうか。
報告が発表され次第、また書くことにしますが、国交省の11月中にまとめるとの説明には疑問を持っています。

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2010年11月25日 (木)

消えた二つのニュース---海賊に拉致された貨物船「IZUMI」とテロ攻撃された大型原油タンカー「エム・スター」(M・STAR)その-1

  柳瀬川通信:報道部 担当作山記者
なんどか書いてきましたが、海賊に拉致された日之出郵船の貨物船「IZUMI」(正確には「RO/ROランプウェイ装備多目的重量物船」)とテロ攻撃?を受け損傷した商船三井の大型原油タンカー「エム・スター」(M・STAR)の続報が入りません。

*日之出郵船の貨物船「IZUMI」---どこでどうなっているの?
11月9日に共同通信が、同船の拉致以後、始めてのニュースとなる、EU部隊からの情報として次のような配信をしました。
「10月にケニア・モンバサ沖で海賊に拉致されたとされる日之出郵船運航の貨物船「IZUMI」が、ほかの船舶への襲撃に使われている事が分かった----(記事全文は11月9日のブログに掲載)」

しかし、共同通信以外のニュース配信は無く、記事そのものも、いたって曖昧な情報であり、「IZUMI」が現在、どのような状況におかれているのか、全くわかりません。
理解に苦しむのは、実質的な船主である日之出郵船が、「IZUMI」が拉致されたとの報告以外、50日を経過しているのに、なんらの情報発表もしない事です。
もちろん同社のホームページにも、拉致以後のなんらのプレス発表も掲載されていません。問い合わせにも回答がありません。
便宜置籍船といえども、同社が運航し、顧客の貨物を運搬中であった船舶が海賊の母船として使われているとのニュースに、企業がなんらのコメントもしない事は実に不可解です。
http://www.nyk-hinode.com/ 日之出郵船ホームページ

もっと不可解なのは、この事件を日本の海賊対処の担当である防衛省、海上自衛隊、海上保安庁、国土交通省海事局が情報として全く取り上げないことです。
事件発生後、毎日閲覧していますが、どのホームページの海賊対処欄からも、何の情報も得られません。
ソマリア沖で活動中の護衛艦2隻とジプチ基地のP3C哨戒機2機が何らかの動きを見せたとの報告もありません。EU部隊に任せきりなどということが、ありえるのでしょうか。

http://www.mod.go.jp/j/approach/defense/somaria/index.html 防衛省・自衛隊の海賊対処
http://www.kaiho.mlit.go.jp/info/anti-piracy/index.htm 海上保安庁の海賊対策http://www.mlit.go.jp/maritime/index.html 国土交通省海事局(海賊対処の担当部署)

「IZUMI」の拉致に対し、日本側とどのような連絡を取り合っているのか不明ながら、日本では現地で海賊と対応していると報道されているEU部隊からは、何の情報も発表されていません。
だいいち、共同通信が配信したような、EU部隊の駆逐艦に対し、「IZUMI」側から攻撃を仕掛けるなどということが起こりうるのでしょうか。

http://www.eunavfor.eu/  European Union Naval Force Somalia EU部隊(EU NAVFOR)

事件発生当初は、安否を気遣っていましたが、こうまで情報が無いと、最近は日之出郵船の「IZUMI」なるRO/ROランプウェイ装備多目的重量物船は本当に海賊に拉致されているのか、顧客の鋼材貨物を積載していたのかが疑問に思えてきました。

*商船三井の大型原油タンカー「エム・スター」(M・STAR)---謎が深まる損傷原因。そして犯行組織と実行犯は実在しなかった?
  書きかけ---11月26日その-2に続く

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2010年11月23日 (火)

志木ニュータウンの紅葉

昨日書いたように「志木ニュータウン内の紅葉風景」を撮ってみました。
今日も曇り空の時間帯が多く、きれいな写真が撮れなかったのが残念です。紅葉はこれから1週間くらいが見頃と思います。
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2010年11月22日 (月)

戊辰戦争を描く3冊の本----「平太の戊辰戦争」ほか

Heitanobosin_2 今日は、散歩がてら志木ニュータウン内の紅葉ポイントを下見しました。
多分、明日の午後には晴れて、木々の葉が明るく輝いた良い写真が撮れるのではないかと思ったからです。
近年、志木ニュータウン内の美しい紅葉が知られて、近くの人もわざわざ見に来るほどなのです。

その散歩帰りに寄った、ペアモール商店街の「柳瀬川書店」で見つけた本が「平太の戊辰戦争」です。
この事は何度か書いたことがあるのですが、僕は先祖が徳川家の禄を食んでいて、明治維新の動乱に巻き込まれた事から、戊辰戦争関連の史実に興味があるのです。

