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2009年5月30日 (土)

「北穂に寄せて」と「アルプス交響曲」----サントリーホール

Suntory

昨日はサントリーホールでの、日本フィル第610回東京定期演奏会でした。演奏曲目はR.シュトラウスのアルプス交響曲とマーラーの交響曲第10番。
前回第609回で、浦田健次郎作曲の「北穂に寄せて」が世界初演されましたが、2回続いて山を題材にした曲が演奏されるのは、登山を趣味とする者にとっては幸運でした。

サントリーホールでの演奏会が好きです。
ホールの音響的な優劣や、座席位置による音質等にはあまりこだわらないほうです。
ホール形式でいうとシューボックス型や扇形型などよりは、オーケストラとの一体感が感じられるサントリーホール(ヴィンヤード式)のほうが、生演奏を聞いているという高揚感が得られます。
好きなホールで、山を描写し、山にいる事を連想させられる曲を聞けるのは嬉しい限りなのです。

それにしても、最近のコンサート会場は、聴衆の入りが悪く、空席が目立ちます。
映画「おくりびと」でも、オーケストラの解散で、主人公のチェロ奏者が職を失う場面から始まりましたが、演奏会場入口で配られるずしりと重い100枚以上の演奏会の宣伝チラシを見るたびに、オーケストラや演奏家の苦衷が感じられてなりません。
日本フィルも秋からの定期会員券を大幅値下げして、聴衆増を狙っていますが、不況の中、苦しい楽団経営が続きそうです。

「国立メディアセンター」別称:漫画の殿堂
建設費に117億円、維持費が年間数千万円以上と聞くと、箱物よりアニメ・ゲーム・漫画を支えているクリエーターの労働環境に思いをはせるし、同じように交響楽団やクラシック演奏家への支援も、考えてもらえたらと思うこの頃です。

少し脱線しますが、箱物といえば、このメディアセンターへの危惧感で、例えられる「私の仕事館」。
建設主旨や利用のされ方には、意義を見出せるのですが、なにぶん建設費581億円年間赤字15億円以上、閉鎖して建物を売却しようとしても数十億円でも買い手がつかないと言われています。それが、雇用保険から出費されているとあっては、失業して苦しむ人達とのギャップが大きすぎるのではと批判されるのは当然でしょう。

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2009年5月27日 (水)

阿修羅展を見ました

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(写真上、興福寺創建1300年記念 阿修羅展チラシ この写真のみ、クリックすると拡大します。)   

Dscn4038_320 今日は、東京国立博物館で開催中の「阿修羅展」に行って来ました。

午後は比較的空いているとのネット情報で、午後3時頃に行くと、入場まで約70分との、ご覧の看板が立っていました。確かにJR上野駅の公園口からは、阿修羅展に向うと思われる人の列が続いていましたので、待ち時間は覚悟していましたが70分にはちょっとびっくり。

よし、それならもう少し後の時間に入ろうと、近くの東京藝術大学美術館にまわり、開催中の「尼門跡寺院の世界」を観賞しました。

京都、奈良には今でも13ヶ寺の尼門跡が残っています。尼門跡とは皇族、公家など、高貴な女性の入寺によって営まれてきた独特な品格を持つ寺院です。そこに伝えられた伝統文化を紹介する作品180余点が展示されていました。
地味な展覧会なのに、多くの鑑賞者がいることに驚きつつ、しばし優雅な世界に浸る事ができました。
Dscn4039_320そこを出て、同じ美術館の陳列館で行なわれていた入場無料の、「資生堂・サントリーの商品デザイン展」を見てから阿修羅展会場に戻ると、待ち時間は10分ほど少ない60分となっていましたが、もう4時過ぎです。
閉館が6時ですから、入場できるのが5時過ぎだとすると、観賞時間は1時間もありません。入るしかないと決断して、長い行列に加わりました。

阿修羅展は、奈良、興福寺蔵の国宝である八部衆像、十大弟子像が史上初めて東京に勢揃いという見ごたえのある企画ですが、なんと言っても今日の目的は、阿修羅像を360°方向から見る事に尽きます。
数年目に興福寺の人気のない国宝館で見た阿修羅像がどんな姿を見せてくれるのか、ちょっとドキドキでした。

それは、八部衆像、十大弟子像がずらりと並ぶ第一会場の最後の展示部分、細い廊下状にしつらえたアプローチを抜けると、広い部屋の中心に、スポットライトに照らされて空間に浮かぶように立っていました。
最初にやや高い位置の廊下から見下ろし、そこからスロープを下りて阿修羅像の廻りを時計回りに1周して見る事が出来る展示方法が取られていました。

