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2009年5月23日 (土)

映画「グラントリノ」を見ました

Gt_320 「グラントリノ」

 監督、主演したクリント・イーストウッド自身が投影されているかのような、錯覚におちいる映画でした。
 朝鮮戦争に従軍して、戦功をあげながらも心に深い傷を受け、帰還後は、フォードの自動車工として働き、今は退職してデトロイトの町で一人生活する老人コワルスキーをクリント・イーストウッドが演じています。

 映画は妻の葬儀場面から始まり、2人の息子とも折り合いが悪く、教会の牧師にも悪態をつく頑固で偏屈な彼の姿が描かれます。
彼の愛する物は、フォードの1972年製ヴィンテージカー「グラントリノ」とM1ライフル、そして老犬。
やがて、その存在すら嫌っていた隣家の東洋系移民(モン族)の一家の少年との事件から、その姉、家族との交流、そこに一家の親族も含むギャングとのいざこざが絡んできます。
ストーリーは簡単です。
しかし自動車産業の衰退と共に白人居住者が減り荒廃する街で起こる人種差別、治安の悪化や銃社会等の、現在のアメリカが抱える社会問題と、コワルスキー自身の戦争のトラウマ、老人と家族の問題を織り込んで、彼の生き方が描かれます。

 暗い映画ではなく、生きる目的を見出せない弱い少年を、一人前のアメリカ人に仕込みたいとする強い男の姿は、爽快で力強いヒーローに見えます。
友人でもある街のイタリア人の床屋との汚いジョークの言い合い、若い教会の牧師との相容れない生と死の会話などに、古きアメリカ人の気骨をみて、老いた僕も共感します。

 少年と、社会に背を向け人生の黄昏を迎えようとしている孤独な老人との物語りは、2000年に公開された映画、ショーン・コネリー主演の「小説家を見つけたら」を思い出しました。
 文学を志す少年との交流で、再び前向きに生きる力を得たショーン・コネリー演ずる作家が、少年に故郷に戻る事を告げてから、自転車で車の行き交う街中を走るかっこ良さ、自分の生き方に決着をつける為に自ら選んだ場所に進むクリント・イーストウッド演ずるコワルスキーの絵になる歩き姿、立姿。

 良い映画とは、見終わって心に残り、なにか感じたり、考えさせられたりするものを持っています。
 例え、脚本が少し荒かったり、制作費が少なくとも、それができる事を教えてくれた最近の映画では、「おくりびと〉があります。
そのテーマと、そこに係わる人間を描きたいという情熱と信念がそれを生み出すのでしょう。
偉大な映画人、クリント・イーストウッドが、こんどもまたそれを証明してくれました。
 素晴らしい映画です。映画館で見逃しても、DVDでの観賞でも心に伝わるでしょう。

 死した誇り高いヒーローが、未来ある少年に残したのは、スコットランド人小説家は少年と家族に「家」を、アメリカのブルーカラーの鉄人は、彼が愛したアメリカそのもの、名車「グラントリノ」でした。

 いつもの星評価は「★★★★☆」です。
最後のおまけ☆は、この映画を最後に俳優を引退すると伝えられているクリント・イーストウッドに対する、止めないでくれという願い星です。

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