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2008年10月14日 (火)

石器か、ただの石ころか?

Dscn3180_320 10日程前に行った蓼科からの帰りに、また茅野市にある「尖石縄文考古館」に寄ってきました。

一緒に行った友人達に国宝土偶「縄文のビーナス」と重要文化財土偶「仮面の女神」を見てもらいたかったのです。
この考古館と素晴らしい土偶については以前にブログに書きましたので省略します。

 帰ってから、考古館で見てきた土器や石器に刺激をうけたのか、長い間忘れていた石器?を思いだし、倉庫の中かDscn3181_320ら取り出してみました。
 この自然石か礫石器か判断できない石は、20数年前に近くの小学校の新築工事現場で採集したものです。
 小学校敷地に遺跡があったので、教育委員会が発掘調査をした後、埋め戻す前に一般解放して土器片の表面採集を許したことがありました。
子供やその友人達と楽しく土器片採集をしているとき、縄文時代の住居跡近くに、ぽつんと落ちていたのがこの石でした。
 始めはただの石ころだと思ったのですが、手にとって握ってみると実に持ちやDscn3178_320すく感じたのです。
手の中にピタリと収まる感じです。
自然石と区別しやすい加工石器と違い、このような自然石のままの石器?は、石器かどうか判別し難いそうです。

 ただ、石の長辺側の一端が、長い間何かを叩いたか、磨り潰したかのように磨耗しているように見えます。
これが使用痕だと考えると、やはり石器だろうと思うのです。
それ以上に、専門家に云うと笑われそうですが、手の指の跡がそのまま磨耗したようにへこんでいる握り具合から、絶対に古代の人が使用した道具だと信じています。

(写真上、石の上部が、手の指の跡のように凹み、握ると手の中にピタリと収まる)

(写真中、手前側が磨耗しているような平坦面)

(写真下、志木市は縄文、弥生時代の遺跡が多数分布している。今でも畑の脇や道路工事の残土から、土器片が表面採集できる。写真の土器片は、最近道路工事現場で拾ってきたもの)

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コメント

 手で握った感覚で石器として使われたと感じる。
 僕もいまこれにハマっています。我家を建て直したときに出て来た川石やトラクターが深起こしした畑に現れる石が手に違和感なく馴染んで手の力が全く無駄なく一点・一面に働くのが心地良いですね。
 どの時代の人がどのような作業に使用していたのか知りたいのですが手立てが分かりません。
 ただ、この石を握るとこの石を選びぬいて愛用した誰かの手と僕の手が触れ合ったようで「オイラのこだわりを分かってくれて嬉しいよ」という声が聞こえる気がします。

投稿: hayassi | 2014年3月18日 (火) 00時42分

>hayassi さま
コメントありがとうございました。同じ気持ちの方がおられたことは、嬉しいことです。ブログも拝見しました。
考古学のプロから見れば、たとえ散乱する土器片の中から見つかった物でも、石質の違い、あまりに綺麗過ぎるなど専門的知識から考察して排除したくなるのは分ります。しかし、もう少し柔軟にロマンを持って見てもよいのでは?。きっと6千年前の住人も、この綺麗な石器でドングリをすり潰していたと思っています。握ると温かみを感じるのです。

投稿: Souroku | 2014年3月18日 (火) 08時53分

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