« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月31日 (土)

007/慰めの報酬・K-20怪人20面相伝・レッドクリフーー映画3本

Top_320 最近見た映画3本の感想と、僕なりのいつもの星★☆採点です。

「007/慰めの報酬」
昨年の秋、香港の地下鉄駅の各駅に、この映画の大きなポスターが貼られ、世界に先駆けて上映と書かれているのをみて、羨ましく思ったものです。
ダニエル・クレイグを主演に迎えた前作、「007/カジノ・ロワイヤル」(星採点 ★★★★☆) が見ごたえのある作品だったので、次作がどんな作品かわくわくしていたのです。
そして今日、新座シネプレックスで見てきました。
残念、無念、この映画のスタッフは007映画を作り間違えました。僕はマット・デイモンの「ボーン・アルティメイタム」を見に行ったのではないのです。前回、ジェームス・ボンド役ダニエル・クレイグに最大の賛辞を贈りました。今回も魅力あるボンド役を見せてくれたのですが、脚本を含めて映画そのものは評価できません。映画作りって難しいものだと改めて思います。
 星★★★☆  本当は★3個ですが、最後の星☆は、頼むから次作品は、期待にこたえてくれとの応援星です。
追伸: 「この007はもう進化しない。もう完璧な非情さ、最高の頂点に到達したのだから」英タイムス(これ、本物のタイムス?)
    「本作は、今後、長年、傑作として研究され、崇拝され得る007を映画だ」エド・ダグラス/カミグスーン.COM 
(崇拝????)

 僕にも弱みがあります。昨年高い評価を得て、興行的に大成功だった「ダーク・ナイト」を見て、全然面白くなかったのです。いろいろな場面が展開し、それがひとつに収束されていく筋のわかり難い映画作りが、だんだん極端になっていく感じがします。
最近多い、手持ちカメラでの撮影も、あまりくどいと拒否反応が起きてしまいます。
僕は、もはや映画のスピードについて行けなくなったのかも?。
 「007慰めの報酬」もそれと同じだとしたら、皆さん、申し訳ない!!(でも、筋立ては、わりと1本の流れで連続してくれる映画でしたが)
 
 
「K-20怪人20面相・伝」
 
この映画は文句なしに面白かった。
佐藤嗣麻子監督の目指した「スカッと爽快なアクション」、荒唐無稽なところもあるけれど、みな許されて出来栄え上々です。
CGが嫌いな人には抵抗があるかもしれませんが、違和感無なく、戦争が無かった想定の昭和時代を見せてくれます。金城武良いですよ。登場人物もみな親しめます。上映時間の長い映画ですが、まったく厭きさせません。

 星★★★★  最後の星は、ややおまけ(☆ではない)ですが、続編も作ってねという、お願い星です。

「レッドクリフPart1」  
ご存知、三国志の赤壁の戦いを描いた壮大な大作です。好きな俳優である、トニー・レオン、金城武が出演しているので、評価が揺らぎそうですが、大丈夫、楽しめることを保障します。
脚本は三国志から大きく外れる事が無いので、筋はわかってしまうのですが、大画面一杯の戦闘シーンに圧倒されます。大げさにいうと、ほとんど曹操軍と劉備、孫権連合軍の戦いが描かれます。武器の誂え、作戦、戦闘シーンは今まで見たことが無い迫力です。
3時間の長編ですが、一度も飽きませんでした。女性にはつらいかな?。この映画は後でDVDで見ようと思わずに劇場の大画面で見ると良いと思います。
 
星★★★★ 最後の星★は、これもおまけで、本当は☆ですが、赤壁の戦いのクライマックス編であるPart2を4月に上映してくれるので、必ず見るよという約束星です。

K20_320_2

Red_320

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月30日 (金)

リーダーの平常心---「周到な準備ーーアムンゼンとスコット」の続き


180pxroaldamundsen完全な準備のあるところに常に勝利がある。ひとはこれを幸運という。不充分な準備しかないところに必ず失敗がある。これが不運と呼ばれるものである」 アムンゼン

1月20日に書いた、「周到な準備ーーアムンゼンとスコット」の続きになります。
本多勝一著「アムンゼンとスコット」は2人の極地探検家を隊長として、南極点到達に賭けた二つの探検隊の物語です。

栄光と悲劇、このあまりにも有名な探検家の名は、ノルウェーのアムンゼンとイギリスのスコット。
2人が隊長として率いた二つの探検隊は、同時期に人類未踏の南極点到達を争い、どちらも南極点に到達したが、全員が帰還と死亡という対極的な結末を迎えてしまいます。
本は、アムンゼン隊とスコット隊の行動の比較をしながら、両隊長のリーダーシップを描いています。
比較論の手法で、この歴史的探検競争の全貌を描いた新鮮さは、探検記として優れた名著だと思います。

 巻末に解説を書いた西堀栄三郎氏は、アムンゼンをスコットより優れたリーダーだとして、リーダーたるものは、各隊員に真剣さと平常心を促す重要な役目を担っていると書いています。

 僕は、本文とこの巻末文を読んだ当時、毎日仕事、仕事に追われ、まとまらない計画にあせり、時間との戦いのような日常を過ごしていました。平常心などについて、考える余裕も無かったのです。この本、とくに西堀栄三郎氏の下記文章は、僕に少なからず心の余裕を与えてくれ記憶に残るものとなりました。
 人生に勇気を与えてくれた何冊もの本、例えば登山関係では、アイガー北壁の登攀記録「白い蜘蛛」、尊敬する登山家へルマン・ブールの「八千米の上と下」等など、探検記録ではこの「アムンゼンとスコット」もその一冊に加わっています。

「それではいったい平常心を失わないためにはいかなる態度でいればよいのだろうか。
それは、楽観的な態度である。自分は神に守られているいるのだという信仰心ようなものが、なにもわからない未来に向う人間を不安から解放して楽観的にし、そこに平常心が生まれる。
平常心は事に当たった時の人間の心を柔軟にする。心が柔軟であれば、その場の事情がありのままに見えてきて、
対処するための名案がつぎつぎと浮かんでくる。これを「神の啓示」という人もある。

 私は、初めて南極に行くとき、出発を前にして不安で不安で仕方がなかった。何か足りないものがあるのではないだろうか、無事に全隊員を日本に連れて帰ることができるのだろうかと、大きな不安におそわれて「宗谷」(南極観測船)の甲板をいったりきたりしていたものである。
しかし、その時、ひとたび「私は神に守られている。だからどんな苦境におちいっても必ず知恵が授かるんだ」と思った途端、気持がすっと落ちついたのを記憶している。
楽観的に構えていれば未来の対する不安は消える。たとえ、失敗したとしてもくよくよ考えないで「過ちは改むるにはばかることなかれ」という態度になれるのである。
そういう自信に満ちた態度こそが平常心を保ち、分岐点での判断を誤まらせないことになるのである。アムンセンはそれを無言のうちに隊員に教えていた。」

