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2010年9月29日 (水)

ライノタイプ(英文活字鋳造植字機)は見ることが出来ませんでした----印刷博物館

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以前、ブログで英文活字植字機について書いたことがあります。
仕事で麻布六本木の在日米軍「プレスセンター」(星条旗新聞社)を訪ねた際、玄関ホールに飾られていた活字鋳造植字機を見たこと。
そして、プレスセンターで見たものとほとんど同じ型の機械(写真上)が、ドイツ博物館にライノタイプ(LINOTYPEの銘盤あり)ととして展示されていた事などです。

 活版では、活字を原稿どおりに並べて組み込むことによって版が作られます。植字作業と呼ばれ、大量の文字を一つ一つ組む作業は大変な時間と労力を必要としました。
そこで、この版を組む作業を自動化しようとの研究は、活版印刷機械の進歩と並んで、重大な問題だったようです。先ず、自動活字鋳造機、次ぎに活字を自動的に版に組む自動植字機が作られ、究極的にこれを組み合わせた自動鋳造植字機が登場した歴史があるようです。
 この機械が、日本では東京都文京区の印刷博物館にあると知って、是非訪ねてみたいと思っていたのですが、先週その機会に恵まれました。僕はこの機械を覆うカバーや装飾どの無い、そして変にデザインされていない、いかにも機能が形にされた100年以上前の機械に惹かれるのです。

003_1024 しかし、残念なことに「印刷博物館10周年の記念企画展」が行われていて、一般展示では見ることが出来るライノタイプを見ることが出来ませんでした。
それでも、ガイドブックにその写真が掲載されていましたので、収蔵品として確かに保存されているようなので、今後、見る機会はあるようです。

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2010年9月27日 (月)

白菜、とちの実、彼岸花

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この2日間ほど、志木の朝(7時頃)の気温は16度ほどに下がりました。涼しいというより肌寒く感じます。
見上げると、白い雲が浮かぶ空も高くなり、秋を感じます。

畑にチビスケたちが喜ぶ、ジャガイモを植えつけようとしたのですが、時期が遅れて種芋が入手できませんでした。
作男さん、「おらの段取りが悪かっただ。すまんことです。」としょげておりますが、いろいろと忙しかったし夏の疲れも出たようで、仕方ないことです。

そのかわり、作男さん、畑の2畝に黄色系と白色系のハクサイを12苗植えました。
間隔を大きく取って手入れをしやすくしました。ハクサイは害虫と病気に弱いので、作男さんもこれからの手入れが大変です。うまく結球してくれると良いのですが。
残りの畑にはカブでも植えるべえと言っています。

畑に行く途中のマロニエ通りには、とちの実がたくさん落ち始めました。小学校の学校行事に使うとの事で、父兄の皆さんが実を集めてゆかれるようです。
ニュータウン内の銀杏の木にも、ギンナンがたわわになっているのが見られます。

昨日、柳瀬川土手を自転車で走ってみたら彼岸花がたくさん咲いていました。
例年より10日ほど遅い開花です。
猛暑の夏も終わり、秋の気配がそこそこで感じられます。

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2010年9月24日 (金)

嘘をつく男二人に秋風が---守屋元防衛事務次官と前田主任検事

Dscn5825_320_2 我が家の今朝7時の外気温は18度(写真左でした。
さ納めの名月を見てからの昨日、今日と気温の低い日が続き、もう夏は過ぎ去り本格的な秋の到来を感じています。

 秋といえば、この卑劣な男二人にも秋風です。
その1「守屋武昌元防衛事務次官」

防衛庁の汚職事件で、実刑が確定した守屋武昌元防衛事務次官が、9月21日に遂に東京高検に収監されました。収監とは、刑に服するため刑務所に入ることです。
罪状は収賄と偽証」懲役2年6月です。

次官在任中、守屋夫妻は防衛商社「山田洋行」側からそんなにもと、驚ろかされるほどの回数のゴルフ接待を受け、また、次女の米国留学費なども受け取っていました。
それなのに逮捕前の衆参両院での証人喚問で、実際はゴル代、飲食費など1円も出していないのに「毎回1万円を支払った」次女の留学費も「すべて自分の金で負担した」などと平然と偽証したのです。

