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2010年1月30日 (土)

ポニーに会える散歩道

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ブログ記事では、蛍が飛んだ、カワセミがいた、オオタカが飛んでいた、カッパが泳いでいた?、鮎が釣れたり、古民家の囲炉裏にあたったりと、いったいどこに住んでいるのかと思われるでしょうが、なんと今日は、ついにポニーまで登場です
だどもでも誤解しないでください。おらが僕の住む志木市は東京の繁華街「池袋」まで電車で20分の距離です。嘘でねえよないです。僕は内職で作男もやっていますが、本当はシティ老ボーイです。

でも、志木市の柳瀬川沿いは自然がいっぱいな良いところなのです。
今日のウォーキングは、いつもの柳瀬川土手から離れて、柳瀬川駅から下流方面に向かいました。
散歩コースは、5コースほどあり、その日の気分で選びます。

<今日のコースを写真
で簡単に紹介します。約6kmちょっとのウォーキングコースです>
(写真上、東武東上線柳瀬川駅から、北方向歩いて約4分、柳瀬川にかかる富士見橋を渡ると、ご覧のような田園風景が広がります。北海道の名寄や下川町の皆さんもびっくりでないかい。
この中の細いトラクター道をまっすぐ進みます。歩いていると、驚ろかせたのか野鳥がたくさん飛び立ちます。)


Dscn4944_320快適なウォーキングを続けて、水子の石井地区に在る丘陵全体が自然公園になっている林の道を抜けて行きます。今の時期は樹木の葉が落ちて眺めがとてもよくなります。)                                                         

Dscn4942_320自然公園を抜けたところに、なんとポニー牧場があります。かわいいポニーが飼われています。
牧場といっても、イベントなどに参加するためのポニーの飼育場です。子供たちに人気です。)


Dscn4946_320(途中で、こんな寂しい所にと思うのですが、川越銘菓の「くらづくり本舗」の立派な支店があるので、ちょっと立ち寄ります。
お茶の接待が受けられます。お茶だけ飲んで帰るわけには行きませんので、好物の「べにあかくん」などを買います。
この散歩コースは、ちょっと無駄使いをしてしまいます。
こことは別のコースで、無人野菜直売所が3箇所もあり、無駄使いではなく安く新鮮野菜が手に入る、かみさんが好きなお得コースもあるのです。こんど紹介します。
やっぱり、かなり田舎でないかい。無人精米所もあちこちに在るという話だべ。)

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2010年1月29日 (金)

普天間基地移設問題について考える----Souroku

[米軍普天間飛行場は、2015年で閉鎖。辺野古滑走路は建設しない。]---Souroku(もう、書かないではいられない!)

昨年行われた衆議院選挙の結果、多数の国民の支持を得て成立した新政権が、日本国内にある駐留米軍基地の移転先ひとつの交渉で、政権の存続まで問われかねない異常とも思える事態になっている。
これに関する報道を聞くたびに、やり場の無い焦燥感に襲われる。
敗戦後、65年、僕の人生と同じくらいの年月が経過しているのに、いまだ日本は米国の被占領国から解放されていない、いや一部では植民地のような状態まで生じている現実に直面させられている。

自民・公明政権とブッシュ政権という、どちらも国民に見放された政権間で交わされた合意を、もう一度見直そうとする新政権に対して、保守系陣営や日本中のマスコミ、「米国との関係悪化は必至」、「両国関係に深刻な影響」、「日米同盟の信頼性の毀損」、「早期決着が最善」、「米国が怒っている」などなど、日本の主権や、米軍基地の存在に苦しむ沖縄県民の意思尊重はどうなってしまったかと思えるほど、すさまじい政権攻撃が行われている。

もう少し冷静に日米関係、日米同盟を考えてみよう。いや、事は急を要する。これを書き始めると長くなるので、今晩はまず結論だけを書こう。

「鳩山新政権のとる道はひとつしかないと思う。」

「政府は、名護市辺野古への移転も含めて、これ以上沖縄に新基地を作ることは、県民の反対と感情の悪化、そして連立政権存続の重要性に鑑みて不可能であると結論する。

普天間基地の
移転先は、米軍の進める計画どおりグァム島にする。

グァム移転の費用負担などは、従来どおりの合意によるが、辺野古の海上に
巨大なV字型滑走路2本の新設はしない。
辺野古に代わる基地用地の選定は凍結する。
普天間飛行場は、予定通り2014年までに返還してもらうのが望ましいが、閉鎖最終期限を2015年とする。
沖縄に新基地は今後作らない。

海兵隊グァム移転に伴い、
V字型滑走路建設の必要性と、計画過程の再検証を行い当初米軍の要求した海兵隊ヘリ部隊の使用する離発着場については、建設を前提としてもう一度原点に返り、どんな規模のどのような施設が必要か再検討し、合意に達するまで交渉する。
辺野古V字型滑走路の建設は無い。「利権渦巻く当初の建設費用約4000億円(総額は1兆円規模?)の使途は、今後の米国との交渉の担保とする。」

これで、日米関係がどのくらい悪化し、日米同盟への影響がどう発生するのか。保守系陣営やマスコミは、日本滅亡のごとく騒ぐであろう。
しかし、日本はアメリカに従属しているごとき論調に惑わされることはない。
「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もある」
両国の関係がそれほど、壊滅的になることは、双方が望まない。また、それを望まない国も多い。
それであれば、ほつれは、必ず修復できる。
日本国の沖縄に集中して存在する米軍基地が、かなり異常な状況である事を再認識しよう。不沈空母は返上しよう。 
この際、日本の米軍基地の存在そのものも論議しよう。
自民・公明政権には望むべきも無かった二枚腰を使おう。引く時、押す時の見極めをつける交渉力を持とう。