皮肉な事に、完全な準備を心掛けたアムンゼンと違い、西堀栄三郎氏は完全なものは無いと次ぎのように語り、そこからリスクを減らすために、ここに書いた平常心に結び付けています。
<完全無欠な準備や計画はありえない>
リスクを減らすためには、準備計画を綿密に立てなければならないのですが、一体準備とか調査というものは、そんなに完全に出来るのでしょうか?私に言わせれば、完全な準備と言うものは絶対に出来ない、としか言いようがありません。なぜかというと、これからやることは、知らない新しいことですから、必ず思いもよらないことが起きるに決まっています。それがリスクの元なのです。ところが、準備とか計画というものは、思いもよっているものしか出来はしないのです。したがって、思いもよらないことに対する処置というのはあらかじめ出来ていない。怖いのは、それが完全無欠であると思っている心です。計画を実行に移してから、思いもよらないことが出てきたとき、一体どうしたらいいのか。ただひとつ、臨機応変の処置をとるほかないのです。

<リスクを減らす秘訣(臨機応変の処置)>
リスクを最小限に減らすためには、全ての人間は沈着でないといけないわけです。沈着になれるということは、あわてふためかないということです。あわてふためかないということが沈着ということです。心が平静だと、ちゃんといい処置が出来ます。人間、心が平静でありさえすれば、どうすればいいかということが自動的に心に浮かんできます。

今日は1月30日。入学試験シーズンの真最中。いかに平常心で試験に臨むかなどが言われますが、今日は、雨天で時間に余裕があったものですから、僕が影響を受けた平常心についてのことを書いてみました。
 (写真はローアル・アムンゼン)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月29日 (木)

Brunoに乗る

Dscn3644_320 愛用していた20インチタイヤサイズの自転車が、リムの変形とチューブの破断という損傷で修理を諦め、ペアモール商店街にある、以前紹介したサイクルボーイさんの薦めでスイスのBrunoを検討しました。

 前から欲しかったのはBruno road mixteでしたが、2009年モデルはハンドルがフラットバータイプになってしまいました。色は以前の4色が、3色になりましたが、魅力的なブリティシュ・グリーンが新登場。これを、ハンドルだけ取り替えてくれるとの事で、即決し取り寄せてもらいました。
替えたハンドルもギアー付きの新タイプ。重量10.5kgと軽量で美しい車体に大満足。
ブルーノが誇る走行性能は、従来の20インチ車と比べると、20インチでは仕方がないと思っていたフラフラとした落ち着きの無さが消え、高速、低速とも安定性充分。
カタログにブルーノ自身の言葉として、漕ぎだした瞬間のバランスにこだわったと書いてありましたが、それも実感しました。
最初に乗ったとき、タイヤがやや滑るような感覚で、実際高速では、フラフラしたのですが、磨耗していない新タイヤが原因だったようで、数日乗ったら安定しました。
日常、街中を走る自転車としては、このスモールホィールバイク、よい選択をしたと思いました。
http://www.khsjapan.com/hanbai/shop/kantou/boy/boy.html サイクルボーイ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月28日 (水)

デジタル放送受信用チューナーの無料配布(昨日の続き)

 昨日のブログで、デジタル放送移行に関して、総務省の経済弱者支援の方針などに付いては触れませんでした。
実は1月23日に総務省から、「地上デジタル放送推進総合対策(改訂版)」が公表されていたのに気づきませんでした。(あまり報道されないのです)
 http://www.soumu.go.jp/s-news/2009/090123_6.html 「地上デジタル放送推進総合対策(改訂版)」の公表
上記URLから読めるのですが、コピーします。
 
「地上デジタル放送推進総合対策(改訂版)」の公表
  総務省では、2011年(平成23年)7月24日の地上デジタル放送への移行期限にむけて、今後実施すべき施策を整理した「地上デジタル放送推進総合対策」を改訂いたしましたのでお知らせいたします。

1  経緯
  地上テレビジョン放送については、2011年7月24日までに地上アナログ放送を終了し、地上デジタル放送への完全移行が予定されています。
  総務省では、昨年7月に地上デジタル放送への移行に向けて実施すべき施策を整理するとともに、「地上デジタル放送推進総合対策」として取りまとめました。
  今回、施策の実施に必要な経費を平成21年度予算案に計上するとともに、「地上デジタル放送推進総合対策」を改訂し、本日開催された「地上デジタル放送国民運動推進本部」へ報告いたしました。
  2011年7月に、すべての国民の皆様が、地上放送のデジタル化への対応を完了し、引き続き、テレビを視聴することができるよう、今後とも多くの関係者と連携・協力して、この総合対策を全力で実施していきます。

2  主な改訂点
・ 相談体制を充実・強化するため、「テレビ受信者支援センター」を平成20年10月に、全国11か所に設置するとともに、平成21年2月に全都道府県に拡充
・ 経済的に困窮している方への支援として、平成21年度から平成23年度にかけて、NHK受信料全額免除世帯に対し、受信機器購入等に係る支援を実施

3  総合対策の内容
    別添(PDF)のとおりです。

http://www.soumu.go.jp/s-news/2009/pdf/090123_6_bt.pdf

総務省では、09年度からの2年間で計400億円を投じて、生活保護世帯世帯に、デジタル放送受信用のチューナーを無償配布することになっていたのですが、さらに、09年度から11年度にかけて、チューナー無償配布をNHK受信料の全額免除世帯(障害者世帯など260万世帯)に広げる方針を打ち出し、さらに200億円を投じることになる見通しとの事です。

   総務省は08年6月時点で、「地デジの完全移行に必要な予算規模は、今後数年間で2000億程度」との見通しを示していますが総務省の計画が進むかどうかは不透明な情勢のようです。
 以上、報道されている事をまとめてみました。

3.総合対策の
内容にある別添(PDF)は、A4版11ページからなる資料ですが、これを読むと、これから先、相当の混乱が起きる事が目に見えるようです。

支援を行うとする、生活保護120万世帯、及び、NHK受信料の全額免除世帯(障害者世帯など260万世帯)とありますが、対策ばかりが先行し、総額
2000億もの経費を計上する具体的取組みが見えません。
無料配布の方法、アンテナの新設などどういった事になるのでしょうか。またこの救済から外れる経済弱者に対する対応もはっきりしません。
廃棄される数千万台にのぼるアナログテレビの処理も大きな問題になると思います。
国民が、なんだかわからないうちに、多額の出費を負担することになってしまったこの問題、まだ、事態を正確に飲みこめていない人が多いのに、その完全実施だけが先行し、障害になる事実にたいして、なにか啓蒙したがらない怪しさがあるのです。

米国、韓国などでは、デジタル放送への移行日程が延期された経緯があります。
米国からの最新ニュースである、オバマ大統領がデジタル放送移行について、議会に対して延期要請を行った事など、日本の新聞、テレビなどで不思議なほど報道されません。その他のデジタル放送移行の障害になるような事項もほとんど没になります。

日本では、延期は絶対に行わないという強い方針があるのです。それゆえ当事者であるテレビ局、そしてその母体である新聞社はデジタル放送移行の延期に関しての報道はタブーのようです。

昨日書いたように、2011年7月のデジタル放送移行と、政府・自民党の進める景気対策、消費税値上げなどとは、なにかきな臭い関係があるように思えてなりません。

まとまりの無い記事になりましたが、この件、書き出してみて初めて、とてつもない難問だと気づいた有様です。もう少し勉強して、再度まとめたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月27日 (火)

定額給付金は地上デジタル放送のチューナーとアンテナ代?

