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2008年12月24日 (水)

今年のあれこれ、〇と×その1ーー飛行機は〇でした

Md87_320 JALの保有していた最も小さい航空機であるMD-87今年(2008年)の3月で全機引退しました。
後部に設置されたエンジンやT字型尾翼など機体も個性的でしたが、空飛ぶスポーツカーともいわれた俊敏な飛行性能も持っていました。
胸のすく上昇能力と聞いて一度は乗りたいと思っていたところ、引退直前の3月の山形空港行きで実現しました。
短い滑走距離から急角度で上昇する機内で、大型機では味わえない、座席の背もたれに押しつけられるような感覚を体験する事が出来て大満足のでしJal_121_320_2た。

7月の千歳空港ではANAのB747-400のポケモン塗装機の離陸を見ました。僕は詳しく知らないのですがポケモン塗装機は何種類かあるようで、千歳空港のそれは空色の機体をしていました。
 帰りの函館空港で黄色に塗装されたポケモン機が駐機していたので、写真を撮っていたら、なんとそれが搭乗する飛行機でした。
しかし乗ってしまえば、乗務員がポケモンのエプロンを着けているくらいで、どうといった事はありませんでしたが、ポケモン機に乗れる確率が10%程度と聞いていたのでその好運にでした。

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2008年12月23日 (火)

行屋稲荷の庚申塔を見る

Dscn3529_320 年末でなにかとせわしなく、毎日が過ぎていきます。
それでも、今日は少し時間があったのでウォーキングを兼ねて、近くの行屋稲荷を訪ねて、往復5kmほど歩きました
この行屋稲荷にある庚申塔(写真左)は今から360年程前に建立され、近世の石仏、石神の中では志木市内で最も古いものと言われています。

説明板にこう書かれています。
「この庚申塔は、庚申講という庚申待(こうしんまち)を行う信仰集団によって建てられたものである。庚申待とは、庚申(かのえさる)の晩に限り人が眠るのを待って体から抜け出し、天帝にその人が犯した罪を告げるという三尸(さんし)(三種類の虫)が体から抜け出さないように、夜を徹して身を慎む行事。」

 そうですね、自分の悪い行いを言いつけられたらたまりません。庚申待ちという落語もありましたね。
庚申塔の六面に六地蔵を配しているのは、地蔵信仰と庚申信仰が一緒になった珍しい例だそうです。
ところで、志木には昔は石工が多く住んでいて、腕も良かったそうです。ここの稲荷堂の横に置かれていた石版(壁に飾ったもの?)の繊細な彫物には驚きました。
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(写真上、行屋稲荷の鳥居)

(写真中上、行屋堂または庚申堂。講に出る前にここに集合して出発した場所なのか、庚申待ちをする場所だったのかはわからないが、中に炉も設けてある)

(写真中下、お稲荷さま)

(写真下、お堂のどこかに飾られていたと思われる見事な石の彫り物。写真ではわかり難いが、松の葉の細かいところまで繊細に彫り込まれている。)
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2008年12月19日 (金)

阿修羅像が東京に

Ca390025_320 今日、いや24時を回ったので、正確には昨日ですが、志木駅でこの写真のポスターが目に入りました。そうか、あの阿修羅像が上野の国立博物館に来るのか!。
 きっと前から宣伝されていたのでしょうが、僕はこの大きなポスターで始めて知りました。

http://www.asahi.com/ashura/ 興福寺創建1300年記念 国宝 阿修羅展

 この有名な仏像については、いまさらここで書くまでもないでしょう。嬉しいのは奈良まで行かなくても、この美しい仏像にまた会えると言う事、そして、なんと露出展示で360度の角度からみる事が出来るという事です。
興福寺の国宝館に展示されている阿修羅像は、ガラスケースに入って正面からしか見る事が出来ません。
 行かれた方はご存知と思いますが、この像の前のプラスチックタイル床は、立ち止まる人が多いため、その場所だけ削れて磨耗し、色が変わっています。阿修羅像の超人気ぶりがわかります。
来年の春の国立博物館は大混雑、長蛇の列が目に見えるようです。
しかし阿修羅を含む八部衆像と十大弟子像が展示されるとなると、是非観賞したいと思うのです。
 (写真上、志木駅構内に貼られていた阿修羅展のポスター。なんとも大きなポスターで目立つことこのうえない)
   
 昨日の答え
(神奈川県湯河原町、福浦漁港の赤い塔は、近くの真鶴トンネルの換気塔だそうですー地元の漁師さんから聞きました。)

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2008年12月17日 (水)

福浦漁港に建つ、これはなに?