人垣がすごく、進んでくださいという係員の声にもほとんど動けません。前に立つ事を諦めて、やむを得ず後方に下がり正面そして左から右へと進み、人の頭越しに念願の像の全体を見る事が出来ました。
明るい照明に照らされ、肌色に輝く像の姿は、興福寺のガラスケースの中で、正面から見た像とはまったく印象が異なるものでした。こんなにきれいだったんだ、それが実感です。

やはり、仏像は大勢の人に囲まれ、華やかなスポットライとを浴びて、レプリカかと見まがう姿を見るより、静かな暗い堂の中で、古(いにしえ)の時代に思いをはせながら、その美しさと対峙するのが良いのだと改めて思うのでした。

阿修羅像前の混雑を抜けて、第2会場に向うと、薬王・薬上菩薩立像、四天王立像や、平成27年に再建される中金堂再現模型が並び、こちらも見応えのある展示でした。

出口前で上映されているバーチャルリアリティによって再現される「よみがえる興福寺中金堂」と「阿修羅像」は、二度も見てしまったほど美しく見事な映像で楽しめました。
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2009年5月26日 (火)

武甲山無残

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先日、西武秩父駅付近を歩いたとき、西武秩父線の横瀬駅前から撮影した武甲山北斜面です。実際は、写真以上に、山肌が荒荒しく削られて、思わず息を呑む光景です。
標高1、304mの日本200名山も、この角度から見ると登山の対象にはならない山に見えます。
日本屈指の石灰岩の大鉱床であったがゆえに、かくも無残に削り取られてしまいました。

 写真で見ると、露天掘りのように見えます。確かに露天で採掘されますが、石灰岩は坑道を通じて内部から搬出されています。最終的に掘り尽くされてしまうと、北側が大絶壁になると思われます。
山全体が石灰岩で構成されていたら、武甲山という山が無くなる事になりますが、石灰岩は山の北側部分しか存在しないようで、南側は残る可能性があるようです。

http://www.ct-cement.co.jp/2jigyo_miwa.html 秩父太平洋セメントのホームページ

 何十年先かには、掘り尽くされて、高度差数百㍍の日本最大のフリークライミングゲレンデとなるのかもしれません。その頃までフリークライミングなる遊びが存在していたとすればの話ですが。

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2009年5月23日 (土)

映画「グラントリノ」を見ました

Gt_320 「グラントリノ」

 監督、主演したクリント・イーストウッド自身が投影されているかのような、錯覚におちいる映画でした。
 朝鮮戦争に従軍して、戦功をあげながらも心に深い傷を受け、帰還後は、フォードの自動車工として働き、今は退職してデトロイトの町で一人生活する老人コワルスキーをクリント・イーストウッドが演じています。

 映画は妻の葬儀場面から始まり、2人の息子とも折り合いが悪く、教会の牧師にも悪態をつく頑固で偏屈な彼の姿が描かれます。
彼の愛する物は、フォードの1972年製ヴィンテージカー「グラントリノ」とM1ライフル、そして老犬。
やがて、その存在すら嫌っていた隣家の東洋系移民(モン族)の一家の少年との事件から、その姉、家族との交流、そこに一家の親族も含むギャングとのいざこざが絡んできます。
ストーリーは簡単です。
しかし自動車産業の衰退と共に白人居住者が減り荒廃する街で起こる人種差別、治安の悪化や銃社会等の、現在のアメリカが抱える社会問題と、コワルスキー自身の戦争のトラウマ、老人と家族の問題を織り込んで、彼の生き方が描かれます。

 暗い映画ではなく、生きる目的を見出せない弱い少年を、一人前のアメリカ人に仕込みたいとする強い男の姿は、爽快で力強いヒーローに見えます。
友人でもある街のイタリア人の床屋との汚いジョークの言い合い、若い教会の牧師との相容れない生と死の会話などに、古きアメリカ人の気骨をみて、老いた僕も共感します。

 少年と、社会に背を向け人生の黄昏を迎えようとしている孤独な老人との物語りは、2000年に公開された映画、ショーン・コネリー主演の「小説家を見つけたら」を思い出しました。
 文学を志す少年との交流で、再び前向きに生きる力を得たショーン・コネリー演ずる作家が、少年に故郷に戻る事を告げてから、自転車で車の行き交う街中を走るかっこ良さ、自分の生き方に決着をつける為に自ら選んだ場所に進むクリント・イーストウッド演ずるコワルスキーの絵になる歩き姿、立姿。

 良い映画とは、見終わって心に残り、なにか感じたり、考えさせられたりするものを持っています。
 例え、脚本が少し荒かったり、制作費が少なくとも、それができる事を教えてくれた最近の映画では、「おくりびと〉があります。
そのテーマと、そこに係わる人間を描きたいという情熱と信念がそれを生み出すのでしょう。
偉大な映画人、クリント・イーストウッドが、こんどもまたそれを証明してくれました。
 素晴らしい映画です。映画館で見逃しても、DVDでの観賞でも心に伝わるでしょう。

