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2010年8月26日 (木)

ブログを10日ほど休みます

夏休みのため、ブログを10日間ほど休みます
旅をしてきますので、戻りましたら見てきた事、感じたことなどを書きたいと思います。

東京新聞が「こちら特報部」の記事で、調査捕鯨の鯨肉横流しを扱い「利権の護送船団」なる記事をを書いていますが、やはりそうだったのかと思うところ大なので、もう少し調べて紹介したいと思っています。同じく「年金施設叩き売り---9000億円が消えた」も気になる記事です。
東京新聞の「こちら特報部」は読み応えのある記事を新聞2面を使って掲載しています。知らなかった事も多く、この連載記事は評価できます。

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2010年8月25日 (水)

アイコ1号、2号ありがとう---超ミニ農園

Dscn5630_320 おらの超ミニ農園のアイコ1号、2号、だいぶ枯れてきただ。
ちっちゃこい苗から、よくまあ、成長してくれただよ。今年の夏さ、たった2本のミニトマトから300個以上の収穫だ。女農園主さまもびっくりだよ。

先週もチビスケ2号が、60個も採れたと大喜びしていたが、それはチビスケのために、おらが残しておいたものだ。
最後の大収穫ちゅうわけだ。
チビスケよ、君が帰る前に採った4個のミニトマトが今年最後の収穫になっただよ。
まだ、枝の上のほうには黄色い花が咲いているだども、恵みは充分に頂いただよ。
もうお終いにすべえと、今日、根を抜いただ。
ありがとうさん。アイコ1号、2号。

「おらが今年わかった事。」
農園のトマトでもわかっただが、野菜作りの教科書に書いてある株間45cmは狭すぎる。
家庭菜園なら、倍の90cmくらい離して、枝を大きく伸ばしたほうがトマトにええだよ。
枝が混んで来ても手入れもうんとし易いだ。収穫も増える気がするだよ。
家で食べるだけなら、4本もあれば充分なこともわかっただ。
ミニトマトが、大きく枝を伸ばせたのは、周りになにも無かったからだし、支柱もどんどん立てられたのが良かっただ。
農園も、来年は契約の最後の年だで、トマト、ナス、ピーマンの苗の数をうんと減らして、一本一本をのびのびと育ててみるつもりだよ。

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2010年8月23日 (月)

非純正品を使う----お薦めはしませんが

Dscn5628_320 いくら何でも価格設定がおかしいのではと思うのです。
仕事で使っているA3版のモノクロレーザープリンターは、交換用トナーが、1個で2万円以上ですし、経験的に少し不具合の起こりやすい再生品でも、定価の6割近い値段です。

レーザープリンター本体がが30万円近い価格で売られていた時代なら、それでも納得できたのですが、最近はトナー代金に少し加えるとモノクロレーザーの新品が1台購入出来てしまいます。
勘ぐれば、メーカーは交換トナーで利益をあげているのではと思ってしまう価格設定です。

まあ仕事で使うなら、リスクの少ない純正品の選択もあるとしても、普段使っているもの中で、掃除機の紙パック、そしてA4版インクジェットのインクなどがこれまた、首を傾げたくなる価格だと思うのです。

しかし、こちらにはDscn5629_320嬉しい?味方である非純正品があります。
例えば掃除機の「紙パック」。
掃除機メーカーの純正品だと1枚300円以上しますが、100円ショップに行けば、3枚入りが100円で買えるのです。
これはあくまで個人的感想だとお断りさせていただきますが、100円の掃除機紙パックを使ってみても、今までなんら問題はありません。
かえって1枚30円程度ならと、こまめに取り替えて吸引力がぐんと向上です。

もう一つ、インクジェットプリンターのインクタンク
純正品だとカラータンク1個、1020円くらいするものが、400円以下で購入できます。5色セットでも正規品の定価の4割以下で購入できます。

