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2008年7月30日 (水)

ザ・ウィンザーホテル洞爺の警備員は恐いぞ

Dscn2990_320山の事ばかり書いていたので、今日は北海道番外編
「ザ・ウィンザーホテル洞爺」に宿泊してきました。と言うのは勿論嘘。

ホテルの駐車場に入る前の道路で、検問さながらに、指示棒をもった警備の人に停車を命じられ、「ご宿泊ですか」と聞かれました。
運転していたUさんが、とっさに「ハイ」と答えると「どうぞ」と通行を許可してくれたと言う訳です。
後続していた我がグループのもう一台の車は、「はい」の変わりに正直に「見学をーー」
これでは駄目。強面の警備員に「お引取りを」と、ホテル横の広い駐車場にもいれてもらえず、はいUターン
「拝啓ホテル殿」
もう少し、優しい聞き方があるでしょう。せめて「ご宿泊ですか?、お食事ですか?」または「ホテルにお入りになりますか?」
丘の上に立つホテル前の駐車場付近は、なかなかの眺めの良さ、ちょっと散歩くらいしたい雰囲気です。
でも、この格調高い高級ホテル、宿泊客以外はうろうろして欲しくないようです。

 これは正装したドアマンも同じです。コーヒー一杯が900円とも1500円とも聞いていましたので、せめて改装なったロビーの雰囲気を見てからと思っても、結局中には入れてくれませんでした。
「山帰りの汚い格好をしていたんだろう?」違います。いくらなんでも着替えています。
僕は除くとしても、同行したのは経営破綻する以前の、このホテルに宿泊経験の有る紳士、淑女たち。
まあ、「食事予約してあります」「パンを買いに来たのです」などと伝えれば、拒否はされないのでしょうが、そういう余裕を見せてくれない、強い拒否の雰囲気が漂うホテルでした。
サミット開催の名残があるのかもしれません。
そういえばこのホテル、所有者は警備会社セコムでした。

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2008年7月29日 (火)

利尻山へ その3

7月16日 利尻山登山
テントの中で、3時起床、3時半に利尻北麓野営場を出発。
長袖シャツ一枚で寒さは感じない。
サブザックの中は、雨具、ツエルト、携帯燃料、食料、水、着替えなどで、軽い。
しばらくヘッドライトを使用したが、甘露水、ポン山、姫沼分岐を過ぎ、30分ほど歩いた、4合目の野鳥の森付近であたりは明るくなり必要が無くなった。
ここで5分休憩し、シャツを脱ぎ、半袖のフルジップシャツだけとなる。最北の山といっても標高が低いので、暑い。
これ以後、終日半袖シャツで過ごしてしまった。
他に登山者の姿は見えない。
6合目近くまで、単調な樹林帯の中を登る。登山道は迷いようの無い一本道。
雨天の日がが続いていた為か、所々で道がぬかるんでいて、歩き難い。
ひぐまが生息していない島なので、くまざさを別けて、ひとりで歩いていても不安感がないのは嬉しい。
6合目からは、地図に示されているとおりの、ジグザグな登りが続く。かなり急傾斜になった。7合目に七曲りの標識があった。
山の上部は、完全に晴れているが、麓の方は雲海の下になって見えない。
8合目の長官山めざしてぐんぐん登る。熟睡したせいか、体調はすこぶる良い。
長官山に登りついた時、眼前に高く聳える利尻山を見て、遥か北の島まで来て本当に良かったと思った。
それほど、魅力的な山容が天に向って聳えていた。
案内書に、ここからは、島の東海岸一帯、晴れた日には稚内西海岸も眺望出きると書かれていたが、残念ながら雲海に阻まれてなにも見えない。
前方を見ると、まだ、あそこまで行くのかという気より、美しい山稜を登れる嬉しさがこみ上げてくる。
ここで、数人の登山者が休憩していたので、先行することにした。
しばらく潅木と樹林の中の尾根道を進むと、立派な避難小屋があり、内部もそれほど荒れてはいなかった。ここに至る間に、始めて下る部分があった。
急傾斜を登って9合目に到着。
携帯トイレ用のブースがぽつんと建っている。
ここからは、頂上に向ってガラガラの砂礫の中を一気に登る。足元から崩れて歩き難い。所々に補助ロープが張られている。登山者が多いと、登りと下りで交錯して時間が掛りそうである。
登っていて少しも楽しくない、えぐられて荒れた道を、50分ほど詰めると頂上に飛び出した。頂上には数人の登山者が休憩していた。8合目で僕を追い抜いていった二人の登山者もいた。最近は、俊足の人が多い。
360度の展望、だが登る途中と同じく雲海で下は見えない。島の海岸線と海が見えたら良かったのだが、残念。
だが、山頂が晴れだけでも我慢しよう。野営場管理人の話では、数日待っても悪天候で登頂できず、帰った人もいるそうだから。
前方に立ち入り禁止となっている南峰が見える。見たところ道は良さそうだが、かなり崩落個所があるのだろう。
その右側に顕著な岩峰のローソク岩が屹立している。随分前に仙法志稜ローソク岩の冬期の登攀記録を読んだ覚えがある。山岳同士会だったか(8月3日追記、「アルムクラブ」でした。)

