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2010年1月14日 (木)

バンクーバー冬季オリンピックが楽しみです

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いよいよ、2月12日より、冬季五輪としては21回目になる、バンクーバー五輪が開催されます。

日本は典型的な西高東低の気圧配置で、列島は厳しい寒さに見舞われています。
新潟のチビスケ1、2号は、前が見えないような猛吹雪の中を登校していったとか。遭難するなよ。
我が家の今朝の外の寒暖計はDscn4848_320_3 点下2度を示していました(写真下)

ところが、今日の報道によると、バンクーバーでは連日の雨により雪不足ぎみで、競技会場となるバンクーバー市北部のサイプレスマウンテン一帯の一般客用スキー場を予定より2週間前倒しして閉鎖し、地肌がでたコースや残った雪を保護する処置をとったとの事です。
まあ、開催までには雪も降るでしょうから、雪不足の心配はないと思うのですが。
僕はテレビで、好きなアルペン種目とジャンプ競技を見るのが今から楽しみです。

ところで、2008年に北京で行われた夏季の大会が第29回大会ですので、冬季五輪とのこの回数の違いは何でしょう。
気になるので、調べてみました。

冬季大会の第1回は、1924年にフランスのシャモニーで開催され、これは1896年に開かれた第1回の夏季大会から28年後に行われたからなのです。

毎日新聞記事によると、近代五輪の復興者であるクーベルタン男爵は五輪は夏の競技だと考えており、冬季競技を五輪に加えることも反対だったと言われているそうです。
試験的に開催されたシャモニー大会から20回めの大会は4年前の2006年のトリノ大会でしたね。その間、日本でも札幌と長野で開催されました。

シャモニー(1924年) - サンモリッツ (1928年) - レークプラシッド(1932年) - ガルミッシュ・パルテンキルヒェン(1936年) - サンモリッツ(1948年) - オスロ(1952年) - コルティナダンペッツォ(1956年) - スコーバレー(1960年) - インスブルック(1964年) - グルノーブル(1968年) - 札幌(1972年) - インスブルック(1976年) - レークプラシッド(1980年) - サラエヴォ(1984年) - カルガリー(1988年) - アルベールビル(1992年) - リレハンメル(1994年) - 長野(1998年) - ソルトレイクシティ(2002年) - トリノ(2006年)

昨年、登ったドイツ最高峰ツークシュピッツェの麓の町、ガルミッシュ・パルテンキルヒェンにも、写真上のようなオリンピックの氷上競技が行われた中心地を示す記念塔がたっていました。
書きかけ---続く

ガルミッシュ・パルテンキルヒェンでは、1936年2月に、第4回冬季大会が開かれたのです。
同じ年の夏には、有名なベルリン五輪大会が開かれ、これとセットでの開催でした。
ナチの暗い影が忍び寄るナチスドイツ第三帝国下での開催です。

 この街は、もとはガルミッシュとパルテンキルヒェンとに分かれた別の街でしたが、冬季五輪の開催には街の規模が小さく開催地の基準に満たなかったことから、ナチス政府が基準を満たすように2つの街を合併したものです。
合併に際しては住民の多くは反対であったようですが、ナチス政府の強力な主導で1935年、冬季五輪開催を前に、ガルミッシュとパルテンキルヒェンが合併して現在の街となった歴史があります。
五輪開催前に、街にナチス政府が掲げたユダヤ人排斥の看板などは、五輪委員会から排除するよう強い要請があり、ナチス政府も、これに従わざるを得なかったようです。

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