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2010年4月 1日 (木)

毎日新聞の購読を止め、東京新聞へ代えました---その2

Dscn5191_320_2 (写真左、志木ニュータウンの参番街に咲くしだれ桃。花は二色でも、幹は一つ。あでやかに咲いて道行く人を幸せな気持ちにしてくれます)

昨日の続きです。
毎日新聞を購読しなくなった理由の一つにあげ、品性無き専門編集委員と書いた毎日新聞の「牧太郎」「山田孝男」両氏の最新のコラムを転載します。
共に、いつものように民主党関連の批判記事です。これが大新聞の専門編集委員の書く連載記事かと思うと、その品格無き表現(傲慢にして品性下劣)に不快感を覚えます。

このお二人、「新聞倫理綱領」にも、次のような記述があるのを思い出してください。

「人権の尊重」 
新聞は
人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじプライバシーに配慮する。報道を誤ったときはすみやかに訂正し、正当な理由もなく相手の名誉を傷つけたと判断したときは、反論の機会を提供するなど、適切な措置を講じる。

「品格と節度」 
公共的、文化的使命を果たすべき新聞は、いつでも、どこでも、だれもが、等しく読めるものでなければならない。
記事、広告とも表現には品格を保つことが必要である。また、販売にあたっては節度と良識をもって人びとと接すべきである。

<牧太郎の大きな声では言えないが>…健康とカネ 2010年3月30日(火)夕刊 
 
お恥ずかしいことだが、妙齢のご婦人と“路チュー”した67歳の国家公安委員長殿に、ちょっぴり嫉妬してしまった。

 「週に1回、掃除に来てもらっている」というが、彼女が議員宿舎に現れるのは深夜。
察するところ、部屋の掃除ではなく、元気ハツラツの大臣閣下との“お付き合い”にはせ参じていたのだろう。

 お仕事のなかみはともかくとして、大臣は分刻みのスケジュール。
週末は選挙区を飛び回る。そして合間合間に“浮名”を流す。
その「元気」の元は何なのか?

 失礼だが、特別、若い女性から「思い」を寄せられるようなタイプとも思えない。
「おおらかさ」が魅力なのかもしれないが……ただ言えることは、彼に「経済力」があるという事実である。
カラオケに行くにも、タクシーに乗るにも「6年間くらいのお付き合い」にはカネがいる。「元気」にはカネがいる。

 そう考えると、嫉妬は「健康とカネ」という重要課題にぶつかってしまう。

 2年ほど前、堺市北区の某総合病院の職員が、入院していた(大臣閣下より年下の)63歳の男性患者を約10キロ離れた公園に放置する事件が起こった。
入院費が払えないという理由。ここ数年、ロサンゼルスで多発している“ホームレス・ダンピング事件”と同じ構図だ。ショックだった。

 いま、日本は医療貧乏。<医業収入が減る→赤字幅膨張→人件費削減→医師が辞める→病院倒産>のデフレスパイラルは少々の診療報酬改定では解消できない。
患者は病院の倒産騒ぎで、まともな医療を受けられず路頭に迷う。カネが無いと死ぬ時代がそこまで来ている。

 逆に、カネがあれば「健康」は買える。点滴1回1万円、200万円の人間ドック、病院内エステも繁盛している。
アメリカでは医療が「永遠の寿命の域」に達するまで冷凍人間として再生を待つ人が400人以上もいるという(アリゾナ州のアルコー財団の場合、冷凍保存料12万ドル)。カネで寿命を買う。この元気格差! この医療格差! 行き着くところは寿命格差?

 「政治とカネ」より重要課題は「健康とカネ」ではないのか?

 「医療の弱肉強食時代」を予感すると、心ならずも「大臣の元気」に嫉妬してしまうのだ。


<風知草」> 鳩は風に乗って 
山田孝男  2010年3月29日(月)朝刊 

 先々週、生方(うぶかた)幸夫民主党副幹事長のクビが飛び、先週つながった。
この喜劇のテーマは「小沢一郎からの自由」だが、味わうべき主題は別にある。「民主党の軽さ」だ。

 生方は産経新聞のインタビュー(17日)で小沢や輿石東(こしいしあずま)幹事長代行を批判し、翌日、解任された。間髪を入れぬ更迭が世間に異様な印象を与え、騒ぎになった。
イヤな感じだと筆者も思う。
上役の批判もできない組織はだめだという生方の問題提起も理解できる。

 だが、てめえの政党の、それも、てめえの人事について、臆面(おくめん)もなくテレビで不満を述べ立てるという感覚は理解できない
テレビスタジオという貸座敷に陣取り、世論という、とらえどころのないものを頼んで執行部に揺さぶりをかけているように私には見えた。

 こういうやり方で強権的な党運営が改まるとは思わない。
大政党の幹部同士、意見が異なることは珍しくない。互いにぶつかり合い、激論を通じて政策を練りあげる--。自由な党風とはそういう実践を重ねて培われるものだろう。

 副幹事長の反乱で党内の小沢批判に弾みがつくといわれている。
そうかもしれないし、そうならないかもしれない。はっきりしているのは、この騒ぎがかえって小沢陣営の結束を促したということだ。

 生方解任は、小沢の胸中を忖度(推し量ること)した高嶋良充筆頭副幹事長の勇み足だったという。
「忖度政治」は永田町の流行語で、それに対する批判は山ほどあるが、もうひとつの忖度政治は顧みられることが少ない。小沢ならぬ世論を忖度する政治である。

 解任は意外だったが、解任撤回はもっと意外だった。
撤回は首相官邸主導で決まった。鳩山由紀夫の意向か側近の献言かは分からないが、官邸が動いて流れが変わった。

 火に油を注いだという意味で生方解任は浅慮だったが、解任撤回が深謀とも言えまい。内閣支持率が続落している。参院選は刻々と迫る。
首相は、恐怖人事の暗黒イメージでますます人気が落ちるのを恐れたと見るのが自然だろう。

 要するに、攻守とも世評にこだわった。民主党の軽さを映すエピソードだというのはそういう意味である。

 民主党の軽さは首相の言動に凝縮されている。
演説の文飾やネクタイの色柄や、ツイッターの書き込みや夫人と韓流スターの会食は決まるが、普天間移設は決まらない。

 テレビをつければ亀井静香が貸座敷でワーワーほえ、郵政改革の方向性もまとまらない。制御不能である。

 君子重からざれば、すなわち威あらず(論語)。威がなければナメられる。

 予算成立の節目に開かれた首相会見(26日)では「指導力がないといわれていますが」「身を引く考えは?」という質問が事もなげに飛び出した。記者から見れば、何を聞いても怖くないわけである。

 軽さの毒は自衛隊をもむしばんでいる。
陸上自衛隊の連隊長が「トラスト・ミーで日米同盟が維持できれば世話はない」(大意)と公言して注意処分を受けた。
すると、別の自衛官が副防衛相に「処分は不当」というメールを出し、これまた注意処分となった。

 自衛官の処分はごもっともだが、最高指揮官(首相)に威信が備わらない限り、連鎖反応は止まるまい。(敬称略)(毎週月曜日掲載)

毎日新聞の購読を止め、東京新聞へ代えました---その3に続く

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