頂上で40分程のんびり過ごして、下山することにした。
9合目までは、なんとも足場が定まらず、砂礫のなかをずるずる下る。
登る人も多くなり、時々譲り合いをする。
9合目からは、一気に下る。これから登って行く登山者とすれ違う事が多くなった。
今日の登山者は3、40人くらいだったろうか。
甘露水で、喉をうるおして、野営場に11.50に帰りついた。
多分、もう来る事がないだろう、僕の利尻山は終った。大満足。
テント横でしばらくぼーっと過ごす。風が出てきた。雲が多くなる。天候は悪化の兆し。
さあ、テントを撤収して、下のファミリーキャンプ場に移し、明日は朝のフェリーで礼文島に渡ろう。

野営場出発、3.30
4合目、野鳥の森 4.05~4.10
6合目(第1見晴台) 5.00~5.05
8合目(長官山) 6.25~6.30
9合目、 7.05~7.10
利尻山北峰到着 8.00

山頂出発 8.45
避難小屋、 9.50
7合目、10.35
5合目、11.05
北麓野営場、11.50

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2008年7月27日 (日)

利尻山へ その2

Dscn2933_320  利尻空港の小さなターミナルビルから外に出ると、搭乗していた殆どの乗客はツアー旅行の人達で、待機していた2台のバスに分乗して出発して行きました。
 その後には、ぽつんとタクシーが一台だけ停車していました。

 1日1便の飛行機の乗客を待っていて、近くのコンビにまででは、申し訳ないとしばらく待っていたのですが、もう誰も乗車する様子が無いので、鴛泊のフェリー乗り場付近のコンビにまでと告げると「今日は皆ツアー客だったね」と、笑って快く乗車させてくれました。
Dscn2935_320運転手から、利尻島はこのところ、悪天候続きで、昆布が干せないで困っている、今日は久しぶりの晴れだと教えられました。
僕はついているようです。
コンビにまで、約10分で到着。
都会と変わらない店内で食料などを購入してから、近くの海辺まで歩き、日本海の海水に手を入れて、さあ、海抜0mからの出発です。
前方に写真で見た、ペシ岬が海に張り出して聳えています。利尻島に来た実感がわく光景です。
今日は、徒歩70分ほどの利尻北麓野Dscn2960_320営場まで行けばよいので、のんびりです。
2車線の舗装路をが、緩やかな勾配で山の方に向っています。
ザックは、飛行機の重量制限15kg以下に押えてきたのですが、食料、飲料などの積み増しで18kg位でしょうか。やや、重荷が堪えます。
途中で、ガスカートリッジを買い忘れてきたことに気付きました。
飛行機には、ガスボンベ類は持ちこめないので、利尻島で購入するつもりだったのです。
いまさら、戻るのもいやなので、登り続けました。いざとなれば、2日間くらい、カロリーメートとチューブ飲料でなんとかなります。
途中、利尻山神社の立派な鳥居があったので、登山の安全と、それ以後の旅の無事を祈り参拝しました。