「少年兵が見た会津藩の落日」と書かれた表紙に思わず手に取り、購入してしまいました。
幕末の会津藩に関する著書の多い星亮一さんの最新作です。

背表紙に書かれた文を写して見ます。
「親子がみつめた、会津藩の死闘」
白虎隊とは別に、父親と同じ部隊に所属した15歳の少年兵・平太。
戊辰戦争における激戦の地・越後を転戦し、過酷な運命をたどることになった兵太は、目の前で繰り広げられる戦争の実態を克明に記録していた。
大混乱の中、瀕死の父を裸足で背負って辛うじて逃げのび、父の憤死を看取った平太の日記からは、「もうひとつの戊辰戦争」ともいえる現実が浮かび上がる。
本書は、維新の大河に翻弄されながらも、必死で戦い、生き抜いた平太の視点をもって、戦争と、人間の現実のあり方をみつめ直す。」

まだ読み始めてもいない本について書いたのは、今年読んだ、今迄で見られなかった視点で、戊辰戦争、特に薩長と会津藩の争いを描いた本からの影響です。
その本とは船戸与一作の、戊辰戦争を題材にした小説
「新・雨月 戊辰戦役朧夜話」(上・下巻、徳間書店)です。
(すみません。本の表紙写真をコピーしただけなのでクリックしてもなか見は検索できません)Sinugetu2

Sinugetu1_2この作品の三人の主人公は架空ながら、史実に基づいた徳川幕府と薩長との争いの中で、立場の違うそれぞれの闘いを繰り広げます。
長州藩の間諜として奥州各地に事前に潜入し一揆を誘発させる物部春介、長岡藩の家老河合継之助に心酔し博徒から足を洗い歴史の目撃者となる布袋の寅蔵、会津藩の重役奥垣右近。
従来にない視点から、薩長連合対会津藩、そして揺れ動く奥羽越列藩同盟の情勢と血みどろの戦いを描いて、読み始めたらとめられない面白さで一気に上下巻2冊を読み終えました。

本の最後に終章として、本編物語以後の登場人物のその後を、史実をなぞりながら書きくわえてあり、今迄知らなかった事実も多く、新たに戊辰戦争についてのさまざまな視点からの本が読みたくなっていたところに、今日、帯に興味を引かれる「私たちの知らないもうひとつの戊辰戦争」と書かれた「平太の戊辰戦争」に出会ったというわけなのです。

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2010年11月19日 (金)

前川国男邸を見る---江戸東京たてもの園

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昨日は、都立小金井公園内にある「江戸東京たてもの園」を初めて訪ねました。
広い公園内の木々は紅葉し、落ち葉が地面を黄色く覆って晩秋の気配を感じました写真上1枚目)
公園のいっかくに7haほどの敷地面積のある江戸東京たてもの園があります。
園内は西ゾーン、センターゾーン、東ゾーンに分かれており、合わせて30棟近い古い建物が移築されています。
西から東へと各建物を見てまわりましたが、やはり仕事柄西ゾーンにある前川国男自邸、堀口捨巳設計の小出邸に興味がありました。
ここに移築された建築家、前川国男の自邸については、広く知られており、多くの方が紹介し評論されております。
実際の建物を見ると、写真で見て想像していてより、ずいぶん大きく感じました。(写真上2枚目)
「パンフレット説明文より」
「日本の近代建築の発展に貢献した建築家前川国男の自邸として、品川区上大崎に1942年に建てられた住宅です。
戦時体制下、建築資材の入手が困難な時期に竣工しています。
外観は切妻屋根の和風、内部は吹抜けの居間を中心に書斎、寝室を配したシンプルな間取りになっています。」


入ってみた内部は、最近の住宅建築に多く見られる、軽く、細く、明るく、白く、そして開放的といった感じと異なり、木のぬくもりに包まれた落ち着いた空間が広がっていました。
南面の大きな開口部からは格子、障子を通して、大きな吹抜けのある室内にやさしい光が差し込み、心がやすらぎ、いつまでも座っていたい雰囲気の場所が作られています。
多分、この部屋を訪れた多くの人が、こんな家に住みたい、こんな部屋が欲しいと思われるのではないでしょうか。
建築されたのは1942年(昭和17年)ですから、今から約70年前の住宅ですが、全く古さを感じさせません。
雨戸の巧みな工夫、窓周りの収まりやリビング入口の縦軸扉など、ディテールへのこだわりの数々なども今、ややもすると忘れられている建築の本質について考えさせられるものがあります。
見る事が出来て良かったと思う住宅でした。



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(写真左上、小出邸)
パンフレット説明文より」
日本におけるモダニズム運動を主導した建築家堀口捨巳が、ヨーロッパ旅行からの帰国直後に設計した住宅です。当時オランダで流行していたデザインと、日本の伝統的な造形を折衷した造りになっています。文京区西片二丁目/1925年(大正14年)

(写真左中、前川国男自邸(右)と小出邸(左)は西ゾーンに隣接して建てられている)


Dscn5981_320 (写真左下、小金井公園内の紅葉した樹木)

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2010年11月17日 (水)

