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2008年4月30日 (水)

2枚のポスター

Dscn2516_320  少し、いらついています。いや、大分です。
ガソリンの暫定税率の問題、すなわち、「租税特別措置法改正案」「道路財源特例法改正案」です。
09年度から一般財源化するといいながら、同時に10年続ける法案を成立させて、その矛盾のなかで、うやむやなまま、無駄な道路建設をまだ続けるつもりです。今までの法案とまったく同じやりかたです。
「必要と判断される道路は着実に整備する」すなわち、10年間で約60兆円の税金をつぎ込む高速道路網建設を続行するつもりです。一般財源には僅かな予算配分しかせず、道路予算は最優先で

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確保するでしょう。
求められている充分な説明責任など、採決してしまえば、間違いなく知らんふりでしょう。
後期高齢者医療制度、教育基本法改正、イラク特措法など、国民の支持が得られないなかで、強行採決で成立させ、今度も半数以上の国民が反対しているのにまたしても力で押しきるつもりです。
衆院山口2区補選での敗北の後、町村官房長官の「国民全体の判断を山口2区の人に委ねる性質のものではない。30日に再可決する方針に何ら変わりはない」
同じように、イラク派遣の航空自衛隊の違憲判決にも、普通であれば国の行っている事に、憲法違反の判決が下されたのですから何らかの釈明や説明があっても然るべきなのに、「まったく影響されない」
田母神俊雄・航空幕僚長などは隊員に与える影響について聞かれると大多数は「そんなの関係ねえ」という状況と言い放つ始末です。
全てに説明不足、真実の隠蔽を押し通すやり方に、とてもいらついて精神状態すこぶる悪しなのです。
僕がしつこくインド洋給油問題や沖縄教科書問題、原子力発電所問題、財務省ホームページの借金時計消滅などを書き続けるのも、真実を隠し続け、国民を無視する事が当たり前のようになっている事実があるからです。
違憲判決の出されたイラク空輸も、インド洋給油の初期と同じ状態で、ほとんど情報公開はしていません。
情報公開で閲覧出来たとしても、書面の多くは真黒に塗りつぶされています
そんななかで、昨日、街で見つけたものと、ポストに配達された2枚のポスターに、またしてもいらいらさせられています。

(写真上、スポーツクラブ主催のウオーキング会の途中で、民家の塀に張られていた自民党のポスター。「暮らしに安心」これはギャグ?)

(写真下、ポストに配達された任期制自衛官募集のチラシ。隣接する朝霞市に自衛隊駐屯地があるのでこの種のチラシが時々配布されるようです。
東武東上線池袋駅構内には常に募集要項、申込書が置かれた棚が設置されています。
このポスターの「平和を仕事にする」これも????ギャグ?)

  慢性的自衛官不足とその募集、待遇などについてはまた書きます。

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2008年4月26日 (土)

剣岳、熊の岩は幕営禁止ーーそれでも

Kumano1_1024 昔(正直にいうと45年前)剣岳、チンネでの登攀を終えてテントサイトまで戻った僕達が見たのは、張った天幕のポールが倒されて横倒しになっている光景でした。
やはり、キャンプ禁止だったのか!。僕達は剣沢での合宿を終えて下山する仲間と別れた後、数人で長次郎雪渓を詰めてこの熊の岩にテントを移し、八つ峰やチンネの登攀をしていたのです。
そう、熊の岩はまさに別天地、隣に張られたどこだったかの大学山岳部が去ると、我々だけの静かで清潔なキャンプサイトでした。

一昨日、ある事情で古い本を整理していると、中から出てきたのが30年前のこの「剣岳の岩場」でした。
「熊の岩」じゃないか。そうかこの本、捨てきれずに倉庫の片隅に積まれていたのです。
写真のクライマーが登っているのは、八つ峰Ⅵ峰Bフェース京大ルート、終了点近くのリッジと書かれています。
そして足元に見えるのは、懐かしき長次郎雪渓と熊の岩地点です。

 熊の岩から少し歩いて長次郎雪渓のⅥ峰の基部に立つと、明るく乾いた快適なA、B、C、Dフェースを登攀するクライマーの靴底が常に見上げられたものです。
昔、僕達の天幕を倒してキャンプサイト外だと警告したのは、多分山岳警備隊員だったのでしょう。
ツェルトビバークに慣れていた僕達は、ビバークの延長、そんなつもりで合宿で使った天幕を担ぎ上げていたのです。

