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2009年8月30日 (日)

衆院選挙から帰って

「衆議院議員選挙」の投票に行ってきました。
指定投票所になっている近くの小学校では、投票待ちの20人くらいの行列が出来ていましたが、普段の選挙より特に多いとは思えませんでした。

しかし、午後2時の選管発表では、前回の2005年の郵政選挙を、若干上回っているということですから、最終的に69~71%くらいの投票率になるかもしれません。
この高い投票率が、現与党の自民、公明両党にとって吉となるか、凶とでるかわかりません。

僕が選挙権を得ての最初の衆院選挙は1960年11月の第29回選挙です。国会議事堂を包む地鳴りのような足音を体験したあの年の、「安保解散選挙」でした。

以後、今回の45回選挙まで、棄権した記憶がありませんので、16回の衆院選挙を体験した事になります。
1955年に自民党が誕生して以来、同じ政党が50年以上も一国の政権を取り散り続けるということが、極めて異例な事態だと思われなかったこの国に、今激震が走ろうとしています。

選挙投票時間中ですから、うかつな事は書けませんが、何度選挙をしても、空しさだけが残った僕の人生における衆院選挙に、長期政権にあぐらを書いてきた政党が敗れるかもしれない、そして初めて議会制民主主義の良い形を見る事が出来るかもしれないという手応えを感じ、午後8時からの開票速報を待つ、精神の高揚を禁じえない状態になっているのです。

もし、民主党が政権を取る事が出来たなら、選挙公約を確実に実現していくことは、勿論大事な事ですが、先ず手がけなければならないのは、世界の流れから取り残されそうな「外交問題」でしょう。
この事はこれから少しづつ書いていきたい思っていますが、僕のブログでは、「瀬川通信:報道部」で扱っているインド洋給油問題が浮かびます。
これだけは、はっきりしています。
例え現政権が継続したとしても、もう衆院3分の2の賛成による再可決など不可能でしょうから、このところ、何度も書いてきたように来年1月で給油活動からの撤退が決まります。長い連載も終る事が出来ます。

この給油活動継続の為の「新テロ対措法」やその他幾つもの重要法案成立に、民意を省みる事なく、衆院3分の2の賛成という異常事態を繰り返してきた政権のおごりと、政官財癒着の構図が、今審判されようとしているのです。

ここまで、書いてしまったので、ついでに書いてしまいます。

僕は読売新聞社の渡辺 恒雄会長・主筆が嫌いです。
嫌いな理由は、以前書いた事があるのでここでは省略して、その渡辺氏が「文芸春秋」最新号(九月特別号)、「自民党政治はいつ終ったのか」のなかで、元内閣総理大臣中曽根康弘と対談しています。

民主党が政権を獲ることへの不安をにじませつつ、衆院選挙での自民党当選議員数について語っています。その部分を抜粋します。

渡辺「今度の選挙では、自民党の解散時三百三議席が、二百議席を下回ることが予想されており、民主党は百十二議席から少なくとも百議席以上は増やしそうな勢いです。
つまり、百以上の増減が起きうるわけで、これほどの大変動は戦後まったくなかった。だから、非常に心配しています。」

渡辺「議席減が百で納まるなら、自民党は復活する可能性があります。
公明党がだいたい三十議席くらい取るとして、いま党外に出ている平沼たけ夫さんのグループなど少数勢力を取り込んでいくことができれば、過半数の二百四十一をとることは可能ですから。
だが、もし、自民と民主の増減が百五十というレベルにまで達したら、自民党は半永久的に野党になるでしょう。(一部省略)
 しかし、実際のところは、増減の幅が百と百五十の中間的になるような気がします。
さおうなれば、政界再編の動きが出てくるのではないでしょうか。」

ーーーー自民党も民主党も割れるということですか?