 収賄については、罪状に挙げられた以外にも、他の納入業者との癒着も報道されていましたし、唾棄すべき男であることは確かです。
しかしこの男の卑劣さは、平気で嘘をつくという神経です。
調べられれば分かってしまう事なのに、その判断力さえ働かないこんな男が、防衛省の事務次官だったとは、なんとも唖然とさせられるのです。
悪行の反省もないまま、普天間基地問題などを偉そうに語る、多弁なこの男の論旨など信用する気になれません。
偏見でしょうが、その顔つきさえも気に入りません。
この際、じっくり刑に服して己の所業を反省し、出所したなら静かに余生を送って頂き、二度と沖縄問題などでマスコミに登場することが無いことを願います。

その2「前田恒彦主任検事」
もう一人の、秋風が身にしみるであろう卑劣漢、大阪地検特捜部の前田恒彦主任検事。いや、早手回しにもう逮捕されていますから、前田恒彦容疑者です。
検察は朝日新聞にスクープさせたように見せかけて、この男をスケープゴートにして事を納めようとしていると僕はみています。
この男もまた、守屋元次官と同じで、調べれば分かってしまうことを「故意にはやっていない」などと、言い張っています。
普通ならこんな言い訳がとおるはずもありません。
同じ穴の狢達が、取調べを曲げなければの話ですが。

この男、取調べは強引でも、電子データーなどを処理、操作する緻密さに欠けるようです
「データーをいじっていて、誤って書き換えてしまった」と申し開きしているようですが、ファイル変換ソフトが自分のパソコンに入っていた報道されていますので、間違いなく確信犯です。
いじるって、何をいじっていたのでしょう。重要な証拠データーで遊ぶ奴がどこにいますか。

自供している上村元係長の作成したとされる偽造証明書は、僕の推察ですが多分、エクセルかワード、またはPDF化された文書ファイルではないかと思います。
テレビでも報じられていますが、この作成した文書ファイルには、パソコンで作成した以上、必ずパソコンで作動中の内蔵時計によるファイル作成日時が記録されます。
村木厚子局長の起訴直前、特捜部事務官は、証拠品のFDから、上村元係長の作ったままの偽造証明書、その他資料をプリントアウトしたと思います。
普通の場合、プリントアウトした紙の書類には、データーの作成日時は印刷されませんから、捜査報告書にはどのような形式かわかりませんが、データーの最終更新日6月1日(この場合、上村元係長が何度も書面を作り直していないとすれば、作成当日の日付でしょう)が書かれていたのだと思います。
その日付は案外、気がつき難い書かれ方をしていたのかもしれません。
この男、捜査報告書は読んだかも知れませんが、偽造証明書に気をとられ、どこかに書いてあった作成日時(パソコンファイル上の最終更新日時)には気が回らなかったとも考えられます。実際には、これが非常に重要な事だったのですが。

さて、証拠品として押収された偽造証明書が入っているフロッピーディスク(以後FD)を見て、この男は、検察側の冒頭陳述に符合するように偽造証明書の作成更新日時を変えてやろうと、悪知恵を働かせます。大馬鹿者です。
ただFDの最終更新日時と記録されている6月1日は、たんに上書き保存で変えようとしても、アクセスした当日の日付が記入されてしまい、そのままではおかしなことになってしまいます。
この男は、偽造証明書の作成日、即ち最終更新日を冒頭陳述に符合するような6月8日頃にしたいと考えました。

それには幾つかの方法があるのですが、パソコン自体の内部時計の持つ日付を動かしてから、ファイルを上書き保存する方法はとらず、ファイル変換ソフトを使うことを考えます。

 ファイル変換ソフトとは、作成されているあらゆるファイルを指定して、そのファイルに対し、ソフトの変換機能によって、ファイルの名称や属性、日時を変換、あるいはファイルを削除することができてしまうというものです。

この男、自分のパソコンにこのソフトを以前から入れてあったのか、今回のために新たにダウンロードしたのかはわかりませんが、多分後者だと思います。
この種のソフトは、あまり日常的なパソコン使用では使われないからです。
多分、ダウンロードしたのは、フリーソフトで使い勝手が良いと評価されている「FACVT」ではないかと見当をつけています。(情報も頂いています)
「ファイル変換ソフトFACVT」には以下のような多様な機能があり、ファイル更新日時の変更など、30秒もあれば簡単に可能です。