Second1_320  朝のTBSラジオの森本毅郎スタンバイで、毎週月曜日に、トークパレット「小松昌美のハワイにおいでよ」という番組があります。
ハワイ在住で、元TBSのレポーターをしていた小松昌美さんが、ハワイの様様な出来事を伝えてくれる人気のコーナーで、僕も聞いています。

昨日(26日)は、ハワイのテレビ放送が、地上デジタル放送に移行された話題でした。
ハワイ及びアメリカ本土の地デジ移行の状況がよくわかるので、コピーさせてもStb_dt1_320らいました。

(放送番組より)
さて、先日ハワイでは、テレビ放送がアナログ放送からデジタル放送に完全に移行されました。日本ではデジタル放送開始は2011年からですが、ハワイでは今年1月15日の正午でアナログ放送が廃止され、デジタル放送が開始となったんです。

Ant_320 アメリカ国内では、ハワイが一番早く移行されたんです。アメリカ本土でデジタル放送が始まるのは2月17日なんですが、ハワイのデジタル化がひと足早かったわけは、ハワイ島にあるアナログ・アンテナのそばでは毎年2月に野鳥の巣作りが始まるので、1月中にアナログ・アンテナを撤去するために工事を早めたからなんです。

ハワイの場合90%以上の家庭がケーブルテレビや衛星放送に加入しているのでデジタル放送用の変換器を買わなくてもほとんどの方が今まで通りに放送を見られます。でも説明があった当初は、デジタル放送対応のテレビでないと見られないと勘違いした人が結構いたようです。私もその一人で、うちはいまだに大きくて重~いブラウン管テレビなので、デジタル放送に変わったら見られなくなると思っていました。まだきれいに映るのにもったいない~って。

ハワイではアンテナを使ってテレビを見ている世帯は全体の7%、2万2千世帯と少ないんですよ。そういう家庭ではデジタル放送用のアンテナを取り付けるかチューナーが必要なんですが、政府から40ドル(約4千円)の援助金が出ました。アラモアナの大型店の家電コーナーでお話を聞きましたら、チューナーの値段は47ドルと57ドルの2種類で、援助金を使えば、ほんの700円から2千円弱でチューナーが買えるんですが、先週からチューナーが売り切れ、1月中には入荷する予定だそうです。今では42インチの大型プラズマテレビも安いもので8万円を切ったものまであるんですよ! 安いでしょ~? それでもこの不景気でテレビ売り場は人がまばらでした。

地上波からデジタル放送に切り替わった日から、一部の地域ですべてのチャンネルもしくは一部の放送が見られなくなるトラブルが発生しました。ホノルル市内の「視聴者相談センター」には「テレビが映らない」などの相談がすでに200件以上寄せられているそうです。政府は今後しばらくは視聴者のサポートを行っていく予定です。

私は年末年始を日本で過ごしたあとデジタル放送開始の翌日にハワイに戻ったんですが、テレビは無事見られました。ホッとしましたよ~。ただ、うちのテレビはアナログなので映像がどれくらいきれいになったのかはわからないんですけどね。日本で見たデジタル放送は人の毛穴が見えるくらい鮮明でした~!

全米では来月、2月17日にデジタル放送が開始される予定ですが、消費者がまだ十分準備できていないということで、オバマ大統領は延期の要請を議会に出しました。それで家電業界や議員たちは動揺していると報道されています。

http://www.tbsradio.jp/stand-by/talkmon/ 森本毅郎スタンバイ トークパレット「小松昌美のハワイにおいでよ」
http://hawaiinioideyo.cocolog-nifty.com/blog/ ブログ小松昌美のハワイ生活
 
 さて、本題です。日本も2001年7月25日の放送法関連規則等改正により、地上波のデジタル移行が定められており、地上波各局は2011年7月24日までデジタル放送と並行してアナログ放送を継続しますが、7月25日以降はデジタル放送のみとなります。

1月28日追記
小松昌美さんのブログにもあるように、米国では2月17日から全米でデジタル放送が開始される予定ですが、消費者がまだ十分準備できていないということで、オバマ大統領は延期の要請を議会に出しました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090110-00000000-vari-ent 米国のデジタルテレビ移行延期報道

さて、日本ではどうでしょうか。アナログ放送終了まであと2年半あまり。
急ぐ事もないと思うのですが、デジタルテレビ移行の官民挙げてのキャンペーンにもかかわらず、思ったほど消費者の反応は鈍いと報道されています。

現在所有のテレビで、放送を充分楽しめている国民が、すべてのテレビを買い替える事など出来るはずもありません。
大型などはいらないと思っても、中型でも10万円程度の出費は避けられず、購入が困難な家庭も多いと思います。
販売業界は、デジタルテレビへの買い替えばかりを奨励して、アナログテレビでデジタル放送を受信できる地上デジタルチューナー販売には、まだ積極的では無いようですが、デジタルへの移行日が近づけば需要は急増するでしょう。
 
 例えば居間の大型テレビは、デジタルハイビジョンテレビに買い替える事が出来たとしましょう。しかし、もしテレビがその1台だけでなく、他の部屋にも設置されていたとすると、そのテレビには、チューナーが必要になります。

おそらく全国で1千万台以上、いや、いやそれ以上のアナログテレビが、放送を受信できない日を迎える事になります。
そうなると、現在、多機能でなければ、チューナーは安いもので8000円程度で販売されていますが、おそらくその半額程度で販売されるのではないでしょうか。
政府が業界に5000円以下の価格設定を求めたとき、製品だけでなく梱包費なども加えると、その価格での商品販売は難しいと解答しました。
 でも、競争の激しい家電業界、売れるとなれば2000円程度での販売もあると思います。
しかし問題は、地上デジタルチューナーだけでは無いのです。
デジタル放送を受信するためには新に専用のUHFアンテナを設置しなければなりません。
 地上デジタルチューナーの必要性とも絡むのですが、このアンテナの必要の有無は、家庭のテレビの受信状況が問題になります。
このあたりの事は、書き始めると長くなりますし、「デジタル放送」「デジタル放送アンテナ」で検索すると官民とも、沢山の解説ホームページがあるので、ここでは触れずに、受信状況の分類だけ書いてみます。
1.個別受信
2.ケーブルテレビ
3.集合住宅共同受信
4.都市受信障害共同受信
5.難視聴解消のための共同受信


