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2009年12月31日 (木)

ジャガイモの収穫ー出島の大きさにチビスケびっくり

Dscn4827_320 今年もまもなく終ろうとしています。このところ多忙で更新が出来ませんでしたが、1年間拙いブログを読んで頂きありがとうございます

政治、経済とも前途多難な新年を迎えることになりそうですが、平和で暮らしやすく、明るい年になる事を祈っています。

暮にはチビスケ1、2号がやってきてジャガイモの収穫をしました。
今年は、9月9日に出島という種芋を16個植えつけました。初めての品種だったので不安があったのですが、チビスケ達Dscn4830_320_2 が掘り起こすと丸い大きなジャガイモが次々と出てくるので、皆な大喜びでした。
(実はチビスケ達が掘ったら何も出てこないでは、かっこがつかないので
前日にちょっと試掘をして、かなりの大玉が見えたので、多分大丈夫だろうと
思っていたのです。)
チビスケ二人は、最後の一株を、どちらが掘るかでちょっともめましたが、それでもなんとか収穫を終えました。
Dscn4831_320 なんと、収穫量が少ないと言う出島にしては上出来で、数は約100個ちかくあり重量が10kgの収穫でした。
大きなものは、300gもありました。
家に戻り、早速試食だと皆でジャガバターにして食べましたが、柔らかくてとても
美味でした。秋植えは来年も出島にしようと思います。
作男さんはどうしたかですか?、どこか旅に出たようで、行方不明です。

Dscn4843_320

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2009年12月26日 (土)

ブランデー仕込みに軍配あがる‐‐‐‐梅酒作り

Dscn4139_320 6月に庭で採れた南高梅を使って梅酒を作る際、ホワイトリカーブランデーを使い分けた事を書きました。
さて、仕上がった梅酒の味はどうだったでしょうか。
断然、ブランデーを使った梅酒が旨かったです。
まろやかさと、ほんのりした甘みが、ホワイトリカーで作ったものに勝ります。
ホワイトリカーも、梅酒としては上出来だと思うのですが、微妙な言いまわしながら味がきつく、口中にアルコール分が残る感じがします。

Dscn4142_320ただ、小壜に移して少し時間が過ぎた ら、両者の味は最初に感じたほどの差が無くなってきた事は確かです。
何ヶ月か過ぎると、ホワイトリカーのほうもまろやかさが増してくるような気がします。
ブランデーは、最初からまろやかで、ホワイトリカーは梅を取り出してから、熟成に時間が必要ということでしょうか。
来年はどうするかと聞かれると迷うのですが多分、ブランデーだけでなく、今年と同じようにそれぞれ使い分ける事になるかと思います。もう少し、試してみたいからです。

Dscn4818_320 (写真上、梅酒作りにホワイトリカーと果実酒用ブランデーを用意しました)

(写真中、左がブランデー、右がホワイトリカー。ブランデーのほうが、最初から色が濃い)

(写真下、出来あがった梅酒。左がブランデー、右がホワイトリカー。
小壜に移し変えた当初は、ブランデーの方が、あめ色が濃かったが、だんだん似てきて、今ではほとんど見分けがつかない。1瓶しか作らないのであれば、迷わずブランデーを使う)

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2009年12月22日 (火)

海賊対処法による船舶護衛その3‐‐‐護衛すべき日本関係船舶が遂に0隻

Politi1_320 12月6日に書いた「その2」の続編で、連載3回目です。
マスコミが、意図的とも思える報道無しを続けていますので「海賊対処法」によるソマリア沖派遣護衛艦の実情を書いています。(注:柳瀬川通信:報道部 唯一、ありのままの実情を報道したのは、東京新聞だけです)

今年も残り少なくなりました。この連載も12月実績分は年末、年始でデーター整理が遅れそうなので、とりあえず先週末までをまとめておきます。
*平成21年12月(18日発表分まで)の海賊対処法による船舶護衛実績(84回護衛~89回護衛の6回)
 護衛した船舶 日本籍船 1隻 
           日本の船舶運航事業者が運航している外国籍船  9隻
                   合計10隻  1回平均1.7隻
           
               外国籍船 36隻  1回平均6.0隻

参考までに、海上警備行動による護衛から、海賊対処法に変わった平成21年7月28日~11月末までのデーターを書いておきます。(42回護衛~83回護衛の42回)

 護衛した船舶 日本籍船 2隻 
            日本の船舶運航事業者が運航している外国籍船 108隻
                   合計110隻  1回平均2.6隻
            
               外国籍船 200隻  1回平均4.8隻

12月の護衛船舶数をみて気づくのは、日本関係船舶が驚くほど少ないことです。
遂に護衛開始以来初めての、日本関係船舶で、2隻の派遣護衛艦が護衛すべき船が無い、すなわち0隻が起きてしまった事です。(第86回護衛船団)
6回の護衛活動でも合計10隻、平均して1回の護衛で、護衛する2隻の護衛艦より少ない1.7隻しかありません。

 これは、前回も書きましたが、ソマリア沖海賊が問題になり、中国が艦艇を派遣したのを追うように海上警備行動での派遣を決めた際に、護衛する日本関係船舶は約2000隻以上あり、1回の護衛で10隻の船団を組む必要が生じるといった論議とは、かけ離れた数字です。
一時は2000隻以上もある日本関係船舶を、海賊から守るには、護衛艦4隻が必要との論議まで出て、最終的に2隻の護衛艦と、それにP3C哨戒機の派遣を加える事で決着した経緯があるからです。
本来なら、これは国会で問題にされてもよい海賊対処の実情なのです。