新政権のとなえる「緊密で対等な日米関係」を、友好的に築いてゆく姿勢を保持しながら、新しい理念と方策を求める道を切り開いてゆこう。

*以下の世論調査を、他のマスコミには望まないが「東京新聞」にお願いしたい気持ちである。

1、普天間飛行場の移設は、前政権の進めた辺野古の海を埋め立てて、V字型巨大滑走路を建設するのが望ましいとする案。

2、普天間飛行場は2015年末で返還、その継続使用は認めない。
辺野古の海を埋め立てる新飛行場は建設しない。そして海兵隊のグァム移転を求めて、日米合意を見直して米国と再交渉する案。


*最後に、救いようも無いマスコミよ、一部評論家諸氏よ
「奢るな!」
「国民はあなた方より一段低い立場の人間ではない。あなた方が考えるほど馬鹿でもない。」 Sourokuは怒っている。

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2010年1月28日 (木)

体外静電気と体内静電気

Dscn4939_320 体質的に静電気が溜まりやすいのかもしれません。
特に空気の乾燥する冬場に、化繊系の衣類を身につけていると、金属類に触ると指先にパチッと衝撃を受けることが多くなります。
車の布製のシートと衣類の摩擦による帯電は、かなりショックが大きく、運転席から降りる際にドアノブに触れるときはかなり注意します。

先日、表参道へ「青森ねぶた」を見に行った時など、僕の後ろで見難そうにしていた小学生らしい女の子を、前に移動させてあげようとした時、女の子の長い髪の毛がフワッと僕の上着めがけて逆立ってきたのにはちょっとびっくりしました。
群集の中でもみ合っていたので、両方の衣類に充分に帯電していたのでしょう。

そんなわけで、僕の必携品写真右静電気防止グッズです。
30年以上前に入手したものです。
鉱山会社の開発品で片側の真鍮部分を持って、アースさせると中のイオン管状の部分が赤く光って放電します。
シンプルにして、質感があり、また、放電で光るところが、いかにも仕事をしてくれているようで、僕のお気に入りです。
身体にストレスを貯めたりすると、体内が酸性化し帯電しやすくなるなど、静電気の影響はいろいろ言われますが、それはあくまで、体外で発生した静電気が体内に帯電することだと考えます。

写真の静電気防止グッズとともに写っている「体内静電気を抜けば病気は怖くない」という本は、人間の体内で発生する静電気のメカニズムと、身体に与える影響が書かれています。
この理論はまったく初めて知ったのですが、なかなか興味深いものでした。

書かれている体内静電気理論は、結構難しく簡単にまとめられませんので、興味のある方は読んでいただくとして、僕が共感したのは、静電気を抜く方法として、身体をアースさせると良いと言う部分です。
裸足で土の上を歩く、特に海岸が良い、また手を地面に触れさせる事などがあります。
山に張った天幕の中で、「太陽系第三惑星、地球」の上に直に寝て、薄いシートを通して伝わってくる大地の鼓動を実感している僕にとっては、この話、理解できます。

自分が気に入った大木を探して、その横の地面に寝て、ストレスを解消し、精神の安らぎを得ることを実践している人たちもいますが、これも納得です。
もうひとつ、静電気理論から言うと北枕が健康に良いと言う説も、僕は山で条件が許せばなるべく実践しています。

この本で、今まで衣類の摩擦などから帯電する静電気だけでなく、どうやら体内で発生する静電気という厄介なものが在るらしいと思わざるを得なくなりました。

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2010年1月25日 (月)

カワセミを見ました----竹間沢こぶしの里

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今日のウォーキングは幸運に恵まれました。
「竹間沢こぶしの里」から流れ出る湧水の小川のほとりで、今年初めてカワセミを見ることができました。
カワセミは、近くで観察するのがなかなか難しいのですが、今日は僕が近寄る度に20mほど逃げる事を5回ほど繰り返してくれて、美しい姿をじっくり見せてくれました。
こんどは双眼鏡を持って行こうと思います。

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2010年1月24日 (日)

「この給油活動には疑問」インド洋給油に否定的発言-----補給艦「ましゅう」の関係者語る

<海上自衛隊がインド洋での給油活動から新テロ対措法の期限切れで、この1月16日午前0 時に撤退しました。>

補給艦「ましゅう」「ー関係者によるとー」、最近の6ヶ月の給油活動について、34回の総給油回数のうち、15回、給油量も40パーセントはパキスタン海軍であり、給油を受けると基地に戻って行くらしいるフリゲート艦になにか釈然としない思いがあった。

また、給油そのものも、一ヶ月にわずか1回だけという月もあり、平均しても5,6日ごとに1回で、1ヶ月間でもタンクローリー30台分くらいの総量にたいして、往復45日もの航海には隊員の多くが、士気があがらないと語っていたことが、わかりました。

また、給油活動からの撤退について、日本にとって重要な海上交通路の安全確保からインド洋に護衛艦が存在することに意義があるとの論にたいしては、インド洋にただ浮いていればよいような発言は、厳しい勤務が続く隊員の気持ちがわかっていない。
当初の派遣目的や法の趣旨にも合わない、シーレーン防衛論は、もっと議論を深めて欲しい。
現にソマリア沖で海賊対処に従事している護衛艦も、海賊対処という本来の目的から離れた国益論などの主張に、シーレーン防衛の意義やその現実とのギャップに苦慮している事も理解すべきだとの発言が伝えられていたことも、別の関係者から伝えられていたということです。
なお、これは本社の調査によるものではありません

