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2008年2月18日 (月)

涸沢の岩小屋のある夜のこと  大島亮吉

 昨日の続きです。いよいよ、山での死についての会話になります。

    「涸沢の岩小屋のある夜のこと」  大島亮吉 (昨日の続き)

 自分たちの四人はみな黙っていた。けれどみなこういう気持でいることはよくお互いに知りきっている間柄だけにおのずとわかっていた。
そしておのおののいま黙って考えていることが、ある一部の山を登るものにとっての必ず出っくわす大切なことも知っていた。
自分たちは先刻夕餉を終えた後での雑談の間に、ふとその年の冬、自分たちの仲間とおなじようによく知り合っていたひとりの山友達を山で失っていて、その友達がその前の年の夏に自分たちと一緒にこの岩小屋へやってきて愉しい幾日かをすごして行った時のことが、ちょっと出たのだった。
そして自分たちはそれっきりで言い合したようにその話は避けてしまったのだった。それから黙っているのだった。自分たちは外にでて岩に腰をかけたのだった。そしてその時までも黙っていたのだった。
 
その時まで自分たちお互いは心のなかで、光の焦点のように各々の心の中に現れている、あるひとつの想いについて寂しい路を歩いていたのだった。
ふと涸沢岳のあの脆い岩壁から岩がひとつ墜ちる音がした。カチーン・・・カチーン・・・と岩壁に二、三度打ちあたる音が、夜の沈黙のなかにひびいた。
そしてそれがすんでしまうとまたもとのような言いあらわしようもないほどの静かさだった。
 
その時だった、ひとりが考えにつかれたかのように、自分たちの前にひとつの問を投げだした。――
「おい、いったい山で死ぬっていうことを君たちはどう思ってるい」
 
自分たちはみんな同じような気持ちで同じことを考えていて、誰かが話の緒口(いとぐち)をきるのを待ち遠しく思っていたかのように見えた。
そこへ、この言葉が落ちてきたんだ。勿論それは反響した。
全く先刻(さっき)から自分たちお互いの心はお互いにこの高い山の上の、しかも暗いなかで、自分たちのなかからその大切な仲間をいつ、誰かもわからずに、失わしめようとしているこの山での不幸なゲファーレンというものについて、結局は自分たち自らさえも山で死ぬかも知れぬということについて、新しい信仰をうちたてるようにと言いなやんでいたのだった。

ひとりがそれに対してすぐに答えて言った。――
「それは山へなんか登ろうって奴の当然出っくわす運命さ」
「うん、そうか、それじゃ山へ登ろうって奴はみんなその運命にいつかは出っくわすんだね」
「そうじゃないよ。みんなとはかぎりゃしないさ。運のいいやつはそれにもであわなくってすんじまうよ。それから山へ登る奴だって、そんな運命なんかに全然逢着(あわ)ないように登ってる奴もあるもの」
「じゃその逢着(あう)ような奴っていうのはどんな奴さ」
「まあ、言ってみりゃあ、結局ワンデーみたいな奴さ。
俺はワンデーの兄貴が、あいつがやられた時に富山へ行く時、途中を一緒に行ったが、その時言ってたよ。うちの弟は私によく言ってましたよ、俺はきっといつか山でやられるって、俺はそいつを聞いて感激したね。
もっともその時はいくらか興奮もしていたがね。
そしてその時すぐにマンメリイのあの言葉を思いだしたよ、ほら、なんていったけなあ、よく覚えていないけれど、
It is true the great ridges sometimes demand their sacrifice, but the mountaineer would hardly forgohis worship though he knew himself to be the destined victim とか言ったやつさ。
そうして一晩中寝ないで
Hと話し続けちゃったら、そのあしたへたばったよ。・・・・・だからさ、ワンデーやマンメリイみたいなやつは、まあたとえてみればさ、そういうような運命に出っくわすのさ。実際ふたりとも出っくわしちゃったがね。
けれど山で死ぬやつはみんなこんなやつばかりじゃないだろう。
無鉄砲をやって死ぬのや、出鱈目に行ってやられるやつもいるさ。だけれど、そういうのは
問題にはならないよ。注意し、研究もしてみて、自信があってやってさえ、やられたというのでなくちゃね。
マンメリイは先刻(さっき)の言葉を、
Penalty and denger of mountaineering っていう章のところで、山登りの危険を詳しく論じてから言っているんだぜ、山登りにはかくかくの危険がある。そしてそれはかくかくして避け得られるし、勝ち得られる。けれどなお登山者の不幸は絶対には避け得られない、と言ってその後へ先刻の言葉を持って来ているのさ。
ワンデーだってそうだろう。
「山とスキー」に、「人力の及ぶかぎりの確かさをもって地味に、小心に一歩一歩と固めてゆく時に初めていままで夢にも知らなかった山の一面がじりじりと自分らの胸にこたえてくる」って書いていたじゃないか。
おそらくそうやって行って、それでもやられちゃったんだ。そこまでゆけば、あとは運命さ、なんて言ったって俺は運命だと思うよ。だから、そういうようなやつらにとっちゃあ、山登りは趣味だの、またスポーツだのって思ってはいないかも知れないぜ」
 