ねずみ返しが有る小屋

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建築史関連で登呂遺跡のことを調べていて、復元された高床式の倉庫のねずみ返しの写真(写真下)から、今年の夏にスイスのツェルマットで見た、石で出来たねずみ返しのついた小屋を思い出しました。
マッターホルン・グレーシャー・パラダイスに登るつもりが、なんと高所は吹雪という悪天候のためトロッケナー・シュテークから引き換えし、フーリからの山道をツェルマットへ下っている途中で見つけた古い倉庫です。(写真上)
円盤型の石で出来たねずみ返しの大きさに驚きました。きのこを連想する形をしています。いくら山岳国スイスのねずみと言えども、このオーバーハングは登攀不可能でしょう。
ツェルマットを歩いていて何軒ものねずみ返しのついた倉庫を見ましたが、村の山道に一軒だけポツリと建っていたこの小屋は、構造もよくわかり実に写真写りが良かったのです。

下の写真は登呂遺跡の復元されたねずみ返しがついた倉庫ですが、この木製のねずみ返しは小型です。
登呂遺跡の場合は復元に根拠があるとおもいますが、他の遺跡などでよく見られる復元された高床式の倉庫についているねずみ返しは、実際にはもっと大きなものが付けられていたのではと思います。
日本にも石で作られたねずみ返しがあったのでしょうか。これ、調べてみようと思います。
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2010年11月14日 (日)

海賊対処法によるソマリア沖船舶護衛その14(10月)---中国籍船の減少

インド洋給油活動の時と同じように、派遣前には、あれほど大騒ぎしたマスコミが、その後まったく報じなくなった、海賊対処法によるソマリア沖派遣護衛艦の毎月の活動を書いています。(防衛省、国土交通省海事局発表資料、その他資料による)。
   

*平成22年10月の海賊対処法による船舶護衛実績(180回護衛~187回護衛の8回)
 護衛した船舶 日本籍船 0隻 
           日本の船舶運航事業者が運航している外国籍船  12隻
                   合計12隻  1回平均1.5隻
           
               外国籍船 64隻  1回平均8隻

護衛回 日本籍船 日本関係外国籍船 外国籍船
180     0       1           6
181     0       6           6
182     0       1           9
183     0       1           9
184     0       0           11
185     0       2           4
186     0       0           8
187     0       1           11
合計     0              12                        64

10月に護衛された日本関係船舶は僅か12隻しかありませんでした。
これは昨年(平成21年)の7月28日より始まった海賊対処法に基づく護衛活動開始以来、1ヶ月でもっとも少ない護衛数です。
何度も書いているので、またかと思われる方も少なくないと思いますが、海賊対処のために護衛艦派遣が論議され、派遣の前提となった護衛すべき日本関係船舶は1ヶ月約170隻と想定されていたのです。
それゆえ護衛艦2隻では対処しきれないとの判断から、護衛活動を補完するためにP3C哨戒機も派遣する事になった経過があります。
(派遣開始時、自民党議員から2隻では駄目だ、4隻必要との発言や、韓国からの護衛協力要請を、日本関係船舶だけで、手一杯だと断ったことなどがありました。もちろん現在は護衛している外国籍船に韓国関係船舶も加わっています)

しかし、日本関係の護衛船舶数が想定の2割にも満たない状況とは裏腹に、いまや航空自衛隊、陸上自衛隊、海上自衛隊が駐留するジプチには、42億円をかけて、防衛省で言う活動拠点、陸上自衛隊で言えば宿営地なる施設が建設中です。

 防衛省によると、「事務所及び駐機場の設置」、「大型倉庫」という名の格納庫、「航空機を離着陸させるのに必要な施設」と「必要な附帯設備」などとなっていますが、素直に読み解けば自衛隊初の海外基地が正解でしょう。
事実、海上自衛隊の関係者は建設中の建物群がかなり恒久的な立派な施設である事、隊員の行動状況からジプチ政府との地位協定などの話の中で、なんのこだわりも無くジプチ基地の名称を使っていました。

*参考資料
 自衛隊は現在、ジブチ国際空港隣の米軍基地の一部を使用していますが、米軍の要請、協力もありジプチ共和国政府と賃貸契約を結び、
(賃貸料、賃貸期限については、柳瀬川通信:報道部が調査中)今年(2010年)7月以降、空港北西地区に下記施設を建設しています。
  借用敷地面積 約12ヘクタール(東京ドーム46,755㎡の2.6倍程度)
  建設建物 宿舎、格納庫、事務所など24棟 (プレハブ造、一部は鉄骨またはコンクリートブロック造)(ほとんど1階建てで、電源棟などが一部2階建て)
  *宿舎7棟(収容人員約280人)
  *整備格納庫1棟(収容機1機)
  *食堂等厚生施設2棟
  *事務所2棟
  *電源室等の関連施設12棟
  *駐機場(収容機3機)
  施設完成予定 2011年3月末

ジプチについては、書き始めると長くなるので、基地を共用するフランス軍、米軍などの事情や、日本政府との地位協定などを、後日書いてみたいと思います。
しかし、ひとたび海外に自衛隊基地ができれば、なし崩し的に航空自衛隊の輸送機も飛ぶようになるだろうし、海上自衛隊は、護衛艦以外に何らかの理由をつけて、補給艦を常駐させる意向をみせると思われます。