ただ、プリンターメーカー側では、非純正品を使用すると、故障や印刷の不具合が生じる事も多く、また、保証の対象から外れると警告していますので、保障期間中は使用しないほうが賢明かもしれません。
僕はブログの記事、たいした記事ではないのですが、それでも書くために、かなりの量の資料集めなどをするので、プリンターインクの消費も多く、定価の4割以下の値段で購入できるのは魅力なのです。
掃除機の紙パックと同じく、こちらも使って不具合が生じた事はいちどもありません。
インクタンク5色セットだけで5000円もするにしては、製品のインクジェットプリンターの新品が1万円前後から購入できてしまうのでは、やはり買い替えのインクタンクでの利益率を疑ってしまうのです。
尚、これはあくまで僕自身の使用経験に基づくもので、その使用を推奨できることでは無い事をお断りしておきます。

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2010年8月20日 (金)

大型原油タンカー爆発損傷事故---その報道より

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「柳瀬川通信:報道部」
 中東のペルシャ湾とアラビア海を結ぶホルムズ海峡。
そのホルムズ海峡の、オマーンの沿岸から約18キロ沖合を航行中の商船三井の原油タンカーが損傷を受けた事件の原因につき、いろいろと報道されていますので、このへんで少しまとめておきます。
(写真上、わかりやすいイラストなので、今後の事件の報道を理解するうえで、参考になると思います。読売新聞WEBサイトより転載しました)

 *事件が起こったのは現地時間7月28日午前零時(日本時間同日午前5時)。
最初の報道では、タンカー「エム・スター」(M・STAR)(マーシャル諸島船籍:16万292トン)の乗組員が爆発があったと報告した。
乗組員1人が負傷したものの、タンカーからの原油流出はなく、海上輸送の要衝である同海峡の船舶の航行にもその後影響は出ていない。
 (柳瀬川通信:報道部注 事故当時フィリピン人乗組員16人、インド人乗組員15人が乗船していた。乗組員に負傷者は無しという報道もあった)

*7月29日 タンカーを運航する商船三井は29日、タンカーの右舷後部に約9メートル四方のへこみがあり、右舷甲板に設置されていた救命ボートがなくなっていることを明らかにした。
(報道部注 この救命ボートがどのような状況で、海中に落下してしまったのかが、こんどの事件を解く重要な鍵のひとつとみます。)

 同社によると、エム・スターは28日夜、爆発があったとされる現場から近いアラブ首長国連邦(UAE)のフジャイラ港に入港。29日から同社関連会社社員のほか、米、英両国の海軍担当官も加わり、船体の調査に着手した。
同社によると、爆発があったとされるのは、船体の右舷後部のエンジンルーム付近。同社は損傷した船内がぬれていないことなどを根拠に、UAEの一部報道が伝えている「地震に伴う強力な波による被害」との見解を否定した。
 一方、同社はこの日、船橋2階部分にある船室などの写真を公表。
 ドアや壁、天井がはがれたり、食堂の窓枠が外れ、ガラスが割れている様子が確認できる。
 海賊の襲撃などの可能性も指摘されているが、同社は「あらゆる可能性を想定して調査中」としている。

*7月29日 [AFP] 中東のホルムズ海峡(Strait of Hormuz)を航行していた大型原油タンカー「M. Star」の船体後部が28日に損傷を受けた問題で、同船を運航する商船三井(Mitsui OSK Lines)は29日に記者会見を開き、強力な波による損傷という一部報道を否定した。

 都内で会見した同社の日比野雅彦(Masahiko Hibino)タンカー安全管理室長は、オマーンの沿岸から約18キロ沖合を航行していた28日午前零時(日本時間同日午前5時)すぎに乗組員が光を目撃し、爆発音を聞いたと述べた。当時は天候もよく、現場海域には波浪警報も出ていなかったという。米地質調査所(US Geological Survey、USGS)によると、当時この地域で大きな地震などは観測されていない。
同社では原因についてまだ結論を出しておらず、外部から攻撃された疑いも含めて調査中だと語った。29日には米海軍や英海軍商船隊司令部(Maritime Trade Operations)も加わって調査が行われた。