 なんと、ご利益は、嘘のように直後に現れました。
神社からしばらく歩いていると、追い越していった軽自動車が止まり、自分は北麓野営場の管理人だという男の人が、この先は、道路工事中で、砂ほこりを浴びて歩くことになるからキャンプ場まで乗りなさいと言うのです。
理由がつけば、歩き通すこともないかとすぐに妥協して、乗せてもらう事にしました。
そのかわり、帰りは海まで歩こうと心に誓いました。
そのうえ、管理人は、ガスボンベもあげるというのです。
まさに、利尻山神社様様です。
車は早い。
到着した利尻北麓野営場は、森の中の静かな場所で、小さな管理棟と清潔な水洗トイレ、炊事場を囲むように幾棟かのバンガローがあります。
テントのフリーサイトが幾つかあり、数張りのテントが張られていました。
この環境で、1人300円の利用料は感激です。
いつものように、他のテントから少し離れた場所に、ダンロップ製VL-21をしっかりと張りました。
後は、やる事もなし。明日の登山ルートを確認しに10分ほど登り、涌き水「甘露泉水」のうまい水を飲んで戻りました。
この涌き水は環境省の「日本名水百選」にも選ばれたそうです。
夕暮れの森のテントサイトからは、鴛泊のフェリーの汽笛がボーッと聞こえ、山と海の狭間の不思議な雰囲気を味わいました。
夜、テントの中で寝袋に入り、天気予報を聞こうとラジオのダイヤルを廻すと、隙間のないくらい中国語、ロシア語、韓国語が聞こえます。
日本最北端の地にいることを感じました。
天候は、早くも悪化し始め、明日の夜からは風雨の予報です。明日がチャンス。いよいよ利尻山に登ります。

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(写真上、コンビに近くの海岸で、海水に手を入れた。前方はペシ岬)

(写真中の上、ご利益をありがたく頂いた利尻山神社)

(写真中の中、利尻北麓野営場の快適なテントサイト。花を踏まずに歩くのに苦労した)

(写真中の下、登山現地で購入が難しいイワタニ・プリムス純正のガスカートリDscn2763_320ッジでなくとも、一般のガスボンベが使えるようにスパイダーキットに変換アダプターを取り付けた。つめかえ君、NタイプとNジョイントの組み合わせである)

(写真下、最近はボンベ横置きタイプも有る。脱着式の足が付いている優れもの。ボンベの転倒を気にしないですむのは嬉しい) 

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2008年7月26日 (土)

利尻山へ その1

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Dscn2932_320 北海道の滞在が長かったので、ブログが書けませんでした。
再開します。先ずは利尻山登山からです。

7月15日、新千歳空港での乗り継ぎから、飛行時間50分、ANA4929便の左側の窓から、北の秀峰、利尻山の美しい姿が見え始めました。
標高、1721m(南峰)、丸い形の利尻島の中央に富士山のように屹立し、始めて訪れる僕を迎えてくれました。
登りたい山の、ベスト5に入れながら、来る機会の無かった利尻山にやっと来れたのです。
利尻空港の滑走路の長さは1800m、その半分くらいの着陸距離で停止したB737-500から、乗客は屋根の無い滑走路に直接降り立ち、ターミナルビルまで歩きます。登山姿は僕1人でした。飛行機の背後には、少し雲のかかった利尻山が聳えています。
さあ、利尻山に登ろう。

(写真上、機窓から見た利尻山、海抜0mから聳えているので、3000m級の山のようだ。)

(写真下、飛行機から直接、滑走路に降りる。雨の日はどうするのだろう。)

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2008年7月14日 (月)

利尻島へ

明日(7月15日)から、用事にかこつけて、北海道の利尻岳に登る計画を立てていますので、1週間ほどブログを休みます。
戻りましたら、利尻や礼文、その他の北海道のことを書いてみたいと思います。

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文化放送跡地にマンション竣工

Dscn0435_320 今日、墓参のため四谷東福院坂を歩いて、びっくりしました。
この前まで、工事中で、シートが張られていた文化放送建物跡のマンションが完成して、早くも入居が始まっていました。
東福院坂のシンボルだった歴史ある建物に代わって、そこには、どこにでもありそうな景観が現れていました。