 死した誇り高いヒーローが、未来ある少年に残したのは、スコットランド人小説家は少年と家族に「家」を、アメリカのブルーカラーの鉄人は、彼が愛したアメリカそのもの、名車「グラントリノ」でした。

 いつもの星評価は「★★★★☆」です。
最後のおまけ☆は、この映画を最後に俳優を引退すると伝えられているクリント・イーストウッドに対する、止めないでくれという願い星です。

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2009年5月20日 (水)

連載「報道がおかしい その1」

半世紀近く前ものことです。
今より選挙の結果に、左派勢力が影響を持った時代、もちろん小選挙区制ではなかった頃です。
不思議と選挙前になると、共産圏諸国の不祥事やら、悪いニュースがマスコミで取上げられることが多くなったものです。
大きなニュースとしてでなく、じわりと効いてくる小出し連発です。
その報道は間違いではないと思うのですが、なにか意図的なものを感じる取上げ方でした。

それでは、今はどうかといえば、同じような傾向は変わっていません。かってのように社民党(社会党)、共産党を議会勢力として認識しないですむ議席状況であっても、政府与党である自民党、公明党と、その反対勢力をどう取上げているかをみると、マスコミ報道に違和感を感じることに変わりはありません。

選挙との関連については、最近では西松事件などがありますが、それは後日にまわして、今日は最近の政府自民党の政策というか、筋書きを、一緒になって啓蒙するかのような主体性なきマスコミ報道の一端を書いてみます。
先ず、北朝鮮ミサイル発射報道です。
 これは毎日新聞2009年4月30日朝刊「余禄」の記事です。

「北朝鮮の発射したテポドンが秋田、岩手の上空を飛び越すというので大騒ぎをした。
自衛隊が、迎撃ミサイルを待機させた。もし燃えがらが落ちてきたら撃ち落す段取りだった。
撃ったら当るか、外れるか、関心はそこに集まった。だが、今になって考えてみると、ポカンと見ていたようなものだ。
ほんとうになにか落ちてきて、迎撃ミサイルが見事命中していたら、どうなったか。落ちてくるテポドンは空中で飛散し、迎撃ミサイルの破片と一緒に降ってきたろう。
それに備えて住民に総員退避の指示を出す用意はあったか。
迎撃ミサイルは敵ミサイルが軍事目標に当らないようにするための兵器だ。
住民の頭上に落下物が落ちてこないようにする安全装置ではない。」

 
 次ぎも毎日新聞2009年5月6日朝刊「アメリカよ。新ニッポン論」の記事のごく一部の記述ですです。

北朝鮮が発射したミサイルは射程5500キロを超える改良型テポドン2など大陸間弾道弾(ICBM)クラスとみられ、日本の上空を通過するだけ。実際に迎撃すある可能性はほとんどなく、「危機」に乗じた麻生政権の世論向けアピールの意味が大きかった。」

 どちらも、紙面に小さく掲載された論調です。
これを読むと、それでは連日のように紙面を賑わした北朝鮮ミサイル報道はなんだったんだと思わざるを得ません。
「危機」に乗じた麻生政権の世論向けアピールを、批判なく書きまくり国民にアピールしたのはマスコミ自身だったのを忘れ、後から総括するような記事を書く。
読むと違和感といった程度のものではなく、これはなんだと驚きを禁じえません。
これは、他の事件でも同じ傾向が見て取れます。

偏向報道といった大袈裟な捉え方ではなく、報道すべき真実が隠され、政府に都合の良い方向に迎合した記事の多い現状を、もう少し書いていきたいと思います。

  -----続く

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2009年5月18日 (月)

志木駅前の駐輪施設

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Dscn4032_320 駅付近の駐輪場は、自治体によりいろいろな種類の施設が作られています。
僕が良く利用する志木駅前の駐輪場は、操作も簡単で使いやすく、なかなかの優れものです。

(写真上、駐輪の使用法を書いた説明版。屋内と駅ビルの外壁に沿った屋外型があり、それぞれ、3時間、2時間が無料となっている。屋外が料金が高いのは、24時間使用出きる事と、使いやすさかと思う。しかし、2時間あれば、駐輪場のある駅ビルの大型書店で立読みするには充分である。)

(写真2枚目、駐輪場に数ヵ所ある料金精算機。使用者が使った駐輪機の番号を入力し、ボタンを押すと駐輪機のロックが外される。無料時間をオーバーすると、100円以上が必要になる。もちろん硬貨を入れないとロックは外れないようになっている。番号を入力すれば、誰でもロックが外せてしまうので、自Dscn4034_320転車に鍵はかけておかねばならない。)

(写真3枚目、簡単な駐輪機。屋内、屋外とも同じ型である。自転車の前輪を押しこむとは、挟みこむようにロックがかかり、精算機のボタンを押さない限り、もう引き出せない。)