*8月4日 [ドバイ 4日 ロイター] ホルムズ海峡を航行中の商船三井の原油タンカーが損傷を受けた事件について、アルカイダと関連があるとみられる武装グループが4日、メンバーによる自爆攻撃だったとする犯行声明を発表した。
   ただ、アナリストの間からは声明の真偽を疑う声が上がっている。
 事件が起こったのは現地時間7月28日深夜。タンカー「M・STAR」の乗組員が爆発があったと報告した。
乗組員1人が負傷したものの、タンカーからの原油流出はなく、海上輸送の要衝である同海峡の船舶の航行にもその後影響は出ていない。
 この事件の原因をめぐっては、米国の原子力潜水艦との衝突も取りざたされていた。
 犯行声明を出したのは「アブドラ・アッザム旅団」と称するグループで、イスラム過激派系ウェブサイトに犯行声明を掲載した。
同グループが自爆攻撃を行ったとする人物の写真も、声明と共に掲載されている。
  声明は「殉教を求める英雄のアイユーブ・アル・タイシャンが、日本のタンカー『M・STAR』で自爆した」としている。

(:報道部注 タンカーは船尾に船籍のあるマーシャル諸島の国旗を掲げて航行しており、このタンカーを日本船と認識することは困難だったと見られるとの情報あり。
なお、攻撃の際の状況について、船長は海が暗くて周囲に船舶は見られなかったと語ったと伝えられている。)

*8月6日 商船三井所属の大型原油タンカー「M・STAR」(16万トン)が中東のホルムズ海峡で損傷したことについて、アラブ首長国連邦(UAE)の国営首長国通信は6日、当局が爆発物の痕跡を船体から発見し、「テロ攻撃を受けた」とみていると報じた。
 UAE沿岸警備隊の「責任ある関係者」は同通信に対し、タンカーの右舷後部の喫水線上で見つかった船体のへこみから、手製爆薬の痕が見つかったことを明らかにし、「爆発物を満載したボートによるテロ攻撃」との見方を示した。
 タンカー損傷をめぐっては、国際テロ組織アルカイダ系の「アブドラ・アッザム旅団」を名乗るグループが3日、「自爆攻撃を行った」との声明を発表していた。

*8月19日    現地時間先月28日に中東・ホルムズ海峡で「商船三井」の原油タンカーが損傷を受けた問題を受け、国交省の事故原因調査委員会が18日に開かれ、専門家のほか、警察庁や防衛省など関係省庁の担当者らが出席した。

 国交省によると、事故が起こる前、タンカーの右700メートルまで近づいていた船があり、この船がタンカーの航路を横切ったり、針路上に戻ったりと不審な動きをしていたことが、これまでのレーダー解析から判明した。

衝撃の瞬間について、甲板にいた乗組員は「大きな振動と音がして、右舷側で何か赤い物体が上から下へよぎるのを感じた」と証言。「ズーン」という音がしたという。航海データ記録装置(VDR)の船室の音声記録では、「シャー」という高周波の音が約3秒間続いていた。ほぼ同時に船橋の頂上に設置されていたレーダーが衝撃を受けて6分間にわたってダウン。何も記録されていなかった。

さらに、船体のへこみは水面下にもあって、水面上のへこみにつながる形で高さ16メートル、幅23メートルあることもわかった。
 国交省は、現場で採取したサンプルに爆発物の残留物があるかなどを調べていて、タンカーが日本に戻った後に詳しく調査することにしている。
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* 8月10日
 
前原誠司国土交通相は10日、中東のホルムズ海峡で損傷した商船三井の大型原油タンカーから採取した付着物を、警察庁科学警察研究所(科警研)で分析することを明らかにした。