  柳瀬川通信:報道部

「-関係者によるとー」の魔力


デスク「おい、男川君、君か、こんなものを俺に持ってきたのは」

男川記者
「はい。もちろんボツですよね」

デスク「あたりまえだ。俺が「関係者によると」の記事を、通したことがあるか」

男川記者
「そうですよね。ごもっとも、ごもっとも。あまりにマスコミが使うので、書いてみたくなりました。おお、むなしい」

デスク
「ちゃかすな。あたりまえだ。産経新聞の真似などしたら、新聞記者として失格だぞ」

作山記者
「デスク。男川君は、その「関係者によると」について考察してみようと、そのとっかかりに、それを書いたんです。」

農園寺記者
「でも、僕も「関係者によると」と書いてみたい誘惑にかられます。
大きなネタだとすぐに、先輩に手柄を取られてしまうし、自分でネタ探ししてみると、「関係者によると」は魔力があります。特ダネ記者になりたいし、評価もされたいですしね。」

デスク
「おまえさんの言うとおりだよ。しかし記事は誰のために書いているんだ。公正な記事を求めている読者のためだ。「-関係者によるとー」は、ほとんど一方的な主張を書く事が多いし、もっと極端に言えば、世論誘導したい面が強く出る。

産経新聞の「ルース大使が顔を真っ赤にして大声張り上げ」記事
に象徴されるような、創作記事まで書いてしまう。
そうだね、この問題で特集を組もうか。作山くん、いや男川君もだ、担当してくれよ。外国報道の意図的誤訳も加えるといいね」
 
 ---次号特集号に続く

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2010年1月23日 (土)

冬の表参道に「青森ねぶた」がやってきた!

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今日の原宿表参道は、勇壮華美な「青森ねぶた」と500名のハネトのラッセラーの掛け声、そして囃子、響き渡る太鼓の音で、冬の寒さも吹き飛ぶ熱気にあふれた青森の街に変わりました。
僕は、青森のねぶた会館で本物のねぶたは見た事があるのですが、実際の祭りで動いているねぶたを見たことはありませんでした。
今日は、表参道の両側に並んだ多くの見物客に混じって、いきいきと動く本物の持つ圧倒的な凄さを堪能しました。
たった1台でもこれだけの迫力です。
映画「八甲田山」の回想シーンでの、夜のねぶた祭りの映像は見ごたえがありました。今でも目に浮かびます。
これはやはり夏の青森に行かねばなりません。
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(写真上、明治神宮から出発して、表参道を明治通り方向に向かうねぶた。JR原宿駅前の歩道橋をすれすれにくぐり抜けた)
(写真中、青森からやってきたハネト達は元気いっぱい。はねる、はねる)
(写真下、いっせいにカメラを向ける表参道両側の見物客)

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2010年1月22日 (金)

ロウバイが咲き始めました

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Roubai2_320志木ニュータウンは、春になると沢山の花が咲きそろい、秋の紅葉とともに、外部から観賞にくる方も多いのです。
S通信員から、ロウバイが咲き始めたと知らされ、早速デジカメを持って見に行きました。
青空をバックに、梅の花の蝋細工のような黄色い花が咲き始めて、かすかに良い香りがしていました。
ロウバイ(蝋梅)は、梅の仲間とばかり思っていたのですが、S通信員によると梅は「バラ科サクラ属」で、この蝋梅は梅の親戚でもない「ロウバイ科ロウバイ属」とのことです。僕は恥ずかしながら知りませんでした。
我家の南高梅もつぼみが膨らんできました。
梅の花と言えば、毎年訪ねる森林公園の梅林は、梅の名所である越生の梅園に負けません。丘陵の斜面に広がる梅林の美しさは素晴らしいものです。
お薦めの場所です。

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2010年1月21日 (木)

縄文スーパースターに会いました---国宝土偶展

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東京国立博物館で開催されている「土偶展」に行きました。

昨年、英国の大英博物館で開催された「THE POWER OF DOGU」の帰国記念展で、国宝3点、重要文化財23点、重要美術品2点を含む全67点の一挙公開です。
国宝3点と言っても、土偶の国宝に指定されている土偶はここに集められた3点しかありませんから、全員集合になります。
日本の土偶の空前絶後の大展示会で、僕は今後これだけの逸品がそろう機会は多分無いのではと思います。まさに縄文スーパースターの勢ぞろいです。

僕は、ここに陳列された国宝、重文土偶のうち、長野県茅野市の「尖石縄文考古館」で、国宝「縄文のビーナス」と重要文化財「仮面の女神」しか見たことは無く、これで青森県にも北海道にも行かずに国宝土偶を見ることができました。大感激の展示会でした。

行列するかと思って行った午後の博物館には、想像したほどの混雑は無く、展示の仕方も良く、展示品の間を何度も行き来して、ゆっくりと鑑賞できました。

300円で音声ガイドの貸し出しも行っていますが、どんな展覧会でもそうですが、説明を聞きながらだと、見る事に集中できないのですが、ここではイヤホーンを外してから再度じっくり見る事ができます。
ともかく、この「土偶展」はお薦めです。
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(写真上、土偶展の行われている東京国立博物館)
(写真中左 国宝合掌土偶 青森県風張Ⅰ遺跡出土 縄文時代後期)
(写真中右、国宝中空土偶 北海道著保内野遺跡出土 縄文時代後期)
(写真下、国宝縄文のビーナス 長野県棚畑遺跡出土 縄文時代中期)

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2010年1月19日 (火)

大根の種類は忘れただよ---作男、久々に登場

農園は冬景色だよ。
白菜の残りととニンニクが少し植わっているだよ。農閑期だに、おらも農園主さまにお暇さ頂いて、すこしのんびり過ごしているだよ。
今年の冬さ、気象庁さんは長期予報で「暖冬で雪も少ない」と言っただが、そったらことねえべさ、結構寒いし、雪も多いだ。柳瀬川の川原の氷は、一日中解けないだよ。
気象庁さんの冬の長期予報は、予報の反対になることが多いだよ。