それから、15年後に出版されたこの「剣岳の岩場」の表紙にも、ちゃんと熊の岩に残る雪渓の端に幾張りかのテントが写っています。
雪渓から流れ出す冷たい水が使え、雪の下は天然の冷蔵庫になり残りの食料を心配しつつ、僕達は出来ることなら少しでもこの場所に残っていたい気持でした。
この場所が、僕達が警告を受けてからの15年後だけでなく、今に至るまで、非常避難的な場合を除いては、ずっとキャンプ禁止に変わりはないと思います。
夜、静かなテントの中で聞くカラカラと落ちる落石の音、満天の星、朝、体が目覚めないうちに、もう岩場に取りつくことになるような絶好のロケーション。
いけない事ですが、ここに天幕を張るクライマーの心情は理解できます。昔より、自然環境保護にたいして厳しく律することが求められる現在、キャンプ指定地以外の幕営は絶対に止めます。
それでも、ああ、懐かしき熊の岩。友と過ごした夢の日々よ。

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2008年4月23日 (水)

秩父、羊山公園の芝桜ー道路大渋滞

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S 通信員から、今日の秩父、羊山公園の芝桜の写真をもらいました。
平日とはいえ、公園周辺の道路は大渋滞だそうで、時間に余裕をもって出かけた方がよさそうです。
北海道の藻琴山温泉芝桜公園と比べてどうだったと聞いたら、北海道と比べたらかわいそうよ。とのお言葉でした。
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(写真上、中、今日(23日)の羊山公園の芝桜の丘。さすがに首都圏随一の花じゅうたんと云うだけあってすばらしい。
パンフレットのよると、「この、ピンクから紫の色合いは、とくに女性ホルモンの分泌によいので、女性の方には最高の恵みを与えてくれるでしょう」とのことです。
女性の皆様、羊山公園に行ってきれいになりましょう。)

(写真下、本家、北海道、藻琴山温泉芝桜公園の芝桜。ともかくスケールが大きDscn0359_320い。ここと比べたらどこもかわいそうです)

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2008年4月20日 (日)

作男、畑に還る

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 作男、柳瀬川駅横の道を、自転車を漕いでいる。

「農園主様は、”大丈夫、あなたが半年いなくてもしっかりやっていましたわよ。”なんておっしゃっていなすったが、どんなもんだか見てくるべ。」
「半年はねえべさ。去年の12月のジャガイモ堀にはいたでよ。チビスケどもが大騒ぎしてほっくり返して大変だったべ。」
「夏野菜は慌てる事ないども、つなぎにキヌサヤとほうれん草を植えなすったようだでな。」

作男、市民農園に続く坂道の手前で、自転車を止めて右手の斜面を覗き込む。

「あった!。農園主様は、”まだのようよ。”と教えてくれなすったが、イチリンソウ、ちゃんともう咲いているでねえか。」

作男、自転車から降りて、斜面の細い道を登って行く。少し行くと、斜面にイチリンソウ
白い花がひとかたまりになって咲いて風に揺れている。

「去年より、少し少ないようだべ。ちょっくら荒らされたべか。」

 雑木林の中に咲いているイチリンソウは、埼玉県絶滅危惧種植物リストの準絶滅危惧種に分類される貴重な植物なのです。県内の川口市では、2002年に市指定文化財(天然記念物)に指定されました。

ウミガメの卵と同じで、知らせたら持ってゆかれるし、ここにあるだと知らせねえと、踏み荒らされるし、まったく困ったもんだ。だいぶ、歩きまわったあとがあるべさ。」

チリンソウは春植物といわれ、早春に茎や葉を地上に出して花を開き光合成を行い、初夏には地上部が枯れてしまい、地下の根茎で生きる植物です。芽吹いてからほんの1~2ヶ月の間に、花を咲かせ、種子を作り、来年の準備をして、枯れてしまいます。その後、踏み荒らされる事が多いのです。

「まあ、良かったでねえか。だいぶ咲いているで。農園主様は、こんどここが公園になるとおっしゃっていなすったが、皆が押しかけるとイチリンソウが傷むでねえかな?」
「ともかく、おらもしっかりと守ってやるべ。」

作男、デジカメをザックから取り出して写真を撮っている。

「よし、畑さ行くべか」

作男、また自転車を走らせて、坂道を登って行く。ゆっくりと漕いでいる。

「この坂もえらくこたえるようになったで。おらも老いただなあ。」

作男、畑の横に自転車を立てかけて、畑を覗きこむ。

「うんだ。キヌサヤもだいぶ花が咲いているだな。もうちょっくら、養生したほうが良いだな。」
「ほうれん草は、そろそろ間引き、追肥、土寄せ時だな。だども、雑草も少ないし、結構しっかりおやりになっておられるで。」
「農園主様ーー。おらも畑さ還ってきただよー。がんばるだよー。」