答えたひとりは、熱心に疲れることなく言った。
「スポーツ、趣味、勿論そうじゃないだろう。俺だっていま現在、俺の山登りはスポーツだともおもってやしないし、趣味なんかでもないや、なんだかわからないが、そんなものよりもっと自分にピッタリしたもんだ」
新しいひとりが暗いなかで、すぐその前の言葉を受けて強く言い放った。沈黙がしばらく続いた。
すると、「とにかく、人間が死ぬっていうことを考えのうちに入れてやっていることには、少なくともじょうだんごとはあんまりはいっていないからね・・・・・・」と多くを言わずに、あとの言葉をのみこんでしまったように言ったのは、その死んだ友とその時行をともにした自分たちの仲間のひとりだった。
彼こそは自分たちの仲間で最も異常な経験をその時にしたのだ。
だから山での災禍ということについては最も深い信念をば、彼は特に自分たちに比して持っているわけだ。
けれど彼はそれを自分たちに語りはしなかった。
彼のおもい秘めたような心を自分たちへあえて開こうとはしなかった。
けれど彼はただこいうことだけは言った。
「俺はその時以来一層山は自分からはなしがたいものとなってしまった。立山は以前から好きな山だったが、あの時からはなお一層好きになってしまった。」
そしてそれ以上はなんにも言わなかった。話しはまたとぎれてしまった。
各々の想いはまた各々の心のなかをひとりで歩まねばならなかった。

自分自身の心胸にもその時はいろいろのことが想い浮かんだ。
暗い、後ろめたい思想が自分を悩まし、ある大きな圧力が自分の心を一杯にした。
そしてついに山は自分にとってひとつの謎ぶかい吸引力であり、山での死はおそらくその来る時は自分の満足して受けいれられるべき運命のみちびきであると思った。
そしてその時自分のたましいのウンタートーンとして青春の輝かなほほえみと元気のあるレーベンスグラウベとが心にひろがってきた。
死ということをふかく考ええもそれを強く感じてもなお青春の輝かしさはその暗さを蔽うてしまう。
わけて自分たちにとっては、山での死は決して願うべく望ましき結果でなけれ、その来る時は満足して受け入れられるべき悔いのないプレデスティナツィオーンであるからだ。
そしてその時夜はますます自分たちの頭上に澄みわたっていた。
かずかずの星辰は自分たちにある大きな永遠というものを示唆するかのように、強く、燦らかに光っていた。
ひとつの人間のイデーとひとりの人間の存在というようなものがおのずと対照して思われた。
すると、その時だった。ふと夜空に流星がひとつすっと尾をひきながら強く瞬間的にきらめいて、なにかひとつの啓示を与えたかのように流れ消えた。万有の生起壊滅の理。
突然その時ひとりの友の声が沈黙の重みをうちこわして、おおらかに放たれた。彼はそのほのみえる顔に、溢るるような悦びの色をたたえて言ったのだった。

「おい、俺たちはいつかは死んじまうんだろう、だけれど山だってまたいつかはなくなっちまうんじゃないか」

  終り

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