ヨーロッパは寒いそうでねえか、なんでも「北極振動」とかで、寒気が来るらしいが、新聞さ読んでも、おらほとんど理解できねえだ。
地球温暖化というだが、同時に寒冷化も進んでいるんでねえかい。暖房器と冷房機が一緒に動いている状態だな。こういう時は、山も怖いだよ。
太陽黒点も影響しているべ。かなり異常な様子だよ。
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ところで、おらの超ミニ農園大根2本が生き残っただよ。
偉えやつさ。
前に、春のジャガイモの取り残しが芽を出して、大根がやられてしまったと書いたが、ジャガイモを抜いたら生き返って大きくなっただよ。

昨日、一本抜いてみただよ。小さい大根だども、なんという種類だったか、おら、忘れてしまっただ。
青首大根でねえことは確かだが、種の袋も捨てたでなんだったか、まったく覚Dscn4868_320えていねえだよ。
おろし大根にして食べてみたら、辛味があって旨かっただ。煮物にすると駄目だな。
この大根、なんだったべかなーー。
あと、一本残っているだよ。

(写真上、さっぱりとしてしまった農園残っているのは白菜。まわりの葉は枯れているが、中はみずみずしい)
(写真中上、超ミニ農園の2本の大根)
(写真中下、掘ってみたら結構、大根らしい姿をしていた)

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Dscn4870_320写真下、掘り出してみたら全体はこんな形の大根でした)

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2010年1月16日 (土)

キンカン攻防戦

Dscn4866_320 実ったキンカンの実を、半分ずつ分けようとの「ヒヨドリ軍」との共生平和協定は、簡単に破られた。

自分の取り分を食い尽くすと、境界線を破り、熟してきた我らのキンカンを執拗に食い散らすヒヨドリ軍に対し、こうなったら、自衛するしかない。
分け前を与えた恩をあだで返すとは許せん。

我らにも、キンカン酒を造るための大事なキンカンの実を守らねばならない大儀があるのだ。
収穫1kgは何としても死守しろ。

見張りを立てろ。見つけたら睨み付けろ。なに、睨み返してくるというのか、生意気な奴ラめ。
上にプラスチックペーパーを張れ。横から来るなら袋状にして覆え。音響衝撃銃を撃て!。
 かくしてキンカンツリー攻防戦は、今たけなわです。

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2010年1月15日 (金)

インド洋給油活動からの撤退

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インド洋給油活動からの撤退

「柳瀬川通信:報道部」

デスク「いよいよ、今日でインド洋給油活動からの撤退だ。作山君、今日の新聞ウオッチングはどうかね。」
 
作山記者「はい。超美仁くんがまとめています。」

超美仁記者「今日の各新聞の見出しを並べてみましょう。」

朝日新聞朝刊: 記事なし
      夕刊: 一面に「インド洋給油撤収」
               海自、中断挟み8年

読売新聞朝刊: 記事なし
      夕刊: 一面に「インド洋給油終結命令」防衛相

毎日新聞朝刊: 二面に、(写真上の記事)
      夕刊: 一面に「インド洋撤退命令」
               防衛相8年の給油活動終了
東京新聞朝刊: 記事なし
      夕刊: 一面に「インド洋海自に撤収命令」
                特措法で8年間余、244億円分無償給油
日経新聞朝刊: 記事なし
      夕刊: 二面に「インド洋給油終了へ」防衛相命令

産経新聞朝刊: 一面に記事なし
           主張欄(社説)に「国益を失う愚しい選択」

デスク「驚いたね。どこも扱いが小さいね。」

超美仁記者「はい。最も紙面を割いたのが、毎日新聞朝刊二面の記事です(写真上)
 「インド洋給油活動 今日撤退」として 「テロ情報共有困難に」 「国益を損なう。防衛省が懸念」とかなり、給油中止に批判的見出しです。」
 
作山記者「産経朝刊二面に、国益を失う愚しい選択として、かなり厳しい論調で、民主党を批判しているのが目立ちます」

デスク「まあ、産経新聞は今や民主党を叩き潰すのが使命と思っているようだし。
それにしても、各紙とも申し合わせたかのように、記事が小さいね。」

作山記者「はい。毎日、産経両紙以外は拍子抜けするくらい扱いが小さいのです。」

デスク「給油だけを取り上げても、最近の給油実績などから、記事にはし難いだろうな。
今日のテレビ映像で、最後の給油と思われる場面を放映していたが、やはり締めもパキスタン艦だったね。」

超美仁記者「はい。一昨年の給油再開の一番艦もパキスタン海軍のフリゲート艦185ティップ・サルタンでした。
マスコミも取り上げる給油再開の一番艦には、出来るならパキスタン艦ではなく、フランス艦あたりに来てもらいたい防衛省の意向もあったのですが、現場調整がつかなかったようです。
そして最後の給油もパキスタン艦となりました。これも、防衛省はできれば米英艦への給油映像を国民には見せたかったと思っていたと想定します。」

作山記者「NHKのテレビ映像にも映っていたが、フリゲート艦182ババルだった。この艦が給油に現れたのは始めてかもしれない。
2年ほど前に、補給艦と共に2隻で日本を訪問した艦だよ。上陸した乗組員10人ほどが秋葉原付近で脱走して、艦に戻らず、残して出航していった事は、柳瀬川通信でも取り上げたね。」


デスク「ともかく、2008年の2月に、再開されたインド洋給油だが、給油活動の主体がパキスタン艦艇への給油になってしまった事実が報道されることは無かったからね。」

超美仁記者「昨年の12月末までの防衛省発表資料では、合計144回の給油のうち、実に63回、44%がパキスタンフリゲート艦にたいするものです。」

作山記者「パキスタンは米軍の恫喝的要請により、イスラム圏唯一の対テロ活動参加国ですが、国民の70%以上が、米国への協力に反対しているのです。
勿論、国民のほとんどは、自国の艦艇が日本の補給艦から給油を受けていることなど、知らないでしょう。」


