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2009年10月 6日 (火)

鼻曲山へ---2輪レースの爆音を聞いた

  2日間続く晴天が見こめず、八ヶ岳行きを延期して、日曜日は友人と日帰りで群馬県の鼻曲山に行きました。Dscn4504_320_2

車を霧積温泉の駐車場に止め、ブナやカラマツの林の中を登って十六曲峠、鼻曲峠を経て3時間弱程で頂上に至りました。
登山道には、大小さまざまな形の沢山のどんぐりが落ちていて、どんぐりにのっかって滑るぞと冗談が出るほどでした。
頂上での浅間山を始めとする上信越国境の山々の眺望は、雲に隠れてまったく駄目でしたが、1654mの山頂は、昨日はとても暖かくのんびりとした時間を過ごししてから、ゆっくりと下山しました。
紅葉には2週間ほど早いようでしたが、友と静かな山歩きが楽しめ大満足な1日でした。
 
 鼻曲山には、約50年ほど前に登ったことがあります。
確か、二度上峠から頂上に至り、浅間牧場方面に降りた覚えがありますが、それ以外はほとんど記憶にありません。

(この山は当時から、ハイキングコースとして人気のあった山で、登山道も良く整備されていたのです。北軽井沢の別荘村の子供達にとっては、戦前から浅間山、浅間隠山と共に親子やグループで登る定番の山でした。)

 下山路では、浅間火山レース開催で名高い、日本初のサーキットであったオートレース場がまだ存在していていて、公式レースこそ、行なわれなくなっていましたが練習するライダーの乗る二輪車から響く乾いた爆音が、今でも耳に残っています。
 この、浅間高原自動車テストコース名付けられていた、ダートコースからは、北野元、高橋国光、伊藤史朗といった、後に世界で活躍するレーサーが生まれたのです。

 当時から気になっていて、後年森村誠一の小説「人間の証明」の舞台になってより知られることになったた霧積温泉は、いちど訪ねたいと思っていたのですが、50年かかってやっと実現する事が出来ました。

下山後、宿前の駐車場に車を置かせてもらった霧積館に寄り、温度の低い温泉に浸かりながら、昔この山に一緒に登り、もう逢うことの出来ないところにいってしまった友人を想いながらちょっと感傷的になったのでした。
http://www.newtons-eye.ne.jp/kirizumi/ 霧積館ホームページ
Dscn4503_320

(写真上、鼻曲山山頂)
(写真下、静かな林の中の登山道)

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