001_320 渓流釣りの仲間との忘年会で湯河原町に行き、宴会だけでなくちゃんと海釣りもしたのです。
場所は宿から歩いて500mほどの福浦漁港の岸壁です。片側にテトラが入っていて足場は悪いのですが、手のひらより大きい、そう20cmくらいのメジナがよく釣れました。初めて訪ねた漁港でしたが、暖かい日差しのもと、皆で堤防宴会も兼ねながら多いに楽しみました。
そこで見たのが写真の赤い塔
「いったいあれはなんだろう」
「網のようなところで魚を干物にする」「どうやってあんな上まで引き上げる」「なにか船へ信号を送る装置」
「煙突?」
話しは盛りあがりましたが、誰も正解なし。
答えは明日のブログにて。

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2008年12月16日 (火)

海上自衛隊インド洋給油その10(11月)の続き

0811031_320 12日に成立した新テロ対措法延長に関しては、マスコミもほとんど話題にしませんでした。
 昨年はは政府・与党が臨時国会を再延長し、異例の越年国会にしてまで、なんとか成立に持ちこもうとしたこともあり、マスコミの報道や識者の意見発表も数多くありました。
そんな中で毎日新聞が行った世論調査ではインド洋での給油活動をめぐっては「再開すべきだ」が41%だったのに対し、「このまま中止すべきだが」が50%の結果が出ています。
また、今国会でも当たり前のように行なわれた、法案が参院で否決されるか参院が送付から60日以内に議決しない場合、与党が衆院の3分の2の賛成で再可決することに対しては、「支持しない」が57%に上り、支持するの32%を大きく上回りました。
もし今回、昨年のように世論調査が行なわれていたとしたら、きっと同じような傾向が見られたと思っています。
新テロ対措法延長法案可決は、説明不足であり世論を無視しているのです。

 しかし防衛大学校長である五百旗頭 真氏は右派系言論人が好むシーレーン防衛に結び付けて毎日新聞でこう述べています。

「日本の安全と、生存のための経済活動は、国際的な連携によらずして全うしえない。
それにしては、日本の国連平和維持活動(PKO)を含む国際協力活動は極めて低調である。
国際的な連携を失った状態で危機を迎えれば、日本は孤立感の中で自前軍備に傾く他はなくなるだろう。
国際的な連携を支える日本の数少ない手段であるインド洋給油活動の放棄は、日本の安全と生存の根幹にかかわることを忘れてはならない。
 昨年の参院選で多数を獲得し、
政権を手にする日が近づいたとはずむ民主党に、この国家的安全の根幹を政争の具とする動きがやまない。どの党が政権をとろうと、日本にとり国際的連携の中で生存を全うすることが不可欠である。そのために残された貴重な手段であるインド洋給油活動を破壊する党に、政権担当の資格があるだろうか
 また、連立政権を組む公明党にも、選挙近しの想いが募る中、インド洋給油の延長を嫌う機運が生じているのも気がかりである。
平和を望む公明党が、国際連携を壊し孤立と軍拡への道を開く近視眼に陥れば、やはり自党の存在理由を否定する結果となろう。」

 首相の靖国神社参拝に異を唱え、歴史認識も誤まっていると右派から激しく批判されている五百旗頭校長です。しかしこの程度の論文が「広い視野を持て」、「文民統制を尊重せよ」と教え、田母神発言を取上げた、先日のクローズアップ現代の番組中でも、なにやら意図的とも思えるほど持ち上げられていた校長の論旨なのです。
 自分の都合のよいように解釈して論旨を展開する右派系言論人に似た論文を書く事が多い五百旗頭氏ですが、公立である大学校の校長として、ここまで政党批判が出来るのかと疑問に思えます。
田母神氏のような人物が、航空自衛隊のトップにいたことにも驚きましたが、この校長の論旨も防衛庁内部ではまったく問題にされないことに、組織の持つゆがみを感じます。

次ぎにブログトップに、前回と同じイージス艦の写真(あたご型のあしがら。韓国の新造艦が就航するまでは世界一の大型イージス艦)を持ってきたのにはわけがあります。
 雑誌「WEDGE」10月号「海上自衛対隊の給油活動 実はローリスク ハイリターン」なる論文を書いた、谷口智彦氏(前外務副報道官・慶応義塾大学大学院SDM研究科特別招聘教授)もまた、わざとわかり難い引用をしたり、(給油の総量価格を、国内の一般家庭の使用する熱量と比較して、微々たるものと断じている)不適切と思われる参照をして(アフガニスタンの各国戦死者数から、日本の貢献度の少なさを論ずる)、シーレーン防衛と給油活動を関連させて評価しています。
そのなかで、次ぎのように書かれている部分もまた、誤まった情報です。