渡辺「そう。みんな割れてガラガラポンしたらいいと思います。
民主党は反米や反安保、反自衛隊のような左翼社会主義者を排除して、自民党は市場原理主義者を排除する。私は、社会民主主義的な社会保障制度の充実をするべきだと思っているので、そういう国の形を目指す中型の安定政権ができないかと考えています。」

中曽根「確かに、百の増減はそれほど大きな変化は起きないでしょうね。私はないと思いますが、百五十の増減があったら大変なことが起きますね。」

渡辺百五十だったら自民党は絶望です。自民党だけが割れて民主党に吸収されてしまうこともある。中曽根さんがおっしゃるように、百ならば自民党は復元力を持ちえるでしょうが。」

「.僕はこうまで渡辺氏に云われると、彼に苦汁を飲ませたい心境になるし、彼がまたしても政局運営にしゃしゃりでて来る事無く、この際静かに引退してくれる事を願うのです。」
午後8時、いよいよ選挙速報番組が始まります。

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2009年8月28日 (金)

変なコスモスと秋明菊

Dscn4430_320 日中は暑くても、朝晩は涼しくなりました。
気候が2週間以上、前倒しという感じで、あれほど夜までうるさく鳴いていたセミの声が消え、虫の音が響いてきます。
もう秋の気配です。

庭に蒔いたコスモスがの背丈が伸びません
35cm以上伸びてはいけない決まりでもあるかのように、それ以上の成長を止めてしまいます。

それでも、は咲きはじめました。直径10mmほどの小さな花が風に揺れています。

ミニコスモスなる種類でも買ってきたのと思って、種の袋を探したのですが処分してしまったようで、確かめることは出来ませんでした。

でも、インターネットで調べてもミニコスモスなる種類は見つかりませんでした。
庭の土が合わなかったのでしょうか。
そいうえば、友人から譲ってもらった秋明菊も背丈が伸びず、毎年、地面に這いつくばるようにして花をつけます。そのかわり、よく増えます。
写真のコスモスの後に写っているのがその秋明菊です。勿論、友人宅ではスッキリと茎を伸ばして花を咲かせていたのです。

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2009年8月27日 (木)

北海道下川町のトマトジュース

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トマトジュースが日本で最初に発売されたのは1933年(昭和8年)だそうです。
しかし、戦争でいったん中止され再開されたのは1949年(昭和24年)です。

 僕の子どもの頃からあったことになりますが、トマトジュースなど飲める家庭環境で育ちませんでしたから、存在さえ知りませんでした。

多分20歳代で最初に飲んだと思うのですが、こんなまずい物を良く飲むなというのが印象で、それ以後、ほとんど飲むことはありませんでした。
Dscn4435_320「ピーマン、にんにく、ニラ、ギョウザ、アスパラガスにカリフラワー」と、すらすら出てくる嫌いな食べ物にトマトジュースも加わっていたのです。

 僕にトマトジュースがこんなに美味な飲み物と教えてくれたのが、この北海道下川町の「トマトジュース」です。
初めて飲んだとき、「なんだ、これは」、本当にトマトジュースかと思ったほど、以前、飲んだものとは全く別物でした。
 ですから、僕はトマトジュースは飲むなら下川産と決めており、手に入らない時に他の銘柄を飲むことはありません。

 考えてみれば、この銘柄でなくては駄目だなどという贅沢な食品は他にありません。例え望んでもかなうわけでも無いですから、僕の唯一の銘柄指定は、下川町のトマトジュースだと思います。

 親類が住んでいるとはいえ、2度しか訪ねた事が無い「下川町」ですが、北海道らしい景色が広がり、とても好きな町です。
林業の町ですが、多くのスキージャンプの選手がここから巣立っています。間伐材の割り箸も有名ですし、うまいソーメンも生産しています。
町にある五味温泉は、口に含むとピリリ~とするサイダーかラムネのような味の日本有数の炭酸泉として知られています。

http://www.town.shimokawa.hokkaido.jp/Cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AM04000
   下川町ホームページ

http://www.northmall.jp/syoku/index.htm ノ-スモール北海道の森(トマトジュース)

http://www.shimokawa.jp/ec2/products/list.php?category_id=27 ふるさと下川応援団(トマトジュース)

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2009年8月25日 (火)

