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2010年3月15日 (月)

旧村山快哉堂の雛のつるし飾りを見ました

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昨日は、志木市内の村山快哉堂に行き、展示されている「雛のつるし飾り」を見てきました。
「旧村山快哉堂」は志木市役所前にあります。
明治十年(1877年)に建築された木造二階建て土蔵造りの店蔵で、本町通り(本町三丁目)に面して屋敷を構え、「中風根切薬」「分離膏」「正斎湯」などの各種家傳薬を製造、販売する薬店でした。
建物取り壊しの祭に、所有者から市の教育委員会が寄贈を受け、平成7年に解体後、4年の保存期間を経て、いろは親水公園中州ゾーンに約2年間の歳月をかけ、移築復元した貴重な建物です。(教育委員会作成のパンフレットから転載)


 2月から、この建物を管理運営している委員の方々が、手作りのつるし雛を飾って展示会を開いているのです。
ぜひ、見たいものと、自宅から毎日のウォーキングを兼ねて、柳瀬川土手を歩き約25分ほどで村山快哉堂に着きました。
中に入ると、1階の板の間部分いっぱいに、天井からきれいなつるし飾りが下がっていて、僕たちは炬燵に入れてもらい、お茶を頂きながら係りの方の説明を聞きました。
つるし飾りは、テレビでは見たことはあるのですが、実物は初めてです。
 
「雛のつるし飾り」とは、伊豆の稲取地方独特の継承文化でしたが、近年、その手作りの素朴な飾りが人々の共感を呼び、本家の縁起物としての伝統を尊重しつつ、各地で飾られるようになってきたようです。

フリー百科「ウィキペディア(Wikipedia)」には、こう書いてあります。
雛のつるし飾り(ひなのつるしかざり)とは、江戸時代から伝わる伊豆稲取地方の風習、吊るし飾りのこと。長女の初節句に、無病息災、良縁を祈願して、雛壇の両脇に細工を吊すもの。過去においては庶民の雛壇代りでもあった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%9B%E3%81%AE%E3%81%A4%E3%82%8B%E3%81%97%E9%A3%BE%E3%82%8A
 フリー百科「ウィキペディア(Wikipedia)

この旧村山快哉堂の運営委員会の方々も、今年が始めての催しとの事で、これから少しづつ、本家である稲取地方に伝わる「伝統の姿の雛」の数を増やしていきたいと語っていました。
運営委員の方々も、これだけの数の雛を、一針一針手作りされるのは、大変だったことと思います。昨日は、珍しい伝統の飾りものを見る事が出来て感激でした。

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(写真左上、旧村山快哉堂遠景)
(写真中、同近景)
(写真下、雛のつるし飾りが展示されている1階の板の間)

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