デスク「問題は、最大給油国である、そのパキスタンの海上対テロ活動がはっきりしなかったことと、自国の海軍基地まで、2日間で戻れる艦艇に多いときは、1カ月に5回も給油している。
本来の海上自衛隊の給油活動の目的は
、「国際テロを防止する艦艇が頻繁に寄港しなくても、長期間の活動が継続できるよう、燃料や水を洋上補給することで、海上阻止活動を支援する」ということだからね。」

超美仁記者「自民党政権時代ですが、政府は対テロ活動に従事するパキスタン艦艇は1隻と国会で答弁しています。
しかし、パキスタン海軍が現在6隻持つフリゲート艦が、任務についている海軍艦艇として給油を望めば、それを断ることはできないわけです
。(注:パキスタン海軍は中国に発注した新鋭駆逐艦3隻と自国生産の同型艦1隻、計4隻を建造中で、うち2隻は就航したと思われるが、この駆逐艦が給油に現れた事実は当報道部では確認できていない)

ちなみに、給油回数合計144回のうち、63回のパキスタンに次ぐのが
フランス海軍艦艇で28回です。この2国で91回、63%を占めています。」

作山記者「フランス海軍は、昨年4月にドイツ海軍から、指揮権任務を引き継いでいるので、その任務上、給油回数が増えたわけだ。
かっては16ヶ国あったCTF-150参加国も離脱する国が増えて、現在は6カ国になっている。その指揮権国は当初6ヶ月交代だったが、その後3ヶ月交代で持ち回っていたのだが、昨年の4月以来の長期任務になっている
フランス海軍に代わって引き受ける国がないのではと推測しています。」

超美仁記者「常に情報収集を心がけているのですが、最近CTF-150の情報が、全くといってよいほど、得られません。」

デスク「CTF-150から、海賊対処の為に新たに編成されたCTF-151の活動が活発で、対テロ海上阻止活動も曲がり角というわけか。日本の撤退も潮時かな。」

超美仁記者「給油量も多いときは、ほとんどが米国艦艇だったのですが、月間2万KLもあったのです。それが最近は1000KL前後です。
ドイツ艦艇に1回、200KLだけの月(昨年10月)やパキスタンに4、5回、フランスに1回などの月(昨年6月、7月、9月)など、最近の実績はマスコミが伝える、対テロ海上阻止活動に従事する各国艦艇への給油、給水とはとてもいえない状況だったことは確かです。」

作山記者「給水と言えば、これも誤った伝え方がされているが、日本の補給艦からの給水は、ほぼ100%パキスタン艦艇だけへのものだ。」

デスク「俺も、最初から不思議だったのだがこのパキスタン艦だけの給水なんだ。なぜ、自国の海軍基地がそばにあり、よく寄港しているのに1ヵ月200TONもの水を日本の補給艦に頼るのだろう。日本から運んだうまい水というわけではないのだろ。」」

作山記者「男川記者が、パキスタン艦の燃料横流しの噂があったとき、無償で受けている給油が海軍内部では有料と計上され、それにこの水というのが、燃料代として計上されているのではないかと考え、いろいろ調べていたのですが、残念ながらまったく手掛かりなしで終わりました。」   

超美仁記者「パキスタンにこだわるのは、給油回数144回のうち63回と、断然多いパキスタンを除くと総給油回数は81回、月に3.4回程度の給油回数です。
総給油量も約18000KLで、月に750KLにしかなりません。

タンクローリー25台分ほどの給油のために、往復45日もかけてはるばるインド洋まで出かける事が海上自衛隊にとってもかなりの負担になっているし、防衛省内部でも
費用対効果が問題だという発言も出ています。」

デスク「パキスタンについては、対テロ海上阻止作戦への給油支援というより、本来対テロ対措法の趣旨に反する海軍への軍事援助の形になっている。」

作山「米軍への配慮という面が強いのですが、これにはインドから嫌味を言われたことがありましたね。」

デスク「岡田外相のパキスタン訪問の際にも、ザルダリ大統領は、この8年間の国際支援に対して、あまり生産的ではなかったと述べるなど、日本の給油には触れずに、民生支援を強く望んだ会見になった。」

書きかけ----続きます

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2010年1月14日 (木)

バンクーバー冬季オリンピックが楽しみです

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いよいよ、2月12日より、冬季五輪としては21回目になる、バンクーバー五輪が開催されます。

日本は典型的な西高東低の気圧配置で、列島は厳しい寒さに見舞われています。
新潟のチビスケ1、2号は、前が見えないような猛吹雪の中を登校していったとか。遭難するなよ。
我が家の今朝の外の寒暖計はDscn4848_320_3 点下2度を示していました(写真下)

ところが、今日の報道によると、バンクーバーでは連日の雨により雪不足ぎみで、競技会場となるバンクーバー市北部のサイプレスマウンテン一帯の一般客用スキー場を予定より2週間前倒しして閉鎖し、地肌がでたコースや残った雪を保護する処置をとったとの事です。
まあ、開催までには雪も降るでしょうから、雪不足の心配はないと思うのですが。
僕はテレビで、好きなアルペン種目とジャンプ競技を見るのが今から楽しみです。

ところで、2008年に北京で行われた夏季の大会が第29回大会ですので、冬季五輪とのこの回数の違いは何でしょう。
気になるので、調べてみました。

冬季大会の第1回は、1924年にフランスのシャモニーで開催され、これは1896年に開かれた第1回の夏季大会から28年後に行われたからなのです。

毎日新聞記事によると、近代五輪の復興者であるクーベルタン男爵は五輪は夏の競技だと考えており、冬季競技を五輪に加えることも反対だったと言われているそうです。
試験的に開催されたシャモニー大会から20回めの大会は4年前の2006年のトリノ大会でしたね。その間、日本でも札幌と長野で開催されました。