新型インフルエンザの検査を受ける

やっと「夏風邪」が直りました。
しかし、回復力の弱くなった事を痛感しています。

風邪は山で治す。熱があってもスキーをやれば吹っ飛ぶなどと言っていたのも、遠い過去の話となりました。
畑仕事に精出した夜、38度以上の熱が出た翌翌日に、いつも診察を受ける医院に行きました。次ぎの日が休診日だったからです。

僕が良くブログ(YASUHIROのマウンテンワールド)を見る、金沢の「超」山スキーヤの先生」の診療所では、熱のある患者が来院した場合、待合室でなく別室で待機してもらい、新型インフルエンザと判明すると外の自動車内に移す処置をとると書かれていました。

しかし、僕の行く小さな医院には、待合室以外に部屋などなさそうだし、一般の患者に混ざって診察の順番を待ち、風邪と診断されたあと、医師が「念の為、新型インフルエンザの検査をしましょう。15分で結果が出ます。」と言ってくれたので、受ける事にしましたが、内心困ったなと思ったのです。
もし、僕が新型インフルエンザと診断されたら、家族や周りの人達、そして夏休みで遊びに来ていて、まだ遊びたりないと言いつつ、数日前に帰ったチビスケ1号、2号にも影響が及ぶと考えられたからです。

綿棒状のもので、鼻の粘膜を取り、待合室に戻されました。
その際、マスクを着用するよう言われ、マスクを渡されました。
そうか、当然医院に来る前に、マスクを着用してこなければいけなかったと、そこで気づいたのでした。熱も下がりなんとなく、マスクの事など忘れていたのでした。うっかりしていました。

さて、緊張の10分あまりが過ぎて、又診察室に呼ばれたその結果は、新型インフルエンザではなかったのです。「良かった」
体温計より少し大型の器具の先の窓の表示が、青色になると陽性の恐れがあるとの事でしたが、そこには白い色が表示されていました。

当院でも発症している患者が出ているよと医師は言い、ワクチン摂取は混乱するだろうなと語りました。
入手出来るワクチンの量や新聞報道されるような摂取順位など、全く情報がないそうです。

今や、ニュータウン内の小さな薬局では、マスクは売り切れていますし、手や指の消毒用のスプレ-式やジェル状の消毒薬も手に入り難くなっています。
これは、インターネットショッピングを見ても歴然で、業務用の容量の多い製品は別として、250mlから1000mlタイプの手軽な製品は、売りきれ続出です。価格も高くなってきています。
まだ、8月ですが、いまだに摂取順位がどうだ、輸入に頼らざるを得ない、副作用については検討するなどと言って混乱している政府の施策が、常に後手、後手になっている状況では、秋に向って今後どんな展開を見せるの、とても心配です。

一度でよいから、「日本は医療施設も充実しているし、その対応は出来るので、これを良しとして、貧しく医療も行き届かない国の子供達にインフルエンザワクチンを供給して援助していくつもりだ。」くらいの政府発表を聞いてみたいものです。
それより高額な金で、世界中からワクチンを買い集めて、批判されないように気をつけましょう。

そうか、ここで政府を批判していても、来週には「現与党政権」は消滅しているかも知れないのだ。
民主党よ、もしも政権が取れたなら、「閣僚ポスト争い」などせずに、
あせらず、誠実に、確実に政策をこなしてください
時には大鉈も振るい、かつ粘り強く、いやらしいほど狡猾に、ぶれても良い。真実を国民に知らしめ、国民の真の幸福を願う基本が貫かれるなら、支持されつづけるでしょう。

前回の選挙公約をどこまで実現できたのか、日本国をどうしてしまったのか、少しの反省もなくマニフェストを並べ立て、同じスタートラインに立ったかのような錯覚にとらわれている現与党が、民主党攻撃に終始した果てに、敗れるべくして敗れる日が近づく足音を、夏風邪熱に浮かされた頭で聞いたような気がします。
それは夢か幻だったのか!