 海賊対処活動において、護衛船団の航路を東方へ200km延長した決定や、NATO軍から給油艦の派遣要請があったとの報道などは、海上自衛隊の補給艦の派遣実施の伏線のような感もするのです。
もっとうがった見方をすると、商船三井の大型タンカー爆発事故、日之出郵船の貨物船拉致報道なども何らかの意図が隠されているのではないかと疑っています。

ところで、10月に護衛された外国籍船で、いつも最も多い中国籍の船舶数が、例月と比較して非常に少なくなっているのは、9月にもその傾向がありましたので、尖閣諸島問題との関連、すなわち日本の護衛船団に加わるのは問題ありの判断があったと思われます。
もちろん中国の船舶運航事業者が運航している船舶が減じても、中国貿易関連の船舶が少なくなることではなく、10月に護衛された外国籍船64隻の半数以上は中国関連輸送船舶とみて良いでしょう。
この問題、来月も様子を見ましょう。
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(写真上、海賊対処活動における、風の強い海上でのEU艦隊のドイツ海軍給油艦 FGS RHOEN 「A1443」からイタリア海軍フリゲート艦 LIBECCIO「F572」への海上給油)

(写真下、同じく、中国の補給艦 微山湖「887」からミサイル駆逐艦 海口「171」への海上給油。短時間で作業を終了とある。)

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2010年11月11日 (木)

志木ニュータウン秋色と好きな道

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11月も半ば近くなり、志木ニュータウン内でも紅葉が進み始めています。
上の写真は今日のマロニエ通りです。柳瀬川図書館前から撮りました。
車道、自転車道、歩道が分離されている素敵な道で、こんな道路が多かったら良いのにといつも思います。
写真中央の赤い舗装路が歩道で、その左の植込みと車道の間に、幅1.5mほどの自転車専用道があります。
下の4枚の写真はニュータウン内の紅葉風景です。もうしばらくすると、銀杏の木も黄色く染まり、ニュータウン全体がもっと華やかに色づくことでしょう。

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Dscn5936_320 紅葉風景ではないのですが、左の写真は、マロニエ通りを越えて、ニュータウンの外周道路から入る階段道です。借りている市民農園に行く近道なのです。
僕は広い外周通りから折れて、この階段に入る場所が好きです。
山で長い林道歩きの後、道が分岐して、さあこれから山に向かうぞという登山道入口の雰囲気があるからです。

林道がいつのまにか九十九折の細い登山道にかわる道、急降下して沢を渡り対岸の登山道に取り付く道、林道から木の急な階段を登って取り付く登山道。
そして林道の終りが明るく開けた広場になっていて、林の中に続く細い登山道が見える気持ちの良い場所など---。
単独行で、友人と、そして山岳部の仲間たちと---。
林道から山に入る幾つもの道が、懐かしい登山の思い出とともにまぶたに浮かびます。ああ、僕も老いました。
この写真の階段を上ると、上は自然林の中の小公園になっていて、中を抜けて行くと、市民農園の裏手にでる近道なのです。僕は自転車でも大回りして坂道を登ることなく、この道を愛車、軽量ブルーノを担ぎ上げてしまいます。本当に老いたの---?。

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2010年11月 9日 (火)

「IZUMI」の消息がわかる----奪った日本船で海賊が船舶襲撃と共同通信が配信

  柳瀬川通信:報道部 担当作山記者

 *海賊、奪った日本船で襲撃 ソマリア近海
 日之出郵船の貨物船「IZUMI」
共同通信が配信し、9日の東京新聞夕刊でも記事になっています。


なんとも状況のわかりにくい報道で
EUの軍艦が、IZUMIに乗った海賊からライフル銃で攻撃された。」??
これ、本当? それで、その後EUの軍艦はどう対応したのでしょう。この手の報道は、すこし疑ったほうが良い場合も多いのです。
*拉致当初、IZUMIを追尾していたと報道されたフランス、デンマーク艦艇はどうしたのか?。
*その後、デンマーク艦が監視しているとされていたが、海賊が小船に乗って襲撃に出かけるのを、黙って見ているのか?