 この内、1.の個別受信(一般の戸建て住宅と思ってください)を除く4つの場合は、アンテナ新設なり、増設はそう問題無いと思います。勿論、それぞれ費用負担の問題は発生しますが。
1.の個別受信が厄介なのです。
現在屋根などの上に建てているVHFアンテナに変えて、デジタル放送受信用のUHFアンテナが必要になります。現在UHFアンテナを使っている場合でも、電波の来る方向によってはもう1台のデジタル放送受信用UHFアンテナが必要です。

 これの設置費用が、多分安価になるだろうチューナー購入金額より、かなり高額になると考えられます。
 アンテナ取替えだけでなく、良好な受信をするためには屋内配線も新設しなければなりません。もし幾つかの部屋に配線するとなると、分配器や増幅器も必要になります。工事店に依頼すると3万円程度の費用になると思います。

 何故、そんな出費をしなくてはならないの?と思う方も多いでしょう。それより、ひとり暮しのお年寄りなど、余計な出費に悩むと共に、なにをしなければならないか、地デジなど理解が出来ない方も多いのではないでしょうか。

 麻生総理は、2011年からの消費税値上げにいたくご執心でした。
勘ぐれば、2011年は地デジ移行年。消費税が上がる前に、テレビを買い替えてください。アンテナ工事も早めにやってください。出来たらテレビ買い替えと共にブルーディスクレコーダーや、他の家電製品も買ってください。そうすると、消費も上向き、景気向上につながるのです。そんなシナリオを考えた官僚もいるのかも知れません。

 定額給付金の一律12000円、65歳以上は20000円という金額は、なにやら、チューナーとアンテナ代に相当するような額ですね。
 麻生総理は給付金を盛大?に使って、景気をよくしましょうと言いますが、本来なら必要としない余計なテレビを買い替える金額には遠く及びません。
それよりも、生活に困る多くの家庭に、テレビ買い替え、またはチューナー購入、アンテナ新設の援助金を予算化しないと、再来年(2011年)は、困った事態になりますよ。
米国では、援助金があっても対応が遅れた家庭、また、援助金予算そのものが不足して交付できない事態も生じています。
小松昌美さんがブログに書いていますが、ハワイでは販売店でチューナーが品切れになったそうです。
 そうか、ことによると麻生政権なく、自民党政権でも無いのかもしれません。民主党さん、この問題対処のための、専門委員会設置が必要になりますよ。
米国と同じように、日本でもデジタル放送移行日の延長も視野に入れておかなければならないでしょう。
 
(写真上、有料CATV契約家庭には、デジタル対応コンバーターが設置される。これであれば、アナログテレビでも視聴が可能である。ハイビジョン、双方向通信などは、機能がついたデジタルテレビが必要である)
 
(写真中、
個別受信や、集合住宅共同受信、CATVでも基本チャンネルだけを見て、有料チャンネルの視聴契約をしていない場合などで、アナログテレビを使用するには、こういったデジタル放送受信用の地上デジタルチューナーの購入が必要になる。テレビ1台ごとに1台必要である。また、アンテナはUHFアンテナを新設し、配線も変更する。複数のテレビを使用する場合は分配器も必要。)
 
(写真下、現在使用しているVHFアンテナ(右)ではデジタル放送は見る事は出来ない。UHFアンテナ(左)の新設が必要。屋根に登らなければならないし、配線も変えるので面倒である)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月25日 (日)

公園は楽しいーー香港ヴィクトリア・パーク(維多利亜公園)

Dscn3300_320 香港のヴィクトリア・パークは広さが日比谷公園の2倍ほどもある、香港最大の公園です。
 以前のブログで、太極拳を楽しむ人々のことから、バンコクのベンチャシリ公園が、スポーツ施設が完備して、皆が集まって楽しむ大人の公園の雰囲気を感じたと書いた事があります。

 ここ、ヴィクトリア・パークもまた、プールやサッカー場、バスケットコート、テニスコートなどがあり、スポーツ施設が中心の公園なのですが、樹木も多く、市民の憩いの場でもあります。
ベンチャシリ公園でもそう感じたのですが、日本の公園と違うのは、多様なスポーツが出来ることは勿論、太極拳や瞑想のグループ、ジョギングやストレッチ、何かの会合のようで楽しげに語り合う人達、家族連れ、子供たちなど、様様な人達が集う光景がみられる事です。

 ジョギング専用コースも立派なものがありましたが、驚いたのは足裏マッサージ道、リモコンボート専用池なども作られていたことです。
カラフルな遊具の置かれた子供たちの遊び場の床は、フワリとした感触のクッションタイルが敷き詰められ、怪我の予防がなされていました。
日本の公園と違い、いかに皆に楽しんでもらえるかを考えて、作られており、市民も終日、その施設を上手に使いこなしていると感じました。

Dscn3291_320

(写真上、子供の遊び場。親やベビーシッターさんに連れられた子供たちが楽しげに遊んでいる。赤い地面には、クッション材が一面に貼られている。転んでも痛くないし、怪我もしない)

写真左上、ラジコンボート専用池が有るのには驚いた)

(写真左2枚目、ラジコンボート池は、高速船用と低速船用に区切られていた)

(写真左3枚目、公園の一角で太極拳をDscn3293_320していたグループ。太極拳は香港市内でよく見かけた)

(写真左4枚目、なんとユニークな、足裏マッサージ道路、裸足で歩くとかなり痛いが効く、効く!)

(写真左5枚目、ジョギング専用道路、ロッカールームも設置されていた)

(写真左6枚目、瞑想するグループのリーダー。日本では見られない光景だ。
この近くのベンチでは、老人達が会合を開いていた)

Dscn3295_320

Dscn3299_320

Dscn3301_320

Dscn3294_320

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月24日 (土)

梅の花がほころぶ日とソーラーモーター

Dscn3586_320 今週は、月曜日が4月を思わせる陽気で、火、水、木と寒かったのですが、今日はまた春のような暖かな1日でした。朝まで降っていた雨が止んで、庭に出てみるとの梅の花が大分ほころんでいました。いつもより早い開花だと思います。

 今年、我家の梅は、実の不作の年にあたります。
隔年ごとに不作年が回ってきます。しかし秋に枝を思いきって切ってしまったのが良かったのか、例年より蕾が多いのです。この花が全部実をつけたら、不作どころか鈴なりだと思わせます。さてどんなものでしょうか。
話しは変わります。
先日、東急ハンズで、商品をみながらぶらぶらしていて、気になるものを見つけました。よく薬局などで、商品の宣伝カードが、左右や上下に動いている装置を見る事があります。多分、その装置と同じ物だと思うのですが、ソーラーで動くと書いてあります。
乾電池でなくソーラー発電だと出力も小さい筈で、小さなモーターからどんなギアを使って動かしているか調べたくなりました。
陳列見本を分解するわけにはいきませんので、ひとつ購入しました。家に帰り、早速中を見ました。なんと思っていたモーターやギア類はついていません。
容器の片方に細い銅線を巻いたコイルと、もう一方には永久磁石を2個取り付けた錘があるだけの、いたってシンプルな構成です。今まで、見たことも無い形なので、動作理論が解らないのですが多分こうかなと考えました。