(写真下、スペースが狭いので、付属の鍵がついていない僕のブルーノは、しゃがみこんでケーブル錠を取りつけるのが面倒な作業になる。)

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2009年5月17日 (日)

作男、インゲンマメのありがたいお話を聞く

Dscn4026_320_2 舞台中央に、小さな畑が出来ている。作男、下手より登場。

作男
「つるありインゲンが、大きくなってきただで、今日は支柱を立てるでござる。」
「支柱は、インゲンの数だけ14本、頭つなぎが2本、ブレース4本と準備は万全、さてさて仕事にかかるでござる。」

作男、慣れた手つきで、合掌式の支柱を立てている。頭に横つなぎの支柱を入れ、ブレースも取り付けて完成させる。寸法を測り、角度を決めていつもながら几帳面な仕事ぶりである。

作男「よしよし、これで完成だべ。
なんかブレース入れたら香港上海銀行みてえでないかい。我ながら良い出来栄えじゃ。農園内支柱コンテストがあったら、まんず入選確実だべ。ヘッ、ヘッ。そうだネットも張るべ。」

作男、去年、キュウリの支柱に使ったネットを支柱両面に張る。

作男「さて、ツルが伸び始めているだで、支柱にまいてやるべか。あれま、もう巻き付き始めているだよ。まだ、支柱さ立てて1時間もたってねだよ。なんとめんこい奴よ。
こっちの奴も巻きつけてやるべ。
あれ、ツルはみんな左巻きだか?。 
渦巻きとおなじでねえか。北半球は左巻き、南半球は右巻きだちゅうが、あれは嘘だとも云うべさ。 
赤道の上で、洗面器に穴さ開けて、こっちは右巻きだ、こっちさくりゃ左巻きだと見せちゃ、小銭稼いでいる奴がいるだそうだが、おら、それさ好きだな。
友達さなりてえだよ。
インゲンは、ちゃんと左巻きでねえか。たいしたもんだ。」

女農園主、舞台上手より登場。日除けのつば広帽子を被っている。

女農園主
「何をぶつぶつ言ってらっしゃるの。Pなる重さのインゲン豆に、曲げモーメントはかかるのかしら。あら、上手に支柱が出来ましたね。でも、また新しい支柱をお求めになったのね。まあいいわ、ご苦労様。隠元禅師さまもお喜びよ。」

作男「あれま、いつのまにいらっしゃっていただか。支柱の支払いはよろしくお願げえすますだよ。だどもインゲンゼンスさまちゅうのは、なんだべ。」

女農園主「ご存知なかったのですね。インゲンマメは、1654年に日本三禅宗のひとつ、黄檗宗(おうばくしゅう)の開祖として知られる隠元セ禅師さまが、中国から渡来した時にお持ちになったそうよ。」

作男
「そんな、偉い坊さまが持ってきただか。インゲンゼンシさまにインゲンマメか、えらくわかりやすいでねえか。」

女農園主
「それで隠元禅師さまの、ご命日の4月3日がインゲン豆の日に決まったのよ。」

作男
「こったら豆に、記念日さあるだか。驚いただよ。
だども、インゲンゼンシさまがお持ちになったのは、つるありだか、つるなしだか、どっちだべ。」

女農園主
「-----???。良いお天気だこと。本当はお持ちになったのはフジマメだったという説もあるそうよ。」

作男
「農園主さまでも知らないことさあるだね。ヒッ、ヒッ、ヒッ。」

女農園主
「下品な笑いはお止めなさい。トマトの支柱もお願いしますね。」

作男
「げっ。」

舞台暗転
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(写真上、支柱を立てる前のツルアリインゲン。小さな種からこんなに成長した。)

(写真中、作男さん、ご自慢の立派な支柱が完成。V字型のブレースが入り、ネットが取りつけられた。)

(写真下、ぶつぶつ云いながらも、トマトの支柱も頑丈に作った。)

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2009年5月15日 (金)

これが夜祭りの傘鉾と屋台---秩父まつり会館へ

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  昨日は、西武秩父駅付近のぶらぶら歩きを楽しみ、「秩父まつり会館」にも立ち寄って、「いつでも見られる秩父夜祭り!!」を体験してきました。

館内に入ると1階の吹き抜け空間で、豪壮な秩父屋台ばやしの音が響くなか、提灯の明りが煌く笠鉾と屋台を見る事が出来ました。

埼玉県民なら、一度は見るべしと思っていた、有名な秩父夜祭りを今まで見た事がなかったので、ここに来て映像や音響効果で秩父夜祭りの雰囲気を始めて実感する事ができました。
池袋駅から始めて乗車した特急レッドアロー号も快適で、これなら12月に行なわれる本物の秩父夜祭りを、見に来ても良いかなと思ったのでした。
話しに聞く大混雑ぶりがちょっと気になるところですが。
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写真上、1階に展示されている豪華な山鉾)