シャモニー(1924年) - サンモリッツ (1928年) - レークプラシッド(1932年) - ガルミッシュ・パルテンキルヒェン(1936年) - サンモリッツ(1948年) - オスロ(1952年) - コルティナダンペッツォ(1956年) - スコーバレー(1960年) - インスブルック(1964年) - グルノーブル(1968年) - 札幌(1972年) - インスブルック(1976年) - レークプラシッド(1980年) - サラエヴォ(1984年) - カルガリー(1988年) - アルベールビル(1992年) - リレハンメル(1994年) - 長野(1998年) - ソルトレイクシティ(2002年) - トリノ(2006年)

昨年、登ったドイツ最高峰ツークシュピッツェの麓の町、ガルミッシュ・パルテンキルヒェンにも、写真上のようなオリンピックの氷上競技が行われた中心地を示す記念塔がたっていました。
書きかけ---続く

ガルミッシュ・パルテンキルヒェンでは、1936年2月に、第4回冬季大会が開かれたのです。
同じ年の夏には、有名なベルリン五輪大会が開かれ、これとセットでの開催でした。
ナチの暗い影が忍び寄るナチスドイツ第三帝国下での開催です。

 この街は、もとはガルミッシュとパルテンキルヒェンとに分かれた別の街でしたが、冬季五輪の開催には街の規模が小さく開催地の基準に満たなかったことから、ナチス政府が基準を満たすように2つの街を合併したものです。
合併に際しては住民の多くは反対であったようですが、ナチス政府の強力な主導で1935年、冬季五輪開催を前に、ガルミッシュとパルテンキルヒェンが合併して現在の街となった歴史があります。
五輪開催前に、街にナチス政府が掲げたユダヤ人排斥の看板などは、五輪委員会から排除するよう強い要請があり、ナチス政府も、これに従わざるを得なかったようです。

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2010年1月11日 (月)

凄い刈り込みの垣根

Dscn4844_1024 散歩の途中、富士見市内で究極の刈り込みを見つけました。

屋敷の防風林だったのでしょうか、3本の大木を刈り込んで、板状に仕上げています。
脱帽以外の言葉が見つかりません。
なんという名の木かわかりませんが、ここまで刈りこまれて、この木は生きていかれるのだろうか。

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2010年1月 9日 (土)

自動車雑誌「NAVI」の休刊---「ENGINE」はどうなる

Dscn4846_320 「NAVI」の休刊が突然発表されました。
創刊(1984年)当時、同じ二玄社から発行されている「CAR GRAPHIC」を購読していた僕は、どちらも止められず2冊の車雑誌を定期購読しなければならなくなりました。

「CAR GRAPHIC」誌は、車雑誌の別格としても、他の自動車雑誌がメーカーの提灯記事ばかりが目立つなかで、「NAVI」は多彩な執筆人と車雑誌の枠を越えた斬新さに読むのが楽しく面白い雑誌の誕生だったからです。
しかし、何冊かの建築雑誌、山の雑誌以外に車雑誌の購入費用はかなりの負担であり、超多忙な毎日を過ごさざるを得なかった仕事柄、値段も高く、読むのに時間が取られ過ぎる「CAR GRAPHIC」誌は、購入を諦め、書店で巻末についている外車、国産車の登録台数の欄だけ覗くようにして、安価なNAVIだけに絞ってしまいました。

その後、「NAVI TALK」に代表される自動車評論や、どう鍛えているのか、凄い書き手が揃っていると驚かされた編集部員の署名記事、矢作俊彦さんの連載小説、自動車性能に鋭く切り込むダイナミックテスト、編集部が購入する自動車の長期テストなど、雑誌の中ではNAVIが一番輝いていると感じ、こんな編集方針で建築雑誌作りが出来ないものかと真剣に考えた時期もあったのです。
ジャーナリズム精神というか、知的ななかに反体制的な匂いも感じる事が出来る貴重な存在でした。
 書きかけ‐‐‐‐続く
「1月10日追記」

しかし、編集方針に賛否両論があったと聞きますが、雑誌編集に個性あふれる手腕を発揮した編集長の鈴木正文氏が二玄社を退社してからは、紙面つくりも変り、面白く読める記事が少なくなったというか、雑誌自体に力が無くなり、読み応えが感じられず、一読者としてもなんとなく一区切りついたような気がして、毎月購読する事を止めてしまい、時々書店で手にとって、必要な時に購入するくらいになってしまいました。

その後、まもなく鈴木正文氏は新潮社から発行の新雑誌「ENGINE」の編集長として復活しました。
僕はどちらかと言えば、NAVIよりこの新しいENGINEを応援したいような気持で、購入し良く読むようになりました。
でも、一時の「NAVI」を読むことから感じた高揚感のようなものは、この雑誌からも得られる事はだんだん少なくなりました。
雑誌も変わったが、僕自身も年齢を重ねて、車に対する考えも変わり、長く乗り続けたポンコツ外車を手放したこともあり、自動車文化論的記事から刺激を受けたり、興奮させられる事が無くなってしまったことが感じられて、NAVIと同じように書店で手に取り、ぱらぱらとページをくってから購入の有無を決めるような状態で現在に至っていました。
ただ、鈴木編集長の巻頭文だけは、毎号興味深く欠かさず立読みしていましたが。

「NAVI」と「ENGINE」、ライバル関係にあるこの2誌が、いずれどちらかに軍配があがることは予想していたのですが、先輩格の「NAVI」が降りることになってしまいました。