(写真上、派遣された中国海軍補給艦「微山湖」のソマリア沖における駆逐艦への海上給油の様子。海上自衛隊と同じ給油方式で、補給艦と駆逐艦が並行して給油している。給油量は未発表だが、90分で補給作業が終了したと報道されているので、かなりの習熟ぶりと思える)


この日本関係船舶数に比べて、増え続けているのが外国籍船の数です。

 海上自衛隊護衛艦による6回の護衛で、36隻と日本関係船舶の10隻を大きく引き離しています。
そして、その半数近く、13から16隻くらいは中国の船舶運航事業者のタンカーと一般貨物船だと想像します。(データーは、未発表です。発表され次第追記します)
遂に護衛船舶数が日本関係船舶数より、中国の船のほうが多いという逆転現象が起きてしまいました。
でも、僕はこの数字を問題視するわけではないのです。
海賊対処法は、それ以前の海賊警備行動ではできなかった外国籍船が護衛できるようになり、各国との協調が可能とされたのです。それが想定以上に実績を挙げているとも考えられるからです。

しかし、ソマリア沖の海賊対処が問題になった際の、日本船舶協会やマスコミ、そして識者の論調にたいしては、一言、いや声を大にして言いたくなるのです。

 なにかせきたてるように大騒ぎしても、その後の経過を全く無視する、黙りこむ、報道しない、行動が起こされたことに意義があるかのような論旨を書くなど、言動に責任をとる態度が見られないのです。
これは、あとで書きますが、インド洋給油再開、普天間基地問題、漢方薬の健康保険除外問題などに、全て当てはまります

  書きかけ---続く   (12月23日22時30分追記)

前回も、海賊対処の護衛活動における韓国との協力に関して、次ぎのようなの朝日新聞記事(2009年2月9日)を紹介しました。

「韓国国防省によれば、ソマリア沖で護衛が必要な韓国の関係船舶は年間150~160隻。
韓国側が韓国人乗組員のいる日本の関係船舶を護衛する代わりに、海自に韓国船の護衛を期待する声もある。

しかし、海自が派遣する護衛艦は2隻で、保護対象に想定している日本関係船舶は少なくとも年間2300隻以上。
新法(柳瀬川通信:報道部注--海賊対処法)が成立して日本と無関係の外国商船を保護できるようになっても、日本船の護衛で手いっぱいなのが実情だ。」
(牧野愛博=ソウル、石松恒)

今日、紹介するのも当時海賊対処のための護衛艦派遣を求めた多くの記事と同じように、海賊対処の活動を急ぎ求める論旨で、元海上自衛官で現在、海洋政策研究財団主任研究員である秋元一峰氏が書いた文の一部を抜粋したものです。

「シーレーン安全保障への提言-日本孤立化の危惧-」 政策提言委員 秋元一峰

それは切実な訴えに聞こえた。「海賊の襲撃を避けるため、夜間に灯火を消して高速でソマリア沖を通航する船舶がある」「日本の船舶は、ソマリア沖に展開しパトロールする多国籍海軍部隊の防護優先順位の一番最後である「有志連合軍等の活動強化を働きかけ、日本としてもこれに貢献して欲しい」。
2008年11月14日(金)午後、都内で日本財団・海洋政策研究財団主催の「ソマリア沖海賊対策緊急会議」が開催された。
冒頭の言葉は、参加した
日本船長協会と日本船主協会の代表から語られたものである。

しかし、アデン湾からインド洋に抜ける回廊は長く、また、アデン湾を抜けたソマリア沖は広大なインド洋に面しており、多国籍海軍部隊はすべての海域ですべての船舶を守れているわけではない。
そこで、例えば、
EU艦隊では、警護対象を①フランス籍船、②EU籍船、③EU域外船の順に優先を決めており、日本籍船は優先順位が最後である。
自国艦艇が展開していない日本の商船は、最速で危険海域を通り抜けるしかない。
中には、他国派出の海軍艦艇を見つけてその後ろに付くようにして通航するものもある。


笑えない話である。現場海域を通航したことのある船長の話だが、夜間に海賊に見つからないように灯火を消して航行する船舶もあり、衝突の危険性があるという。冒頭の、「日本も有志連合軍に貢献して欲しい」は、命がけで日本に物資を運ぶ商船乗組員の生の声なのである。

台頭する中国海軍の外洋進出は目覚しく、2005年以降、着実に行動範囲を拡大している。2005年に、戦闘艦が補給艦を伴ってインド洋に展開し、パキスタン、インドおよびタイと共同訓練を実施したのを皮切りとして、2006年には、北米方面を巡航してアメリカとカナダを訪問、2007年になると、欧州への遠洋航海を挙行し、ロシア、イギリス、スペインそしてフランスと共同訓練を実施し、さらにオーストラリアとニュージーランドにも訪問している。
“ブラウンウオーターネイビー”を装ってきた中国海軍は、2005年以降、インド洋、太平洋、オセアニアそして大西洋と、その行動範囲を拡大し、“ブルーウオーターネイビー”に変身してしまったのである。まさに“七つの海”に乗り出す戦略的展開である。

そのような中国が、ソマリア沖の海賊対処多国籍軍に艦艇を派遣したら、どうなるであろうか?日本は、まさに”日本沈没“のように、アメリカと中国の狭間、列島線の海溝に沈んでいくことになる。 (注:このあたり、意味不明 柳瀬川通信:報道部)
今、シーレーン防衛のための国際的取組みの舞台に上がることがなければ、日本は孤立化の道を辿ることになるだろう。