 付着物は、損傷した居住区の外板に付いていたすす状のもので、9日夕に科警研に依頼、科警研で爆発物の成分が含まれているかなどを分析する。
中井洽国家公安委員長は10日の会見で「警察には証拠品を分析する専門家、装置もあるので、収集した証拠を少し渡してもらい手伝いをしたい」と述べた。

 また、船速、船首の方位や船橋での音声などが記録されている航海データ記録装置(VDR)も持ち帰り、運輸安全委員会と海上技術安全研究所(東京都三鷹市)で分析しているという
一方、爆発の直前に乗組員が水平線上で光が走るのを見た、との当初の発表について、同社の日比野雅彦・タンカー安全管理室長は「甲板手が左舷側の居住区から出た際に右舷側で爆発があり、その先で何かが光るのを見た、と話している」と修正した。
(:報道部注 負傷した乗組員の証言が無いこと、また、この乗組員の証言も、最初の証言(水平線上で光が上から下に走るのを見たと違いすぎるし、会社側の発表はあまり信頼はおけないとみます。それまでの証言では、ボートへの隕石落下説が出たのもうなずけるからです。)

*8月19日 「政府/商船三井タンカー事故調査委に防衛省参加」
政府は8月18日、第1回ホルムズ海峡タンカー事故原因調査委員会を開いた。

関係省庁として、内閣官房はじめ国土交通省、同省傘下の運輸安全委員会、警察庁、外務省、防衛省、海上保安庁が出席した。各省の出席者は課長クラスとなった模様だ。
国土交通省は、防衛省が出席した理由について明言を避けたが、安全保障上の問題であると判断した場合には、政府全体で対応する考えを示した。海賊対策などの法案を立案する可能性についても言及した。
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2010年8月17日 (火)

酷暑とセミの大発生

暑い、暑い、暑い。
現在、夜の11時をまわっていますが、このブログを書いている部屋の室温がまだ31度もあります。
各個室に付いていた古いクーラーを、春に撤去してしまったので、今年の夏はクーラー無しで堪えています。
日中の気温が連日36度を越え、今日もまた、練馬で38度を越えたとニュースが伝えています。
農園もからからで、少しばかりの水撒きでは、それこそ、焼け石に水と、作男さんが嘆いています。
ササゲにアブラムシが大量発生し、今日は水で洗い落とした後、ルトラン1000倍希釈液を散布しました。普段は農薬などほとんど使わないのですが、こんどばかりは非常事態です。

志木ニュータウンではセミが大発生しています。
昼間、うるさいほど鳴くだけでなく、深夜まで鳴き続け、それでなくても寝苦しい夜の安眠を妨げます。
外を歩けばいたるところに、セミの死骸が転がっていますし、セミ採りなど、チビスケ2号でも簡単にできるので、ニュータウンは、セミの森だねと喜んでいます。
世間ではたしか、2007年に大発生したと記憶していますが、ニュータウンに関する限り、セミの多さは、今年が史上最高だと思います。
この暑さが、秋まで続くようで、春も無し、秋も無しでは、日本の四季はどうなるのでしょう。そういえば、台風も来ないですね。

そんななか、なかなか調べが進まないのですがホルムズ海峡での原油タンカーの損傷事故のその後の動きが気になります。
詳細はほとんど不明なのですが、今日は事故当時、タンカー周辺に不審な小型船がいたことがレーダーで確認されたと報道されています。
「国土交通省などによると」、といった出どこころのわかり難い、この種の漏れ情報は、僕はあまり信用していません。

このところ、中国国防費が拡大の一途、海軍増強、対抗して防衛省新型ミサイル配備検討などといったニュースが増えています。
防衛省は予算の削減に神経を尖らせています。
タンカー損傷が大きく報道される裏も読んでいかねばなりません。

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2010年8月14日 (土)

