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2009年2月26日 (木)

山頂に残された旗

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昨日は、板橋にある植村冒険館に行きました。
冒険館は、東武東上線の成増駅からバスで20分ほどの所にあり、我が家からそう遠い距離ではなかったのですが、

(パソコン不調のため中断)

2月27日追記
 見学は始めてです。
きっかけは、柳瀬川図書館で、「山頂に残された旗」と題したメモリアル展示が行なわれているとのパンフレットを見たからです。
そうか、今年は植村直己氏の遭難から25年目になるのか。植村氏は僕と同年齢ですが、43歳の誕生日に厳冬のマッキンリーを単独登頂したまま、帰らぬ人となりました。
展示室には、遭難から3ヶ月後、捜索隊によって発見された山頂に残された日章旗と星条旗、最後のキャンプ地に残された40点あまりの装備、そして「何が何でもマッキンリーに登るぞ」と書かれた最後の日記などが展示されていました。勿論、僕は見るのは始めての品ばかりです。
マイナス30℃を越す厳しい気温の中、雪洞で記された日記は、克明にその日の行動が記録されていて、読むと胸が詰まりました。
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(写真左上、捜索隊が発見したマッキンリー山頂に残された旗。たった一人で登頂した証。ナイロン製の星条旗は厳しい風雪でほとんどちぎれていたが、木綿製の日の丸は、傷みもなく残っていた。)

(写真左2枚目、5200mのキャンプで発見された日記帳。左は雪洞の絵が書かれている。右の最後のページには「何が何でもマッキンリーに登るぞ」と書かれていた

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(写真左3枚目、温度計、シャープペンシル、シルバーコンパス、マッチ、裁縫道具。温度計はマイナス35℃までの目盛付き。シルバーコンパスは僕の持っているものと同型、紐の黄色まで同じで驚いた。そうです、当時はGPSなどは無かったのです。もし持っていたら、下山は楽だったろうと思ってしまいます。)

(写真左4枚目、コッフェルとガソリンストーブ。)

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(写真左5枚目、手袋と衣類)

(写真左6枚目、寝袋とテントシューズ)

(写真左7枚目、植村冒険館全景)

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2009年2月23日 (月)

カワセミを見ましたーー柳瀬川探鳥会

カワセミが魚を咥えている!!。野鳥の会の会員の方がセットしてくれたフィールドスコープを覗くと視野一杯に美しい青色のカワセミの姿が飛びこんできました。
長いくちばしの先にまだ捕獲したばかりの魚がはねています

昨日は日本野鳥の会主催の「柳瀬川探鳥会」にかみさんと共に参加して、我家の近くの柳瀬川べりを3時間ほど歩きました。
川の観察では、毎年飛来数の激減するカモが、今年は一段と数が少ないようです。
10年前は1000羽以上飛来して川面を埋めていたのが嘘のようです。やっと数十羽ほどを数えるのみでしょう。
川岸を離れて田圃のあぜ道に入ると、説明役の会員の方がすばやく野鳥を見つけては、スコープをセットして見せてくれます。教える事がすごく楽しそうです。普段気にしていないこんな場所に、沢山の種類の野鳥がいることに驚きます。
青空をゆったりと飛翔する鳥を「オオワシ」だと教えてくれます。
圧巻はカワセミでした。
我家の近くの川辺りで、魚を捕るカワセミが見られるとは好運だと話したら、柳瀬川探鳥会では毎回見る事が出来ているとのこと。僕の町はかなり田舎?

最後に集合して今日見た鳥を全員で確認しあいます。野鳥の会の公式報告になるとの事でした。なんと今日は僅か3時間ほどで、34種類の野鳥を観察した事になりました。
日本野鳥の会埼玉県支部の皆さん、ありがとうございました。機会があれば、また参加します。

<参考までに34種類の野鳥名を書きます。>
1.カワウ、2.コサギ、3.カルガモ、4.コガモ、5.ヒドリガモ、6.オオタカ、7.チョウゲンボウ、8.イカルチドリ、9.イソシギ、10.タシギ、11.セグロカモメ、12.キジバト、13.カワセミ、14.コゲラ、15.ヒバリ、16.キセキレイ、17.ハクセキレイ、18.セグロセキレイ、19.タヒバリ、20.ヒヨドリ、21.モズ、22.ツグミ、23.ウグイス、24.シジュウカラ、25.メジロ、26.ホオジロ、27.カシラダカ、28.オオジュリン、29.カワラヒワ、30.シメ、31.スズメ、32.ムクドリ、33.ハシボソガラス、34.ハシブトガラスDscn3713_320 Dscn3711_320、 参考:アオジロ(鳴き声だけで姿は確認できず):鳴き声でわかるとは!!

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(写真左、カワセミ、但し柳瀬川で撮影したものではなく、Wikipediaよりコピー)

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2009年2月21日 (土)

株価を考える夜

450px1_320 明日は、日本野鳥の会主催の柳瀬川の野鳥を見る会に参加する予定です。支度も終ったので、このところの株価の事などを考えてみました。
 昨日のブログで、日経平均が予想した7400~7450円の間である7416円になったのは、別に当ったと言うほどのものではなく、最近の動きからみて誰でもわかっていた事だと思います。
問題は来週以降ですが、米国のNYダウは7000ドル割れは避けられないと思います。
そんな処方箋があったのかと驚くような施策があれば別の展開もあると思うのですが、どう考えても悪いほうにしか展開しない状況です。
7000ドルはおろか6000ドルもあるのではないかと思えるほど、現在の米国経済の危篤状態を伝えるニュースばかりです。一歩間違えれば危篤ではなく心肺停止状態になります。