(写真中上、同じく屋台)

(写真中下、2階の展示コーナー。秩父祭りの資料が並べられている)

(写真下、秩父まつり会館全景。西武秩父駅より徒歩10分、秩父神社横にある)

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2009年5月13日 (水)

海上自衛隊インド洋給油その15(4月)---CTF-150指揮権はフランス海軍へ

海上自衛隊発表の平成21年4月1日から4月30日までの給油量です。

パキスタンフリゲート艦     2回 (42)  380KL  (5655KL)
  フランス駆逐艦       2回 (18)  240KL  (1875KL) 
  フランス補給艦       0回 ( 1)    0KL  ( 450KL) 
  ドイツ駆逐艦                  0回 (11)    0KL   (1845KL)
  カナダ駆逐艦        0回 (8)     0KL  (1915KL)
  米国駆逐艦         0回 (8)     0KL   ( 4380KL)
  英国駆逐艦         1回 (7)   225KL   ( 1020KL)
  ニュージーランド駆逐艦  0回 (1)     0KL  (310KL)
  デンマーク艦         0回 (4)     0KL   (1130KL)   
                                                   合計  845KL  (18580KL)

F713_1_320先月に予想したとおり、CTF-150の指揮権は、4月9日にドイツ海軍のフリゲート艦 F-218Mecklenburg-Vorpommern(艦長:Rainer Brinkmann少将)から、フランスの旗艦(FS)であるデュランス級補給艦 Marne(艦長:Alain Hinden少将)に委譲されたようです。

昨年2月21日の給油再開以来、ちょうど100回目の記念すべき給油として、4月に防衛庁が発表したフランス海軍フリゲート艦の艦名はアコニットMarne_320(F713Aconit)でした。
フランス海軍の場合、4月15日に次ぎの報道がされたことから、海賊対策用に別のフリゲート艦が参加しているようなので、AconitはCTF-150だけへの参加となるようです?。(疑問符はつきますが。)
 
「仏国防省によると、仏海軍のフリゲート艦ニボーズ(F732Nivose)が、14日夕方にリベリア船籍の船舶の襲撃に失敗した海賊の「母船」を発見、追跡し、ケニア沖500カイリの場所で15日未明に捕捉した。「母船」は全長10メートルで、2隻の攻撃用小型モーターボートを積んでいたという。海賊は現在、ニボーズ艦上で拘束されている。」

F732NivoseにしろF713Aconitにしろ、CTF150の行動中に海賊と対応する事になれば、本来の対テロ対措法による日本の補給艦からの給油は受けられません
しかし、今やこんな事を論じても空しい事は何度も書いてきたとおりです。
それはイラク戦争当時の米国艦艇に対して、現在の20倍もの給油量がありながら、目的外への給油は無かったと言い張った政府答弁が物語っています。

厳しく言えば、海上警備行動の拡大解釈で海賊対策にソマリア沖に派遣されている護衛艦への給油も、テロ対措法の予算計上面から論じれば、なし崩しととられてもしかたありません。

自国の旗艦である補給艦と連携して行動しているフランスフリゲート艦が、日本の補給艦から給油を受けるというのも、やはり無料という事が評価されているのでしょうか。
昨年までCTF-150の指揮艦であり、海上自衛隊から4回、1130KLの給油を受け、現在は海賊対策活動に従事しているデンマーク海軍の多目的支援艦アブサロンは、米国海軍補給艦からの給油は有料で受けているようです。(読売新聞記事)

ともかく、給油活動は曲がり角であり、給油量も4月は845KLと先月に続いて1000KLを下回りました。
我国で町を走るタンクローリーの最大積載量は30KLですから、換算すると28台分の給油しかなされなかったわけです。
しかも、その給油の45%が自国の港湾基地に2日で戻れるパキスタン艦艇に対してであり、最近は指揮権国(現在フランス海軍)以外の艦艇への給油がほとんど無く、その活動状況も定かではありません。

はるばる12000km、20日以上もの航海をして灼熱のインド洋に出向き、過酷な勤務についている海上自衛隊の艦艇です。
しかし、マスコミが対テロ活動に従事している米国やNATO加盟国に多大の貢献をしていると報じている現実が、実は様変わりしてきている事が報じられることはありません。

給油活動も国際貢献だが、海上自衛隊の艦艇がその海に存在する事が国益に適うといった論旨や、3ヶ月に1度は、任務に就く、または帰る海上自衛隊艦艇がシーレン上を行き来することがシーレーン確保に有効だとするとっぴな論文(慶応義塾大学大学院SDM研究科特別招聘教授 谷口智彦氏)がまかりとおります。
さすがに、この論文を読んだ海上自衛隊現役士官が、それはこじつけすぎる論旨だと語っていましたが。