[つとに日本は「現行防衛計画の大綱」において、自らの防衛力を世界の「公共財」に供し、遠隔地の安全も自国の安保に直結する関心対象としてとらえる視点を獲得していた。アラビア海、インド洋を舞台とする海自の活動はそれを地で行くものと言え、その意味でもあくまで自律的な行動である。加えて活動は、海自関係者の予測をすら超える副次効果を生み「リターン」の高さを一層浮き彫りにしている。
 その一つは、作戦任務期間を終えて帰る部隊、任務に就く途上の部隊が1度は必ず交錯するため、
高い能力を備えた海自のイージス型護衛艦が往路に1隻、復路に1隻、相当頻度でシーレーン上を行き来する光景が現出した事だ。」

 海上自衛隊のイージス型護衛艦がインド洋の作戦に従事したのは、イラク戦争に関連したと思われる2004年まで、日本政府は認めていませんが米国の要請により、情報収集に協力した時だけであり、給油活動に従事する補給艦の護衛は2005年以降通常型の護衛艦により行なわれています。
谷口氏が通常型とイージス型護衛艦の区別がつかないとは思えませんので、時期を書いていないとは言え、海上自衛隊の高い能力の艦艇が常にシーレーンを守っているとしたかった為と思われます。
これなども誤まった情報の引用で論旨を展開する例です。
同じような論旨を展開する右派系論客の方々の論文には、誤まった情報操作が見られることが多いのです。
田母神論文などはその最たるものです。

前回も書きましたが、現在の給油活動は1ヶ月1500KL平均で推移しています。これは米軍に貢献を感謝された当時の1ヶ月20,000KLの給油量の10分の1にもなりません。
1500KL程度、しかもその3分の1は自国の港湾基地が近いパキスタン海軍への給油量です。
これは、遠路インド洋まで補給艦、護衛艦が出かけてゆく経費対効果からいうと疑問符がつく貢献です。
いまや給油活動は、日本が国際貢献をうたうほどの効果を挙げていない事は米国も承知で、給油活動も結構だが、もう少しアフガニスタンでの米軍を援助する策を模索しなさいと言ってくるはずです。
勿論、すでに申し入れられている1兆7000億円の援助要請とのからみもあるでしょう。
いまや米国の進めるアフガニスタンでの軍事行動は行き詰まっています。なんとか日本には、あまり効果のあがらない非戦闘地域への少数の陸上自衛隊派遣などではなく、幅広い分野での貢献を求めて、軍事面での泥沼状況を解決する方向の一翼を担わせようと圧力をかけてくることでしょう。

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2008年12月14日 (日)

大雄山最乗寺に参拝する

Ca390024_320 昨日は、湯河原町で渓流釣りの仲間との忘年会がありました。忘年会!。
 そうです、今年も今日を入れて後18日しかありません。
 27日が土曜日ですから、それまでの土曜、日曜、それに天皇誕生日を除くとなんと仕事が出来る日数は9日です。
 いよいよ、今年も大詰めです。なんだかあせるなと言いつつも、今日はそのまま帰宅するのもつまらないと、皆で南足柄市の大雄山最乗寺に寄って来ました。
 有名な曹洞宗の古刹は小雨の中に、荘厳なたたずまいを見せていました。
ここもまもなく、新年の初詣客で賑わう事でしょう。
この寺は天狗伝説の寺でもあり、世界最大という主さ400kgの巨大な鉄下駄をはじめ、沢山の高下駄が奉納されています。夫婦和合にご利益があるとの事でその数は以前よりだいぶ増えたような気がしました。
皆で各お堂に参拝しつつ、奥の院までの急な階段を含めて、下から300段近い階段登りは二日酔いの身には、だいぶ応えました。
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Ca390023_320 (写真左、奥の院に一直線に登る急な階段)