言っている事は、必ずしも間違いではないと思うのですが、海賊対処をどうすべきか、現状分析、具体的な対処の方策は後回しにして、ともかく行動を促す、読売、産経、日経などに代表される、当時もっとも多く見られた論旨です。
また、中国の脅威に関しても、この論文も何を言いたいのかわかり難いと思いますが、海賊対処に絡んで、対中国を意識した論旨記事も多く見られたのです。

その後中国は、2008年の12月に補給艦1隻と駆逐艦2隻をソマリア沖に向け派遣したのですが、それを追うように米国に追従し、派遣法や護衛の具体的方策などを決めないまま、日本も護衛艦2隻が派遣されたのです。

その結果が、秋元氏の書くような「今、シーレーン防衛のための国際的取組みの舞台に上がることがなければ、日本は孤立化の道を辿ることになるだろう。」に日本がどれほど取組めたかの説明や情報もないまま、派遣された2隻の護衛艦が、もっとも多く警護しているのが中国タンカーという皮肉な結果になっているのです。

法の整備などより、海賊の恐怖を訴え、自衛隊の早期出動を求めた多くのマスコミは、その時点で、論議、検証の不十分さを問わなかった問題はあるのですが、それは百歩譲って見逃すとしても、以後の活動状況、問題点などは、海賊対処を連日報道した責任上、積極的に国民に知らせる義務があると思うのです。
それらを全く忘れたかのような現在の報道姿勢は、見逃す事はできません。

これは、護衛艦2隻では不足と派遣されたP3C哨戒機についても言えます。
このPC哨戒機部隊については、海賊対処の護衛艦2隻を助け、得た情報を各国に伝えるという目的で活動しているのですが、派遣前から対米追従、協力などの面が指摘され、現在も活動に不明の部分もあり、いろいろと問題が多いので、現在資料集めをしていますので後日まとめることにします。

対米追従という言葉が出たので、今日の記事とは外れますが、少し書いておきます。
普天間飛行場問題です。
マスコミはまたしても、同じ事を繰り返しています。
「日米関係の悪化」「対日感情悪化強まる」「両国関係に深刻な影響」「日米関係の危機」
連日新聞紙面を賑わす見出しです。週刊誌に至っては日本は米国の一州かと思わせる記事が並びます。
これはもう、明日にでも決着をつけないと大変なことになるぞと、日本のマスコミが日本国民を脅かしているかのようです
対イラク戦争、インド洋給油、海賊対処の時と同じではありませんか。
恫喝はアメリカのお家芸かもしれません。しかし、マスコミよ、そんなにせかさないでください。
長かった自民党政権から、民主党政権に変わったばかりです。
今、日米関係をじっくり論議するスタート地点に立ったばかりです。その中で普天間飛行場問題も時間をかけて論議すべきなのです。
日米合意を見直して、再交渉しても国民は反対しません。
海賊対処問題と同じで、「国際的取り組みに遅れるな、米国にもいい顔見せたいと、何はともあれ、急げ急げと出てみたら、どうも予想と違って様子がおかしい。」

普天間飛行場問題では「辺野古に新飛行場を作ったが、米国海兵隊はほとんどグァム島に移転して、たまの訓練用に使うには立派過ぎるほどの施設ができていた」
「防衛省が、共同使用に意欲的」

これ、ありえない話ではないですよね。

「マスコミよ、ともかく、少し冷静になりましょう。」
「米側の動きを、変に誇張した見出しで驚かせないでください。」
「米側発信の情報に、一言加えたり、意図的な誤訳をしないでください。」
「読者にいちいち、原文を探して参照する手間を押しつけるのは、報道の倫理に反しますよ。」
唯一、まともなのは東京新聞だけでは、情けない話です。

今や、日本のマスコミの過剰な反応を、米国側が心配し始めています。
米国が恫喝しているかのように受け取られて、沖縄県民の反米感情が高まり、しいては普天間飛行場問題から、今も、辺野古で連日行なわれている反対運動が拡大し、規模な反基地デモ闘争にでも発展する事態は、米国が全く望まぬ方向です。
外交は押したり引いたり、粘り腰が必要なことは、皆知っていることなのに。
再度言います。新政権の一からの出なおし交渉を、後押しし、見守る度量を見せなさい。

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2009年12月19日 (土)

ジャガイモの葉が全部枯れた

Dscn4815_320 我家の庭の温度計(写真上)は、今朝の8時に0℃を指していました。今年一番の冷え込みです。
チビスケ1号、2号の住む新潟市からも、「こちら大雪」のメールが届いています。

我が志木市にも霜が降りたようなので、作男さんが留守の間に、ちょっと「おらが農園」を覗いてきました。
びっくりです。4日前には青く葉が繁っていたジャガイモが、写真のように枯れて、全て倒れていました。葉も黒くなっています。

霜でやられたのか、ちょうど枯れる時だったのかがわかりませんが、無残な姿です。
はたして、ジャガイモ(デジマ)は、どんな具合でしょうか?。掘って見ましょうか。
でも、「おらのいない間に畑さ入ってジャガイモをかっぽじったのは誰だ!」とうるさそうですから、ここのところは、作男さんに調べてもらう事にしましょう。また、報告します。

Ca390001_320

(写真中、全部のジャガイモが、枯れて倒れてしまった)

(写真下、4日前には、まだ葉も青く元気だった。やはり昨夜の霜のせいだろうか)Dscn4814_320

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2009年12月17日 (木)

産経新聞は、反省していない---「民主党さんの思うとおりにはさせないぜ」

産経新聞は、先の衆議院議員選挙の際、インターネットに作った「twitter」上で、選挙結果が判明した直後に記者が、 「民主党さんの思うとおりにはさせないぜ」と書き込み、これが多くの批判を浴びた事を反省し、次ぎのようにお詫びをしたはずです。
これまで同様に客観的な事実に基づき、中立的な立場に立った上で、公正な報道をするよう、さらなる努力をしていきます」