作男、夕方の道を、自転車を漕いで、戻って行く。なにかぶつぶつ言っている。

「超ミニ、超ミニ。」「おらの超ミニ農園も、そろそろ耕すべ、耕すべ」「なに植えたらよいだべか、迷うぞ、迷うぞ。」

作男の姿がだんだん小さくなって行く。
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(写真上、柳瀬川駅近くの斜面に咲くイチリンソウの群落。場所は秘密です。)

(写真中、イチリンソウの接写。)

(写真下、農園主様の畑。手前にあるのがキヌサヤ。奥にほうれん草が植わっている。おらの出番だべ。)

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2008年4月17日 (木)

後期だけでなく前期、中期、高齢者の皆さん

  4月1日から発足し、各地で不安と怒りが高まるこの後期高齢者医療制度、政府は「長寿医療制度」と名を変えましたが、法律上は「後期高齢者」のままです。
後期とは、もう死ねというのかという声があがりましたが、厚生労働省は後期の前に、中期、前期という区分けも考え、そのなかで後期という名称が採用されたのです。
まるで縄文時代のような呼称です。
ちなみに前期は65歳~69歳、中期は70歳~74歳だそうです
(例として、この制度に便乗して、前期、中期、65歳~74歳の国保料(税)も年金から天引きにされたことにも現れています)

縄文時代には、晩期という時代区分がありましたが、会議の席で、晩期はさすがに冗談とされたようです。しかし、もっと厳しい名称の新制度があります。
新設された「後期高齢者終末期相談支援料」。晩期に代りちゃんと終末期が出てきます。
担当医が患者と相談し、あらかじめ死期間際の治療方針を文書化すれば、医師に2000円の報酬が渡される制度です。
高額な延命治療を減らし、在宅でのみとりに誘導する意図があるようです。「姥捨て山」と言われる由縁です。

忘れてならないのは、与党はこの医療制度改革関連法を強行採決で成立させたのです。
滞納者からは、保険証の取り上げ、保険料は2年ごとに改定されてゆきます。勿論、値下げが検討されるわけもなく、値上げ必至です。

 後期だけでなく、中期、前期の高齢者の皆様、次ぎの衆議院議員選挙では、個人候補者名はそれぞれ思いやしがらみもあるでしょうが、比例代表からは、徹底的に自民党を排除しましょう。
なるべく社民党、共産党と書いて、自民党、官僚に一泡吹かせてやりましょう。

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2008年4月15日 (火)

インド洋給油再開その後

政府が異例の越年国会にしてまで、成立にこだわり、425_320 あれほど国会で騒がれたテロ対策特措法によるインド洋給油再開ですが、最近はまったくと言ってよいほど、マスコミに取上げられません。やっているの?といった按配です。

そこで、1月16日のブログの、[補給艦「おうみ」と護衛艦「むらさめ」インド洋へ]の続きを書きます。


現在派遣されている補給艦「おうみ」と護衛艦「むらさめ」に代り、この4月20日には、給油支援第2陣として、補給艦「ましゅう」と護衛艦「いかづち」が、海上自衛隊横須賀、舞鶴両基地より、インド洋に向けて出発しますので、最近の給油活動の実態について書いてみます。

今回の給油再開の、最初の給油は、防衛庁が本当は望んでいなかったパキスタン艦でしたが、次ぎに、できれば最初の給油艦になって欲しかったフランスの駆逐艦1隻で3月は終りました。
4月に入って、パキスタンフリゲート艦に3回、フランス駆逐艦に3回、ドイツ駆逐艦に2回、カナダ駆逐艦に1回と計9回の給油が行なわれました。

以前に比べると3日に1回程度と給油の回数はぐんと減っています。
海上阻止活動本来の任務にやや疑問符がつくパキスタン海軍を除くと、給油は6回だけです。
明かに何らかの変化がおきています。
なにより、以前は給油の60%を占め、6年間の給油回数も450回もあったアメリカの艦艇への補給が無かった事です
これが、なにを意味するのか、まだ給油再開1ヶ月半程度では読み取れないので、もう少し海上自衛隊の広報、アメリカ海軍のホームページなどを参照し、考察したいと思います。
もう一つ云えるのは、パキスタン海軍への給油です。
地図を見てもわかるようにパキスタンは、活動海域のすぐそばです。燃料油の補給以外にも食料、その他の補給もあるでしょうから、港には戻っていると思います。
日本から、はるばるインド洋まで出かける時間、経費を考えるとパキスタン海軍への給油活動はテロ対策海上阻止活動支援と言うより、援助の面が大きいと思われます。
アメリカが、パキスタンに対して阻止活動の支援国に加われと強い圧力をかけている状況と切り離しては考えられません。