 日本については、政策がどうのというより、米国連動がはっきりしていますから、日経平均はあっさり554px1_3207000円を割り、6500円近辺に近づくと思います。
公的資金投入も、毎日の下げが極端になるのを食い止める程度で、下落を止める事はありません。それよりも米国債の購入問題、年金原資運用問題も絡んできますから公的資金が出せなくなる状況が起こる事が心配なくらいです。

 それでは、6000円もあるのかと言われると、それは、経済の崩壊としか云い様のない状況を考えなければなりませんので、あまりにも恐ろしくて、今はわからないとしか云いようがありません。銀行がどうなるのかが読めないのです。

 さて、どうするかと云えば、資本主義経済の破綻となれば別ですが、僕はこう考えることにしています。
 日経平均は6800円くらいは普通なのだ、当分9000円とかには戻る事はない。
 そう考えると気持は楽になります。気持が楽になった先については、今思案中です。

 それにしても、株価下落による上場企業の、信じられない高配当銘柄の多さに驚きます。勿論、資料は前年実績の配当率ですが、もし前年実績の配当が出ないしてもです。例えば、配当が半分になったとしても、かって高配当銘柄といわれた電力株などと並ぶ水準にある銘柄も多くあります。
株価絶不調とこの高配当とのギャップに途惑っています。
しかし配当0となると話は別で、今年の3月末の配当狙いで、銘柄選びに悩む投資家は多いと思います。
 (写真はニューヨークと東京の証券取引所:Wikipediaよりコピーしました)

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2009年2月20日 (金)

エネループ効果?そして今日の株価

Dscn3550_320我家で利用するごみ集積所に、電池専用の回収箱があります。
昨年の12月頃より、ここに捨てられる使用済み電池がめだって減り始めました。
原因はなにか?
 考えられる事は、充電式の電池、三洋電機のヒット商品「エネループ」などの普及で、電池を捨てなくなった事。
これは我家にも当てはまります。
時計やリモコン、タイマーなどの年に1度くらいしか取り替えない電池は、従来のアルカリ電池を使用しますが、デジカメ、ラジオ、無線機、音楽プレーヤーEneroop_2Cレコーダーなどは、全てエネループを使用しています。
日常、単三、単四アルカリ電池を購入する事はほとんどなくなりました。したがって捨てない。少しは省エネルギーに役立っているかもしれません。

もうひとつは、景気の落ちこみで電池そのものの使用量が減っている?。これはインターネットで調べてみましたが、それらしい記事やデーターを見つける事は出来ませんでした。

どちらにしても、使用済み電池の量が減ったという事は、市のゴミ回収にとっては喜ばしい事だと思っています。
それと、三洋電気のエネループのヒットで、家電各社が同じような製品を販売していますが、どれもエネループふうの白色というのが気に入りません。
SONYも、このような小さな商品開発にも独創性の無さ、熱意の無さがあらわれ、最近の凋落がうなづけます。

話しは変わりますが、このところの日経平均株価と米国のNYダウは、ドルと円の違いこそあれ、ほとんど同じ数値(金額)で、推移しています。全く厭きれるほど。勿論喜ばしい事でではないのですが。
そこで、今日の日経平均を予想すると、昨日のNYダウが-89.68下がって7465.95ですから、昨日の日経7557.65円から約110円ほど下がって7400~7450円と予想します。
はたして当たるかな?  当たらないとしたら7500円線を下回ることへの抵抗でしょう。

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2009年2月18日 (水)

昨日の夕日、そして宝幢寺の梅の木

Dscn3696_320 昨日(2月17日)の夕日です。
西の空一面が黄金色に輝いていたので、柳瀬川の土手に立って、見事な光りのショーをしばらく眺めていました。
この写真は関係ありませんが、僕は地震予知で云われる宏観現象の赤焼なる現象と、夕焼の区別がまだ良く理解できません。

さて、もう1枚は、昨日のブログに書いた志木の宝幢寺の梅の木です。
今日、早速見に行きました。
昨日は写真を見て、見頃と書きましたがもう散り始めていました。ご覧のように太い幹が大きく伸びた枝を支えています。Dscn3700_320樹齢はわかりませんが百年以上の古木だと思います。

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2009年2月17日 (火)

宝幢寺の梅が見頃です

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このところインド洋給油やソマリア沖海賊の事ばかりを書いていたら、少し他の事を書きなさいというお叱りを頂きましたと言うのはウソで、あまりに調べるのに時間がとられるので、ちょっと休憩です。
今日の志木の宝幢寺の梅です。
梅の花を見ながら、優雅?に太極拳をやっていたS通信員が撮ってきてくれました。アングルは写真のプロの方が指示してくれたとの事で、さすがに光りの具合などが考えられた写りです。
古木の梅の花は、今が見頃でしょうか。1本の木とは思えない位、大きく枝を張っています。実にきれいですね。僕も明日にでも見に行く事にします。そう、勿論自転車に乗って。自慢になりますが新車のブルーノは快調です。
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写真上、見事に咲く梅の花です。後の建物は文殊堂)
(写真下、このピンクの花の名はわかりません)

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2009年2月15日 (日)

海上自衛隊インド洋給油その12(1月)その2 CTF-150指揮権交代

CTF-150の指揮権は、やはりドイツ海軍に代ったようです。

0901131_320 13日にブログで、1月に海上自衛隊補給艦からの給油が増えた事の考察として、CTF-150の指揮権国がデンマークからドイツに代ったのではないかと推察していると書きましたが、アメリカ海軍ホームページに、その記事を発見しました。
やはり情報どおり、1月13日に、バーレーン港でデンマーク海軍の多目的支援艦 アプサロン(Absalon,L16) 艦上で移管式典が行なわれ、ドイツ海軍に指揮権が移ったようです。