*EU部隊からの情報というが、EU部隊のどの部署からの情報か?。
*ライフル銃で攻撃されたのは、EUのどこの国の艦艇か?
*海上自衛隊の派遣護衛艦2隻は、なぜ全く動きを見せないのか?
*EU NAVFORのHPでは、なぜこのニュースが掲載されないのか。(EU部隊が海上自衛隊に給油艦の派遣を要請したとの報道も、EU側からは何の発表も見られませんでした。)
http://yanasegawa.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/nato-46b5.html  
関連ブログhttp://yanasegawa.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/----b4aa.html 関連ブログ2

しかし、なにはともあれ、1ヶ月ぶりに、IZUMIの消息?がわかるニュースです。
しかし、見出しの「奪った日本船」というのは、正確には違います。

日之出郵船の運航していた貨物船で、船籍はパナマ、船主はフェア フィールド シッピング(株)という会社です。調べたのですがこの会社の国籍は不明です。多分、日本郵船または日之出郵船がパナマに設立したペーパーカンパニーかもしれません。
(つまり実際には、日本郵船、日之出郵船の節税対策による便宜置籍船ですから、日本の船というのも間違いではないのですが。)http://100.yahoo.co.jp/detail/%E4%BE%BF%E5%AE%9C%E7%BD%AE%E7%B1%8D%E8%88%B9/ 便宜置籍船


EUの海賊対処部隊のホームページ
(EU NAVFOR)には、現在のところ、情報は見つかりません。http://www.eunavfor.eu/ European Union Naval Force Somalia(英文)
http://en.wikipedia.org/wiki/Operation_Atalanta アトランタ作戦Wikipedia(英文)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BF%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%BF%E4%BD%9C%E6%88%A6アトランタ作戦ウイキペディア(日本)

(以下、東京新聞より転載)

【ナイロビ共同】
ソマリアの海賊が、10月にケニア・モンバサ沖で乗っ取った東京の日之出郵船運航の貨物船「IZUMI」を、ほかの船舶への襲撃に使っていることが分かった。
ソマリア近海で海賊対策を行っている欧州連合(EU)部隊が8日、共同通信に明らかにした。
IZUMIの乗組員は20人全員がフィリピン人。20人が襲撃時に、人質としてIZUMIに乗せられていた可能性が高いとみている。
同部隊によるとソマリア近海で5日、海賊がIZUMIから小型船に乗り換え、ほかの船舶を襲撃したのが確認された。
海賊が大型船のIZUMIを襲撃用の母船として使用したとみられる。
6日夜には、ソマリアの首都モガディシオを出港したアフリカ連合(AU)の平和維持活動(PKO)部隊の船舶を護衛していたEUの軍艦が、IZUMIに載った海賊からライフル銃で攻撃された。IZUMIはパナマ船籍で、鉄鋼製品を積んで9月12日に千葉県の君津港を出港。モンバサ港に入る予定だった10月10日、海賊に乗っ取られた。
 (転載終わり)
Hinode (写真左、RO/ROランプウェイ装備多目的重量物船 IZUMI)

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2010年11月 7日 (日)

志木ニュータウン近くの消える柿園

Dscn5927_320 写真は志木ニュータウン近くの柿園です。正確には柿園だったところです。
たしか、数年前までは、時々柿を販売していたと記憶しているのですが、今は手入れもされていないようで全体がひどく荒れています。
同じような状況から、もう消えてしまった柿園が二ヶ所ほどあります。

この園内の柿の木もずいぶん少なくなりました。
以前は秋になると伸びた枝に沢山の柿がたわわに実っていたのですが、手入れをしないと、たちまち、木の勢いもなくなり、実もつけなくなる事がよくわかります。

ずいぶん前のことですが、友人が神奈川県の宇佐美に陶芸制作のアトリエを建てた事があります。
購入した敷地内の一部が、斜面の夏みかん畑だったので、数十本の夏みかんの木がそのまま残されており、最初の頃は、甘い夏みかんが収穫できたのです。
しかし、手入れもしなかったので、数年たつと甘みもなくなり、皮も硬くなってしまいました。それでもママレードを作る楽しみがあり、貰った夏みかんを車のトランクいっぱいに持ち帰った事もありました。
また、数年たつと、そこはだんだんと太い竹に侵食され、次第に竹林にかわってしまい、遂には夏みかんの木がどこにあるのかも、わからなくなってしまったのです。
手入れをしない山はすぐに荒れてしまうのです。
あの美しいスイスの牧草地も、イギリスの森も全て人の手によって作られ、維持されているそうです。
僅かな期間ですが、家庭菜園をやってみて実感したのですが、手を入れれば作物は答えてくれるし、さぼれば、畑はすぐに荒れます。土地は本当に正直です。

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2010年11月 6日 (土)

消えた貨物船「IZUMI」----なぜ、報道されないのか? 日之出郵船の対応は?

柳瀬川通信:報道部 担当作山記者
10月20日のブログに書きましたが、10月10日にケニア モンバサ沖で海賊に拉致されたと報じられた日之出郵船運航の貨物船「IZUMI」ですが、事件から1ヶ月近く経過しても何の進展も無く、忘れ去られたように何の報道も無く、状況が何もわかりません。
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2765823/6316989 「IZUMI」の写真

 馬渕国交相が記者会見で「緊張した思いで推移見守る」とまで言ったのに、その後の推移をどう見守ったのでしょう。そして対策は?。
当の運航会社である日之出郵船(株)は、10月11日に次のようなニュースを発表した後、沈黙したままです。
http://www.nyk-hinode.com/20101011.pdf 消息不明を知らせる日本郵船ニュース