<これまで同様に>も、ちょっと困るのですが、それでも中立的な立場に立った上で、公正な報道をするよう、さらなる努力をしていきますと書いた以上、その後の報道姿勢に表れてしかるべきと思ったのですが、全くそれが見えません。反省がありません。
「民主党さんの思うとおりにはさせないぜ」路線は継承され、公正な報道をするのではなく、自らが参加して世論誘導したいという記事作りが主流となっていると思います。

産経新聞を、槍玉に挙げましたが、産経だけでなく、読売新聞など最近のマスコミの報道には、放送倫理規定にある、「事実を客観的かつ、正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない」に反する姿勢が目立ちます。
もう少し、はっきり書くと政権を担った民主党の政策に不利と思われる事を、より多く誇張して報道する傾向が顕著です。
日本の政権が代った事、それが継続する事を認めたくないのでしょう。
米国でも、クリントン政権がブッシュに代った時には、前政権の施策を幾つも反故にした事がある事を多分知らないのでしょう。

マスコミ報道の民主党いびりの具体例を挙げるにはあまりに多すぎてしまうのですが、沖縄の普天間飛行場移設、八っ場ダム建設、漢方薬保険不適用、CO2排出、天皇会見、献金疑惑などの諸問題にそれが言えます。
事実が明るみになり、風向きが少し変わってきたと感じると、途端に報道が少なくなったり、消えてしまいます。

話題は違いますが、今日の「週刊文春」「週刊新潮」等の新聞広告にある、見出しの品性の無さには、眉をひそめたくなります。
新聞倫理綱領には次ぎの規範があることも忘れないでほしいものです
「品格と節度」 
公共的、文化的使命を果たすべき新聞は、いつでも、どこでも、だれもが、等しく読めるものでなければならない。記事、広告とも表現には品格を保つことが必要である。また、販売にあたっては節度と良識をもって人びとと接すべきである。

新聞、テレビなどの報道が、正確で公平ではないことは認識していても、これを毎日繰り返されると世論誘導される恐れは多いにあります。来年の参議院選挙に向けて、この傾向は強まるばかりでしょう。恐ろしいことです。
日本には残念ながらジャーナリズムと呼べるものも、ジャーナリストもいません。しかし、ラジオ、テレビでも、このマスコミの傾向を良しとしない発言をする方は少数ながら、確かに存在します。圧力に負けず頑張ってほしいと願っています。
今後、我が「柳瀬川通信:報道部」でも、マスコミ報道の危なさを、機会あるごとに取上げてゆきたいと思います。

書き出すと、腹が立ってきてどうしようもないイライラ感がつのるのですが、今日のところは、参考までに、マスコミ各社が、全く念頭におかなくなった「新聞倫理綱領」「放送倫理基本綱領」を書いておきます。

「新 聞 倫 理 綱 領」   2000(平成12)年6月21日制定

21世紀を迎え、日本新聞協会の加盟社はあらためて新聞の使命を認識し、豊かで平和な未来のために力を尽くすことを誓い、新しい倫理綱領を定める。

 国民の「知る権利」は民主主義社会をささえる普遍の原理である。
この権利は、言論・表現の自由のもと、高い倫理意識を備え、あらゆる権力から独立したメディアが存在して初めて保障される。
新聞はそれにもっともふさわしい担い手であり続けたい。

 おびただしい量の情報が飛びかう社会では、なにが真実か、どれを選ぶべきか、的確で迅速な判断が強く求められている。
新聞の責務は、正確で公正な記事と責任ある論評によってこうした要望にこたえ、公共的、文化的使命を果たすことである。 
編集、制作、広告、販売などすべての新聞人は、その責務をまっとうするため、また読者との信頼関係をゆるぎないものにするため、言論・表現の自由を守り抜くと同時に、自らを厳しく律し、品格を重んじなければならない。

 自由と責任 表現の自由は人間の基本的権利であり、新聞は報道・論評の完全な自由を有する。それだけに行使にあたっては重い責任を自覚し、公共の利益を害することのないよう、十分に配慮しなければならない。

 正確と公正 新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない。論評は世におもねらず、所信を貫くべきである。

 独立と寛容 新聞は公正な言論のために独立を確保する。あらゆる勢力からの干渉を排するとともに、利用されないよう自戒しなければならない。他方、新聞は、自らと異なる意見であっても、正確・公正で責任ある言論には、すすんで紙面を提供する。

 人権の尊重 新聞は人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじプライバシーに配慮する。報道を誤ったときはすみやかに訂正し、正当な理由もなく相手の名誉を傷つけたと判断したときは、反論の機会を提供するなど、適切な措置を講じる。

 品格と節度 公共的、文化的使命を果たすべき新聞は、いつでも、どこでも、だれもが、等しく読めるものでなければならない。記事、広告とも表現には品格を保つことが必要である。また、販売にあたっては節度と良識をもって人びとと接すべきである。

「放送倫理基本綱領」    1996(平成8)年9月19日制定

日本民間放送連盟と日本放送協会は、各放送局の放送基準の根本にある理念を確認し、放送に期待されている使命を達成する決意を新たにするために、この放送倫理基本綱領を定めた。