12月16日14時追記
曹洞宗の寺である最乗寺(さいじょうじ)で友人達と、曹洞宗と禅宗とのについてちょっと話題になりましたので、以前調べた事を書いておきます。
 よくここは禅宗の寺だなどといいます。鎌倉の建長寺や円覚寺(鎌倉五山)なども、座禅修行などで知られているので禅宗寺院とまではわかりますが、宗派まで覚えていません。
しかし、
正しくは禅宗という宗派は無く、曹洞宗、臨済宗、黄檗宗を禅宗と呼びます。
全国の末寺の数では、曹洞宗が多く約1万5千弱、次いで臨済宗の6千弱、いちばん少ないのが黄檗宗の5百弱となっています。このことから
曹洞宗と臨済宗が禅宗の二大宗派と呼ばれています。

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2008年12月11日 (木)

給油延長法案は明日可決ー海上自衛隊インド洋給油その10(11月)

0811031_320  昨年は成立までに、あれほど騒がれた新テロ対措法案ですが、今年はマスコミもほとんど取上ませんでした。

そして今日、参議院の外交防衛委員会で民主、共産、社民各党の反対多数で否決されたたものの、明日の参院本会議で野党の反対で否決されても、与党は同日中に衆院本会議で3分の2以上の賛成多数で再可決し、成立することになるでしょう。
衆院本会議で3分の2以上の賛成で再可決してして法案が成立するなど、考えてみればおかしな事が当たり前のようにまかり通るところが異常です。
このところの給油活動は、僕が給油延長法案の成立後押し工作かと疑った9月の5ヶ国への給油以外は、8月はカナダ、10月はデンマーク、そして11月は米国と常連のパキスタン海軍を除けば常に1ヶ国だけです。
なぜか、強行採決しても成立させたい重要法案なのに、国民にはほとんど情報が公開されず、その給油実績も、最近ははるばるインド洋まで出かけて行う国際貢献の意味合いが問われる実情です。

それでは、11月の実績を見てみましょう。
11月1日から30日までの、給油状況です。 ( )内は給油再開の2月21日からの合計
パキスタンフリゲート艦     3回 (28)  280KL  (3580KL)
  フランス駆逐艦       0回 (12)    0KL  (1315KL) 
  フランス補給艦       0回 ( 1)    0KL  ( 450KL) 
  ドイツ駆逐艦                  0回 ( 3)      0KL   ( 730KL)
  カナダ駆逐艦        0回 (8)    0KL  (1915KL)
  米国駆逐艦         2回 (6)  1570KL   ( 3280KL)
  英国駆逐艦         0回 (3)    0KL   (  375KL)
  ニュージーランド駆逐艦  0回 (1)     0KL  (310KL)
  デンマーク艦         0回 (3)     0KL   (920KL)   
                                                   合計 1830KL (12880KL)

9月よりCTF-150の指揮権をもったデンマーク艦艇が給油を受けませんでした。
先月も書きましたが、デンマーク海軍は主として沿岸警備型の海軍で、海軍人員も総数3,770名で所有艦船も少なく、どの艦が参加しているのか不明です(未確認ですがHDMS Absalon (L16)という情報を見つけました)

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常連パキスタン海軍については、海上阻止活動との関連が今一つわかりませんが、不穏な国内情勢とインドとの関係悪化があり、万が一、インドと事を構えるような事態になると日本の給油活動が海軍支援というとらえ方をされ、これがインドとの問題に発展しかねない恐れがあります。
今回2回の給油を行った、米国艦艇の給油量は1570KLとかなり多量です。
 調べてみると1回当たりの給油量約800KLは、給油再開以来の最大量で駆逐艦1隻への給油にしては多すぎる量です。
 CTF-150活動範囲の艦艇なのか、疑問も残ります。これも今後の毎月の実績や米国海軍HPなどで解明されるかも知れません。

いよいよ、明日には1年間延長の新テロ対措法案の成立ですが、来年は与党が衆院本会議で3分の2以上の賛成多数で再可決などが出来る議席数をもてる状況にはないでしょうから、継続が微妙になるでしょう。
それ以上に、新大統領を迎える米国とパキスタンとの関係、アフガニスタンの国内情勢など、今後の海上阻止活動がどんな状況になっていくのか、予断を許しません。
ともかく、海上阻止活動が曲がり角に来ている感はあります。そんななか、政府の説明責任は完全に欠如しています。    書きかけーーー続く

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2008年12月 9日 (火)