*ファイル名称変換
・大文字/小文字変換
・特定文字の削除
・括弧の処理
・半角数字の0埋め桁揃え
・全角/半角変換
・文字列置換
・連番による名称変換
・日時による名称変換(更新日時、作成日時、Exif情報日時)
・ID3情報による名称変換
・変換制御文による名称変換
*ファイル属性変換(読み取り専用、隠しファイル、アーカイブ、システム)
*ファイル日時変換(作成日時、更新日時、アクセス日時)
*ファイル削除 (ごみ箱に移動せずに削除する、ごみ箱に移動する)

このソフトを使って、この男は、証拠品として押収されたFDの上村元係長の作成した偽造証明書の最終更新日時を、6月1日から、6月8日に変える事に成功しました。(FACVTのソフト製作者は、こんな悪用のために使われるとは、さぞや心外でしょう)

次にこの卑劣漢が考えたのが、この更新日時を書き換えたFDを、被告である上村元係長側に返却することでした。
そして公判中にFDの存在そのもの、または偽造証明書の作成日時が問題になった時に、このFDの存在をアピールするつもり、または上村元係長側に作成したのが6月8日だったかと思わせようとしたのか、あるいは、FDを証拠品として提出させ裁判所側が6月8日だと判断する事を狙ったのだと思います。
上村元係長側の弁護団も、まさかFDが検察側に改ざんされているとは考えもしないでしょうし、ファイルの内容は見ても、いちいちパソコンのエキスプローラで、更新日時のチェックなどはしないでしょう。
もし、このFDを証拠提出などしていたら、卑劣検事の仕掛けたわなにかかってしまったかもしれません。この点はまだはっきりとはわかりませんが、ともかく改ざんしたFDで公判を有利に導く材料にしようと考えたことは確かだと思います

ところが、この卑劣漢は、二つのミスを犯していました
先ずひとつは、偽造証明書のFDの最終更新日が6月1日であったと記録された捜査報告書が公になってしまう事に多分気がつかなかったか、予想外だったということです。

もうひとつは、FDの最終更新日を、自分のパソコンのファイル変換ソフトを使って書き直したまでは良かったのですが、そのアクセス日時が記録されてしまったことに気づかなかったことです。
パソコンが得意でないか、このソフトに不慣れだったのかも知れません。
この卑劣漢が6月8日の嘘の日付に更新したことが記録されてしまったのが7月13日、上村元係長の弁護側に返却したのは7月16日です。
すなわち、FDは検察側に保管されていた期間ですから、間違いなく改ざんは検察側の仕業であるとわかります
実は、アクセス日時も変更することができたのですが、神はこの卑劣漢の悪行を見破られるようにしたのです。

公判で、偽造証明書の作成日時が6月1日と記録されている捜査報告書が公になり、事件の鍵を握る事になっているのだと気づいたこの卑劣漢は、自分が仕掛けた筈の時限爆弾(FDの改ざん)が、己の足元で爆発することに気づいて慌てます。
FDは、上村被告側に検察側に有利になる意図を持って返却してしまったので、もはや再修正はできません。
上村元係長の弁護側が、FDの改ざんに気がついたりしたら大変だと考えたこの卑劣漢は、そこで仕方なくFDを誤って書き換えてしまったかもしれないなどと、まわりに自己弁護を始めたと言うわけです。

(ここで、ちょっと休憩。 もし、こんな深読みではなく、この卑劣漢が偽造証明書の作成日時が捜査報告書にある6月1日だと知りながら、FDの更新日時だけを改ざんして、そのFDを返却し、あとから弁護側が証拠としているFDを開けてみたら、最終更新日時は6月8日となっているので、捜査報告書にある6月1日そのものが間違いだったと思わせようとしたら、なにをか言わん、たんに頭の悪い検事だったしか言えません。
しかし本人が時限爆弾を仕掛けたと言うのは、この程度のことだった可能性も否定できません。他の検事がこれを知って、上司に訴えたとの状況などは、この見方が正しい事をあらわすような気もします。
僕は考えすぎかもしれません