「下御隠殿橋」で列車を見る---チビスケたち大いに喜ぶ

Dscn5597_320_2 我が家にチビスケ1号、2号がやってきて、さながら台風、いや蒙古襲来、黒舟来航のごとし。

それぞれに、ひとりで新幹線に乗っての冒険の旅に胸躍らせ、志木の家に来たからには、なにが何でも遊んでもらおうと気合十分の二人なのです。

柳瀬川通信:報道部のデスクも作山記者もおらが、おらがの作男さんも、女農園主さまも、記事も農園も全ておっぽり出してその対応におおわらわ。

「ブログどころではねえだよ。困ったもんだ。しかたねえべ、どこかにつれて行くだよ」
そこで、出かけたのが、チビスケのリクエストにも答えて、日暮里駅の北口に有る跨線、「トレイン・ミュージアム」という謳い文句には似つかわしくない、その名は「下御隠殿橋」。

チビスケ達は、橋の手摺りに掴まって、「こまち」だ、「はやて」だ「山手線」だ「京成スカイライナーの新型」だと、次々に通過する列車に興奮気味。
「ねえ、夜までいようよ」「あれ、寝てるの」

「御隠殿とは、江戸時代にこのあたり一帯が、東叡山寛永寺住職輪王寺宮法親王の別邸・休息所で、現東京国立博物館の所にあった寛永時本坊で公務を執られていた宮が、ときおり息抜きにこられた屋敷である。
敷地は三千坪余で、老い松の林に包まれた池が広がっていて月の眺めが絶景だったと伝えられている。 明治維新の際、薩摩、長州軍と彰義隊の戦いで焼失しました。」

したがってチビスケたちを喜ばせているこの橋の名は、昭和になってから作られたので、歴史的にはあまり根拠が無いと言われているそうです。橋のバルコニー状の部分に設置されていた碑には、次のように書かれていました。

Dscn5591_320_2下御隠殿橋の完成にあたって

旧御隠殿橋は、コンクリートと鋼板でできた幅員が6mの橋で、昭和3年に建設されました。
その後、昭和39年2月に都市計画決定された東京都都市計画道路補助線街路第188号線の一部として、西日暮里二丁目と西日暮里三丁目及び谷中地域とを結ぶ重要な役割を果たしてきました。
 しかし、60余年に亘る長い年月と近年の車両交通の増加により、腐食やひび割れが著しく、通行の安全性を確保することが困難な状況になってきました。そのため、昭和63年2月に橋の幅員を15mとする都市計画変更を行い、損傷した橋を架け替えることになりました。

 架け替えに あたっては、周辺地域の人々をはじめおおくの関係者の叡知を集め、景観と眺望に」優れた橋として建設しました。
 それは、日暮里・谷中地区に数多く残る古い神社仏閣や文学碑などを中心とした歴史的風情に配慮すること、
新幹線をはじめ数多くの種類の列車が1日約2500本も通過する日本有数のこ線橋としてとしての特性を活かすこと、日暮里駅は荒川区の玄関口であり品格と格調をもった橋とすることを基本的な考え方にすえて整備しました。
新しい御隠殿橋は、和風的なデザインで、バルコニー付きの広い歩道があり、
列車ウォッチングが出きる生きたトレイン・ミュージアムとしてここに蘇りました。
この橋が、街に新たな表情を与え、荒川区の活力ある発展に大きく貢献することをここに祈念します。
 [橋の概要]   橋格  1等橋
         形式  3径間鋼ラーメン橋
         橋長  100m
         幅員  15m
         工事  平成元年7月~平成7年3月
         示方書 道路橋示方書・同解説(昭55年)
            平成7年4月
            東京都荒川区

しかし、「列車ウオッチングが出きる生きたトレイン・ミュージアム」を意識したにしては、この橋はあまりにお粗末です。
通過する列車を眺めるように作ったと思われる円弧状のバルコニーは、その中心部に作られた碑に場所をとられ、残った部分で見物できる人数は5,6人でいっぱいでしょう。
広い歩道と書かれていますが、子供たちは、なんとも列車の見難い、和風だという細かな桟の入った手すりに掴まっていたかと思うと、列車を追って急に歩道を走ります。
そこにくるのが、歩道を走って来る坂道でスピードのついた自転車。いつ、激突してもおかしくない状況なのです。