写真上、取り壊された旧文化放送ビル)
(写真中上、新しい賃貸マンション。玄関前の広場が、以前の広場だった角地部分をしのばせる)
(写真中下、東福院坂に面する1階は、ガレージ付きのメゾネットタイプの住居になっている。未だ、入居者は無いようだ。家賃が高そう!)
(写真下、玄関横に
文化放送発祥の地と書かれたモニュメントが立っている。この写真を見て、往時を懐かしく思う人も多いだろう)

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2008年7月13日 (日)

ナスとキュウリ(農園報告)

Dscn2920_320 女農園主様と作男さんが忙しい様子で、報告が少ない、最近の本家農園の写真をお見せします。
ナスキュウリも、生育しごく順調です。今までのところ、農薬は一切使用していません。

ナスは毎日、食べきれないくらい採れます。種から育ったキュウリも、収穫が始まりました。
作男さんが、自慢するだけあってキュウリの支柱は、しっかりした出来栄えです。
100円ショップで買った、20cmマス目のネットが、100円だからと惜しげもなく何枚も張られています。

 トマトは沢山実が付いているのですが、日照不足のためか、なかなか赤くなりません。今年は不作かもしれません。それに比べて、さつきみどり2号なるツルナシインゲンは、大収穫で、「おっ、またいんげんか!」と思うくらい毎日の食卓に上ります。

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2008年7月11日 (金)

山小屋のトイレで自転車を漕ぐ

Kurodake5昨日のブログで、えぶり差岳避難小屋に比べて、頼母木山避難小屋にはエコトイレがあって快適だと書きました。
まったく、なぜ写真に撮らなかったか悔やまれるのですが、僕が始めて目にした、用をたした後に、せっせと自転車を漕ぐタイプのエコトイレです。
小屋には、無論、電気は引けていないし、自家発電装置や太陽光発電の装置はありません。
そこで、使用後、自転車にまたがり、そう、スポーツジムにある自転Dscn2896_320車マシーンと同じですが、ペダルを漕いで、人力(自転車力?)でおがくずを攪拌するのだそうです。
ペダルは、前に20回、後に10回漕いでくださいと書かれていたので、サービスして前に40回、後に20回漕いでおきました。漕ぎすぎもいけないのかな?。
この位の労力で、快適なトイレが使用出きるなら、せっせと漕ぎますよ。
ともかく頼母木山避難小屋のバイオトイレは〇でした。

(写真上、頼母木山避難小屋のものではありませんが、同じタイプの自転車です。これにまたがり、ペダル漕ぎです)
(写真下、トイレの話では恐縮ですから、きれいな写真を一枚。頼母木山避難小屋のご来光です。朝焼けしています。
この後、えぶり差岳からの帰途、大石山に向う途中で雨が降り始め、終日降ったり止んだりの天候で、足の松尾根の下降が厳しいものになりました。)

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2008年7月10日 (木)

えぶり差岳の2つの山小屋

Dscn2892_320 日本200名山、えぶり差岳登山の、ガイドブックのコースタイムは、奥胎内ヒュッテから往復14時間20分です。
 これを日帰り、往復10時間程度で、楽々こなす登山者もいますが、普通はえぶり差岳山頂近くの避難小屋に泊まる2日行程です。
 ちなみに僕達が登った7月2日にも、日帰り山頂往復だけでなく、水場のある頼母木小屋にもちょっと寄ってきたと言う超健脚登山者に2人も会って、びっくりしました。
頼母木小屋まで往復1時間以上の寄りDscn2888_320道です。(ガイドブックコースタイムは登り50分、下り40分)
僕達は、2日行程として、1日目はえぶり差岳避難小屋に泊まる予定で、足の松尾根を登りました。
途中で下山してくる登山者から、今日の避難小屋には、縦走のツアーグループが20人以上向っているとの情報があり、その他にも7、8人の宿泊者がいるらしいとわかってきました。
 僕達は避難小屋に30人はいやだなと話し合い、予定を変えて今日は、大石山分岐から、飯豊山への縦走路方向に向かい、頼母木小屋に泊まることにしました。
Dscn2904_320 頼母木小屋には、1日前の7月1日に水が引かれ、パイプから冷たい水が流れ出ているとの話しを聞かされては、なおさらです。
足の松尾根を登りきり、大石山分岐から、えぶり差岳山頂に行く道と別れて頼母木小屋に向いました。
飯豊山に向う縦走路方向です。
さて、頼母木小屋(正確には頼母木山避難小屋)に着いてみると、聞いたとおり、上部から引かれたパイプの吐水口から水が勢いよく流れ出ていて大感激です。
Dscn2907_320こんな尾根道の頂上のような場所に、これほどまでの流量の水が出るとは驚きました。
小屋は2階建で、30人以上は泊まれる広さですが、宿泊者は僕達以外には広島から来たと言う登山者1人と、小屋の関係者である今井貞介さんが写真を撮るために登ってきていましたので、合計4人です。
(今井さんの撮影した美しい山と花の写真は、奥胎内ヒュッテの玄関ホールにも飾られていました。)
管理人室に泊まる今井さんを除くと、3人では広すぎる1階ですから、きつい梯子で登る2階には上がりませんでした。