今度の給油支援活動の前提である新テロ対策特措法案の「定義」第3条にこう書かれています。
一、テロ対策海上阻止活動  諸外国の軍隊等が行っているテロ攻撃による脅威の除去に務めることにより、国際連合憲章の目的の達成に寄与する活動のうち、テロリスト、武器等の移動を国際的協調の下に阻止し及び抑止するためインド洋上を航行する船舶に対して検査、確認その他の必要な処置を執る活動をいう。

ニ、 補給支援活動  テロ対策海上阻止活動の円滑かつ効果的な実施に資するため、自衛隊がテロ対策海上阻止活動に係わる任務に従事する諸外国の軍隊等の艦船に対して実施する自衛隊に属する物品及び役務の提供(艦船もしくは艦船に搭載する回転翼航空機の燃料油の給油又は給水を内容とするものに限る)に係わる活動をいう。

このように、かなり補給支援活動の定義、目的が明確になっています。
以前は、日本政府は趣旨は同じと言い張っていますが、このあたりが曖昧で、実際にはアメリカ空母、大型補給艦への給油が堂々とまかり通っていたのです。
インド洋上を航行する怪しい船舶(大型の軍艦などではあり得ないのです。漁船に毛の生えた程度の小形船舶です)に大型空母が検査、確認などの処置を執ることなど、誰が考えても理解は難しいのです。
実際には、アメリカ海軍への給油活動は、この法の趣旨には反するものだったのは間違いなく、最近はニュース性が薄れたとはいえ、多くの転用疑惑などが明かになってきました。
最近のアメリカ艦艇への給油激減は、この法の趣旨を守りたい日本側の事情と、アメリカ側の戦略が大きく変化していることが原因と推察しています。

僕は、なにかおかしな事態や不都合な状況が判明すると、それも阻止活動の一環だとか、給油支援活動の定義から外れてきても、日本のシーレーン防衛の重要性などに問題をすりかえる、ご用学者や保守の論客などの論評などを読むと、無性に腹が立つのです。
嘘、偽りを、推察のような文体で論評の中に取りこんでくるのです。それは少し時間が経つと、怪しい部分が明白になってくるのですが、彼らには以前なにを書いたり、云ったりしていたか、まったく反省の色が見られないという特徴があります。
歴史、防衛、公害、教育、原子力発電などの諸問題に顕著です。
次ぎの機会には、2007年の8月31日の毎日新聞に、同志社大学教授の村田 晃嗣氏が書いた「給油延長が国際社会の要請」なる論評の怪しさについて書いてみたいと思います。  

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(写真上、4月20日にインド洋に出航する補給艦425「ましゅう」)
(写真下、同じく護衛艦107「いかづち」)

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2008年4月13日 (日)

タイガー計算機が凶器になる?

Tiger_320  4月10日のブログで、志木市郷土資料館で見た、和文タイプについて書きましたが、今日は同じ資料館に陳列されていたタイガー計算機のことです。
 始めて設計事務所に就職して、途惑ったのは設計上の全ての計算が、手計算で行なわれている事でした。
電卓の無い時代ですから、当たり前といえばそうなのですが、大きなビルの面積計算など、何度やっても違いが出ました。
計算が上手い奴は、面積計算ばかりやらされるから、皆、わざと間違えているのだと、まことしやかに言う先輩もいました。
 経理事務などには「そろばん」の上手い人がいるのですが、デザイン系の設計事務所にいる所員にはそろばんは無縁でした。
所内に1台だけ古いタイガー計算機があったのですが、扱いが面倒なので、誰も使いません。
僕もタイガーを使いこなす事など出来ませんでした。
 ただ、このタイガー計算機、実はそれまでに僕は使っていたのです。
当時、一般公道で良く行なわれていた、自動車ラリーに友人の運転する車のナビゲーターとして、出場していたのです。
その時の武器がこのタイガー計算機です。
じゃあ、計算機は使えるのだろう?
 違うのです。主催者からラリースタート前に、地図と速度、走行距離などを書いたラリー指示書が与えられます。
地図といっても、普通の道路地図ではなく、交差点とか主要な目標物だけが書かれた、断片的な案内図のようなものが、進行順に沢山書かれていて、ともかくその目標を探して一つ一つの地図をつぶして走行するしかありません。
そんな、小さな案内図の寄せ集めのような指示図を見ただけで、これは、どの方面を走るのかがわかるベテランもいたのですから驚きで、とても僕らの歯の立つ相手ではなかったのですが。