 せっかく数多くの列車の見える日本有数の場所なのです。
せめて、ベンチに座って、汽車が眺められ、自転車を気にせずに移動できるスペースが確保されていれば、それこそ、荒川区の活力有る発展に貢献できた事でしょう。
こんな場所、日本有数どころではなく、世界の観光客を当てにできる優れた日本の観光資産です。

 観光立国を謳うからには、中国からの買い物目当ての観光客に一喜一憂するのではなく、全国的な道路、交通機関のシステムの整備など、基本的な事から問い直す必要があります。
僅かな経験でしたが、ドイツでの鉄道の旅をして、全ての面で日本との落差の大きさに感心し、そして落胆したものです。

さて、チビスケたちには、この橋に来る前に日暮里駅から舎人ライナーに乗せて、無人運転の車両の最前列に座らせ、「いいとこ知ってるね」とおらがの株を上げさせたのでした。

夏休み中の男のお子様には、大塚駅からの都電と、舎人ライナー乗車、そして「下御隠殿橋」での列車ウオッチングをセットにすれば、喜ばれること間違いなしですよ。
そうだ、舎人ライナーの最前部のあたり、3名が座れる座席を設けたのは評価しますが、運転席風にするなど、もうひと工夫すれば、もっと良かったのに。惜しいな。

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2010年8月12日 (木)

賊対処法によるソマリア沖船舶護衛その11‐‐‐ホルムズ海峡で大型原油タンカーが船体に損傷

インド洋給油活動の時と同じように、派遣前には、あれほど大騒ぎしたマスコミが、その後まったく報じなくなった、海賊対処法によるソマリア沖派遣護衛艦の毎月の活動を書いています。(防衛省、国土交通省海事局発表資料による)

*平成22年7月の海賊対処法による船舶護衛実績(150回護衛~159回護衛の10回)
 護衛した船舶 日本籍船 1隻 
           日本の船舶運航事業者が運航している外国籍船  18隻
                   合計19隻  1回平均1.9隻
           
               外国籍船 75隻  1回平均7.5隻
Syousennmitui
相変わらず護衛船団に護衛される日本関係船舶は少なく、7月も平均1.9隻でした。

毎月同じ事を書かざるを得ないのですが、相変わらず護衛する2隻の護衛艦より、守られる船舶のほうが少ない現状です。

7月の実績について、もう少し詳しく書くと、10回の護衛で平均1.9隻となっていますが、実は10回のうち2回は、護衛する船舶が無い0隻(158回、159回)であり、3回は護衛船舶が1隻といった状況なのです。

それにたいして、中国などの外国籍船が75隻と、平均して7.5隻も護衛されていますので、護衛船団としての形は保たれていますが、もし、日本関係船舶だけだとしたら、護衛船団というより、商船1隻に護衛艦1隻が伴走している状況なのです。

国際貢献の名のもとに、海賊対処活動中のNATO艦船に給油するべく補給艦の派遣を検討中といった、ちょっと怪しい情報が流されていますが、今や海賊対処法による日本の海上自衛隊の船舶護衛は8割が、外国籍船なのです。

胸を張って、日本の国際貢献を謳えるのに、護衛している船舶が仮想敵国と位置付ける中国籍船が多いこと、日本の船舶が、大騒ぎした護衛艦派遣時の想定の2割にも満たない状況を、国民にあまり知られたく無い思惑などから、なにか公表することに後ろめたさを感じているのでしょう。
給油活動とも関連してきそうな「タンカー損傷」については、続く----

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2010年8月 6日 (金)