休刊の報に、柳瀬川書店で久しぶりに2月号を購入してみました(写真上)
そこには休刊を知らせる記事は無く、巻頭に加藤哲也編集長が、次号からNAVIはリニューアルし、編集長も代わり新生NAVIが誕生することを告げています。
巻末の3月号の予告でも、
デザインを変えます。
ロゴを元に戻します。
連載もちょっといじります(元に戻すわけではありません)。
特におまけはありません。
ーーーそのうちに。
と書かれています。

それが4月号で休刊とは。二玄社内でどんな葛藤があったのでしょうか。
昨年も長く愛読していた建築関連コンピューター雑誌
「CAD&CG」誌が、前月号までは、何の前触れも無く、10周年大感謝企画号を謳った3月号を最終号として突然休刊してしまいました。
雑誌とはかくも簡単に打ち切られてしまうものなのかと唖然とした覚えがあります。

昔、これも創刊時から愛読していた山の文芸誌「アルプ」が300号をもって廃刊となった時、役目は終わった、もうそろそろ良いだろうと、一つの時代が終わった事を告げて廃刊したときには、そのとおりかもしれないと納得するものがありました。
しかし、「CAR GRAPHIC」誌と共に日本を代表する自動車誌であったNAVIの終焉は、自動車メディアの一つの終わりをつげるものなのでしょうか。
残る、「ENZINE]誌よ、もう少し展望を見せてください。

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2010年1月 7日 (木)

海賊対処法による船舶護衛その4‐‐‐ソマリア沖の日本関係船舶はどこが守っているのか

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マスコミがこのところ全く報じない、「海賊対処法」によるソマリア沖派遣護衛艦の毎月の活動を書いています。

(写真左、第2次派遣艦隊として、ソマリア沖に派遣された中国ミサイル駆逐艦「深せん」。第1次の駆逐艦「武漢」「海口」は情報収集の為に追尾して来たインド海軍潜水艦を捕捉して、攻撃警告したとのニュースが報道された。ソマリア沖波高し。)

*平成21年12月の海賊対処法による船舶護衛実績(84回護衛~92回護衛の9回)
 護衛した船舶 日本籍船 1隻 
           日本の船舶運航事業者が運航している外国籍船  14隻
                   合計15隻  1回平均1.7隻
           
               外国籍船 55隻  1回平均6.1隻

参考までに、海上警備行動による護衛から、海賊対処法に変わった平成21年7月28日~11月末までのデーターを書いておきます。(42回護衛~83回護衛の42回)

 護衛した船舶 日本籍船 2隻 
            日本の船舶運航事業者が運航している外国籍船 108隻
                   合計110隻  1回平均2.6隻
            
               外国籍船 200隻  1回平均4.8隻

昨年の12月22日に、12月18日までのデーターをまとめましたが、今回はその後の3回の護衛活動を加えた12月分のまとめです。

 12月には、護衛活動開始以来、初めてとなる護衛船団に日本関係船舶が0隻、すなわち護衛する船舶が集まらないという異例の事態(第86回護衛船団)が生じましたが、その後も日本関係船舶は増えず、1回の護衛船団に平均1.7隻という状況が続いています。

(柳瀬川通信:報道部注 何度も書きますが、海上自衛隊の護衛艦派遣前には、政府・自民党、船主協会、マスコミは、海賊対処の護衛に急務を要する日本関係船舶は、一船団あたり10隻近くになると想定し、護衛艦2隻では不足するとの論調もあったのです。P3C哨戒機の派遣も、これに関連します。
護衛艦派遣に関して
、「国土交通省海賊対策連絡調整室」も次のように発表しています。
「これまでに、計2596隻から警護の希望が寄せられており、2隻の護衛艦では対応しきれないとして、P3C哨戒機による空からの警護を実施する方向で調整している。」
今や、空からの警護とはいえ、、P3C哨戒機の飛行任務の一つに、米軍の情報収集への協力が欠かせないものとなっていますが、このあたりを反省し、自ら検証するつもりなど、毛頭無いことはいうまでもありません。
任務があいまいになると、論評する人たちが、そこに派遣されていることに意味がある、例えば外国に飛行基地が確保できた意義が大きいなど、問題のすり替えが行われることも正論としてまかりとおります。

道路や橋、建物、鉄道建設、博覧会、テーマパークなどの事前の利用者数などのリサーチの場合、4割ほど水増しするのは、通常行われるのですが、想定10隻に対して、2隻の護衛艦より少ない1.7隻平均というのは、派遣根拠の検証により、責任が問われてもおかしくない数字です。
マスコミが、海賊対処の護衛の報道を避ける原因もここにあります。)

それにたいして中国を筆頭とする外国籍船は増える傾向で、、日本関係船舶15隻の3.6倍になる55隻が海上自衛隊の護衛艦に守られて航海しました。

(1月9日、国土交通省発表資料により追記)
中国は12月こそ、船舶運航会社の国籍では全55隻中、シンガポールの12隻に次ぐ9隻でしたが、そのシンガポール運航船も7隻以上は、中国関連の船舶です。
それよりも、問題なのが船籍です。12月までの護衛船舶数380隻中、日本船籍の船は僅か3隻しかありません。

日本の運航会社は、自国の船舶を保有せず、ほとんどパナマ船籍の船(86%)を使用していますが、中国の運航会社が使用するのは、ほとんどが中国の船籍です。
自国の船舶をほとんど持たずに、全て外国の安い船舶を運航する日本の海運業界の姿が浮かび上がります。