デンマークの指揮官であったペル・ビガム・クリステンセン海軍大佐( Comm. Per Bigum Christensen)(写真左)から、ドイツ海軍の Rainer Brinkmann 大佐(写真右)に指揮権が引継がれました。
各国艦艇も集合したようですから、1月は急に給油が増えたのもうなずけます。

デンマーク海軍の多目的支援艦 アプサロンが、継続して対テロ海上阻止活動に参加するのか、またはソマリア沖海賊対策の為に創設されたTCF-151に参加するのか、不明です。

参考までに書いておきますが、デンマーク海軍は沿岸警備型の海軍で、所有艦船も約80隻程度、海軍人員は約3800名 程度と小規模です。海軍予算も海上自衛隊の約10分の一で、日本の海上保安庁予算にも及びません

デンマークが現在保有する海軍艦艇。 多目的支援艦×2
フリゲート×7
哨戒艇×54(-2)
多任務艦×3(+3)
掃海艇×0(-10)
輸送艦×3(+2)
練習艇×2(+2)
王室ヨット×1
救難艦×4
調査艦×1
砕氷艦×3
航空機数:19機
艦載ヘリコプター×8
陸上固定翼機×3
陸上ヘリコプター×8
この中では、多目的支援艦は虎の子で、2隻しか保有していませんので、もはや帰国したかも知れません。ちなみに保有するもう1隻はエスベアン・スレーナ(Esbern Snare,L17) です。

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写真左、デンマーク海軍多目的支援艦 アプサロン(Absalon,L16)
排水量 満載:6,300t
全長 137.6m
機関 ディーゼル機関
速力 23kt
定員 100名
武装 Mk 45 5インチ単装両用砲 1門
エリコンミレニアム 35mmCIWS 2基
ハープーン4連装発射筒 4基
Mk56VLS 36セル
3連装短魚雷発射管(MU90) 2基
スティンガーミサイル 4基
搭載機 EH101 2機

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2009年2月13日 (金)

海上自衛隊インド洋給油その12(1月)----補給活動再開以来最高の給油量

113saz1_320  海上自衛隊発表の平成21年1月1日から1月31日までの給油量です。
昨年2月21日の、給油再開以来、1ヶ月で1975KLは過去最高の給油量となりました。とは云っても米国艦艇への1回の給油が945KLと多かったのが理由です。

常連のパキスタンが、今度も月間4回と、週一回の補給(給油と水)ペースは変わりません。
いくら補給艦が高速巡航が出来るとしても、あの広い海域で、毎週出会う事は、至難の事だと思います。そこから、現在の給油活動は、かなり狭い海域でのみ行われているという推測が成り立ちます。
106sam1_320先月も書きましたが、9月を除くと8、10,11,12月とパキスタン以外はいつも1ヶ国だけの給油状況が続いていましたが、1月はパキスタン以外に、フランス、ドイツ、米国、英国と各国艦艇が給油を受けています。

(写真上、ソマリア沖海賊対策の為に、出動準備命令が出ている護衛艦「DD-113さざなみ」 4650t)
写真下、同、護衛艦「DD-106さみだれ」4550t)

パキスタンフリゲート艦     4回 (37)  540KL  (4760KL)
  フランス駆逐艦       1回 (13)   95KL  (1410KL) 
  フランス補給艦       0回 ( 1)    0KL  ( 450KL) 
  ドイツ駆逐艦                  2回 ( 5)   230KL  ( 960KL)
  カナダ駆逐艦        0回 (8)    0KL  (1915KL)
  米国駆逐艦         1回 (7)   945KL   ( 4230KL)
  英国駆逐艦         1回 (4)   160KL   ( 535KL)
  ニュージーランド駆逐艦  0回 (1)     0KL  (310KL)
  デンマーク艦         0回 (4)     0KL   (1130KL)   
                                                   合計 1975KL (15705KL)
( )内は、給油再開の2月21日からの合計

それでは、全体の給油回数が、多かった原因を考えてみましょう。

1.CTF-150の指揮国がデンマークからドイツに変わったのではないか?

 海上阻止活動に参加する日本の補給艦、護衛艦はCTF-150を支援しています。
CTF-150(第150合同任務部隊  Combined Task Force 150)の指揮権は、参加各国が6ヶ月ごとに交代するとの情報が多いのですが、調べてみると3ヶ月ごとのローテションで交代しています。
 最近ではフランス、カナダ、デンマークと交代し、未確認ですが、昨年末か、今年になってドイツに代ったのではないかと推測しています。(これは情報資料が入手出来ていないので、あくまで推測ですから、間違っているかもしれません。)
2008年2月3 日 -2008年6月 3日  フランス
2008年6月 3日 -2008年9月15日   カナダ
2008年9月15日- 2008年12月?   デンマーク
2008年12月?~           ドイツ

 昨年の9月もそうでしたが、指揮権交代時には、必ず米国艦が現れ、他の参加国も集合するようです。デンマーク艦は任務が終り12月が最後の給油だった可能性があるとみています。
米国は、昨年の9月以来の給油ですが、他の国の艦艇に比べて、いつも1回の給油量が多いのが特徴です。

2.ソマリア沖海賊対策にCTF-151が創設された事と、関連している可能性も考えられます

 アフガニスタンにおけるOEF(不朽の自由作戦)の一環としてインド洋におけるテロリスト及び関連物資の海上移動の阻止、抑止を目的として行われている活動は、総じてOEF-MIOと呼ばれ、次ぎのように担当海域が分かれています。