 シーレーンについては、右翼系言論人が中東産油国から伸びるシーレーンは、日本にとっての生命線であり、その守りに戦力が必要だと熱く語ることが多いのですが、そのほとんどが抽象的論旨です。
一体どんな状況下で、例えば他国との紛争や交戦、テロ活動、略奪などの現実に、どこの国から、どんな船を、どんな優先順位で、どう守るか、または、そんな交戦状態で産油国からのタンカーや、輸出入の貨物船が航海できるとは、一体いかなる状況なのかがほとんど踏まえられていません。

そういったシーレーン防衛といった論旨からみれば、その断片に過ぎないかもしれませんが、今回のソマリア沖の海賊対処の護衛艦派遣からも、今までになかった、現実の問題点を読み取る事が出来ます。

まず、具体的な戦略無しに先ず艦艇派遣が先行する。
また政府が説明していた警護対象の船舶は、4日かけた一往復で20隻に上る船が船団に加わる筈が、16回の護衛航海で計48隻であり、想定の3割に満たない。
しかも護衛した48隻の船舶のうち日本船籍は僅か2隻日本人乗組員もほとんど乗船していない。
仮に紛争や交戦状態になったとした我国に、外国籍船と外国人乗組員がどのくらい提供されるでしょうか。今後、論議されなければならない問題です。
これが貿易立国を掲げる国の採算重視の海上輸送の現実です。

 また、シーレーン即エネルギー供給の船舶といった論旨にたいして、タンカーは48隻中12隻、最も多い船舶が新車、中古車を運ぶ自動車運搬船の18隻で、それもこの不況で平常時の半分にもみたないということであれば、すこし大袈裟かもしれませんが、護衛する船舶の60%は自動車メーカーがらみであれば、莫大な税金が投入される海上自衛隊の派遣とあわせて、日本船主協会や船舶会社の危険回避の自覚も論議されるでしょう。

太平洋戦争時の、暗い厳しい影を内包する船主側と海上自衛隊との確執、船主側の経営経済優先、政府や防衛省の問題把握と対処の無策、両者の接触の欠如、船舶護衛の為の戦力行使の限界、今まで論議されなかった事への対応が、迫られています

(写真上、100回目の給油として防衛省から発表されたフランス海軍フリゲート艦アコニット(F713Aconit)への給油、右は補給艦ときわ)

(写真下、CTF-150の指揮艦、フランス海軍の補給艦マルヌ(A630Marne))

書きかけーーー続く
  追記


いまやインド

洋、ソマリア沖に派遣されている海上自衛隊の艦艇は補給艦1隻、護衛艦3隻です。
そして、いつまで継続しなければならないのか先がみえないまま、3ヶ月ごとに日本からの交代艦が派遣されます。
デンマークが派遣している多目的支援艦L16Absalonは、3ヶ月ごとに艦長も含めて全員が現地基地で交代しています。
フランス海軍でも2組の乗組員がシフトする艦艇が存在します。
艦艇派遣の是非はおくとして、海上自衛隊も常時、遠隔地での活動となるなら、こういったシステムも考える必要があるのではと思います。

そして、CTF-150への給油活動は、アフガニスタンへの包括的な支援を考えるなかで、最近の給油状況からみて、その費用対効果から再考しても良い時期に来ているのではないかと思います。
即、給油活動の撤退ではなく、給油の有料化なども考えられると思います。

新対テロ対措法は、二度も衆議院での自民、公明両党による3分の2の強行採決で延長されました。しかし、来年もこの議案が採択されるかわからない政治状況となっています。
法の期限切れ間際に、いつものどたばた劇が起きないよう、今、考えなければならないでしょう。

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2009年5月12日 (火)

ジャガイモとパセリ----あれま、密林です

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Dscn3997_320 作男さん、じゃない作山さんだかデスクだかが、インド洋給油の新しい情報が入ったとかなんとかで、とても忙しそうなので、ちょっと安らぐお話です。

おらが、おらがとやかましい作男さんが、4個のジャガイモを植えた超ミニ農園は、ご覧のように葉が繁りすぎてひとかたまりになってしまいました。

 これでも目かきして生育のよい1、2本の芽を残しただけなのです。
これでは、葉に養分を取られて、地中でジャガイモが育っていないのではないかDscn3999_320と、作男さんは心配しています。またも、カッポジッテみるかなどと言い出しかねません。

そんななか、今日は花がきれいに咲いてくれました。近寄ってよく見ると、ジャガイモとは思えない薄いピンクのきれいな花です。

さて、もう一つは、パセリです。小さな黒いビニールのポットに入ったパセリの苗を、プランターに移して植えたら、伸びるは、伸びるは密林のようです。
つまんでやらないと葉が硬くなってしまうので、毎日収穫?しても使い切れません。
そう小さな苗の値段が1個90円だったので、これは安いと2個買いましたが、3個買わないでよかったと思っています。
でもこれは、なんだか元がとれたような気がします。
皆さん、パセリのポットは1個買えば充分ですよ。近頃、何の料理にもパセリが付いてくる毎日です。