(ここからまた、休憩前の続きです)
上司(大坪弘道前特捜部長、佐賀元明前特捜部副部長)にも報告があがったようですが、なぜか不問にされてしまったのです。
上司は多分、FDの更新日付が、この事件の鍵を握る重要な証拠だと気づいていなかったので、卑劣漢のFDを点検していたら、誤って日付が変わってしまったなどという嘘に、たいしたことでは無いと判断したのかもしれません。
または、FDのデーターの更新日付なるものを、ほとんど理解できなかったのかもしれません。
あるいは、これは証拠隠滅などにあたると、事の重要性は認識したが、更新日付はちゃんと6月1日とされた捜査報告書があるので、これでやるしかない。
誤って?更新日付を変えたFDは弁護側に返却してしまったので、これが証拠品として取り上げられる事の無いよう気をつけよう、こちらからはなるべく話題にしないようにしてくれといった打ち合わせをした可能性は大だと思います。FDを再度提出(弁護側からの返却)してもらえないかとも話し合った可能性もあるでしょう。
上部には、騒ぎが大きくなるとまずいので、問題にするほどの事はないと報告しておくと決めたのでしょう。
勿論、この場合は部下の証拠品改ざんを隠蔽する意思はおおありです
このへんは、もう少し調べて後日書くことにします。

ともあれ、この前田恒彦元主任検事は検事の資質うんぬん以前に、人間としてあるまじき卑劣漢です。
必ず真実が判明する事なのに今なお、嘘をつきとおす神経は、守屋元防衛事務次官と酷似しています。顔さえ似ているような気になるから不思議です。
こんな男が主任検事として居座っていた、特捜部の存在自体を再検証する必要があります。

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2010年9月22日 (水)

「おかげさま」----新義真言宗「ともしび」より

秋のお彼岸です。明日(9月23日)はその中日。
今日は四谷の東福院に墓参に行き、いつものように新義真言宗の小冊子「ともしび」を頂きましたので、そのなかの「おかげさま」という教えを書き写してみました。

「おかげさま」

「お元気ですか?」
「おからだいかがですか?」
「おかげさまで」
 皆さんもお仕事のときや、友人、知人との挨拶、何気ない日常会話のなかで、
ごく自然に無意識のうちに使われていることばではないでしょうか。
 相手に対する感謝の気持ちとして、普段から当たり前のように使っていますが、尋ねた
相手の方だけに感謝しているのではあありません。
自分を取り巻くあらゆる環境、表面に現れないさまざまな人やものに対して感謝をしているのです。

では、「おかげさま」とは、「どちらさま」なのでしょうか?
知っている方は少ないようです。

じつは、「おかげさま」の「おかげ(お陰)」とは、ご先祖様のことです
「おかげさま」という言葉のなかには、目に見えないご先祖さまへの「ありがとうございます」という感謝の気持ちが込められています。
 私たちは一人では生きていけません。自分一人では存在することも不可能です。
どなたの「おかげ」で今、現世で生活をしているのでしょうか。
 
 お父さんお母さんはもちろん、おじいちゃんおばあちゃん、ご先祖さまがいてくれたからこそ、今の自分があるのです。 
 ご先祖さまこそ、いちばんの「おかげさま」なのです。
私たちが現世で幸せに暮らせるのも、ご先祖さまのお導きや教え、お力添えなど、
数多くのご加護・恩恵があるからです。それに対しての感謝の想いが、お墓参りやご法事、ご仏壇に手を合わせること。すなわち、先祖供養なのです。

 私たちは故人をしのび、ご冥福を祈り、ご先祖さまに対する感謝、生きていることの感謝の気持ちを忘れてはなりません。
自分が生まれ、生きていられるのは、ご先祖さまの「おかげ」なのです。
「おかげさま」という言葉は、ご先祖さまが自分自身はもとより、家族全員の繁栄と健康を、密厳浄土(みつごんじょうど)よりお見守りくださっているという感謝の思いがあるからこそ、ごく自然に無意識のうちに使われるのではないでしょうか。
「おかげさま」という感謝の気持ちをもって生活すれば、毎日がとても「ありがたい」ものになるでしょう(新義真言宗「ともしび」より転載)

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2010年9月20日 (月)

モンブランが心の故郷 ~女性クライマー 垂直岩壁をゆく

Contents_ph_top 9月16日のNHK教育テレビの番組「地球ドラマチック」で、「モンブランが心の故郷 ~女性クライマー 垂直岩壁をゆく~」を見ました。

フランスの著名な女性登山家である「カトリーヌ・デスティヴェル」がモンブランの三つの壁を大切な家族やザイル仲間など、これまでの人生と深くかかわるパートナーたちと挑んだ特別な旅です。

