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2010年7月 4日 (日)

利尻岳の初登頂者、そして熊の存在---その2

昨日の続きです。

深田久弥さんの著書「日本百名山」に書かれた一番目の山である「利尻岳」に,

僕が気になる文章がふたつあって、その、ひとつが昨日書いた登山の先駆者、牧野富太郎氏から辿った初登頂者でした。そして、もうひとつが次の文です。

「北海道本島と遮断された海上の山だけあって、此処には蛇や蝮がいないという。北海道の山に付きものの熊もいない。
かって対岸の天塩(てしお)に山火事があった時、難を逃れてこの島まで泳ぎ渡ってきた熊が一頭棲みついたが、いつの間にか見えなくなったそうである。
多分、また古巣へ泳ぎ帰ったのであろう。」


そう、その後の利尻岳のどの登山ガイドにも、はっきりとこの島には熊がいないことが書かれています。

 僕も2年前、利尻岳山頂を目指して、まだ明けやらぬ暗い原生林の中をヘッドライトをたよりに、一人登って行きながら、北海道の山で、ヒグマがいない事がはっきりしている登山道の安心感に、歌でも口ずさみたい心持だったのです。

この年になると霊的な現象にはあまり驚かない心境ですが、熊はいけません。
単独行の山で遭遇したくない、いやどんな難所よりも怖いのが熊です。

そういえば、今日のニュースでも報じられていましたが、白神山地で、登山者が突然藪から飛び出してきた熊に襲われて、仰向けにされたが、足蹴りで反撃して撃退したそうです。
遠くにいる熊を見るくらいなら我慢しますが、暗い山道で怖いのは熊なのです。
ヒグマなど最悪です。
それが生息しないことが発表されているのですから、こんなうれしい登山道はありません。

さて、そこでですが、この一時利尻島に住み着いたとされる熊はどうなったのか、それが今日の疑問なのです。
昨日の初登頂者探しと同じように、いろいろ調べてみたところ、インターネットで次の情報が見つかりました。
なんの事はない、地元利尻町のホームページに次のような記事がありました。

「利尻水道を泳いだ熊」
 「1912年(明治45年)5月24日、利尻島の東、旭浜の海を泳ぐ熊が斧で撲殺された事件があった。
このことは小樽新聞(5月23・25・30日)、北海タイムス(6月2日)に載っている。
 熊の足跡が目についた島人たち。島に熊がいるかもしれないとの話題が広まった。
 5月24日の朝4時頃、ついに海を泳ぐ熊が目撃された。
そして再び目撃されたのが、午前11時頃。漁師たちが舟に乗り斧を持って熊の周りに集まった。
 舟に手をかけてきた熊を斧で殴ったが、大暴れ。舟を揺り動かす熊。殴る漁師。
悪戦苦闘の末、熊の動きが止まってしまった。
その熊を舟に乗せて陸揚げ。記念写真撮影。
そして熊の皮剥。年齢は7・8歳ほど。体重は80~90貫(300~340㎏)とのこと。
 さて、利尻水道を泳いできた熊。起点は対岸の北海道本島のどこになるのだろうか。
熊の渡島解説は天塩・稚内の山火事からだといわれている
(注:深田久弥氏もそう書いています)
しかし、1912年(明治45年)5月には両地区とも山火事はない。
むしろ山火事があったのは前年の1911年(明治44年)5月のことである。
山火事が利尻水道を渡ろうとしたことにはならない。
距離は天塩川河口から利尻島までは約44㎞。稚内夕来からは約19㎞。
 北海道のどこから渡ってきたのかを探ろうとしても、熊の毛皮が行方不明から熊に聞くことができない。
熊が利尻水道を泳いでから2012年が100年となる。そこまでには泳ぎ始めた起点を探ってみたい

写真も掲載されておりますが、転載の許可を得ておりませんので、直接下記URLから、見てください。体重300kg以上と書かれていますが、写真で見ても巨大熊ということがわかります。こんな熊に襲われたら、なすすべはありません。白神山地で襲われて、足蹴にして撃退したという熊は100kgくらいだったとのことですから、この利尻島の熊の大きさがわかります。
http://town.rishiri.jp/modules/d3blog/details.php?bid=17&cid=5

これで、すっきりしました。熊は猟師ならぬ漁師に殺されていたのです。
おそらく、これが深田久弥氏の書かれた熊だったのでしょう。
僕の推察ですが、漁師も海を泳ぐ熊を撲殺してしまったのがなんとなく後ろめたく、当初は騒ぎになりましたが、その後は手柄話として残らずに後世に伝わらなかったのではないかと思います。

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コメント

海を渡ったヒグマの話は、鴛泊のペンションの主人に昔聞いたことがありますが、詳しい情報を知ることができました。ありがとうございます。

投稿: ホロゴン | 2017年7月14日 (金) 10時24分

>ホロゴンさま
拙いブログをお読みいただき、ありがとうございます。
島から稚内への連絡船に乗り、その距離を実感しました。この巨大ヒグマ、なぜ、はるか彼方の利尻島に渡ろうとしたのか、知りたいものです。

投稿: Souroku | 2017年7月16日 (日) 11時12分

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