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2009年3月 8日 (日)

荒船と神津牧場付近その2---大島亮吉

春の初めには、この牧場はまだ雪が斑々と残って、きよらかな、すきとおった自然色のうちに静かに眠っている。ぐるりの山も雪でふかく、つよい西風が毎日尾根で晴天の笹原をざわざわと鳴らして吹きわたる。牧場の仕事もいたって閑散だ。牧夫たちは戸外へ出ては、殆んど働くこともない。家畜はみんなあたたかい小屋のなかにいて、よほど暖かい、よい天気の日でないと、小屋の外には出されない。私はここの早春のころにいちばん愛を感じる。

 この春あさい頃には、毎日よく晴天の日が続く。そしてここへきては、私は毎日、この牧場の近くの、なだらかな山上の傾斜面や丘窪(おかくぼ)に残雪と枯草とを踏んでの散歩者となり、あかるい、落葉松林(からまつばやし)の谷あい沿いの細径を歩き、雪の硬い山道をよじのぼっては、このあたりの山々の頂きを訪れる一日の山上の彷徨者となる。そして、またそのような散歩と山歩きとの問のある日には、この牧場の平和な、おだやかなペエイサージュのなかに入りまじって、牛舎の前の日当りのいい

囲いのなかの牝牛ののどかな、ながい啼き声を、あるいはまた私の胸のなかへねむいまでの、のびやかさで平静を歌う牧夫部屋の暖炉続きの側面架(ホップ)のうえの湯沸しのふつふついう音を、またあるいは日の当る斜面の牧柵に背をもたせて、秣(まぐさ)小屋から洩れる秣をきざむザックン、ザクンという音と、秣を切りながら歌っている牧夫の鼻唄などそのほかのどかにも心を魅するこの牧場のさまざまなもののひびきをうつつのうちにききながら、ただわけもなく、全く憂心もなく、不安もなく、ひとり無為をたのしんだりするこれらのことが、私が早春にここへやって来ての殆んど毎日の日課なのである。

 それから、もうひとつそれに是非ともつけ加えて置かねばならないのは、この牧場でのめる、新鮮な牛乳の味である。

 この山の牧場の乳搾り場はちょうど、牧場のいろいろの建物のちらばっているまんなかに牛舎と並んである。そこへ朝むっくりと起きて、すぐさま高い山上の冷たく、さわやかな朝の空気を呼吸しながら、まあたらしい、搾りたての牛乳を飲ませて貰いにゆくのは、またおそろしく自分にとって悦ばしい、そうして健康なことなんだ。三月にはいったばかり、まだこの山の牧場のあちこちには消えきらぬ残りの雪の斑らな時分には、この牧場の朝はすばらしい寒さだ。空気は氷のように冷えて、肺臓に泌みわたるようだし、吐く息は虹(にじ)になるくらい。凍りついた路が、重い鋲靴の下できちきちいう。

 枯れた草や畑や小屋の石屋根(いしやね)のうえには、霜がしろくきらきらと輝いている。荒船続きや、物見の頂きのあたりの雪が光り、金の羊毛のような朝雲のたなびくなかに、とおい黒藍色の山影がうかび、そして牧場から信濃へこえる志賀越えの路傍(みちばた)の、りっぱな落葉松のすらりと立った並木の枯枝は、まっかな朝口を浴びている。

 牛酪製造場の煙突からはすっと柔かに煙りが流れて消えてゆく。石を敷きつめた低い屋根の牛舎の問の幅広い通路にはいると、もう家畜特有の匂いがする。乾草の香がせまる。

 どこかの牧舎のなかで声高に話し合っている、健康そうで、快活な牧夫たちの話し声、遠くで吠えるあの羊飼い犬のなき声などとうちまじって、そば近くの牛舎の白いラック塗りの、窓からは、人なつこい、甘えたような、乳牛たちのもうが聴える。牛舎の間の中庭も、そこいらに散らかった寝藁(ねわら)くずも、水たまりもみな凍っている。みかけは燻んだ百姓家づくりで、屋根に石をのせた牧舎も、その内部はみな、さっぱりとして、明るい感じのする西洋風の白ラツク塗りになっている。そしてほのぐらい、むんむんと鼻をつくような牛舎特有のこんがらかつた匂いのする内部には、栗いろ、白、黒、ぶちなど、すべて小山のようなゼルシイ種の多産なおとなしい獣たちが、でっぱった臀の先にぼんやりあたる薔薇いろの朝日をうけて、立ったり、前足を折ったり、座ったり、反芻したり、涎をながしたり、生温かい呼吸をもうもうと吐いている。

 搾乳係りの牧夫が手馴れた手つきで、淡薔薇いろの大きな乳房からアルミニュームの大きなバケツのなかへ、チュウチュウと白い線をほとばしらせて乳をしぼっている。彼女たちはその間温順な眼つきをしてもぐもぐとただ乾草(ほしぐさ)をたべている。甘ったるい臭気の中を、こんな寒さにも蝿がぶんぶん飛びまわっている。

 ニュームのバケツから、この搾りたてのままを厚手のガラスの大コップヘ一杯になみなみと注いでくれた牛乳の、なんという新鮮さ、なんという芳醇さ、冷えた身体に生あたたかい牛乳のほんとうのうす甘い味をもって、のどをぐいぐいとおる時のうまさ。

 ああ、美しい、きよらかなこの信濃境いの山上牧場の春浅い朝に飲む、この芳醇廿美な一ぱいの牛乳! 私は都会にいては米のとぎ汁みたいな牛乳はのまない。けれどこの牧場へやってくると、いつも毎朝、毎夕搾り立ての牛乳を、二合ばかりはいる大コップに一杯ぐっとのむ。それも朝は、はれやかな散歩や、一日のさまよい歩きに出かける前、夕は終日の山歩きから、ほどよく疲れて帰ってきて、すぐ渇いたのどに夕食まえをのむ。

また晩夏のある暑い口の夕暮れだった。堆肥かつぎを手伝ってかなり疲れ、のども渇いた時に、私はまたそこの牛乳のうまさを知った。こんなことを私はその時に思い出した。それはテオフィーユ・ゴオチェが、彼のRecits et Croquisという山歩きのスケッチのなかで書いたことだ。彼が暑い夏の日に、ピレネエの山中を終日さまよい歩きまわって来た夕暮れに、とある谷間に降りてきてそこの小さな牧場小屋の傍らの氷のように冷たい流れのなかに冷やしてあった乳の一杯を貰ってのんだ時、それが彼の生涯での忘れがたい美味のひとつだということなのである。

私のこの山の牧場をこのんでくるいろいろな理由のひとつは実にこのまあたらしい牛乳の味を忘れかねてである。ただそこへ乳をのみにゆくことだけでも、それはじつに私にとって悦ばしい健康なことだ。
)終り

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