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2009年12月17日 (木)

産経新聞は、反省していない---「民主党さんの思うとおりにはさせないぜ」

産経新聞は、先の衆議院議員選挙の際、インターネットに作った「twitter」上で、選挙結果が判明した直後に記者が、 「民主党さんの思うとおりにはさせないぜ」と書き込み、これが多くの批判を浴びた事を反省し、次ぎのようにお詫びをしたはずです。
これまで同様に客観的な事実に基づき、中立的な立場に立った上で、公正な報道をするよう、さらなる努力をしていきます」

<これまで同様に>も、ちょっと困るのですが、それでも中立的な立場に立った上で、公正な報道をするよう、さらなる努力をしていきますと書いた以上、その後の報道姿勢に表れてしかるべきと思ったのですが、全くそれが見えません。反省がありません。
「民主党さんの思うとおりにはさせないぜ」路線は継承され、公正な報道をするのではなく、自らが参加して世論誘導したいという記事作りが主流となっていると思います。

産経新聞を、槍玉に挙げましたが、産経だけでなく、読売新聞など最近のマスコミの報道には、放送倫理規定にある、「事実を客観的かつ、正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない」に反する姿勢が目立ちます。
もう少し、はっきり書くと政権を担った民主党の政策に不利と思われる事を、より多く誇張して報道する傾向が顕著です。
日本の政権が代った事、それが継続する事を認めたくないのでしょう。
米国でも、クリントン政権がブッシュに代った時には、前政権の施策を幾つも反故にした事がある事を多分知らないのでしょう。

マスコミ報道の民主党いびりの具体例を挙げるにはあまりに多すぎてしまうのですが、沖縄の普天間飛行場移設、八っ場ダム建設、漢方薬保険不適用、CO2排出、天皇会見、献金疑惑などの諸問題にそれが言えます。
事実が明るみになり、風向きが少し変わってきたと感じると、途端に報道が少なくなったり、消えてしまいます。

話題は違いますが、今日の「週刊文春」「週刊新潮」等の新聞広告にある、見出しの品性の無さには、眉をひそめたくなります。
新聞倫理綱領には次ぎの規範があることも忘れないでほしいものです
「品格と節度」 
公共的、文化的使命を果たすべき新聞は、いつでも、どこでも、だれもが、等しく読めるものでなければならない。記事、広告とも表現には品格を保つことが必要である。また、販売にあたっては節度と良識をもって人びとと接すべきである。

新聞、テレビなどの報道が、正確で公平ではないことは認識していても、これを毎日繰り返されると世論誘導される恐れは多いにあります。来年の参議院選挙に向けて、この傾向は強まるばかりでしょう。恐ろしいことです。
日本には残念ながらジャーナリズムと呼べるものも、ジャーナリストもいません。しかし、ラジオ、テレビでも、このマスコミの傾向を良しとしない発言をする方は少数ながら、確かに存在します。圧力に負けず頑張ってほしいと願っています。
今後、我が「柳瀬川通信:報道部」でも、マスコミ報道の危なさを、機会あるごとに取上げてゆきたいと思います。

書き出すと、腹が立ってきてどうしようもないイライラ感がつのるのですが、今日のところは、参考までに、マスコミ各社が、全く念頭におかなくなった「新聞倫理綱領」「放送倫理基本綱領」を書いておきます。

「新 聞 倫 理 綱 領」   2000(平成12)年6月21日制定

21世紀を迎え、日本新聞協会の加盟社はあらためて新聞の使命を認識し、豊かで平和な未来のために力を尽くすことを誓い、新しい倫理綱領を定める。

 国民の「知る権利」は民主主義社会をささえる普遍の原理である。
この権利は、言論・表現の自由のもと、高い倫理意識を備え、あらゆる権力から独立したメディアが存在して初めて保障される。
新聞はそれにもっともふさわしい担い手であり続けたい。

 おびただしい量の情報が飛びかう社会では、なにが真実か、どれを選ぶべきか、的確で迅速な判断が強く求められている。
新聞の責務は、正確で公正な記事と責任ある論評によってこうした要望にこたえ、公共的、文化的使命を果たすことである。 
編集、制作、広告、販売などすべての新聞人は、その責務をまっとうするため、また読者との信頼関係をゆるぎないものにするため、言論・表現の自由を守り抜くと同時に、自らを厳しく律し、品格を重んじなければならない。

 自由と責任 表現の自由は人間の基本的権利であり、新聞は報道・論評の完全な自由を有する。それだけに行使にあたっては重い責任を自覚し、公共の利益を害することのないよう、十分に配慮しなければならない。

 正確と公正 新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない。論評は世におもねらず、所信を貫くべきである。

 独立と寛容 新聞は公正な言論のために独立を確保する。あらゆる勢力からの干渉を排するとともに、利用されないよう自戒しなければならない。他方、新聞は、自らと異なる意見であっても、正確・公正で責任ある言論には、すすんで紙面を提供する。

 人権の尊重 新聞は人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじプライバシーに配慮する。報道を誤ったときはすみやかに訂正し、正当な理由もなく相手の名誉を傷つけたと判断したときは、反論の機会を提供するなど、適切な措置を講じる。

 品格と節度 公共的、文化的使命を果たすべき新聞は、いつでも、どこでも、だれもが、等しく読めるものでなければならない。記事、広告とも表現には品格を保つことが必要である。また、販売にあたっては節度と良識をもって人びとと接すべきである。

「放送倫理基本綱領」    1996(平成8)年9月19日制定

日本民間放送連盟と日本放送協会は、各放送局の放送基準の根本にある理念を確認し、放送に期待されている使命を達成する決意を新たにするために、この放送倫理基本綱領を定めた。

放送は、その活動を通じて、福祉の増進、文化の向上、教育・教養の進展、産業・経済の繁栄に役立ち、平和な社会の実現に寄与することを使命とする。

放送は、民主主義の精神にのっとり、放送の公共性を重んじ、法と秩序を守り、基本的人権を尊重し、国民の知る権利に応えて、言論・表現の自由を守る。

放送は、いまや国民にとって最も身近なメディアであり、その社会的影響力はきわめて大きい。われわれは、このことを自覚し、放送が国民生活、とりわけ児童・青少年および家庭に与える影響を考慮して、新しい世代の育成に貢献するとともに、社会生活に役立つ情報と健全な娯楽を提供し、国民の生活を豊かにするようにつとめる。

放送は、意見の分かれている問題については、できる限り多くの角度から論点を明らかにし、公正を保持しなければならない。

放送は、適正な言葉と映像を用いると同時に、品位ある表現を心掛けるようつとめる。また、万一、誤った表現があった場合、過ちをあらためることを恐れてはならない。

報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない。放送人は、放送に対する視聴者・国民の信頼を得るために、何者にも侵されない自主的・自律的な姿勢を堅持し、取材・制作の過程を適正に保つことにつとめる。

さらに、民間放送の場合は、その経営基盤を支える広告の内容が、真実を伝え、視聴者に役立つものであるように細心の注意をはらうことも、民間放送の視聴者に対する重要な責務である。

放送に携わるすべての人々が、この放送倫理基本綱領を尊重し、遵守することによってはじめて、放送は、その使命を達成するとともに、視聴者・国民に信頼され、かつ愛されることになると確信する。

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