 今週はじめに、日之出郵船の「Eメールによる問い合わせ窓口」にその安否が気になるとメールしてみましたが、何の回答ももらえませんでした。
日之出郵船の発表で、腑に落ちないのが、「IZUMI」が在来船として消息不明になったとされている事です。
日之出郵船のホームページには、同社が運航している船舶が船隊一覧表になっており、この「在来船」区分には「IZUMI」は入っておらず
「RO/ROランプウェイ装備多目的重量物船」のなかに、その船名を見つけることが出来ます。
なぜ、公式発表で、船種を変える必要があったのでしょう。疑問です。
また、貨物船の消息不明を伝える発表の翌日、「海賊被害並びに今後の配船予定の件」なる発表がありましたが、何を伝えたいのか、なにか意図があるのかよくわからず、この点も注目しています。http://www.nyk-hinode.com/20101012.pdf

海賊に拉致されたのであれば、馬渕国交相が記者会見したように、同省の海事局が担当です。しかし、国交省のホームページの「海賊対処」欄には、この事件が起きた事さえ書かれていません。

 それでは、防衛省と海上自衛隊はどうでしょう。
不思議な事に、日本関係船舶が1隻拉致されたというのに、海上自衛隊の護衛艦2隻は、平常の船舶護衛を継続し、ジプチ基地のP3C哨戒機もまた、「IZUMI」の捜索活動すら行っていません。もちろん、海賊対処関連のホームページにも何の記載もありません。

 それでは、海上保安庁はと見ると、海賊情報に詳しいここのホームページの海賊情報にも何も書かれていません。
そうなのです。全く「IZUMI」の消息不明は無視されているのです。

 海賊対処のために、数百億円の経費をつぎ込みながら、拉致された船があるというのにその情報すら発表されないのが、実に不思議です。
今度の貨物船「IZUMI」の消息不明が捏造ではないと思います。
ただ、海賊に襲撃されたなどの、当初の報道が大きくても、その後消えてしまうのは以前にも例があるからです。

 海上警備行動による護衛開始時にも、海賊に襲われ船橋に銃弾による被害を受けた船舶の報道がありました。
海上警備行動から海賊対処法案に移った時も、その成立に合わせたように日本関係船舶が襲われ、事件を伝える報道の、2年前のコピーのような記事に違和感を感じたものです。
今年の7月にホルムズ海峡で、商船三井の原油タンカーが爆発による被害を受け、テロ攻撃も疑われ連日大きく報道され、政府が原因究明に当たるとされましたが、10月に爆発物の痕跡は見つからなかったとの発表が小さく報道されただけで、その後は何の発表もありません。この件については、柳瀬川通信:報道部は追跡中です)

今回の、タンカー爆発と海賊による拉致に関連して、政府の海賊対処、シーレーン防衛などの対応になにか動きが出るのではないかと、少し注意してみています。

 ちょっと出所のあやしいニュースで、政府は海上自衛隊の給油艦を派遣し、海賊対処活動に当たるNATO艦艇に給油活動をする用意があるなどの報道がありましたが、このニュースはその後全く聞かれなくなりました。しかし、なにか蠢いている感じはします。

あやしい報道と言えば、インド洋給油を中止した際には、海上自衛隊に代わって中国海軍が給油活動を継続するとの、産経新聞記事や、毎日新聞主筆の岸井成格氏のテレビ発言による捏造報道は、さすがに中国側からの反論を受けました。)
<参照>
反論:日本メディアはなぜ、「中国が日本の代わりに米軍に給油」と捏造したのか」

日本のメディアは、日本が15日にインド洋で給油活動を行っている海上自衛隊を撤収した後、中国海軍がこの国際反テロ活動を引き継ぐ意思があるようだと報じた。
実際、中国艦艇を外国の軍隊が指揮するのは不可能であり、後方補給の制度にしても同じではない。とすれば、これはまったく不可能なことのようであり、日本メディアが煽り立てた目的はどこにあるのか。
   国防大学の李大光教授に聞いた

――産経新聞は11日、日本が15日にインド洋で給油活動を行っている海上自衛隊を撤収した後、中国海軍がこの国際反テロ活動を引き継ぐ意思があるようだ、とスクープした。
実際、中国艦艇を外国の軍隊が指揮するのは不可能であり、後方補給の制度にしても同じではなく。
とすれば、日本メディアがこれを煽り立てた目的はどこにあるのか。

苦笑するのは、われわれ中国でさえこの問題を考えたことはなく、日本メディアがわれわれに代わって手配してくれたわけで、実に行き届いた考えだ。
実際、中国にはインド洋上で米軍に給油するいかなる理由も義務もない。
こうした時に、日本メディアがこの問題を煽り立てたのは、次のような問題があるからに他ならない。
第1は、インド洋での存在感喪失を懸念していることだ。
日本は原油の9割を中東から輸入しなければならないため、一旦、インド洋から撤退すれば、日本のシーラインにおける存在感は失われることになる。
東京はそれに警戒感を抱き、「中国海軍が活動地域としてインド洋に進入する」、とのトピックを利用することである種の雰囲気を醸成しようとした。