 CTF- 150 (第150合同任務部隊)- 紅海、アデン湾、オマーン湾、アラビア海北部、インド洋 で武器・弾薬やテロリストの資金源となる麻薬などの海上輸送を阻止する活動を行っている。

 CTF- 152(第152合同任務部隊) - ペルシャ湾中部・南部 で「不朽の自由作戦」及び「イラクの自由作戦」の支援を行っている。

 CTF- 158(第158合同任務部隊 )- ペルシャ湾北部で主にイラクの石油ターミナル周辺の治安維持の任務を行っている。

 これに加えて、新たに今年1月にCTF-151(第151合同任務部隊)が創設されました。ソマリア沖の海賊対策を行う部隊です。

日本は、先に書きましたように、このうちCTF-150の活動に参加しています。(但し、指揮国の指揮下には入らず、日本政府の指揮下にあります。)給油活動は、あくまでテロ対策をしている艦艇にのみ給油が許されます。ややこしいのですが、そういう法律になっているのです。参考までに書いてみます

 「新テロ対策特措法案」
定義
第三条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
    一  テロ対策海上阻止活動  諸外国の軍隊等が行っているテロ攻撃による脅威の除去に務めることにより国際連合憲章の目的の達成に寄与する活動のうち、
テロリスト、武器等の移動を国際的協調の下に阻止し及び抑止するためインド洋上を航行する船舶に対して検査、確認その他の必要な措置を執る活動をいう。
    ニ  補給支援活動  テロ対策海上阻止活動の円滑かつ効果的な実施に資するため、自衛隊が
テロ対策海上阻止活動に係わる任務に従事する諸外国の軍隊等の艦船に対して実施する自衛隊に属する物品及び役務の提供(艦船若しくは艦船に搭載する回転翼航空機の燃料油の給油又は給水を内容とするものに限る)に係る活動をいう。

わかりやすく云うと、インド洋の海上自衛隊の補給艦(現とわだ)は、CTF-150の参加諸国(米軍を始めイギリス、 オランダ、 デンマーク、 ドイツ、 ニュージーランド、 パキスタン、 フランス 等)で、テロ対策海上阻止を行っている艦船には給油ができますが、テロ対策以外の活動をしている艦船には、たとえCTF-150参加国(上記)であっても給油が出来ない事になっているのです。

 しかし、イラク戦争時に米軍艦艇への転用疑惑が大きな問題になったように、例えばドイツ駆逐艦がテロリスト、武器等の移動を阻止する活動中に、海賊に対処する事になっても、使用中の燃料油が日本の補給艦からの給油だから対応できないという事はあり得ないわけです。
各国の艦艇は、テロ対策を行いながら、併せて海賊対策を行う可能性が高いわけです。
その意味からも1月分の給油回数が多かったからといって、各国の艦艇がCTF-150活動か、いやCTF-151活動であったかなどを詮索しても意味ないことでしょう。

 この辺を、どう対応して行くのか、テロ対策と海賊対策の区分は、非常に難問ではありますが、今後の補給艦の給油回数、量に影響してくるし、しいては海賊対策の為に派遣される予定の海上自衛隊の2隻の護衛艦「DD-113さざなみ」「DD-106さみだれ」の補給問題にも波及してきます。
海賊対策の為に派遣される2隻の護衛艦への補給をどうするつもりかに言及した報道が何故かありませんが、現在、CTF-150の給油活動に従事している海上自衛隊の補給艦から補給を受けることが可能なのか?。
新テロ対措法により、もし補給は不可となるとしたら、同じ日本の海上自衛隊の艦船に、補給できないという矛盾をどう回避できるのか、論議しなくてはなりません。

このあたりの事は、ひげの隊長こと自民党参議院議員の佐藤正久議員(元自衛隊員)も、自分のオフィシャルホームページで書いていますので、参考までにその一部を引用させて頂きます。

「現在、ソマリア沖海賊対策に関しては、EU艦隊の他、中国やインドも艦艇を派遣し、派遣国は15カ国にのぼると言われている。そのため自国の商船護衛や国連機関(WFP等)や他国の商船護衛のためには、多国間での情報交換や調整等が必要になる。そのためにはCGは有効と言える。

 ただ、日本の場合、CG等における多国間調整では、米国等と異なり、特措法に基づく補給支援と、海賊対策の艦船や航空機派遣とは明確に区分しなければならないという特性がある。
これまで、ソマリア沖で海賊対処してきた米艦船は(日本の商船を海賊対策で支援した実績も有り)は、バーレンに所在する第5艦隊に属し、かつ対テロの海上阻止作戦を実施中のCTF-150に属している。日本の船舶を助けた独のエムデンもCTF-150所属艦船だ。

これは、CTF-150の活動地域は、ペルシャ湾、インド洋(教義)、ソマリア沖のアデン湾、そして紅海も含んでいるからである。 

 海自の補給艦は、米軍艦船を含めテロ対策を行っているCTF-150の艦船に油や水を補給はできるが、対象艦船がCTF-150であっても海賊対策に従事している際には補給は法律上出来ない。

 それは法の目的が違うからである。明確に区分しないと、昨年、野党から追及されたイラク作戦への油の転用疑惑と同じ、転用疑惑議論が惹起してしまう。作戦上かつ実態上、非効率的ではあるがこれが、日本の法律の現状である。

当然、作戦の効率上は、紅海、アデン湾、ソマリア沖を担当する第5艦隊が所在するバハレーンにCGを配置するのが適当とは思うが、CTFの多国籍軍は、海域のテロ対応を主に作戦を行いつつ、併せて海賊対策も行う可能性が高いので、その峻別は日本政府にとっては機微であり、かつ重要なものとなる。