丸型のコイルに電流が流れて、何らかの仕掛けで磁石のN極と、S極が切り替わる。反対側の2個の永久磁石のN、S極が反発して逃げる。
これは、普通のモーターの原理と同じです。ただ、これでは力が弱いので、振り子状の錘の左右に永久磁石を取りつけて、動きを増幅させている。
 多分、原理はこうだと思うのですが、振り子には2個の永久磁石がついているだけで、電気的な仕掛けは無い。片方の小さな丸いコイルにどうやって、N極、S極を作っているのかが解りません。調べる事が増えてしまいました。
Dscn3589_320

(写真上、カードを載せてやると、左右に首を振る。大きな重いカードだとゆっくり動き、小さな軽いカードだと、せわしなく動く。)

Dscn3588_320

(写真下、二つに分解したところ。左に小さな永久磁石が2個付いた振り子が有り、磁石の裏側に板錘がある。
右は極細の銅線が巻かれたコイルがついている。プリント基盤に回路が組まれているので、これがN,S極を制御しているらしい。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月20日 (火)

周到な準備ーーーアムンゼンとスコット、そして八甲田山死の彷徨

Dscn3584_320 何年か前、かみさんの実家で先祖の過去帳を見せてもらったとき、僕にとっては驚くべき事が記載されている事に気づきました。かみさんの祖父の欄に、明治38年(1905年)日露戦争に従軍。そして入営していた部隊名が、第八師団青森第五連隊第二中隊と書かれていたのです。
家族は、その意味に気づいていないようでしたが、書きかけーーー続く
追記
この連隊こそ日露戦争前の明治35年(
1902年)、八甲田山の雪中行軍中に、猛吹雪と大寒波により、210名中199名が凍死する大惨事を起した連隊そのものだったからです。

祖父の記録に残されていた第五連隊の第二中隊が、連隊のどの大隊であったか不明ですが、遭難した雪中行軍隊兵士の多くは、第五連隊の第二大隊に所属していました。

しかし同じ連隊の第一大隊、第三大隊の選抜隊も参加していましたから、祖父がどの大隊に所属していたとしても、遭難の記憶が強く残る連隊に入営していた事は事実のようです。


 何故、僕が驚いたかと言うと、登山の愛好者として、日本の山岳遭難史上最大の大惨事となったこの冬山遭難に関心を持ち、現地を訪れたり、資料集めなどをしていたからです。

自分の身近なところ、かみさんの祖父に当たる人が、遭難事件直後のこの連隊にいたという事に大変驚かされたのです。

祖父がこの遭難の事実をほとんど家族に話していなかったのは、雪中行軍隊の遭難の事実を隠すため、この事件に対するかん口令が強化されていた為ではないかと思います。

さて、祖父のことはここまでとして、ここに1冊の本があります。

 高木 勉著「八甲田山から還ってきた男」<雪中行軍隊長・福島大尉の生涯>です。遭難した青森第五連隊と同じ時期に、冬の八甲田山踏破に成功した弘前歩兵三十一連隊の隊長、福島泰蔵大尉の功績を描いています。そうだ、107年前の今日、120日は、弘前連隊が冬の八甲田山踏破を目指し、雪中行軍の第一歩を踏み出した日です。

青森第五連隊の199名にものぼる凍死者を出した雪中行軍の失敗、かたやより過酷な訓練を成し遂げた福島大尉の企画力、指導力、人間像を両隊の比較から描いています。

もう1冊の本があります。
本多 勝一著「アムンゼンとスコット」<南極点への到達に賭ける> です。
八甲田山雪中行軍遭難
10年後の明治45年(1912年)、南極点いちばん乗りを目指して熾烈な戦いをくりひろげたノルウェーのアムンゼン隊とイギリスのスコット隊を両隊の行動を比較しながらその成功と失敗を描いています。

この2冊の本はリーダーたるものの素質など、教えられることの多い著作です。八甲田山雪中行軍と南極点到達争いは、成功者があまり評価されなかった複雑な事情があります。この辺のことを含めて、書き始めてみたら、とても簡単にはまとめられないことに気づきましたので、今日のところは本の紹介にとどめておきます。
 この
2冊の本は、物事を成し遂げるときに周到な準備が如何に必要かを、改めて教えられた大切な本となりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月19日 (月)

雪の足尾温泉、銀山平へ

Dscn3582_320 昨日は、友人と庚申川へ雪山ウォーキングに行きました。
雪が少なければ、庚申山(1892m)へ登ろうと考えていたのですが、銀山平付近でも、降ったばかりのかなりの積雪でした。

 国民宿舎かじか荘の駐車場に車を止め、庚申川の深い渓谷に沿った雪の林道を歩きはじめました。雪の季節の庚申入りは始めてなので、無雪期には、樹木に邪魔されて見えなかった山が良く見通せ、思わぬ眺望が得られて驚きました。
沢に大きな岩がごろごろしている天狗の投石も雪に埋まってほとんど見えません。誰にも会わない静かな林道を歩くこと1時間強。登山道が始まる一ノ鳥居あたりまで来るDscn3573_320と、積雪量も60cm位になりました。
鳥居をくぐって、登山道に入ろうとしましたが、沢沿いの夏道は膝上まで没する吹きだまった雪で、先行者のトレースも無く、登ってもラッセルで時間切れと判断して、上に行くことを断念しました。
それでは雪山ウォーキングだと、しばらく雪をわけながら付近の散策を楽しみました。
庚申7滝は水量が少なく、雪に隠れて判然としません。
釣行の際、いつも休む滝の展望台のベンチも、雪を被っています。
あたりは、森の中の猿の鳴き声と、時折、パーンと響き渡るハンターの銃声以外、静かです。
バーナーでお湯を沸かしている間、ウィスキーに粉雪をすくって入れ、シャーベット状にして飲むオンザ・スノーを作ります。チョコレートクッキーと良くあって、極上のうまさです。
しばらく、雪の森の雰囲気を楽しんでから、時々粉雪が舞う林道を歩いて戻りました。
勿論、100湯めぐり中の温泉は忘れません。かじか荘の庚申の湯で、雪の露天風呂を楽しみ、ストレス解消ができたと喜ぶ友人とともに、帰路につきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月17日 (土)

演奏会は冬の夜に

 演奏会終了後の、さんざめく明るいホールから外に出ると、冷たい夜風が顔にあたり、あわててコートの身繕いをしました。
演奏会の後に、蒸し暑い夜の街を歩く夏の夜より、演奏会の余韻にひたりながら、冬の夜の寒さを感じる方が好きです。演奏会は冬が似合います。

