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2010年1月 4日 (月)

2010年 が良い年でありますように

明けましておめでとうございます。
晴れがましい新年をお迎えのことと思います。
ブログスタッフも、慌しかった昨年暮とはうってかわり、静かな正月を迎える事ができました。
元日の午後は恒例の近くの館氷川神社に、初詣に行きました。

女農園主さま、S通信員、作男さん、柳瀬川通信:報道部」のデスク以下、作山記者、男川記者、超美仁記者、農園寺記者、そして七つの顔を持つ男Sourokuさんと全員が揃って、今年が穏やかで暮らしやすい年になるようお願いしました。
また明日から、拙いブログながら草の根ジャーナリズムを掲げて、真実の記事を書いていきたいと思います。
ジャーナリズムなどとは、大仰で大変恥ずかしいのですが、その前にあえて草の根をつけさせてもらい、社会の片隅ながら、その志だけは持っていることを自負したかったのです。

毎日新聞で、「ニュースの匠」欄を担当している鳥越俊太郎さんが、最初の記事で次のように書いています。共感を覚えますので、その後半部分を、写させていただきます。

「では、私がなぜ「ニュースの職人」という表現に拘るのか? 
実は一般に使用される「ジャーナリスト」や「ジャーナリズム」にどうしても違和感を覚えるからです。
ジャーナリズムには日本語の適切な訳語がありません。
この言葉に内包される定義の深さや広さを正確に反映する日本語がみつからないのでしょう。
仕方なく英語をそのままカタカナ語として使用していますが、日本人は専門家も含めこの言葉の意味をてんでんばらばら、好き勝手に理解しているようです。
あえて言えば"こんな感じ"という形で使っているんでしょう。
 一つ例を挙げます。ジャーナリズムの本場、アメリカでは、この仕事の本質は税金を使って仕事をする
"権力の監視"にあるといわれます。だから彼らは徹底的に在野であり、アウトサイダーです。
しかし、日本ではジャーナリズムの一翼を担う新聞社やテレビ局の論説委員や編集委員といった人たちが政府が主宰する○○審議会××会議のメンバーになっていることがあります。
この事実だけをみてもジャーナリズムの意味が日米間でこうも違うのです。
だから私はジャーナリストではなく職人に拘るのです。」


  今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。Ca390005_320

(写真左、館氷川神社は、家族ごとの参拝が守られているので、元旦の午後でも、参拝者の長い列が続き、参拝まで1時間は待つ事になります。
近年、マンションの新築ラッシュだった事もあり、行列は長くなる一方です。)

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