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2009年8月21日 (金)

夏風邪でダウン

「お知らせ」 8月21日
作男さんや柳瀬川通信:報道部のデスク以下スタッフ一同、夏風邪の集団感染で、ダウンしてしまいました。
「民主党、インド洋給油継続方針----派遣期間の考察、第7次派遣部隊は出港しない。」の大作連載と山仕事、花火取材と忙しかった疲れが出たようです。
おら、マウスもキーボードも触れねえと、うなっていますので2、3日の間休養をとってもらうことにして、ブログは休載いたします。よろしくお願いいたします。
尚、全員、新型インフルエンザではないようですから、ブログを覗いても感染することはありません。
油断大敵、皆様もお身体に気をつけてお過ごしください。

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2009年8月18日 (火)

海上自衛隊インド洋給油その18(7月)---パキスタン艦への給油量が全給油量の83%に

連載企画「インド洋給油その18です」
 海上自衛隊発表の平成21年7月1日から7月31日までの給油量です。

パキスタンフリゲート艦     3回 (51)  560KL  (7240KL)
  フランス駆逐艦       2回 (22)  115KL  (2360KL) 
  フランス補給艦       0回 (2)     0KL  ( 1370KL) 
  ドイツ駆逐艦                  0回 (11)    0KL   (1845KL)
  カナダ駆逐艦        0回 (8)     0KL  (1915KL)
  米国駆逐艦         0回 (8)     0KL   ( 4380KL)
  英国駆逐艦         0回 (8)     0KL   ( 1230KL)
  ニュージーランド駆逐艦  0回 (1)     0KL  (310KL)
  デンマーク多目的支援艦  0回 (4)     0KL   (1130KL)   
                                                  合計   675KL  (21780KL)

Fs_aco1_320給油状況は、今月もパキスタン海軍フリゲート艦とCTF-150指揮権国フランス海軍駆逐艦だけの給油となりました。

この事は毎月書いていますので、今更取上げる事ではないのですが、7月は遂にパキスタンフリゲート艦に対する給油量が、全体の給油量の83%となりました。
ここ、3ヶ月を見ても50%はパキスタンへの支援です。

全体の給油量も675KLと、昨年2月の給油再開以来の月最低量です。わかりやPa185_320すく言うと、町を走る事が出来るタンクローリー車22台分にしかなりません。

 日本の経済的負担が減ると考えるのは間違いで、そろそろインド洋給油活動の経費との費用対効果も考慮すべき段階です。

 海上自衛隊の補給艦からの給油でCTF-150参加艦艇が、、補給基地へ戻らずに、長期間の海上阻止活動に従事できるのが目的であったはずが、そうなっていない現実があります。

パキスタンフリゲート艦は、自国の海軍基地へ2日で戻れます。以前、2チャンネルの掲示板に「給油を受けた後、すぐに港に戻るようだ」「2週間に一度は、基地に戻っている」との給油活動参加自衛官からの書き込みもありました。
実は、写真に写っているフリゲート艦185以外に181も給油を受けているのですが、最近、海上自衛隊がパキスタン艦艇への給油写真を公表したがらないので、情報不足です。
何度も書いていますが、パキスタンはアメリカの恫喝的な要請で、対テロ海上阻止行動に参加しているイスラム圏唯一の海軍です。
支援的側面を持つのもわかるのですが、イラクでの航空自衛隊の空輸作戦参加と同じように、ともかく国民に対しての説明責任が多いに欠けています。
フランスも自国の補給艦が旗艦として活動しています。
先月その補給艦への給油が行なわれましたが、給油を受けた燃料油の海賊対策行動への転用など、その使用目的の範囲が明確ではありません。

CTF-150に参加してしているフランス海軍フリゲート艦(F713Aconit)は、補給の為基地に戻っているのに、海上自衛隊補給艦からの海上給油を受けるような、給油活動維持の為と勘ぐられても仕方の無い補給行動が見られます。
バーレーンの本部での、調整がどうなっているか、これまた情報不足でわかりませんが、海上自衛隊派遣官の交代人事などから、なにか見えてくるものがあるかもしれません。
なお、フランス海軍は、本来の任務期間(3ヶ月)からいうと、7月にはCTF-150の指揮権を委譲すべき時期なのですが、この交代情報がつかめません。