 今後、多国間によるCGのような調整・連携会議が続くことになるが、この種会議においては、上記ポイントに留意が必要である。」
(書きかけーーー少し先になりますが、続きを書きます)

 

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2009年2月11日 (水)

我が町、志木に湯殿山詣での講があったのだろうか?ーー石碑に思う

Dscn3667_1024 いつもブログネタを提供してくれるS通信員、長勝院跡に湯殿山」の三文字が書かれた石碑が有ると教えてくれました。

志木市内には大山講や冨士講の碑が残り、敷島神社と浅間神社の2ヵ所には富士塚が有ります。最近も新しい大山講碑が立てられたりして、昔から今に、山岳信仰が途絶える事無く続いている事が伺い知れます。

しかし、湯殿山の石碑は、聞くのも見るのも初めてです。
早速、見学に行きました。
その石碑は、志木市の天然記念物に指定されているハタザクラがある事で知られている長勝院跡の片隅にひっそりと立っていました。この、ハタザクラは世界で1本という珍しい桜の変種です。
石碑は高さ1mほどの立派なもので、湯殿山の大きな文字が深く彫られています。
この志木から、遠く東北地方の湯殿山に出かけるがあったのだろうか?。いつ頃の建立なのだろう。石碑を調べても、書かれていたらしい文字は消えかけて判読できません。

湯殿山は月山、羽黒山と共に出羽三山のひとつです。月山、羽黒山同様に蜂子皇子によって開山されたと伝わります。
山岳信仰の聖地として知られ羽黒山、月山、湯殿山はそれぞれ、過去、現在、未来、の三世の浄土を表し、昔から関東以北から大勢の参詣者が訪れ、「西の熊野、東の湯殿」と並び称されました。

本来の出羽三山は月山、羽黒山、葉山の三山でそのうち湯殿山は三山の総奥の院でしたが、葉山が修験の道場から離脱し、代わりに湯殿山を三山に数えるようになったと伝わっています。しかしその後も湯殿山は奥の院的な性格を持ち続け、三山の各登山口は奥の院としての湯殿山に至るというものでした。

江戸時代に、六十里越街道の整備もあって各登拝口は行者で賑わうなか、湯殿山別当四カ寺(大日寺、本道寺、大日坊、注連寺)が湯殿山信仰勢力の拡大に努めたこともあり、本来「お山詣り」というのは出羽三山を回峰参拝する事でしたが、主に三山の主体は湯殿山であると考えられるようになり、いかなる難病も、一度ここに賽すれば必ず治癒するという信念から、信仰の中心が湯殿山に移り、湯殿山に参詣すれば三山に参詣したのと同じ御利益があるとされました。
そんなことから、湯殿山詣りを「お山詣り」と言うようになり、参拝者の数を増やし、文化文政期(1804年~1830年)には、もっとも賑わったとされます。
尚、湯殿山は羽黒山、月山と違い、御神体が山ではなく湯の噴出する巨大な岩であり、現在も社殿はありません。
昔から、神域内のことは「語るなかれ」「聞くなかれ」と信仰上の秘密とされたため、ますます神秘性を持ったのだろうと云われています。
       「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」   芭蕉

多分、ここにある石碑も、その頃の志木から講を組んで遠く湯殿山に向けて旅立った人達が建立したものではないかと考えます。
しかし、文献も無く、少し調べただけでは湯殿山講が どのように行われ、どんな道筋をたどって旅をしたのかなどは定かではありませんでした。
  

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2009年2月 9日 (月)

雪の蓼科高原へ

週末は友人3人と、湯治と新年会を兼ねて蓼科高原に行き、快晴の2日間、雪と温泉を楽しんできました。宿泊した蓼科高原の宿の窓から、雪煙をあげる八ヶ岳が良く見えました。
宿の付近の八子ヶ峰トレッキングコースの一部を、スノーシューをつけて歩き、森の中で、動物たちの足跡を沢山見つける事ができました。パンフレットにDscn3680_320 載っていた足跡図を参考にすると、多分、カモシカ、ホンドシカ、キツネだと思っています。
100湯温泉巡りの数を増やすべく、帰りに寄った2ヵ所の温泉、ひとつは蓼科温泉共同浴場で本物の源泉かけ流しで入浴料は400円、もうひとつは尖り石温泉縄文の湯、大きな日帰り温泉施設でありながら、特に地元の人に人気でこちらもなんと400円。どちらもお薦めできる温泉だと思います。

(写真上、蓼科高原の宿の窓から見た夕方の八ヶ岳、左が赤岳(2899m)と右が阿弥陀岳(2805m))

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(写真2枚目、同じく権現岳(2715m))

(3枚目、八子ヶ峰トレッキングコースの静かな林間コースをスノーシューで歩く)

(4枚目、多分キツネの足跡)

(5枚目、のんびり休憩し、オンザ・スノーを一杯)

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2009年2月 7日 (土)

ソマリア沖海賊対策ーー海上保安庁派遣が困難である検討内容の公表は? その2

Sikishima_320 前回(2月3日)は次ぎのような観点からソマリア沖海賊対策について書いてみました。

「今回のソマリア沖への派遣は、海上保安庁では対応が困難ということから、海上自衛隊の派遣の方針で進められいます。
しかし、海上保安庁では対応できないと言う具体的な検証が報道されたことがありません。
この際、派遣の是非は別問題として、海賊対策を任務のひとつとして取組んできた海上保安庁のどこに、対応困難な問題があるのか知らしめる事も重要だと考えます。
海上保安庁も、もし派遣要請の検討を求められたら、こういった具体作が可能だという案を出すくらいの心構えを求めたいのです。
先ず、海上自衛隊派遣ありきでなく、海上保安庁の対応など幅広い論議ががなされた後、結論にいたるのが正道だと思います。」