写真上、ジャガイモの花。なんとかは、ミツバチくん頼んだよ。)

(写真中、なんとも生育の良いジャガイモ。種類はキタアカリです。化成肥料を追肥して、土寄せをしっかりやれば、あと1ヶ月とちょっとで収穫できるでしょう。楽しみです。)

(写真下、プランターに植えたパセリ。つんでも、すぐに葉が伸びてきます。)

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2009年5月10日 (日)

「雪の降る町を」と「笛吹き童子」

Kouhideo_320 連休中、外出が多かった為に、昨日、新聞をまとめて読んでいたら、シャンソン歌手の高英男さんが亡くなられた事を知りました。

 特にファンだったということではなく、ラジオやテレビでの活動から、美しい歌声を聞いただけですが、そのヒット曲のなかで忘れる事が出来ない曲があります。

 子供の頃、キャビネットも壊れて、時々同調のずれる古い並4ラジオに、しがみつくようにして聞いていたラジオ放送劇がNHKの新諸国物語シリーズでした。
1953年(昭和28年)は、その第2作「笛吹き童子」でした。
確か、その放送が1月に始まってしばらくして聞こえてきたのが、ラジオ歌謡の「雪の降る町を」でした。
笛吹き童子は、毎夕6時30分から45分までの放送でした。
この「雪の降る町を」が取上げられていたラジオ歌謡の時間が、その前だったのか、後だったのか思い出せないのですが、哀愁のあるメロディと美しい歌声に、なんて素晴らしい歌なんだろうと子供心にも感動し、歌詞もすぐに覚えてしまいました。
その後、高さんの他のヒット曲とともに、この「雪の降る町を」を何度も、何度も聞く機会はありましたが、僕には最初のラジオ歌謡の時間に聞いた歌声が忘れられないものになりました。
笛吹き童子の「ヒャラーリ、ヒャラリコ---」の主題歌とともに、常にセットで頭に浮んでくるのがこの、高英男さんの歌う「雪の降る町を」です。

4,5年ほど前、月山に登る際に鶴岡市内を観光していたら、この曲を作曲した中田喜直氏が、雪降る町の光景から曲想を得たという立派な記念碑が建っているのを見つけ、とても驚いたものです。
そうか、この町から生まれたのか。この街の雪の景色を想うと、曲が流れてくる気がする、鶴岡市はそんな雰囲気を持つ優しい街でした。

.雪の降る町を 雪の降る町を
  想い出だけが 通りすぎてゆく
  雪の降る町を 遠い国からおちてくる
  この想い出を この想い出を
  いつの日か包まん
  あたたかき幸福の ほほえみ

2.雪の降る町を 雪の降る町を
  足おとだけが 追いかけてゆく
  雪の降る町を 一人心に満ちてくる
  この哀しみを この哀しみを
  いつの日か解(ほぐ)さん
  緑なす春の日の そよかぜ

3.雪の降る町を 雪の降る町を
  息吹(いぶき)とともに こみあげてくる
  雪の降る町を だれも分らぬわが心
  この空しさを この空しさを
  いつの日か祈らん

  新しき光ふる 鐘の音

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2009年5月 8日 (金)

里川を釣る楽しみ----南会津へ

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Dscn3942_320 大型連休のうちの2日ほど、釣りの会の友人2人と例会の下見を兼ねて、南会津の田島付近の渓を釣り歩いてきました。

2週間ほど前に大内宿を訪ねた時は、満開の桜を見ましたが、標高が高い山里でもさすがに桜は散っていて、今回は山桜や、コブシの花が咲くのを見る事ができました。
田島運動公園では、あれ、今頃咲くのと驚いたのですが、小彼岸桜が満開で目を楽しませてくれました。

Dscn3945_320川は観音川、野尻川、桧沢川などを、友人の車であちこちと移動したので、このあたりの川は始めての僕は、撮った写真を見てもどこだったかわからない有様です。川の水量は、やや多い程度で雪解けの影響はそう感じられませんでした。

さすがに水温は低かったのですが、初夏を思わせる暖かい日差しのもと、のんびりと山里の渓流での釣りを楽しみました。まだ魚は瀬には出てくれず、ちょっとした深みや、堰堤下の落ちこみ等で、毛鉤に飛びつく岩魚やヤマメと対面しました。

久々のテンカラ(毛鉤釣り)で、腕が鈍ったのか、あるいは魚が捕食下手なのか、岩魚とヤマメを1匹づつ釣るだけの釣果でしたが、河原でビールを飲みつつ、昼食を食べる楽しさは格別です。餌釣の友人達も、型のよい岩魚やヤマメを釣り上げては、笑顔を見せてくれました。釣った獲物は今回は、全て川に戻してあげました。