昨夜は、サントリーホールでの日本フィルの1月定期演奏会。
ロシアを代表する指揮者のひとりであるアレクサンドル・ラザレフの、日本フィルの主席指揮者就任披露演奏会でした。
ラザレフの豪快な、全身を使って指揮に熱中する迫力に、オーケストラから観客までもが圧倒されひとつになって、響き渡る音楽の渦の中に包みこまれたようでした。
音楽について語る素養や知識は持ちませんが、感動に満たされる心は持っています。
日本フィルは素晴らしい指揮者を迎えてくれました
昨夜のプログラムから始まったプロコフィエフ交響曲全曲演奏プロジェクトを始め、これから多くの曲を聞く機会が増える事が楽しみです。
Ja17001_320

(写真上、昨夜の日本フィル第607回定期演奏会パンフレット)
(写真下、サントリーホール前はライトアップされ、冬の夜に白く輝いてきれいだ)

Ca390030_320

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月13日 (火)

海上自衛隊インド洋給油その11(12月)--パキスタンばかり

422_320 新テロ対措法が国会で審議されようとした10月に、インド洋の給油実績について、何故か意図的とも思われる情報公開の遅れや、新着情報を隠した海上自衛隊ホームページが、また、同じ事をやっています。
いつもはホームページの「補給支援特措法に基づく自衛隊の活動へ」から入って「補給支援活動の実績」に掲載され、新着ニュースとしても公開されるのですが、今2008111_320月は掲載されていないのです。詳細は明日にでも調べて書きますが、12月の給油実績は勘ぐれば、海上自衛隊として、発表をしたくないと考えるのが理解できる状況です。

1月14日追記

法に基づいて行っている給油ですから国民に隠し立てする必要もないと思うのですが、なぜか発表を躊躇うのです。
給油活動が国際貢献・協力を謳う手前、パキスタン偏向の給油実績では都合が悪いとでも思って、情報公開の決済が遅れるのでしょうか。
さて、12月の実績ですが、指揮権を持つデンマーク艦に1回給油した以外は、常連パキスタン海軍に5回、640KLの給油にとどまり、1ヶ月の総量は850KLとかなり少量です。

 なにしろ、米国艦艇に月に15000~20000KLも補給していた時期もあるのですから、現在の補給艦乗組員の仕事は、当時と比較すると少し楽かなと思ったりしています。
さて、12月1日から31日までの、給油状況です。 ( )内は給油再開の2月21日からの合計
パキスタンフリゲート艦     5回 (33)  640KL  (4220KL)
  フランス駆逐艦       0回 (12)    0KL  (1315KL) 
  フランス補給艦       0回 ( 1)    0KL  ( 450KL) 
  ドイツ駆逐艦                  0回 ( 3)      0KL   ( 730KL)
  カナダ駆逐艦        0回 (8)    0KL  (1915KL)
  米国駆逐艦         0回 (6)    0KL   ( 3280KL)
  英国駆逐艦         0回 (3)    0KL   (  375KL)
  ニュージーランド駆逐艦  0回 (1)    0KL  (310KL)
  デンマーク艦         1回 (4)    210KL   (1130KL)   
                                                   合計 850KL  (13730KL)

このところの給油活動は、10月の新テロ対措法延長の国会審議の成立の為に、なにか給油量に作為を感じた9月の実績以外は、、8月はカナダ、10月はデンマーク、そして11月は米国、そして今回発表の12月は指揮国デンマーク艦艇と、常連のパキスタン以外は常に1ヶ国の艦艇だけです。
そんなわけで、2月の給油再開以来、パキスタン艦艇への給油量が、米国を除くと全給油量の40%を占めています。
パキスタン海軍は、フリゲート艦1隻が、海上阻止活動に従事していると発表されていますが、6日に1回の給油と、フリゲート艦の航続距離との関連も疑問視しています。
2月3日頃には、現在の指揮国デンマークも任期終了の予定です。(次ぎの指揮国は調査中です)

 重箱の隅をつつくような事を言いたくないのですが、国際貢献の大義名分で、はるばる遠くインド洋まで出かけ、熱波のなかで給油活動に従事しているいる海上自衛官の仕事が、補給海域の近くに自国の海軍基地のあるパキスタン艦艇への補給活動が主力任務では、士気にかかわるのではないでしょうか。
毎月、同じ事を書いていますが、このインド洋での海上給油支援は、日本の国際協力活動のなかで、見なおしても良い時期に来ているとみます。最近のパキスタン偏向の給油状況からみてそう考えざるをえません。(海上自衛隊の給油に依存する各国艦艇、同じくNATO諸国の艦艇、7ヶ国の艦艇などと書いて、その貢献を謳ってきた右派系言論人の方々が、給油活動の意義を、日本のシーレーン防衛、海賊対策などに結び付ける論調に変えてきているのは、このへんの事情によるものです。)

 新テロ対措法改正案は、参院の委員会と本会議で否決され、衆院本会議で「3分の2」による再可決で成立しました。
ともかく法案成立ありきで、審議も充分なされたとは言えず、実施事項に国会承認の必要との文言も削除された問題も含んだままです。
 今後のアフガニスタン支援、テロ対策の国際協調など総合的な政策を打ち出せるのは、現麻生政権では無理だと誰もが思っているなかで、ソマリア周辺海域の海賊対策などと絡んで、インド洋給油支援の位置付けも揺らぎはじめています。

写真上は、昨年11月10日に日本を出航し、現在インド洋で給油活動に従事しているとわだ型補給艦「とわだ」。写真下は、呉港出航時の同艦)

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年1月12日 (月)

ムクロジを知る

Dscn3566_320 元日の初詣の帰りに、宝幢寺に寄り、ムクロジ(無患子)の木を教えてもらいました。女農園主さま、じゃない、かみさんにです。
そうか、この実の中の黒い種が羽根突きの羽根の玉なのか。(この言い方が正しいかはわかりません。羽根の根がこの玉を表すのかもしれません。)それにしてもコチンコチンの硬い種です。
インターネット検索で調べてみたら、ムクロジについて沢山書かれていました。
羽根だけでなく、数珠に使われたこと、実は砕いて石鹸になる事、お釈迦さまの教えにもある事など知らなかったことが恥ずかしいくらいです。新年早々、たいへん勉強になりました。
果肉が無く、透明な殻の中に、黒い種がすけて見える不思議な実です。Dscn3542_320
また、この宝幢寺のムクロジの木も、切倒された古木の根元部分から成長した変な樹形です。

Dscn3541_320

Dscn3540_320

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年1月11日 (日)

再び、浅間山遠望

Dscn3555_1024

今朝は起きるのが遅くて失敗。早朝ならもっと良く見えたはずです。残念。
それでも、先日の写真よりは、はっきりと写っている浅間山の遠望です。
双眼鏡で覗くと、右にたなびく噴煙まではっきり見えます。雪が大分増えました。
雪といえば、日本での最初のスキー登山の雪崩遭難はこの浅間山で起きたと記憶しています。
写真は、先日と同じ志木ニュータウン高層棟の14階から撮りました。前衛の左の山は、笠山(乳房山)です。小さなデジカメで、光学式望遠まで使って撮っていますが、このへんが限界かもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月10日 (土)