放送は、その活動を通じて、福祉の増進、文化の向上、教育・教養の進展、産業・経済の繁栄に役立ち、平和な社会の実現に寄与することを使命とする。

放送は、民主主義の精神にのっとり、放送の公共性を重んじ、法と秩序を守り、基本的人権を尊重し、国民の知る権利に応えて、言論・表現の自由を守る。

放送は、いまや国民にとって最も身近なメディアであり、その社会的影響力はきわめて大きい。われわれは、このことを自覚し、放送が国民生活、とりわけ児童・青少年および家庭に与える影響を考慮して、新しい世代の育成に貢献するとともに、社会生活に役立つ情報と健全な娯楽を提供し、国民の生活を豊かにするようにつとめる。

放送は、意見の分かれている問題については、できる限り多くの角度から論点を明らかにし、公正を保持しなければならない。

放送は、適正な言葉と映像を用いると同時に、品位ある表現を心掛けるようつとめる。また、万一、誤った表現があった場合、過ちをあらためることを恐れてはならない。

報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない。放送人は、放送に対する視聴者・国民の信頼を得るために、何者にも侵されない自主的・自律的な姿勢を堅持し、取材・制作の過程を適正に保つことにつとめる。

さらに、民間放送の場合は、その経営基盤を支える広告の内容が、真実を伝え、視聴者に役立つものであるように細心の注意をはらうことも、民間放送の視聴者に対する重要な責務である。

放送に携わるすべての人々が、この放送倫理基本綱領を尊重し、遵守することによってはじめて、放送は、その使命を達成するとともに、視聴者・国民に信頼され、かつ愛されることになると確信する。

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2009年12月15日 (火)

大根よすまぬ、おらの優しさが---超ミニ農園

Dscn4808_320「作男、ぼやく」

この写真さ、みてけれ。おらの超ミニ農園に大根さの種撒いてみただ。
得意でねえが、おろぬきもやって4本を育てただよ。ちっちゃこい農園だに、
4本でいっぱいだ。
1本は虫に食われて、あえなく討ち死にしたが、3本が残っただ。
本家農園の大根に負けねえように、大事に育てていただよ。

そったら、途中から大根さの間に、変な芽が伸びてきただよ。
良く見たらジャガイモでねえか。
きっと、春撒いたジャガイモの取り残しが、芽をだしただよ。
なんと健気なと思って、抜くのも可哀想だで、どうすべえと考えている間にどんどん成長して、1本の大根を蹴飛ばしただよ。
しかたねね。2本残った大根と、両方育ててみるか、うまくゆけばジャガイモと大根が採れると考えただよ。

Dscn4811_320 この、おらの優しさがあだになっただ。大根は大きくならねえし、ジャガイモも駄目だ。
本家農園の大根も、虫さにやられたが残ったのは、ほれ、写真のように大きく成長しただよ。
今日は1本収穫しただよ。大根も葉っぱも柔らかくて旨かっただよ。
超ミニの大根は、葉は立派だが大根は大きくならねえだ。
ジャガイモは、抜くべきだったよ。すまねえ、大根さんよ。

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2009年12月14日 (月)

石垣山一夜城の石垣を見る

Dscn4797_1280 昨日、湯河原での釣り仲間との忘年会の帰りに、初めて小田原の一夜城跡に寄りました。
伊豆方面への行き帰りに何十回となく通っている道ですが、今まで一度も城跡へ登った事が無かったのです。

山の上に、標識と説明板が立っているくらいだろうと想像していたのですが、とんでもない、広く立派な城址公園として整備されていました。もっと早くに訪ねるべきでした。
一夜城については、秀吉の北条氏攻めの際に築城された城として、説明する必要がないくらい知られていますので、紹介は省略するとして僕が驚いたのは城の石垣がかなり保存されている事でした。
関東大震災でかなり崩壊したとの事ですが、それでも野面積みという粗い石積みが残り、秀吉が作った当時の面影を充分見て取れました。
この石垣は一見の価値ありという城址です。

Dscn4794_320 Dscn4795_320

(写真上、一夜城の構造の説明板:クリックDscn4798_320 Dscn4802_320 すると拡大します)

(写真2枚目、一夜城歴史公園に登る道)
(写真3枚目、登りきると、上は城址全体が広い公園となっている)
(写真4枚目、小田原城方面を見るが、樹木の影になって見えない。)
(写真5枚目、崩壊した石垣、安土城の石垣も作ったという近江の穴太衆が建造に参加したとも伝えられいるが、確実なものではないようです))
(写真6枚目、保存状態の良い石垣)
(写真7枚目、石垣の隅部。)

Dscn4804_320 Dscn4807_320

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2009年12月11日 (金)

海上自衛隊インド洋給油その22(11月)---給油活動も残り1ヶ月

連載企画「インド洋給油その22です」
海上自衛隊発表の平成21年11月1日から11月30日までの給油量です。

パキスタンフリゲート艦     3回 (61)   455KL  (8635KL)
  フランス駆逐艦       3回 (26)   205KL  (2620KL) 
  フランス補給艦       0回 (2)     0KL  ( 1370KL) 
  ドイツ駆逐艦                  0回 (12)  200KL   (2040KL)
  カナダ駆逐艦        0回 (8)     0KL  (1915KL)
  米国駆逐艦         1回 (12)   190KL   ( 5765KL)
  英国駆逐艦         1回 (11)  145KL   ( 1650KL)
  ニュージーランド駆逐艦  0回 (1)     0KL  (310KL)
  デンマーク艦         0回 (4)     0KL   (1130KL)   
                            合計      8回 (137)  1000KL    (25440KL)

今月は3ヶ月ぶりに米国、英国の駆逐艦への補給が行なわれました。
今迄ですと、この状況は現在のCTF-150指揮権国フランスから他の国(例えば英国など)へ指揮権が委譲される時などにみられたのです。
しかし指揮権は4月にドイツからフランスに変わって以来、3ヶ月ごとに交代の常が、異例の長さで交代無しの状況が続いており、指揮権委譲のニュースが入ってきません。
パキスタン海軍に関しては、先月には何故か全く給油が無く、今月の状況が気がかりでしたが、従来どおり全給油量の約50%の補給が継続されました。