いまだに、保守系の言論人が、「海上阻止行動に従事する米国を始めNATO諸国艦艇への給油活動」などと書く事とがありますが、現実の給油状況とかけ離れた論旨です。

問題は、日本が莫大な費用負担をして行っているインド洋での給油活動の実態と、海上阻止行動(CTF-150)の全体像を、日本政府もマスコミも国民に説明しようとする姿勢が見られないことです。
これは、海賊対処の派遣にも同じ事が言えます。海賊対処の活動の実態をデーターを引用して正しく報道したのは、東京新聞1紙です。

民主党もインド洋での給油活動について、改正新テロ対策特別措置法の期限切れとなる来年(2010年)1月15日まで、継続する方針です。
実際にはもうあと4ヶ月しかありません。衆院選挙が終ったならば、広く民意をくんで給油活動継続の論議をしなければならないでしょう。
もう、過去2回のような、ぎりぎりまで審議せず、強行採決で法案成立を図る暴挙は国民が認めないでしょう。

このところ、「給油活動継続が我国の国際貢献」と強い論調を張った保守系、右派系言論人の論文が、給油期限切れが近いこの時期に、なぜか目につかないのを奇異に感じています。2年前にどんなことが叫ばれていたか、後で追記しておきましょう。」

この問題については、「柳瀬川通信:報道部」として「インド洋給油継続の考察」を数回にわたって連載しましたが、民主党の議員諸氏が読んでくれるとありがたいのですが。
(写真上、フランス海軍フリゲート艦(F713Aconit))
(写真下、パキスタン海軍フリゲート艦185  Tippu Sultann:多分)

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2009年8月17日 (月)

緊急報道「浜岡原発がおかしい!」---その1

Hamaoka_320 緊急報道
<浜岡原発の地震被害に注目>

「柳瀬川通信:報道部」

 8月11日午前5時7分ごろ、駿河湾を震源として発生した強い地震により、震源から近い(約40キロ)浜岡原発(写真)では、稼動中の原子炉2基が自動停止されたと報道されています。

その後の浜岡原発の被害状況については、マスコミの断片的な被害状況報道と、中部電力のプレスリリースや、「発電所の状況について」と題されたわかり難いPDF資料によって、少しづつ明らかにされているかにみえるのですが、地震による発電所の耐震性や安全面などの情報、発電再開への問題点等ががほとんどありませんでした。

ところが、最新のニュースで産経新聞(8月16日7時56分配信)が次ぎのように報道して、地震による被害が、いままでのマスコミ報道よりかなり深刻な状況で有る事がわかってきました。

「中部電力、浜岡原発すべて停止 休み明けの電力供給に懸念」 

「記事本文」 
11日に発生した地震の影響で運転を停止した中部電力の浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)4、5号機の安全確認作業が長引き、再開のめどがたっていないことが15日、分かった。
1、2号機はすでに運転を終了、3号機は定期点検中で、同電力ではすべての原発が運転を停止する事態に陥った。夏休みが終わる週明けには企業の工場が操業を再開して電力需要が伸びると予想されており、トヨタ自動車をはじめとする中部地域への電力の供給に懸念が生じている。

「記事本文の続き」
 浜岡原発には5基の発電設備があり、1、2号機は老朽化で今年1月に営業運転を終了、廃炉に向けた準備に入っている。
 稼働中の3基のうち、3号機は6月14日から約3カ月間の定期点検中。気体廃棄物処理系装置のトラブルを起こした4、5号機は7月に運転を再開したが、今回の地震で再び運転停止に追い込まれた。
 4、5号機の運転再開時期について、中部電力では「今回のような震度6弱の地震の影響を受けるのは初めてで、現時点で再開時期はまったく見当がつかない」と話している。
 3~5号機の発電出力は合計361・7万キロワットと、同社の全発電出力の11・1%を占める。
 17日からは夏休みを終えた自動車メーカーなどが一斉に総業を再開する。夏場の冷房需要のピークとも重なり、原発がすべて停止した状態では、予想外の工場稼働率の上昇や猛暑が重なると、電力供給が逼迫(ひっぱく)する事態もあり得るという。