鉄道石綿被害に思う

 一昨日のブログで、古い山の友人がアスベスト(石綿)による中皮腫で亡くなった事を書きましたが、同じような就労状況で死亡した旧国鉄職員2人が、損害賠償を求めた訴訟が、昨年12月25日に、旧国鉄側が遺族の主張を受け入れる形で和解したとの報道がありました。
気にかけていた裁判でしたので、良かった、ともかく少し前進したとの思いがあります。
旧国鉄の石綿関連職場で働いた人は約10万人以上だといわれ、友人も旧国鉄の大井工場の車両検査関係の職場で、作業中に飛散した石綿を吸いこんだのが発症の原因でした。
その職場に勤務したのは3年ほどで、病気との因果関係を説明されても、自分は僅か3年間だ、もっと長期に在職した仲間も多い、なぜ自分がと信じられない気持だったようだと後日、家族からお聞きしました。
友人が、吸入から40年後に発症したという状況が、この病気の被害の複雑さと深刻さを表していると思います。

 毎日新聞2008年12月26日の朝刊に、この問題が大きく取上げられており、旧国鉄の石綿関連職場だけでなく、鉄道車両メーカーや車両関連の石綿除去業者でも被害が表面化しており、問題の拡大が懸念されると書かれています。

 建築関係者と石綿製品製造工場、及びその周辺の住民の石綿被害については、大きな社会問題になりましたが、この鉄道石綿被害もこれを契機に、今後大きな展開をみせる事でしょう。
石綿被害のことについては、以前にも駐留米軍の建築関連工事においては、工事中の作業者、及び工事現場周辺の人達の石綿被害を防ぐために、いかに注意深く配慮しているかについて書いた事があります。日本の現状に比べて、その差の大きさに驚いたからです。
駐留米軍工事では、かなり前から石綿の危険性について認識し、工事による被害予防のマニアルなども完備されていました。
しかし日本では、石綿対策は大きく遅れをとってしまいました。以前からその危険性については懸念されていたのですが、実際に大きな社会問題化したのはこの10年ほど前からでしょう。
僕が20年ほど前に入手した石綿スレート協会発行「石綿スレートと健康」という小冊子でも、石綿の健康被害については、驚くほど過小に解説されています。

 メーカー側が、石綿製品の製造、販売を優先した内容ですが、この時点でもう少し前向きに健康被害に警鐘を鳴らしてくれていたら、被害状況も変わっていたと思います。
これは石綿メーカーだけでなく、人や動植物、自然環境に被害を与える恐れのある、危険な事業や製品作りをすすめる側がいつも犯す過ちです。まず、危険性を隠そうとする、過小評価する、問題をすりかえる、そして悲惨な結果が生じても責任を曖昧にして、時間ばかりが経過していく。
 この小冊子なども、生産者側が製品に対する危険性の認識を、誤まった方向に向けさせた教材の一つと言えるのではないでしょうか。
B5版で16ページほどの内容ですから、近いうちに主要な部分を書き写してお知らせしたいと思いますが、今日はその小冊子、石綿スレート協会発行の「石綿スレートと健康」の[あとがき]だけを書き写します。この文章に当時のメーカー側の石綿製品に対する認識が凝縮されていると感じるからです。でも、現在読むとウーンとうなりたくなる内容です。
 
〔あとがき〕
がんの実態は未だ解明されていません。世界中の科学者達がその正体を明ら
かにすべく凡ゆる角度から、アプローチしていますが、石綿とがんとの関連に
ついても多くの人が研究を続けています。
然しこれ迄の調査研究は、その殆んどが過去の高濃度の職業上の石綿ばく露を
長期問受けた人々についてでありました。
従って現在の整備された作業環境で働く労働者、更にはそれよりも格段に
低濃度の一般環境にあっては、石綿とがんとの関連は全くないと云うのが
私共の考えです。
然し中には「石綿に被曝する度合が少ければ少い程がんの危険性は
減少するが、いかに低濃度であっても危険性がゼロになることはない」と主張
する科学者もあります。然しこの様な考えを認めたとしても、これによる危険
は、前に述ぺました如く我々が日常生活に於いて遭遇するいろいろな危険に比
ぺてもはるかに小さく、云はば「許容される危険」の範囲に入るものではない
でしょうか。
一方石綿スレートは重要な建設資材として凡ゆる方面に数多く使用され、特
に代表的な不燃建材として毎年多くの人命、財産を火災から守ることに犬きく

貢献していることは御承知の通りであります。
消防白書によりますと昭和59年の全国の建物の出火件数は38、254件で、これ
により1354人の尊い人命が失われて居りますが、この内950人(70.2%〕が木
造建物で亡くなられた方々でありました。
若しこの木造建物に不燃建材がもっと使用されていたならばこの内何割かの
人命を失はずに済んだかと思はずにはいられません。
以上いろいろ申し述ぺましたが、石綿スレートの安全性について皆様の十分
な御理解を得られたものと確信致します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 8日 (木)

ご来光ーー八ヶ岳を想う

0901yatugatake

Ja07002_320 写真上は、友人がメールで送ってくれた蓼科高原からのご来光です。
黒く連なる八ヶ岳から、今まさにまばゆく光る2009年の太陽が昇らんとしています。

この写真を見ながら、何度となく登った八ヶ岳のこと、その中でも約50年前、高校山岳部の仲間と登った1月の権現岳を懐かしく思い出します。
1昨年、一緒に登った友が亡くなりました。肺気腫でした。旧国鉄に勤務し、僅か3年ほど配属された車両検査関係の部署で、空気中の石綿を多量に吸いこJa07007_320んでいた事が、後年肺がんとなって発症したのです。残念でなりません。
この、山行の古い写真があります。パンをかじる亡き友の姿があります。
当時、冬用テントを持つことなど夢であった僕達は、雪の中でも米軍放出の夏用テントでした。ツェルトビバークより少しはましといったテントの中で、羽が飛び出して鳥小屋のようになる米軍放出シュラフで寝ました。この日は特に厳寒で、氷点下20度までの目盛しかない寒暖計は、それ以下の気温を示してくれませんでした。
今では、なにを話していたのかも思い出Ja07011_320しませんが、それでも僕達は山にいることが嬉しくて、次の山行きに思いをはせたり、ときには笑い声をあげて、寒さで眠れぬ夜を語り合って過ごしました。

この年は雪が多く、小海線の甲斐大泉から権現岳へのルートは、これが八ヶ岳かと思うほど深いラッセルに悩まされるなか、風雪も強くなり結局、三つ頭まで登るのがやっとで下山せざるを得ませんでした。
生活の全てを倹約して汽車賃をひねり出し、陽気に山へ通っていた10代の僕Ja07003_320達、貧弱な装備、寂しい食料、懐かしいというより、なにか胸が熱くなります。

Ja07012_320

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 6日 (火)