登攀シーンも良いのですが、それ以上に今まで見た山岳登攀映像のなかでも、まさに別格とも云える素晴らしいハイビジョン映像に圧倒されました。
また、主人公のカトリーヌ・デスティヴェルも、信じられないほどの数々の難しい登攀をこなしてきた女性クライマーとは思えぬチャーミングな笑顔をみせる素敵な女性であることに驚ろかされたのでした。

以下番組紹介文です。

<ヨーロッパの屋根アルプス山脈の中で、もっとも険しい4つの岩壁(注:アイガー、マッターホルン、グランドジョラスの各北壁とドリュウー西壁)を単独で制覇した女性クライマーがいます。
その名は
カトリーヌ・デスティヴェル
これまで登山の歴史に残る数々の記録を打ち立てて時代を切り開き、天才的なロッククライマーとして注目を浴びてきました。
 今回カトリーヌは、これまで独りで取り組んできた岩登りを家族や友人とともに味わうため、アルプスの最高峰モンブランにいどむことにしました。
モンブランの3つのルートからの3回の登山は、いずれも垂直岩壁をよじ登る難しい挑戦です。この登山の中で、カトリーヌは山への思いを語り、そのすべてにカメラが密着しました。
 スケール感あふれる映像、思わず息をのむ臨場感あふれるカメラワーク。カトリーヌにとって登山とは、一つ一つの岩に個性を感じ、岩と心を通わせること。身を切る寒さと、照りつける太陽の感触を味わいながら、一歩一歩登って頂上をきわめる喜びを、カトリーヌと一緒に体験してみませんか?>

この番組紹介文に嘘はありません。本当に一緒に登っているような臨場感を味わえました。彼女がパートナーと登った三つの壁とは、
1、グランキャピサン東壁(多分東壁だと思います) ザイルパートナーは、彼女のクライミングスクールの生徒で現在クライミングの指導をしているというポーリーヌという若い女性クライマー。

2、グレポン  彼女の妹で、医師で3人の子供を持つという31歳のクレールと。

3、ヴェルト北壁 カビーとロタールという先輩クライマーと。二人は68歳と72歳というともに高齢クライマーです。

最初のグランキャピサン東壁は、もう50年以上前に、おりしも登山ブームだった日本でも大ヒットした「アルピニスト岩壁に登る」というちょっと変な題名の映画(原題は真昼の星)のなかで、フランスの高名な登山家リオネル・テレイ(注:1947年、アイガー北壁の第2登をルイ・ナシュナルと共にも成し遂げ、ヨーロッパアルプスからヒマラヤの高峰でも活躍したフランス山岳界の鉄人は1965年に南仏のヴェルコール山群で墜死します。テレイ、ガストン・レビュファと共に山の三銃士と称えられテレイと多くの山行きを共にしたルイ・ナシュナルもまた1956年モンブランで氷河亀裂に落ちて死亡します)が登っていたのを思い出しました。

グランキャピサンもグレポンも、乾いた快適そうな花崗岩岩壁を登りますが、彼女の卓越したクライミングは全く危なげなく、難度の高そうな部分も彼女が登ると、一見易しく思えてしまうほどです。その登攀スピードは軽やかでとても速いのに驚きます。
岩の最突端に楽しそうに立つ二人のクライマーの映像など、高所恐怖症の人には信じられないような光景でしょう。

ヴェルト北壁は氷壁登攀です。
楽しそうな会話を交わしながら見事なアイスクライミングを見せてくれますが、久しぶりにザイルを結び合ったという、先輩である二人の高齢登山家との、交流がうらやましくもあります。
彼女は1992年にアイガー北壁女性で初めて、17時間で冬季単独登攀したことでも有名ですが、今度一緒に登った、ロタールは彼女より25年も前にアイガー北壁を登ったと説明されていましたので、北壁登攀史から調べてみたところ、1969年の7月に同じフランス人クライマーである、テイェリ・カルドンと共に登攀した事が記録されていました。

美しいモンブラン山塊の映像と、ここまでよく撮れたと思わせる高度の登攀技術が楽しめたこの番組、再放送の機会がありましたら、是非見られることをお勧めできる作品です。

 

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2010年9月16日 (木)

9月13日(月)の海賊対処法によるソマリア沖船舶護衛その12(8月)に護衛航路延伸のことなどを追記しました

9月13日(月)の「海賊対処法によるソマリア沖船舶護衛その12(8月)」に護衛航路延伸のことなどを追記しました。

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2010年9月15日 (水)