第2は、外交的な動静を探ることだ。
日本メディアが突然、根も葉もないことを大胆に推測したのは恐らく、一石を投じて探りを入れる戦略だったのではないか。
根拠のないことを大胆に推測することで、中国の動向を観察する。
日本側は明らかに「懸念」しており、一旦、中国が給油を引き継いでインド洋に進入するとなれば、日本は自国船舶の安全を保護する任務を他国に委託せねばならず、さらにテロ活動関連情報の収集の面でも制約を受けるのは明らかだ。

――アデン湾地域は、日本のエネルギー・シーラインにかかわっており、この点から考えると、日本は給油停止を発表しても、やはりこの地域で一定のシーパワーを維持するつもりなのでは。

アデン湾海域での商船護衛の問題、これはインド洋での海上給油とは別のことだ。
アデン湾での商船護衛は国連が主導する多国間の行動、日本が米軍へのインド洋での給油を停止したのは、日本の国自身による個人的な行為であり、国連主導の国際行動と同じ机上で論じることはできない。
従って、日本が米軍へのインド洋上での給油を停止しても、だからといって、それが日本のアデン湾での艦艇の配備に影響を及ぼすことはないだろう。

「チャイナネット」 2010年1月18日国防大学 李大光教授」 <参照終わり>



「IZUMI」拉致報道の1週間後、10月19日に、日本船主協会から、国交省の馬渕大臣宛、次のような要望書が提出されておりますが、これなどは、今回の拉致と関連してちょっと気になるニュースです。
日本船主協会が、要望書なり意見広告を出すにあたっては、関係省庁との事前の打ち合わせがあり、その後、連携行動のような動きを見せることがあるからです。

2010 年10 月19 日
社団法人 日本船主協会(海 務 部)

 ケニア・タンザニア沖を航行する船舶の安全確保について
本日、ケニア・タンザニア沖を航行する船舶の安全確保について、添付のとおり馬淵国
土交通大臣に要望書を提出致しました。
以上

船主海第143 号
2010 年10 月19 日
国土交通大臣・海洋政策担当大臣
馬淵 澄夫 殿
社団法人 日本船主協会
会長 宮原 耕治

ケニア・タンザニア沖を航行する船舶の安全確保について
平素より、わが国海運業界の活動に格段のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
ソマリア沖・アデン湾など世界各地で多発する海賊事件への対処につきましては、貴省
を始めとする関係の皆さまのご理解、ご尽力をいただいており、心より感謝申し上げます。
特に自衛隊によるアデン湾エスコート対象海域をモンスーン時期以外は東に100 海里延長する等より効果的な対応を頂き、安全確保に大きく寄与頂いております。
しかしながら、種々ご尽力にも拘わらず、海賊発生海域は益々拡がりを見せているのが実情です。
さて、去る
10 月10 日にケニア・モンバサ港沖約35 マイルの地点において当協会加盟船
社の運航する多目的船IZUMI が海賊によりハイジャックされ、現在ソマリア海域において
フィリピン人乗組員20 名と共に拘束されているものと見られています。


今回の事件がケニア国の最重要港であるモンバサ港までわずか2 時間ほどの海域、
まさしくケニア領海目前にて発生したことは極めて遺憾と言わざるを得ません。
また、この海域が多国籍軍による警戒区域とは言え、最近海賊事件が多発していることにも強い懸念を持つところです。
貴省におかれましては、事件の発生を受け、外交ルート等を通じ、直ちに関係各国に対
して当該海上交通路の安全対策の強化等を要請するなど迅速な対応を取っていただいているところですが、ケニア・タンザニア沖の海域を航行する船舶のより一層の安全確保のため、以下の内容について早急に関係省庁との調整ならびに具体的な対策の検討を進めていただきますようお願い申し上げます。

① ケニア、タンザニアなど関係沿岸国による周辺海域の警備強化

② 当該海域における警備強化に向けたEU NAVFOR (European Union Naval Force
Somalia) など関係諸国との国際的な協力体制の構築
③ 当該海域における安全回廊の設定、あるいはグループトランジット方式の導入など航行の安全を確保するための方策にかかる国際的な協議

以上

*今日は、ここまで。消えた貨物船「IZUMI]に関しては、今後も書くことにします。

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2010年11月 3日 (水)

柳瀬川でまだ、アユが釣れています

Dscn5926_320 今日(11月3日)は、久しぶりに空いっぱいに青空の広がるすがすがしい天気でした。
柳瀬川土手には、ジョギングやウォーキングを楽しむ人達が大勢見られました。
川では、アユ釣りの人達が、気持ちよさそうに竿を振っていました。
仕掛けはオランダ仕掛けとの事で、螺旋状の細い針金に、マキアミを入れて振り込みます。
一投ごとに餌を詰め替える忙しい釣り方です。
浮きに当たりがあり、合わせると15cm以上のアユがかかります。ほとんどその場で、やさしくリリースしていました。