 このため、中部電力では停止している火力発電所の運転に備えるなど、「他社からの電力調達も含め、安定供給のための対策を進める」(広報担当者)と話しているが、気温の上昇によっては綱渡りの電力供給を強いられることになりそうだ。

この記事は、発電所の地震被害の一端を報じたものとして読み過ごしてしまいそうですが、実は重大な問題が浮かび上がる最初の報道になるのではないかとと思うのです。
   長くなりますので、書きかけ----続く

 

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2009年8月14日 (金)

新潟まつり‐‐‐また、花火見物、そしてマンガストリート編

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Dscn4408_320 3日間続いた「新潟まつり」の最後を飾る大花火大会は、信濃川河畔(昭和大橋西詰上流)で行なわれました。
長岡の花火と比べると やや規模が小さいようでしたが、それでも約1万発が夏の夜空に踊り、川岸に陣取った市民、観光客を喜ばせます。

 僕達も昭和大橋の下流側の河原に敷いたビニールシートに座りこんで、最後まで堪能しました。
フィナーレの「エボリューション」は昭和大橋いっぱいに光り輝くナイアガラ瀑布が出現し、それにあわせて8本の大スタDscn4409_320 ーマインが一気に打ち揚げられます。
これは、長岡でも見られなかった大迫力で、川岸いっぱいに響く大歓声があがりました。
2週連続の大花火大会を堪能し、大満足の新潟の旅でした。

ところで、昼間、「住吉行列」を見た後で、古町通りで、面白い物を見つけました。
マンガストリートと名付けられた商店街のあちこちに、漫画家水島新司さんの代表作「ドカベン」などのキャラクター像7体が飾られているのです。
新潟県は水島新司さんをはじめ、マンガ家輩出数がダントツの日本一なのだそうです。初めて知りました。
(写真左上から、景浦安武<あぶさん>、水原勇気<野球狂の詩>、里中智<どかべん>

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2009年8月12日 (水)

新潟まつり----住吉行列と万代太鼓編

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先週の長岡花火大会見物は、飛び入りで、本来予定していたのは、こちら「新潟まつり」の見物と夜の花火を楽しむ計画でした。

8月9日の朝の上越新幹線で新潟駅に着きましたが、天候は雨が降ったり止んだりで、花火大会が開催されるかどうか、観光案内所でも、昼になっても情報が掴めない状況です。 
僕は、こんな時の運営側の苦労が良くわかります。

雨天中止なら、明日に延期されるので、それを見ようと決めて、昼の祭りの行事である「住吉行列」を見る事にしました。

新潟祭りは地元の4つのお祭りが、ひとつになって行なわれるようになったそうで、この住吉行列が行なわれる「住吉祭」もその一つで、廻船問屋が大阪の住吉神社からご神体を受け、地域住民にも信仰されるようになり、享保11年行列を組む祭りが行われたのが起源だと伝わっているそうです。

午後の行列が行なわれる本町通りで、なかなか華やかな行列を見物しましたが、残念な事に見物客が少ないので、盛りあがりに欠ける印象でした。祭りも3日目、しかも雨天とあっては仕方がないのかも知れません。

しかし、2年前に見た新庄祭りは、小さな街のどこから沸いてくるのかとおもうほど、多くの若者達が山車を引きまわし、見物客と数百の露天商の数に驚いたので、新潟祭りがよけい寂しく思えるのでした。

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(写真は、本町商店街を練り歩く、住吉行列。万代太鼓や芸子さんの踊りは飾り付けられたトラックの上で行なわれる。)

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2009年8月 7日 (金)

ブランドショップが増えた事に驚く----原宿表参道

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昨日は所用で原宿に行きました。

あまりに暑いので、表参道を明治通り方向へ向ってゆっくり、ゆっくりと歩いて行くと、反対側の道路沿いに、ブランドショップが並んでいるのが目に入りました。普段より、ぶらぶらと歩いたせいで、より店の存在に気づいたのかもしれませんが、前にはその場所にどんな建物が有ったか思い出せないのです。
ともかく、いつのまにか、1kmたらずの間にずらりと並んだおしゃれな店舗、表参道は、外国資本に占拠されてしまいました。