スタートして最初の仕事が、主催者側の指示走行距離の根拠になる車、例えば日産ブルーバードの何年型、タイや空気圧2.0などの情報と、その車で、スタート地点である、神宮外苑から、多摩川大橋まで、時速40kmで走行し距離は25kmでしたなどのデーターが与えられます。
まず、そこまで走って、自分の車との距離を比較する。
勿論、車種もタイや空気圧も違えば数値は異なります。自分の車は、距離が多めにカウントされるとなれば、補正係数を求める。
そこからが、いよいよタイガー計算機の出番です。
助手席に座る僕の膝の上に、タイガー計算機を、よいしょと載せて、与えられた指示速度での1分間の走行距離を補正した数字で算出して(手計算です)1分ごとにタイガー計算機のハンドルをカチャンと廻して、変わる数字が、車の積算距離計と合致するように走るのです。計算機はただただ、1分ごとにハンドルを廻して数字を加算してゆくだけの使い方です。

その間、地図も見る。次々とこの速度でこの距離を走りなさいという変更指示がある、その都度、計算機の基礎数字を入換える。車には、積算距離計は付いていても、今のような数字を0に戻せるトリップメーターなどは、ついていませんでしたから、道を間違えてバックになると、もう距離計と計算機の数字は絶対に合わない。ドライバーはあせって怒る。なんとも情けない状態になってしまうのです。
当時でもハルダツインマスターなどの、トリップメーターがついた車と争うわけですから勝ち目などありませんでしたが、貧しい若者にはそんな高価な機器を付ける事など出来なかったのです。
それでも、出場する事が嬉しくて友人と何度か走りました。

さて、タイガー計算機ですが、膝の上に鉄の塊を置いているのですから、なにか事故にあえば、計算機が車内を転げまわることになる。
まさに計算凶器です。今から考えると危ないことをしていました。
そんなおっかない計算機に換えて、当時販売されていたラリー用の計算円盤も使ってみましたが、どうも使いこなせなくて、あいかわらず、チェックポイントで、減点が加算されるばかりのラリーをやっていました。

このタイガー計算機は、1970年に生産販売が終了するのですが、その時の価格が3万5千円で、当時発売されていた、電気メーカーの卓上電子計算機と比べたら、嘘のような安さでした。
設計事務所における僕の手計算も、1967年に発売されたSONY製の卓上電子計算機の購入によって終りを告げるのですが、そのあたりの事はまた書くことにします。
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(写真上、タイガー計算機、事務所に合ったのは黒色だった記憶がある)

(写真下、SONYのSOBAX卓上計算機、事務所で購入した時の販売価格が26万円。当時としては機能は素晴らしかったが、いかんせん大卒給料の10ヶ月分は高すぎた。)

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2008年4月12日 (土)

さらばスバル(昴)よ

Dscn2470_320  最近の軽の販売台数からして、いつかはこんなニュースを聞く事になるだろうと思っていましたが、やはりきました。
「スバル、軽自動車から撤退」
スバル360とスバル1000そしてFF-1スポーツを作った会社が、50年後の今、トヨタに取り込まれようとしています。
最終的に、日本の自動車会社で残るのはトヨタしかないだろうと云われますが、スバルファンとして、なんとも気分が滅入るニュースに、現実の厳しさを思い知らされます。
スバル360の発売から、50年、僕は2代目のフィアット600そっくりさん(?)のR2以後のスバルの軽は、思い浮かびません。
ホンダ、スズキの陰に隠れて印象きわめて薄しです。
スバルよ、もう潮時です。誇りを持って、潔く軽自動車から撤退しましょう。
トヨタとの資本・業務提携の強化により、今後のスバルの進む道がどうなるのか。得意分野を生かして、特徴ある車づくりが評価される会社として生き残れるのか、結局大トヨタに飲み込まれてしまうのか、人生最初の車に、FFの先駆車、スバル1000を選んで以来のスバルファンとして、これからもずっと見守ります。
僕は願わくば、小規模BMWのような会社として、日本にスバルは残って欲しいのです。
  
(写真は、生産終了の3年前のてんとうむし。この愛称で親しまれて1970年までに約39万2千台を生産した)