柳瀬川のカモとフナ釣り

Ca39002_320 柳瀬川土手を歩いては気にしているのですが、今年もカモ達の飛来が少ないようです。
 飛来数については、以前にも書きましたが年々減少の一途です。
埼玉県全域では、それほど極端な減少は見られないようなので、柳瀬川に何か原因があるのでしょうか?。
河原の草は、川べりだけは残して、全て刈りとっています。川近くの草を残すのは、野鳥の生息しやすいようにとの配慮からなのですが、これが何らかのマイナCa39001_320ス要因になっているのかもしれません。
柳瀬川下流域確認数(埼玉県内ガン、カモ一斉調査より)
1998 1172
1999  944
2000  699
2001  446
2002  448
2003  410
2004  376
2005  438
2006  275
2007  370
2008  274
(資料はエコシティ志木のHPより)
   http://www.cc.e-mansion.com/~eco/top.html

それでも、何羽かがまとまって泳いでいる光景は見る事が出来ます。警戒心が強く、近寄ると逃げます。
川では、アユ釣りが終り、志木大橋上流の水門のある場所では、フナを釣っている人達を見かけました。焚火をしたりして、皆のんびりと竿をだしていました。
  (写真上、カモが10羽ほど、まとまって泳いでいるのですが、遠景すぎて良くわかり        ませんね。次はもう少しまともな写真をのせます。)  
  
(写真下、のんびりとフナを釣っている人達)

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2008年12月 7日 (日)

月刊「現代」の廃刊

Dscn3503_3202009年1月号、月刊現代の最終号です。「42年間、ご愛読ありがとうございました」とあります。
今後、この雑誌を読む事が出来なくなると思うと寂しいかぎりです。
総合雑誌の休刊(実際は廃刊)が相次いでいます。今年だけでさまざまな分野の約80の雑誌が廃刊されるそうです。
実際には、創刊される雑誌も同数あるようで、総数では減っていないようですが、総合雑誌「論座」や「現代」のようなノンフィクション分野のジャーナリズムが消えていき、「世界」「文芸春秋」も安泰ではないようです。
以前、鳥越俊太郎さんが毎日新聞の「ニュースの匠」に書いていました。
「一つ例を挙げます。ジャーナリズムの本場、アメリカでは、この仕事の本質は税金を使って仕事をする”権力の監視”にあるといわれます。だから彼らは徹底的に在野であり、アウトサイダーです。」

 月刊現代の記事が、全てその立場で書かれていたとは言いませんが、権力と距離をもった視点で書かれた多くの記事を読む事ができました。他に変え難い存在でした。
 最近では、読み応えのある記事として、立花隆氏の「私の護憲論」が19号にわたって連載され、最終号で未完のまま終ってしまいました。
憲法改正を当然とする政治的社会的風潮に抗せんとして書き始めたと述べられているように、改憲論者の安易な論拠を一蹴するにたる力作でした。
練達の執筆者が時間をかけて取材、調査し、実証的データーによりまとめあげられた論文の凄さをあらためて認識させられました。
月刊現代の廃刊は残念ですが、継続を願って奮闘してきた編集者達の志が受け継がれ、何らかの形で復活する事を願っています。

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2008年12月 5日 (金)

川越を歩く

Ca390010_320 昨日は、所用で東武東上線の鶴ヶ島に行き、帰りに少し時間があったので、久しぶりに川越に寄りました。

 川越駅前から、いつも賑ぎわっているクレアモール商店街を抜け、連雀町交差点に出て蔵造りの街並みを歩いてきました。
途中、出世稲荷神社の縫ぐるみのクマチャンのような樹形の銀杏の黄葉をみました。
 でもこの銀杏、ダイエットしていないからといって、悪口は言えません。なんと言っても樹齢600年の大木で、きっと凄まじい明治時代の川越大火も見たに違いありませCa390011_320ん。でも、およそ銀杏らしからぬその形には皆笑ってしまいます。

 町は平日の夕方という事もあり、人出は少なかったのですが、それでも人力車が客待ちをしていたり、外人観光客が蔵造りの店を覗いていたりと、観光地らしい雰囲気でした。

 来年のNHK連続テレビ小説「つばさ」は、川越が舞台だそうで、資料館前に大きく宣伝されていました。なお埼玉県の登場は朝ドラ初だそうです。いつもは朝のテレビ小説は見ていませんが、川Ca390012_320越が舞台となれば話しは別です。楽しみにしています。
蔵造り本舗の店で、バームクーヘンと珈琲のセットで350円と、値段のわりにとてもおいしい珈琲を飲んでから、大正浪漫夢通りを抜けて帰途につきました。