畑に石灰を撒いただ---ちょっくら、ドイツビールの話も

Dscn5819_320 Souroku親爺が長い夏休みの後始末に結構忙しくて、ブログの更新もままならねえと言うだで、今日はおらがつなぎで話すだよ。

先週の土曜日(11日)朝、5時起きして畑にいっただよ。
 おら、作男していても、山仕事以外では5時起きなどめったにねえだに、久しぶりにお日様が昇るのも見て結構気持ちが良かっただよ。
夏野菜はすべて終わっただで、日照り続きで、からからの土全体を充分耕して、消石灰を300g/㎡散布しただ。おら、このへんの量は、真面目だよ。

写真の真ん中に少し残っているのは、唐辛子1本と赤ジソ2本だ。これもまもなく抜くつもりだ。

今週末にジャガイモを植えつける予定でいるだが、このジャガイモでさえ連作障害で2,3年は空けましょうとあるだ。
それともうひとつ考えているハクサイ。これも連作は駄目だと。
無理だよ。おらの小ちっちゃこい畑に空ける場所などねえだよ。何とか去年と場所さ、入れ替えてみるだが、どうなることやら。
ジャガイモは、冬休みにやって来るチビスケ1号、2号の喜ぶ顔が見たいだで、なんとか収穫したいと思っているだ。
まあ、今日のおらの話はこんなところだ。年だな、畑さ耕すのは結構きついだよ。

Asahi320 ところで、話はころんと変わるが、アサヒビールが、ドイツメルツェンタイプのビールを9月28日から売り出すとか。
おら、ドイツビールが好きだで楽しみにしているだ。実は念願かなって、ミュンヘンの「ヴァイセス・ブロイハウス(白ビール醸造所)」で朝ぱらっから、白ソーセージをさかなに白ビールを飲んできただ。勿論、12時迄の限定メニューだ。ANAのPR誌「翼の王国にあった「ミュンヘンの白い悦楽」と気取っただ。

この話、聞きたいかね?。聞きたかねえ。それでもおら、話したいだよ。
あら、もう制限時間かね。またにするだで、お休みなさいだ。

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2010年9月13日 (月)

海賊対処法によるソマリア沖船舶護衛その12(8月)---9月16日追記

インド洋給油活動の時と同じように、派遣前には、あれほど大騒ぎしたマスコミが、その後まったく報じなくなった、海賊対処法によるソマリア沖派遣護衛艦の毎月の活動を書いています。(防衛省、国土交通省海事局発表資料による)
   「9月16日追記」

*平成22年8月の海賊対処法による船舶護衛実績(160回護衛~169回護衛の10回)
 護衛した船舶 日本籍船 0隻 
           日本の船舶運航事業者が運航している外国籍船  18隻
                   合計18隻  1回平均1.8隻
           
               外国籍船 84隻  1回平均8.4隻

Setogiri156_3208月も 海上自衛隊の護衛船団に護衛される日本関係船舶は少なく、平均して1回につき1.8隻でした。
これはあくまで平均ですから、実際には全10回の護衛のうち、日本関係船舶が0隻が1回(第164回)、1隻しか集合しなかったのが3回(162、166、169回)もあります。Makinami112_320
何ゆえに相変わらず護衛する護衛艦よりも、護衛されるべき船舶のほうが少ない状況が続くのか、この事について国に対する注文、要望の多い「日本船主協会」からは、今にいたるまで何の発表もありません。
海上輸送路の安全確保とはいえ、自社の国税負担の軽減策ばかり練る一部大手海運会社の船舶に、1隻あたり2日間の護衛に5000万円以上の税金が投入されているという認識が欠けている気がします。

護衛艦派遣時の想定の2割にも満たない現状は、日本船主協会や国土交通省、防衛省などが想定した船舶数が誇大だった事が考えられるのですが、それにしても2割は少なすぎます。

他に考えられるとしたら、日本関係船舶が韓国、中国などの護衛船団に加わっている、または、護衛なしで航行している事などが挙げられます。
しかし、そうだとするとこれは、護衛艦派遣時の日本関係船舶の実情として、派遣の緊急性を訴えた時の状況から考えると、ちょっとおかしい事になります。
当時のマスコミ報道などを読み直すと、現状との違いが大きいことがわかります。
「やむを得ず護衛される外国船舶の最後尾に、ついて航行している」「夜間、危険な海を灯火を消して高速で危険地帯を脱出している」「ソマリア沖を通過する日本の商船は年間2000隻、早く日本の艦艇の護衛下で、安全な航行が出きるように強く要望する」などなどです。