(写真上、PRADA)

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写真左上から

(BVLGRI)
(MISSONI)
(LOUIS VUITTON)
(EMPORIO ARMANI)
(GUCCI)



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おまけ:進行方向左側ですが
(FENDI)
(RALPH LAUREN)

これは、ほんの一部で、まだまだ多数の店舗があります。

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2009年8月 6日 (木)

花みずき温泉と火焔土器---長岡にて

Dscn4263_320 3日に誘われて長岡の花火大会を見に行きましたと、いとも簡単に書きましたが、やはり長岡は遠かったのです。

上越新幹線で大宮から長岡までは約1時間半ですが、花火大会が終了するまで見ていると、もう帰りの東京方面の新幹線は無いのです。

しかし、終了直前に打ち揚げられる、花火大会の目玉の「フェニックス」を見なければ、わざわざ長岡まで来た甲斐がありません。

というわけで、「フェニックス」をしっかりと見届けてから、長岡からは臨時列車が何本か出ている、逆方向の新潟駅へ向い、市内で1泊して帰ってきたというわけです。
花火見物も大変です。
でも、さすが日本3大花火といわれるだけあって、実に見応えのある花火大会でした。

しかし折角、長岡まで出かけたのですから、花火だけでは終わらせません。
このところ少しも数の増えない「5年で100湯の温泉巡り」を稼ぐべく、花火見物の前にネットで調べて、めぼしをつけておいた「花みずき温泉」へと行って来ました。

長岡駅前のバス停から、⑥番の関原、与板線に乗り、約35分の乗車時間で、三島支所前下車、徒歩5分の、まさに田んぼの中の温泉です。
しかし、この日帰り入浴施設、「喜芳」は(宿泊も出来ます)、でした。
館内は広くて清潔ですし、立派な食堂もあります。タオル、バスタオル、館内着付きで800円は嬉しい値段です。

帰りもバスで長岡駅へと戻りました。運転本数が少ないですから、しっかり時刻表を確認しておかないと、無駄な時間を過ごす事になりますので、要注意です。

駅前では、若者達が太鼓の演技をしていました。
それをしばらく見ていたいというかみさんと別れて、僕は長岡市立科学博物館へと急ぎ足で向いました。僕はタクシー乗車があまり好きではないのです。
駅から徒歩20分強ほどの距離でしたが、炎天下を歩いたので汗びっしょりです。
科学博物館といっても、役所の支所のような建物の中にあるちょっと寂しい博物館でした。志木市の郷土博物館を少し規模を大きくした程度です。
入場は無料でしたが、館内には子どもが2人ほど展示を見ていただけで、ガランとしていました。
さて、冷房も無い館内で探すお目当ては、「火焔土器」です。これが見たくてやってきたのです。
この科学博物館に展示されている、火焔土器がはじめて出土したのは新潟県長岡市の馬高遺跡です。
1936年に近藤篤三郎さんらの調査で出土した物で、考古学的にはこの出土第1号の土器のみを「火焔土器(火焔A式1号深鉢土器)」と称し、他のものや他遺跡出土のものは「火焔型土器」あるいは「火焔形式」など呼ばれ区別されているそうです。これ、異論もあるようですが、詳しい事は調べていません。

火焔式土器としては、他の遺跡で見つかった素晴らしい物がかなりあり、一部は国宝に指定されている物もあります。

しかし、なんといっても、第1号は見ておきたい。国宝とまではいかなくとも、国指定重要文化財です。しかし、陳列台で僕が見たものは!。

台の上に置かれた1枚のカード。ああ無情「火焔土器は貸出し中」中越沖地震の時は、遠くドイツに貸出し中で、破損の被害を免れたそうですが、今度も貸出し中とは。

まあ、こういう事もあるかと、そばに陳列してあったこれも重要文化財と書かれた、同じ馬高遺跡出土の大木系土器を、写真に撮って、また炎天下の道を駅までの帰路についたのでした。
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(写真上、花みずき温泉の露天風呂。目の前いっぱいに広がる田園風景を眺めながら、のんびりと温泉につかる。)