インド洋での給油活動も、来年(2010年)1月15日で終了します。残り期間は約1ヶ月です。
多分、今頃は第7次派遣部隊の補給艦「425ましゅう」護衛艦「107いかづち」に最後の交代が行なわれたでしょう。
書きかけ---続く
「12月14日追記」
海上自衛隊による給油活動が昨年の2月に再開されて以来、CTF-150の活動状況は、その情報も少なく、今一つ読めない状況で、もっぱらパキスタン海軍への援助が給油活動の主力となってきた感があります。
それは給油のデーターにも現われています。
137回のわたる艦艇給油の45パーセントの61回がパキスタン海軍フリゲート艦へのものであり、給油2位のフランス海軍艦艇(指揮権国)への26回を大きく引き離しています。

そのパキスタン海軍への給油が、海上阻止活動(OEM-MIO)に従事する艦艇だけでなく、パキスタンがCTF150に参加している姿勢にこそ意味があるから、給油を望む6隻のフリゲート艦には、対テロ活動関連艦と位置付け、全ての艦に給油して欲しい旨の、米国からの要請があったのではと、僕は考えるようになりました。
それは、パキスタン海軍高官や、海上自衛隊バーレーンの連絡官の談話からも想像できます。
これは、給油派遣活動の主目的である「海上自衛隊は、国際テロを防止する艦艇が、頻繁に寄港しなくても、長期間の活動が継続できるよう、燃料や水を洋上補給することで、海上阻止活動を支援します」には、そぐわない活動と言わざるを得ませんが、パキスタン海軍の置かれた複雑な立場も考慮しなければなりません。

しかし、この毎月2600万円相当の給油援助も、ザルダリ大統領、ギラニ首相、クレシ外相などのパキスタン首脳部には、正確な情報があがっていないのではと思えるふしもあります。
これは岡田外相のパキスタンを訪問の際に、首脳との間の給油活動関連のニュースがまったく 報道されない事から の推論です。

米国への協力に、国民の70%以上が不支持であるという国内事情も考えて、首脳陣が触れたがらない事情もあったかもしれませんが、情報が上層部に届かない理由があるとしたら、ことによると、パキスタン海軍内で多量の燃料油の無償入手にからむ利権や会計処理に、不正も あるのではと推察したりしています。

 何故ならば、以前、パキスタン海軍の補給を受けた艦艇からの燃料油の横流し等が噂された事もありましたが、これが噂ではなかったとしたら、艦艇からの燃料油が実際に動く事ではなく、会計処理で金銭が動いた事を指したのかもしれません。
つい、そんな疑惑を抱いてしまうほど、突出した給油回数並びに給油量がパキスタン艦艇へ続けられています。

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2009年12月10日 (木)

NHK連続人形活劇「新・三銃士」が面白い

Sanzyusi_1024 毎週金曜日、NHK教育テレビで、夕方6時から始まる「新・三銃士」がとても面白い。

出演の木彫りの人形たちが実に素晴らしく、声優たちも良い味を出しています。

見る事が難しい時間帯なので、録画して見ていますが、20分間があっという間で、次回がいつも待ち遠しいのです。
僕が説明するよりも、番組のホームページに詳しく紹介されていますので、ちょっと覗いて見てください。
   http://www.nhk.or.jp/sanjushi/

日曜日夜10時からのTBSのドラマ「仁」とともに、僕が今、はまっている番組です。

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2009年12月 9日 (水)

所沢の航空公園へ---自転車でへばる

Dscn4788_1024 昨日(12月8日)は所用で所沢市の航空公園まで行きました。

このところ、愛車のブルーノに乗る機会が少なかったので、良い機会だ、ちょっと遠乗りしてみようと自転車を走らせたのです。

普段、車だと気づかなかったのですが、志木市から所沢方面に向うと、その行程のほとんど緩い勾配の登りだったのです。確かに柳瀬川の下流から上流方向に行くわけですから、当たり前の話しなのですが。

ローギアでペダルを漕ぎ続ける事約1時間弱、老体にはかなり堪えました。来年は自転車で旅をしようかと甘く考えていましたが、根性を入れなおしてかからねば頓挫すること間違い無しと思い知らされたのでした。

数年前の夏、山形県の新庄祭を見に行った時、時間があったので新庄駅前から貸し自転車で、重要文化財の古民家である旧矢作家住宅まで走ったことがあります。
駅前の観光地図ではそう遠くない距離と思ったのですが、実際は奥羽本線の新庄駅から一つ先の泉田駅近くまでのかなりのきつい走りとなりました。

でも、苦労は充分報われました。旅ならではの体験が出来たのです。
黒光りする大きな梁の下の、火の入った囲炉裏端で、ボランティアの女性の方からお茶と美味しいお新香をご馳走になり、ちょうど居合わせた庭石売りのおじさんと話しがはずみました。
このおじさんは、軽トラックに庭石を積んで全国を売る歩いているとの事で、なんとも面白い話をたくさん聞かせてもらいました。
ボランティアの方の勧めで、初めてわら布団に横になり、その寝心地の良さに驚いたりもしました。
その、帰路のことです。自転車にエンジンがついたかと思うほどに、国道13号をほとんどペダルを漕がなくとも軽快に走り下り、嘘のように楽に新庄駅まで戻ってきたのでした。
そう、矢作家住宅までは、走っているときはあまり気づかないくらいの長い、長い登り坂だったのです。