 そうそう、往きにクレアモール商店街で、威勢の良い呼びこみの声に誘われて、年末ジャンボを買いました。ついでにロト6を少し。
 それを熊野神社・銭洗弁財天で小銭と一緒にざるに入れて水につけました。もちろん籤はビニール袋に入れました。
ロト6は、売り場で3の数字が頭をよぎったので、意識して3狙いをやってみました。夜、ネットで423回の当選番号を見たら01、02、03、30、35、36とかなり3づくしの番号が並んで狙いは良かったのですが、残念ながら01、02、03などは買えません。
よくぞ、こんな続き番号で当選が出るものだと感心してしまいます。しかし、前回422回05、06、07、08、28、38と0番代続き、前前回421回02、06、08、10、25、34と並んでいます。
偶然とはいえ、こんな事もあるのですね。一桁がねらい目でしょうか。このところ、2億円、1億7千万円と高額賞金が出ています。当ててみたいな。

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(写真左上、なんともユーモラスな形の出世稲荷神社の銀杏です

(写真左横、銭洗弁財天の銭洗い場。ざるがいくつも置いてある。水をかけても良いし、水中に漬けて洗っても良いそうです。年末ジャンボとロト6にもしっかりと水をかけました)

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2008年12月 4日 (木)

ジョン万次郎の墓所を訪ねる

Ca390018_320 先日、鬼子母神から、雑司が谷旧宣教師館を見学した後、雑司ヶ谷霊園に廻りました。
実は鬼子母神も、霊園も訪ねるのは今度が始めてでした。
霊園には、ジョン万次郎(中濱 万次郎)の墓を訪ねてみたいと思ったのです。

雑司ヶ谷霊園(ぞうしがやれいえん)は、東京都立の霊園で、面積は約115,400平方メートルと広大すぎて、総区画数などは見当もつきません。

それでも、管理の方が場所(1-15号19側1番)を教えてくれましたので、ちょっと迷っただけですぐ見つかりました。まず、周りの墓に比べて、とても大きく立派な事に驚きました。
「ジョン萬次郎漂流記」で広く知られる、数奇な運命をたどったこの人は、多くの著名人が眠るこの霊園でも、いちばんの人気というと故人に失礼になりますが、特に多くの人が訪れるようでした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E4%B8%87%E6%AC%A1%E9%83%8E フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

 万次郎さんを偲んだ後、他の著名人の墓石を探していると、出会った男の人が親切にもいろいろと説明しながら案内してくれたので、迷う事無くいくつもの墓所を巡ることが出来ました。
日本で初めての政府公認の女医「荻野吟子」、俳優「大川橋蔵」、徳川の幕臣「小栗忠順」、小説家ラフカディオ・ハーン「小泉八雲」、詩人「サトウハチロー」、小説家「夏目漱石」「永井荷風」洋画家「東郷青児」その他歌舞伎俳優、軍人、学者など多数の著名人の墓所があります。
聞けば誰でも名前を知っている幾人かの墓石に、管理連絡がつかないので、期日を示して墓を撤去して共同墓地に埋葬する旨のお知らせが貼られていました。この方がことによると無縁仏になるのと驚くとともに、無常な時の流れを感じさせられました。
  (写真、霊園の中でも特に大きくて立派な、ジョン万次郎の広い墓所)

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2008年12月 1日 (月)

山の軽量装備その6--エアーマット

Dscn3501_320 山の軽量装備について、もう少し書いてみます。
今日は、山行きの度にどちらを使うか迷うエアーマットについて。

写真左は、サーマレスト(THERMAREST)製のプロライト3のスモールサイズ
寸法は 51x119cm(厚さ2.5cm) 重量 380g です。

写真右はイスカ(ISUKA)製のウルトラライトマットレス180です。
寸法は48×180(厚さ2cm) 重量680gです。

どちらも自動吸引式の軽量コンパクトマットとして、広く使われている登山用マットです。
全身用の快適さは半身用と比較すると、やはりマットはこうでなくてはと思わせる違いを感じます。
出来るならこのサイズがベストです。
問題は、収納サイズと重量です。
Dscn3502_320重量の差は300g。たかが300gですが、今までも軽量装備で書いてきたことですが、冬季以外の2泊3日の単独テント山行を、総重量10kg強でまとめようとすると300gの差は大きいのです。
ツェルト1張りの重量ですから。
重量の差以上に、収納サイズの大きさの違いで悩むのです。
僕が使うオスプレー50ですと12kgを収納しようとすると、パッキングをかなり工夫しなければなりません。
食料を少し贅沢にすると、まず、除外候補になるのが、全身用マットです。

     http://www.arai-tent.co.jp/support/support05.html 参考:アライテント10kg山行装備(2人山行)

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