八月六日

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「ああやれんのう、こがあ辛(つら)い目に、なんで遭わにゃあいけんかいのう」
  今日の広島平和宣言の始まりの文

峠 三吉「原爆詩集」より

 「序」
ちちをかえせ ははをかえせ

としよりをかえせ

こどもをかえせ

わたしをかえせ わたしにつながる

にんげんをかえせ

にんげんの にんげんのよのあるかぎり

くずれぬへいわをへいわをかえせ


「八月六日」

あの閃光が忘れえようか

瞬時に街頭の三万は消え

押しつぶされた暗闇の底で

五万の悲鳴は絶え


渦巻くきいろい煙がうすれると

ビルディングは裂け、橋は崩れ

満員電車はそのまま焦げ

涯しない瓦礫と燃えさしの堆積であった広島

やがてボロ切れのような皮膚を垂れた

両手を胸に

くずれた脳漿を踏み

焼け焦げた布を腰にまとって

泣きながら群れ歩いた裸体の行列


石地蔵のように散乱した練兵場の屍体

つながれた筏へ這いより折り重なった河岸の群れも

灼けつく日ざしの下でしだいに屍体とかわり

夕空をつく火光の中に

下敷きのまま生きていた母や弟や町のあたりも

焼けうつり


兵器廠の糞尿のうえに

のがれ横たわった女学生らの

太鼓腹の、片目つぶれの、半身あかむけの、

誰がたれとも分からぬ一群の上に朝日がさせば

すでに動くものもなく

異臭のよどんだなかで

金ダライにとぶ蝿の羽音だけ


三十万の全市をしめた

あの静寂が忘れえようか

そのしずけさの中で

帰らなかった妻や子のしろい眼窩が

俺たちの心魂をたち割って

込めたねがいを

忘れえようか!

 小学校の教室で、涙を見せながら「原爆の子」を読んでくれた先生。
あれ以来、どうしてもわからない事。

なぜ、銃も持たない市民の上に原子爆弾を投下するなどという、およそ人間の出来る所業とは思えない事が、平気で行われたのか。
その後も、ベトナム、イラク、アフガニスタンと市民の殺戮を繰り返し続ける米国という国の持つ精神の異常性。

65年たっても原爆を落としたその国の、核の傘に依存し、絶対服従し続けなければならない日本。

原爆被害者、爆撃被害者の救済さえ満足に出来ぬまま、過ぎ去った65年の年月。

心ならずも戦地に散った兵士たちの、遺骨収集も放棄したままの政府。

むなしい思いで、また8月6日を迎えました。
(写真上、8月6日の広島も、このような青空で迎えた朝だったのでしょう)

あの頃、僕は東京からの疎開先である、石川県金沢市近郊に住んでいました。
食料難以外には、戦争の記憶はほとんどありませんが、広島に原爆が落とされる4日前の、
8月2日の「富山大空襲」の日だったと思うのですが、夜中に起こされて、いざとなったら山に逃げるのよと言って、土間で祖母がわらじの紐を結んでくれたことを覚えています。

 

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2010年8月 4日 (水)

捨てられない文具その3----鉄道定規

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捨てられない文具として、ステッドラー芯ホルダー(7月26日)、ヘンミ計算尺(7月29日9などをあげましたが、今日は鉄道定規です。
ここ、数十年使うことなく、ただ、保管していました。

現在の製図はほとんどコンピューター(CAD)で書きますから、単一半径曲線、2次曲線など、どんな曲線でも簡単に製図できてしまいます。
しかし手書き図面の時代は、曲線を描く事はかなり厄介だったのです。
そこで使用されたのが、学校でも使った雲形定規に代表される曲線定規です。
市販された曲線を描くための、いろいろな定規がありますが、この写真はそのひとつ鉄道定規です。
半径3cmから500cmまでの 100枚がセットされ木箱に納められています。
主として鉄道線路の設計に使われる為のもので、そのため鉄道定規と呼ばれています。同じようなもので、造船の設計に使われる造船定規があります。