自民党政権は、日本籍船と日本人船員が、激減した原因と責任を明確にすべきと云われながら、何らの検証も具体化せずにきたのです。
日本の海運事業者は、海運事業のコスト削減競争の激化からやむを得ないとして、税金の安い外国に所有船の国籍を置き、日本人船員を排して低賃金の外国人船員の雇用を進めてきました。
政府も海運事業の規制緩和の促進として、大手海運事業者の優遇処置を講じてきたのです。
その結果が、今度の海賊対処法による船舶護衛の実情に如実に表れてきたといえるでしょう。この問題は、保守系言論人が深い考察も無しに、何かと言えばシーレーン防衛を語ることに、大きな問題が隠されている事がわかります。
ソマリア沖の船舶護衛活動から、今まで具体的な策もなしにシーレーン防衛という言葉だけが一人歩きしてきたことにたいして、初めてその難しさや問題点がいかに多い事かをわからせてくれたと思います。
どんな状況下で、どこの国から、また誰から、どんなふうに、日本の海上輸送を守るのかを具体的に検証しながら、シーレーン防衛が論じられる事を、新政権が進めてくれる事を願うのです。(以上、追記)


 「追記で少し脱線しましたが、本題に戻します」
なにゆえに、日本の護衛船団に、護衛する2隻の護衛艦より少ない日本関係船舶しか集まらないのか、(柳瀬川通信:報道部注 通常、護衛の任に当てる武装船より、護衛される船舶が少ない場合は、船団とは表現しません)
中国海軍は駆逐艦2隻を派遣して船団護衛をしていながら、日本関係船舶より多いタンカー、貨物船が日本の護衛船団に加わるのか、疑問が沸いてくるのですがその解答となる情報が入りません。
EU軍艦頼みで肩身の狭い思いで、危険な航海を強いられていたと言う日本関係船舶はどこに消えたのか、逆に中国駆逐艦による護衛船団には、どこの国の船舶が加わっているのか、
各国ごとの護衛船団方式に対して、海域を分担して警護しようという中国の提案はどうなってしまったのか、ソマリア沖の海賊対処のための多国籍艦隊である第151合同任務部隊(CTF-151)との連携はどういう状況なのか、などなど、わからない事が多すぎるのです。
しかし、このところ、かっての大騒ぎはなんだったのかと思えるほど、マスコミも日本船主協会も沈黙を守っています。
そんな事からも、なるべく情報を集めてこれからも、連載を続けることにします。

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2010年1月 5日 (火)

カモの来なくなった川---柳瀬川

Ca390008_1024 今日(1月5日)の柳瀬川、志木大橋下流です。
写真でもわかるとおり、今年はカモの飛来数がとても少ないのです。

柳瀬川(志木市)への飛来数は毎年減少傾向にあり、1998年には1172羽を数えたのに、昨年(2009年)の一斉調査では196羽しか確認できませんでした。
今年はついに100羽を割るかもしれません。

参考までに、1998年からの調査数を書きます。(NPO法人 エコシティ志木のHPよりコピーさせて頂きました)
1998年 1172羽
1999年  944
2000年  698
2001年  447
2002年  448
2003年  411
2004年  376
2005年  438
2006年  275
2007年  370
2008年  274
2009年  196

理由はよくわからないようなのです。
鳥類の写真を撮影するのが趣味の、我が家の寺のご住職は、「カモも横着になって、遠くまで飛来せずに、適当に近場で分散してしまうのではないか」と話してくれましたが、真偽のほどはわかりません。
それにしても、かっては川面を埋めるほどに見られたカモたちを、探さなければ見つけられないというのは、さびしい限りです。

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2010年1月 4日 (月)

2010年 が良い年でありますように

明けましておめでとうございます。
晴れがましい新年をお迎えのことと思います。
ブログスタッフも、慌しかった昨年暮とはうってかわり、静かな正月を迎える事ができました。
元日の午後は恒例の近くの館氷川神社に、初詣に行きました。

女農園主さま、S通信員、作男さん、柳瀬川通信:報道部」のデスク以下、作山記者、男川記者、超美仁記者、農園寺記者、そして七つの顔を持つ男Sourokuさんと全員が揃って、今年が穏やかで暮らしやすい年になるようお願いしました。
また明日から、拙いブログながら草の根ジャーナリズムを掲げて、真実の記事を書いていきたいと思います。
ジャーナリズムなどとは、大仰で大変恥ずかしいのですが、その前にあえて草の根をつけさせてもらい、社会の片隅ながら、その志だけは持っていることを自負したかったのです。

毎日新聞で、「ニュースの匠」欄を担当している鳥越俊太郎さんが、最初の記事で次のように書いています。共感を覚えますので、その後半部分を、写させていただきます。

「では、私がなぜ「ニュースの職人」という表現に拘るのか? 
実は一般に使用される「ジャーナリスト」や「ジャーナリズム」にどうしても違和感を覚えるからです。
ジャーナリズムには日本語の適切な訳語がありません。
この言葉に内包される定義の深さや広さを正確に反映する日本語がみつからないのでしょう。
仕方なく英語をそのままカタカナ語として使用していますが、日本人は専門家も含めこの言葉の意味をてんでんばらばら、好き勝手に理解しているようです。
あえて言えば"こんな感じ"という形で使っているんでしょう。
 一つ例を挙げます。ジャーナリズムの本場、アメリカでは、この仕事の本質は税金を使って仕事をする
"権力の監視"にあるといわれます。だから彼らは徹底的に在野であり、アウトサイダーです。
しかし、日本ではジャーナリズムの一翼を担う新聞社やテレビ局の論説委員や編集委員といった人たちが政府が主宰する○○審議会××会議のメンバーになっていることがあります。
この事実だけをみてもジャーナリズムの意味が日米間でこうも違うのです。
だから私はジャーナリストではなく職人に拘るのです。」


  今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。Ca390005_320

(写真左、館氷川神社は、家族ごとの参拝が守られているので、元旦の午後でも、参拝者の長い列が続き、参拝まで1時間は待つ事になります。
近年、マンションの新築ラッシュだった事もあり、行列は長くなる一方です。)

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