フーコーの振り子

Dscn3383_320 昨年の秋に訪ねた新潟県立自然科学館で、久しぶりに「フーコーの振り子」を見ました。

子供の頃、上野の国立科学博物館に行くのが好きでした。
全ての展示物に興味深々だったのですが、中でも薄暗い階段室の吹抜けに設置されていたフーコーの振り子と、3階だったかにあった、顔がこんなに小さくなるのと驚かされた「干し首」がいちばんのお目当てでした。

フーコーの振り子は、小学生には地球Dscn3384_320自転の証明とかが良く理解できず、4階から地下1階まで吊り下げられている重そうな円球がゆっくりと振れている事が地球自転を表しているかのように思って厭きずに眺めていました。
振り子が地球自転とは無関係に、一度振れ始めるとその方向のまま振れ続き、その下の地球面が動いていくので、振り子が自転と反対方向に動いて行くように見えるという事実に納得したのは随分後の事でした。
ある本に北極点で振り子を動かすと、1日に1回転する事が分かり易く説明されており、はじめてなんだ、そうだったのかとわかったのです。
それでも、振り子を吊り下げている構造物自体が、地球の自転で動いてしまえば、振り子も一緒に動いてゆくではないかと考えたり、振り子は空気抵抗によりいつかは停止する事や、振り子を吊り下げている上部のフックとロープが摩擦し難いような特殊なフック構造を理解するの難しかった事を覚えています。

今でも各地に設置されている展示用のフーコーの振り子が、停止しないよう、どんな機械的な力を加えて振幅させているのか、また、振り子自体の回転運動をどう防いでいるのか知りません。
なにしろ数十mの鋼線と20kg以上の錘を使って振幅をゆっくりさせても、だんだんと振れが小さくなるのは、避けられないのですから。

ちなみに、僕が以前、家で釣具のテグスと錘で天井から2.2mくらいの振り子を作って実験したところ、振動方向がぶれたり、円運動に近くなったりして30分も動いてくれませんでした。フーコーは最初、自宅の地下室の天井から下げた2m程の振り子で実験したそうですが、どんな装置だったのでしょうか。
http://kakuda.ed.niigata-u.ac.jp/semi/ob/thesis/99niwata_thesis2-21/space/foucault/foucault.html  (フーコーの振り子の原理説明)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 4日 (日)

山岳展望ーー浅間山を見る

Dscn3544_1024 昨年暮に所用で北朝霞から武蔵野線に乗った際、西浦和、武蔵浦和と走る車窓から
真っ白く雪をかぶった浅間山がくっきりと見えて感激しました。

 最近、志木市周辺から、この浅間山が見える日が多くなったように感じています。

 東京周辺から山を見るのに、手放せない貴重な文献が、横山厚夫氏の書かれた「東京から見える山 見えた山」です。1971年に初版が発行されましたので、約約40年ほど前の本です。
山岳展望で確固たる業績を残した中村清太郎氏とそのあとを継いだ小暮理太郎氏の研究の紹介を含めながら、山岳展望の楽しさを書かれています。
その中で、浅間山については眺望環境の悪化により都内からは見え難くなった山に挙げられています。
 しかしその後、相次いで超高層ビルが建設されるようになった事で俯瞰的には見え易くなった事と、特に冬場は、スモッグなどの影響も少なくなった事も幸いして、条件さえ良ければそのどっしりした山容を見る事が出来るようになりました。
埼玉県に入ると、浅間山を探す事は比較的容易であり、好天であれば大きな白い山容が最初に目に入ってきます。

今年は元旦から好天続きの穏やかな日が続き、今日も朝から雲一つない青空が広がっていました。
 そうだ、久しぶりに志木ニュータウンの高層棟から浅間山を見ようと思いつき、早速エレベータで13階に上り廊下から北西方向を見ると、奥武蔵の特徴ある笠山の右に、白く大きく浅間山が望めました。
暮に武蔵野線の車窓から見た時より、雪が少なくなったようで、所々黒い山肌も現れていましたが、その山容の大きさから間違いなく浅間山だろうと思いました。

 最近、都会から山を見る事などから遠ざかっていたこともあり、浅間山以外にも、多くの山が望まれることに新鮮な感激を覚えました。榛名山、赤城山なども見つける事が出来ましたが、遠く上越国境の山々の中に谷川岳らしい純白の山があり、忘れていた山岳展望の面白みを思い出しました。よし、これからはたまに早起きして、山座固定に挑戦してみるぞ。

Dscn3543_320 (写真上、志木ニュータウン高層棟13階から見た浅間山。双眼鏡で見るとくっきり見えるのだが、デジカメの望遠写真ではぼやけてしまう。乳房山とも呼ばれる笠山と、右の鉄塔の間に驚くほど大きく白い雪山が望まれる。浅間山と思われる。)
(写真下、山岳展望に熱心だった頃は「東京から見える山 見えた山」以外に「展望の山旅」「車窓の山旅、中央線から見える山」なども愛読した。しかしこの20年ほどは、まったく無縁だった)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 1日 (木)

初詣に館ノ氷川神社へ

Dscn3535_320 「明けましておめでとうございます。」

 昨年末はたいした事もしていないのに、なんだか慌しくて、ブログの更新がまったく出来ませんでした。
改めて2009年の元日、いつものように地元の氏神である館ノ氷川神社に初詣に行くことから始めました。
神社までは歩いて20分弱ほどの距離があります。
この志木市の館ノ氷川神社は小社ながら、1100年以上の歴史のある神社で参拝客も多く、今日も昼過ぎに訪れた時には50mほどの行列が神社の前の道路Dscn3536_320まで伸びていました。
家族単位で、順番に参拝するものですから、良い習慣ながらとても時間がかかるのです。
1時間近く並んで、やっと順番が来たので、型どうり2礼2拍手1礼のお参りをして、我家の好運を祈りました。
参拝後、振舞われている甘酒を焚火にあたりながら頂いてから、社務所でいつもの鏑矢を求め帰路につきました。
さて、政治、経済ともかってない激震に見まわれているなかで、年が変わりました。
これからどんな展開が待ちうけているのDscn3539_320でしょう。
拙いブログですが、継続していろいろ書いていきたいと考えております。お暇な時には覗いて見て下さい。
女農園主さまや作男さんも元気に新年を迎えました。
実は今年は市民農園借り受けの更新年に当たります。はたして継続が可能なのか、このあたりのこともおいおい書いて行きます。

そうだ、作男さん、お怒りです。
「またしても、白菜を盗まれただよ。いつもいちばん出来のよいのを持ってゆくだよ。最初に盗まれた時、農園主さまは、どなたかがおいしく食べてくれたらそれで良いのですよと微笑んでいたというのは、ありゃ嘘だよ。おらの日記さには、そうお書きなさいとおっしゃるで、書いただよ。
ほんとさ、’今度見つけたら簀巻きにして、柳瀬川にたたきこんでやる’とおっかねえ(*_*)しただよ。農園主さまを怒らすとこええだよ!。誰かしんねえだども、もう止めれ。頭さたたき割られるだよ。」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »