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2009年9月19日 (土)

お彼岸に

 いよいよ、今日から5連休となりました。
シルバーウイーク中の明日20日からは「彼岸会(ひがんえ)」にもなります。
秋分の日が9月23日ですから、その日を中日として前後各3日を合わせた7日間です。

 子どもの頃、祖母からは、お彼岸にはなるべく殺生はしない方が良いのだよと言われたことを思い出します。
ちょうどはぜ釣に良い時期で、友人達と自転車で大森海岸まで行ったからでした。
いつまでたっても教えを守らないで心苦しいのですが、明日から2日間、福島県方面あたりをねらって、今年最後の渓流釣をしたいと思っています。

 全国の渓流のイワナ、ヤマメは、毎年9月20日から9月末で禁漁になるので、これで来年まで、釣はお休みです。
 僕の釣は毛鉤釣ですから、魚に擬似針と気ずかれたらすぐに吐出しますから、タイミング良く合わせた場合は必ず針は魚の上顎にかかります。
針を呑み込む事が絶対無いので、魚へのダメージは比較的少なく、またすぐに放流しますから祖母の気にしていた殺生にはあたらないと思います。
それでも魚へかなりのショックを与える事は事実で、このへんが悩み多いところなのですが。
戻ったらお彼岸の中日ですから、墓参に行きます。
僕は一昨年タイへ旅行し、人々が日常生活において、仏教と深くつながっているさまを見て、それ以後仏教に関する思いが深くなったと感じています。
僕は真言宗徒です。前にも書きましたが真言宗にも幾つもの宗派があり、父方は高野山派、母方は新義真言宗、縁あって僕が墓を購入した寺は智山派です。

 本日発行の週刊「エコノミスト」9月29日号の広告の見出しを読むと「ここまできた葬式・墓・寺離れ」として都心部では葬式なし「直葬」が3割超、7回忌法要を営むのは30人に1人と書かれています。タイと違い日本の場合は、葬式仏教などと言われてもいますが、その葬式にも縁遠くなるとすると、日本の仏教はどうなるのでしょうか。

このあたりのことは、川遊びから戻ったら、エコノミストを読んでから、また書く事にして、今日は新義真言宗発行のパンフレットから「お経の功徳」を書き写してみました。
確か前にも書いた記憶があるのですが、お彼岸であり、ありがたいお話なのでまた書く事にしました。
なに、これを読みなおすのは自分自身への為であり、けっして人様に読みなさいなどというつもりはありません。
  
「お経の功徳」 (新義真言宗発行「ともしび」平成19年秋 第13号より写させて頂きました。)

なぜ、お葬式にお坊さんにお願いしてお経を読むのでしょう?
お坊さんは生きているうちに、頭髪を剃って出家得度をします。
そのとき、お師匠さまより仏弟子としての名前(法名)をいただき、修行を
始めます。
これと同じように、仏教徒であるわたくしたちは亡くなると、ご縁の深い菩提寺の
和尚さまから、「引導」を授かり、その証としてお戒名をいただくのです。
引導とは、亡者に仏道修行者として守るべき十ヶ条の戒を説き示し、大日如来から
弘法大師、そして興教大師と、連綿として継がれる密教の神髄である秘印をお授けする
ことを申します。
その後、七週間(四十九日)の間、お釈迦さまをはじめとする多くの仏さまに
教えをいただきながら修行をすることになるのです。
お経を読むいちばんの目的は、その修行に旅だった故人の応援です。
仏さまは誰でも、自分の教えであるお経を読む者に、ありがたい功徳を授けてくださいます。
修行を積まれたお坊さんにお願いをしてお経を読んでもらうと、施主となってお願いをした人に
、その功徳がいただけるのです。

そのいただいた功徳を、自分のためでなく、亡くなった故人の修行が無事成し遂げられますようにと願う(このことを「廻回」といいます)ことが、まさにお経を読む目的なのです。

さて、それではお経はお坊さんだけが読むものでしょうか?
たとえお坊さんといえども、最初からスラスラお経が読めるわけではありませんし、初めて読んだときから、すべての意味を深く理解しているわけではありません。
すべてはくり返しお経を読むうちに少しずつ学びとったものなのです。

最初はまったく意味がわからず、つっかえつっかえであっても、お経にふれて、読んでみようという気持こそが大切なのです。
読むことによる功徳はもちろんのこと、何度もくり返し読んでいるうちに、なんとなく1日が落ち着いて過ごせるとか、この言葉はどういう意味なんだろう?という気持が起こってくれば、それはあなた自身の修行が進んだことにもなります。

昨日まで一緒に暮らした家族が、急にいなくなって逢えなくなることはとても悲しいことですし、生きているうちに、もっとああしてあげればよかったといった後悔は、誰にもあるものです。
そんなときにもお経を読むことは、故人の供養にもつながりますし、寂しくて仕方のないあなた自身の癒しにもつながるのです。

このように、お経ははるか遠くにあるものではなく、ニ千年以上の間、インド・中国・日本と、歴史も文化も違う国で、たくさんの人に読まれ、心を動かしてきたものです。目に見えない不安を取り除く心の薬として、まず手にとってみてはいかがでしょうか。

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