翌日、7月3日の早朝、快適に過ごした小屋で、飯豊山方面に縦走すると言う広島からの登山者と別れ、付近で写真を撮ってから、奥胎内ヒュッテに戻ると言う今井さんに挨拶して、大石山分岐まで戻り、ここに荷物をデポして、えぶり差岳山頂を往復しました。
えぶり差岳避難小屋は、規模は頼母木山避難小屋と同じくらいですが、こちらの方がややきれいで、内部には2階に登る階段もついていました。
ただ、いかんせん水場がありません。近くの雪渓の雪を溶かして水にします。それと、トイレは頼母木小屋がエコトイレで清潔なのに比べ、ここはいけません。
 そんなわけで、小屋の快適さを比べると、えぶり差岳登山では、足の松尾根を登り、大石山分岐に荷をおいて、空身でえぶり差岳を往復し、頼母木小屋に泊まって翌日下山するというやり方も良いのではないかと思いました。
頂上付近の小屋に泊まるのも魅力ですが、夏の暑さの中、頼母木小屋の豊富な水量は捨てがたいものがあると思います。
それと、大石山から鉾立峰を越して頂上の見えている長い登りを、軽い荷物で往復してしまうのはかなり楽です。
僕達は、翌日頂上往復の後、下山しましたが、前日に往復してから、頼母木小屋に向えば、下山が楽で、早い時間に奥胎内ヒュッテまで戻ることが出来ます。朝、小屋から30分程度の頼母木山に足を伸ばせば、頼母木山の陰になって見ることのできない飯豊の連山を見る事が出来ます。
今回は、そんな山小屋の利用について、考えさせられた登山となりました。

 (写真上、頼母木山避難小屋。奥の建物はエコトイレ)
 (写真中上、大石山分岐から、頼母木山避難小屋を見上げる。はるか前方、雪渓のあ   る右上の小高い場所に見える白い点が小屋。見た目ほどには時間はかからず、アップダウンはあるが、約40分強程度で到着できる)
 (写真中下、えぶり差岳避難小屋、手入れの行き届いた立派な小屋です)
 (写真下、えぶり差岳山頂付近から見た、えぶり差岳避難小屋。小屋から頂上まで10分もかからない)

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2008年7月 8日 (火)

作男、働く

Dscn2919_320  山遊ばかりしていたら駄目ですよと、女農園主様にさとされて、「山遊びと違うだよ、でえじな山仕事だべ」と出かかった言葉を、ぐっと押えた作男さん。
今日は、農園主様と本家農園に久しぶりに出かけました。

「あれま、早くさつるなしいんげんを採らねば、かたくなるべ」
「ナスも採りごろだ」
「やっぱ、おらがいねえと、だめだぞ」「キュウリは支柱に添わせねば」
「ちょっこら留守にしてすまんかったな」

「長いちょっこらね」と女農園主様に嫌味を言われても、聞こえないフリして、ぶつぶつ、いいながらせっせと農作業に精出す作男さん。
それにしても、今年の本家農園は、トマト、ナス、キュウリと全て順調な生育ぶりです。
「おら、この名前が好きだな」「さつきみどりさまさまだべ。へっへっへ」
そう、作男さんがなにを想像しているのかわかりませんが、「さつきみどり」という名前のつるなしいんげんが、毎日食べきれないで、ご近所にお裾分けするほどの収穫です。