日本関係船舶の少なさについては、後日検証するとして、8月も海上自衛隊による護衛船団には、最多数の中国の16隻をはじめ、ドイツ7隻、シンガポール6隻など日本関係船舶の5倍ほどになる、多数の外国船舶が加わり護衛されているのが実情です。多くは中国貿易関連船舶です。
前にも書いたように、国際貢献としては評価されるべき日本の護衛活動ですが、「海賊対処法」による護衛艦の活動が1年を過ぎたいま、各国との連携や指揮系統、中国、韓国海軍との交流、CTF151との関連、国際貢献の評価、拡充されつつあるジプチ基地の事な、海賊対処の現状を国民に知らせる時期に来ているような気がします。

(写真上、第6次派遣部隊として、8月末に日本を出港しジプチに向かっている護衛艦156せとぎり)
(写真中、同、護衛艦112まきなみ。両艦とも現在活動中の、護衛艦ゆうぎり、むらさめと交代する)

以下、9月16日追記

(写真下、護衛船団の航路を東方へ200km延長すると発表されている。延伸するのは、波が高く海賊の活動範囲が縮小するモンスーン時期以外(3~5月、9月~11月頃)で、
折木統幕長は
、「延伸で1回の護衛は片道2日から3日程度になり、回数、護衛船舶数は減ることになる」との見通しを示した。

海賊の活動範囲が広がっているとの理由で、
護衛回数が減ると護衛船舶数が減るなどと簡単に言ってくれるが、集合する日本関係船舶への対応や、護衛空白時間が増えるなどの問題が当然生じてくる。
どうも護衛する2隻の護衛艦よりも少ないという、日本関係船舶の減少を隠そうとする意図や、補給艦の派遣なども見え隠れする。

船団の前後を2隻の護衛艦で守る現在の護衛方式を、往路と復路を1隻ずつに別ける船団方式にするなどは、全く検討する気は無いのだろうか。
この件は、今後の護衛状況のなどの推移などを見守る
必要があると思っている。合わせて8月末まで、CTF151(海賊対処各国合同部隊)の司令官を担っていた韓国海軍の活動状況なども書いてみたい。なお、9月1日以降、CTF151の司令官はトルコ海軍が二度目の任についている。
インド洋給油以来、防衛省、海上自衛隊の発表を素直に信じられない癖がついている。---柳瀬川通信:報道部 作山記者)

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2010年9月10日 (金)

異常な高温で芝生が枯れても---異常な報道でも小沢さんは元気です

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雨の全く降らない「異常高温の日」が続き、ニュータウンでは、懸命の散水にもかかわらず芝生や植栽が枯れています。(写真、枯れ始めた芝生やツツジ)

これまた、「異常とも思えるマスコミの集中攻撃」にも笑顔で耐えて、民主党、小沢さんは元気です
「政治と金」
の問題での追求は常軌を逸した報道が繰り返されています。
その他、書くものいやになる小沢つぶしのオンパレード。もう、マスコミの小沢憎しの執念です。

これほどまでに総理になってもらいたくない、いやなられたら困ると政官挙げて恐れる人に、是非、総理になってもらいましょう。やってもらいましょう。

Dscn5816_320マスコミは、小沢一郎が総理になったら、「日本に未来無し」、「国民総不幸」、「世の中真っ暗」「日米関係最悪」などと言いふらしますが、マスコミが本当に日本の未来、国民の為を思った報道姿勢を持ったことがあったでしょうか。
怪しげな世論調査や捏造報道で民意を操ろうと思っても、我々はだまされません。
    「小沢一郎を支持します。」

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2010年9月 6日 (月)

氷河特急雪景色その2---昨日の続き

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2010年8月31日
ツェルマット滞在中では、この朝、もっともきれいな姿を見せてくれたマッターホルン(写真上---アイガーと同じで、北壁には常に雲が湧いてくる)に、名残を惜しみつつツェルマット駅から氷河特急に乗り込みました。
荷物は列車に乗る前に、駅で「ファーストバゲージサービス」(Fast Baggage Service)を利用しました。
このサービス、今日の目的地のチューリッヒまで重いバッグを送ってもらう事ができるので、とても便利です。(これについては、後日少し詳しく書きます)