それでは、海上保安庁の派遣の可能性について、少し調べてみました。
 最初に、「写真上」の世界最大の巡視船「PLH31 しきしま」について書いてみましょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%97%E3%81%8D%E3%81%97%E3%81%BE しきしま

ーーー続きを書きます 
 
世界最大の巡視船「しきしま」など海上保安庁が派遣可能な艦艇について書きながら、海上保安庁では対応が困難という二つの説について検証してみます。

 その1、ソマリアはあまりに遠いので、海上保安庁の艦船では遠洋航海に向かない。
 その2、ソマリアの海賊は、重武装しているので、巡視船では対応できないから、海上自衛隊の護衛艦の派遣が必要である。

「その1について」

確かに、アデン湾のソマリア沖は、遠方ですが、海上保安庁の保有するヘリコプター搭載型巡視船PLHタイプ13隻は、全て、遠洋航海(国際航海)が可能であると発表されています。13隻のうち、3隻がヘリコプター2機搭載型、10隻が1機搭載型です。(搭載ヘリはベル 212または、AS332L1です。) 

配備状況 (13隻)ー
遠洋航海(国際航海)
第一管区 PLH01 そうや(釧路)、PLH02 つがる(函館)
第二管区 PLH05 ざおう(塩釜)
第三管区
PLH31 しきしま(横浜)、PLH22 やしま(横浜)
第四管区
PLH21 みずほ(名古屋)
第五管区 PLH07 せっつ(神戸)
第七管区 PLH06 ちくぜん(福岡)
第八管区 PLH10 だいせん(境)
第九管区 PLH08 えちご(新潟)
第十管区 PLH03 おおすみ (鹿児島)、PLH04 はやと(鹿児島)
第十一管区 PLH09 りゅうきゅう(第十一管区本部)

特に、2機搭載型3隻のうち、世界最大の巡視船PLH31「しきしま 」横浜海上保安部所属)は、総トン数約7000トンで、海上自衛隊のはたかぜ型護衛艦とほぼ同じ大きさで、平成4年11月から平成5年1月に渡って、フランスからのプルトニウム海上輸送の護衛のために特別に建造された巡視船です。テロリストの攻撃にも耐えられる構造、兵装を持ち日本-欧州間を無給油で行ける長大な航続力を持つと言われます。
他の2隻PLH21「みずほ」、PLH22「やしま」も4000トンの大型巡視船です。
この3隻は、ソマリア派遣に充分耐えられる艦艇です。フィリッピンやオーストラリア、シンガポールに派遣され、海賊対策で各国艦艇と協力した実績も持ちます。

ヘリコプター1機搭載型のうちPLH09「りゅうきゅう」PLH10「だいせん」などの新鋭艦も遠洋航海と海賊対策に派遣されても問題ないと思われます。

ヘリコプター搭載型でなくとも、3000トン型の巡視船PL21「こじま」PL22「みうら」等も、遠洋航海(国際航海)タイプと発表されています。

かように、海上保安庁には、ソマリア沖までの遠洋航海に不向きであるという指摘には、当てはまらない艦艇もあるのです。

Yashim1_320_2

 

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Plh101_320_2

Kojima1_320_2

書きかけーー続く   2月9日追記
「その2について」
その2、ソマリアの海賊は、重武装しているので、巡視船では対応できないから、海上自衛隊の護衛艦の派遣が必要である。

これは、おかしな論理です。
重武装といっても、実際に海賊が使用している武器がどの程度のものかを、
政府は数日前の民社党との質疑応答でも把握していないと答弁し、報道が重武装と書いていることは承知していると述べるに留まっています。

 マスコミの取上げる重武装とは、どの程度の武装なのかが明確ではありません。
通常、自動小銃などに加えて、ロケットランチャーも持つ重武装集団という表現が多いようですが、携行型のロケット砲を持つと重武装なのかという論議、すなわち武装程度の基準は見解が出ていません。
これは、海上自衛隊も海上保安庁も同じです。
対戦車、装甲車用のロケットランチャーは、今や香港の暴力団も持っているとされます。

そんな論議は意味がないという意見もあると思いますが、参考までに海上保安庁資料により
日本海で海上保安庁の巡視船「いさな」が撃沈した北朝鮮工作船の所有していた武器をあげてみます。
この兵器類を見ると、もはや不審船、工作船、いやテロ集団以上に、もはや軍隊です。巡視船で対応するには、危険過ぎるという意見に疑義はありません。

この事件以後、海上保安庁は北朝鮮工作船に対応する訓練、装備の拡充を図っていますが、工作船に対する、海上自衛隊との分担が明確に伝わってきません。
このへんが、今度の海賊の重武装との係りになってくると思いますし、今後の重要な課題だと思いますから、是非論議して欲しい事項です。
 