僕のテンカラ仕掛は、3.2mの軽量テンカラ竿に、標準的には3.6mのテーパー付き天糸、同じくテーパー付きの1.2m程度の先糸を使います。
テ-パ付きとは、先になるにつれて細くした道糸ですが、釣り仲間の友人は、テーパー付きの糸は使わず、レベルラインと呼ぶ太さが均一な道糸を使い、自在に毛鉤を飛ばします。
どちらが良いか、それぞれですが、僕はピンポイントに落とし易い利点と、数本の買い置きがあるので、テーパー付きを使っています。

しかし、フロロカーボンのレベルラインも圧倒的値段差、もちろん安さですが、それに加えて長さ調節が自在という魅力もあり、使ってみたいとは思っています。

毛鉤に付いては、自作しない、いや出来ない僕は、ほとんどが友人からの貰い物なので、毛鉤を語る資格はないのですが、形状にはこだわっていません。
本物に似せた毛鉤を使い別けるフライフィシングと違い、毛鉤の違いにほとんど関係しないと思っているテンカラでは、悩む必要がありません。

毛鉤をいかに自然に流すか、それに若干の誘いが加われば、魚は飛びついてくれます。しいて言えば、視認性から白が良いのと、毛鉤の大小でしょうか。

 かって、山形県の玉川だったかで、地元の釣具店が自作したという「あぶ」のような大型の黒い毛鉤を進められて、いくら何でもこんなに大きな針にイワナが飛びつくかと疑った事があったのですが、あにはからん、その毛鉤の威力を見せつけられた時には、なんとも驚いたものでした。それ以来、場所や時間帯での毛鉤の大小の使い分けは必要と感じています。
いかん、テンカラについて書きだすときりがないので、そのうち特集でもしましょう。

このところ、好きな登山とはいえ、休憩時間をいかに切り詰めるかの山歩きが多かったので、のんびりと遡行したり、花を見ながら土手道を歩く里川の釣りは、とても楽しい時間を過ごす事ができました。計画してくれた友人2人に感謝します。
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写真上3枚、釣り歩いた里川、まだ、遠くの山にはかなりの雪が残っていた。)

(写真上から4枚目、田島運動公園では、小彼岸桜が満開だった。)

(写真上から5枚目、毛鉤を咥えたイワナ。)

(写真下3枚、友人たちが釣ったヤマメとイワナ、イワナはかなりよい型だ。)

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2009年5月 1日 (金)

作男、風除けシートを作る

Dscn3935_320 <作男のひとり言>
農園主さまから「また、川仕事ですか、ご精がでますね。農園の方もお忘れなくね。ホホホ。」

なんて、いやみ言われねえうちに、仕事さ、してしまうべえ。
この畑さ、結構、横風がつよいだに、風除けシートさ作っただよ。
これさ、去年も、苗の小さいうちは、結構役だっただよ。

風除けのアンドン仕立も悪くねえが、苗が成長するとちょっくら邪魔になるだよ。

まんず、良い出来ばえだわ。これで、ひとまず安心だ。おら、ちょっくら川仕事に精出してくるだよ。ちょっくら遠出だよ。連休中は、晴れて暑くなるだで、農園主さま、水やりをしっかりお願げえすますだ。

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(写真上、ナスとトマトの苗の横に、風除けのビニールシートを張った。80Lのポリエチレンゴミ袋を二つに切ったもの。)

(写真中、ナスの苗。接ぎ木苗を使った。普通の苗の倍の値段だが、収穫には明かに差がでる。)

(写真下、トマトの苗。元気な苗だ。今年はトマト苗の値段が高いそうだ。)

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豚インフルエンザ

     「お願い」新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)の事

おはようございます。
いよいよ、明日から5連休が始まりますね。天候も良いようだし楽しい休暇が過ごせる事を願っています。
おらも、じゃない私も南会津の昭和村の野尻川、下郷町の観音川とその支流周辺を毛鉤を振りながら、うろつこうと考えています。そのことは、また書かせていただきます。

ところで、いつのまにか、新型インフルエンザに名前が変わった、豚インフルエンザですが、今日のところは、お時間がありましたら「きっこのブログ」を読んでいただければ嬉しいです。この事が詳細に書かれています。
僕は読んで、勉強になりました。
   http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/ きっこさんの「きっこのブログ」

追記
[ジュネーブ 30日 ロイター] 世界保健機関(WHO)は30日、新型インフルエンザの呼称について、食肉産業に及ぼす影響などに配慮し「豚インフルエンザ」から「インフルエンザA型(H1N1)」に変更することを明らかにした。(ロイター)
 
(日本もこれにならうのでしょうか。)

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