本当に1等パノラマカーを借り切ったの?、それも2両も。写真では本当に誰も乗っていないよね?。
まさか、まさか。マイケル・ジャクソンさんではあるまいし、そんな事が出きる筈もありません。
ツェルマット駅9.00時発、902便、氷河特急の1番列車の1等2車両には、なんと僕ら家族3人以外の乗客が乗っていなかったのです。それで借り切った?と言ったのです。
駅員には、確認して乗車したとはいえ、それでも列車を間違ったかとの思いが捨て切れませんでした。
氷河特急はいつも乗客が多いのだという情報からの先入観です。
実は902便の後に、9.13発で、途中で902便に連結され?、また分離されてサンモリッツに向かう良くわからない904便もあるのです。
なにはともあれ、こんな事もあるのですね。

 氷河特急については、ネット上にたくさんの情報がありますので、詳しくは書きませんが、列車編成で、天井までガラス面のある、窓の開閉できないパノラマ車両と、大きな窓の一部が開閉できるタイプの車両があります。
僕らの座席指定車両は、この窓開きタイプの筈だったのですが、乗り込んでみたらパノラマ車両の中央部分、もっとも眺めの良い座席でした。どうしてか、その訳は謎です。
そこで、誰もいない2車両間を自由に行き来して、遠慮なく窓を開閉して写真を撮る事ができたというわけです。
ガイドブックには、窓の開閉できないパノラマ車両より、開閉できる車両のほうが、写真が撮り易いと書かれたりしていますが、実際には他の乗客がいるのに、窓を勝手に開閉するのには、風も吹きこむだろうし、問題があるのではと感じました。

そんなわけで、途中駅から同じパノラマ車両にフランス人家族など数組の乗客が乗ってきただけのガラガラの車内で、美しい車窓の風景を悠々と堪能しつつ、雪のオーバーアルプ峠越え(写真下)も経験できたという、僕らの氷河特急の旅でした。
氷河特急の最後の話として、車内での食事と、なぜ1等車を選んだのかについて、次に書きます。---続く
Dscn5754_320 (写真左上 僕ら以外に、乗客のいないパノラマ車両。天井のガラス面は開放感があり、山の美しい景色を見ることが出来る。
窓はFIXで、ガラス面が反射して、写真は撮り難い)

(写真左下、窓が解放できる車両。天井に窓が無いが、大きな窓は上下に開放できて快適。この車両も捨てがたい。どちらかといえば、僕はこちらを好みます。
ただ、満席だと窓は開けられないだろう。そこが問題。)

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2010年9月 5日 (日)

スイス、ドイツは寒い!---氷河特急雪景色

Dscn5759_1024 昨日、スイス、ドイツの旅から戻りましたので、夏休みしていたブログを再開いたします。

偉そうに聞こえるかもしれませんが、それでも言っちゃいます。
ともかく日本は暑いです。暑い。暑い!。
成田空港で電車に乗り換える際に感じた熱波は、まるで熱帯の国に来たかと思うほどでした。
それに引き換え、旅行中のヨーロッパは寒く、皆、厚い上着やコートをまとい、もう秋の気配でした。
持参した半袖の衣類は全く着る機会が無く、チューリッヒやミュンヘンなどの街中でも登山用のズボンとカッターシャツ、そしてアウター用のジャケットで過ごすことになってしまいました。
高所用にと用意したインナー用のダウンジャケットは、頻繁に着たり脱いだりしているうちに、遂に行方不明になりました。
山か、街中か、どこかに置き忘れてきたのです。残念、これからの秋山シーズンにむけて、とほほの心境です。

さて、いろいろ書いてみたいと思いますが、まずはこの寒さを象徴する景色をお届けします。
ツェルマットからクールまで乗った氷河特急から見た雪景色です。
汽車が1500m~2000mの高所を走るアンデルマットからオーバーアルプ峠にかけて、車窓から見たのは、新雪に覆われた山々でした。
8月というのに、車窓から顔を出すと、冷たい風が頬に当たり、視界全部に、夏には見られないと思った美しい雪景色が広がっていました。

車窓からの写真を自由に撮ること出来たのは、下の2枚の写真のように氷河特急1等車両、2両(パノラマカーと窓開け形)を僕ら家族3人で借り切ったからですえっ!  ---- 続く

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