そして、昨日も同じように、航空公園から、志木ニュータウンまで、浦和、所沢バイパスを鼻歌で走り下ってこれたのでした。登りの苦しさが嘘のように自転車のは下りはいつも楽です。
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(写真上、航空公園ではサルビアの花がきれいに咲いていた)

(写真中、屋外展示されている飛行機C-46と航空発祥の地のレリーフ)

(武蔵野の雑木林を偲ばせる木々の下には、落ち葉が敷き詰めたように広がっていた)

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2009年12月 7日 (月)

ゴッホの「ひまわり」を見てきました‐‐‐ノイエ・ピナコテーク(ミュンヘン)

Himawarineue 今日の記事でゴッホの油絵「ひまわり」に関することは、写真と共に、 フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)から引用いたしました。

画家ゴッホの描いた、花瓶に挿された状態の「ひまわり」の絵は、7点制作されたことが広く認められていて、このうち6点が現存しているとの事です。
消えた1点は、日本にあったもので、5本のひまわりが描かれた作品で(制作:1888年8月)、1945年8月6日に第二次世界大戦の芦屋市空襲により焼失してしまったとの事です。

 *1888年8月に制作されたとされる4点
12本のひまわり  ノイエ・ピナコテーク(ミュンヘン)
15本のひまわり ナショナルギャラリー(ロンドン)
3本のひまわり 個人蔵(アメリカ)

5本のひまわり 日本で空襲により消失

 *1889年1月に制作されたとされる3点
15本のひまわり  ゴッホ美術館(アムステルダム)
15本のひまわり  損保ジャパン東郷青児美術館(東京)
12本のひまわり  フィラデルフィア美術館(フィラデルフィア)

現存している「ひまわり」6点のうちの1点を、先日訪れたドイツのミュンヘンの美術館ノイエ・ピナコテークで、見る事ができました。
ミュンヘン市内を走るトラムをPinakothek停留所で降りると、3つの美術館が立ち並んでいます。
ヨーロッパを代表する15~18世紀の名画が並ぶアルテ・ピナコテーク、現代アートの複合美術館としてドイツ最大のモダン・ピナコテーク、そしてお目当ての「ひまわり」が有る19~20世紀初期の作品が展示されているノイエ・ピナコテークです。

ノイエ・ピナコテークの館内に入り、入場券を買うと、背負っていた小型のザックを、地下のクロークかコインロッカーに預けるようにと教えられ、劇場に有るようなクロークに立つ、ちょっと恐そうな女性を敬遠して、荷物を金属ロッカーに入れました。
施錠に2ユーロ必要でしたが、確か荷物を取り出す時戻ってきたと思います。記憶が曖昧です。
館内は広く、ゆっくりと観賞していると、とても時間が足りません。幾つもの部屋を通り過ぎて、やっとゴッホのひまわりにたどりつきました。
日本の損保ジャパン東郷青児美術館がひまわりを購入した価格が約60億円、きっとここでも特別展示されているかと思ったのですが、普通に壁に掛けられていました。他の作品も貴重な名画ぞろいですから、ひまわりだけの特別扱いの必要は無いのでしょう。
ゴーギャンなどの絵も有る部屋には、監視係員がいるだけで、観賞者は僕一人でした。
近寄ったり、離れたり、世界の名画ゴッホの「ひまわり」をこころゆくまで眺める幸運に恵まれたのでした。

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(写真上、ノイエ・ピナコテークのひまわり)

(写真中、新宿にある損保ジャパン東郷青児美術館所蔵のひまわり。やや、色が薄く、花の描き方も力強さにおいて、ノイエ・ピナコテークのほうがひまわりらしい感じを受けた。
なおこの絵は贋作との指摘を受けた事もあるが、(1997年10月英新聞サンデータイムスの報道ではエミール・シェフネッケルの筆ではないかと推測している)疑惑についてはゴッホ美術館の学芸員が否定している。)

(写真下、ノイエ・ピナコテーク美術館の正面入口)

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2009年12月 6日 (日)

海賊対処法による船舶護衛その2‐‐‐中国船舶の護衛数が増加

11月10日に書いた「その1」の続編で、今後連載にする予定です。

海賊対処の為に海上自衛隊の護衛艦とP3C哨戒機が派遣される前には、連日のよう、海賊対処の問題を報道し続けたマスコミが、意図的とも思える程に沈黙してしまいました。そこで、海賊対処の現状を書いてみたいと思います。

はっきり言って、マスコミが取上げないのは ニュース性がないというより、政府やマスコミがあれほど騒いで、護衛艦を急遽派遣することになった日本関係船舶の護衛数が、実際には想定の3割にも満たないことや、海賊対処法の施行により、船舶の国籍を問わずに護衛を行う事が可能になって、中国の貨物船やタンカーの護衛が日本関係船舶数の半数以上の多さという事実を、国民にあまり広報したく無いという思惑が絡んでの事と思われます。
これは、イラクでの航空自衛隊の空輸活動、インド洋における給油活動、沖縄での反基地闘争、核持込疑惑などが、取上げられないのと同じ構図です。
110_320 155_320海賊対処のための海上警備行動による護衛が行なわれる前に、マスコミがあおった報道は多数挙げることが出来ますが、今日は韓国との協調に絡んで、朝日新聞記者が2009年2月22日に書いた記事を紹介します。