建築設計図の場合、図面の縮尺が100分の1とか、50分の1などが多く使われますので、この鉄道定規の500cm定規は、100分の1の図面では、半径500mとなります。

鉄道線路施設の設計では、地図上に線路を描くわけですから、その程度の半径はよく使われたでしょうが、建築ではまずそんな大きな円弧曲線は使いません。

Dscn5551_320_2 僕が建築設計でよく使ったのは、いいところ半径3cmから15cmくらいまでで、その他の定規は全く未使用できれいに包装されたままの状態です。
無駄な買い物と思われるでしょうが、そういった建築設計用の曲線定規のセットが当時、探した限りでは無かったし、家具設計などでは使い道もあるかと考えて高い買い物に踏み切ったのです。
設計図作成のCAD化により、出番が無くなりましたが、処分せずに残っていたこの鉄道定規を、再び使用されることは無いでしょうが、さりとて簡単に捨てる気にもなれないのです。

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2010年8月 3日 (火)

フウセンカズラが気になる

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先日ブログに書いたフウセンカズラの風船と種のことですが、その内部を覗くと実に形良く収まっていて、何か建築的なイメージがわいてくるので、このところフウセンカズラにはまっています。
毎日、枝から枯れてきた風船を採ってきては、風船の上下を切って、中を見て楽しんでから、せっせと種を集めているのです。
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Dscn5536_320 (写真上、風船の下側から見ると、薄い膜で仕切られた3室に、5mmほどの黒い種が見える。)
(写真中、外観。直径5mmほどの小さな白い花から、こんな大きな風船になるのが、なんとも不思議だ。形もテントやシェル構造を思わせる造形美だ。)
(写真下、上から覗いたところ。前回、刈り上げ君と書いた白い顔の部分で3個が膜にしっかりついている。とてもかわいい。風船の一つ一つの表情?が違うので、覗くのが楽しみだ。))

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2010年8月 1日 (日)

やはり週末農業は、無理だな

Dscn5522_320 なんともえらく暑い日が続くだな。ぐったりするだよ。おらがの農園も、夏野菜がそろそろ終わりだ
今年は、トマトが滅法良かったで、農園主さまも、「毎日、こんなに採れたのでは食べきれませんね」と嬉しい悲鳴をあげていただよ。おらの丹精が実っただよ。
おかげで、おらの腹の中さ、毎日真っ赤だよ。

 だども、ナス、ピーマンは駄目だった。たぶん6月から7月にかけての天候がよくなかったのが、影響したと思うだよ。
そんでも、このところの日照で、もう抜こうかと思ったナスが、急に元気になっただよ。自然には逆らえねえ。農業はやはり辛抱だな。

 超ミニ農園のミニトマトの「アイコ」は元気だよ。たった2本だども、もう100個以上は収穫しただ。まだまだ、沢山の実がついているだよ。
朝、起きて庭さから収穫した赤いミニトマトを食べるちゅうのは、最高だな。やはり畑は家さに近いほうがええとつくづく思うだよ。
おらが作男している農園は、女農園主さまが市民農園をお借りしているだで、歩いて10分以上は離れているだ。
やはり、ちょっくら遠いだよ。
おらのように、せっせと畑に通えるならよいだが、週末だけ手入れしている畑は、やはり荒れるだな。
雑草がすぐに生えるし、特に野菜の収穫時期は、2日もこねえと、トマトもナスもキュウリも、すぐに巨大化するだよ。
おらが代わりに採ってやりてえと思う畑も多いだよ。もったいないだよ。
やはり週末だけでは、農園は無理だな。そう思うようになっただよ。
(写真上、巨大化したキュウリ。このところ熟れすぎたトマトや、大きくなりすぎたナスなどを、農園のあちこちで見かけることが多くなった。作物が水やり不足で枯れたりして、荒れた畑も多くなった。皆さん、少し疲れてきたのかもしれない)

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