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2008年4月10日 (木)

不思議な体験ーーせき止め稲荷と大島亮吉その2

Dscn2466_320  最近のもう一つの不思議体験。それはブログに書いた、登山家、大島亮吉の「涸沢の岩小屋のある夜のこと」をパソコン入力中の事です。

2月29日のブログに、前穂高北尾根に散った登山家、大島亮吉の随想「涸沢の岩小屋のある夜のこと」を書き写しましたが、そのパソコン入力中のある夜のことです。
読み返すつもりで、楽しくキーボードをたたいていた僕は、不思議な感覚に襲われました。
もう1人の僕というか、誰かがそばで画面を見ている感覚です。といっても霊的なものではなく、恐怖感も湧きません。
頭の中で、別の感覚のもう1人の僕か、誰かが話し掛けます。
「十文字峠」(同じく大島亮吉の随想)は書いてくれる人が多いけれど、<涸沢の岩小屋のある夜のこと>はきっと始めてだよ。」
ちょっと長いし、と僕。
「横書きだね。」
段落などを変えてしまってすみませんと僕。
「少しも構わないよ。読んでくれる人がいるほうが嬉しいよ」
僕はこの文、若い頃から好きでした。いや、僕の世代の登山者なら、同じ思いを持っていると思いますよ。雨の日の停滞では、本当にいろいろな事を話しました。
「その感覚はわかるし、若さの純情は共通のものさ」
山を好きな奴は、どことなく文学的な心情をもったのが多かったような気がします。
「僕の仲間も詩人が多かったよ」
「あの、ピッケルはシャレルか、凄いな」
よき時代のシャレルとは別物の、工業生産品ですと僕
「僕は門田を使ったよ。おや、終ったね」
もう、お終いの方でしたから。
「ありがとう。前に<星尾峠>を書いてくれたね。」
まさに、名前がロマンチックと僕。
「ははは。次ぎはなにを書くの。いや、当てて見ようか、<荒船と神津牧場付近>」
そのとおりですよ。神津牧場には、ずいぶん昔行きました。でも、書かれた風景は無かったです。
「変わるんだよ。心の中の風景さ。お休み」
こんな会話は、連続的に交わされたわけではなく、かといって断片的でもなく、不思議な感覚の中で、どこからともなく、頭によぎるのです。
映画「フィールド・オブ・ドリームス」のケヴィン・コスナー演じる農夫が聞いた「それを作れば、彼がくる」を思わせますが、あれは心に感じた天の声、僕のは一体感のある誰か、いや僕自身かも知れない心の語りです。
まさに、夢か幻か、不思議な体験をした夜でした。
  (写真は、大島亮吉著「山」:随想の「涸沢の岩小屋のある夜のこと」の頁、本の
下側から、光りが出ている?

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2008年4月 7日 (月)

不思議な体験ーーせき止め稲荷と大島亮吉

昨日は朝から暖かい天気のお花見日和となり、柳瀬川土手は大勢の花見客で賑わっていました。多かったのが若い人のグループです。楽しげに語り合う若者達を見るのは、気持ちが良いものです。
登山道入口までのバスの中を見て、デイーサービスの送迎車みたいと言った人がいましたが、若者達よ、山にも登りに来てください。

桜はもう葉が伸びてきて、散った花びらが道路を舞っています。
2年前の春に訪ねた京都、哲学の道横の疏水分流の川面が、桜の花びらで蔽い尽くされて、ピンク色に流れていたのを思い出しました。
さて、今日は別の話し。
 お彼岸に四谷の東福院に母の墓参りに行った帰り道、いつもなら来た道をJR四谷駅に戻るのですが、なぜかその日は、東福院坂を下って帰ろうと考えたのでした。
考えたというより自然に足が向いていたのです。
始めての道なので、駅は左方向と思いつつ、分岐も無いまま、住宅地の中を散歩気分でのんびり歩いて行くと、どうも駅方向から離れそうなので、広い道に出たところで、左折しました。
その先に鳥居が立っていて、小さなお稲荷さまがありました。
そこに掲示されていた案内板を見て、驚きました「せき止め稲荷」。
いつの頃からか、せき止めにご利益があると云われるようになった、この辺では知られたお稲荷様だと書かれていました。
実は2ヶ月ほど前から、咳が止まらず、肺炎かと医者にいったついでに、レントゲン写真まで撮った事は、前にブログに書きましたが、その後も、引っかかるような咳が止まらないでいたのです。
幾つになろうと、母親にとっては僕は子供。母の性分からして、折角四谷に来たんだ、咳止め稲荷さまを教えてあげるよと、僕をここに連れてきたのだと直感しました。
母親には逆らえません。ありがたい事と感謝して、2ヶ所の小さな賽銭箱にお賽銭を入れて、どうぞ咳を止めてくださいと祈りました。
そのお稲荷様の先が、南元町公園で、坂を上ると工事中の迎賓館横に出ました。それほど、歩いたつもりは無かったのですが、ずいぶん遠回りの道を歩かされた(いや、導かれたでした)事になります。
咳はどうなったかですか。
不思議なことに2、3日して止まってしまいました。