<参考> 
平成15年3月14日  海 上 保 安 庁
「九州南西海域における工作船事件の全容について」より

D) 犯罪供用武器その他の武器類について
  次の武器類を押収し、政府関係機関に鑑定嘱託した結果、いずれも殺傷能力のある武器等であり、特に以下のア~オに掲げるものには時期不明なるも使用(発射)した痕跡が認められることが判明した。
ア 自動小銃 4丁(一部分回収を含む。)
  口径5.45㎜、AKS-74銃と推定、北朝鮮製と推定
  実包 84発
  空薬きょう 5個
イ 軽機関銃 2丁(一部分回収を含む。)
  口径7.62㎜、7.62㎜PK機関銃と推定、北朝鮮製と推定
  実包 219発
  空薬きょう 10個
ウ 2連装機銃 1丁
  口径14.5㎜、対空機関銃ZPU-2と推定、ロシア製と推定
  実包 752発
  空薬きょう 6個
エ ロケットランチャー 2丁
  口径40㎜、85㎜ロケット弾PG-7系用弾薬の発射機と推定、北朝鮮製と推定
  弾頭 4個(一部分回収を含む。)
オ 無反動砲 1丁
  口径81.75㎜、82㎜無反動砲B-10と推定、ハングル文字の刻印あり
  砲弾は82㎜無反動砲用りゅう弾及び対戦車りゅう弾
  砲弾 6個
カ 携行型地対空ミサイル 2丁(一部分回収を含む。)
  口径56㎜、携行型地対空ミサイルIgla(イグラ)-9M「88」、ロシア製
  弾頭 2個
キ 手りゅう弾 8個(一部分回収を含む。)
  名称、型式及び製造国を示す刻印又は表示等はなく不明
ク 爆発物 2個
  名称、型式、製造国不明、装填火薬はTNT及びRDXによる混合爆薬(2個のうち1個の容器を除く爆薬重量は12㎏)
  また、銃撃時の状況、ビデオ解析結果、鑑定結果等から総合的に判断して、本件の凶器として使用された武器は、上記ア~エに掲げる武器であると特定した。
 これらの写真も発表されていますが、それよりも全体像が掴めるホームページを紹介します。  
 http://homepage3.nifty.com/tompei/NorthKoreaShip.htm とんぺいの機械博物館

書きかけーー続く(もう少し調べてから追記します)


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2009年2月 4日 (水)

今日は立春ーー梅と氷とCAD&CGそして本屋

Dscn3654_320今日は立春
しかし暖かかった昨日とは違い、曇の多い寒い1日でした。
庭の梅は満開ですが、柳瀬川土手の湧水から流れ出る小川は、ここ数日凍ったままで、誰が投げたのか、空缶が氷の上に乗り冬の情景をかもしだしていました。

 我家から歩いて数分のところにあった書店が閉店になってから、ちょっと雑誌や新刊書を立読みする事が出来ず不便な思いをしています。
今日も書籍購入のため、自転車で志木Dscn3653_320駅ビル内の旭屋書店に行き、数冊の書籍を購入してから、毎月購読しているコンピューター製図の専門雑誌である「CAD&CG3月号」を手にとって驚きました。
前月の2月号までそんな事は表明されていなかったと思うのですが、3月号には、「10周年大感謝企画」とされながら、その横に最終号の文字が!。
雑誌の廃刊が相次ぐ中で、「CAD&CG」よ、お前もかとの思いです。
仕事でコンピューター製図を行っている者にとっては、貴重な情報雑誌でした。
確かに狭い専門分野ですから、記事がCc03_01_320マンネリ化しやすく、特集企画も題材不足になりやすいので、10年間も継続したことは立派なことだと思います。しかし、この分野では唯一の専門誌であり、廃刊はとても残念です。

書籍の販売不振が続き、書店の閉店が相次いでいます。旭屋書店も昨年、東京の4店舗のうち銀座店、水道橋店が閉鎖され、池袋店も売り場が縮小されました。全国的にもここ、2年で多くの店舗の閉鎖が続く状況で、今年1月には札幌店も閉鎖されました。頑張れ、旭屋書店、志木店は継続してくださいね。

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2009年2月 3日 (火)

志木市敷島神社の節分際

Dscn3664_320 今日は2月3日節分です。
我が氏神様である館ノ氷川神社でも恒例の豆まき行事が行なわれます。
この様子は、一昨年のブログに書きましたので、今日はちょっと遠い、それでも自転車で20分弱のところですが、敷島神社まで出かけました。
館ノ氷川神社とは、氏子地域を分けているのですが、志木市民には古くから親しまれている神社です。
午後3時からの豆まきには少しはや過ぎたので、少し歩いてみましょう。

境内の一角に「田子の富士」と呼ばれるDscn3657_320富士塚が築かれています。こんな謂れがあります。
「この塚が元々の「浅間神社」であり、塚の東側には富士塚を築く基となった「板碑」が祠に納められていた。
板碑には暦応三年(1340)陰刻されている。
南北朝期に大和笠置の僧承海十瀧房が国家安寧と天下泰平を祈るために富士山に籠もって修行を行い、さらに諸国霊山を巡っている際に、当地に訪れ板碑を建立したことに始まる。
 以来、この付近を田子山と呼称され古い塚があった。
引又町の高須庄吉の夢に高僧が現れ、この塚に登るように誘った。そこで庄吉は塚に登ってみると富士山に縁のある碑がみつかり、日頃から富士山を崇敬していた庄吉は大いに感激し富士塚を築造することを決心。
賛同者を募り高さ10メートルの「田子山富士」を明治五年に完成させ、頂上に浅間神社を祀り富士講が結成された。」
現在は、崩落もあり登れませんが、登山道を模した道がつけられ、富士山の溶岩を配して、大変立派な富士塚です。
さて、そろそろ3時過ぎ。豆まきが始まりました。本殿が小さいので、壇上で豆をまく議員さんや町の名士の方々も窮屈そうです。それでも館ノ氷川神社より大勢の人々が集まり、盛大に豆まきが行なわれました。落花生やみかんが飛んでくるのには驚きました。収穫じゃない福豆は拾えたかですか?。残念、人が多すぎて気の弱い僕やかみさんは、全然駄目でした。
来年は、やはり家族的な雰囲気で豆まきが行なわれる、氏神様の館ノ氷川神社に行くことにしましょう。

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ソマリア沖海賊対策ーー海上保安庁派遣が困難である検討内容の公表は?

