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2009年9月22日 (火)

風が吹くとかぼちゃスープが呑める

Dscn4460_320 今年の渓流釣の釣り納めにと、出かけた新潟の川でのことです。

思わしくない釣果に、川の移動をしていて遅くなってしまった昼食を食べようと、里近い川岸で支度をしていると、近くの大きな木の下でなにか拾っている人がいます。
「第1村人発見」と好奇心旺盛な作男さん、じゃない僕は、村人のそばに行きます。
畑仕事のなりをしたおばさんに「今、なにしてるんですか」と呼びかけるディレクター、じゃない僕。
振り向いた第1村人さんは、「くるみさ、拾っているだ。風が吹いたり雨の後は良く落ちているだよ。」
「アンさんたち、どこから来た?」
「東京です。」
「そりゃあ、遠いとこさからきなすったね。」
「僕も拾って良いですか。」

というわけで、初めて胡桃を拾える喜びを体験する事になった僕は、友人の食事の支度に協力する事も忘れて胡桃拾いに夢中になったのでした。

僕はただでなにか拾えるという事が大好きです。
今もって、登山中でも武田信玄の隠した宝が木の根の洞穴から見つけられないかと目を凝らしたりするほうです。
落ち葉の積もった地面に小さな卵大の青い実がたくさん落ちているので、拾い集めてはおばさんの腰に付けた竹籠にほうりこみます。何気なく探しても、なかなか見つかりませんが、ひとたび胡桃を見つける目になると、面白いように拾えます。ワラビ取りでも同じで、僕はこの状態をワラビ目と呼びます。

ずいぶん前の事ですが、かみさんの母親を連れて、群馬県の武尊牧場に行った時のことです。
牧場の草原地帯に生えているワラビに、北海道育ちのかみさんの母親は、腰をかがめて実に楽しげに森の奥へと突き進みます。
完全なわらび目状態です。
僕はニュースで山菜取りの村人、クマに遭遇というニュースを聞くと、この時の状態を何時も思い出します。多分、クマにぶつかるまで気が付かないでしょう。
そうだ、武尊山周辺は昔から熊の名所、こりゃいかんと慌てて、母親を連れ戻したものでした。

さて、しばらく一緒に胡桃拾いをしているとおばさんが話しかけます。「拾った胡桃は腐葉土の中で果肉を腐らせてから、いも洗い機で洗って日に干しておくだよ。」
「和え物にしたり、胡桃餅にすると旨いだよ。」
「この辺は雪さ深いだに、胡桃割りは冬仕事だよ」

「ところで、かぼちゃ食うか」
僕は戦後の子どもの頃、一生分のかぼちゃを食ったので、一時食べるのがいやになったけれど、年を取ったらまた好きになったと話しました。
「そんだら、畑から持ってきてやるだよ。」
しばらくして、友人と僕の前に見事なかぼちゃを6個も持ってきてくれたのでした。「採れたてだ。このかぼちゃは旨いよ」

というわけで、風が吹いて胡桃が落ち、それがかぼちゃに化けて、僕は今朝、おいしいかぼちゃスープを味わっているというわけなのです。

釣はどうした?。それは聞かないで下さい。
それにしても、福島県の漁協さん、日釣券2000円、現場購入4000円はちょっと高いんじゃないですか。魚ぜんぜんいませんよ。
仲間は勿論、僕も腕は悪くないですよ。

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