最近のもう一つの不思議体験。それはブログに書いた、登山家、大島亮吉の「涸沢の岩小屋のある夜のこと」をパソコン入力中の事です。

これはちょっと、仕事を片付けてから、続きを書きます

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2008年4月 4日 (金)

明日のお花見は?~柳瀬川の桜

Dscn2456_320 今日〈金)の16時の柳瀬川土手の桜です。早くも風に乗って花びらが舞い始めています。
それでも、明日はまだ見頃?(少し遅いかな)です。
どうぞ、いらしてください。

(写真、上流より下流の柳瀬川駅方面を見る。ガードは東武東上線)

(写真中、柳瀬川駅近くより、上流志木大橋方面を見る)

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(写真下、柳瀬川駅近くには、露天も店開きしています)

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和文タイプから思ったこと

Dscn2420_320  数日前、志木市の郷土資料館近くを通ったので、ちょっと覗いてきました。
時々、展示展示物が変わるのですが、中に懐かしい和文タイプとタイガー計算機が展示されていました。
和文タイプは、中学校の時に、放課後のクラブ活動で女子生徒が習っているのを見たのが最初でした。
 その後はどこの会社のタイプ室にも、英文タイプと並んでこの和文タイプが何台も並んでいる光景を見る事ができました。
原稿の文字を、活字の入った2段の箱を動かして活字を選んで一字一字つまみ出し、紙にタイプしていく、今のワープロからみたら、なんともまだるっこい作業ですが、和文タイピスト達は驚くべき早さで文章をタイプしていました。
 町の印刷屋の活版印刷機の横にも、ずらりと活字台が並んでいて、鉛の活字を流れるような動作で抜き取る職人さん達を見ました。
そうそう、映画「男はつらいよ」の、たこ社長も活版印刷屋でしたね。

その後は、写植印刷などに変わって、今ではこの活字印刷の和文タイプも町の活字印刷屋さんも姿を消してしまいました。
車で街中を走っていると、印刷と書かれたブリキ看板を見かけますが、ほとんどの場合、もう営業はしていない店ばかりです。

 最近、この活字印刷機で驚いた事があります。麻布六本木の在日米軍「プレスセンター」(星条旗新聞社)を訪ねた際、玄関ホールに飾られていた大きな古い機械が、活字鋳造植字印刷機だったのです。勿論、英字新聞社ですから英字印刷機です。

 活版では、活字を原稿どおりに並べて組み込むことによって版が作られます。植字作業と呼ばれ、大量の文字を一つ一つ組む作業は大変な時間と労力を必要としました。
 そこで、この版を組む作業を自動化しようとの研究は、活版印刷機械の進歩と並んで、重大な問題だったようです。
先ず、自動活字鋳造機、次ぎに活字を自動的に版に組む自動植字機が作られ、究極的にこの三つを組み合わせた自動鋳造植字印刷機が登場した歴史があるようです。
始めて目にした、縦横高さが2.5mくらいでしょうか、このとても印刷機とは思えない大型機械には、運転台席のような鉄製の椅子とタイプライター状のものが取り付けられていました。
ここにオペレーターが座り、原稿をタイプすると、活字が鋳造され、版に組まれて紙に印刷されるのです。
どんな音がしたのか、活字鋳造の熱で暑くはなかったのかな、鋳造され使われた活字はどうなってしまうのか、などなど疑問だらけのまま印刷機の前を離れました。外部から建物の写真を撮るだけでも、警備員が恐い顔で睨むのですから、この珍しい印刷機を写すべく、内部でカメラを取り出す事はとても出来ませんでした。

しかし、英文の場合は、活字の大小はあってもアルファベット26文字の組み合わせです。それに比べて、カタカナ、ひらがな、漢字と複雑な日本語では、このタイプの活字鋳造植字印刷機は製造されなかったのではないかと思うのです。
これはまだ調べていません。