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(写真上2枚、志木大橋下流の釣り人たち。青空が美しい)

(写真3枚目、仕掛け)

(写真4枚目、釣れたアユ、15cm以上あり、釣り人は引きを楽しんでいました)

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2010年11月 2日 (火)

回転木馬

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Kaitenmokuba_320 今朝(11月2日)のNHKテレビ「おはよう日本」で、東京都練馬区の遊園地「としまえん」の回転木馬「カルーセル・エルドラド(黄金郷)」が取り上げられていました(写真左です)

 100年以上前に、ドイツで製作され、「としまえん」に移設されてからも、40年もの間、現役で動き続け、今なお人気の遊具との事です。
残念ながら、僕は乗った記憶がありません。
機会があれば、チビスケをだしに「としまえん」に行き、この歴史ある機械遺産に乗ってみたいものです。

以下、「exciteニュースから転載」


社団法人日本機械学会は2010年8月7日までに、2010年度認定分の機械遺産6点を発表した。
その中に東京都練馬区内の遊園地「としまえん」に設置され、100年以上の歴史を持ちながら今もなお稼働中の回転木馬「カルーセル・エルドラド(黄金郷)」が含まれていることが明らかになった。
としまえんでもこの機械遺産認定について、7月26日の時点で発表している

 カルーセル・エルドラド(黄金郷)のようす
「カルーセル・エルドラド」は1907年にドイツでドイツ人のヒューゴー・ハッセ氏によって製作された木製の回転木馬。

ヨーロッパ各地を巡業したあと、アメリカのニューヨーク市コニーアイランドにある遊園地に移され、1964年に閉園するまで、多くのニューヨーク市民に利用された。
その後、解体され倉庫に眠り、廃棄直前だったものをとしまえんが購入し、製作当初の姿によみがえらせたもの(一部報道によれば2億8800万円の修復費がかかったとのこと)。1971年4月3日よりとしまえんに登場し、それ以降、現在も年間30万人を超えるお客を夢の世界へといざなっている。

日本機械学会によれば「20世紀初頭のアール・ヌーヴォー様式の装飾が施された芸術作品と機械技術がみごとに融合した、顕著な例を見ることができる」とのことで、原動機部は当初のものではないが、上下運動を伴わないシンプルな構造の回転木馬で、3つのステージが摩擦駆動により異なる回転速度で動く特徴をもっている。

としまえん側では「今回の機械遺産認定を受け、これからもこの回転木馬に乗る人、見る人に夢やほほえみをもって楽しんでいただけるよう、大切に運営してまいります」とコメント。
日本機械学会側も「乗る人・見る人を魅了し、親しまれ続けているこの回転木馬は、所有者の高い保存・継承・活用の意志のもと、わが国のみならず、訪れる世界の人々に夢と楽しみを与え、生活文化の向上に大きく貢献し続けている」とし、ほぼ絶賛に近い形の評価をしている。

まるでおとぎの国、夢の世界のような情景が目の前に広がる感すらある「カルーセル・エルドラド」。
名前に恥じないだけの魅力を持つ今機が、今回「機械遺産」という勲章をいただいたことで、ますますその魔法の力を発揮し、多くの人に夢を与えてくれるよう願いたいものだ。

http://www.toshimaen.co.jp/whatsnew/eldorado_heritage.html 豊島園HPより

http://www.jsme.or.jp/kikaiisan/data/no_038.html 日本機械学会

100年以上も前に(明治40年)ドイツで製作され、ヨーロッパ各地を巡業したそうですが、今年のドイツ、ミュンヘンのオクトーバー・フェスタの様子を伝えるテレビ映像でも、大テントでビールを飲み交わす人達とともに、会場のいっかくで大きな回転木馬が組み立てられ、すぐに子供や大人を乗せて動きだす様子が紹介されていました。
この、「カルーセル・エルドラド」もまた、1世紀も前のオクトーバー・フェスタが初お目見えの場所でした。

実は移動組み立て式の回転木馬、僕も今年の9月、チューリッヒで見ることが出来たのです。(写真上です)
朝、チューリッヒ湖の散策の帰り道、リマト川べりを歩いていたら、川沿いの広場に、車に引かれたトレーラーが到着し、数人の男たちの手で見る間に回転木馬が組み立てられていきました。
「えっ、こんなに簡単に回転木馬が出来上がってしまうの」と驚くとともに、これなら各地を巡業することが出来るだろうと納得したのでした。
勿論、「カルーセル・エルドラド」は、装置も大型で、その移設作業には、時間も金もかかり、興行的にはネックになったようですが、解体して移設できることは、他の回転木馬と同じです。
写真のチューリッヒの小型回転木馬は、まだ組み立て中なのですが、小さな女の子が早く乗りたいよと、覗き込んでいました。

こんな移動組み立て式の回転木馬が、日本では見られないのは、安全性などの問題で許されないのでしょうか。
でも、お祭りや、イベントなどでこの回転木馬が組み立てられ動きだしたら、大人も子供も大喜びで乗るだろうなと思います。

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