Japanc1_320 ソマリア沖の海賊対策で政府は、自衛隊法に基づく海上警備行動によって海上自衛隊を派遣する方針です。
これについては、これから国会で論議される事なので、その内容を知る事が出来ます。
しかし、海賊対策は警察行動にあたり、本来であれば海上保安庁の任務となります。
海上保安庁は海賊対策について、情報収集、準備、外国との協力などや、実際の訓練を重ねてきています。
http://www.kaiho.mlit.go.jp/info/anti-piracy/index.htm  海上保安庁の海賊及び海上武装強盗情報

一方海上自衛隊は、海賊対策は任務の範囲外として対応準備が全くなされて来ませんでした。
今回のソマリア沖への派遣は、海上保安庁では対応が困難ということから、海上自衛隊の派遣の方針で進められています。
しかし、海上保安庁では対応できないと言う具体的な検証が報道されたことがありません。
この際、派遣の是非は別問題として、海賊対策を任務のひとつとして長年取組んできた海上保安庁のどこに、対応困難な問題があるのか知らしめる事も重要だと考えます。
海上保安庁も、もし派遣の検討を求められたら、こういった具体作が可能だという案を出すくらいの心構えを求めたいのです。
中国、韓国の艦艇派遣報道に刺激されて、何がなんでも先ず、海上自衛隊派遣ありきでなく、海上保安庁の対応など幅広い論議ががなされた後、結論にいたるのが正道だと思います。
政府が中国は別としても、隣国、韓国との連携、協力などを検討した様子は報道されていません。また、海賊対策として船団護衛の為に、各国の多数の艦艇が出動しているかのような論説を述べる識者?もいますが、実際に現在船団護衛に当たっているEU軍の艦船は6~10隻程度です。

日本の海上保安庁は、国民にはあまり知らされていませんが、武装こそ制限しているとは云え、世界最大の沿岸警備隊です。
有事の際に防衛大臣の指揮下に組み込まれる可能性はあるが、自衛隊には編入されず常に警察任務と海難救助にあたるとされていますが、その名称も、対外的にはJapan Coast Guard(略称: JCG 「日本国沿岸警備隊」)となっています。

予算規模約1500億円、人員約1万2千人、艦船数約520隻(内巡視船360隻)、航空機約75機からしても、武装は別としても、海軍装備力として他の多くの国の海軍力に勝っています。
例えば現在、海上自衛隊が給油支援に従事しているインド洋の海上阻止活動の指揮国であるデンマーク海軍は、沿岸警備型海軍として、予算規模想定1200億、人員約3千800名、 艦船数80隻です。
給油の最多補給回数国であるパキスタン海軍は予算規模想定約1100億円、人員2万2千人 、艦船数約30隻なのです。
 単純比較は出来ませんが、日本の海上保安庁の戦力?は侮りがたいものをもっているのです。ちなみに海上自衛隊の予算規模は世界トップ5以内の約1兆1千億円です。
 それでは、海上保安庁の派遣の可能性について、少し調べてみました。

最初に、「写真上」世界最大の巡視船「PLH31 しきしま」について書いてみましょう。
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%97%E3%81%8D%E3%81%97%E3%81%BE しきしま 

書きかけーー続く

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2009年2月 1日 (日)

山の軽量装備その7--ムーンライトⅠ型とツェルトを組み合わせる

Dscn3649_320_2
山の軽量装備の検索で、このブログを訪ねてくれる方も多いので、前回のエアーマットに続いて、その7として今日はテントの軽量化について書いてみます。

 最近、テント山行では、ダンロップのVL-21を使う事が多く、以前に使っていたムーンライトⅠ型は出番がありません。
重量、容積ともほとんど同じながら居住性は圧倒的にVL-21が良いからです。ムーンライトⅠ型は1~2人用となっていますが、実質1人用で、その点VL-21は2人用ですから、比較は無理なのです。
その、ムーンライトⅠ型ですが、こんな使い方があります。アルミポールを組み立てて、フライシートの中にツェルトを張るのです。ぴったり収まります。
使った人はご存知だと思いますが、ムーライトⅠ型のアルミポールの組み立ては20秒もあれば出来ます。
このアルミポールは、テントかフライシートが無いと自立できないので、ツェルトだけでは使えません。
ツェルトは、上部のアルミポールに簡単に結びつけて、留める事が出来ます。
普通ツェルトの底は何本かのテープで結ぶようになっていますが、出来たら底は縫い合わせてしまったほうが使いやすく、虫などの侵入も防げます。
ツェルトはアルミポールにぶら下げているだけですから、中は結構広く、がさがさと自由に動けます。でも、快適なテント空間などとは無縁で、要は寝るだけです。ただ、ツエルトだけでは難しい雨や夜露は完全に防ぐことができます。
最大のメリットは、テント本体の重量は830gありますが、ツェルトは、300g500g軽量化できるのです
しかし重量軽減以上に、容積が減ることのほうがメリットです。
オスプレーのアトモス50等の軽量ザックに2泊3日山行の荷物を入れるとかなり満杯で、食料などを減らさざるを得ません。
写真を見れば解るように、ムーンライトⅠ型のテントとツェルトでは、大きさがまったく違います。ザック内に空きが出来た分、食料や他の装備が入るというわけです。1泊の縦走などには、テントの快適性を捨てても、軽量化を望む人には薦められる方法だと思います。

Dscn3650_320

写真左、右がツェルトで左はムーンライトⅠ型のテント。容積の違いは歴然としている)

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