(写真左上、これが見たかった火焔土器。)

(写真左下、長岡科学博物館に展示されていた大木式系土器。これも重要文化財と書かれていた。)

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2009年8月 4日 (火)

長岡の花火

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昨夜は、誘われて新潟県長岡市の大花火大会を見てきました。

晴天に恵まれ、信濃川の大手大橋付近の河原に設けた指定席から見た、次々に打ち上げられる約1万発の大型花火に酔いしれました。

特に「天地人」「スーパーフェニックス」と名付けられた9箇所から同時に打ち上げられる花火は正直、人生でこれだけ見事な、夜空を彩る花火の競演を見たのは初めてでした
頭上で炸裂する花火全体の横幅が数百メートルもあるあるので、直下で見ている僕のデジカメでは、その一部をファインダーに入れるのが精一杯でした。
晴天に恵まれ、音に聞こえた長岡花火の凄さに、ただただ感動しまくった夜でした。実物の迫力は、とても写真や文章ではお伝えできません。もう、これは見るしかありませんね。
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(写真左上、長岡駅前に展示されている花火の打揚筒
新しい物に替えたので、明治時代から使っていたという古い筒を展示してある。市街地の花火では、危険で打ち揚げることが出来ない三尺玉の大きさに驚いた。
昨夜は2発打ち上げられたが、見物客のいる場所からかなり離れた場所で打ち揚げるためか、音は大きいが、迫力はそれほどでもない。)

(写真左4枚。
花火の写真など撮影した事が無かったので、
デジカメの花火モードで撮影してみたが、腕が未熟で感動が伝わらない写真です。
実物は腹に響くドーンという音と共に、100倍美しく華麗である。)

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2009年8月 2日 (日)

公園遊具が高齢者仕様に

Dscn4197_1024 6月19日の毎日新聞に「公園遊具 高齢者仕様に」と題して、次ぎのような記事が掲載されていました。

「子ども向けの遊具に代り、高齢者の運動用に平均台や鉄棒などを設置する公園が増えている。
ボランティアなどを講師に迎えた運動教室も好評だ。
目標は介護予防のための体力維持。
「5年後も今のまま」を合言葉に運動を習慣付けようという動きが広がっている。」

そして、大阪府の府営久宝寺緑地で行なわれている、高さ20センチの平均台や、地面に足をつけたままつかまることが出来る鉄棒などを利用した「運動教室」が紹介されています。

志木ニュータウンでも住民の高齢化が進んでいます。その一例として、ニュータウン内にある小学校は、かって1000名を越えていた生徒数が、現在300名を割り込むまでに減少しました。

近年、建物のバリアフリー化も具体化され、ニュータウン内の各号棟ごとに状況に応じた階段手摺の増設や段差解消機スロープなども設置が始まりました。
小公園やプレイロットの児童遊具や砂場も撤去され、それに代り、高齢者向けの遊具を設置する動きが見られます。
まだ数は少ないのですが、上の写真のような遊具が見られるようになりました。

しかし、毎日新聞が報じたような、設置された遊具の使用を促進するような、高齢者支援にはいたっていません。

そのため、折角、住民達の管理組合が、1箇所200万円近い費用をかけて設置した遊具がほとんど使われず、たまに子どもが遊んでいるような状況となっています。

新聞が報じている「うんどう教室」開催のような場で、市役所の施策とも連携した、器具の積極的使用がこれからの課題でしょう。

しかし、シンガポールや香港の公園などでは、毎日、なんとなく集ったような老人達が、器具を使って身体を動かしている光景を見る事ができましたので、教室、講習会等には集まる日本の高齢者との国民性の違いがあるのかとも思います。
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(写真左上、子ども用遊具が撤去されたプレイロット。ここも高齢者向けの遊具が検討されている。)

(写真左下、砂が撤去された子どもの砂場。最近は砂遊びをしたがる子供も減った事と、砂の管理も大変なので、撤去される事が多い。)

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