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2010年8月14日 (土)

「下御隠殿橋」で列車を見る---チビスケたち大いに喜ぶ

Dscn5597_320_2 我が家にチビスケ1号、2号がやってきて、さながら台風、いや蒙古襲来、黒舟来航のごとし。

それぞれに、ひとりで新幹線に乗っての冒険の旅に胸躍らせ、志木の家に来たからには、なにが何でも遊んでもらおうと気合十分の二人なのです。

柳瀬川通信:報道部のデスクも作山記者もおらが、おらがの作男さんも、女農園主さまも、記事も農園も全ておっぽり出してその対応におおわらわ。

「ブログどころではねえだよ。困ったもんだ。しかたねえべ、どこかにつれて行くだよ」
そこで、出かけたのが、チビスケのリクエストにも答えて、日暮里駅の北口に有る跨線、「トレイン・ミュージアム」という謳い文句には似つかわしくない、その名は「下御隠殿橋」。

チビスケ達は、橋の手摺りに掴まって、「こまち」だ、「はやて」だ「山手線」だ「京成スカイライナーの新型」だと、次々に通過する列車に興奮気味。
「ねえ、夜までいようよ」「あれ、寝てるの」

「御隠殿とは、江戸時代にこのあたり一帯が、東叡山寛永寺住職輪王寺宮法親王の別邸・休息所で、現東京国立博物館の所にあった寛永時本坊で公務を執られていた宮が、ときおり息抜きにこられた屋敷である。
敷地は三千坪余で、老い松の林に包まれた池が広がっていて月の眺めが絶景だったと伝えられている。 明治維新の際、薩摩、長州軍と彰義隊の戦いで焼失しました。」

したがってチビスケたちを喜ばせているこの橋の名は、昭和になってから作られたので、歴史的にはあまり根拠が無いと言われているそうです。橋のバルコニー状の部分に設置されていた碑には、次のように書かれていました。

Dscn5591_320_2下御隠殿橋の完成にあたって

旧御隠殿橋は、コンクリートと鋼板でできた幅員が6mの橋で、昭和3年に建設されました。
その後、昭和39年2月に都市計画決定された東京都都市計画道路補助線街路第188号線の一部として、西日暮里二丁目と西日暮里三丁目及び谷中地域とを結ぶ重要な役割を果たしてきました。
 しかし、60余年に亘る長い年月と近年の車両交通の増加により、腐食やひび割れが著しく、通行の安全性を確保することが困難な状況になってきました。そのため、昭和63年2月に橋の幅員を15mとする都市計画変更を行い、損傷した橋を架け替えることになりました。

 架け替えに あたっては、周辺地域の人々をはじめおおくの関係者の叡知を集め、景観と眺望に」優れた橋として建設しました。
 それは、日暮里・谷中地区に数多く残る古い神社仏閣や文学碑などを中心とした歴史的風情に配慮すること、
新幹線をはじめ数多くの種類の列車が1日約2500本も通過する日本有数のこ線橋としてとしての特性を活かすこと、日暮里駅は荒川区の玄関口であり品格と格調をもった橋とすることを基本的な考え方にすえて整備しました。
新しい御隠殿橋は、和風的なデザインで、バルコニー付きの広い歩道があり、
列車ウォッチングが出きる生きたトレイン・ミュージアムとしてここに蘇りました。
この橋が、街に新たな表情を与え、荒川区の活力ある発展に大きく貢献することをここに祈念します。
 [橋の概要]   橋格  1等橋
         形式  3径間鋼ラーメン橋
         橋長  100m
         幅員  15m
         工事  平成元年7月~平成7年3月
         示方書 道路橋示方書・同解説(昭55年)
            平成7年4月
            東京都荒川区

しかし、「列車ウオッチングが出きる生きたトレイン・ミュージアム」を意識したにしては、この橋はあまりにお粗末です。
通過する列車を眺めるように作ったと思われる円弧状のバルコニーは、その中心部に作られた碑に場所をとられ、残った部分で見物できる人数は5,6人でいっぱいでしょう。
広い歩道と書かれていますが、子供たちは、なんとも列車の見難い、和風だという細かな桟の入った手すりに掴まっていたかと思うと、列車を追って急に歩道を走ります。
そこにくるのが、歩道を走って来る坂道でスピードのついた自転車。いつ、激突してもおかしくない状況なのです。

 せっかく数多くの列車の見える日本有数の場所なのです。
せめて、ベンチに座って、汽車が眺められ、自転車を気にせずに移動できるスペースが確保されていれば、それこそ、荒川区の活力有る発展に貢献できた事でしょう。
こんな場所、日本有数どころではなく、世界の観光客を当てにできる優れた日本の観光資産です。

 観光立国を謳うからには、中国からの買い物目当ての観光客に一喜一憂するのではなく、全国的な道路、交通機関のシステムの整備など、基本的な事から問い直す必要があります。
僅かな経験でしたが、ドイツでの鉄道の旅をして、全ての面で日本との落差の大きさに感心し、そして落胆したものです。

さて、チビスケたちには、この橋に来る前に日暮里駅から舎人ライナーに乗せて、無人運転の車両の最前列に座らせ、「いいとこ知ってるね」とおらがの株を上げさせたのでした。

夏休み中の男のお子様には、大塚駅からの都電と、舎人ライナー乗車、そして「下御隠殿橋」での列車ウオッチングをセットにすれば、喜ばれること間違いなしですよ。
そうだ、舎人ライナーの最前部のあたり、3名が座れる座席を設けたのは評価しますが、運転席風にするなど、もうひと工夫すれば、もっと良かったのに。惜しいな。

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