「韓国国防省によれば、ソマリア沖で護衛が必要な韓国の関係船舶は年間150~160隻。
韓国側が韓国人乗組員のいる日本の関係船舶を護衛する代わりに、海自に韓国船の護衛を期待する声もある。
しかし、海自が派遣する護衛艦は2隻で、保護対象に想定している日本関係船舶は少なくとも年間2300隻以上。
新法(柳瀬川通信:報道部注--海賊対処法)が成立して日本と無関係の外国商船を保護できるようになっても、日本船の護衛で手いっぱいなのが実情だ。」
(牧野愛博=ソウル、石松恒)

この記者は、柳瀬川通信:報道部の記者諸君と違い、記事書きの基本である5W1Hを、叩きこまれていないようで、保護対象船舶が「少なくとも」と書いた根拠が曖昧なこと、日本船の護衛で「手いっぱいなのが実情」と言うが、その実情は想定である事など、お粗末な提灯記事に分類されます。
実は、この記者だけでなく、ろくな調査もせずに推論を事実のように書いた記事がとても多かったのです。ちなみに、現在は韓国貨物船、タンカーも護衛しています。

それでは平成21年11月の船舶護衛実績です。(海上自衛隊と国土交通省海事局資料による)
その前に、10月までの実績を再掲載しておきます。

海上自衛隊による船舶護衛は、2つの時期に分けられます。
(1)海賊対処の為の海上警備行動による護衛 
       2009年4月1日(第1回)~7月22日(第41回)
(2)海賊対処法(海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律)による護衛 
       2009年7月28日(第42回)~10月31日現在まで

(1)護衛した船舶 日本籍船 6隻 
            日本の船舶運航事業者が運航している外国籍船 115隻 
               合計121隻  1回平均2.95隻
(2)護衛した船舶 日本籍船 2隻 
            日本の船舶運航事業者が運航している外国籍船 84隻
               合計86隻  1回平均2.6隻
            外国籍船 150隻 1回平均4.5隻
(1)の海賊対処の為の海上警備行動では、護衛できなかった外国籍船が(2)では、護衛が可能となった。

平成21年11月の海賊対処法による船舶護衛実績
(75回護衛~83回護衛の9回)

  護衛した船舶  日本籍船 0隻 
             日本の船舶運航事業者が運航している外国籍船 24隻
               合計24隻  1回平均2.7隻
           外国籍船 50隻  1回平均5.6隻

日本関係船舶は、当初の想定が1回平均10隻でしたから、想定の27パーセントと、増加傾向は見られません。
それに対して、護衛する外国船籍は増える傾向が見られます。

また、外国籍船50隻の内、16隻が中国の貨物船、タンカーで占められています。
日本関係船舶の全数が24隻ですから、16隻というのは驚きます。
これも、我国の国際貢献ですが、でも日本関係船舶の護衛数より中国貨物船のほうが多い事にでもなったら、これはやはり当初の保護対象船舶数の把握がお粗末だった事になり、問題視されることになるでしょう。
当初、政府、自民党は護衛艦派遣が2隻では、対処しきれないとして、3~4隻を検討したが、インド洋給油も継続すると、護衛艦が不足するので、最終的に2隻の派遣で落ちつき、変わりにP3C哨戒機の派遣がなされた経過があるわけですから。

写真上、現在船舶護衛活動中の護衛艦DD110たかなみ)
(写真下、同じく護衛艦DD155はまぎり)

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2009年12月 4日 (金)

東京ミッドタウンのイルミネーション

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今夜の東京ミッドタウンのイルミネーションDscn4785_1024 です。

今日は、サントリーホールでの、日本フィルの第616回東京定期演奏会の日でした。
曲目はブルックナーの交響曲第5番で指揮は首席客演指揮者のイル-ジー・ビェロフラーヴェク
1時間20分の大曲を演奏するほうも大変でしょうが、休憩無しで聞くほうもかなり疲れます。そんな訳で、少しリラックスを求めて、サントリーホールから東京ミッドタウンまで歩き、このクリスマスイルミネーションを見てきました。
今年のミッドタウンのイルミネーションは、見に行かれると良いですよ。
六本木駅側の樹木の電球色のやわらかい飾りと、広場側の青色のLEDで埋め尽くされたイルミネーションの対比がとても良く、幻想的な雰囲気を醸し出していました。

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2009年12月 2日 (水)

初冬の大菩薩峠へ

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今日(12月2日)は、友人と大菩薩峠」に登って来ました。天気予報どおり、絶好の好天に恵まれ、富士山、南アルプスの大展望を楽しめました。
北岳を始め、間ノ岳、農鳥岳、甲斐駒ケ岳、鋸岳や遠く北アルプスの乗鞍岳などの諸峰が雪をつけて純白に輝いて見えました。
上の写真は、主稜線から見た富士山です。
写真からは登山道に大分雪があるように見えますが、雷岩から大菩薩嶺に登る樹林帯は、多分先週に降ったらしい雪を踏んで登りますが、それ以外は登山道には、雪はほとんど残っていません。

これから、本格的な降雪が来る前までは、木々の葉も落ちているので見通し良く、素晴らしい展望が得られる登山が出来ます。念のため、ストック、軽アイゼンは持参したほうが良いでしょう。

今日は、上日川峠のロッジ長兵衛前の駐車場に車を止め、唐松尾根から雷岩経由で大菩薩嶺(2057m)に登り、大菩薩峠を廻って上日川峠に戻る楽な周遊コースで、登山者も10数人と出会ったくらいで、静かな山を楽しめました。
帰路に、「大菩薩の湯」に寄り、湯西川温泉に続き、温泉巡りを58湯に増やしました。
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写真左上、大菩薩峠、介山荘は閉鎖されていた)

(写真左中、大菩薩嶺から峠へ、今日はご覧のように登山道にはほとんど雪は無かった)

(写真下、雷岩から大菩薩嶺への樹林帯は雪道を登った)

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