ブログを書くべくインターネット検索をしていて、写真に撮れなかったこの米軍プレスセンターの機械と同じようなものが、東京都文京区の印刷博物館に一台ある事がわかり、疑問に思ったことが解決できそうなので、近々訪ねてみたいと考えていますので、また報告します。

 もう少し書くと、この印刷機には、活字を一字ごとに別けて組むモノタイプ型と、10文字くらいを1行として鋳造するライノタイプと呼ばれるふたつの型があったようで、その辺のことも、次回印刷博物館報告のなかで書く事にします。

 それにしても、ブログを書くためにキーボードに文字入力していて、僕は実によく打ち間違えます。文字変換もおかしな変換をしてくれます。とはいえ、全て入力ミスというやつです。
文字変換の無いアルファベット打ち込みとはいえ、あの活字鋳造印刷機に座っていた、タイピスト(?)はさぞ緊張しただろうと考えてしまいます。
しかし、アルファベット26文字というのは、仕事でたまに英文の建築設計図を作成していると、日本語と比べてなんと楽な文字入力で、しかも図面の見栄えも良いのだろうとつくづく思います。
郷土資料館で見た、タイガー計算機についても、いろいろ思い出がありますので、また書きます。

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2008年4月 1日 (火)

ガソリン暫定税率は、この際一度廃止するべき

暫定と言いながら高い税率を33年間も続け、さらに10年延長維持するガソリン暫定税率法案は、この際いちど廃止するべきです。」

 財務省、国土交通省の圧力、族議員の利権のごり押し、切羽詰っている地方自治体の要求など、すべて無(なし)にして、原点に返りましょう。
そのなかから、税収不足をどうするか、今後の道路建設はどうするか、地方自治体の税収減はどうするかを、議論をつくしていくべきです。
これは、極論ではなくもっとも普通の人間が、普通に考えてわかる事だと思います。
既得権は譲れないと、税収不足を前面に押しだしますが、これは長い間、変則的に徴集された国民の血税です。
この暫定税率が廃止されれば、国は1兆7000億円、地方は9000億円の税収減になると云われていますが、もともと、しっかりした根拠のない税収です。
この際、この税収不足を補う面、すなわちこの税収に見合う、といっても、全額2兆6000億円の必要はないのですから、従来から云われている税金の無駄使い、良く考えてみれば必要姓の薄い予算、切り詰められる予算を、ただ漠然と考えるより、このガソリン暫定税率との比較でとらえていけば、現実味が増すでしょう。
だいたい2兆6000億円というけれど、景気動向により1割くらいの増減はありうるし、最近の景気減速から考えれば、2兆6000億は多すぎる算定で、1割は低めに見て良いでしょう。
従来から云われている税金の無駄遣い、良く考えてみれば必要姓の薄い予算、切り詰められる予算などが検討されるべきと書きましたが、そのなかで、今日は不祥事の続く防衛省の予算から考えます

本来なら、このガソリン暫定税を道路特定財源とされていることをいい事に、呆れるほどの無駄遣いと自分たちの権力維持に利用してきた、国土交通省の予算削減から書くべきですが、あまりにも根が深いので、後で書きます。
国土交通省の役人の天下り先として作られた
多数の公益法人の、聞いたら卒倒しそうな税金横領的予算を削減するだけでも、ガソリン価格は下がります。

でも、今日のところは国民の目から完全に切り離されている予算を、不明朗に、怪しげに消費している防衛省から入ります。
 
業者の水増し請求などが数百億円以上もある内情のまったく不明朗な装備品調達予算の1兆円から、懲罰的意味を込めて、15%削減、これで1500億円、結局出火原因特定出来ずにした、「護衛艦しらね」の火災による損傷復旧予算500億円(300億円といっているが、ドサクサにまぎれて増額するとの情報あり)の凍結、首都圏の迫りくる地震災害には考慮せず、地震と比較して襲来度の低そうなミサイル攻撃の対応予算を多額に計上しているミサイル防衛予算から1000億、政情不安定から、アメリカに追従する対テロ政策の針路変更を余儀なくされそうなパキスタンの離脱で、インド洋給油の意味が薄れて給油中断することによる予算減額200億円、アメリカ軍再編の思いやり予算の徹底的検証で減額1000億円、まだまだありそうですが、ここまでで約4200億円の捻出です。前に5兆円という世界ベスト5に入る防衛予算から10%削減は出きると書いた事がありましたが、まだ800億円は探せます。
防衛省以外の削減案は、また書くとして、ガソリン価格が下がることによる経済と国民生活のプラス面も考えて見るとします。
  (書きかけ~続く)

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