昨年は、つるなし種は支柱無しでも良いと教科書に書いてあったので、支柱は使わなかったのですが、株が成長するに従い横に倒れてしまう事が多かったのです。
それで、今年は作男さん、支柱を沢山買い込んできて、誘引もしっかりと行い、枝葉が伸びてきても横に倒れないよう、廻りに何段にもひもを張りまわしたのです。
今日は、その収穫は農園主さまにまかせて、時期をずらして種をまいた「さつきみどり」に、また、いつのまに買い込んだのか、1本、1本丁寧に支柱を立てている作男さんでした。
こちらも、もうしばらくすると収穫できそうです。
「来週も、遠い北海道の山仕事ね。大変ね」
女農園主さまの、とげのあるお言葉にもめげず、
「明日も来るべ」と妙に張りきっている作男さんでした。
でも心はとっくに利尻岳に飛んでいるのでしょう。
  (写真は、今日の収穫。突然の夕立にあわてて、近所のアパートの自転車置場に逃げ込むハプニングもありました)

  (明日は、えぶり差岳のえぶり差小屋と、頼母木小屋について書きますーー予定)

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2008年7月 7日 (月)

「奥胎内ヒュッテへいらっしゃい」

Jy07001_320  自然の中で遊んでいて、ブログ更新が久しぶりになりました。
梅雨の晴間を狙って、200名山のひとつ、飯豊連峰のえぶり差岳に登ってきました。
山の様子を書く前に、前夜泊した「奥胎内ヒュッテ」の事を書きます。
想像した以上の、素敵なヒュッテでした。
羽越線の中条駅から小型タクシーで、約50分、料金は8600円くらいです。
ダム工事用に作られたこの林道は完全舗装で、乗用車でも楽に入れます。
現在、林道奥で奥胎内ダムの建設中で、一般車はこの奥胎内ヒュッテまでしか入れません。ヒュッテ前にゲートがあって進入禁止です。
玄関に横付けされたタクシーから降りて、鉄筋5階建て、地下1階の、上高地にあってもおかしくないような瀟洒なホテルが、このヒュッテと知って驚きました。
何故って、1泊2食で予約した料金が、7000円だったからです。
(2012年9月21日追記 現在宿泊料は、10000円になったようです。また、松尾尾根登山口までの中条乗合いタクシーも300円になっています。中条駅からのタクシーも値上がりしているものと思われます。)
広くは無いが清潔なツインの洋室、眺めの良い広い食堂、設備の良い洗面所、即お湯の出る洗面台、横には、ペーパータオルまで付いています。トイレはすべてウオッシュレット付きです。
勿論アメニィティグッズも完備。驚くべきは、温泉でもないのに、原生林を見ながら入る浴室は、24時間入浴可能で、大きな浴槽には終日お湯が張られています。
宿泊客は僕達2名しかいなかったので、燃料代も賄えないのでは思って心配してしまいました。
食事も登山基地のヒュッテとは思えない美味しい料理に大満足。肉の食べられない友人のリクエストにもしっかり応えてくれました。
こんな、観光地でもない山奥に、何故これほどの低料金で、素敵な「ホテル」が存在するのかと、狐につままれたような感じでした。
そしてこんな大きなヒュッテにもかかわらず、宿泊用の部屋が5階のみ、13室しかありません。その秘密は、想像ですが後程書きます。山の事もね。
それと、このヒュッテ前から朝の6時に、足の松尾根登山口までの乗合タクシー(マイクロバス)が出ており、夕方5時には下山者を待っていてくれます。
これで単調な1時間10分の林道歩きから解放されます。料金は片道250円です。
但し、日帰りはかなりハードな登山になります。山頂避難小屋宿泊プランが、一般的でしょう。
ヒュッテのパンフレットにも書かれているようように、アルピニストにふさわしい「本格派ヒュッテ」に泊まってちょっとリッチなえぶり差岳登山しませんか。
お薦めです。貧乏登山ばかりしている僕達は、感激して下山後、もう1泊してしまいました。
http://www.tainai.info/hutte/hutte.html 奥胎内ヒュッテ

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(写真はヒュッテ内の様子と夕食、朝食)
(朝食は、登山バスに乗る時間には、準備されないので、朝食弁当になるし、昼食弁当は無い)  写真はクリックすると拡大します

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